2016-09-04

スリランカ写生旅行 その5

 「スリランカ写生旅行」の9日目、2016年6月14日(火)。今日はいよいよ憧れのシーギリヤ・ロックに登ります。朝6時前に起きて朝食のパンとバナナを食べると、シーギリヤ・ロックに向かいます。まだ開園までに時間があるので、SM号のスケッチブックに横方向からの東雲(しののめ)のシーギリヤ・ロックを15分ほどかけて描きました。遺跡入場券は30米ドルか4260Rs(レートによって変動します)です。手元に50ドル札しかないのでそれで支払うと2800Rsのおつりが返って来ました。

 遺跡は7時に開きますが、私は今日一番乗りです。広大な敷地を進むと、正面に巨大なシーギリヤ・ロックが迫って来ました。近くで見るとなおさら、その大きさに圧倒されます。周辺の小さな石窟寺院跡も拝見。ここにも壁画が少し残っています。
 ロックの階段を登ります。まず最初に「シーギリヤ・レディ(美女のフレスコ画)」がお出迎えです。鉄のらせん階段を上がると、狭い横穴空間が現われ、18人の美女達が描かれています。5世紀の作品だそうですが、色は実に鮮やかです。まだ他の人が登って来ないので、じっくりと拝見しました。花や供物をささげて、上半身裸で豊満な乳房をあらわにし、装飾品を身に付け、たおやかな流し目で見つめるレディ達は、誠に魅惑的です。やはり実物は、写真・映像等で見て来たものとは比べものになりません。現在は写真撮影不可という事なので、監視員のあんちゃんにスケッチはいいかと尋ねると「よい」と言います。混んでいたら許可されなかったでしょうし、監視員によっても判断は異なりそうで、今回はラッキーでした。花をつまんだ横向きのレディをSM号に20分位かけて模写しました。
 そのうちに観光客がぞろぞろと登って来ました。スリランカ人・欧米人と中国人・韓国人と日本人の団体客が多いようです。これまで日本人にほとんど会う事のなかったスリランカでしたが、有名な観光地になると突然どこからか押し寄せて来ます。「絵を描いてるし~」という女性の声が聞こえました。汚い身なりで描いている怪しげな男が、まさか日本の画家だとは思わないでしょうね・・・。
 描き終えると次の「ミラー・ウオール(鏡の回廊)」に進みます。壁がツルツルで光が反射します。その先が「ライオンの入口(ライオン・テラス)」です。現在は巨大ライオンの足だけが残っています。ここから急な鉄階段を登ると、王宮跡がある頂上です。頂上では風が吹き抜け、木陰は実に心地良いです。
 頂上から山々を見渡す光景を、F4号のスケッチブックに1時間30分位かけて写生しました。素晴らしい眺めです。大昔、父を殺した狂気の王カーシャパは、ここから何を考えて同じ光景を眺めたのでしょうか・・・、今は異国の観光客を迎え入れ、ただ風がサラサラと吹き抜けるだけです・・・・。
 「ライオン・テラス」に降りると、そこでF4号に1時間30分位スケッチしました。修学旅行中らしきスリランカの中高生がたくさんいました。絵を描く外国人が珍しいと見えて、私の周囲を取り囲んでワイワイ言っています。元気で好奇心旺盛な子供達は良いものですね。

 ロックを降りると、その周囲のいくつかのミニ遺跡をほぼ全て鑑賞しました。シーギリヤ・ロック正面からの良い場所を決めると、F4号のスケッチブックに1時間30分余りかけて描きました。今日は特に気合が入っています。しかし、日差しが熱いです。コロンボやキャンディ辺りと違って、この文化三角地帯と呼ばれる中部地域は今の時期、雨も全く降らずに気温も相当高いのです。多分、日中は35度を軽く超えているでしょう。描いている位置は直射日光を浴びているので、かなり過酷な写生環境ですが、このような酷暑の中や逆に雪の降る酷寒の中、大雨の降る中等、悪条件下でスケッチする事はひんぱんにある事です。絵描きも体力勝負ですし、決して楽な世界ではないのですね。
 描き終えてペットボトルの水を飲むと熱湯のように熱くなっていてびっくりしました。・・・ところが次の日、多分この煮えたぎった水が原因で軽い水あたりの症状が現れました。ペットボトルに直接、口を付けて飲んだ後、暑い日差しの中に長時間放置したのでばい菌が増殖したのでしょう。この後は口を離して飲むようにしました。・・・

 さすがに疲労感を覚えてフラフラになりながら、シーギリヤ・ロックを後にしました。午後3時頃、遅めの昼食を「CHOOTI レストラン」という小さな食堂で取り(チキンカレー300Rs、マンゴージュース200Rs)、カード(水牛のヨーグルト)は置いていないと言うので、昨日の「WIJESIRI ファミリーレストラン」で再びカードをたのみました。カードは実に美味しい。この店は雰囲気が良いので、小さな男の子をSM号に軽くスケッチさせてもらい、お礼にチップを少々渡しました。

スリランカ旅行シーギリヤ・ロック 「ミラー・ウオール(鏡の回廊)」

スリランカ旅行シーギリヤ・ロック 頂上にて

スリランカ旅行シーギリヤ・ロック 頂上にて。 風が心地良いね~。

スリランカ旅行シーギリヤ・ロック 「ライオンの入口(ライオン・テラス)」

スリランカ旅行シーギリヤ・ロックにて。 ここからスケッチしましたが、激烈に熱いよ~。

 今日はよくスケッチができて充実した一日でした。念願のシーギリヤ・ロックにも登れて最高です。夕食は軽くクラッカーで済ませて、明日のダンブッラへの移動に備えて早めに休みました。とても暑い夜でしたが、この宿「フラワー・イン」は静かなのでよく眠れます。
 明日から2日間、ダンブッラ石窟寺院の素晴らしい壁画を鑑賞します。私が今まで見た壁画の中でも、インドのアジャンター壁画に次ぐ、大規模で上質な壁画でした。この模様は、また次回にしたいと思います・・・。

  日本画家・絵本画家 後藤 仁


 

テーマ : 旅と絵
ジャンル : 学問・文化・芸術

2016-08-11

スリランカ写生旅行 その4

 「スリランカ写生旅行」の7日目、2016年6月12日(日)。旅もようやく1週間目です。わずかな旅の疲れはあるものの、段々体も土地に慣れて調子が出て来ました。
 今日の朝食もパンで済ませて、朝7時前にはバスでペーラーデニヤ植物園に向かいました。キャンディの市内バスターミナルからバスで20分位で着きます。この植物園はアジアでも屈指の規模を誇る植物園という事で期待が高まります。

 開園時間の7時30分の前に着いたので、入口付近の店でパンとジュースを買い込み、少し待ってから入園しました。入園料1500Rsです。(スリランカには「外国人価格」という制度があり、スリランカ人はずっと安い場合が多いです。)
 この園はすごいとは聞いていましたが、予想を超える素晴らしさです。まさにここは楽園でした。ヤシのコレクションや竹のコレクションなどを見て、池を巡り、大ジャワ・ビンローの広場へ出ました。前にあった超巨大なジャワ・ビンローの木は倒れてしまい、今は少し小ぶりな2代目が佇立しています・・・、と言ってもかなり巨大です。園の奥に進み、大王ヤシの並木を通ります。頭上を、大きなインドオオコウモリが無数に飛び交っており、いやが上にテンションが上がります。園の最深部には吊り橋もあります。
 心地良い林の中で一息ついて、入口で買っておいたパンとジュースをいただきました。園内のあちこちで、シマリス(インドでもよく見た種類です。私の挿絵本『おしゃかさま物語』〈佼成出版社〉の中にも描いています。)や、カッパのような頭のトクモンキーというサルに出会えます。花園の片隅で、日本にいない珍しい鳥を見付けたので近づいてみると、全く逃げません。よく見ると卵を抱いています。そこで、SM号のスケッチブックに一枚描きました。Red Wattled Lapwingという鳥だそうで、目の周囲のオレンジ色が特徴的です。

 フラワー・ガーデンや温室を見て、昼12時を過ぎてお腹もすいたので、園内の「ロイヤル・ガーデン・カフェテリア」で昼食です。少し高そうですが、気分が良いので奮発します。チキンカレー(725Rs)、ライムソーダ(260Rs)、サービス料を入れて計1083Rs(日本円では800円位)です。通常、公園内の食堂は今一つの場合が多いのですが、ここの食事はとても豪勢で美味しかったです。
 昼前に目星を付けておいた面白い巨木を、F4号に1時間30分ばかりかけて描きます。Java Fig Treeといい、周囲の木の枝と枝がつながり、異様な景観です。その隣に佇む苔むした巨木といい、まるでジブリアニメの「もののけ姫」に出て来そうな雰囲気です。
豆知識:8月5日に日本テレビ・金曜ロードSHOWで再放送された、スタジオジブリのアニメ映画「もののけ姫」にも影響を与えていると言われている宮崎 駿さんの絵物語「シュナの旅」(徳間書店)は、ジブリアニメ「ゲド戦記」(宮崎吾朗監督)の原案になった事でも有名です。その「シュナの旅」の原話が、チベット民話「犬になった王子」です。更にその「犬になった王子」を絵本化したのが、絵本『犬になった王子 チベットの民話』(君島久子 文、後藤 仁 絵/岩波書店)なのです。〕
 スケッチをしていると、グラサンをかけたスリランカのチャラい若者が寄って来て、スマホで自撮りツーショットを撮らしてくれと言います。何に使うのやら・・・、まあ、悪意のない陽気な若者でしょう。

 午後2時30分頃、7時間ばかり植物園を堪能して、キャンディの町へ帰りました。今日はキャンディ芸術協会(カルチュラル・ホール)のキャンディアン・ダンスを鑑賞しようかと考えながら、宿でシャワーを浴びて休憩していますと、外が何やら騒がしくなって来ました。窓外を見ると、ゾウの行進が見えました。「何だこのイベントは・・・」と、カメラだけを持って急いで外に飛び出しました。
 まだ行進は続いていました。丁度、仏歯寺の境内に入って行くところです。ペラヘラ祭のミニ版のような感じで、定期的に開催している行事なのでしょう。3頭のゾウと多数の男性ダンサー・楽隊が踊りながら、町を練り歩いて行くのです。行列に付いて行きながら、写真をバシバシ撮りました。この時期にペラヘラ祭が(かなり小規模ですが)見れるとは思っていなかったのでラッキーです。行列は、仏歯寺からまた外に出て、クイーンズ・ホテル前を通って、キャンディ湖畔の辺りで雨が強く降って来て解散になりました。
 今日はこれで満足したので、キャンディアン・ダンスを見ずに、夕食のパンを軽く食べて、明日のシーギリヤ移動に備える事にしました。シーギリヤ・ロックは、10数年前にテレビや写真集で美女のフレスコ画を拝見して以来、訪れてみたいと願って来た場所で、今回の旅の目玉です。

スリランカ旅行「ロイヤル・ガーデン・カフェテリア」 チキンカレー(725Rs)、ライムソーダ(260Rs)

スリランカ旅行「ペーラーデニヤ植物園」 Java Fig Tree、まさに「もののけ姫」の世界!

 旅行8日目、2016年6月13日(月)。キャンディのメインバスターミナルから朝7時30分発、シーギリヤ行きのバス(120Rs)に乗り込みます。11時頃、シーギリヤに到着。まずは宿を探します。シーギリヤ・ロック近くの「フラワー・イン」というゲストハウスに2泊する事にしました。部屋を見せてもらうと、とても立派なので、一泊1200Rsという値段が信じられず、思わず「1200Rsルーム?」と聞き返したほどです。部屋にはホットシャワーとトイレが付いていて、部屋の入口は心地良い内庭に面していて、そこのイスとテーブルで休憩もできます。宿のおかみさんも良い人です。

 今日はシーギリヤ・ロックの周囲を回ってみます。周囲の堀の畔では、スリランカ・ハイイロオナガザルやサイチョウやウシに出会えました。カワセミの一種の青い鳥が堀を飛び交います。ここは動物の楽園です。
 通常、観光客が立ち寄らない堀の奥に進むと、スリーウィーラー(3輪タクシー)のあんちゃんの休憩所があり、堀を発掘している箇所もありました。シーギリヤ・ロックを遠巻きに一周しようかと考えていたのですが、森が段々深くなり危険そうなので、引き返しました。良いアングルでシーギリヤ・ロックの頂上が見える場所があったので、そこから1時間30分くらいかけてF4号にスケッチしました。この角度からシーギリヤ・ロックを眺めた観光客はほとんどいないと思います。先程のスリーウィーラーや発掘現場の人が6~7人集まって来て、絵を見せてくれと言います。今までのスケッチを見せて説明してあげると、しきりに感心しています。「絵」は言葉の違いを超えて万国共通の言語になります。一気に地元の人と心が近くなり、一般観光客とは異なる対応をしてくれる場合もあるのです。こんな交流がまた旅の醍醐味でもあります。
 遅めの昼食は、「WIJESIRI FAMILY RESTAURANT」のチキンカレー(450Rs)、マンゴージュース(200Rs)、Curd(200Rs)を取りました。Curd(カード)というのは水牛のヨーグルトで、キトゥル・パニというヤシの花蜜をかけて食べるのですが、これが濃厚で実に美味しいのです。前にネパールの旅でバクタプルの名物、ズーズー・ダウという絶品濃厚ヨーグルトを食べた事があるのですが、それに次ぐ美味しさのヨーグルトでした。ああ、またズーズー・ダウが食べたい・・・、バクタプルも大地震の被害は相当大きかったようで心配なのですが・・・・。

スリランカ旅行ゲストハウス「フラワー・イン」の部屋(大きなベッドが2つありますが、シングルルームの設定です。たいてい蚊帳が付属しています。) シングルルーム(ホットシャワー・トイレ付、エアコンなし・ファン付) 一泊室料 1200Rs

スリランカ旅行「WIJESIRI FAMILY RESTAURANT」 チキンカレー(450Rs)、マンゴージュース(200Rs)

 宿のトイレの水の出が悪いので、トイレのタンクの中を見てみると、小さなカエルが2匹住み着いていました。夜になると部屋のあちこちにもカエルが出て来ました。カエル嫌いの方には迷惑な事でしょうが、両生類も爬虫類も昆虫も平気な私は、こんな可愛い出会いも楽しみました。夕食はクラッカーとバナナで軽く済まして、本を読みながら眠りにつきました。

 明日はいよいよシーギリヤ・ロックを探訪します。この模様はまた次回といたしましょう。

  日本画家・絵本画家 後藤 仁


犬になった王子――チベットの民話/岩波書店

¥1,944
Amazon.co.jp

テーマ : 旅と絵
ジャンル : 学問・文化・芸術

2016-07-30

スリランカ写生旅行 その3

 「スリランカ写生旅行」の5日目、2016年6月10日(金)。昨日の のどの痛みもおおよそおさまったので、今日は仏歯寺(Dalada Maligawa)を見学します。この寺院は、スリランカで最も尊ばれている仏教寺院で、ブッダの歯がまつられていると言います。

 朝6時過ぎ、入口で荷物検査を受けて広い境内に入ります。仏歯寺本堂は8時30分に開くので、それまで仏歯寺周辺の菩提樹やパッティニ寺院やナータ寺院を拝見。一度、町に戻って、朝食を「ミッドランズ・デリ」の菓子パン・ジュース(140Rs)で済ませました。
 その後、再び荷物検査を受けて境内を通り、チケット(1000Rs、カメラ料込)を購入して、更なる荷物検査を受けて仏歯寺本堂に入ります。寺院というより宮殿といった趣の建物です。内部は凝った装飾・壁画で飾られていました。考古学博物館も併設されています。仏歯が納められた部屋の扉は9時30分のプージャー(仏への礼拝儀礼、一日に3回ある)でしか開かないと言うので、隣の仏教博物館(入場料500Rs)を見学。
 仏歯寺に戻ろうとしたら、入口の警察らしき人に呼び止められました。いらだった様子でチケットを見せろと言っています。どうやら仏教博物館は境内の外だったようです。チケットを見せると、今度はリュックサックのポケットに突っ込んだサンダルを見付け、「入口に靴を預ける所があっただろう」とかなり怒っています。スリランカ等の上座部仏教の国では履物は不浄の物とされ、入口で脱がなければいけないのですが、スリランカでは持ち込んだり見えているだけでもいけないようです。「Get out!Go straight.(あそこの出口までまっすぐ行って、出て行け!)」と言われました。ここが大切な聖地といえども、さすがに理不尽なものを感じましたが、逆らうと逮捕されかねません。一番近い出口にまっすぐ行くと見せかけ・・・途中の人ごみにまぎれて本堂に戻りました。日本からはるばる、絵描きが取材に来たのです。どうしてもプージャーを見たいのです。
 建物の横の入口から入ると、別の警察がいて、通常観光客が通らない所から入って来る外国人が不審だったようで、またまた呼び止められました。チケットを見せると、再びサンダルを指摘されました。ただ今度は「リュックの中に入れろ」という指示だけで済みました。この後も警察の視線は、常に私に浴びせられていましたが・・・。
 無事に本堂2階のプージャーを拝見出来ました。仏歯は仏龕のような物に入れられて直接は見えませんが、光あふれる小部屋の中央に安置されていました。多くの敬虔なスリランカの老若男女が参拝していました。厳かな雰囲気の中に、仏歯を大切に守って来た人々の強い思いがあふれています。
 満足した私は、仏歯寺周辺の巨大な菩提樹を2時間ほどかけてF4号にスケッチしました。その様子を見ていた家族の中に、目の大きな女の子がいたので、10分ほど軽くスケッチさせてもらいました。スケッチが終わった途端、雨が激しく降り出したので、一旦、宿に避難しました。こんな時に宿が近いと便利です。

スリランカ旅行「仏歯寺(Dalada Maligawa)」 プージャー。写真では露出オーバーで飛んでいますが、肉眼だと光の中に仏歯の入った仏龕が見えます。

スリランカ旅行仏歯寺周辺の菩提樹。木の周りではニワトリがうろうろしていました。

 一休みして、昼食は「クイーンズ・ホテルのカフェ」でパンとバナナラッシー(260Rs)を食べました。ここはキャンディの有名な老舗ホテルで、ヨーロッパ風の味のある建物です。なかなか注文した品が出て来ないので2~3回店員に言って、ようやく店員が来たと思ったら、ミキサーの調子が悪くてラッシーが作れないと言います。「それなら最初に言ってくれ」と少々怒ったふりをして注文をキャンセルしようとすると、上役風の男の店員が来て「仕方ないだろう、もう少し待ってくれ」と不愛想に淡々と語りますが、「ソーリ―」の言葉は一度もありません。更に待っていると、合計30分位してようやく品が出て来ました。老舗は案外こんな所もあるだろうな~と思いましたが、次に来る気はしませんでした。

 午後は、キャンディ・マーケット(市場)をぶらついて、キャンディ駅辺りを見物しました。夕食は、のど痛が再発しないように、買ったパンで軽く済ませました。
 今日は異様に厳重な外国人への警戒や、小トラブルに見舞われたな・・・と思い返しつつ、シビル・ウェッタシンハさんの本を読みながら眠りにつきました。今夜も、30度近い蒸し暑い夜です。


 旅行6日目、6月11日(土)。今日は体調も良いので、買っておいた朝食のパンを食べた後、小雨の降る中を歩いて、キャンディ湖が見渡せるというレイク・ビュー・ポイントに向かいます。
 到着すると、なるほどキャンディ湖とキャンディの町並みが一望出来ます。仏歯寺の黄金の屋根も輝いています。ここからの風景を1時間30分位かけてF4号にスケッチしました。雨もあがって強い日差しが降り注ぎます。この季節、コロンボやキャンディ辺りは、毎日一度は雨が降るのですが、後はカンカン照りです。
 町に戻る途中にローヤル公園(入場料100Rs)という植物園があったので寄ってみました。なかなか面白いので、2時間余り観賞して、熱帯スイレンをSM号に軽くスケッチしました。私は海外旅行にはたいていF4号とSM号の2冊のスケッチブックを持参し、鉛筆と色鉛筆で描きます。公園のいすで休憩していると、監視員らしき2人の男が同じテーブルのいすに腰掛けて来ました。「何をしているのかね。昨日も町で見かけたが・・・。」といったような事を話しかけて来ます。友好的な雰囲気ではなく、明らかに疑いを持った目です。「何故か、キャンディで要注意人物にされているのではなかろうか・・・。」という疑念が浮かびましたが、そんな訳はないだろうと打消し、スケッチを見せて「私は日本の絵描きだ。散歩するよ。」と返事して、2人から離れました。中年男の一人旅ですので、このように外国で怪しまれるケースは今までも度々あり、仕方ありません。

 町で両替をし、郵便局で絵葉書を出して、ぶらついていました。キャンディには、新しくて大きな百貨店がありました。キャンディ・シティ・センターです。最上階で多くの子供達が絵を描いていました。どうやら子供絵画コンクールを開催しているようです。熱心に紙に向かう子供達が素晴らしく、またけっこう良い絵を描いているのです。私は絵を描く子供達をSM号に、何枚もクロッキーして行きました。一人の親が「うちの子も描いて欲しい」と言って来るので、その人が持っていたペラペラの紙に簡単に描いてやって一枚差し上げました。私はプロ画家なので、日本では他人に絵を無償であげる事は極めてまれですが、外国では少々気前よくなるものです。
 元気な子供達の絵を見て機嫌が良くなった私は、百貨店の近くの「デボン・フード・コート」で遅めの昼食のチキンカレーとパパイヤジュース(412Rs)を食べました。ここは客も多くて味も良いです。お調子者のウエイターにはチップを差し上げました。

スリランカ旅行11日の早朝「オールド・エンパイア・ホテル」 バルコニーにて、後藤 仁

スリランカ旅行「キャンディ・シティ・センター」 子供絵画コンクール

スリランカ旅行「デボン・フード・コート」 チキンカレー、パパイヤジュース(412Rs)

 宿で一休みして夕食はパンで済ませました。今夜はキャンディアン・ダンス(スリランカ伝統舞踊)を鑑賞しようと思います。昨日、のどを痛めて行けなかったので、今日に懸けています。ガイドブック(地球の歩き方)によるとキャンディ・レイク・クラブが良いらしいので、そこに向かいました。宿から歩いて30分位かかります。夕方5時から1時間ばかりの公演で1000Rs(写真も撮影可)です。
 キャンディアン・ダンスはとても素晴らしくて、女性ダンスの優美さもさることながら、男性ダンスの激しい動きも魅力的でした。たいていの国では女性ダンスがメインなのですが、スリランカでは男性ダンスの方が主体なのではないかと感じます。上半身裸でキラキラ光る金属の飾りを身に付けて、躍動感たっぷりに踊る男達のさまは、実にエネルギッシュでありセクシーでもあります。

スリランカ旅行「キャンディ・レイク・クラブ」 キャンディアン・ダンス(スリランカ伝統舞踊) これは演目の一つ、ラクッシャ・ナトゥマという仮面舞踊

 明日は、キャンディ近郊の「ピンナワラのゾウの孤児園」に行くか、「ペーラーデニヤ植物園」に行くか、日本にいる時から迷っていました。3週間では全てを網羅する事は不可能です。ガイドブックに載っている足に障害のある子象の写真を見ると実にいじらしく、行ってみたいな~可愛いだろうな~と夢想するのですが、キャンディからはけっこう遠いのです。明後日は移動日も控えています。ペーラーデニヤ植物園は、私が教える絵画教室の受講者の方の父親が教授のような仕事を昔されていたとかで、アジアでも屈指の素晴らしい植物園だと言います。今日見たローヤル公園も面白かったし、色んな動物もいるとの事なので、明日はペーラーデニヤ植物園に行く事にしようか・・・と決めた所で、眠りにつきました。

 この続きはまた次回といたしましょう。

  日本画家・絵本画家 後藤 仁

テーマ : 旅と絵
ジャンル : 学問・文化・芸術

2016-07-09

スリランカ写生旅行 その2

 「スリランカ写生旅行」3日目、2016年6月8日(水)。今日は、スリランカを代表する絵本作家のシビル・ウェッタシンハ(Sybil Wettasinghe)さん にお会いする予定です。この計画は、今回の旅の大きな目的の一つで、とても楽しみです。

 ・・・日本で旅行準備をしている時に、こんな事がありました。・・・・ 海外旅行では長くアトリエを空けますので(管理者はいますが)、仕事関係等の各方面にご連絡をします。また、私にとっての”長旅”というものは、一種の再生儀礼のようなもので、「一度死んで、生まれ変わる」というニュアンスを持っているのです。大げさに聞こえるかも知れませんが、場合によっては本当に日本に帰れない事態になるかも知れないという覚悟もあります。
 そんな対応に奔走していた旅行の5日位前に、絵本作家の長野ヒデ子さんにご連絡する機会があり、スリランカに行く事をお伝えすると、「私がファンの絵本作家、シビル・ウェッタシンハさんにお会いして来たら良いですよ・・・。」というアドバイスを受けました。私は「絵本」の世界は3年余りと経験が少ない故、まだまだ知らない絵本作家も多いのです。(歴史上の画家や日本画家や純粋美術の作家はかなりよく知っています。) シビル・ウェッタシンハさんも作品の表紙を少し見た事がある位でした。こんな機会に勉強しなくてはいけません。こうして、ここ数年間に膨大な量の「絵本」関係の知識を増やして来ました、多分、誰よりも旺盛に・・・。
 まずは、近くの大きな図書館(葛飾区立中央図書館)に置いてあるシビル・ウェッタシンハさんの作品を全て読みました。そして日がないので、教文館ナルニア国にシビル・ウェッタシンハさんの代表作『きつねのホイティ』(福音館書店)を注文して送ってもらう事にしました。その時、教文館の個展でもお世話になった店長さんが、『わたしのなかの子ども』(松岡享子 訳/福音館書店)というシビル・ウェッタシンハさんの随筆が素晴らしいとおすすめいただきました。松岡享子先生とも多少のご縁がありましたし、児童書に詳しい店長を信じて、その本も取り寄せる事にしました。
 ところで、シビル・ウェッタシンハさんに会うと言っても、どこにどうしていらっしゃるかも分かりません。こんな時には私の果敢な行動力がものを言いますが、今の時代にはインターネットという魔物(人類にとって一見便利だが、最も危険でもある代物)があります。シビル・ウェッタシンハさんが、スランガニ基金(Surangani Voluntary Services 〈SVS〉)というボランティア団体の顧問のような事をされていると分かると、早速、スランガニ基金に連絡を取り、スリランカで8日にお会いする計画を整えました。(ただし、シビル・ウェッタシンハさんも著名な方ですし、お忙しい事でしょうから、どなたでもお会いできるという訳ではない事をご承知おき下さい。) ・・・・・

 朝食をパンで済ませて、スランガニ基金を訪問する10時までには時間があるので、コロンボのペター地区を散策します。コロンボ・フォート駅を過ぎてバスターミナルまでの間に大きな本屋があります。M.D.GUNASENA BOOKSHOPという書店ですが、日本で言えば紀伊国屋書店等にあたるスリランカで最も大きな書店らしいです。4階建て位でかなり多くの本が置いてあります。1階が児童書の売り場です。日本をはじめとする外国の「絵本」は見られず、薄い表紙のスリランカの「絵本」しか置いてありません。内容はともかく、印刷品質は日本等と比べると決して高いとは言えないレベルです。ただ、東南アジア・中華人民共和国等の大型書店を幾つか見て来ましたが、それらと比べてもここは「絵本・児童書」の数は相当多い方です。それだけ児童教育等にも力を入れようという方向性がうかがえます。(ただし、この後、地方でも書店・図書館を探しましたが、まれに小さな店があるだけで全く充実はしていません。)店員にシビル・ウェッタシンハさんの絵本はあるかと聞くと、大きな棚の全てがシビル・ウェッタシンハさんのコーナーでした。やはり、スリランカでもよく知られた絵本作家なのです。サインを入れていただく為と、旅の途中で読む為に、日本から『わたしのなかの子ども』を持参していたのですが、この書店でもシビル・ウェッタシンハさんの絵本を5冊買い込みました(5冊で1170Rs)。
 ペター地区にジャミ・ウル・アルファー・モスクというイスラム教の巨大なモスクがあるので見学しました。白と赤の石で組み合わされた面白いデザインの建物です。今のところスリランカでは、上座部仏教(南伝仏教)をはじめヒンズー教、イスラム教、キリスト教が混在し、うまく調和を保って存在しています。

スリランカ旅行M.D.GUNASENA BOOKSHOP(コロンボ) シビル・ウェッタシンハさんの絵本コーナー。数10冊~100冊はあります。(書店員の許可を得て撮影)

スリランカ旅行ジャミ・ウル・アルファー・モスク(コロンボ)

 9時になりましたのでスリーウィーラーを捕まえて足代700Rsで手を打って、コロンボ郊外のスランガニ基金まで向かいました。少し道に迷いながら、10時過ぎに到着しました。
 スランガニ基金の代表・創設者は日本の方で、馬場繁子さんです。この方を中心にスリランカのスタッフとともに、内戦中の困難な時代から長い期間、スリランカで有益なボランティア活動をされて来られたという事です。誠に頭が下がります。特に、子供達へ「絵本」を届ける活動に力を入れられている事に共感しました。馬場さんは、穏やかな物腰の裏に、強い意志力の感じる人でした。団体の活動状況のお話や写真や職場を一通り拝見し、ここなら信頼がおけるだろうと判断し、日本で構想していた「スリランカへの絵本寄贈計画」をスランガニ基金にゆだねる事に決めました。
 スランガニ基金では、寄付以外のボランティア活動の資金調達や絵本普及の為に、シビル・ウェッタシンハさんや一部の日本の絵本をスリランカのシンハラ語に訳して出版したりもしているそうですが、スリランカの出版業界はあまり発達しておらず、有力な出版社も少なく、特に出版卸業・流通は未整備のようです。そこで基金が独自に印刷して、直接、M.D.GUNASENA BOOKSHOP等の大型書店に持ち込むのだそうですが、半分ほどのマージンを取られるので、なかなか大変だという話です。

 そこから車で移動し、シビル・ウェッタシンハさんのアトリエに着きました。シビル・ウェッタシンハさんはそのユニークな作風を彷彿とさせる、優しそうでおおらかな雰囲気を持った方でした。ご年齢は88歳位ですが、とてもお元気で好奇心の旺盛な方です。馬場さんの通訳でお話をし、絵本を多数見せていただき、今制作中の福音館書店の絵本の制作状況をアトリエで見学できました。アトリエに人を入れたがらない作家も多いですので、これは実に貴重な体験です。
 その後、昼食をごちそうになりました。手作りのスリランカ料理はとても美味しいのです。シビル・ウェッタシンハさんに饗応いただけるという事もあるでしょうが、今回のスリランカの旅で最も美味しかったです。(ちなみに、スリランカの食事は基本、毎日カレーです。)
 日本から持参したり現地で購入した「絵本」にサインを入れていただいた他、シビル・ウェッタシンハさんから6冊も「絵本」をプレゼントしていただきサインももらいました。これは、絵描きにとって一生の宝物です。旅の途上にて少々重たいですが、我慢ができるというものです。
 私からも、シビル・ウェッタシンハさんとスランガニ基金に、絵本『ながいかみのむすめチャンファメイ』(福音館書店こどものとも)『おしゃかさま物語』(佼成出版社)をプレセントしました。また、日本から絵本『犬になった王子 チベットの民話』(岩波書店)等をお贈りする約束をしました。
 こうして充実した時間はあっという間に過ぎ、スリーウィーラーで宿に帰りました。帰りは、シビル・ウェッタシンハさんのアトリエからなので行きより遠かったのですが、メーターで行くと650Rsですみました。馬場さんがおっしゃるには、スリーウィーラーはメーター付きならメーターで行った方が安いとの事です。

 この日の夕食は、「ピラウ」のフィッシュコットゥ(320Rs)とラッシー(180Rs)を取り、(コットゥというのは、小麦粉とココナッツを混ぜて焼いて作ったゴーダンバ・ロティを刻んで、野菜・肉等と一緒に炒めた料理)、シビル・ウェッタシンハさんの『わたしのなかの子ども』を読みながら眠りにつきました。毎日、テレビもない孤独な宿で、夜はこの本を読むのが日課となりました。古き良きスリランカが描かれており、シビル・ウェッタシンハさんの挿絵も面白く、今回の旅のお供にぴったりでした。千夜一夜物語の如く止めどなく流れる物語の、ゆったりとした時間が、実に心地よいのです・・・。

スリランカ旅行スランガニ基金(コロンボ) 活動報告の写真。左下に、児童施設へ寄贈する「絵本セット」が写っています。

スリランカ旅行スランガニ基金の皆様と。 右から2人目が馬場繁子さん、中央が私。

スリランカ旅行シビル・ウェッタシンハさんのアトリエ(コロンボ) シビル・ウェッタシンハさんに、描く様子を見せていただきました。これから日本で出版される予定の、福音館書店の最新作だそうです。

スリランカ旅行スリランカ・カレーをいただきました。本当に美味しかったネ~ ( ^^) _U~~

スリランカ旅行シビル・ウェッタシンハさん、スランガニ基金・馬場繁子さん、と私

 旅行4日目、6月9日(木)。この日はキャンディに移動します。朝食は大体パンで済まします。7:00コロンボ発の国営ノーマルバス、キャンディ行き(150Rs)。11:00にキャンディのメインバスターミナルに到着しました。スリランカのバスは古いものが多く、あまり快適とは言えませんが、スリランカの国内移動には安くて便利です。
 最初、宿とは逆方向に歩いてしまい随分大回りをして宿に着きました。この季節、コロンボやキャンディは、毎日、短時間の雨が降りますが、それ以外は日差しが強くて結構暑いのです。ガイドブック(地球の歩き方)で見当を付けておいた「オールド・エンパイア・ホテル」で、一泊1400Rsのシングルルームに4泊しました。トイレ・シャワーは共用です。コーヒー工場を19世紀にホテルに改装した歴史あるホテルという事で、小さくて古いながらに雰囲気があります。ちなみに、スリランカでは「ホテル」というのは安い大衆食堂をさす場合が多いのでややこしいのです。
 昼食は近くの「ミッドランズ・デリ」で、チキンカレー(200Rs)、パパイヤジュース(200Rs)、サービス料(50Rs)の計450Rsで取りました。
 この頃少しのどが痛くなって来ました。寝る時にはファン(天井に付いた巨大な扇風機。アジアのホテルには大体これが付いていますが、回ると結構うるさいのが難点です。)を消すのですが、それ以外は常時付けているので、空中のほこりや大気汚染も伴って、旅行の初期にのどを痛めるケースが多いです。午後は、市場で買った果物の女王・マンゴスチンを食べる前にSM号にスケッチ。キャンディ湖周囲を軽く散歩して、湖をSM号にスケッチ。夕食は、昼と同じ食堂のケーキセット(300Rs)で軽く済ませました。ここで無理をすると後にこたえます。
 夜、何かカリカリ音がするのでゴミ箱の下を見ると、蛇も虫も人もお化けも少々の危険も孤独も・・・大概の事は平気な私が唯一何故かしら好きになれない、あの黒光りする虫がいました。ごみ箱を遠ざけ、パン等の食料をビニールに入れてつり下げました。アジアの安宿ではアリや黒虫が出るので、食料を机の上等に置かずに、出来るだけ虫が付きにくいようにフックにつり下げておくという処置も必須です。あと、安宿の扉など簡単にぶち破れるので、寝る前に扉の前には椅子等を置いておきます。ただの気休めですが、何者かが突入して来たとしても、音で気が付く可能性が高くなるのです。自前の南京錠も忘れないように・・・。私が経験上編み出した、旅のミニ知識です。
 黒虫はいやだな~と思いつつも、『わたしのなかの子ども』を読みつつ、夢の中に入って行きました。


 明日は、スリランカの古都、キャンディの街を歩きます。この様子はまた次回といたしましょう。

  日本画家・絵本画家 後藤 仁


スリランカ旅行「ミッドランズ・デリ」 チキンカレー(200Rs)、パパイヤジュース(200Rs)



犬になった王子――チベットの民話/岩波書店

¥1,944
Amazon.co.jp

テーマ : 旅と絵
ジャンル : 学問・文化・芸術

2016-07-03

スリランカ写生旅行 その1

 10数年前に「シーギリヤ・ロック」の美女のフレスコ画を見た時から、スリランカへの旅を考えていました。今年の2月には挿絵本『おしゃかさま物語』(佼成出版社)を出版し、インドから最も初期に”仏教”が伝わったスリランカの地を訪れてみたいという思いも強くなりました。そんな矢先、熊本大地震が起き、私の親類を含む多くの人々が被災され、その鎮魂を兼ねる旅ともなりました。
 2016年3月24日に、松戸のH.I.Sでスリランカ航空の往復航空券と旅行保険を購入しました。合計、約12万5000円。決して安くはないですが、絵の仕事でこつこつ積み上げて、取材旅行に全てを費やすという貧乏絵描きの生き方です。どこかの誰かとは違って、全て自腹ですよ~。
 4月27日には、港区高輪のスリランカ大使館でETA(イータ)という短期ビザを申請しました。スリランカの空港でも取れるらしいですが、念の為に日本で取っておきます。5月9日にETA(代金4233円)を受け取り、帰る時に近くの泉岳寺に立ち寄り、私の故郷の志士・赤穂浪士のお墓に旅の安全を祈願しました。
 旅の荷物をまとめて準備万端です。今回の旅は予算等も勘案して、2016年6月6日~27日の22日間に設定しました。スリランカは意外と宿代が高くつきそうですので3週間が良い所です。


 旅行1日目、6月6日(月)。7時45分頃、アトリエを出発し、9時頃、成田空港第2ターミナルビルに到着。スリランカ航空 UL455 11時20分成田発にて日本を発ちました。食事をしたり映画を観たり本を読んだりしながら時間を過ごし、17時10分頃、スリランカ コロンボのバンダーラナーヤカ(カトゥナーヤカ)国際空港に降り立ちました。(日本との時差は、-3時間30分です)空港で両替を忘れないように・・・。
 エアポートバス(110Rs)〔当時のレート: スリランカ・ルピー Rs.1 ≒ 0.75円〕で、コロンボ ペター地区のセントラルバスターミナルを目指します。1時間位でバスターミナルに近づいて来ましたが、道が渋滞してなかなか進みません。バスの中のスリランカの方に、宿泊予定のホテル「ザ・セントラルY.M.C.A.」への道を聞こうとしたら、「付いておいで」と言います。バスターミナルの手前でバスを降りて、その紳士の導く露店の小道を行くと大通りに出ました。「この道をまっすぐ、およそ半キロ」と英語で説明します。お礼を言うと、その紳士は軽く手を挙げると去って行きました。スリランカはアジア圏では比較的、治安は良い方だとガイドブックに書いてありますが、街の様子を一度見るとうなずけました。今まで何度もアジアの旅をしているので、その場の雰囲気で何となくその地域の安全性が分かるのです。
 道をまっすぐ歩くと、すぐにホテル「ザ・セントラルY.M.C.A.」が見つかりました。飛び込んで宿の交渉をします。一泊チープルームで室料(食事なし)2400Rsと言う事で、まずはここで3泊します。トイレ・シャワーは共用で、エアコンなしのファン(大型扇風機)のみの部屋です。
 一息ついたら、夕食です。ホテル近くの、COLOMBO CAFEという軽食屋でサンドイッチ(350Rs)を食べました。最初からディープな食事をするとお腹を壊す場合があるので、少しずつ体を慣らして行きます。

 旅行2日目、6月7日(火)。今日はコロンボ周辺を散策します。朝食はパンで済まし、朝7時頃ホテルを出てスリーウィーラー(トゥクトゥク)という3輪タクシーを呼び止め、200Rs位の足代でガンガラーマ寺院に向かいます。ガンガラーマ寺院(入場無料)はコロンボ第一の古刹で、立派な仏教寺院です。境内を一通り回ると、菩提樹(ボダイジュ)をF4号のスケッチブックに2時間ばかりかけてスケッチしました。小鳥がさえずり、人々が静かに祈りを唱えています。昼近くになると、修学旅行の小中高生がたくさん通り過ぎて行きました。スケッチを終える頃、今度はコロンボ大学の学生らしき大集団が、お坊さんの説教を聴く会を催しているのに出くわしました。スリランカの人々は老いも若きも皆、自ら信じる宗教にとても熱心です。
 その後、近くのシーマ・マラカヤ寺院(300Rs)を見学しました。この寺院は池の上に建っており、ジェフリー・バワというスリランカの有名な建築家の設計だと言います。確かに、涼しげで斬新なデザインです。
 ここからスリーウィーラーで移動し、コロンボ大学の近くの「ラヒーマ」という食堂でチキンブリヤーニ(350Rs)とライムジュース(70Rs)を食べました。ローカル食堂ですが、安くてとても美味しいです。
 そこから歩いて移動、コロンボ国立博物館(600Rs、カメラ料250Rs)を見学。スリランカで最大の博物館で多くの展示物は見応えがあります。特にブロンズ製のヒンズー教神像は素晴らしい完成度です。ここでSM号のスケッチブックに、パールバティ像を一枚スケッチ。裏手にある国立自然史博物館(カメラ料250Rs)も見学。スリランカの小学生の団体が修学旅行に来ており、一人の男の子がアイスを持って来てくれたので、お返しに『おしゃかさま物語』のリーフレットをあげると、みんなが欲しがるので1~2枚を渡して、じゃあね~とさよならしました。なかなか元気で良い子達です。
 午後になると暑くて活動が厳しいので、アジアの旅では常々、早朝から7~8時間取材したら、一旦、ホテルで休息する事にしています。この日もスリーウィーラーを捕まえて250Rs程でホテルに戻りました。

スリランカ旅行ガンガラーマ寺院

スリランカ旅行シーマ・マラカヤ寺院

スリランカ旅行「ラヒーマ」 チキンブリヤーニ(350Rs)ライムジュース(70Rs)

スリランカ旅行「ピラウ」 チキンコットゥ(320Rs)マンゴージュース(150Rs)

 夕方6時前にホテルの近くの「ピラウ」というローカル食堂で、チキンコットゥ(320Rs)とマンゴージュース(150Rs)を食べました。少し味付けが濃いですが、汗をかいた後には丁度良く、なかなか美味しいです。
 食後、腹ごなしに散歩しようと思って街をぶらついていました。地図を見ると海が近いので、海に出てみようと歩いていると、人通りが少ない大通りの後ろからスリランカの人が追い抜いて行きました。すると、その人がふり返り、「その先の寺院で今日だけフェスティバルをやっているんだ。明日はやっていない・・・。」と片言の日本語まじりの英語で言って来ます。「ああ、来たな~」と思いつつも、先のエアポートバスからの案内人の例もあったので、内心信じずに、表面上半分信じてみようと考えました。旅は道連れという言葉もあります。「スリランカは初めてなのか? 自分には子供が男の子2人いるんだ。自分はコックのチーフをやっている。あなたは日本のどこに住んでいるんだ。自分は千葉とどこどこを知っている・・・。」等と楽し気に饒舌に話します。「典型的なパターンだな~」と内心思いつつも、スリランカの人を信じたいというわずかな思いもありました。襟付きの白いワイシャツに黒のズボンという、きちっとした身なりですし・・・。
 海の手前で道が曲がり、結構歩きます。「海の辺じゃねえのかよ・・・」と思いつつ、仕方なしに合わせます。するとスリーウィーラーが待機しており、「乗れ、ワンミニッツ(1分だけだ)」と言う。こんな場合は、本当は危険なので絶対乗ったらダメなのですが、「でも、信じてみたい」というかすかな善意と、暗くなるまでにはまだ時間が30分位あり、街の雰囲気を見て凶悪犯は無さそうだなという判断と、どんな手に出て来るのか確認してみたいという好奇心から、勢いで乗ってしまいました。
 案の定、1分では着きません。5分位かかった頃、さすがに「ふざけてんな~」と思い、演技も入れて怒ったふりをして「時間が長い、返してくれ!」とでたらめな英語で言ってやると、「いや、全然かかっていない。もうすぐだ・・・。」とお決まりの言い訳をします。10分位かかって着いたのは、朝に長時間滞在したガンガラーマ寺院でした。お寺ではもちろんフェスティバル等やっていません。「ここは今日来たんだ」と写真を見せてやると、「ソーリー。ソーリー。」と軽々に謝ります。その男はしおらしく仏像に手を合わせると、「自分は仏教徒だが、あなたはどうだ・・・。」等と言っています。私が関心を示さないと見ると、「ソーリー、帰ろう。」と言うので、「ホテルまで送ってくれ」と返してやりました。スリーウィーラーで「ザ・セントラルY.M.C.A.」の近くまで来ると、案の定、お決まりのセリフ「マネー。ワンサウザント。」という言葉がその男の口から、今までとは違った低く小さな声で漏れ出ました。多分、ガンガラーマ寺院までの往復の行程を知っており、寺院のすごさにも反応せず(日中訪れていますので)、怒っているので、こいつからはあまり取れないと判断して、この値になったのでしょう。「いい寺院に連れて来てくれて有難う」等と騙されていたら、2000~3000Rs位は要求して来た事でしょう。私は当然、「No!」と強くはねのけて、スリーウィーラーを離れましたが、今度はスリーウィーラーのあんちゃんが追いかけて来て「マネー」と言います。多分、グルなのでしょう。私は車の通る大通りを横切って、そのままホテルに戻りました。とんだ時間のロスでしたな・・・。
 たった1000Rsや2000Rsの詐欺を働いた所で、物価の違いはあるにせよ、いか程もうけられるのか? 多分、常習的にやっているので、多くの日本人等がひっかかり、かなりの被害額なのだろうか。詐欺師は、この男一人だけではあるまいし。何よりも、寺院をコマにして詐欺を働いている所が罰当たりで、私としては許せない思いがありました。 ~ コロンボ フォート地区辺り、身長180cm余りで骨太・小太りの30歳代後半位の大男・・・色黒で、ほっぺたが膨らんでいて、自然な笑顔で片言の日本語と英語で話しかけて来る、きちっとした身なりの男には要注意!! 奴の顔ははっきりと覚えています。スリランカの子供達に「絵本」を寄贈したいと計画している貧乏絵描きをだまくらかそう等と、・・・もうそんな馬鹿な事はやめて、真面目に仕事しようよ、あんちゃん。

 この日は変な事があったが、どこかに連れ込まれる等の一歩間違えると危険な目にあった可能性もあるので、今回は撃退したものの、やはり軽はずみな行動は慎もうと思い返しつつ、眠りにつきました。ファンは風邪をひくので寝る時には止めます。そんな暑い夜、それでも疲れからか良く眠れました。
 明日は、スリランカの絵本作家の第一人者のシビル・ウェッタシンハさんにお会いする予定を、日本で仕込んでいました。本当に楽しみです。

 この続きは次回といたしましょう。

  日本画家・絵本画家 後藤 仁

 
 

テーマ : 旅と絵
ジャンル : 学問・文化・芸術

2015-02-16

ミャンマー(ビルマ)写生旅行 その9 〔最終回〕

 (「ミャンマー(ビルマ)写生旅行」その8からの続き)
 2014年10月25日、ミャンマー写生旅行の24日目、旧首都ヤンゴン(ラングーン)に戻って来ました。旅行初期に回れなかった箇所を訪ねます。
 チャンミー・ゲストハウス(吉祥美旅館)は朝食付きですので、食堂で朝食を取ります。パンを中心とした洋食で、毎日少しずつメニューが変わります。(ミャンマーの安宿相場は、他の東南アジア圏より高めですが、たいてい朝食付きで設備は整っています。)
 朝食後、2㎞余り歩いて、ボータタウン・パヤー(入場料 3USドル)を目指します。この日はとても暑い日で、日差しが肌を照り付けます。ボータタウン・パヤーはヤンゴン川沿いに建つ由緒ある寺院で、ブッダの遺髪や聖歯が安置されており、多くの参拝者が行列をなして賑わっていました。境内の建物の一つに親子猫がいて面白いので、軽くスケッチしました。これでSM号のスケッチブック一冊を描き終えました。
 その後、ヤンゴン川を見物し、そこにいたサイカー(自転車タクシー)でスーレー・パヤーまで移動。スーレー・パヤー周辺にサイカーは入れないらしく、かなり手前で下ろされて、1500K(チャット、1K≒0.1円)でした。そこから中国人街・インド人街を散策し、点在する中国寺院やモスク(イスラム教寺院)やヒンズー教寺院なども見学しました。
 遅めの昼食は、インド人街のビルマ料理レストラン「ダヌピュー」で取りました。ビルマカレーがとても美味しくて、肉系ではチキン・ポーク・マトンがあり、値段は2500~3000K位でボリューム満点です。
 この頃になると旅の疲れが出てダルい感覚があったので、昼食後は宿に戻って一休みして、夕食はパン位で軽く済ませました。

ミャンマー旅行48ボータタウン・パヤー 「親子猫」

 旅行25日目は、ヤンゴンっ子の憩いの場所、ヤンゴン動物園(入場料3000K)を訪れました。宿から歩いて2㎞弱あります。途中、ヤンゴン中央駅の古い駅舎を橋の上から見物しました。ミャンマーの鉄道は1~2路線しかなくて運行本数は少なく、列車も旧型でスピードも遅いので(長距離バスの倍以上の時間がかかる)、旅行にはおすすめできません。ミャンマーの旅は、飛行機か長距離バスか船を活用する事になります。
 ヤンゴン動物園には外国人観光客はほぼいなくて、地元の家族連ればかりです。ガイドブック「地球の歩き方」には、「動物は少なく珍しい動物はいない」と書かれていますが、存外面白くて、私は5時間ほどここで楽しみました。アジアゾウやロバを軽くスケッチして、F4号のスケッチブックも描き終えました。
 ホワイトタイガーなどの変わった動物もいますし、ゾウ・カバ・コビトカバなどに直接エサをあげたりもできます。午後からはゾウなどによる動物ショーも開催され、盛り上がっていました。この日は丁度日曜日だったのでかなり多くの親子で賑わっており、日本の動物園でこれほど人々に愛されている動物園は少ないだろうなと思いました。旅の最後、心がホッとやわらぎました。
 歩いて宿に帰り、夕食は再び「ダヌピュー」で今度はフィッシュカレー(約3000K)を食べました。魚が大きくて腹一杯です。( ^^) _U~~
 

ミャンマー旅行49ヤンゴン動物園 「ゾウのエサやり」

ミャンマー旅行50ヤンゴン動物園 「エサをほしがるカバ」

ミャンマー旅行51「ダヌピュー」 フィッシュカレー

 10月27日、旅行26日目。本日、ミャンマー最終日です。宿での朝食後、シャワーをひと浴びして、荷物をまとめてチェックアウトしました。部屋の管理・掃除をしてくれているおじさんも、スタッフの若者達も応対が良く好感触の宿でしたので、チップを5000Kばかり置いて来ました。
 北へ2㎞ほど歩いて、カンドーヂ湖(ロイヤル湖)に着きました。湖周囲は公園の様になっていますので、係の人に聞いたら2000Kで入れると言うので、ここでゆっくりしていく事にしました。昼食はパンとジュースです。1ヶ月に及ぶ旅を振り返りながら、公園をブラブラしました。遠くにはシュエダゴォン・パヤーも望めます。
 湖の周囲の遊歩道を歩いていると、突然雨が降って来てスコールになりました。大きな東屋があったので、そこで雨宿りしました。ミャンマー人や欧米観光客など10数人が寝そべって雨が止むのを待っていました。
 1時間ほどして雨が上がったので、湖を後にして北上しました。重いリュックサックを背負いながら2㎞ほど歩くと、チャウッターヂー・パヤー(入場料無料)に着きました。ここには、全長70m、高さ17mの巨大な寝仏がおはします。かなり新しいコンクリート製ですが迫力満点です。
 道を引き返し、近くのNGA HTAT GYI PAGODA(入場料無料)に立ち寄りました。寺院の入口付近の民家に子供達が大勢集まって勉強をしています。多分、塾の様な所でしょう。外から写真を撮ろうとすると、子供達が全員勉強を放り出して玄関に駆け寄って来ました。先生は何の文句も言うそぶりはありません。私が手を振ると、子供達はワイワイ言いながら楽しそうに手を振り返してくれました。

 ミャンマーは日本に比べて、経済的には決して豊かとは言えない国ですし、治安も日本より良いとは言えません。なのに、この都会ヤンゴンでさえ、子供達はこれほど無邪気でおおらかです。人間の本当の”豊かさ”とは何か、本当の”貧しさ”とは何か・・・アジアの旅をするごとに、いつも考えさせられるのです。所によっては、労働で疲れ切った子供を見る場面もあり、そんな時にはどうにか変革していかなければならないだろうと思います。しかし、たいていの地域の多くの子供達は元気よく外で遊びまわり、素敵な笑顔でキラキラと目を輝かせています。今の日本、そんな子供達は減っているのではないでしょうか。旅の道中、こんなにも元気なアジアの子供達を見ていると、人類の明るい未来を信じたくなります・・・・。

ミャンマー旅行52 NGA HTAT GYI PAGODA 入口付近 「元気なミャンマーの子供達」

 寺院を後にして道を進みます。辺りは暗くなって来ました。後ろ髪を引かれつつも、もうそろそろ空港に向かわなければいけません。夕食のパンを買い込むと、途中、タクシーをつかまえます。値段交渉して、空港まで6000Kにまけてもらいました。道路は比較的すいていて、ヤンゴン国際空港まで30分ほどで着きました。
 海外の航空会社のチェックインカウンターは人が適当に集まる感じですが、ANAの時だけ誘導ロープが引かれて係の人が声がけをして整然と事が進んで行きます。この辺りの日本企業のサービス意識の高さはさすがだなと感心しつつ、おおらかなアジアに比べて日本はやはり大変だなとも思いつつ。チェックインを済ませて、ロビーでパンをかじりながら空港での時間を過ごします。「もう少し、旅を続けたいな~」と名残惜しみながら、「これ位の方が次の旅へと意欲が続くであろう」と自分に言い聞かせながら・・・。
 

 2014年10月27日 22時10分、ミャンマー ヤンゴン発 → 28日 6時45分、東京 成田着。 ANA NH914便。

               *

 
 およそ1ヶ月(27日間)に及ぶ「ミャンマー(ビルマ)写生旅行」が終わりました。今回の旅は、特別に傑出したインパクトや激しい感動がある旅ではありませんでしたが、全体的にとても充実した良き旅になりました。
 旅の成果は、スケッチブック2冊(F4号、SM号)で、44枚のスケッチ
(今までの旅行記に記した以外にも、宿のスタッフで感じの良い人がいたら時折スケッチさせてもらっています。この様に旅行関係者を描かせてもらうのも、私が他人を描くテクニックの一つです。)
 写真 約1500枚。(約2500枚撮影して途中でいらないものを消去して、約1500枚を残しています。)

 旅行費用(航空券代金、滞在費など合計)約25万円、 旅の思い出 プライスレス (^_-)-☆
(今回、通俗的にも金銭の話が頻発しましたが、この旅行記では読者の方々の「旅行ガイド」としても参考になる様に配慮し、かなり詳細な場所・価格表記に努めた結果ですので、ご了承下さい。)

 取材旅行はスケッチや写真などの形に残るものだけではなく、現地で体感した”実感”(目で見て、音を聴き、匂いを嗅ぎ、手で触れて、肌で感じて、食べ物を食べる・・・etc.)が最も大切だと考えています。それは実際現地で取材しないと決して分からないものであり、作品にも表現できないものなのです。 


 ★私はプロの絵描きですので、ネット上では滅多に作品(特にスケッチ)を公開しないのですが、拙ブログの読者のために特別に2枚だけお見せします。★

ミャンマー旅行 スケッチ1ミャンマー写生旅行スケッチ 「バガン シュエズィーゴォン・パヤー」(約7時間制作) ©後藤 仁

ミャンマー旅行 スケッチ2ミャンマー写生旅行スケッチ 「カロー パラン族の祖母と孫」(約10分制作) ©後藤 仁

               *

 私は時として無謀とも言える取材旅行を敢行して来ましたので、特に海外取材旅行では毎回何かしらの珍奇なトラブルに巻き込まれます。時には財布をすられたり、時には血を流すケガを負ったり、お腹をひどくこわしたり・・・。ところが、今回のミャンマー旅行では実に珍しく、小さな問題こそあれ大きなトラブルはありませんでした。何かが起こるものだと身構えていた私としては少々拍子抜けしましたが、本来それでこそ良い取材旅行と言えるのでしょうね。
 ミャンマーは、アジア圏では比較的治安の良い国と言われています。私の実感で「旅の快適度・難易度(治安、利便性、雰囲気の良さなどから総合的に判断)」を独断と偏見で比較したら、ラオス(ルアンパバーン)に次ぐくらいの快適度の高さで、タイ王国北部(チェンマイ・チェンラーイ)と同じくらいでしょう。特に、インレー湖・カローはルアンパバーンと同じ高レベルです。ただ、マンダレーは少々治安が不安ですし、ヤンゴン・バガン辺りもタイ王国のバンコクくらいの煩雑さを感じます。


 私が今までに旅をした国々の「旅の快適度・難易度」をざっと表にしてみると、以下の様になりました。(上方ほど快適度が高い、下方ほど難易度が高い。)

◎ラオス(ルアンパバーン)、ベトナム(サパ・バックハー)、ミャンマー(インレー湖・カロー)日本(地方)
日本(都心部)
○タイ王国(チェンマイ・チェンラーイほか)、イタリア・バチカン市国、ミャンマー(総合印象)
○中国(北京・上海・貴州省・四川省ほか)、タイ王国(バンコク)、ミャンマー(ヤンゴン・バガン)
○ベトナム(ハノイほか)、カンボジア(シェムリアップ)、ミャンマー(マンダレー)
  (この間には開きがあり、これ以下は旅の難易度が増します。)  
●中国(チベット)、ネパール(カトマンズほか)、インドネシア(ジャワ島・バリ島)
  (この間には開きがあり、これ以下はさらに旅の難易度が増します。)  
●インド(全域)
●インド(バナーラス)

 といった順ですが、これはその場の「良し悪し、素晴らしさ」という判断ではなく、あくまで治安を中心とした「快適度・難易度」です。また、私の訪問年代にもよりますし、たまたま運が悪かったという場合も考えられるでしょうから、私個人の主観としてご参照下さい。
 インド、ネパール、インドネシアなどは、とても優れた遺跡や文化が残っている素晴らしい国です。ただ、これらの国は一人旅をするのは結構難しい地域で、身に危険を感じる場面が何度か起こる可能性があり、特に女性の一人旅はよほど旅慣れた人でないとおすすめできません。また、ツアー旅行の場合でも、注意が必要になって来るでしょう。
 外務省ホームページの危険情報によると、インド辺りは黄色(十分注意)から部分的に薄いオレンジ色(渡航の是非検討)位の危険の程度です。中東やアフリカの紛争地帯では、濃いオレンジ色(渡航延期勧告)から大部分は赤色(退避勧告)ですので、いかにそれらの地域に旅をするのが危険なのかが推察されます。

               *

 ちなみに、私が今までの海外旅行で、「最も感動したランキング ベスト10」を挙げるとざっと以下の様になります。(それぞれが個々に素晴らしくて、感動要素も異なるので、一概に比較するのは難しいのですが、私の主観による感動度のみでランキングしてみます。)

第1位 ☆インド アジャンター石窟「蓮華手菩薩像」
第2位 ☆ネパール カトマンズ「インドラジャトラ祭・クマリとの遭遇」
第3位 ☆中国 チベット「ポタラ宮」
第4位 ☆インド バナーラス「ガンガーでの沐浴」
第5位 ☆インドネシア ジャワ島「ボロブドゥール遺跡」
第6位 ☆中国 貴州省「トン族村」
第7位 ☆イタリア・バチカン市国「システィーナ礼拝堂 ミケランジェロのピエタ像」
第8位 ☆カンボジア「アンコール遺跡群」
第9位 ☆ベトナム サパ・バックハー「モン族村」
第10位☆インドネシア バリ島「バリ舞踊」
     

 アジャンター石窟やガンガーの沐浴、ポタラ宮では、感動のあまり感涙を起こすくらいですし、インドラジャトラ祭ではほぼ放心状態でした。つまりは、より近づく事が困難であるから、より感動が増加するとも言えますので、「旅の快適度・難易度」がそのまま「旅の良し悪し」ではないという事なのです。
 不安定な国際状況の中、今後の海外取材旅行も多くの困難を伴うかも知れませんが、こらからも機会があるごとに私は写生旅行に出かける事でしょう。そこに感動があり、絵画創作へのインスピレーションの源泉がある限り、私は一生旅を続ける事になりそうです。

 日本画家・絵本画家 後藤 仁  GOTO JIN
 

テーマ : 旅と絵
ジャンル : 学問・文化・芸術

2015-02-07

ミャンマー(ビルマ)写生旅行 その8

 (「ミャンマー(ビルマ)写生旅行」その7からの続き)
 2014年10月23日、ミャンマー写生旅行の22日目です。今日も早朝から、シュエズィーゴォン・パヤーで巨大仏塔を1時間余りスケッチしてから、宿に戻って朝食をかき込みます。

 朝食後、シュエズィーゴォン・パヤーの近くの、ナッ・トゥ僧院の約500年前に描かれたというフレスコ画を鑑賞。当時の生活・・・楽器を弾く人、踊る人、馬車に乗る人、動物達などが生き生きと表現されています。この時代の壁画は実にのびのびと描かれているので見ていて楽しくなります。次に近くの、チャンスィッター窟院を見物。暗い中にいくつかのフレスコ画が残されています。
 自転車(レンタル自転車、一日1000K)でオールドバガンに向かい、アーナンダ寺院の近くにある、アーナンダ・オーチャウンという小さい僧院を見物。12世紀創建の建物内部に、18世紀の優れた壁画が残されています。バガンで最も有名な巨大寺院、アーナンダ寺院も、もう一度見学し直して目に焼き付けます。
 次に向かおうと自転車に乗ると、またもや空気が抜けています。「おいおい、ええかげんにせえよ・・・」と思いながらも、長い道のりを宿まで戻りました。レンタルサイクル店を変えれば良いのではないかと思われるでしょうが、多分どことも同じ様なものであろうという考えと、レンタル店のイーデン・モーテル2のおじさんは比較的愛想が良いので、それに答えてあげようという私なりの思いやりなのです。その日は替えの自転車もなく、「パンク修理に1時間待ってくれ」と言います。仕方がないので、ニャウンウーマーケットをぶらぶら見物しました。市場は朝に活気付くので、昼の今は静かです。私の絵画教室の皆さんや知人・友人へのお土産を買わなければいけなかったので、丁度良い時間が取れました。寺院の土産物屋で買うより、マーケットの方が少しは安いかも知れません。竹で工作した手作りキーホルダーが面白いので、60個買いました。一つの店では数が足りなくて、他の店の物もかき集めて、やっと60個になりました。多く買った分、少しまけてもらいました。
 ようやく自転車の修理も終わり、再びオールドバガンにくり出します。えらい時間のロスですが、アジアの旅はこんなものです。のんびりと行きましょう~。

 前にも見物したヒンドゥー教僧院のナッラウン僧院が面白かったので、そこで1時間余りスケッチしました。インドのエローラ石窟でも見られた、「ヴィシュヌ神のへそから蓮が伸びて小さなブラフマー神が宿る」という有名なテーマのレリーフです。ただ、インドのものはブラフマー神のみですが、ここのものはブラフマー神とシバ神とヴィシュヌ神の三神が現われています(多分、この三神でしょう)。ヴィシュヌ神は2人いる事になり、奇妙です。
 その後、前にも書きました、象と不思議な獅子?の彫像がある、2925番寺院の外観を2時間近くかけてスケッチしました。すると、近くで遊んでいた子供達と、警備中の警察の若者が集まって来て、絵を見てワイワイ言っています。子供達はワンパクで元気一杯です。ここの観光警察も大抵人が良くて親切です。

ミャンマー旅行45ナッラウン僧院 「ヴィシュヌ神のへそから蓮が伸びて三神が宿る」

 こうして夕方になり、ニャウンウー村に戻りました。明日はバガンからヤンゴンに向かうので、バガンでの最後の夕食です。日本人が経営する「富士」という食堂があるので行ってみました。親子丼(3500K)には味噌汁・お新香も付いて、日本の味そのままで本格的です。オーナーに話しかけると、静かな物腰の方でしたが、随分前にミャンマーに移り住んで長く食堂を営んでいるそうです。

                  *

 ミャンマー写生旅行23日目。バガン遺跡巡りも今日で6日目です。夕方にヤンゴンに向かうので、それまで取材をします。早朝、シュエズィーゴォン・パヤーを1時間余りスケッチし、6日間・約7時間かけて、ようやくスケッチが完成しました。私が、これ程時間をかけて一枚のスケッチを仕上げるのは珍しい事ですが、おかげでかなり詳細なスケッチが描けました。横で絵を熱心に見ていたミャンマーの青年がいましたので、彼を10分位スケッチさせてもらいました。建物などを描いている時に最後まで熱心に見てくれる人は「絵」に対する関心が高いはずですので、すかさずモデルを頼むというのも、私が他人を描くテクニックの一つです。
 朝食の後、オールドバガンに向かう途中で、KHAY・MIN・GHAという名のガイドブック(地球の歩き方)にも載っていない寺院に寄りました。この周辺には小さい寺院群があり、いくつかの内部にはフレスコ画が残されています。
 そこから道を挟んだ向こう側にも大きな寺院がいくつか見えるので、所々立ち寄りながら進みました。すると、道の掃除をしているおじさんが、「Beautiful.」と言いながら先の方を指さしています。何か美しい物があるという事らしいので半信半疑行ってみました。何やら庭園らしきものが現われ、美しい南国の花や熱帯睡蓮が咲いています。「確かに美しい・・・」と思いながら、周囲の遺跡群とは異質なこの空間は何だろうとガイドブックを見ると、バガン国際上座部仏教リサーチセンターという施設の様です。そこにいた、先程とは別のおじさんが「建物の中を見るか。」と言いますので、建物を開けてもらうと立派な内装です。申し込めば、ここで瞑想体験などもできるそうですが、今回の様に見物だけでもさせてもらえる様です。裏庭からはエーヤワディー川が望めました。この庭園は観光客もいなくて静寂で、入場は自由の様なので、休憩するにはとても良い穴場です。

ミャンマー旅行46バガン国際上座部仏教リサーチセンターにて 「南国の花」

ミャンマー旅行47遺跡周辺では牛やヤギの放牧が見られます

 オールドバガン地域に入る手前の白い仏塔に寄ると、女性が寄って来てお供え用の花(もちろん有料です)はいらないかと勧めて来ます。私がやんわり「いらない」と断ると、無理やり首に花輪をかけて来ます。数日前から、バガンのあまりの”観光化”の進み具合に少々辟易していた私は、さすがにこの時、今までのフラストレーションが表面化して、「NO!」と強めに言いました。その時、手を払った勢いで花が地面に落ちてしまいました・・・。バガンでは、日本人はたまにしか見かけませんが、欧米人の観光客はかなり多く、観光化・通俗化も予想以上に進行していました。確かに遺跡群は「世界三大仏跡」と言われる通り極めて素晴らしいものですが、あまりに過度な”観光化”が進むと興ざめしてしまいます。現地の人々は決して裕福とは言えない生活をしている人がほとんどで、出店などは大切な現金収入源であるでしょうし、観光客の私達がとやかく言う権利はないのでしょう。しかし、より良い遺跡保存と観光開発のバランスを考慮すると、将来的には遺跡中心部での物売りの制限などの考察が必要になって来るのではないかと思いました。いつも旅先では、この類の二律背反に考えさせられるのです・・・。
 オールドバガン地域の、ガー・チャウェ・ナダウン・パヤーと言う小さな仏塔を1時間ばかりスケッチ。最後に、シュエサンドー・パヤーにもう一度上って、バガンの遺跡群を目に焼き付け、アーナンダ寺院で旅の無事と、良い絵が描ける様にと、世界平和を祈願して、時間に余裕を持って宿に戻りました。

 こうして無事に宿に着くかと思いきや、またもや最大の自転車トラブルが・・・。少し前からチェーンの具合がおかしかったのですが、とうとう完全にチェーンが外れてしまったのです。私はチェーン装着には慣れているのですが、どうやら噛み合わせ自体に不具合がある様で、付けてもすぐ外れてしまいます。チェーンを付け直したり、足でこいだり、歩いたり、十何回も繰り返して、通常ならオールドバガンから1時間弱でニャウンウー村に戻る所が、2時間近くかかりました。時間に余裕を見ていたので問題なかったのですが、結構疲れました。(*_*) お供え用の花を強く断ったのがいけなかったのかな・・・・。

 ようやく宿に着くと、前日に予約しておいた空港までのタクシーの待ち合わせ時間丁度でした。ところが、エアーバガンから宿に連絡があったという事で、飛行機の出発時刻が1時間ばかり遅れているらしいです。しかし、念には念を入れてタクシーの時間を30分だけ遅らせて、時間にゆとりを持たせました。
 部屋の荷物をまとめると、さてチップはどうしようかと考えました。イーデン・モーテル3は部屋はきれいで設備も良く(テレビ・トイレ・シャワー付き)、朝食も美味しいのですが、オーナらしき男性は時折愛想笑いを見せますが、その他の若い男性スタッフが素っ気ない感じで態度が良くないのです。今後の若者の成長の為に他より少額に抑えて、「笑顔がないので減らしたぞ・・・」などのメッセージ文を残そうかと思いましたが、あまりに嫌味に取られそうなので、いっその事チップはなしにしました。代わりに、7日分の飲み物の空きペットボトル30本近くを、部屋の隅に大きい順にきれいに並べて置き土産としました。
 ホテルのチェックアウトをして、6泊分90ドルを支払いました。タクシーが来るまでに、ロビーでオーナーとスタッフの若者に、「一週間、毎日こんなハードな仕事をしていたのだ。」と、スケッチブックを見せてやりました。それを見た若者は少し驚いた様子で、少しはにかんだ様な笑顔を見せてくれました。バカンスで次々にやって来る先進国の金持ち達に少々ウンザリしているだけで、根は勤勉な良い若者達なのでしょう。

 夕方4時30分、タクシーで・・・といっても、バガンにはきちんとしたタクシーはない様で、ただの軽トラックでしたが、バガン・ニャウンウー空港に向かいました(料金5000K)。空港は村から近いので、20分弱で着きました。
 17時15分チェックイン。夕食は買っておいたパンを空港ロビーで食べました。18時30分バガン発→19時40分ヤンゴン着、エアーバガンW9129便。予定より30分遅れでヤンゴン国際空港に到着しました。
 空港からはタクシーで夜間割増料金10ドルにて、前にも泊まったチャンミー・ゲストハウスに戻って来ました。ホテルはビルの上階にあり、部屋は狭いですが清潔でテレビ付きです(1チャンネルしか映りません)。トイレ・シャワーは共同ですが、きれいに掃除されています。3泊分54ドルは前払いです。この都会ヤンゴンで、この設備でこの値段は珍しいらしく、いつもバックパッカーやビジネスマンでいっぱいの人気の宿です。日本人客も多く、日本語情報ノートがロビーに置いてあり、私も何だかんだ書き込んでおきました。

 ミャンマー取材旅行もあとわずか。明日からヤンゴンの街をもう一歩きです。この様子は、また次回といたしましょう。

  日本画家・絵本画家 後藤 仁
 

テーマ : 旅と絵
ジャンル : 学問・文化・芸術

プロフィール

後藤 仁(GOTO JIN)

Author:後藤 仁(GOTO JIN)
 ~後藤 仁 公式ブログ1~
日本画家・絵本画家 後藤 仁(GOTO JIN)の日本画制作、絵本原画制作、写生旅行、展覧会などのご案内を日誌につづります。

  〔後藤 仁 略歴〕
1968年兵庫県赤穂市生まれ。15歳、大阪市立工芸高校美術科で日本画を始める。東京藝術大学絵画科日本画専攻卒業、後藤純男先生(恩賜賞受賞者)に師事。在学中より約12年間、旧岩崎邸、入船山記念館、孫文記念館(移情閣)等の金唐革紙(手製高級壁紙)の全復元を行う。卒業以降は日本画家として活動し、中国・インドをはじめ世界各地に取材した「アジアの美人画」をテーマとする作品を描き、国内外で展覧会を開催する。近年は絵本の原画制作に力を入れる。絵本作品に『ながいかみのむすめチャンファメイ』(福音館書店)、『犬になった王子 チベットの民話』(岩波書店)、挿絵作品に『おしゃかさま物語』(佼成出版社)。『犬になった王子 チベットの民話』は、Internationale Jugendbibliothek München ミュンヘン国際児童図書館(ドイツ)の「The White Ravens 2014/ザ・ホワイト・レイブンス 国際推薦児童図書目録2014」に選定される。NHK日曜美術館の取材協力他、テレビ・新聞等への出演・掲載も多い。東京造形大学・絵本講師。金唐革紙保存会 主宰。日本児童出版美術家連盟(童美連)(太田大八先生、赤羽末吉先生、いわさきちひろ先生らが創設)会員・理事。絵本学会(太田大八先生らが創設、現会長:松本 猛先生)会員。日本中国文化交流協会(井上 靖先生らが創設)会員。この本だいすきの会(代表:小松崎 進先生)会員。千葉県松戸市在住。

最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
カウンター
後藤 仁 アルバム
後藤 仁のアルバムを掲載いたします。
フリーエリア
フェイスブック 後藤 仁 Jin Goto


フェイスブックページ「日本画家・絵本画家 後藤 仁」 | 


フェイスブックページ「ながいかみのむすめチャンファメイ」 | 


フェイスブックページ「犬になった王子 チベットの民話」 | 




Find me on Google+(グーグルプラス「後藤 仁」へ)




ブクログ「後藤 仁の本棚」ブクログ

絵本ナビ「犬になった王子  チベットの民話」絵本ナビ「犬になった王子 チベットの民話」
絵:後藤 仁 /文:君島 久子 /出版社:岩波書店絵本ナビ


検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QR