2013-05-02

絵本『ながいかみのむすめ チャンファメイ』出版までの永き道のり その5

 2008年4月24日、中国貴州省・増衝(ぞうしょう)村の民家での心地良い眠りの後、朝早く目覚めた私は、朝食の前に村を小一時間散策しました。朝の村はまた格別です。朝もやの立ちこめる空をツバメが行き交っています。あちこちの民家の瓦屋根からは朝げの煙が上っています。ニワトリの鳴き声だけが遠くから聞こえます。私はこの美しい光景を目に焼き付けようと、その静かな時を過ごしました。村の家々では人々が機を織ったり糸を繰ったりして、朝早くから働いていました。
 トン族の民家の1階は土間になっており、ここで食事を取ります。ミャオ族の民家も似た様な造りです。2階が居住スペースになっており、部屋が3~5つ位ある様です。2階が1階より張り出した、トン族の家屋の構造を「吊脚楼(つりあしろう・ちょうきゃくろう)」というそうです。一応高床式住居の類に入る様ですが、現在は1階にも壁があり高床式には見えません。中国では「麻欄(マラン)」とか「閣欄(グーラン)」と称する建築様式だそうです。風呂やシャワーは無い様で、私も昨日は入っていません。村の人は水浴びで済ましていると思われます。風呂やトイレや交通事情を考えると、快適贅沢旅行をしたい人には、ここの旅は難しいでしょう。
 もっと永く滞在したい気持ちを抑え、手配旅行の日程に合わせて出発する事になりました。後ろ髪を引かれながら、村を後にしました。黄(ホワン)さんは車中で一晩過ごしたので、あまり寝られなかった様で、寝不足気味の様子でした。運転席と助手席の間に大きな鎌が置いてあるので、「これは何か。」と身振りで質問すると、黄さんは、「車強盗が来たら、これで首をかき切るんだ。」と身振りで答えました。「この辺りでも、そんなに物騒なものなのかな・・・。」と思いました。日本人の普段の感覚ではアジアの旅は出来ません。

増衝村から肇興への道増衝村から停洞・肇興への道 私達の車

 ぬかるんだ悪路をひた走りました。行きとは別の道ですが、こちらの崖も相当なもので、今度は左側が谷底です。2~3時間走ってようやく民家が見えて来ました。停洞(ていどう)という村で牛市を見て、巨洞(きょどう)を通り、従江(じゅうこう)でトン族村で最大という従江鼓楼を仰ぎ、龍図(りゅうず)では味のある小さな鼓楼を見物しました。
 そして、今回の旅の2番目に重要な村、「肇興(ちょうこう)」に入りました。小団体の観光客も来る有名な村ですが、この村はトン族文化の標準地と考えられている村ですので、取材は欠かせません。村ごとに少しずつ異なるトン族衣装の中で、絵本『ながいかみのむすめ チャンファメイ』では、この村の衣装を最も参考にしました。
 
肇興祭肇興のトン族の祭り

肇興肇興の全景

 肇興は比較的大きな村で、鼓楼が5つもあり風雨橋もいくつか見られます。私の訪れた4月24日は、ちょうど大きな祭りをやっていました。少々観光用の雰囲気でしたが、とても素晴らしい見ごたえのある祭りです。きらびやかなトン族衣装に身を包んだ女性や精悍な若者達が、トン族の楽器・トン琵琶を奏で踊ります。村の中央では餅つきをやっており、餅をつき終るや否や子供達が餅に群がります。とても楽しく元気の良い人達です。
 ずっと見ていたかったのですが、そこは手配旅行のかなしさで、黄さんのすすめで夕食を取りました。胃腸の調子は上向きで、もう少しで元に戻る感じでした。夕食後、急いで村へ出ると、もう祭りは終わっていました。本当は取材旅行は個人旅行が最適なのですが、今回の様な交通の便が悪い場所では仕方ありません。

 25日は一日中肇興を取材しました。高台にある肇興中学校から村の全景をスケッチしていましたら、後ろで生徒の体操が始まった様でした。それが終わると中学校の先生が寄って来て、私のスケッチをずっと見ていました。スケッチが終わると、「ちょっと来てみないか。」といった身振りなのでついていくと、学校の先生の部屋には生徒の絵が飾ってありました。どれも皆、なかなか上手いものです。

肇興舞踊肇興のトン族舞踊劇

 夕方からは、日本で前もって予約していたトン族舞踊劇の公演です。予算は私が出しているのですが、村の中央の鼓楼の前で公演するので、私以外の人も見放題です。今は観光用になっている舞踊ですが、元々はトン族の祭りで披露されて来た伝統的な舞踊劇です。トン琵琶を奏でながら、男女がストーリー性のある舞踊劇を演じます。滑稽味あり、生活描写あり、歌あり踊りありのとても面白いものです。
 今回は誰が客なのかと地元の人に聞かれた黄さんは、「リーベンレン・・・イー・・・(この日本人一人だ)。」といった様な事を言いますと、その地元の人は驚いた様子でした。通常は団体客が注文をするもので、一人で申し込む好事家はまずいません。私が主賓ですので、立ったり座ったりしながら色んな方向から写真を撮ったりしていますと、隣で勝手に見ていた欧米人のおばあさんから、「じゃまだわ。見えないのよ!」といったすごい剣幕で注意されました。地元の人は、「主賓にあんな事言ってらあ。」という感じで失笑していました。広場で公演していますので、無料の公演サービスだと思うのも無理はないでしょう。私も勢いに押され、「SORRY・・・」と謝っていました。
 舞踊劇の最後には私も引き出されて、皆で輪になって踊りました。絵描きの取材旅行は、いつも孤独な傍観者・異邦人でしかありません。観光客への演出である事は分かっているのですが、輪になって踊るうちに少しだけトン族の一員になれた気がして、不思議と涙があふれて来ました。旅先では感性がことさら鋭敏になります。多分誰にも気付かれずに流したその涙の理由は、同じ様な経験をした事のある旅人にしか分からないでしょう。ちなみに、あまりの欣喜雀躍に時代を超越して「絵本」の中に登場してしまい、トン族の人と踊っている旅人の私がいますので、探してみて下さい。かたわらにはリュックと写生用具とカメラが置いてあります。
 この様にして、永く濃密な一日は過ぎていきました。その日はトン族様式の木造旅館に泊まりました。

肇興朝肇興の朝 風雨橋とツバメ

肇興朝2肇興の朝

 26日は、朝食前の早朝から山に登り、肇興の村の全景を眺めました。肇興中学校のある山とは逆方向の山です。朝の肇興は霧がかかりツバメが飛び交い、水墨画の様に美しく幻想的な情景でした。多分一生この眺めは忘れない事でしょう。朝食後、もっとここに居たい気持ちにかかわらず、出発の時間が迫って来ました。
 この後、「絵本」の原話採集地の広西チワン族自治区に抜け、桂林で黄さんと別れて一人旅に戻ります。


 その話は、また次回としましょう。   GOTO JIN
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No title

これはなんだろうなと思っていたのですが、気付きませんでした。
ご本人だったのですね。
よく見たら、カメラとスケッチブックとリュックですね。
子どもだったら、すぐに気がついたでしょうね。
詳しくて、とても面白いです。
ありがとありました。

絵本のキャラクター

 「絵本」の中に、色々な隠れたキャラクターがいます。それらを探すのも絵本の楽しみの一つだと考えて、細部までこだわって描きました。
 かなりの時間をかけて、極めて細密に描きこんでいますので、じっくりと時間をかけて鑑賞していただけますと有難いです。 後藤 仁
プロフィール

後藤 仁(GOTO JIN)

Author:後藤 仁(GOTO JIN)
 ~後藤 仁 公式ブログ1~
日本画家・絵本画家 後藤 仁(GOTO JIN)の日本画制作、絵本原画制作、写生旅行、展覧会などのご案内を日誌につづります。

  〔後藤 仁 略歴〕
1968年兵庫県赤穂市生まれ。15歳、大阪市立工芸高校美術科で日本画を始める。東京藝術大学絵画科日本画専攻卒業、後藤純男先生(恩賜賞受賞者)に師事。在学中より約12年間、旧岩崎邸、入船山記念館、孫文記念館(移情閣)等の金唐革紙(手製高級壁紙)の全復元を行う。卒業以降は日本画家として活動し、中国・インドをはじめ世界各地に取材した「アジアの美人画」をテーマとする作品を描き、国内外で展覧会を開催する。近年は絵本の原画制作に力を入れる。
○絵本作品に『ながいかみのむすめチャンファメイ』(福音館書店)、『犬になった王子 チベットの民話』(岩波書店)、『わかがえりのみず』(鈴木出版)、挿絵作品に『おしゃかさま物語』(佼成出版社)。『犬になった王子 チベットの民話』は、Internationale Jugendbibliothek München ミュンヘン国際児童図書館(ドイツ)の「The White Ravens 2014/ザ・ホワイト・レイブンス 国際推薦児童図書目録2014」に選定される。NHK日曜美術館の取材協力他、テレビ・新聞等への出演・掲載も多い。
○東京藝術大学・デザイン科非常勤講師。東京造形大学・絵本講師。金唐革紙保存会 主宰。日本児童出版美術家連盟(童美連)(太田大八先生、赤羽末吉先生、いわさきちひろ先生らが創設)会員・理事。絵本学会(太田大八先生らが創設、現会長:松本 猛先生)会員。日本中国文化交流協会(井上 靖先生らが創設)会員。この本だいすきの会(代表:小松崎 進先生)会員。千葉県松戸市在住。

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