2016-11-24

スリランカ写生旅行 その9

 「スリランカ写生旅行」15日目、2016年6月20日(月)。朝食は昨日の残りのドドル(スリランカ版ういろう)を食べて、7時頃に宿を出発。「ポロンナルワ博物館」でチケット(遺跡入場券 3550Rs)を買います。毎日来ているので、開館時間の7時30分の15分前位には入れてもらえるようになりました。昨日と同じ受付スタッフでしたが、昨日、私がおつりの過払い分を正直に返した事がうれしかったのか、「今日の夜8時から、ポロンナルワでペラヘラ祭がある・・・。」と熱心に説明してくれます。そう言えば、昨日の夜も宿の外が夜遅くまでうるさかったのですが、その前夜祭のような事をしていたのかも知れません。
 「ペラヘラ祭」はキャンディでエサラ月(7~8月)に開催されるものが世界的に有名で、仏歯入りの舎利容器を乗せたゾウと多くのダンサー・音楽隊が町を練り歩くという大規模な祭りです。今回のスリランカ訪問でもペラヘラ祭をぜひとも見たかったのですが、この期間は世界中から観光客が押し寄せて、キャンディの宿代も高くなり予約するのが大変だと言うので、今回は残念ながらあえて静かに取材できそうな観光シーズンぎりぎりの季節(コロンボの雨季の終盤)を選んだのです。キャンディ以外でも主要都市でペラヘラ祭があるとはガイドブック(地球の歩き方)に書いてありましたが、キャンディ以外は詳しく記載されておらず、ポロンナルワのペラヘラ祭は全く未チェックでした。「情けは人の為ならず」とも言いますが、正直な心がこのような、ペラヘラ祭との遭遇という奇跡をもたらしてくれたのです。当初、この日も早めに眠りにつく予定でしたから・・・。また、ダンブッラからアヌラーダプラに行かずに、ポロンナルワに行き先を変更したのも実にラッキーでした。やはり私は、旅先での直感力と強運を持っているのでしょうね。
 夜のペラヘラ祭を楽しみに、今日もポロンナルワの遺跡巡り(3日目)です。まずは、「ガル・ヴィハーラ」に行き巨大な座仏像(高さ4.6m)を1時間30分ばかりF4号スケッチブックに写生します。描いていると今日も周囲に人だかりができました。座仏像を描き終えると、一人のスリランカの女の子がきれいな蓮の献花を持っているので、10分位かけてSM号に描かせてもらいました。
 次に「ランカティラカ」という巨大仏像が残る遺跡周辺を散策し、「ランコトゥ・ヴィハーラ」の高さ55m・直径55mというポロンナルワ最大のダーガバ(仏塔)を拝見しました。この12世紀に建てられたという巨大なダーガバを、F4号に1時間30分程描いていると、ここでも時々人が見に来ます。描き終えて、先程から熱心に見ていた親子にスケッチブックを見せてやりますと、「うちの子も描いてくれ」と言うので、ポップな洋服の女の子をSM号に10分程描きました。Danuji という名の7歳の女の子だそうです。スリランカの田舎地方の一般庶民の方々は、お隣の国インド人とだいたい性格が似ていて、人懐っこくて、おおらかな性格の方が大部分です。ただインド人より幾分シャイな人が多いようです。
 その後、町の反対側(南)の地域にレンタル自転車で移動し、「石立像」 「ポトグル・ヴィハーラ」を見物して遺跡巡りを終えました。これでポロンナルワの主要遺跡は全て拝見した事になります。大回りして広大な田んぼを見ながら宿に戻る途中、用水路で泳ぎながら水浴びしている多くの男女が手を振ってくれました。美しくおおらかな南国の情景です。
 2時頃に遅めの昼食で、「Dineth レストラン」のカレー、ジュース、ヨーグルト(計330Rs)をいただきました。

 一旦宿に帰り、シャワーを浴びて、夜のペラヘラ祭に備えてしばしお休みです。夕食は6時頃に軽くパンとバナナを食べました。

スリランカ旅行ポロンナルワ 「ランコトゥ・ヴィハーラ」の巨大ダーガバ(仏塔)


  夜8時前、いよいよポロンナルワの「ペラヘラ祭」見物に出かけます。行列は「クワドラングル」から始まって、町の中心部を練り歩くと言いますので、まずは「クワドラングル」に向かいます。道の両サイドはスリランカ人で一杯です。外国の観光客は欧米人が数人いる位で日本人・東アジア人等は全くいません。
 「クワドラングル」に到着。「ワタダーゲ」の中で何かやっているので、階段を上がろうとすると、白い服を着た催事関係者らしき人に呼び止められました。カメラがどうのこうのと言っているので、「カメラを預けろ」と言っているのかと思って渡そうとすると、違うようだ。どうやら「カメラが本物かどうか確かめるために自分を撮影してみろ・・・」と言っているらしい。カメラに爆弾でも仕込む輩がいるようなそぶりである。その男を撮影して液晶画面を見せてやると納得したようで、カメラに「Security check」と書いたシールを貼られました。中での写真撮影は問題無いと言っているようです。「何て警戒だ・・・」と思いながら「ワタダーゲ」に登ると、電飾を付けられたゾウがいて、古代王族衣装を着た男性と僧侶達が儀式らしきものを行っていました。厳かな雰囲気の儀式を大勢の人々が見守っています。今夜はポーヤ・デー(満月の祝日)の翌日、月が誠に美しいので、遺跡と儀式越しの月を撮影したら素敵だろうと思って、少し人混みから離れて静かに2~3枚撮影(フラッシュ無し)していました。すると、一人の白い服を着た係の男がスーッと寄って来て、トランシーバーで話しています。「やばいな・・・」と思った時には遅かったのです。別の上役らしき白服の男が現れ、「Get out. (出て行け)」と言われました。スリランカで2度目の「Get out」です。私はただ静かに写真を撮っていただけなのに何て殺生なのだろうと思いましたが、仕方ありません。この儀式はスリランカ人にとって、極めて重要な祭祀なのでしょうから・・・。上がって来た階段とは逆の暗闇の方向を指差され「あっちから失せろ」と言います。「そっちの階段から・・・」と言おうとすると、「あっちから行け」と打ち消されました。白服は目も合わせず完全に私を不審者扱いです。
 2004年の「インド旅行」の際は、私の個展に来ていただいた駐日インド大使から、『後藤 仁さんはインドをテーマに多くの作品を描いている日本画家です。友人である彼に、旅の途中で何かあった時には良くしてやって欲しい・・・。』と英文で書かれた大使公印入りの文章をいただいていたので、何かのトラブルの時に見せたら効果的だったのですが、今回はそのような滞在国の権威者の証明書もありません。「この暗闇はどこに続くんや・・・」と思いながら、仕方なしに数10m先の暗い林に向かって歩いて行きました。意外にも林の中では2~3頭のゾウに電飾衣装を着せている最中で、人もチラホラおりました。人の流れをたどって行くと、フェンスの切れ間から外に出れる場所がありましたので、そこから公園の外に出ると、また外周を回って「ワタダーゲ」に向かいました。ただし、さすがに私と言えど2度目は「ワタダーゲ」の中には入らずに、その手前で行進が始まるのを待ちました。

 1時間程待っているとようやく行進が始まりました。露払いのムチの鋭い音がピシーピシーと鳴らされ、古代衣装を着たダンサーや音楽隊や旗・灯明を持った幾多の人々が行進します。ダンス(伝統舞踊)には様々な種類があり見飽きません。私は無数の見物客の最前線でひたすら撮影していました。本当なら目に焼き付けてスケッチをしたい所ですが、行進はどんどん進むので、そのようなゆとりもありません。カメラ撮影が精一杯です。鳴らされる伝統楽器の音と、踊り手の熱気と、灯明の炎のゆらめきが幻想的で、古代にタイムスリップしたかのような錯覚に陥ります。人々の行進に混ざってゾウも時々行進して来るのですが、2時間近くたった頃、メインのゾウ3頭が横に並んで歩いて来ました。中央のゾウの背中には舎利容器が乗せられていて、ここポロンナルワでは確か仏歯ならぬ仏髪が納められていると言います。敬虔なスリランカの老若男女が手を合わせます。私も合掌します。
 長大な行進に酔いしれている内に時間がどんどん過ぎて行き、気が付くとすでに夜中の12時近くです。ようやくペラヘラ祭の行進も終わりのようです。行列の最後尾辺りに付いて行くと宿の方向に向かいます。町の中まで道の両側は見物客で一杯です。しかし、私がいた公園内が一番明るくて撮影にも最適でした。人をかき分けて前に進もうとするのですが、警察が移動を阻止していてなかなか進めません。人が一時期に移動する危険を防いでいるようなのですが、スリランカの一般人の胸を思い切り突き返し怒号を発する様子を見ると、「日本ではありえないな~」と思いました。ここスリランカでは日本以上に、警察権力が絶大のようです。
 人混みの中、時間をかけてようやく宿にたどり着くとちょうど夜中の12時でしたが、宿のオーナーは入口を開けて待っていてくれました。いいオーナーです。

スリランカ旅行ポロンナルワ 「ペラヘラ祭」 美しく情熱的なダンサー達

スリランカ旅行ポロンナルワ 「ペラヘラ祭」 仏髪を入れた舎利容器を乗せたゾウ


 今日は些少のトラブルもありましたが、それをはるかに上回る素晴らし過ぎる、夢の古代王朝絵巻を拝見できて誠に幸せでした。このような偉大な伝統文化と信仰が現代に生きているスリランカに、尊崇の念を抱かずにはおられません。そして、このペラヘラ祭を日本画で「絵巻物」か「絵本」に仕立てると、さぞ良い作品になるだろうと思いました。
 頭の中で古代音楽と舞踊が交錯し、興奮冷めやらぬ中、少しずつ良い眠りに落ちて行きました・・・・。
 
 明日は、ポロンナルワ、シーギリヤと並んで有名なスリランカの世界遺産・アヌラーダプラに移動します。その様子はまた次回といたしましょう。

 日本画家・絵本画家 後藤 仁

 
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後藤 仁(GOTO JIN)

Author:後藤 仁(GOTO JIN)
 ~後藤 仁 公式ブログ1~
日本画家・絵本画家 後藤 仁(GOTO JIN)の日本画制作、絵本原画制作、写生旅行、展覧会などのご案内を日誌につづります。

  〔後藤 仁 略歴〕
1968年兵庫県赤穂市生まれ。15歳、大阪市立工芸高校美術科で日本画を始める。東京藝術大学絵画科日本画専攻卒業、後藤純男先生(恩賜賞受賞者)に師事。在学中より約12年間、旧岩崎邸、入船山記念館、孫文記念館(移情閣)等の金唐革紙(手製高級壁紙)の全復元を行う。卒業以降は日本画家として活動し、中国・インドをはじめ世界各地に取材した「アジアの美人画」をテーマとする作品を描き、国内外で展覧会を開催する。近年は絵本の原画制作に力を入れる。絵本作品に『ながいかみのむすめチャンファメイ』(福音館書店)、『犬になった王子 チベットの民話』(岩波書店)、挿絵作品に『おしゃかさま物語』(佼成出版社)。『犬になった王子 チベットの民話』は、Internationale Jugendbibliothek München ミュンヘン国際児童図書館(ドイツ)の「The White Ravens 2014/ザ・ホワイト・レイブンス 国際推薦児童図書目録2014」に選定される。NHK日曜美術館の取材協力他、テレビ・新聞等への出演・掲載も多い。東京造形大学・絵本講師。金唐革紙保存会 主宰。日本児童出版美術家連盟(童美連)(太田大八先生、赤羽末吉先生、いわさきちひろ先生らが創設)会員・理事。絵本学会(太田大八先生らが創設、現会長:松本 猛先生)会員。日本中国文化交流協会(井上 靖先生らが創設)会員。この本だいすきの会(代表:小松崎 進先生)会員。千葉県松戸市在住。

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絵:後藤 仁 /文:君島 久子 /出版社:岩波書店絵本ナビ


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