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2020-10-13

哀悼~からくり人形師、伯父・後藤大秀さんへ

「愛しく気に入っているすべての人々とも、やがては、生別し、死別し、異にするに至る。」
「もろもろの事象は過ぎ去るものである。怠けることなく修業を完成なさい。」
 〈 「ブッダ最後の旅 大パリニッバーナ経」(中村 元 訳/岩波文庫) 〉


 ここのところ半年余り続いた大きな憂鬱の原因の一つは、この予兆だったのであろうか・・・。からくり人形師・能面打ち師であり、私の芸術の心の師である、伯父・後藤大秀さんが、先月9日、亡くなられたという。
 親類に心配・迷惑をかけたくない等という思いからなのか、私達には直接の連絡はなく、大垣祭保存会のSNS・ブログで伯父の逝去を知る事になるとは、今は何とも奇妙な時代である。実にリアルな”戦争”の夢・・・恐ろしさの中にどこか懐かしさが入り混じった奇妙なその夢を見た9月7日の、二日後である。あの夢はこの暗示であったのか、はたまた、伯父の夢中に通じたのか・・・・。
 約25年前に57歳で亡くなった父には、東京藝大の卒業作品を見せる事が叶わず、今回、伯父には大垣祭り「天井画(天井絵)」を見せる事ができなかった事が、誠に残念である。ただ、2018年に「後藤 仁、後藤大秀展」(赤穂市立美術工芸館 田淵記念館)を開催できた事は大いなる果報である。

後藤大秀 能面展「後藤大秀 からくり人形・能面展」(名古屋市博物館/2007年8月) 伯父・後藤大秀さんと私

赤穂市立美術工芸館特別展「日本画画業35周年記念 後藤 仁 日本画・絵本原画、後藤大秀 からくり人形~赤穂出身の日本画家・絵本画家、初の里帰り展~」(赤穂市立美術工芸館 田淵記念館、兵庫県赤穂市/2018年10月20日) 後藤大秀夫妻、大垣祭保存会の皆様と私

 伯父は齢90を越え、職人としての創作に一生を捧げ、きっと満足して、遠き異界へ旅立たれたと思う。世話の焼ける甥には、少しばかり、心残りがあったであろうか・・・。伯父は50歳代半ば以降、名古屋・大垣周辺の からくり人形復元を一手に担い、専門書籍・新聞・雑誌・テレビ等にも度々取り上げられた。晩年は「岐阜県伝統文化継承功績者顕彰状」「大垣市功労章」等を授与され、特に岐阜県・愛知県周辺では、よく知られた存在であった。ただ、根っからの職人気質の伯父は派手なパフォーマンスを嫌い、業界では「当代随一の からくり名人」の誉れがあるにもかかわらず、本当は実力が劣るといわれる著名からくり人形師家系当主ほどはメディアに持ち上げられる機会はなかった。伯父は、その名声以上に実力・気概のある、本物の職人・芸術家であったと確信している。その作品は、多くの大垣市民・岐阜県民・日本国民に愛され、これからも子々孫々、受け継がれ、語り継がれていく事だろう。

 私はこの後、3年計画で進められる、〔ユネスコ無形文化遺産・国重要無形民俗文化財〕大垣祭り・中町 布袋軕(ほていやま)(岐阜県大垣市)復元事業のトリを飾る、「天井画(天井絵)」制作に一人で臨む事になる。
 子供の頃、大垣の伯父の家(父の実家)には、夏休み・冬休みの度に訪れた。伯父の、からくり人形・能面作品を見る事が何よりも楽しみだった。大垣は私にとって、第二の故郷ともいうべき思い出深い土地だ。
 伯父と最後に話したのは、確か今年の5月末頃、「仁の天井画が完成するまで、後3年は生きにゃあならんわい・・・。」と電話口で飄々と語る伯父の声は、決して忘れる事は無い。伯父の訃報を受け、改めてこの度は、とても貴重な創作の機会を賜ったと感じる。この制作依頼は伯父の遺言だとも、天命だとも信じて、大垣市民その他、祭り愛好者の期待に応えるべく、全身全霊で創作に打ち込みたいと思う。
 父や伯父に大した恩返しも出来なかった分も、次世代の子ども達・若者達の為にも、伯父の御意志を継いで、未熟な私ではあるが、きっと一生を創作に捧げたいと誓っている。

 絵師(日本画家・絵本画家) 後藤 仁


【YouTube】特別展「後藤仁日本画・絵本原画/後藤大秀からくり人形~赤穂出身の日本画家・絵本画家、初の里帰り展~」(赤穂市立美術工芸館 田淵記念館/2018年10月~12月) 


図録 『後藤 仁 日本画・絵本原画/後藤大秀 からくり人形~赤穂出身の日本画家・絵本画家、初の里帰り展~』(赤穂市文化とみどり財団/赤穂市立美術工芸館 田淵記念館)
http://www.ako-bmz.jp/single-goods/%E5%B9%B3%E6%88%90%ef%bc%93%ef%bc%90%E5%B9%B4%E5%BA%A6%E7%89%B9%E5%88%A5%E5%B1%95%e3%80%80%E5%BE%8C%E8%97%A4%e3%80%80%E4%BB%81%e3%80%80%E6%97%A5%E6%9C%AC%E7%94%BB%E3%83%BB%E7%B5%B5%E6%9C%AC%E5%8E%9F/


【後藤大秀 概要・略歴】
 後藤大秀(ごとう だいしゅう、1929年~2020年、本名は後藤秀美 )は、岐阜県・愛知県を中心に活躍した著名な「からくり人形師」であり、後藤 仁の伯父(父の兄)でもある。

 現在、日本で本格的な「からくり人形師」として活動しているのは数名しかおらず、後藤大秀は日本を代表するからくり人形師の一人である。全国的にも有名な大垣祭、大津祭といった祭りの、「山車からくり(だしからくり)」の完全復元や修復を多く手がけた。(この場合の復元とは、昔の人形を基に全く同じ姿形の人形を新しく制作する事。修復とは、昔の人形の破損した箇所だけを作り直す事。)
 なかでも、大垣祭の相生軕「神主友成」復元制作では、昔の人形は過去に紛失していた為、古い写真一枚と古老の証言のみを基に制作をしたので、この場合はほぼ完全創作と言える。

 「からくり人形」は頭・首・手・足・胴・胴串等から出来ており、頭・首・手・足には木曽檜、胴には桜、軸は樫、ピンは竹、滑車類はツゲといった木材を、バネには鯨のヒゲを使用する。昔と変わらぬ道具や材料を使用して、人形一体を制作するのに一年はかかる。
 後藤大秀の作品は、「能面打ち」修行でつちかった髪や目の繊細な線描きと、深い色合いの彩色や、「宮大工」時代につちかった高度な木工技術による、複雑なからくり仕掛けが特長である。

                *

○1929年 愛知県一宮市に生まれる。〔本名、秀美(ひでみ)。父は指物大工である。甥は日本画家の後藤 仁。〕その後、岐阜県大垣市に移る。
○1948年 工匠の小寺浅之助に堂宮建築(宮大工)を学び(「金蝶園総本家 本店(大垣市景観遺産指定)」等の建築に参加)、のち数寄屋建築(茶室)を手がける。
○1950年 大垣祭の大黒軕(三輌軕)「保管箱(厨子)」制作。
○1980年 能面打ち師の東 安春(堀 安右衞門の弟子)に師事し、能面打ち修行をする。(つまり後藤大秀は、能面打ちでは、堀 安右衞門の孫弟子にあたる。)
○1984年より、「からくり人形」復元制作を始める。名古屋市 戸田まつりの四之割「宙吊り小唐子」「肩車大唐子」「采振り童子(ざいふりどうじ/采振り人形)」復元制作。
○1988年 「大垣市市展賞」受賞。
○1991年より、名古屋市筒井町 天王祭の神皇車(じんこうしゃ)「神功皇后(じんぐうこうごう)」「武内宿禰(たけのうちのすくね)」「面かぶり巫女」「采振り童子」復元制作。
○1992年 大垣市東地区センター能面の会 講師。
○1994年より、大垣祭の相生軕「神主友成」「住吉明神」「尉」「姥」復元制作。
○1994年 豊田佐吉記念「トヨタ産業技術記念館」(名古屋市)に唐子人形を制作納入。
○1996年 大垣祭の相生軕「神主友成」「住吉明神」完成。
○1998年 「大垣市教育功労賞」受賞。
○1999年 大垣祭の相生軕「尉」「姥」完成。大垣祭の愛宕軕「武内宿禰」「神官人形(狂言師人形)」復元制作。大垣市美術家協会 理事。「第14回国民文化祭」(岐阜県高山市)で、からくり人形の制作実演。
○2000年 大垣市市展 審査員。
○2001年 大津祭の龍門滝軕「鯉」復元制作。大垣祭の浦嶋軕・布袋軕「采振り童子」復元制作。
○2003年より、名古屋市 広井神明社祭の二福神車(にふくじんしゃ)「恵比寿人形」「大黒人形」「采振り童子」復元制作。
○2005年 岐阜県神戸町町展 審査員。
○2007年 「大垣祭り出軕運営委員会 功労賞」受賞。「後藤大秀 からくり人形・能面展」(名古屋市博物館)開催。
○2009年 「全国山・鉾・屋台保存連合会 人形関係修理技術者」認定(当時は全国で3名のみ、現在は4名のみ認定)。大垣祭の布袋軕「倒立唐子人形」「布袋人形」復元制作。
○2013年 「全国新作能面公募展」秀作受賞。
○2014年 常滑市大野橋詰町 尾張大野祭の紅葉車(こうようしゃ)「逆立ち唐子」「采振り童子」復元制作。
○2015年 大垣祭が「国重要無形民俗文化財」指定。「全国新作能面公募展」能楽の里賞受賞。
○2016年 大垣祭、亀崎潮干祭が「ユネスコ無形文化遺産」登録決定。
○2017年 「岐阜県伝統文化継承功績者顕彰状」授与。「全国新作能面公募展」審査員特別賞受賞。津島市 津島秋祭・七切祭(ななきりさい)の麩屋町車「湯取神子」「笛吹人形」「鼓打人形」、池町車「逆立ち唐子(唐子遊)」復元制作。
○2018年 「大垣市功労章」授与。「後藤 仁 日本画・絵本原画/後藤大秀 からくり人形 展」(赤穂市立美術工芸館 田淵記念館)開催。
○2020年9月 91歳にて逝去。


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後藤 仁 プロフィール

後藤 仁(JIN GOTO、后藤 仁、고토 진)

Author:後藤 仁(JIN GOTO、后藤 仁、고토 진)
~後藤 仁 公式ブログ1~
絵師〈日本画家・絵本画家、金唐革紙製作〉後藤 仁(JIN GOTO、后藤 仁、고토 진)の日本画制作、絵本原画制作、写生旅行、展覧会などのご案内を日誌につづります。

 【後藤 仁 略歴】
1968年兵庫県赤穂市生まれ。15歳、大阪市立工芸高校 美術科で日本画を始める。東京藝術大学 絵画科日本画専攻 卒業、後藤純男先生(日本芸術院賞・恩賜賞受賞者)に師事。在学中より約12年間、旧岩崎邸、入船山記念館、孫文記念館(移情閣)等の金唐革紙(手製高級壁紙)の全復元を行う。
卒業以降は日本画家として活動し、中国・インドをはじめ世界各地に取材した「アジアの美人画」をテーマとする作品を描き、国内外で展覧会を開催する。近年は絵本の原画制作に力を入れる。
○絵本作品に『ながいかみのむすめチャンファメイ』(福音館書店)、『犬になった王子 チベットの民話』(岩波書店)、『わかがえりのみず』(鈴木出版)、『金色の鹿』(子供教育出版)、挿絵作品に『おしゃかさま物語』(佼成出版社)。
『犬になった王子 チベットの民話』は、Internationale Jugendbibliothek München ミュンヘン国際児童図書館(ドイツ)の「The White Ravens 2014/ザ・ホワイト・レイブンス 国際推薦児童図書目録2014」に選定される。また、宮崎 駿 氏の絵物語「シュナの旅」の原話になった事でも知られている。
○NHK日曜美術館の取材協力他、テレビ・新聞・専門誌・インターネットサイト等への出演・掲載も多い。
○東京藝術大学 デザイン科講師、東京造形大学 絵本講師 他、日本画・絵本講師。国選定保存技術 金唐革紙 製作技術保持者。日本美術家連盟 会員(ご推薦者:中島千波先生)、絵本学会 会員、日本中国文化交流協会 会員。千葉県松戸市在住。

★現在、日本国内向けと、中国向けの「絵本」を制作中です~❣

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絵:後藤 仁 /文:君島 久子 /出版社:岩波書店絵本ナビ


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