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2015-11-16

静岡市、長野県(安曇野・岡谷市)の旅 その2

 2015年11月10日(火)~12日(木) 「静岡市、長野県(安曇野・岡谷市)の美術館鑑賞・取材の旅」の2日目です。

 10日の夜、ホテルで地図を見ていてフッと思い出したのは、1983年・中学校3年生の時に父と兄と行った「富士山の旅」です。3日間かけて富士山周辺・・・本栖湖・精進湖・白糸の滝等を車で巡りました。この旅は、私にとって初めての関東方面の旅でしたので、観光客のおっちゃんが「何とかだよね~」と関東弁を話すのが不思議で、男性の皆がオカマに見えてしまいました(笑)。
 小中学生の頃は、夏休みの度に父や家族とともに2~3泊の旅行に行くのが決まりでした。私の今の旅好きもこの辺りに由来するのではないかと考えています。
 「そうだな、せっかくこの道を通るのだから、昔行った所をもう一度見ておきたいな・・・。」と思いながら眠りにつきました。

 11日の朝、ホテル「くれたけイン富士山」の朝食はバイキング方式で、特別にこっている訳ではないのですが、宿泊代を考えると豪勢な食事です。
 朝6時半に朝食を済ませて、すぐに出発しました。富士I.Cを過ぎて国道139号線を北上しました。最初、朝の通勤ラッシュに巻き込まれましたが、町を過ぎるとだんだん車が減って行きました。
 「白糸の滝」の看板が見えましたが、先の道程の長さを考えるとやむなく通過しました。午後1時に安曇野の「絵本美術館 森のおうち」で、朗読家の人と待ち合わせをしているのです。

 本栖湖に到着しました。観光客はほとんどいません。本栖湖の周りを一周しながら、昔の旅を思い出していました。

・・・・父と兄と本栖湖の湖畔に車を止めて一泊しました。今では、車で湖面に近づける箇所はほとんどない様ですが、当時はあちこちから湖面近くまで車で入れました。車の中は狭いので、父が車の中で、私達は外に敷いた毛布で寝ました。真夜中に父が「車の中はしんどいで、代わってくれや。」と言うので、兄が交代したと記憶しています。今考えると、親子3人で随分無茶な宿泊ですが、今の私が国内外で無謀な旅を敢行できる原点がここにあります。寝心地は決して良いとは言えず、なかなか寝つけませんでしたが、夜遅くには眠っていました。
 朝早く目が覚めると、ようやく空が明るくなり始める頃、湖面をいっせいに無数の小魚が飛び跳ね出しました。その数は驚くほど多く、本栖湖の湖面をかなりおおっていました。10分ほど経つと辺りは何事もなかった様に静まり返りました。この場所に宿泊したおかげで、面白い現象が見れたのです。・・・・

 昔この辺で泊まったのかな・・・等と思い出しながら、本栖湖を右回りに走りました。丁度、紅葉の季節だったので、湖畔は真っ赤に染まり、実に美しい光景です。もう少しで一周し終える頃、左の山側に「パノラマ台」という小さな看板が見えました。かの旅でこのパノラマ台に登った記憶があります。その時の登り口は山の向こう側だった様に思いますが、ここから登ってみました。パノラマ台まで約3㎞という看板があり、急がないと待ち合わせに間に合いません。ハアハア言いながら、山道を登りました。
 頂上らしき所に着くと、昔の記憶と周囲の雰囲気が違っています。下の看板に書いてあった烏帽子岳という場所かも知れませんが、先に進む時間もありません。左下に精進湖、右下に本栖湖、正面に富士樹海を望む立ち位置は記憶通りです。残念ながら、富士山頂は厚い雲にはばまれて見えませんでしたが、私の心の中には昔見た富士山が大きく大きく広がっていました・・・。思い出を胸に、山を下りました。登って下りて、1時間余りかかりました。いずれ機会があれば、もっとゆっくりと時間をとって、この辺りの写生旅行をしてみたいと思いました。

 国道139号線から国道358号線を経て、中央自動車道・甲府南I.Cから乗り込み、一路、長野自動車道・安曇野I.Cを目指しました。

富士山パノラマ台から望む富士山(雲で山頂が隠れています。)

 午後1時過ぎ、何とか待ち合わせの時間に15分遅れで到着しました。「絵本美術館 森のおうち」に入ると、朗読家・フリーアナウンサーの今井理恵子さんが待っていらっしゃいました。今井さんは長野を中心に本の朗読活動をされており、かねてより私の絵本の朗読もして下さっています。長野方面に来る時にはぜひ立ち寄ってほしいと、前々からおさそいいただいていました。
 ひとまず「森のおうち」のレストランで、館長の洒井倫子さんもまじえて絵本のお話しをしながら昼食をとり、その後、現在開催中の「柿本幸造 生誕百年記念原画展」を鑑賞しました。柿本幸造さんの絵は、ガッシュ(不透明水彩絵具)を中心に色々な画材を併用した混合技法で描かれています。色の発色が素晴らしく、可愛らしい動物等の描写は、とても楽しい気持ちにさせてくれます。
 こうして「森のおうち」であっと言う間に3時間近くが過ぎましたので、今井さんとお別れして、一人安曇野の取材に出かけました。2005年にも「桜銘木巡りの旅」で、岐阜県・山梨県を合わせて安曇野を含む長野県の取材をした事がありますが、それ以来の安曇野探訪です。穂高神社で穂高人形大飾物展を見物し、道祖神を軽くスケッチしました。次に早春賦の碑とワサビ田を見て、ワサビの葉を軽くスケッチしていると、夕方5時前には辺りは薄暗くなって来ました。
 今日の宿は、「森のおうち」のジョバンニのコテージを予約しています。一泊一人で1万800円です。一度宿に戻って、6時から開店する「イタリア料理ナポリピッツァ&パスタ ラノッキオ」に再度出かけました。「森のおうち」のスタッフにおすすめいただいていた料理店です。私はピザ(マルゲリータ)とサラダとエスプレッソを注文しました。ここの若いシェフは、本場イタリアでも修業した事があると言う事で、本格的な石窯で焼くピザは本当においしくて、耳の部分まで香ばしくて最高です。
 私の普段の、車中泊を中心としてカップ麺をすする貧乏旅に比べると、今回の旅はかなり贅沢な旅になっていますが、たまにはこんな旅も良いでしょうかね。日常、厳しい絵の制作で、日夜、汗を流しているのですから・・・。

 今日の様々な出来事を思い返しながら、広くて心地よいコテージで眠りました。本当は数名で来て、ワイワイと楽しむのが良さそうなコテージですが、たった一人孤独をむさぼるのも、また一興です。

森のおうち「森のおうち」レストラン。 おしゃれで美味しいカレーです。

森のおうち「森のおうち」にて。 館長・洒井倫子さん、朗読家・今井理恵子さん、私(何て変な格好だ・・・取材用のいつものスタイルです)、森のおうちスタッフ・原田朋子さん。(左から)

穂高神社安曇野 穂高神社
 
安曇野 早春賦の碑安曇野 早春賦の碑。 レンタカーのヴィッツ。

ラノッキオ「イタリア料理ナポリピッツァ&パスタ ラノッキオ」 ピザ マルゲリータ


 最終日の明日は、「安曇野ちひろ美術館」と岡谷市を訪れる予定です。その模様は、また次回といたしましょう。

  日本画家・絵本画家 後藤 仁
 

テーマ : 旅と絵
ジャンル : 学問・文化・芸術

2015-11-13

静岡市、長野県(安曇野・岡谷市)の旅 その1

 2015年11月10日(火)~12日(木)に、「静岡市、長野県(安曇野・岡谷市)の美術館鑑賞・取材の旅」をしました。現在、「挿絵本」の制作で忙しい中、何とか3日の時間をひねり出しました。

 11月10日(火)。朝9時にレンタカーを借りて、松戸を出発。中古で買った愛車を10年位乗った後、数年前に廃車になってから、もっぱら取材などにはレンタカーを使っています。
 首都高速道路・東名高速道路を通って、静岡I.Cで降りて、静岡市美術館に昼の1時に到着。ここで、絵本作家・イラストレーターで日本児童出版美術家連盟(童美連)会員の高木さんご さん、かたおかまなみ さん、すぎうらあきら さんと待ち合わせしていました。皆さんと、静岡市美術館 「ちひろ美術館 世界の絵本原画コレクション展 ・ 絵本をひらくと」 を鑑賞しました。

静岡市美術館静岡市美術館 「ちひろ美術館 世界の絵本原画コレクション展 ・ 絵本をひらくと」 左から、すぎうらあきら さん、高木さんご さん、私、かたおかまなみ さん


静岡市美術館静岡市美術館 「ちひろ美術館 世界の絵本原画コレクション展 ・ 絵本をひらくと」 左から、すぎうらあきら さん、高木さんご さん、私、かたおかまなみ さん


 私の尊崇する赤羽末吉先生、いわさきちひろ を始め、そうそうたる絵本作家の作品群に感動しながら、3時間ほどがあっと言う間に過ぎました。特に、赤羽末吉先生の「スーホの白い馬」(福音館書店)などの原画が、本物の日本画の岩絵の具で描かれている事や、印刷で見る以上に鮮やかな発色である事に驚きました。また、かなり精緻で的確な描写をしています。印刷物(絵本)では顔彩だけで描いている様にも見え、原画の魅力が十分に発揮されていません。私がこの境地に達するのは、並大抵の努力では不可能だろうと改めて感じました。

 この日は、長野県岡谷市まで行く予定だったので、早々に皆さんとお別れして(もっとゆっくり絵本談義をしたかったのですが・・・)、静岡I.Cより東名高速道路を逆戻りました。途中のガソリンスタンドで聞くと、御殿場I.Cで降りるより、富士I.Cで降りて北上した方が良かろうという事なので、富士I.Cを目指しました。ところが、途中で雨がひどいどしゃ降りになって来て前が見えないほどです。夕方5時ごろになるとあたりは真っ暗になり、この状態で岡谷まで行くのは不可能だと判断しました(事故の元です)。
 5時過ぎに富士I.Cを降りて、すぐに宿を探しました。国道139号線を北上したつもりが、暗くてよく分からないままに、反対方向の沼津方面に向かっている事に途中ですぐに気が付きました。(私はカーナビを使わずに、地図と看板と勘だけを頼りに運転するので、時々こんな事が起こるのです。)折り返して再び富士I.Cの方向に向かうと、「スーパーホテル」というホテルが目に入ったので寄ってみました。ところが、本日満室という事で、近くにホテルはないかと聞くと、近くに「くれたけイン富士山」というホテルがあると紹介していただきました。
 「くれたけイン富士山」はツイン部屋が空いていました。一泊朝食付で室料・一人で7300円(+駐車料500円)でした。部屋はきれいで、設備もととのっています。富士I.Cをそのまま北上していたら、安くて良いホテルがなかった事でしょうから、これは怪我の功名と言えます。ホテルの近くの「ばんからラーメン」という店で東京豚骨ラーメンを食べて、夕食にしました。雨はしとしとと、いつまでも降り続けていました。

くれたけイン富士山くれたけイン富士山


 明日は国道139号線を北上し、中央自動車道を経て、安曇野を目指します。岡谷は、イルフ童画館が水曜定休なので、最終日に時間が取れれば寄る事にしました。
 旅のつづきは、次回といたしましょう・・・。

  日本画家・絵本画家 後藤 仁

テーマ : 旅と絵
ジャンル : 学問・文化・芸術

2015-08-14

「浜田桂子・いわむらかずお絵本原画展、山あげ祭(那須)」旅行 その2

 7月24日。日本児童出版美術家連盟(童美連)の有志による、「浜田桂子・いわむらかずお絵本原画展」(いわむらかずお絵本の丘美術館)と「山あげ祭」への旅行2日目です。今日は那須烏山市の「山あげ祭」を見物します。
 この祭りは以前テレビで見た事があり、一度は実物を拝見してみたいと考えていました。私の伯父・後藤大秀は祭り(大垣祭・大津祭・名古屋まつり・名古屋市筒井町天王祭 他多数)の山車からくりを復元制作している「からくり人形師」であり、また元来私は伝統文化好きという事もあり、祭りにも関心が高いのです。
 
 朝、6時過ぎに目が覚めた私は、「ホテル美玉の湯」の温泉に浸かって気を引き締めました。皆さんで朝食を食べて、8時半頃出発です。宿の車で、那須烏山市の祭り会場まで送っていただきました。助かりました、感謝いたします。
 会場に着くと、午前9時からの第1回公演が既に始まっていました。演目は「将門 まさかど (忍夜恋曲者 しのびよるこいはくせもの)」です。平 将門滅亡後、大宅太郎光國(おおやのたろうみつくに)が将門一派の残党狩りで、ガマの妖術を使う絶世の美女と戦うというストーリーです。後半の、美女が滝夜叉姫(たきやしゃひめ)の正体を現す辺りから見ましたが、よく稽古された役者と生演奏の常磐津が見事に調和した、素晴らしい舞台です。最後に、風景が描かれた背景の山(前山・中山・大山の3枚)が滝の図から雷の図に早変わりして、滝夜叉姫が天に昇り、巨大ガマが現われるという大仕掛けがあります。私は夢中でスケッチしたり写真に撮ったりしていました。

山あげ祭山あげ祭(那須烏山市) 「将門 まさかど (忍夜恋曲者 しのびよるこいはくせもの)」

 演目が終わると、山車が別の町内へ移動して行きます。私は山車を追いかけ、先頭や側面からスケッチしたり写真を撮ったりと、走り回っていました。祭りが面白くて仕方がないのです。取材旅行では全て一人で行わないといけないので、スケッチしながら、ほぼ同時に写真を撮影するという芸当が出来る様に鍛えられています。時には、ここにビデオが加わる場合があるので大変です。まるで取り憑かれた様に奇術師の如く素早く動作するので、他人から見ると確かに変人そのものでしょうが、私は取材中は一切気にしません。取材には常に全力を投入します・・・と言っても今回は他の方々もいますので、7分目の取材に抑えました。かつて、「無限の体力を持つ超人」「ほどほどという事を知らない変人」等と揶揄された私も、10年程前にひどいぎっくり腰をやってからは、随分と人並みに落ち着いて来たものです。たぶん今回の祭りの模様も、良い日本画作品になる事でしょう。

山あげ祭祭り見学の園児に手を振る、池田あきこさん、浜田桂子さん、古川陽子さん、高木さんごさん(左から)。

山あげ祭山あげ祭(那須烏山市) 山車の移動。

山あげ祭山あげ祭(那須烏山市) 山車の移動、園児も見守ります。

 別の町内で11時30分からの第2回公演が始まりました。演目は同じく「将門」です。今度は桟敷席を予約して、座って最初から拝見しました。椅子に腰かけていると役者の足下が見えないのが残念ですが、じっくりと観察出来ました。最後に滝夜叉姫が天に昇る所も背景まで良く見通せました。
 この日はとても暑い日差しでした。暑さには比較的強い私は全く問題ありませんが、年配の方等は熱中症への注意が必要です。演目の最後近く、池田あきこさんが仕事の都合で先に帰られました。池田さんは、本当にバイタリティーにあふれた元気な方です。この後、スペインへ1か月半の旅に出かけられるそうです。

山あげ祭山あげ祭(那須烏山市) 「将門 まさかど (忍夜恋曲者 しのびよるこいはくせもの)」 ガマの登場。

 祭り見物が終わるとタクシーで移動して、昼食は「手打ちそば処 はん田」で美味しいそばを食べました。ここで、用があるとかで浜田桂子さんと小泉るみ子さんが先に帰られ、残った高木さんごさんと古川陽子さんと私の3人で、「観光やな」を見に行きました。小泉るみ子さんが少々疲れ気味だったのが気がかりでした・・・。
 私の想像では、「やな」にアユなんかが掛かって、子供達がワイワイ魚を獲っている楽しい光景が浮かんでいました。歩いて20分余り、ようやく着いたと思ったら、「やな」はどこにもありません。仕方なくタクシーを呼ぶと、その奥の別の「やな」へ向かいました。到着すると「やな」はあるのですが、近くまで立ち入れなくなっていました。廃船やゴミが引っ掛かって、「やな」も壊れかけています。後で知ったのですが、数日前に来た台風で「やな」が流されてしまったそうです。この虚しい光景を見ながら、高木さんが、「これはこれで絵になるよな・・・。」とつぶやいていました。その後、「やな」の付近にある、ほとんど人がいない薄暗くだだっ広い食堂で昼ビールをマッタリと飲みながら、高木さんが、「俺、こういう感じも嫌いじゃないのね・・・。」とつぶやいていました。薄暗い食堂の奥の壁に、さかなクンの直筆イラストがポツンと飾ってあるのも、また寂しさをかもし出しています。旅にはハプニングがつきものです、こんなマッタリした終わり方もまた一興です。私も高木さんの意見に賛成。 ('ω')ノ

 その後、JR烏山駅から電車に乗り、宇都宮駅から新幹線で上野駅まで帰りました。私にとって久しぶりの大人数での電車旅であり、また新たに加わった童美連(日本児童出版美術家連盟)という団体の先輩方とともに楽しい旅を経験出来た事は、今後、絵本画家としても歩んでいく上で、大いに意義のある旅になったと思います。それにしても今の時代、大多数の日本画家より、絵本画家の方が、よっぽど「絵描き」らしいと改めて思う次第です。また機会があったら、旅を続けたいものです。

  日本画家・絵本画家 後藤 仁
 

テーマ : 旅と絵
ジャンル : 学問・文化・芸術

2015-07-26

「浜田桂子・いわむらかずお絵本原画展、山あげ祭(那須)」旅行 その1

浜田桂子・いわむらかずお絵本原画展ツアー「浜田桂子・いわむらかずお絵本原画展」(いわむらかずお絵本の丘美術館) リーフレット

いわむらかずお絵本の丘美術館 公式ホームページ  http://ehonnooka.com/?p=5961



 7月23日~24日の2日間、日本児童出版美術家連盟(童美連)の有志による、「浜田桂子・いわむらかずお絵本原画展」(いわむらかずお絵本の丘美術館、栃木県那須郡那珂川町)と、「山あげ祭」(那須烏山市)への旅行に参加しました。
 23日。朝10時に東京駅で待ち合わせです。浜田桂子さんと小泉るみ子さんと古川陽子さん(元童美連事務局)と私の4人で東北新幹線やまびこ133号に乗り込みます。普段の取材旅行ではほぼ一人旅なのですが、久しぶりの大人数での新幹線旅行にワクワクします。といっても、皆さんは大ベテランの絵本作家ばかりで、私一人が新米絵本画家で肩身は狭いはずですが、そこは取材旅行と絵に関しては異様な度胸を発揮する変人・後藤ですので気にはしません。
 途中、大宮駅から高木さんご さんが合流しました。今回の旅行は全て高木さんが企画されたものですが、練りに練った内容に頭が下がります。
 車内で絵本談議等をしているうちに、10時49分、宇都宮駅に到着。あっと言う間です。宇都宮では、昼食の宇都宮餃子を食べました。駅前の餃天堂という店では、モチモチした餃子の皮が特長だそうです。水餃子の皮にはホウレンソウが練り込まれています。私は焼き餃子、水餃子、ライスをペロリと平らげました。

浜田桂子・いわむらかずお絵本原画展ツアー東北新幹線 やまびこ133号 (宇都宮駅)

浜田桂子・いわむらかずお絵本原画展ツアー餃天堂の宇都宮餃子。美味しいネ。 !(^^)!

 宇都宮駅からは「ホテル美玉の湯」の車で、「いわむらかずお絵本の丘美術館」まで送迎していただきました。最初はバスとタクシーを乗り継いで行く予定だったので助かりました。

 「いわむらかずお絵本の丘美術館」に到着です。この美術館には前々から行ってみたかったのですが、なかなか機会がなかったのです。美術館の入口付近には、車で来られた藤本四郎さんが先に待っておられました。美術館入口でいわむらかずお さんが出迎えてくれました。童美連の総会・懇親会で初めてお会いした以来です。いわむらかずお さんは東京藝術大学工芸科を卒業されておられるので、私にとっては絵本画家の大先輩であるとともに、大学の先輩でもあるのです。
 美術館は予想以上に大きな建物で、木造の内部構造が優しい感じをかもし出しています。いわむらかずお さんの美術館建設の経緯等の解説を受けてから、作品を鑑賞しました。その途中、仕事の都合で遅れた池田あきこ さんが合流しました。最初はバイクで来られる予定だったのですが、天候が悪くて電車に変更したという事です。

 いわむらかずお さんと浜田桂子さんの家族写真が交互に並べられ、その生い立ちの対比の面白さが味わえます。原画展示では、まずは、いわむらかずお さんの作品の構図色彩の妙に驚きました。絵本を拝見すると平面的な絵に見えていたのですが、原画では画面に空気感があり奥行きが感じられるのです。色彩の移り変わりとボケ味も絶妙で、日本画に通じるものも感じました。絵本を見る限り、日本画家の私等からすると、デッサン的にはやや弱い感じの作品だな・・・という今までの感想でしたが、原画を見るとその確かなデッサン力が読み取れました。やはり原画を見ないと分からないものだと再認識しました。印刷では、いわむらかずお さんの極めてデリケートな色彩と線描が再現しきれずに、かなり殺されてしまっているのです。それでも、その魅力は読者に十分伝わっているのだからすごいものです。『14ひきのシリーズ』(童心社)の原画も緻密で素晴らしいのですが、『とっくんトラックうみへぶぶー』(ひさかたチャイルド)の絶妙な構図と海の色彩変化の美しさも感動ものです。また、木炭で描かれた白黒の作品も、確かなデッサン力を活かした即興性が面白い作品です。パステル・インク・水彩絵具・木炭・鉛筆等の多彩な画材を使いこなされていました。
 浜田桂子さんの作品は、その処女作である『あかちゃんのうまれたひ』(福音館書店)の原画を拝見できたのは嬉しかったです。作家にとって初めての作品(私の場合、『ながいかみのむすめチャンファメイ』〔福音館書店こどものとも〕にあたります。)には、特別な思い入れがあるものです。絵本の世界に足を踏み入れたばかりの私は、特に作家の初期作品に関心が高いのです。浜田さんは、主にアクリル絵具で描かれるそうですが、絵本で見る以上に強くて高彩度の色彩なのだと分かりました。背景にもマチエールの凹凸があり、その勢いのある筆致はやはり原画でないと味わえません。また、浜田桂子さんの作品には、子供達に対する愛情と共に、社会に対する深いメッセージが込められている所が重要です。
 素晴らしい作品の数々に感動しながら、いわむらかずお さんと浜田桂子さんに愚問をぶつけては丁寧なご説明をいただきながら、誠に良い勉強になりました。

浜田桂子・いわむらかずお絵本原画展ツアー「いわむらかずお絵本の丘美術館」 ロビーにて。地元でとれた美味しいトウモロコシをいただきました。 (^◇^)

浜田桂子・いわむらかずお絵本原画展ツアー「いわむらかずお絵本の丘美術館」 庭にて。自然に囲まれた素晴らしい環境です。花々も美しく咲いています。 (^^♪ 左から、藤本四郎さん、古川陽子さん、浜田桂子さん、私、高木さんご さん、小泉るみ子さん、池田あきこ さん、いわむらかずお さん。

 その後、ロビーで地産の甘くて美味しいトウモロコシをいただき、遠景の望める自然の豊かな庭を通り、アトリエへ伺いました。通常、作家は他人にアトリエを見られるのを嫌がる場合も多いので、これは貴重な体験です。

 ・・・かつて、私の師である日本画家の後藤純男先生(日本美術院同人理事、元東京藝術大学教授)の家へ頻繁に出入りしていた頃でも、アトリエ部屋だけは入れてもらえませんでした。先生のアトリエは、私の知る限りでも日本各地(北海道から沖縄まで)の5カ所にありましたが、私はその内の4カ所に伺っています。随分前、北海道の先生の家へ伺った時、偶然、中国の西安美術学院(大学)の教授達が見えられており、私も一緒にアトリエに入る事ができた時がありました。120畳という巨大なアトリエには、横10m以上もあろうかという巨大な横長の日本画が2枚(桜と富士山の絵)置いてあり圧倒されました。壁際には、日本画の絵具瓶が日本画画材店より多いくらい置いてありました。その時、先生の箔の押し方の実演を見れて感動しました。今は、先生は大病をされた後、北海道のアトリエにこもられる様になったとかで、この10年近くお会いしていないのが残念です・・・。

 いわむらかずお さんのアトリエは絵本作家らしく、明るい日差しが入り、実に機能的な造りになっていました。机が4カ所位に分かれていて、用途に応じて使い分けるそうです。画材の鉛筆・色鉛筆・筆や資料類が無数にあって、その端々から14ひきのネズミ達が今にも顔を出しそうな雰囲気です。木のぬくもりが感じられる、とても居心地の良いアトリエでした。

浜田桂子・いわむらかずお絵本原画展ツアーいわむらかずお さんのアトリエ。(一般的には非公開です。)

 その後、今夜の宿、「ホテル美玉の湯」に向かいました。この辺りで最も良さそうな宿を高木さんご さんが探してくれました。宿の温泉は、湯が熱めでヌルっとしています。藤本四郎さんと高木さんご さんと一緒に湯につかり、まさに裸の付き合いです。極楽、極楽~。
 夕食には、いわむらかずお さんも参加して下さり、藤本四郎さん、浜田桂子さん、小泉るみ子さん、池田あきこ さん、高木さんご さん、古川陽子さんと私で、和やかな歓談の中、楽しい一時となりました。食事も美味しかったです。藤本四郎さんはこの後に用事があるらしく、食事の途中でお先に車で東京に帰られました。(もちろん、ノンアルコールビールしか飲まれていません。)

浜田桂子・いわむらかずお絵本原画展ツアーホテル美玉の湯(美術館から歩いて行ける距離にあります。) 美味しい食事に乾杯。 ( ^^) _U~~ 

 食事の後も部屋に集まり、残った皆で絵本談議に花を咲かせました。普段ではなかなか聞く事のできない深い絵本の話等が次々に飛び交い興味は尽きません。夜11時頃、いわむらかずお さんの歌も飛び出した辺りでお開きとなりました。いわむらかずお さんが部屋を出られる際、「こらからの絵本を頼むよ。」との言葉とともに強い握手をしていただき、本当に感動するとともに、心底「頑張っていかなければ。」との思いを強くしました。その後も布団の中で高木さんご さんと、モゴモゴよもやま話をしながら、夜1時頃眠りにつきました。といっても、アルコールが入ると決まって寝付けなくなる体質の私は、今日の出来事を振り返りながら、一人4時頃まで起きていました・・・。

 明日は、那須烏山市の「山あげ祭」を見物します。「山あげ祭」は以前テレビで見た事があるのですが、一度は実物を見てみたいと考えていた祭りの一つです。元来、日本の伝統文化や祭りの大好きな私は、楽しみで仕方ありません。その模様は次回ご掲載いたします。

  日本画家・絵本画家 後藤 仁

テーマ : 旅と絵
ジャンル : 学問・文化・芸術

2015-06-22

和歌山県~兵庫県 写生旅行(2015年5月)その4 〈最終回〉

 2015年5月16日。この日は、私の生まれ故郷、赤穂市坂越(さこし)を散策します。私はここ坂越の小さな集落に生まれ、小学校1年生の夏休みに大阪府堺市 泉北ニュータウンに引っ越すまで、この地で幼少期を過ごしました。人の一生から見れば短い期間ですが、私の感性を育てた私にとって最も凝縮された大切な期間です。
 保育所に通っていた位に小さな頃・・・多分3歳頃に父と登った、あの山坂道をもう一度登ってみる事にしました。ここには大人になってからも故郷に帰る度に何度となく登っているのですが、何度登ってもなつかしさと充足感に満ちあふれるのです。いつかここを舞台にした絵本を描いてみたいと、いつも心の中でつぶやいています。

 赤穂市中心部から車で10分足らずで坂越に到着します。まずは大避神社(おおさけじんじゃ)に向かいます。この神社は昔から海の航海安全を祈願した所で、拝殿わきの回廊には多くの絵馬がかかっており帆船を描いた絵もあります。子供の頃にはここの巨大な絵馬を見て大いに興味を持ったものです。

兵庫の旅 大避神社大避神社 参道 (春には桜がきれいに咲きます) (坂越)

 大避神社の境内左奥から山に通じる小道が伸びており、ここから神社の裏山、茶臼山山頂を目指すのです。けもの避けの柵を越えて薄暗い林道を通ります。児島高徳(こじまたかのり)卿墳墓等を抜けて、宝珠山妙見寺観音堂に着きます。観音堂の蟇股(かえるまた)には十二支の動物が彫られていて楽しいですし、懸造り(かけづくり)の舞台からは美しい坂越湾が望めます。私も障壁画制作に加わったNHK大河ドラマ「元禄繚乱(げんろくりょうらん)」の撮影では、5代目中村勘九郎(のちの18代目中村勘三郎)が、ここから坂越湾を眺める大石内蔵助を演じました。

兵庫の旅 宝珠山妙見寺観音堂宝珠山妙見寺観音堂の裏手から坂越湾を望む (坂越)

 宝珠山奥の院を越え、所々にツツジの咲き石仏が鎮座した山坂道を更に登ると、30分足らずで茶臼山山頂に到着します。今になれば大した距離もない小さな山ですが、幼い頃、父に手を引かれて登ったこの山は、それはそれは高い山に感じられ、幼い私には大きな冒険だった事を今でもはっきりと記憶しています。
 山頂には幼少期の当時からNHKの電波塔が建っていて、風情はないのですが印象深い光景になっています。塔の周辺にはツツジが満開で良い香りがただよっていました。山頂から坂越湾の生島(いきしま)が一望でき、素晴らしい光景です。私の最も好きな地球上の光景の一つです。子供の頃の私達は生島を「ひょうたん島」と呼んでいたのですが、ひょうたんの様な面白い形をしています。

兵庫の旅 生島茶臼山山頂から望む 国の天然記念物・生島 (坂越)

 生島方面を1時間弱スケッチして、昼食のパンをかじって、下山しました。山の尾根を進むと宝珠山山頂にも至るのですが、今回は行きませんでした。裏手の山道を下りると、赤穂市街から清流・千種川(ちくさがわ)も見渡せます。足下には、子供の頃に通った坂越幼稚園と坂越小学校が当時とほとんど変わらない様子で見え懐かしい限りですが、子供の頃に父とよく行った銭湯も駄菓子屋も今はもうありません・・・。

兵庫の旅 赤穂市街茶臼山から赤穂市街・千種川方面を望む 木々の間からわずかに坂越幼稚園と坂越小学校が見えます

 坂越湾岸辺に下りた私は、しばらく波音を聴きながら生島をぼんやりと見つめていました。その後、旧坂越浦会所(幼少期の私はここで予防接種を受けたそうです。)を見学し、坂越の大道(だいどう)を通り、奥藤酒造郷土館、坂越まち並み館を見て、坂越幼稚園辺りまで来ました。幼稚園・小学校は本当に当時のままの姿です。この幼稚園では誕生日に絵本が一冊もらえたので、それが何よりの楽しみでした。私が絵を描くのを好きになったのは、この辺りの影響も強いと思います。園庭でカメをはなして、みんなで絵を描いた事を昨日の様に覚えています。それにしても子供の頃の私は本当にワンパク小僧で、近所の子供とケンカをしたり、一日中外で泥んこになって遊んだものです。私が育った長屋風の借家も、日々通った銭湯も、楽しみだった2件の小さな駄菓子屋「ワタダ」と「ムレヤ」も、砂ぼこりだらけの路地も・・・今はありませんが、まぶたの裏にはしっかりと存在が刻まれています。ここの光景を眺めていると、なつかしさでいつも涙が出そうになるので、来た道を引き返しました。
 旧坂越浦会所の外観を1時間余りスケッチして赤穂市街に戻り、赤穂城跡の本丸門上層部屋が特別公開されていたので見学して一日を終えました。

 翌日17日には新幹線で松戸に帰り、こうして、「後藤 仁 絵本原画展」(ちいさな駅美術館、和歌山県有田川町)から始まる、一週間余りの「和歌山県~兵庫県の旅」が終わりました。
 今年の秋頃には本格的な東北写生旅行を計画しています。来年はまた海外写生旅行にも出かけたいものです。こうして私の旅の人生は続くのです。
  日本画家・絵本画家 後藤 仁

テーマ : 旅と絵
ジャンル : 学問・文化・芸術

2015-06-11

和歌山県~兵庫県 写生旅行(2015年5月)その3

 2015年5月14日、今日は丹波篠山(たんばささやま)を探索します。ここは丹波の黒豆で有名で、前から訪れたかった所です。まずは街のシンボル、篠山城に向かいます。朝9時前に到着したので、まだ入場できません。堀の周囲を回って外観を観察してから、入口付近の櫓台(やぐらだい)跡から大書院(おおしょいん)を望む場所でスケッチしました。朝の静かな時間、1時間あまりスケッチしていると、近くの幼稚園から子供達の元気な声が聞こえて来ました。

兵庫の旅 篠山城篠山城

 篠山城に入場して、近年復元された大書院等を観賞しました。大書院内部の廊下の造りは、出石(いずし)の宗鏡寺(すきょうじ)のものと似ていますが、参考にしたのかも知れません。
 その後、御徒士(おかち)町武家屋敷群の小林家長屋門、武家屋敷安間家史料館を経て、青山歴史村、大正ロマン館、春日神社、歴史美術館を回りました。安間家史料館には藁葺き屋根の母屋や水琴窟があり、庭には花々が咲いていて手入れが行き届いています。青山歴史村には「鼠草子(ねずみのそうし)絵巻」というネズミを擬人化した面白い絵巻物が伝来されており、大いに興味を持って観賞しました。春日神社は主要な観光コースには入っていませんが、絵馬や能舞台等の見どころも多く、広い境内はくつろげます。歴史美術館には源氏物語絵巻や昔の裁判所があり見応えがあります。
 この辺りで昼過ぎになりお腹が空いて来ました。歴史美術館の近くの商店街に大手食堂という大衆食堂があり、名物牛とろ丼とあるので入ってみました。牛とろ丼(1000円)は牛肉のたたき風にとろろ芋がたっぷりとかかったボリュームのある丼で、実に美味しいです。店内には著名人らしき色紙がいっぱい掲げてありましたが、ひときわ目立った写真付きの色紙は、若かりし頃のさだまさし氏のものです。私はさだ音楽には中学生の頃より親しんでいますので、彼もここでうんちくを語りながら食したのかと思うと、軽い笑みがこぼれました。

兵庫の旅 大手食堂大手食堂・・・ここの牛とろ丼は絶品 ( ^^) _U~~

 その後、河原町妻入商家群を回りました。この日は観光客もほとんどいなくて、ゆっくりと拝見できました。丹波篠山には古い街並みが整然と残されており、歴史好きの私としては好奇心が尽きません。
 まだ時間があるので、安間家史料館に戻り、母屋を1時間程スケッチしました。私は伝統家屋にも相当に関心が高いのです。

兵庫の旅 河原町妻入商家群 本屋さん河原町妻入商家群 街の本屋さん・・・ここでは書店もこんなに風情があります。本を読みたくなりますね (^^)/

 こうして2日にわたって城下町の風情を満喫した私は、舞鶴若狭自動車道、中国自動車道、山陽自動車を経て、赤穂に帰りました。

               *

 5月15日は赤穂(あこう)を散策しました。赤穂市は私の生まれた土地であり、それこそ何度も訪れていますが、何回来ても良い所です。赤穂御崎(あこうみさき)の伊和都比売(いわつひめ)神社は瀬戸内海に向かって建っており独特の景観です。赤穂市立美術工芸館 田淵記念館には初めて入りました。赤穂ゆかりの昔の画家の作品展示がしてありましたが、私も知っている著名な画家はいませんでした。私も将来、「赤穂ゆかりの画家」と呼ばれる日が来るのだろうか・・・?。
 次に赤穂御崎の海岸に降り、大塚海岸の遊歩道を歩きました。この辺りの海岸線はとても美しくて、子供の頃は家族や親戚と、丸山海岸(現在、丸山県民サンビーチ)で海水浴をしたものです。遊歩道には何種類かの花々が咲いていました。ハマヒルガオ、ハマダイコン、スイカズラ、トベラ、ユッカラン・・・この季節、野生の花はあまり見られないだろうと思っていましたが、海岸に咲く花々が見られて良かったです。美しいシャリンバイ(車輪梅)が咲いていたので、軽くスケッチしました。釣りをしていた近所のおじさんが「うまいね~」と声をかけて来ました。関東ではスケッチ中に話しかけて来る人は、まれに美術関係者等(趣味で絵を描いている人等)がいる位ですが、関西では一般人でも時折気さくに話しかけて来られます。この辺りが、関西(大阪近辺)が小アジアたるゆえんで、人間味があふれています。

兵庫の旅 赤穂御崎 大塚海岸赤穂御崎 大塚海岸

兵庫の旅 赤穂御崎 猫赤穂御崎では御崎ネコにも出会えますよ (=^・^=)

 次に、桃井ミュージアムという最近、赤穂御崎にできた美術館で陶磁器を見学。午後は赤穂八幡宮、赤穂城跡、大石神社へと足を延ばしました。赤穂八幡宮は私が幼少期に七五三で参拝した神社です。私が最も気に入っている記念写真の一枚が、その時に赤穂八幡宮の拝殿前で撮影した家族写真です。大石神社は、私も障壁画制作に参加したNHK大河ドラマ「元禄繚乱」放送以降に観光客が増えて、今でも多くの参拝者がいます。

兵庫の旅 赤穂八幡宮赤穂八幡宮

赤穂八幡宮 家族写真赤穂八幡宮 七五三での家族写真(1970年頃) 右下:後藤 仁(3歳位)・・・この頃はカワイイね~ (*'ω'*)


 明日は、私の生まれ故郷、赤穂市坂越(さこし)の美しく懐かしい街並みを歩きます。この模様はまた次回といたしましょう。

  日本画家・絵本画家 後藤 仁  

テーマ : 旅と絵
ジャンル : 学問・文化・芸術

2015-06-03

和歌山県~兵庫県 写生旅行(2015年5月)その2

 2015年5月10日の「後藤 仁 絵本原画展」(和歌山県有田川町 JR藤並駅)のギャラリートーク・絵本朗読会という重責を終えました。当日は、なつかしい親戚から中学校と高校の恩師にまで再会でき、記帳によると小学校の恩師も別の日に来館されていた様で、その他、定員を超える多くの絵本ファンの皆様にお越しいただきました。
 5月11日。ご来館された皆様の顔を思い返し、「遠くまで出向いて良かったな・・・・」と回想しつつ、車窓を通り過ぎる風景をボンヤリと眺めていました。特急くろしお と新幹線を乗り継いで、夕方には故郷の兵庫県赤穂(あこう)市に着きました。ここには私のアトリエを兼ねた隠れ家があります。
 
 5月12日、この日は、私も所属する「この本だいすきの会(代表:小松崎 進 先生)」の上郡(かみごおり)支部の方にお会いする約束がありました。赤穂から車で20分あまりで上郡に着きます。その方が言うには、絵本画家の秋野亥左牟(いさむ)さんのアトリエがあるとか何とかという事で半信半疑ながら行ってみると、本当にアトリエ(現在は展示館になっています。)があり亥左牟さんの奥様が出迎えてくれました。秋野亥左牟さんは数年前に亡くなられたそうです。
 私が絵本の仕事を始めた時、最初に福音館書店編集部の方が見本として持ってこられた絵本が、秋野亥左牟さんの『プンク マインチャ』と秋野不矩先生の『きんいろのしか』でした。『プンク マインチャ』はアジア好きネパール好きの私にとって、とても刺激的な絵本でした。強烈な色彩と不思議な画面構成に驚いたものです。秋野不矩先生は文化勲章も受章された日本画界の巨匠のお一人で、私は大学生の頃より存じており、私も興味の深いインドをテーマに描かれており、関心の高い日本画家でもありました。秋野不矩先生のご子息が亥左牟さんだと知ったのはごく最近です。
 少々テンションの上がった私は、亥左牟さんの原画を拝見したり、奥様から生前の亥左牟さんのお話しを聴いたりと、誠にうれしい時間を過ごしました。思いがけなく、奥様から亥左牟さんの絵本『神々の母に捧げる詩』(福音館書店)をプレゼントされ、亥左牟さんの手彫りの印章を押してもよいという事で、秋野不矩先生ご愛用の印泥(いんでい。一般に言う朱肉にあたるもの)を使わさせていただき押印しました。秋野不矩先生の手のぬくもりが印合(いんごう。印泥を入れた陶磁器等の器)から伝わって来て、亥左牟さんが押したであろう印章からも「次の時代を頼むぞ。」という声が聞こえてくる様で、絵描きならではの興趣にふけっていました・・・。
 絵描きにとっての貴重なこの経験は、決して忘れる事はないでしょう。生前の亥左牟さんとお話しができなかった事は実に残念ですが、私の生まれ故郷の赤穂のこんな近くに、秋野亥左牟さんの終(つい)のアトリエがあったとは、何かしらのご縁を感じずにはいられません。

 兵庫の旅01秋野不矩先生の印泥と、秋野亥左牟さんの手彫り印章


 5月13日から14日は一泊二日で、兵庫県の出石(いずし)と丹波篠山(たんばささやま)を回る事にしました。兵庫県周辺はほとんどの見どころを網羅しているのですが、それでもまだ訪れた事のない土地は残っています。 
 13日の昼前に車で出石に到着。赤穂から山陽自動車道等を経由して3時間弱でしたでしょうか。出石城跡からかなり急な山道を登り、山頂の有子山(ありこやま)城跡に着きました。ここからは出石の街並みが一望でき爽快です。他には誰一人登って来ないので、風景も独り占めです。ここで持参したおにぎりをほおばりました~山頂での弁当は美味しいネ ( ^^) _U~~ 。

兵庫の旅02有子山城跡から出石の街並みを望む

 山をおりてふもとの神社仏閣を拝観しました。経王寺(きょうおうじ)という寺を出て、周囲を興味津々で見まわしながら歩いていると、何やら妙に弾力のある物を踏み付けました。足元を見ると蛇をまともに踏んでいるではありませんか。驚いた私は「ヒョーット」と奇妙な声を上げて飛びのきました。変な声を出してしまったので周りに人がいないか確認しましたが、誰もいなくてシーンとしており、ただの独り遊びでした。その蛇をよく見るとマムシです !('Д')! 。
 私は小学校2~3年生位の時に父の実家の大垣(おおがき)で、マムシに遭遇した事がありました。側溝のふたの隙間に蛇がとぐろを巻いていたので、興味本位で手を出すと、スッと飛びついて来て親指に牙がかすりました。子供の頃のやんちゃな私は度々シマヘビ等をつかまえては遊んでいたのですが、その時は子供ながらに危ないものを直感して、その場を去りました。蛇の体の不気味な小判模様が頭に焼き付きました。それがマムシだと知ったのは、随分後の中学~高校生の頃です。
 人生で2度目のマムシとの遭遇です。すかさず観察しました。マムシは私の方に鎌首をもたげ、しっぽの先を振って、威嚇して来ました。ガラガラヘビの様にしっぽの先を振るとシュルシュルと警告音がしました。マムシは普通の蛇より小さめですが、胴体は結構太くて、顔のえらがはっており、しっぽは急速に細くなっています。エサでお腹のふくれたマムシをツチノコだと思い込んだという説は納得できます。スケッチしようと思ったのですが、すぐに岩の隙間に逃げて行ってしまい写真におさめただけでした。しかし、子供の時もそうですが、今回も一歩間違えたら噛まれていたかも知れず危ない所でした。

兵庫の旅03威嚇して来るマムシ

 その後、出石明治館、宗鏡寺(すきょうじ)と回りました。宗鏡寺は別名、沢庵寺(たくあんでら)と呼ばれ沢庵和尚が修業した事で知られています。寺の若いご住職が丁寧に庭の解説をしてくれました。ここの庭園はとても美しくてゆったりと観賞できます。
 次に暑い日差しの中、酒蔵(出石酒造)を1時間近くスケッチしました。その後、出石史料館、辰鼓楼を見て、ここの名物・出石皿そばを「正覚田中屋」で食べました。小皿に盛られたそばは見た目も楽しいものです。

兵庫の旅 宗鏡寺宗鏡寺(沢庵寺)


 兵庫の旅04出石皿そば(正覚田中屋)

 その後、おりゅう灯籠(船着場灯籠)、見性寺(けんしょうじ)、出石永楽館(近畿最古の芝居小屋)を回ると夕方になっていました。城下町の風情を思いっきり楽しめた私はひとまず満足し、次の丹波篠山を目指して地図と格闘しながら車を進めました。

 薄暗くなる頃、丹波篠山に到着。少々道に迷いながら、ガイドブックで見当を付けておいた「県立新たんば荘」という宿に飛び込みました。素泊まりで5940円です。明日は丹波篠山の街並みを歩きますが、その模様は次回といたしましょう。

  日本画家・絵本画家 後藤 仁




テーマ : 旅と絵
ジャンル : 学問・文化・芸術

プロフィール

後藤 仁(GOTO JIN)

Author:後藤 仁(GOTO JIN)
 ~後藤 仁 公式ブログ1~
日本画家・絵本画家 後藤 仁(GOTO JIN)の日本画制作、絵本原画制作、写生旅行、展覧会などのご案内を日誌につづります。

  〔後藤 仁 略歴〕
1968年兵庫県赤穂市生まれ。15歳、大阪市立工芸高校美術科で日本画を始める。東京藝術大学絵画科日本画専攻卒業、後藤純男先生(恩賜賞受賞者)に師事。在学中より約12年間、旧岩崎邸、入船山記念館、孫文記念館(移情閣)等の金唐革紙(手製高級壁紙)の全復元を行う。卒業以降は日本画家として活動し、中国・インドをはじめ世界各地に取材した「アジアの美人画」をテーマとする作品を描き、国内外で展覧会を開催する。近年は絵本の原画制作に力を入れる。
○絵本作品に『ながいかみのむすめチャンファメイ』(福音館書店)、『犬になった王子 チベットの民話』(岩波書店)、『わかがえりのみず』(鈴木出版)、『金色の鹿』(子供教育出版)、挿絵作品に『おしゃかさま物語』(佼成出版社)。『犬になった王子 チベットの民話』は、Internationale Jugendbibliothek München ミュンヘン国際児童図書館(ドイツ)の「The White Ravens 2014/ザ・ホワイト・レイブンス 国際推薦児童図書目録2014」に選定される。NHK日曜美術館の取材協力他、テレビ・新聞等への出演・掲載も多い。
○東京藝術大学・デザイン科非常勤講師。東京造形大学・絵本講師。金唐革紙保存会 主宰。日本美術家連盟(常任理事:中島千波先生 他)会員。日本児童出版美術家連盟(童美連)(太田大八先生、赤羽末吉先生、いわさきちひろ先生らが創設)会員・理事。絵本学会(太田大八先生らが創設、現会長:松本 猛先生)会員。日本中国文化交流協会(井上 靖先生らが創設)会員。この本だいすきの会(代表:小松崎 進先生)会員。千葉県松戸市在住。

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絵:後藤 仁 /文:君島 久子 /出版社:岩波書店絵本ナビ


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