2013-09-16

絵本『ながいかみのむすめ チャンファメイ』出版までの永き道のり その12

 絵本『ながいかみのむすめチャンファメイ』(福音館書店こどものとも)の原画制作は、2011年冬頃、「第十一場面」に入りました。この場面は、娘が母とお別れをする情景で、私が全場面の中で最も重要と考える一場面です。ラフスケッチの段階から、かなりの試行錯誤がありました。ラフスケッチの最初の頃は、原話には書いてあった母と直接会ってお別れを言う「文章」がカットされ、となりのおばさんに話をする所だけが書かれていましたので、ラフスケッチでもこの娘と母の別れの場面は無かったのです。私は「何故、娘と母が直接別れを言う文章をカットしたのか。」と福音館書店編集者に質問し、この場面の重要性を説明しました。編集者は君島久子先生にも打診していただいた様で、ラフスケッチ第四案から、この場面が文章にも加えられました。
 「ラフスケッチ第四案」では、唯一の室内空間の視点の面白さを考え、絵巻物等で良く用いられる「吹き抜け屋台」の俯瞰構図にしようと思っていました。少し客観的な雰囲気をねらったのですが、やはりもっと感情を強く訴えた方が良いと感じて、「ラフスケッチ第五案」では、横からアップの構図に変更しました。私は当初から室内描写だけで良いと考えていたのですが、編集者が「どうしても、緑で青々とした光景を入れてほしい。また子ブタは無くて良いのでは・・・。」と強く要望されました。話の流れ上それも面白いので、ラフスケッチ第五案では、背景に空想的に村の景色を入れていました。
 しかし、背景に風景を入れると幻想的で気持ちの良い画面になるのですが、必然的に場面のコンセプトがあいまいになり、娘と母の別れを語り合う感情が薄れてしまうのです。編集者はどうしても背景を入れてほしいと、かなりねばりましたが、「この場面は私が最も大切だと考える場面で、絵画表現上も感情表現上も背景を入れずに、室内空間のみで勝負した方が良い。この場面は私に全部任せてほしい。」と私は説得しました。また、編集者はあまり重要視していなかった子ブタでしたが、私は「絵本」における動物の重要性や、この物語の脇役としての重要性を認識しており、この別れの場面にも必ず登場させたかったのです。そしてラフスケッチ第七案(最終案)にして、ようやく本画の様に決定しました。

ラフスケッチ第11場面01ラフスケッチ第十一場面 第四案

ラフスケッチ第11場面02ラフスケッチ第十一場面 第五案

               * 

 『絵本』の世界では、あまり感情を強く表現せず、全てをさらっと・あっさりと表現するのが定説とされている様です。私はその定説に前々から疑問を感じていました。もちろん、その様な作品が主流でも良いのですが、これだけ多くの表現媒体が発達した昨今、果たして子供達は今の『絵本』の表現法だけで満足しているのか疑問なのです。私自身、幼少期にあれ程親しんだ『絵本』なのに、小学校一年の頃にはその様な空々しい作風に飽きてしまい『マンガ・アニメ』に興味が移って行ってしまいました。その後は、宮崎駿氏の描く「未来少年コナン」「母をたずねて三千里」「アルプスの少女ハイジ」「フランダースの犬」等のリアルな世界に夢中になりました。
 私は日本画家・美人画家の私でしか描けない、高度な情感表現・真実味を具現化した、世界にも通用する、新しい『絵本』の息吹を、この世界に吹き込みたいのです。

               *

 本画制作でも、気持ちを最大限に込めて描きました。灰色の暗く地味な室内のみです。何の飾りもきれいさも無い空間です。静謐な時の中、娘と母の二人だけの交感があるのです。暗い部屋の中で、娘の白い髪が美しくあやしく輝いています。娘の目を良く観察すると、極めて微細な涙の粒が描かれていて、娘が涙を我慢しているのが見て取れるでしょう。それを脇で見つめる三匹の子ブタも哀れをさそいます。私は描いている内、尋常で無いテンションに入っていくのですが、この場面は特に感情移入が激しく、描きながらも涙があふれて止まらなくなる時が時々ありました。(私の父との死別という個人的な経験も思い出すのです。私は父を大学卒業直前に不慮の事故で亡くしています。)私はこの場面に、ジョルジュ・ド・ラ・トゥールの「大工の聖ヨセフ」を想いました。
 しかし、窓からは柔らかい光が差し込み、青い小鳥が語り合い、この後の幸運を暗示しています。窓外には青々とした草もうっすらと描かれてあります。良く見ると部屋の後方には、かまど、水瓶、包丁、背負い籠等が描かれ、床の木の木目まで丹念に描写してあります。布団の模様はトン錦というトン族の伝統的幾何学文様です。トン族の民家は、この様に壁も床も全て杉の板で出来ており、歩くとギシギシと良い音がします。私が泊まった民家では木のベッドが使われていましたが、昔からベッドがあったと思います。(ただ完全な検証が出来なかった部分は、私のイメージも入っています。)本来、トン族の家屋はほとんど二階建てで、一階は土間になっているのですが、チャンファメイの家は母娘の貧しい家である所と、第二場面・第十一場面等の表現の都合上も一階建てに描きました。光や木の直線は「溝引き(みぞびき)」という伝統的な技法で引いています。

 「第十二場面」以降は、「第十一場面」の暗い場面から一転して明るい光の世界になります。この明確な場面対比の視覚効果も私がねらった所です。「第十二場面」はガジュマルの大木に別れを言う場面です。木は動物の楽園になっており、フクロウ、ワシ、ツバメ、コトリ、リスが憩っています。この木の周りだけは草も茂っています。木には人々が花を供えてあります。この場面では、人々や動物達に安らぎを与える、大木を真正面から描きたかったのです。葉も一枚一枚丹念に描写しました。全面に「砂子(すなご)」という伝統技法を使って純金箔をちらしてあります。

 
 この次は「第十三場面」ですが、その話は次回としましょう。 日本画家・絵本画家 後藤 仁
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プロフィール

後藤 仁(GOTO JIN)

Author:後藤 仁(GOTO JIN)
 ~後藤 仁 公式ブログ1~
日本画家・絵本画家 後藤 仁(GOTO JIN)の日本画制作、絵本原画制作、写生旅行、展覧会などのご案内を日誌につづります。

  〔後藤 仁 略歴〕
1968年兵庫県赤穂市生まれ。15歳、大阪市立工芸高校美術科で日本画を始める。東京藝術大学絵画科日本画専攻卒業、後藤純男先生(恩賜賞受賞者)に師事。在学中より約12年間、旧岩崎邸、入船山記念館、孫文記念館(移情閣)等の金唐革紙(手製高級壁紙)の全復元を行う。卒業以降は日本画家として活動し、中国・インドをはじめ世界各地に取材した「アジアの美人画」をテーマとする作品を描き、国内外で展覧会を開催する。近年は絵本の原画制作に力を入れる。絵本作品に『ながいかみのむすめチャンファメイ』(福音館書店)、『犬になった王子 チベットの民話』(岩波書店)、挿絵作品に『おしゃかさま物語』(佼成出版社)。『犬になった王子 チベットの民話』は、Internationale Jugendbibliothek München ミュンヘン国際児童図書館(ドイツ)の「The White Ravens 2014/ザ・ホワイト・レイブンス 国際推薦児童図書目録2014」に選定される。NHK日曜美術館の取材協力他、テレビ・新聞等への出演・掲載も多い。東京造形大学・絵本講師。金唐革紙保存会 主宰。日本児童出版美術家連盟(童美連)(太田大八先生、赤羽末吉先生、いわさきちひろ先生らが創設)会員・理事。絵本学会(太田大八先生らが創設、現会長:松本 猛先生)会員。日本中国文化交流協会(井上 靖先生らが創設)会員。この本だいすきの会(代表:小松崎 進先生)会員。千葉県松戸市在住。

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