2013-05-19
絵本『ながいかみのむすめ チャンファメイ』出版までの永き道のり その7
写生旅行を終えた私は日本に戻り、多くのスケッチ・写真・映像・原話・資料類からイメージをふくらませ、絵本の原案を練っていきました。絵本の「コマ割り(場面割り)」も基本的に私が行いました。『こどものとも』は表紙・見返し・扉・第1~第15場面・後ろ扉の19枚と決まっていますので、それに合わせて作画します。
2008年5月頃には、君島久子先生の絵本用の文章の第一案も届きましたので、その文章からさらに原案を練り直します。その原案を元に「ラフスケッチ」の第一案を描きました。「ラフスケッチ」とは、絵画で言えば「下図」や「エスキース」、アニメで言えば「絵コンテ」にあたるもので、束見本(つかみほん。絵本の完成形に束ねられた白い冊子)に描いた「ラフスケッチ」を何度か改変していきながら、絵本の「本画」のイメージを確定していきます。
「ラフスケッチ」の第一案は、2008年6月12日に完成しました。まだ、鉛筆と色鉛筆だけで簡単に描いたものですが、これが絵本の全ての元になる重要な原点です。
早速、福音館書店の担当編集者にコピーを送りました。第一案では、日本画家の特長を活かそうと考えて、絵巻物形式の描き出しにしたり、異時同図法(一場面に、時間の異なる同一人物を複数描く絵画技法)を取り入れたりしていたのですが、子供には分かりにくいという編集部の意見を取り入れて変更したり、他にも人の動きの描き直し等をして、6月25日に「ラフスケッチ」第二案を描き上げました。
その後、福音館書店側の都合によって少し間が空きましたので、その間にブタのスケッチや、資料の再調査等をしていました。ブタは上千葉砂原公園や市川市動植物園に何度も通ってスケッチしましたが、ブタの面白い動きや餌の食べ方等を良く観察しました。現在中国で飼われているブタは西洋種の白ブタがほとんどですが、昔は野生種に近い黒ブタが飼われていました。
福音館書店編集部との何度かの打ち合わせを経て、「ラフスケッチ」第三案が9月30日、第四案が11月14日に完成しました。しかし、編集部からはなかなかOKが出ませんでした。
この後また、福音館書店編集部の都合でかなりの期間待たされましたので、その間に主人公のチャンファメイのイメージ作品を日本画で描いたり、2010年から2011年にかけて何度か人物モデルのスケッチをして、絵本の登場人物の姿勢・動きを確定していきました。

これまでの「日本画」の制作では、基本的に写生から本画制作まで全て独力で行います。場合によっては、画商がこんな感じに描いてくれと注文してきたり、美術団体に所属している人の場合は師匠の意見を取り入れたりする場合もありますが、作家の個性を重要視する観点から考えると、本来は独力で描き上げるのが最も良い絵画制作の態度と言えます。
しかし、「絵本」の場合は絵描きと文筆家と編集者の三位一体の共同作業が重要で、そこが今までの「日本画」制作と大きく異なる点でした。絵画等の純粋芸術と絵本・イラスト・漫画・デザイン等の商業美術との違いですが、極めて質の高い商業美術は当然、純粋芸術に匹敵する高い芸術的価値を有すると私は信じています。
日本画制作の孤独との戦いの妙とはまた一味違って、それぞれの立場の人が意見を出し合い一つの良い作品を創っていく「絵本」の共同制作の世界も、また面白いものだと私には感じられました。
「ラフスケッチ」第一案から第四案を経て、編集部からはなかなか手厳しい意見が出ました。私の担当編集者は実際私の日本画作品を見ていますし、私の絵画に対する尋常でない意気込みを感じていたでしょうが、他の編集者や上層部の人は、初めて絵本を手掛ける私の力量を把握していません。編集会議の中で、私のラフスケッチの人物の動きが硬いとかロボットっぽいとかマンガ的だとか、色々な意見が出た様です。
元々私は「下図」は比較的簡単に描く方で、その分「本画」制作に力を入れるタイプの絵描きです。作家によっては下図を完璧に仕上げる人もいますが、私の場合主に頭の中で空想を広げ、印象のみ下図に描きとめ、本画でさらにイメージを完成させる余白を残しておきたいのです。
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かなり期間が空いたのですが、ようやく2012年度の福音館書店「こどものとも」で紹介される事が決定し、「ラフスケッチ」制作が再開されました。
今度はマンガ的だ等という陳腐な意見が出ないように、(パターン化したありふれたマンガはつまらないですが、手塚治虫・水木しげる氏・松本零士氏・矢口高雄氏やアニメの宮崎 駿氏の様に優れたマンガ・アニメ作品は、純粋美術に匹敵する高い価値があると私自身は考えています。)墨と水彩絵具を用いて、少ししっかりとした「ラフスケッチ」第五案を描き上げました。2010年10月28日から12月6日の一か月あまりをかけて多少しっかり描いた熱意が伝わったのか、今回の編集部の反応は好感触でした。しかし、その後もいくつかの改変を加え、2011年2月14日完成「ラフスケッチ」第六案、2011年4月16日完成の「ラフスケッチ」第七案にしてようやく、編集部から本画制作に入りましょうというOKが出ました。
この「ラフスケッチ」制作に、何度かの中断をはさみながらも、実に3年近くを費やした事になります。普通の絵本画家は、絶対これ程の労力を費やしていないだろうな・・・と思いつつ。



「ラフスケッチ」制作では、すぐにイメージが固まった場面もあるのですが、何度も練り直した場面もあります。第一場面は最初、中国の肇興・増衝村を参考に描いていたのですが、もっと寒村の感じが良いという編集部の意見を取り入れました。ガジュマルの木を話の冒頭辺りに差し込むという案も編集部から出ました。
第七場面もなかなか良い案が出ずに苦心したのですが、ある時担当編集者が、「ミケランジェロのピエタの様なイメージで・・・。」と言われましたので、その後すぐにイメージが固まりました。私はミケランジェロが好きで、特にピエタの像はバチカン市国で求めた写真をアトリエに飾って崇敬している程です。
第11場面は私が最も思い入れを持って描いた場面でしょう。何度も部屋の中の視点や母娘の姿勢を検討し直しました。編集者は最後まで、画面の背景に緑で一杯になった村の情景を入れ込む事を提案されましたが、私はこの場面は暗い室内風景のみにしぼり込み、その後の場面の明るい緑の光景との対比を明確にしたいと提案しました。また、子ブタが絵本にとって重要な要素であると私は考えていましたので、どうしてもこの場面に登場させたいと言い切りました。それによって子供達にはより一層悲しみが感じられると思うのです。
チャンファメイの動きも、全画面を通して当初はもっと大胆に劇的に描いていたのですが、編集部の意見でかなり抑え気味に表現し直しました。
君島先生のご意見も多く取り入れていきました。ブタの餌は飼い葉桶に入れるのではないかというご指摘や、チャンファメイの原話では「田」と記載されているが、中国では田は普通「水田」と記載され「田」のみだと畑をさす場合も多い点、等の主に文学的知識の面から多くのご指摘を受け、「ラフスケッチ」を改変していきました。
いくつかのどうしても譲れない場面は、自分の意見を貫きましたが、より良い意見、面白い提案はどんどん取り入れました。それによって私の絵画的な個性は少々弱まった感はありますが、福音館書店の絵本らしい、バランスの取れた上品な佳品になったのではないかと思っています。絵本の第一作目としては、多少無難なこれ位の汎用性のある作風の方が良いのでしょう。
私は日本にも優れた絵本作品が多くある事を認識していますが、100年前のイギリス絵本黄金時代のアーサー・ラッカム等の作品を見てしまうと、どうしてもそれに匹敵する絵本黄金時代が日本には無いのではないかという疑念がかねてからありました。また、多くの古今東西の芸術作品を見て育った私にとっては、現在の日本の絵本に物足りないものを感じざるを得ません。
日本の絵本の草創期には、いわさきちひろや赤羽末吉といった実力者が活躍したのですが、その後、高度成長・バブル期を経て、より商業化・効率化の進んだ絵本業界に進行していった様です。作家が本当に全力を尽くし、芸術の域にまで高められた「絵本」といったものを、久しく見ていない気がします。
それならば、せっかくこの様な「絵本」制作の機会を与えられたのであるなら、純粋芸術の日本画家の意地もありますし、今までの日本の「絵本界」になかった、採算も効率も度外視した、ただ作家の”良心”のみを傾注し時間と手間をかけた上質な芸術絵本を描いてみようではないか、という私の意気込みでした・・・。
こうして、ようやく2011年5月31日から、絵本の「本画」制作に取り掛かりました。
この続きは、また次回です。 GOTO JIN
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