2015-01-21

或る絵描きの独白

 私は永年、絵を描いて来て、つくづく運の無い絵描きだな~と思い知らされます。ただ、私自身がその様な運命の元に、半ば自発的に生きているのだとも言えるかも知れません。

 元来、センスの良さで絵を描くタイプではなく、色感・構成力なども傑出したものは無いと自認していますが、絵を描く事がとにかく好きだった私は、その分努力して、描写力・洞察力・絵画力を深めて行きコツコツと積み上げて来ました。
 幼少期から常に水彩やアクリル絵具で絵を描いていましたが、大阪市立工芸高校美術科で日本画を始めて30年余り、ようやく思う雰囲気に少しは近い絵が描ける様になって来ました。

 しかし、根っから天邪鬼で頑固な職人・芸術家気質な故、世渡りは上手くはありません。中学から高校1年までは絵だけに力を入れ、興味の無かった英語・数学を全くやらなかったので、高校1年で留年をさせられました。絵を描きたくて美術高校に進学したので、それ以外はやる必要は無いと考えていました。
 留年に憤慨した私は、学科も実技(日本画・油絵・彫塑・デザイン・製図・水彩画・デッサンなど)も体育も一生懸命やり過ぎて、あまりに飛び抜けて傑出し過ぎ、全ての教科でトップになった為、周囲の人から随分疎まれました。
 美術予備校の立川美術学院では、大学進学の為だけの美術教育に対しての反感もあり、1浪時は新聞奨学生として朝夕の新聞配達・集金をしながらの予備校通いだった事もあり、年間の半分位しか予備校に行きませんでした。高校でクラスの連中からのバッシングにあった痛い経験から、本当の能力を出し過ぎるとたたかれるという考えもあり、予備校では出来の悪いバカな生徒のふりをしていたという事実もありました。
 ただ、出席率の悪い出来の良くない生徒だったのですが、描くべき時には必死に描いていました。関西風のデッサンを関東風のデッサンに修正する事にも手間取りましたが、2浪の後半、メキメキとデッサン・着彩が伸びて来て、気が付くと20人余りの生徒の中で常にトップを争う様になり、特に石膏デッサンにおいて私の右に出る者はいなくなっていました。
 そうして東京藝術大学日本画専攻に入学したのですが、ここらで気持ちを入れ替えて素直に絵を学ぼうと、高校の時の様に誰よりも早く学校に行き、誰よりも多く絵を描きました。さすがに東京藝大には絵の上手い学生がちらほらいて、元来突出した絵画センスの無い私は、特に目立った作品を描く事も出来ませんでしたが、絵に対する情熱と学習では誰にも負けていなかったでしょう。その真面目な様子を大学の先生方も歓迎してくれて、何となく「後藤は将来出世するのではないか・・・」という様相が出て来たら、また周囲の一部からのバッシングが始まりました。絵を真摯に学ぶより、どの先生に付いてどう歩めば出世出来るかばかりを考えている学生の雰囲気に嫌気もさしていましたし、どんなに適当な作品を出品していても上の学年に進めて、上の学年ほど大きな顔をしている縦社会の雰囲気も疑問でしたので、期待して入った藝大に幻滅してしまいました。2年の終盤から学校に行くのを止めて、家で自由に独自研究をしていました。2年余りそんな事をしている内に2年留年させられており、親の気苦労も考えてやむなく大学に戻りました。

 大学卒業後も、そんな私の性格故なかなか順風満帆には行かず、それなりの苦労は絶えませんでした。今の私の画力と探求心で、もう少し世渡りが上手ければ、今頃、院展などの団体展に入り、どこかの美術大学で講師か准教授位していたでしょうか・・・しかし、ひねくれ者でもあり安易な出世街道を良しとしない私は、どこかしら、あえて”いばらの道”を行く感があり、とことん在野で雑草の生き方を貫いて来ました。そうでなくても絵が売れない時代と言われるのに、団体に所属しない私は、到底、絵だけでは食べて行けません。
 日本画の制作・活動と並行して、金唐革紙(手製高級壁紙)の製作をしたり、一時は警備員、居酒屋パントリー係、個別学習塾講師・・・どうしようも無い時には、派遣労働でクリーニング屋、引っ越し屋、ピッキングなどなど、時には年下に罵倒されながら、今までに20種類以上のお仕事を経験して来ました。しかし、考え様によっては、経験が豊富なほど絵の制作にも役立つのではないかと自分に言い聞かせて、踏ん張って来ました。表面上の華々しい部分だけを見ていると分からないのですが、その裏には涙ぐましい努力が隠れているものなのです。今でも、日本画と絵本の微々たる収入と、絵画教室で一般の方々に絵を教えながら、何とかギリギリ生きております。

                  *

 詩人リルケの文学作品『ロダン』の中に、こんな一文があります。
「世間の人々が彼を疑いはじめたときには、彼はもう自分自身に対して何らの疑惑も持たなかった。・・・」 (「ロダン」 リルケ 著、高安国世 訳、岩波文庫)
 私はロダンやリルケほどの崇高な芸術家では無いでしょうが、気持ちだけは同じ様なものです。常に芸術の高みを目指して来た私は、独自の絵画論と制作技術を身に付けて来ました。
 日本画界にもありますが、特に絵本では「ヘタウマ(下手上手)」という人気ジャンル(傾向)があります。一説には、子供の様な絵を描いた方が、子供が受け入れやすいと言うのです。しかし、私は絵描きである以上、上手いのが当たり前だと考えています。やはりプロと言われる以上、どこまでも上手くないといけないと考えています。確かに上手くてもつまらない絵がたくさんあるので、それならば下手でも面白い方が良いとなるのでしょうが、上手くて面白いのが、やはり一番良いと信じています。「ピカソは下手ではないか」と今でもよく引き合いに出されますが、ピカソは実際の所は相当上手いのです。本当に上手くないと絵を崩す事も出来ません。
 私が憧憬する、長谷川等伯も伊藤若冲も鏑木清方もダビンチもミケランジェロもアーサーラッカムも宮崎駿氏も、皆極めて上手い上に面白いのです。大人達には当然ながら、子供達にこそ本当に上手くて優れた作品を提供するべきなのです。

 私の技量はまだまだ半端なのでしょう、「ただ上手いだけではダメだ。」と、かたずけられる事も間々あります。特に絵画公募展では大抵受けが悪いので、めったに出品もしないのですが・・・、平凡で面白くない作品と解される様です。一見平凡に見える中に、実は尋常では無い非凡なものが宿っている事に気が付かない批評家・審査員・専門家も多いでしょう。そこで、一見派手で奇をてらった様な作品が受ける事になるのです。しかし、つくづく観察してみると、時代を超えて行く”画力”に欠けた作品がほとんどな事にいずれ人々は気が付く事でしょう。
 今後も私は、絵の実力より、はるかに低い世間の評価に甘んじながら生きて行く事になりそうです。しかし昨今、絵の実力より、はるかに高評価を受けている作家を多く目にしますが、それが絵描きの幸せとは思いません。言い訳では無いのですが、世間の見方は勝手に周囲によって決定されて行くだけで、本質的には芸術家当人はあずかり知らぬ事なのです。厳しい”いばらの道”を行く方が、最期はきっと本物の芸術家に近付けると信じて、今後も厳しき絵画道を歩んでまいりたいと思っております。




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(2013/11/16)
君島 久子

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とある下々の思い

 
 私、上司に上には上が下には下がいくらでもいるものと、いつか聞かされました。他人の人生になり代わったら代わったで、また別の大きな苦悩があると考えます。
 自分の人生は自分にとって1番”修行のしがい”のある器を、また超えるに値する器を、神?は与えていると考えます。
 上手くいったら褒美を、しくじったら甘んじて罰を・・そうやってお借りした1つの命を(不遜ではありますが)遊びたい。(あくまで私だけの思いですので軽く受け流して下さい)

Re: とある下々の思い

さとおーる様。
 たしかに、人は現在の自分を受け止めて、あるがままに生きて行くだけなのでしょう。ただ時々、世の中のあり方を振り返ると、色々な矛盾を感じて、幻滅する時があるのです。
 ありとあらゆる事象を乗り越え、無我の境地で絵を描ける様になれたら、その時は本物の絵描きと言えるでしょうが、私などは、まだまだはるかに修業が足りませんね。更なる研鑽を積んで行きたいと思っております。 後藤 仁
プロフィール

後藤 仁(GOTO JIN)

Author:後藤 仁(GOTO JIN)
 ~後藤 仁 公式ブログ1~
日本画家・絵本画家 後藤 仁(GOTO JIN)の日本画制作、絵本原画制作、写生旅行、展覧会などのご案内を日誌につづります。

  〔後藤 仁 略歴〕
1968年兵庫県赤穂市生まれ。15歳、大阪市立工芸高校美術科で日本画を始める。東京藝術大学絵画科日本画専攻卒業、後藤純男先生(恩賜賞受賞者)に師事。在学中より約12年間、旧岩崎邸、入船山記念館、孫文記念館(移情閣)等の金唐革紙(手製高級壁紙)の全復元を行う。卒業以降は日本画家として活動し、中国・インドをはじめ世界各地に取材した「アジアの美人画」をテーマとする作品を描き、国内外で展覧会を開催する。近年は絵本の原画制作に力を入れる。絵本作品に『ながいかみのむすめチャンファメイ』(福音館書店)、『犬になった王子 チベットの民話』(岩波書店)、挿絵作品に『おしゃかさま物語』(佼成出版社)。『犬になった王子 チベットの民話』は、Internationale Jugendbibliothek München ミュンヘン国際児童図書館(ドイツ)の「The White Ravens 2014/ザ・ホワイト・レイブンス 国際推薦児童図書目録2014」に選定される。NHK日曜美術館の取材協力他、テレビ・新聞等への出演・掲載も多い。東京造形大学・絵本講師。金唐革紙保存会 主宰。日本児童出版美術家連盟(童美連)(太田大八先生、赤羽末吉先生、いわさきちひろ先生らが創設)会員・理事。絵本学会(太田大八先生らが創設、現会長:松本 猛先生)会員。日本中国文化交流協会(井上 靖先生らが創設)会員。この本だいすきの会(代表:小松崎 進先生)会員。千葉県松戸市在住。

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