2016-07-03

スリランカ写生旅行 その1

 10数年前に「シーギリヤ・ロック」の美女のフレスコ画を見た時から、スリランカへの旅を考えていました。今年の2月には挿絵本『おしゃかさま物語』(佼成出版社)を出版し、インドから最も初期に”仏教”が伝わったスリランカの地を訪れてみたいという思いも強くなりました。そんな矢先、熊本大地震が起き、私の親類を含む多くの人々が被災され、その鎮魂を兼ねる旅ともなりました。
 2016年3月24日に、松戸のH.I.Sでスリランカ航空の往復航空券と旅行保険を購入しました。合計、約12万5000円。決して安くはないですが、絵の仕事でこつこつ積み上げて、取材旅行に全てを費やすという貧乏絵描きの生き方です。どこかの誰かとは違って、全て自腹ですよ~。
 4月27日には、港区高輪のスリランカ大使館でETA(イータ)という短期ビザを申請しました。スリランカの空港でも取れるらしいですが、念の為に日本で取っておきます。5月9日にETA(代金4233円)を受け取り、帰る時に近くの泉岳寺に立ち寄り、私の故郷の志士・赤穂浪士のお墓に旅の安全を祈願しました。
 旅の荷物をまとめて準備万端です。今回の旅は予算等も勘案して、2016年6月6日~27日の22日間に設定しました。スリランカは意外と宿代が高くつきそうですので3週間が良い所です。


 旅行1日目、6月6日(月)。7時45分頃、アトリエを出発し、9時頃、成田空港第2ターミナルビルに到着。スリランカ航空 UL455 11時20分成田発にて日本を発ちました。食事をしたり映画を観たり本を読んだりしながら時間を過ごし、17時10分頃、スリランカ コロンボのバンダーラナーヤカ(カトゥナーヤカ)国際空港に降り立ちました。(日本との時差は、-3時間30分です)空港で両替を忘れないように・・・。
 エアポートバス(110Rs)〔当時のレート: スリランカ・ルピー Rs.1 ≒ 0.75円〕で、コロンボ ペター地区のセントラルバスターミナルを目指します。1時間位でバスターミナルに近づいて来ましたが、道が渋滞してなかなか進みません。バスの中のスリランカの方に、宿泊予定のホテル「ザ・セントラルY.M.C.A.」への道を聞こうとしたら、「付いておいで」と言います。バスターミナルの手前でバスを降りて、その紳士の導く露店の小道を行くと大通りに出ました。「この道をまっすぐ、およそ半キロ」と英語で説明します。お礼を言うと、その紳士は軽く手を挙げると去って行きました。スリランカはアジア圏では比較的、治安は良い方だとガイドブックに書いてありますが、街の様子を一度見るとうなずけました。今まで何度もアジアの旅をしているので、その場の雰囲気で何となくその地域の安全性が分かるのです。
 道をまっすぐ歩くと、すぐにホテル「ザ・セントラルY.M.C.A.」が見つかりました。飛び込んで宿の交渉をします。一泊チープルームで室料(食事なし)2400Rsと言う事で、まずはここで3泊します。トイレ・シャワーは共用で、エアコンなしのファン(大型扇風機)のみの部屋です。
 一息ついたら、夕食です。ホテル近くの、COLOMBO CAFEという軽食屋でサンドイッチ(350Rs)を食べました。最初からディープな食事をするとお腹を壊す場合があるので、少しずつ体を慣らして行きます。

 旅行2日目、6月7日(火)。今日はコロンボ周辺を散策します。朝食はパンで済まし、朝7時頃ホテルを出てスリーウィーラー(トゥクトゥク)という3輪タクシーを呼び止め、200Rs位の足代でガンガラーマ寺院に向かいます。ガンガラーマ寺院(入場無料)はコロンボ第一の古刹で、立派な仏教寺院です。境内を一通り回ると、菩提樹(ボダイジュ)をF4号のスケッチブックに2時間ばかりかけてスケッチしました。小鳥がさえずり、人々が静かに祈りを唱えています。昼近くになると、修学旅行の小中高生がたくさん通り過ぎて行きました。スケッチを終える頃、今度はコロンボ大学の学生らしき大集団が、お坊さんの説教を聴く会を催しているのに出くわしました。スリランカの人々は老いも若きも皆、自ら信じる宗教にとても熱心です。
 その後、近くのシーマ・マラカヤ寺院(300Rs)を見学しました。この寺院は池の上に建っており、ジェフリー・バワというスリランカの有名な建築家の設計だと言います。確かに、涼しげで斬新なデザインです。
 ここからスリーウィーラーで移動し、コロンボ大学の近くの「ラヒーマ」という食堂でチキンブリヤーニ(350Rs)とライムジュース(70Rs)を食べました。ローカル食堂ですが、安くてとても美味しいです。
 そこから歩いて移動、コロンボ国立博物館(600Rs、カメラ料250Rs)を見学。スリランカで最大の博物館で多くの展示物は見応えがあります。特にブロンズ製のヒンズー教神像は素晴らしい完成度です。ここでSM号のスケッチブックに、パールバティ像を一枚スケッチ。裏手にある国立自然史博物館(カメラ料250Rs)も見学。スリランカの小学生の団体が修学旅行に来ており、一人の男の子がアイスを持って来てくれたので、お返しに『おしゃかさま物語』のリーフレットをあげると、みんなが欲しがるので1~2枚を渡して、じゃあね~とさよならしました。なかなか元気で良い子達です。
 午後になると暑くて活動が厳しいので、アジアの旅では常々、早朝から7~8時間取材したら、一旦、ホテルで休息する事にしています。この日もスリーウィーラーを捕まえて250Rs程でホテルに戻りました。

スリランカ旅行ガンガラーマ寺院

スリランカ旅行シーマ・マラカヤ寺院

スリランカ旅行「ラヒーマ」 チキンブリヤーニ(350Rs)ライムジュース(70Rs)

スリランカ旅行「ピラウ」 チキンコットゥ(320Rs)マンゴージュース(150Rs)

 夕方6時前にホテルの近くの「ピラウ」というローカル食堂で、チキンコットゥ(320Rs)とマンゴージュース(150Rs)を食べました。少し味付けが濃いですが、汗をかいた後には丁度良く、なかなか美味しいです。
 食後、腹ごなしに散歩しようと思って街をぶらついていました。地図を見ると海が近いので、海に出てみようと歩いていると、人通りが少ない大通りの後ろからスリランカの人が追い抜いて行きました。すると、その人がふり返り、「その先の寺院で今日だけフェスティバルをやっているんだ。明日はやっていない・・・。」と片言の日本語まじりの英語で言って来ます。「ああ、来たな~」と思いつつも、先のエアポートバスからの案内人の例もあったので、内心信じずに、表面上半分信じてみようと考えました。旅は道連れという言葉もあります。「スリランカは初めてなのか? 自分には子供が男の子2人いるんだ。自分はコックのチーフをやっている。あなたは日本のどこに住んでいるんだ。自分は千葉とどこどこを知っている・・・。」等と楽し気に饒舌に話します。「典型的なパターンだな~」と内心思いつつも、スリランカの人を信じたいというわずかな思いもありました。襟付きの白いワイシャツに黒のズボンという、きちっとした身なりですし・・・。
 海の手前で道が曲がり、結構歩きます。「海の辺じゃねえのかよ・・・」と思いつつ、仕方なしに合わせます。するとスリーウィーラーが待機しており、「乗れ、ワンミニッツ(1分だけだ)」と言う。こんな場合は、本当は危険なので絶対乗ったらダメなのですが、「でも、信じてみたい」というかすかな善意と、暗くなるまでにはまだ時間が30分位あり、街の雰囲気を見て凶悪犯は無さそうだなという判断と、どんな手に出て来るのか確認してみたいという好奇心から、勢いで乗ってしまいました。
 案の定、1分では着きません。5分位かかった頃、さすがに「ふざけてんな~」と思い、演技も入れて怒ったふりをして「時間が長い、返してくれ!」とでたらめな英語で言ってやると、「いや、全然かかっていない。もうすぐだ・・・。」とお決まりの言い訳をします。10分位かかって着いたのは、朝に長時間滞在したガンガラーマ寺院でした。お寺ではもちろんフェスティバル等やっていません。「ここは今日来たんだ」と写真を見せてやると、「ソーリー。ソーリー。」と軽々に謝ります。その男はしおらしく仏像に手を合わせると、「自分は仏教徒だが、あなたはどうだ・・・。」等と言っています。私が関心を示さないと見ると、「ソーリー、帰ろう。」と言うので、「ホテルまで送ってくれ」と返してやりました。スリーウィーラーで「ザ・セントラルY.M.C.A.」の近くまで来ると、案の定、お決まりのセリフ「マネー。ワンサウザント。」という言葉がその男の口から、今までとは違った低く小さな声で漏れ出ました。多分、ガンガラーマ寺院までの往復の行程を知っており、寺院のすごさにも反応せず(日中訪れていますので)、怒っているので、こいつからはあまり取れないと判断して、この値になったのでしょう。「いい寺院に連れて来てくれて有難う」等と騙されていたら、2000~3000Rs位は要求して来た事でしょう。私は当然、「No!」と強くはねのけて、スリーウィーラーを離れましたが、今度はスリーウィーラーのあんちゃんが追いかけて来て「マネー」と言います。多分、グルなのでしょう。私は車の通る大通りを横切って、そのままホテルに戻りました。とんだ時間のロスでしたな・・・。
 たった1000Rsや2000Rsの詐欺を働いた所で、物価の違いはあるにせよ、いか程もうけられるのか? 多分、常習的にやっているので、多くの日本人等がひっかかり、かなりの被害額なのだろうか。詐欺師は、この男一人だけではあるまいし。何よりも、寺院をコマにして詐欺を働いている所が罰当たりで、私としては許せない思いがありました。 ~ コロンボ フォート地区辺り、身長180cm余りで骨太・小太りの30歳代後半位の大男・・・色黒で、ほっぺたが膨らんでいて、自然な笑顔で片言の日本語と英語で話しかけて来る、きちっとした身なりの男には要注意!! 奴の顔ははっきりと覚えています。スリランカの子供達に「絵本」を寄贈したいと計画している貧乏絵描きをだまくらかそう等と、・・・もうそんな馬鹿な事はやめて、真面目に仕事しようよ、あんちゃん。

 この日は変な事があったが、どこかに連れ込まれる等の一歩間違えると危険な目にあった可能性もあるので、今回は撃退したものの、やはり軽はずみな行動は慎もうと思い返しつつ、眠りにつきました。ファンは風邪をひくので寝る時には止めます。そんな暑い夜、それでも疲れからか良く眠れました。
 明日は、スリランカの絵本作家の第一人者のシビル・ウェッタシンハさんにお会いする予定を、日本で仕込んでいました。本当に楽しみです。

 この続きは次回といたしましょう。

  日本画家・絵本画家 後藤 仁

 
 
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No title

「信じる者は・・」の先は不確かですが
信心の違いが意外なニュースを発生させております昨今
共通言語(絵画など)で通じたなら良きことかなと・・

先生におかれましては、どうかいい旅を(^^)/

Re: No title

 さるとーる様。誠に有難うございます。また、後々ブログでも触れる予定ですが、近年は海外の取材の旅も必ずしも安全とは言えず、今回の「スリランカ」の旅でも、私達、外国人に対する警察・警備員の警戒は尋常ではありませんでした。仕方ない事とは言え、旅の楽しみに影を落とす事にもなり、少々残念な側面です。平和な世の中が続く事を切に願っております・・・。
  日本画家・絵本画家 後藤 仁
プロフィール

後藤 仁(GOTO JIN)

Author:後藤 仁(GOTO JIN)
 ~後藤 仁 公式ブログ1~
日本画家・絵本画家 後藤 仁(GOTO JIN)の日本画制作、絵本原画制作、写生旅行、展覧会などのご案内を日誌につづります。

  〔後藤 仁 略歴〕
1968年兵庫県赤穂市生まれ。15歳、大阪市立工芸高校美術科で日本画を始める。東京藝術大学絵画科日本画専攻卒業、後藤純男先生(恩賜賞受賞者)に師事。在学中より約12年間、旧岩崎邸、入船山記念館、孫文記念館(移情閣)等の金唐革紙(手製高級壁紙)の全復元を行う。卒業以降は日本画家として活動し、中国・インドをはじめ世界各地に取材した「アジアの美人画」をテーマとする作品を描き、国内外で展覧会を開催する。近年は絵本の原画制作に力を入れる。絵本作品に『ながいかみのむすめチャンファメイ』(福音館書店)、『犬になった王子 チベットの民話』(岩波書店)、挿絵作品に『おしゃかさま物語』(佼成出版社)。『犬になった王子 チベットの民話』は、Internationale Jugendbibliothek München ミュンヘン国際児童図書館(ドイツ)の「The White Ravens 2014/ザ・ホワイト・レイブンス 国際推薦児童図書目録2014」に選定される。NHK日曜美術館の取材協力他、テレビ・新聞等への出演・掲載も多い。東京造形大学・絵本講師。金唐革紙保存会 主宰。日本児童出版美術家連盟(童美連)(太田大八先生、赤羽末吉先生、いわさきちひろ先生らが創設)会員・理事。絵本学会(太田大八先生らが創設、現会長:松本 猛先生)会員。日本中国文化交流協会(井上 靖先生らが創設)会員。この本だいすきの会(代表:小松崎 進先生)会員。千葉県松戸市在住。

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