2013-09-11

絵本『ながいかみのむすめ チャンファメイ』出版までの永き道のり その11

 絵本『ながいかみのむすめ チャンファメイ』原画制作も、「第六場面」に入りました。この場面は、チャンファメイの悩み苦しんでいる心の中を表現しなければいけない難しい場面です。最初のラフスケッチでは、髪が真っ白くなってしまった、はかなげなチャンファメイを描く予定だったのですが、福音館書店編集部の意見で、まだ黒い髪のままのチャンファメイになりました。
 この場面のチャンファメイの乱れ流れる髪の毛は、特に気持ちを入れて描きました。1ミリの何分の1の細さです。背景には「墨流し(マーブリング)」という伝統的な技法を入れ、チャンファメイの乱れる心を表現しました。画面を不安定色とされる紫色でまとめました。(紫色は色相の輪の両端である赤と青を混ぜて作られた最も不安定な色で、人間の心理を不安にさせる効果があると色彩学では言われています。反面、上手く使うと特別な高貴な色にもなりえるのです。一般的に落ち着く色に思われる緑色も、本来は青と黄を混ぜた不安定色ですが、自然のイメージで安らぎを感じるのです。)チャンファメイの顔は極めて薄塗りにして、意図的に背景を透かせました。
 右のページには、水くみに苦しむ子供と老人を描きました。この老人は次の場面にも出て来る老人ですが、よく観察すると同じ老人は、第一場面、第一五場面にも出て来ます。この子供も第一場面、第八場面、第九場面、第一五場面(第一五場面では似た子が何人かいて区別がつきませんが・・・)に登場します。
 
 「第七場面」は、老人を助け起こすチャンファメイの、迷いから覚める強い意志を表しています。背景はまだ混沌とする感情を表して、墨流しに強めの朱色を塗りました。印刷ではこの朱色が出にくい様で、原画の朱はもっと強い色をしています。白い髪は胡粉と墨で描いています。老人のしわの様子は、随分観察しました。
 この場面のラフスケッチでは、色々な角度から何度も描き直してなかなか決定しなかったのですが、編集者が私のアトリエに飾ってあるバチカン市国で手に入れたミケランジェロの「ピエタ」の写真を見られたのか、「ピエタの様なイメージはどうでしょうか?」と言いましたので、その後、すぐにイメージが固まりました。私はミケランジェロを真の芸術家として崇敬していますが、特にピエタの像は好きです。

 「第八場面」は、駆けて行くチャンファメイのスピード感を出そうと腐心しました。ラフスケッチでも何度も描き直し、最初は引きの画だったのが、最終的にはかなりアップの画になりました。最初は原文に忠実に、のみや包丁を持つ人々を描く予定でしたが、編集部の意見で水をくむ為のひしゃくや水桶を持った人を加えました。
 この場面の人物は少しずつ特徴が異なり、次の場面にも同じ人が何人か出て来ます。私は中学時代に陸上競技部をやっていましたので、手前の男の走り方には、その時のイメージが投影されています。〔私は中学の校内マラソン大会では2年連続学年1位で、2年生の時は学校総合(600人以上います)でも1位でした。また、総合体育テストでは学年で2位でした。私は中学時代「絵」が上手い事でも学校内で有名人でしたが、足が速い・運動神経が良い事でも通っていました。プチ自慢です。〕 中程の男の腰に巻いているのは鎌入れですが、実際トン族の村で見た形のものです。手前の女性の背中にあるのは、トン族特有の装飾品で銀製の背飾りです。渦を巻いた文様はトン族では魔除けの効果があるそうです。「第四場面」のチャンファメイのアップ像を見ると良く分かるのですが、この背飾りはそのまま胸当てにつながっていて、おもりの役目もはたしている様です。また、良く見ると「第四場面」のチャンファメイの襟(えり)の後部にも魔除けの渦巻き文様の刺繍がほどこされているのが分かります。トン族等には、悪魔は後ろから来るという言い伝えがあり、特に背面にこの様な魔除けの文様をあしらいます。
 チャンファメイの駆けて行く光の中、ガジュマルの葉が彼女を見守っています。

 「第九場面」は、山に登り、皆でカブを切り刻み、穴を掘り拡げている所です。赤帯のイケメンの兄さんも再登場です。喜ぶ人、水をくむ人、飲む人、水を見下ろす人、色々な人々の表情を描き分けました。カブは切られながらも、まだ生命を保つかの様な不気味さです。チャンファメイの白髪と水の流れが対応しています。空からは山神が現れる時の象徴、不気味な群雲(むらくも)が湧き出して風が強くなって来ています。山肌には、本来もっとヒマラヤ寄りの高山に咲くはずの青いケシが不気味に咲いています。
 ラフスケッチでは、チャンファメイはもっと複雑な動きをしていたのですが、編集部の意見で抑制的な動きにしました。

 「第十場面」は、「第五場面」と対をなす場面で、同じく「もみ紙」の技法ですが、色を赤系にして山神の怒りを表現しました。風は逆巻き、松明は燃え盛り、コウモリが飛び交っています。(コウモリは中国では吉兆のシンボルなのですが、ここでは西洋や現代日本人のイメージに合わせて、不気味さの象徴として描いています。しかし、最後までの展開を考えると吉兆の前兆だと考えても、あながち間違いでは無いでしょう。)山神は怒りをあらわにし、彼の大切なご馳走や血らしき飲み物も吹き飛ばしています。それに対して、覚悟を決めたチャンファメイの落ち着いた姿は、「第五場面」とは真逆の様相です。山神の毛は金泥で描き、チャンファメイの白い髪と対比しています。


 次は、私が最もこだわり、最も大切だと考える場面「第十一場面」ですが、この話はまた次回としましょう。 日本画家・絵本画家 後藤 仁
 
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読書メーターへのレスをありがとうございました。

さっそく、最寄りの図書館でチャンファメイを取り寄せました。こちらのブログと併せて拝見させていただく予定です。
山本丘人、田中青坪、後藤純男の系譜に連なる方と存じあげます。
岩波書店からの新刊も待たれます。
六実で朗読会をされるとのこと、時間が許せばお伺いできればと存じます。
楽しみにしております。

返礼

 誠に有難うございます。日本画を良くご存知の方とお見受けします。私の師である後藤純男先生(元東京藝術大学教授・日本美術院同人理事・ネスカフェ ゴールドブレンド「違いが分かる男」のCMに出られた事でも有名ですね。)の
最初の師が山本丘人先生で、次の師が田中青坪先生になります。時代が違い、当然、お二方の先生には直接お会いした事は無いですが、後藤純男先生からは両師匠の色々なエピソードを直接聞いております。
 絵本『犬になった王子(チベットの民話)』は、10月15日以降に岩波書店HP等でも正式発表があるでしょう。来年初めには、東京都心の大手書店2カ所で「絵本原画展」も開催予定です。今後ともよろしくお願い申し上げます。日本画家・絵本画家 後藤 仁

No title

 こんばんは。後藤 仁先生。

 先入観で、背景につきましては出版社様側の既成の雛形であろうものかと考えておりました。ご自身で構成なさっておられたとは。不安、安堵の感情をいやがおうにも盛り立ててございます。

 御足がお速いとのカミングアウトの項にいたりましては、運動会ではどん尻の席を不動にしてきました私にとりましては僭越では御座いますが羨ましいかぎりです。”一芸に秀でれば諸芸に通ず”剣豪武蔵を思い起させますエピソードで御座います。

返礼

 お褒めいただき、誠に有難うございます。
 絵本『ながいかみのむすめ チャンファメイ』の制作は、物語選びから、資料集め、現地取材、場面割り、ラフスケッチ制作、本画制作等、最初から最後まで、全て私が率先して一人で行いました。君島久子先生は、私の場面割りに合わせられて「文章」を構成されました。福音館書店編集部は、私が提出したラフスケッチ等を見て、ここをこうしたほうが良い等といった提案をされます。
 「背景」の文様等も、全て自作のものです。一見、CGで合成したかの様にも見えますが、全て私が手ずから制作しています。描く前は真っ白の和紙です。
 一から全て自分の手で創作したいという、私の作品に対する完璧主義から、この「絵本」が完成しました。今後は、機会さえあれば「文章」も書いてみたいと思っています。今後ともご期待の程、よろしくお願い申し上げます。日本画家・絵本画家 後藤 仁
プロフィール

後藤 仁(GOTO JIN)

Author:後藤 仁(GOTO JIN)
 ~後藤 仁 公式ブログ1~
日本画家・絵本画家 後藤 仁(GOTO JIN)の日本画制作、絵本原画制作、写生旅行、展覧会などのご案内を日誌につづります。

  〔後藤 仁 略歴〕
1968年兵庫県赤穂市生まれ。15歳、大阪市立工芸高校美術科で日本画を始める。東京藝術大学絵画科日本画専攻卒業、後藤純男先生(恩賜賞受賞者)に師事。在学中より約12年間、旧岩崎邸、入船山記念館、孫文記念館(移情閣)等の金唐革紙(手製高級壁紙)の全復元を行う。卒業以降は日本画家として活動し、中国・インドをはじめ世界各地に取材した「アジアの美人画」をテーマとする作品を描き、国内外で展覧会を開催する。近年は絵本の原画制作に力を入れる。絵本作品に『ながいかみのむすめチャンファメイ』(福音館書店)、『犬になった王子 チベットの民話』(岩波書店)、挿絵作品に『おしゃかさま物語』(佼成出版社)。『犬になった王子 チベットの民話』は、Internationale Jugendbibliothek München ミュンヘン国際児童図書館(ドイツ)の「The White Ravens 2014/ザ・ホワイト・レイブンス 国際推薦児童図書目録2014」に選定される。NHK日曜美術館の取材協力他、テレビ・新聞等への出演・掲載も多い。東京造形大学・絵本講師。金唐革紙保存会 主宰。日本児童出版美術家連盟(童美連)(太田大八先生、赤羽末吉先生、いわさきちひろ先生らが創設)会員・理事。絵本学会(太田大八先生らが創設、現会長:松本 猛先生)会員。日本中国文化交流協会(井上 靖先生らが創設)会員。この本だいすきの会(代表:小松崎 進先生)会員。千葉県松戸市在住。

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絵:後藤 仁 /文:君島 久子 /出版社:岩波書店絵本ナビ


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