2013-10-10
絵本『ながいかみのむすめ チャンファメイ』出版までの永き道のり その13
この場面は、ラフスケッチでなかなか面白い構図が見付かりませんでした。福音館書店編集者から、こんな感じでは・・・というアイデアをいただき、それを元にラフを描いてみました。私はその構図が平凡なので、別の構図を探っていました。例えば、緑の老人を全身描くのはありきたりで説明的過ぎるので、上半身を画面上部で切ってしまい、後は読者に想像させる構図等です。しかし、福音館書店編集者は、このラフスケッチがとても気に入っていると言いますので、この構図に決定しました。
福音館書店編集者は、頭のツルツルになったチャンファメイを描いたらどうですか・・・と言いましたが、私は作品中とはいえ、かなり感情移入しているチャンファメイの丸坊主姿を描く事は忍びなく、丸坊主の石像で暗示する事にしました。チャンファメイは、最初もっと大きなアクションを取っていたのですが、編集部の意見で抑制的な動きにしました。そんな訳で、全体的には少々単調な構図になってしまった気がしますが、一般的には分かりやすい絵になったと思います。
この場面は「第十二場面」からの続きとして、似た絵画技法で描きました。全面に金箔砂子(きんぱくすなご)をちらしています。圧倒的な光感を出したかったのです。印刷では金箔の輝き、画面の透き通る明るさがなかなか再現出来無いのが残念です。ガジュマルの葉一枚一枚に葉脈を入れ、良く見ると細部まで描き込んである事が分かるかと思います。
打ち合わせの時、緑の老人は木の精なのか木の神なのか、何なのか・・・という話になりました。私が実際、中国貴州省に取材に行った時、ガジュマルの木の根元に小さな祠があり、道士の様な像が祀られてありました。トン族の伝統的な神では無く、道教などの影響を受けたものに見えましたが、それらのイメージを作品に反映させました。
ちなみに、トン族の信仰は、主に祖先崇拝とアニミズム的多神崇拝だと言います。トン族の始祖母の「薩(さ)」が最高の守護神としてあがめられているそうです。また、木や石や動物の神等、ありとあらゆる物に神が宿るというアニミズム信仰があり、神と鬼(き)は入りまじり、善神・悪神が混在しています。きちんと供養すると豊作をもたらすが、供え物を怠ると禍をまねくという山の神・田の神も存在します。(専門家の指摘では、この辺りは日本の民間信仰と大きな共通点がある様です。)
この緑の老人を、読者には色々な見方で見ていただいて良いのではないかと、私は考えています。ある人には木の精であったり、道教の道士であったり、儒教の儒者であったり、人によっては観音さまの化身とも、ヴィシュヌの変化とも、キリストのお姿とも取れるでしょう・・・。私は緑の老人に、亡き父の面影を見ました。
「第十四場面」は、滝を見上げるチャンファメイです。滝とチャンファメイの位置を考慮すると、どうしても両方の姿を1枚に描くのは無理が生じますので、ラフスケッチから随分苦心した場面です。最初はこの場面だけ絵本を90度反転させて縦位置で見せよう等とも考えていました。試行錯誤の末、滝とチャンファメイの位置関係は、実際の通りでは無く、イメージとして2つを組み合わせるしか無いとなりました。
チャンファメイの蘇った黒髪の美しさ、彼女の喜びを画面いっぱいに表現したいと思いました。欣喜雀躍のチャンファメイの姿を動きで表そうと、最初はもっと大きなアクションを取っていましたが、この場面も編集部の意見で抑制的な動きに変更しました。これはこれで微妙な動作が描けたと思います。ただ、絵描きとしては、人体の複雑な動きや美しい姿態を幾通りも描きたかったのですが、そんな訳で「絵本」全体として何か抑制的な人物描写になりました。それが福音館書店絵本の上品な味わいでもあるでしょうから、それはそれで良いのではないかと考えています・・・。しかし今後、私の人物描写の力を全面に出した作品も描いてみたいと思いました。(今年の11月中旬に岩波書店から出版の新作絵本『犬になった王子(チベットの民話)』では、かなり大胆な人物の動きが描かれていますので、楽しみにしていて下さい。)
画面の右側は前の場面からの連携で、やはり金箔砂子をあしらいました。左側の滝は、穴から噴き出したごうごうとした水が、石像の白い髪を伝わって、まっすぐで美しい水の流れに変化する様を描いています。
次は最終場面の「第十五場面」「後ろ扉」「見返し」の話になりますが、それは又、次回の講釈としましょう。 日本画家・絵本画家 後藤 仁
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