2016-12-13

最近、「絵本」を語る日本画家に思う事


絵本『ながいかみのむすめ チャンファメイ』表紙・表絵本『ながいかみのむすめチャンファメイ』(福音館書店こどものとも) 表紙


『最近、「絵本」を語る日本画家に思う事』

 それにしても、ここ2~3年、やけに日本画家「絵本」を描いたり、「絵本原画展」を開く機会が多くなりましたね。それ以前はインターネットをほとんど見ていなかったので気が付かなかっただけかも知れませんが・・・。かく言う私も、2004年と2007年に開催した私の日本画個展に、福音館書店の編集者が来られてから、子供の頃(幼児期~中学校の頃)に憧れた「絵本」の魅力を思い出したわけですが・・・。
 ただ、それまでにも、卓上芸術である「物語絵」「絵巻物」を描きたいという強い思いがありましたので、それが「絵本」の世界観と自然に通じたわけです。現代の日本画は、写実的な風景画や写真的な現代女性の人物画が全盛で、会場芸術の大作主義が主流ですが、私の求める世界とは少し異なるのです。私は元々、物語性のある人物画(美人画)が得意なので、人物を描くケースが多い「絵本画」に合っていたという事実もあります。
 今の時代、「日本画」の売り絵だけで食べて行くのは至難の業です。日本画の世界はプロとセミプロ・アマチュアの区別がはっきりしていないですが、本格的に制作をしているプロの日本画家と言える人は500人足らずだと思います。その内、それなりに世間で名の知られた日本画家は100~150人位で、私もその一人に入るでしょう。更にその中で、一生を絵だけで食べて行ける日本画家は、多分、25~30人位しかいないと思います。それらのほとんどは団体展で高価値を付与されているか、商売の上手い人です。ただし、最上位の10数人は富豪と言われる豪奢な生活をしています。絵だけで食べて行けない、その他の95%位の日本画家は、絵画講師等の何らかの副業をしながら絵を描くか、裕福な家系のご子息・ご息女かです。日本画をプロとして10年以上継続できている人は東京藝術大学の日本画専攻卒業生(毎年26名)でも3分の1位の人(8~10名)だけで、美術大学卒業後5年以内に、絵の路を断念して絵筆を折る作家が大半です。
 当然、そんな苦しい環境下で、皆さん色々試行錯誤する事になります。その悪い方向性として、現代の日本画家はすぐに他人のマネ(模倣)をしたがる嫌いがあります。ある作風・やり方(展開方法)が売れると(評価されると)、同輩・後輩がすぐにそのマネをします。例えば、東京藝術大学の日本画専攻では、私の在学していた頃に流行していた作風(田淵俊夫先生や福井爽人先生辺りの作品を模倣)が、20年後の今でも描かれています。この悪癖が今の日本画界のマンネリ化・類型化と衰退の加速化を助長しているとも言えるのですが・・・。思い過ごしかも知れませんが、私が「絵本」の世界に本格的に歩み出した頃から、私の周囲の日本画家が、今まで興味がないように見えた人までも、突然「絵本」「挿絵」等と叫び出した気がします。
 ただ、「日本画」の世界と同様、絵本・挿絵といった「出版美術」の世界も、長引く出版不況やデジタル化の波もあって、相当厳しい世界である事には変わりありません。中途半端に活動するのなら、何をやっても同じ事でしょう。もし、日本画家で「絵本」を目指される方がいるなら、本気で本腰を入れて事に当たらないと、絵本作家やイラストレーターの方にとても失礼な事になるでしょうね・・・。

 「絵本」の歴史を振り返ると、昔(明治の頃)は絵本作家・絵本画家や挿絵画家という職業意識はなく、日本画家(浮世絵師を含む)や洋画家が依頼されて絵本や挿絵を描いていました。大正・昭和時代以降、印刷美術・出版美術を活動主体とするデザイナー・イラストレーターが登場し、戦後、絵本の隆盛につれ絵本作家・絵本画家という職業が確立されて行きました。近年では、日本画家の秋野不矩先生や堀 文子先生等が絵本の世界でもご活躍し、かつては東山魁夷先生や稗田一穂先生等も絵本を描いていました。ただ、それらの作家は日本画家として確立された先生方なので、絵本は片手間の感をぬぐえません。日本画を用いた絵本作家では、赤羽末吉さんが有名ですが、赤羽さんの場合は逆に日本画はほぼ独学に近いので、さほど本格的な日本画家とは言えません。
 かつてはこの様に、日本画家等の純粋美術作家が「絵本」の作画を依頼されるケースが多かったのですが、現代では「絵本作家・絵本画家」という職業意識も確立していますので、やはり、日本画家があまり安易な見識で「絵本」を描くのは、それを活動主体とする絵本作家・絵本画家・イラストレーターの方々に失礼というものでしょう。
 そんな理由もあって私は、初絵本『ながいかみのむすめチャンファメイ』(福音館書店こどものとも)を出版した3年前位に日本児童出版美術家連盟(童美連)に所属し、日本画界での約33年(プロとして約20年)という長い経歴と自負を抑えて、絵本作家・イラストレーターの皆様に首を垂れ、絵本とその業界を基礎から学びたいと考えたのです。

 現在私は、日本画のオリジナル作品を描きながら、絵本の制作を並行しています。今、福音館書店「こどものとも」の新作絵本の制作が既に3年余り進んでいて、完成までには更に数年かかりそうです。また、来年出版予定の鈴木出版(すずき出版)「こどものくに」の新作絵本制作も進行中です。福音館書店「こどものとも」は1956年(昭和31年)創刊で、創刊号の絵は堀 文子先生によるものです。鈴木出版「こどものくに」は1967年(昭和42年)創刊なのでほぼ私と同じ年です。いずれも日本の月刊絵本を牽引してきた歴史ある有名な絵本シリーズです。
 私は、幼少期にはオリジナル漫画・紙芝居やイラストを描き、中学生の頃はアクリル空想画を描き、高校では大阪市立工芸高校美術科で本格的に日本画・油絵・彫刻・デザイン・製図・版画等を学びました。東京藝術大学日本画専攻で更に日本画を追求し、その頃から約12年間、金唐革紙(きんからかわし/金唐紙 きんからかみ、とも言う)という手製高級壁紙の復元製作を手掛けた経験もあります。私の伯父でもある、からくり人形師の後藤大秀さんの、からくり人形・能面制作から大きな影響も受けています。
 このように様々なジャンルが垣根を超えて交流し、折衷されては、また独立し、切磋琢磨していくのが本来の”ものづくり”の原点なのかも知れません。私も、もちろん路半ば、まだまだ修行の途上でしかありません。

 日本画家・絵本画家 後藤 仁

テーマ : 絵画・美術
ジャンル : 学問・文化・芸術

2016-12-02

「大垣祭り」など山・鉾・屋台行事、ユネスコ無形文化遺産に登録決定 

『大垣祭り』 ユネスコ無形文化遺産に登録決定!! 

 私の伯父で、からくり人形師の後藤大秀が制作した「からくり人形」が乗せられて披露される、岐阜県大垣市の『大垣祭り』〔大垣祭の軕(ヤマ)行事〕が、昨年、「国重要無形民俗文化財」に指定され、12月1日、「ユネスコ無形文化遺産」に登録決定いたしました。その他にも、伯父は、愛知県半田市の「亀崎潮干祭の山車行事」のからくり人形修復等も手掛けています。
 2009年には、後藤大秀が「全国山・鉾・屋台保存連合会 人形関係修理技術者」に認定され(全国で3名のからくり人形師のみ認定)、その技術の確かさが公の機関によって保証されました。
 伯父の「からくり人形」が活躍する『大垣祭り』 『亀崎潮干祭』の魅力が、日本中・世界中に広がっていくのはうれしい限りです。毎年5月に岐阜県大垣市で『大垣祭り』が開催されますので、ぜひ見に行って下さい。

 日本画家・絵本画家 後藤 仁


後藤大秀 からくり人形・能面展名古屋市博物館「後藤大秀 からくり人形・能面展」にて 後藤大秀と後藤 仁(2007年8月撮影)

大垣祭り 相生山「神主友成」大垣祭り 相生山「神主友成」(後藤大秀 作/1995年撮影)


【今回、ユネスコ無形文化遺産に登録された中で、後藤大秀が復元制作・修復を手掛けた山車】

●からくり人形 復元制作
 大垣祭の相生山 「神主友成」「住吉明神」「尉」「姥」
 大垣祭の愛宕山 「武内宿禰」「神官人形(狂言師人形)」
 大垣祭の浦嶋山・布袋山 「采振り童子」
 大垣祭の布袋山 「倒立唐子人形」
●からくり人形 修復
 大垣祭の菅原山、榊山、愛宕山、神楽山(三輌山)
 半田市 亀崎潮干祭の東組宮本車

 なかでも、大垣祭の相生山「神主友成」復元制作では、昔の人形は過去に紛失していた為、古い写真一枚と古老の証言のみを基に全てを一から制作したので、この場合はほぼ完全創作と言えます。



大垣市 公式ホームページ : ユネスコ無形文化遺産「大垣祭の軕行事」紹介動画を公開中!
ユネスコ無形文化遺産 山・鉾・屋台行事「大垣祭の軕(やま)行事」

http://www.city.ogaki.lg.jp/0000002628.html


大垣観光協会 公式ホームページ : 大垣・西美濃観光ポータル水都旅
大垣まつり

http://www.ogakikanko.jp/event/ogakimaturi/


大垣地域ポータルサイト西美濃
大垣まつり特集2016

http://www.nisimino.com/nisimino/tokusyu/ogakimaturi/#&slider1=12


【ニュース報道】

首相官邸:「山・鉾・屋台行事」ユネスコ無形文化遺産登録に当たっての総理メッセージ
http://www.kantei.go.jp/jp/97_abe/discource/20161201message.html

外務省:「山・鉾・屋台行事」のユネスコ無形文化遺産代表一覧表への記載決定(外務大臣談話)
http://www.mofa.go.jp/mofaj/press/danwa/page4_002549.html

外務省:「山・鉾・屋台行事」のユネスコ無形文化遺産保護条約「人類の無形文化遺産の代表的な一覧表」への記載についての審議結果
http://www.mofa.go.jp/mofaj/press/release/press4_003981.html

NHKニュース:山車が登場する33の祭り ユネスコ無形文化遺産に登録決定
http://www3.nhk.or.jp/news/html/20161201/k10010790831000.html

FNNニュース:「山・鉾・屋台行事」33件の無形文化遺産登録を決定 ユネスコ
http://www.fnn-news.com/news/headlines/articles/CONN00343282.html

朝日新聞ニュース:山・鉾・屋台行事、無形文化遺産に登録決定 ユネスコ
http://www.asahi.com/articles/ASJD10P5GJCZUCLV01B.html

毎日新聞ニュース:無形文化遺産「山・鉾・屋台行事」登録を決定 ユネスコ
http://mainichi.jp/articles/20161201/k00/00m/040/114000c

産経ニュース:「山・鉾・屋台行事」登録を正式決定 和食、和紙などに続き国内21件に
http://www.sankei.com/life/news/161201/lif1612010007-n1.html

時事ドットコムニュース:無形文化遺産に「山・鉾・屋台」決定=18府県33件の祭り-ユネスコ
http://www.jiji.com/jc/article?k=2016120100044&g=soc



 

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ジャンル : 学問・文化・芸術

2016-11-29

スリランカの子供達に「絵本」を贈ろうプロジェクト 絵本が届く!!

♡スリランカの子供達に「絵本」を贈ろうプロジェクト♡

 船旅なのでかなり時間がかかったようですが、ようやく「絵本」がスリランカに届きました!!!無事に届いてひとまずホッとしました。
 後は、スリランカの子供達に有効に活用していただける事を願っています。

 日本画家・絵本画家 後藤 仁

絵本届く スランガニ基金スリランカのスランガニ基金(代表:馬場繫子さん)に届いた「絵本」とスタッフの皆様

スリランカ寄贈絵本私の作画絵本『ながいかみのむすめチャンファメイ』(福音館書店こどものとも)、『犬になった王子 チベットの民話』(岩波書店)、挿絵本『おしゃかさま物語』(佼成出版社)

 
【今までの経緯】
 私は、2016年6月に3週間かけて「スリランカ写生旅行」に訪れました。その際に、日本でもよく知られたスリランカを代表する絵本作家のシビル・ウェッタシンハさんにお会いしました。(その時の模様は、このブログにも書いています。)
 シビル・ウェッタシンハさんが顧問を務めるボランティア団体・スランガニ基金が、スリランカの子供達に「絵本」を寄贈するご活動を長年されている事に共感しました。私もかねてより「絵本寄贈プロジェクト」を進めており、作画絵本『ながいかみのむすめチャンファメイ』(福音館書店)『犬になった王子 チベットの民話』(岩波書店)を、東北の被災地をはじめとする日本中の学校・図書館・児童施設等に、今までで1000冊以上寄贈して来ました。その他、海外では、中華人民共和国やブータン王室 等にも絵本寄贈をして来ました。また今後、ネパールの被災地や熊本地震の被災地(私の親戚も地震に遭いました)等への絵本寄贈も考察しています。
 今回は、『スリランカの子供達に「絵本」を贈ろうプロジェクト』を計画しました。私が「絵本」をスリランカに送り、スランガニ基金のご協力でスリランカの子供達の手に届く予定です。日本児童出版美術家連盟(童美連)の絵本作家にも声をかけて、多くの作家の直筆サイン・メッセージ入りの「絵本」をスリランカの子供達に贈るという内容で、私は作画絵本『ながいかみのむすめチャンファメイ』(福音館書店)26冊、『犬になった王子 チベットの民話』(岩波書店)1冊、『おしゃかさま物語』(佼成出版社)3冊、を寄贈しました。
 寄贈絵本をまとめて、8月8日にスリランカへ送付しましたが、この後も各地への「絵本寄贈プロジェクト」は継続して行きたいと考えています。
(ご注意:スランガニ基金では一般の方からの絵本寄贈を受け付けていません。ご支援をお考えの方は、基金の公式ホームページからアクセスして、寄付金という形でお願い申し上げます。)

【寄贈絵本目録】
私の作画絵本『ながいかみのむすめチャンファメイ』(福音館書店)26冊、『犬になった王子 チベットの民話』(岩波書店)1冊、『おしゃかさま物語』(佼成出版社)3冊、計30冊。藤本四郎さん『ねずみのえんそく もぐらのえんそく』(ひさかたチャイルド)。浜田桂子さん『あやちゃんのうまれたひ』(福音館書店)、『おとをつくろう』(中西智子 監修/福音館書店)、『月刊かがくのとも わらう』(福音館書店かがくのとも)、計3冊。黒川みつひろ さん『絵巻えほん 恐竜たち』(こぐま社)、恐竜絵本シリーズ(小峰書店)、計10冊。高木さんご さん『せんたく ねこさん』(ひさかたチャイルド)、3冊。中嶋香織さん『おつきさま なにみてる』『おひさまさんさん おはようさん』(岩崎書店)、計2冊。嘉村靖子さん『おばけのだっこ』(タリーズコーヒージャパン)、『へんしん まるちゃん』『おでかけ まるちゃん』(ユニバーサルデザイン絵本センター)、計3冊。 
 総計52冊。

テーマ : お知らせ
ジャンル : 学問・文化・芸術

2016-11-27

最近の行事「太田大八さんをしのぶ会」、「赤羽末吉 中国とモンゴルの大地」「円山応挙」展鑑賞他

 最近、妙に絵本関係の行事が重なり、私のアトリエの訪問客も多くて忙しいですね。最近の主な出来事を、この機会にまとめてみましょうか。

 2016年9月19日は「長野ヒデ子絵本原画展」(児童書店ハックルベリーブックス、柏市)があり絵本作家・長野ヒデ子さんのトーク・サイン会に客として参加。長野さんの講演風景をSM号スケッチブックに軽くスケッチしてみました。長野さんには、私が初絵本を出版した後の3年前位から、黒井 健さん、浜田桂子さん、小泉るみ子さんらと共にとてもお世話になっております。その前は長く日本画家・純粋美術作家、美術誌・画廊・百貨店関係者等との交流が主体で、絵本作家・児童書出版社との接点はほとんどありませんでした。ちなみに私の日本児童出版美術家連盟(童美連)の入会ご推薦者は、黒井 健さんと浜田桂子さんです。
 25日には、同書店で長野ヒデ子さんとNHKディレクターの岩田真治さんのギャラリートークがありました。岩田真治さんは、とても優れたヒューマンストーリー番組を手掛けられている方です。長野ヒデ子さんの絵本『ひらがなにっき』(解放出版社)と、NHK「ETV特集」の制作エピソードのお話でしたが、日本にも根強く残る差別・偏見についての深い内容に、多くを考えさせられるものでした。長野さん方の世代の絵本には、このような深い人間洞察に基づいた作品が多いのが良い所です。その後、皆さんでお食事をして、夜には映画「ある精肉店のはなし」(纐纈あや 監督、やしほ映画社・ポレポレタイムス社)を鑑賞しました。この映画は差別と食を主なテーマにしたもので、屠畜の衝撃的なシーンから始まる、人間の食意識を考えさせられる深い話でした。私はネパールでいけにえにされて首を切られた水牛と羊を見た事がありますが、人間はこうして他者の命をいただいて生きているという事実を、改めて考える機会になりました。日本画の「膠」も牛の軟骨等から作ります。そう考えると、あらゆる場所で他者の恩恵の元に人は生きているのだという事実を知らされるのです。そしてその大切な仕事を担っている方々への、差別や偏見の愚かさを知る事となるのです。
 今年は、映画「ラサへの歩き方」というフィクションとドキュメンタリーの間の佳作と、「ある精肉店のはなし」というドキュメンタリー映画の秀作を見る事ができて良かったです。

 9月30日、読売・日本テレビ文化センター金町「水彩画教室」講師の仕事を終え(気が付けば、柏の「日本画・美人画教室」と共にすでに10年間も教えています)、銀座の画廊・創英ギャラリー「7ベクトルの起点として」を拝見。美術予備校(立川美術学院)・東京藝術大学時代からの古い悪友の中村寿生と、文星芸術大学の教授・准教授たちのグループ展です。寿生(としお/あだ名のようにそう呼んでいます)は現代美術の村上 隆さんの後継者として、今頃世界を股にかけて大活躍しているかと思いきや、案外こじんまりと地方私立美大准教授・講師などに納まって、取手市で田んぼを作ったりしながら田舎暮らし風を謳歌しているが、まだまだこれからやってくれる器の人間であると期待しています。
 
 10月2日は「松戸まつり」を少し見て、松戸文化ホールのブラジル人作家のラウラ・カルバーリョさんの「ギャラリートーク・ワークショップ」に参加。たまたま前日、文化ホールの「松戸市小中学生観光絵画展」を見た後に、イベント準備中のラウラ・カルバーリョさんに出会い、これもご縁と出向いたのです。ブラジルの色と日本の松戸の色との違いについてのトークは、外国の方ならではの視点が垣間見えて、面白かったです。
 
 10月14日は、再び「長野ヒデ子個展」(Pinpoint Gallery、南青山)におじゃまし、長野ヒデ子さんとスリランカ旅行のお話等をしました。長野さんが中国の方にもらったという「冬虫夏草」を2匹いただいたので、家でスケッチした後、薬膳スープにして食べました。モンゴルの超堅いチーズもいただきましたが、生では堅すぎてなかなか食べれないので、焦げるほど焼いてから少しずつ食べました。

 10月31日には、日本著作者団体協議会(著団協)の研究会に参加しました。「著団協」というのは絵画・絵本・デザイン・文学・作詩・映画・演劇・写真・マンガ等の日本を代表する著作者団体21団体が共同開催する集会で、各団体の理事や部長クラスの方々が参加します。日本児童出版美術家連盟(童美連)からは、きたやまようこ さんが今まで務めて来られた役割を、力不足なのですが私が引き継いでほしいという事で、1年間、きたやま さんに付いて行って学びます。今日は、きたやま さんの都合が合わずに、しばはら・ち さんと一緒に参加しました。AI(人工知能)による文学作品制作の問題について、「日経 星新一賞」の選考委員もされたという日本児童文学者協会の東野 司さんが講義されましたが、とても面白い内容で、今後も創作者が注視していかなければいけない議題でした。
 
 11月1日、再び絵本作家・長野ヒデ子さんの講演会「かぞくと楽しむ絵本と紙芝居」が、松戸市民劇場ホールで開催されたので聴きに行きました。「子供の目線になるとは、人と人として子供に対等に向き合う事だ・・・」とおっしゃられた長野さんのお言葉が心に響きました。面白い中に深みのある軽妙な語り口は、私も学ぶ点が多々あります。
 
 11月8日は、日本児童出版美術家連盟(童美連)の会報誌「dobiren」No,45・2017年号の「も~っとあやしいアトリエ探検隊」の取材で、童美連会報部のタカタ カヲリ さんと福田紀子さんとすみもと ななみ さんが私のアトリエに来られて、日本画・絵本原画や多くの画材・資料を見ていただきました。掲載されるアトリエの見取り図は私が描きましたが、はたして良い記事になるでしょうか。「dobiren」は年に一冊の発行で、貴重な絵本作家の情報が満載された面白い冊子ですが、童美連会員しか見れないのは残念です・・・、つまり、童美連に入会すると見れるという事ですね。来たれ絵本作家、来たれ児童書イラストレーター!!

童美連 アトリエ探検隊日本児童出版美術家連盟(童美連)会報部・アトリエ探検隊のタカタ カヲリ さんと福田紀子さんとすみもと ななみ さん。後ろは私の日本画作品。

 11月10日には、「新作絵本」の打合せで某老舗児童書出版社の編集者2名がアトリエに見えられました。出版社からの発表があるまで詳しくは言えないのですが、長い伝統がある絵本シリーズの来年度版の原画制作です。これから半年は制作が忙しくなりそうですが、おいおい経過をお知らせいたします。
 
 11月15日は午前中、デンマークのコペンハーゲンから来日された、IT University of Copenhagen 准教授の安岡美佳先生と、コペンハーゲン市の絵画・インテリア修復師のアナ・シモンセンさんが、私のアトリエに見えられました。今回の来日目的はデンマークの建築物から「金唐革紙 きんからかわし/手製高級壁紙」らしきものが発見され、その由来を調べられているそうです。金唐革紙製作の第一人者としても知られている私に、手掛かりを聴きたいという事で、3時間近く金唐革紙の資料解説をしました。
 その後、都心に出て、日本児童出版美術家連盟(童美連)の理事会に出席し、先日の日本著作者団体協議会(著団協)研究会の内容説明をしました。
 その後、童美連の創設者であり日本の絵本・児童書界に多大な功績を残され、先日、亡くなられた、太田大八さんを追悼する「太田大八さんをしのぶ会」が太田さん行きつけの蕎麦屋で開催され、童美連のベテランの方々30名位と出版社の方も何名か見えられました。出席者の中では私が一番若い方です。席の右には小泉るみ子さん、左に黒川みつひろ さん、正面に黒井 健さんという、すごい並びでしたが和気あいあいと話がはずみました。先日このブログにも書いた、黒井さんの絵本作品と私の絵本作品『犬になった王子 チベットの民話』(岩波書店)「ザ・ホワイト・レイブンス 国際推薦児童図書目録2014」に選定されていたという逸話もこの時に話しました。童美連、現理事長の藤本四郎さんからは、「次の理事長は誰々(詳しくは言えませんが)にお願いし、次は誰々がいて、さらにその先には誰々と後藤さんがいるから心配しなくてもいい・・・。」などという酒の席とは言えご冗談が過ぎるお話も飛び出しましたが、童美連での役割も重くなる中、絵本業界の更なる発展の為にもますます責任感を持って行動しなければならないと思うようになって来ました。ただ、自分の制作と、来年からの東京造形大学絵本講師と、童美連の役目等とのバランスを取っていくのが、なおさら大変になって来そうですね・・・。
 その後、黒井 健さん、矢玉四郎さん他、ベテランの方数名に混ざって久しぶりのカラオケをしました。太田大八さんをしのびながらも、しんみりする事なく、お酒と若い作家との交流が好きだったという太田さんをしのぶ会にふさわしく、矢玉さんの尺八演奏等も飛び出しながら、面白い先輩方のお話と歌声に笑いが絶えない集まりとなりました。お別れに黒井さんと固い握手をかわし、家に着いた時は夜の12時をまわり、一日中、まるで政府要人のような過密スケジュールでした・・・。

安岡美佳先生、アナ・シモンセン修復師IT University of Copenhagen 准教授の安岡美佳先生と、コペンハーゲン市の絵画・インテリア修復師のアナ・シモンセンさん。ご両人の手に持たれているのが、私が中心となり復元製作した「金唐革紙」の断片。私は作画絵本『犬になった王子 チベットの民話』(岩波書店)を持っています。

 11月25日は朝から、ちひろ美術館・東京の「赤羽末吉 中国とモンゴルの大地」展を見に行きました。ちひろ美術館の常任顧問で絵本学会会長でもあり、いわさきちひろ さんのご子息の松本 猛さんには、私も所属する「絵本学会」の集会で何度かご挨拶した事があります。赤羽末吉さんは いわさきちひろ さんと並んで、私が最も尊敬する日本の絵本作家です。『スーホの白い馬』『あかりの花』(福音館書店)『王さまと九人のきょうだい』(岩波書店)等の名作絵本の原画もあって感動。私の作画絵本『犬になった王子 チベットの民話』(君島久子 文、後藤 仁 絵/岩波書店)の原話が載っている民話集『白いりゅう黒いりゅう』(君島久子 訳、赤羽末吉 挿絵/岩波書店)の原画もありました。この「犬になった王子」は、宮崎 駿さんの絵物語「シュナの旅」の原話になった事でも有名で、「シュナの旅」は後にスタジオジブリのアニメ映画「ゲド戦記」の原案にもなりました。君島久子先生からは「シュナの旅」の制作時に宮崎 駿さんから直接ご連絡があった逸話や、往年の赤羽末吉さんや太田大八さんのお話を度々伺っており、お三方とのご縁を感じずにはいられません。赤羽さんの中国でのスケッチや写真も展示されており、この展覧会は必見です。
〔補足説明:中国民話研究の第一人者の君島久子先生は、赤羽末吉さんと『王さまと九人のきょうだい』(岩波書店)『あかりの花』(福音館書店)等、太田大八さんと『チベットのものいう鳥』『月からきたトウヤーヤ』(岩波書店)等、村山知義さんと『しんせつなともだち』(福音館書店)、初山 滋さんと『たなばた』(福音館書店)、丸木 俊さんと『ふえをふく岩』(ポプラ社)等、小野かおるさんと『天女の里がえり』(岩波書店)等々・・・、日本絵本史を彩る絵本画家との名コンビにて多くの名作絵本・挿絵本を書かれて来られた絵本界のレジェンドです。そして君島久子先生との最新のコンビが私、後藤 仁という事になるのです。〕
 その後、根津美術館の「円山応挙」展を拝見。円山応挙は伊藤若冲、長谷川等伯と並んで、私が高校生の頃から最も尊崇する桃山時代~江戸時代の絵師です。近年は三者の人気が沸騰し、かつてはゆっくり鑑賞できた根津美術館でも今は人だかりでした。しかし、やはり応挙の筆使いは神妙で、国宝「雪松図屏風」重要文化財「藤花図屏風」「牡丹孔雀図」等の花鳥画の他、「西施浣紗図」「西王母龍虎図」等の美人画も絶品です。今ちょうど根津美術館の庭園は、秋の紅葉に彩られていました。
 その後、日本児童出版美術家連盟(童美連)の「第7回 著作権勉強会2016 ─ デジタル絵本での契約書体験談」を恐竜絵本作家・黒川みつひろ さんの講義で開催しました。絵本界の最先端の状況を詳しく知る事ができて良かったです。後はいつもの店で一杯・・・。お別れに黒川さんと固い握手をかわし、久しぶりの美術館鑑賞もできて充実した一日でした。

ちひろ美術館・東京ちひろ美術館・東京

根津美術館 庭園根津美術館 庭園


 その他にも、NHK文化センター(NHKカルチャー)、読売・日本テレビ文化センター(よみうりカルチャー)、コープみらいカルチャーの日本画・絵画講師や、日本児童出版美術家連盟(童美連)の理事会、著作権勉強会(月1回)、著作権部・事業部部会への参加等があり、その合間をぬって自己の作品制作を行っていくというのですから、今でも十分大変なのです。
 来年は更に、八王子の東京造形大学まで毎週1回、往復5時間余りの通勤時間をかけて絵本講義(講義時間は約3時間)に行かなければならない予定で、童美連の理事へのご推薦などという噂も流れており、某児童書出版社の新作絵本の本画制作、福音館書店「こどものとも」新作絵本制作の進展等も重なって多忙を極める事でしょう。日本画オリジナル作品の制作も大切です。しかし、他者に必要とされているという事実は誠に幸せな事でもあり、気合も入るというものです。一層気持ちを引き締めながらも、ただ一つ一つを丹念に粛々とこなしていくだけです。

 日本画家・絵本画家 後藤 仁





犬になった王子――チベットの民話

犬になった王子――チベットの民話 (2013/11/16)


君島久子、後藤 仁


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2016-11-24

スリランカ写生旅行 その9

 「スリランカ写生旅行」15日目、2016年6月20日(月)。朝食は昨日の残りのドドル(スリランカ版ういろう)を食べて、7時頃に宿を出発。「ポロンナルワ博物館」でチケット(遺跡入場券 3550Rs)を買います。毎日来ているので、開館時間の7時30分の15分前位には入れてもらえるようになりました。昨日と同じ受付スタッフでしたが、昨日、私がおつりの過払い分を正直に返した事がうれしかったのか、「今日の夜8時から、ポロンナルワでペラヘラ祭がある・・・。」と熱心に説明してくれます。そう言えば、昨日の夜も宿の外が夜遅くまでうるさかったのですが、その前夜祭のような事をしていたのかも知れません。
 「ペラヘラ祭」はキャンディでエサラ月(7~8月)に開催されるものが世界的に有名で、仏歯入りの舎利容器を乗せたゾウと多くのダンサー・音楽隊が町を練り歩くという大規模な祭りです。今回のスリランカ訪問でもペラヘラ祭をぜひとも見たかったのですが、この期間は世界中から観光客が押し寄せて、キャンディの宿代も高くなり予約するのが大変だと言うので、今回は残念ながらあえて静かに取材できそうな観光シーズンぎりぎりの季節(コロンボの雨季の終盤)を選んだのです。キャンディ以外でも主要都市でペラヘラ祭があるとはガイドブック(地球の歩き方)に書いてありましたが、キャンディ以外は詳しく記載されておらず、ポロンナルワのペラヘラ祭は全く未チェックでした。「情けは人の為ならず」とも言いますが、正直な心がこのような、ペラヘラ祭との遭遇という奇跡をもたらしてくれたのです。当初、この日も早めに眠りにつく予定でしたから・・・。また、ダンブッラからアヌラーダプラに行かずに、ポロンナルワに行き先を変更したのも実にラッキーでした。やはり私は、旅先での直感力と強運を持っているのでしょうね。
 夜のペラヘラ祭を楽しみに、今日もポロンナルワの遺跡巡り(3日目)です。まずは、「ガル・ヴィハーラ」に行き巨大な座仏像(高さ4.6m)を1時間30分ばかりF4号スケッチブックに写生します。描いていると今日も周囲に人だかりができました。座仏像を描き終えると、一人のスリランカの女の子がきれいな蓮の献花を持っているので、10分位かけてSM号に描かせてもらいました。
 次に「ランカティラカ」という巨大仏像が残る遺跡周辺を散策し、「ランコトゥ・ヴィハーラ」の高さ55m・直径55mというポロンナルワ最大のダーガバ(仏塔)を拝見しました。この12世紀に建てられたという巨大なダーガバを、F4号に1時間30分程描いていると、ここでも時々人が見に来ます。描き終えて、先程から熱心に見ていた親子にスケッチブックを見せてやりますと、「うちの子も描いてくれ」と言うので、ポップな洋服の女の子をSM号に10分程描きました。Danuji という名の7歳の女の子だそうです。スリランカの田舎地方の一般庶民の方々は、お隣の国インド人とだいたい性格が似ていて、人懐っこくて、おおらかな性格の方が大部分です。ただインド人より幾分シャイな人が多いようです。
 その後、町の反対側(南)の地域にレンタル自転車で移動し、「石立像」 「ポトグル・ヴィハーラ」を見物して遺跡巡りを終えました。これでポロンナルワの主要遺跡は全て拝見した事になります。大回りして広大な田んぼを見ながら宿に戻る途中、用水路で泳ぎながら水浴びしている多くの男女が手を振ってくれました。美しくおおらかな南国の情景です。
 2時頃に遅めの昼食で、「Dineth レストラン」のカレー、ジュース、ヨーグルト(計330Rs)をいただきました。

 一旦宿に帰り、シャワーを浴びて、夜のペラヘラ祭に備えてしばしお休みです。夕食は6時頃に軽くパンとバナナを食べました。

スリランカ旅行ポロンナルワ 「ランコトゥ・ヴィハーラ」の巨大ダーガバ(仏塔)


  夜8時前、いよいよポロンナルワの「ペラヘラ祭」見物に出かけます。行列は「クワドラングル」から始まって、町の中心部を練り歩くと言いますので、まずは「クワドラングル」に向かいます。道の両サイドはスリランカ人で一杯です。外国の観光客は欧米人が数人いる位で日本人・東アジア人等は全くいません。
 「クワドラングル」に到着。「ワタダーゲ」の中で何かやっているので、階段を上がろうとすると、白い服を着た催事関係者らしき人に呼び止められました。カメラがどうのこうのと言っているので、「カメラを預けろ」と言っているのかと思って渡そうとすると、違うようだ。どうやら「カメラが本物かどうか確かめるために自分を撮影してみろ・・・」と言っているらしい。カメラに爆弾でも仕込む輩がいるようなそぶりである。その男を撮影して液晶画面を見せてやると納得したようで、カメラに「Security check」と書いたシールを貼られました。中での写真撮影は問題無いと言っているようです。「何て警戒だ・・・」と思いながら「ワタダーゲ」に登ると、電飾を付けられたゾウがいて、古代王族衣装を着た男性と僧侶達が儀式らしきものを行っていました。厳かな雰囲気の儀式を大勢の人々が見守っています。今夜はポーヤ・デー(満月の祝日)の翌日、月が誠に美しいので、遺跡と儀式越しの月を撮影したら素敵だろうと思って、少し人混みから離れて静かに2~3枚撮影(フラッシュ無し)していました。すると、一人の白い服を着た係の男がスーッと寄って来て、トランシーバーで話しています。「やばいな・・・」と思った時には遅かったのです。別の上役らしき白服の男が現れ、「Get out. (出て行け)」と言われました。スリランカで2度目の「Get out」です。私はただ静かに写真を撮っていただけなのに何て殺生なのだろうと思いましたが、仕方ありません。この儀式はスリランカ人にとって、極めて重要な祭祀なのでしょうから・・・。上がって来た階段とは逆の暗闇の方向を指差され「あっちから失せろ」と言います。「そっちの階段から・・・」と言おうとすると、「あっちから行け」と打ち消されました。白服は目も合わせず完全に私を不審者扱いです。
 2004年の「インド旅行」の際は、私の個展に来ていただいた駐日インド大使から、『後藤 仁さんはインドをテーマに多くの作品を描いている日本画家です。友人である彼に、旅の途中で何かあった時には良くしてやって欲しい・・・。』と英文で書かれた大使公印入りの文章をいただいていたので、何かのトラブルの時に見せたら効果的だったのですが、今回はそのような滞在国の権威者の証明書もありません。「この暗闇はどこに続くんや・・・」と思いながら、仕方なしに数10m先の暗い林に向かって歩いて行きました。意外にも林の中では2~3頭のゾウに電飾衣装を着せている最中で、人もチラホラおりました。人の流れをたどって行くと、フェンスの切れ間から外に出れる場所がありましたので、そこから公園の外に出ると、また外周を回って「ワタダーゲ」に向かいました。ただし、さすがに私と言えど2度目は「ワタダーゲ」の中には入らずに、その手前で行進が始まるのを待ちました。

 1時間程待っているとようやく行進が始まりました。露払いのムチの鋭い音がピシーピシーと鳴らされ、古代衣装を着たダンサーや音楽隊や旗・灯明を持った幾多の人々が行進します。ダンス(伝統舞踊)には様々な種類があり見飽きません。私は無数の見物客の最前線でひたすら撮影していました。本当なら目に焼き付けてスケッチをしたい所ですが、行進はどんどん進むので、そのようなゆとりもありません。カメラ撮影が精一杯です。鳴らされる伝統楽器の音と、踊り手の熱気と、灯明の炎のゆらめきが幻想的で、古代にタイムスリップしたかのような錯覚に陥ります。人々の行進に混ざってゾウも時々行進して来るのですが、2時間近くたった頃、メインのゾウ3頭が横に並んで歩いて来ました。中央のゾウの背中には舎利容器が乗せられていて、ここポロンナルワでは確か仏歯ならぬ仏髪が納められていると言います。敬虔なスリランカの老若男女が手を合わせます。私も合掌します。
 長大な行進に酔いしれている内に時間がどんどん過ぎて行き、気が付くとすでに夜中の12時近くです。ようやくペラヘラ祭の行進も終わりのようです。行列の最後尾辺りに付いて行くと宿の方向に向かいます。町の中まで道の両側は見物客で一杯です。しかし、私がいた公園内が一番明るくて撮影にも最適でした。人をかき分けて前に進もうとするのですが、警察が移動を阻止していてなかなか進めません。人が一時期に移動する危険を防いでいるようなのですが、スリランカの一般人の胸を思い切り突き返し怒号を発する様子を見ると、「日本ではありえないな~」と思いました。ここスリランカでは日本以上に、警察権力が絶大のようです。
 人混みの中、時間をかけてようやく宿にたどり着くとちょうど夜中の12時でしたが、宿のオーナーは入口を開けて待っていてくれました。いいオーナーです。

スリランカ旅行ポロンナルワ 「ペラヘラ祭」 美しく情熱的なダンサー達

スリランカ旅行ポロンナルワ 「ペラヘラ祭」 仏髪を入れた舎利容器を乗せたゾウ


 今日は些少のトラブルもありましたが、それをはるかに上回る素晴らし過ぎる、夢の古代王朝絵巻を拝見できて誠に幸せでした。このような偉大な伝統文化と信仰が現代に生きているスリランカに、尊崇の念を抱かずにはおられません。そして、このペラヘラ祭を日本画で「絵巻物」か「絵本」に仕立てると、さぞ良い作品になるだろうと思いました。
 頭の中で古代音楽と舞踊が交錯し、興奮冷めやらぬ中、少しずつ良い眠りに落ちて行きました・・・・。
 
 明日は、ポロンナルワ、シーギリヤと並んで有名なスリランカの世界遺産・アヌラーダプラに移動します。その様子はまた次回といたしましょう。

 日本画家・絵本画家 後藤 仁

 

テーマ : 旅と絵
ジャンル : 学問・文化・芸術

2016-11-20

絵本『犬になった王子 チベットの民話』掲載、The White Ravens 国際推薦児童図書2014カタログが届く

 私の作画絵本『犬になった王子 チベットの民話』 (君島久子 文、後藤 仁 絵/岩波書店)が、Internationale Jugendbibliothek München/International Youth Library Munich/ミュンヘン国際児童図書館「The White Ravens 2014/ザ・ホワイト・レイブンス 国際推薦児童図書目録2014」に選定されていた事が分かったので、私が一番信頼をおいている福音館書店の担当者に頼んで、カタログの現物をドイツのミュンヘン国際児童図書館から取り寄せていただきました。2年前のカタログなので無理かと思いましたが、本当に届いたのでうれしいですね。岩波書店の絵本担当者によると、推薦図書になった事を私に伝えたつもりでいたと言うのですが、ネット上で自ら発見するまで全く知りませんでした。やはり作者は自作の動向をきちんと知りたいものなのです。

 先日の日本児童出版美術家連盟(童美連)「太田大八さんをしのぶ会」で、黒井 健さんがおっしゃるには、『ハナミズキのみち』 (淺沼ミキ子 文、黒井 健 絵/金の星社)が同じく2014年度のThe White Ravensに選ばれていた事を、私のHPかブログで知られたとかで、黒井さんも出版社もその事実を知らなかったと言います。
 岩波書店では毎年、ミュンヘン国際児童図書館に「絵本」の寄贈をしているそうですが、それでは金の星社の「絵本」は誰が寄贈したのか・・・、不思議な話でした。黒井さんも「後藤君の記事で初めて知ったよ。ありがとう・・・。」とうれしそうにされていました。やはり、どんなにベテランになっても、自作の動向は知りたいものなのだと思います。今後とも、出版社の担当の方々には、お手数でも、作家へのまめなご連絡をお願いしたいものですね。

 画像は、送られて来た「ザ・ホワイト・レイブンス 国際推薦児童図書目録2014」カタログの現物と、私の作画絵本『犬になった王子 チベットの民話』の紹介ページです。

 日本画家・絵本画家 後藤 仁



●ミュンヘン国際児童図書館 公式ホームページ 「国際推薦児童図書目録2014」 ─ 犬になった王子 チベットの民話
http://www.ijb.de/spezialbibliothek/white-ravens-2014/single/article/japanese-japan-3/163.html


The White Ravens2014カタログザ・ホワイト・レイブンス2014 カタログ

The White Ravens2014カタログザ・ホワイト・レイブンス2014 カタログ─ 絵本『犬になった王子 チベットの民話』ページ




犬になった王子――チベットの民話犬になった王子――チベットの民話
(2013/11/16)
君島 久子

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2016-11-03

金唐革紙・金唐紙の著作権は誰にあるのか?


江戸東京博実演1998.10.「江戸東京自由大学 金唐革紙講座」江戸東京博物館(1998年10月4日) 後藤 仁 © GOTO JIN

移情閣彩色1移情閣 試作品手彩色(1999年冬) 後藤 仁 © GOTO JIN

旧岩崎邸彩色1旧岩崎邸 シルクスクリーン彩色(2001年7月)後藤 仁 © GOTO JIN

紙博実演「洋館を彩った金唐革紙展」紙の博物館 製作実演会(2003年4月6日) 後藤 仁 © GOTO JIN

旧岩崎邸実演1「旧岩崎邸の華そのデザイン展」旧岩崎邸庭園 製作実演会(2003年11月15日) 後藤 仁 © GOTO JIN


 私は日本画制作のかたわら、大学3年生の時から約12年間「金唐革紙/きんからかわし(現在は金唐紙/きんからかみ という場合もある)」という手製の高級壁紙の復元製作をしていました。それだけ”絵”だけで食べて行くのは、今の時代は至難の業なのです。国指定重要文化財の入船山記念館(呉市)、孫文記念館・移情閣(神戸市)、旧岩崎邸庭園(台東区)等の全ての金唐革紙を手掛けています。 私はその製作プロジェクトの中心的な役割を果たし、昭和後期以降の日本史上で最も多くの量の金唐革紙を実際に製作しました。それにもかかわらず、現在でも多くの施設では金唐革紙製作は一人の研究所経営者が行ったとされ、その当時の経営者のみが「国選定保存技術保持者」「旭日双光章 受章」等という恩恵に浴しています。
 私はそのような名誉や補助金・売り上げ金がほしいのではなく、まずは各施設で正確な製作者を明示していただき、文化庁・東京都・兵庫県・呉市・紙の博物館等の関係機関もその事を認識していただきたいだけなのです。

 私が金唐革紙の研究所を離れた大きな理由は3つあります。まずは、本業の日本画の制作に専念したかった事。2つめは、実質的にはほとんど私達若い者2~6名位が金唐革紙製作をしていたにもかかわらず、外部には経営者が一人で全てを製作しているという形で喧伝されていたという不条理。3つめは、経理・運営を一人で手掛けていた経営者が、「研究所発足当時から長年不正経理を継続しており、巨額の脱税をしている。」という経営上の法的不備の告白をした事によります。
 現在でも、金唐革紙の現存する各施設では、金唐革紙の製作者は研究所経営者のただ一人のみとされていますが、一人で出来る規模の仕事ではありません。当時、研究所の経営者は実質的製作にはほとんど参加せずに、企画・経理等の研究所経営のみを行っていました。 「旧岩崎邸庭園サービスセンター」や、その監督所の「東京都公園協会」、「孫文記念館・移情閣」、「入船山記念館」、「紙の博物館」等のいずれも私達数名が実質的な製作をした事を把握していますが、現在の日本では経営者(出資者)と発注者の権限が強く、実際苦労して製作にたずさわった人の権利はまだまだ低いのが現状です。

 私は近年、日本児童出版美術家連盟(童美連)の著作権部で著作権法を学んでおり、美術・文学・音楽・写真・映画・マンガ等の多くの創作者団体で構成される日本著作者団体協議会(著団協)の研究会担当者も任される事になり、著作権の事がだんだん理解できて来ました。今までは制作者としての心情・道義性からのみ語って来たのですが、著作権の規定によると、やはり私の考え方の方が法律的にも正しい事が立証されそうです。
 ちなみに私が加わっていた金唐革紙の研究所は法人登録等は当然されておらず、法人著作(職務著作)にはあたらず、創作グループでの集団製作(共同著作)というカテゴリーに属します。
 著作権法 第2条1項12号、第64条、第65条では、「2人以上の者が共同して創作した著作物は共同著作物となり、その著作権は共有となり共有者はそれぞれの持ち分を有する。」と規定されており、文部科学省 文化審議会 著作権分科会報告書 第1章第2節 共有著作権に係る制度の整備について においては、「『共同著作』が成立するためには、2人以上の者が『共同して創作した』といえる必要があり、各人の寄与が創作性のあるものでなければならない。例えば、単なる著作者の手足として参画している補助者や、企画を立てただけで、実際の創作には何ら関与していないような者は共同著作者とはならない。」と解説されています。つまり、中心的に創作的に金唐革紙製作にあたった私や数人の若者達は共同著作者と言え、後半時期になるほど企画のみをしてほとんど製作に加わっていない経営者の方がより共同著作者としての資格が少ないとも解釈できるのです


 ●文部科学省公式ホームページ ─ 文化審議会 著作権分科会報告書 第1章第2節 共有著作権に係る制度の整備について
  http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/bunka/toushin/07020702/004.htm

 近い将来、それぞれの施設で、製作者の名前を全て正確に記載していただける日が来る事を願っています。その様な公平な日が来る事が、製作者側の唯一の望みです。このブログを見られた皆様にも、ご支援・ご教導の程よろしくお願い申し上げます。  
  日本画家・絵本画家、金唐革紙保存会  後藤 仁

(※最近、かなり多くの私の支援者やファンの方が、「旧岩崎邸庭園」「入船山記念館」等の販売コーナーの金唐革紙しおりや金唐革紙の本を、私の為になると思われて購入されている様です。お気持ちは誠に有難いのですが、現在私は金唐革紙の研究所を完全に離れており、購入された収益は全て研究所の経営者のものとなっています。もし、私の為のご購入でしたら、金唐革紙グッズではなく、私の『絵本』作品などをお求め下さいましたら有難いですので、よろしくお願い申し上げます。)

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tag : 金唐革紙 金唐紙 著作権 著作権法 文部科学省 文化庁 脱税 旧岩崎邸 孫文記念館 入船山記念館

プロフィール

後藤 仁(GOTO JIN)

Author:後藤 仁(GOTO JIN)
 ~後藤 仁 公式ブログ1~
日本画家・絵本画家 後藤 仁(GOTO JIN)の日本画制作、絵本原画制作、写生旅行、展覧会などのご案内を日誌につづります。

  〔後藤 仁 略歴〕
1968年兵庫県赤穂市生まれ。15歳、大阪市立工芸高校美術科で日本画を始める。東京藝術大学絵画科日本画専攻卒業、後藤純男先生(恩賜賞受賞者)に師事。在学中より約12年間、旧岩崎邸、入船山記念館、孫文記念館(移情閣)等の金唐革紙(手製高級壁紙)の全復元を行う。卒業以降は日本画家として活動し、中国・インドをはじめ世界各地に取材した「アジアの美人画」をテーマとする作品を描き、国内外で展覧会を開催する。近年は絵本の原画制作に力を入れる。絵本作品に『ながいかみのむすめチャンファメイ』(福音館書店)、『犬になった王子 チベットの民話』(岩波書店)、挿絵作品に『おしゃかさま物語』(佼成出版社)。『犬になった王子 チベットの民話』は、Internationale Jugendbibliothek München ミュンヘン国際児童図書館(ドイツ)の「The White Ravens 2014/ザ・ホワイト・レイブンス 国際推薦児童図書目録2014」に選定される。NHK日曜美術館の取材協力他、テレビ・新聞等への出演・掲載も多い。金唐革紙保存会 主宰。日本児童出版美術家連盟(童美連)(太田大八先生、赤羽末吉先生、いわさきちひろ先生らが創設)会員。絵本学会(太田大八先生らが創設、現会長:松本 猛先生)会員。日本中国文化交流協会(井上 靖先生らが創設)会員。この本だいすきの会(代表:小松崎 進先生)会員。2017年度より東京造形大学、絵本講師に就任。千葉県松戸市在住。

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絵本ナビ「犬になった王子  チベットの民話」絵本ナビ「犬になった王子 チベットの民話」
絵:後藤 仁 /文:君島 久子 /出版社:岩波書店絵本ナビ


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