2013-04-07

「金唐革紙(きんからかわし)」製作秘話 その7

 こうして、ようやく今までで最大規模の「移情閣(孫文記念館)」の『金唐革紙』の復元事業が終わりました。
 正式報告書は見れなかったのですが、「入船山記念館」との規模の比較や金唐革紙の単価から推測してみました。約400枚の金唐革紙の内、約250枚は2枚の和紙を合紙した通常品(一平方メートルで約20万円)で、残り約150枚は後半になってから追加注文を受けた「移情閣」の階段部分の金唐革紙で、楮紙一枚で出来た少し安価な品です。楮紙一枚ですので材料費が安くなるのと、「打ち込み」も早く出来るので安く抑えられるのです。といっても、一平方メートルで15万円位はします。私の計算では、「移情閣」の金唐革紙復元で兵庫県から研究所に支払われた報酬(元は税金です。)は、約1億1000万~1億5000万円に上ります。といっても私達は変わらず、時給1000円余りの労働者でした。
 その上やっかいな事には、「入船山記念館」が終わると一年以上の休止に入り、「移情閣」の後も半年の休止に入りました。その他にも時々1~2か月の休止をはさみます。仕事がある時はまだ良いのですが、休止の期間は貯金暮らしとなり心細い毎日でした。(ただ、この休止期間に自分の日本画制作を大きく進めていました。)

         *

 「移情閣」の後半年ほどあいて、2000年秋頃、「旧岩崎邸」金唐革紙の復元事業が始まりました。国(文化庁)からの復元依頼です。

旧岩崎邸箔押し
 旧岩崎邸 箔押し(2000年11月 アトリエにて)後藤 仁 (右後ろにある作品は、当時制作していた日本画作品「天国の扉─華洛─」273×182㎝の大作。) © GOTO JIN 

旧岩崎邸版木棒
 旧岩崎邸 版木棒(箔無しの製品用。明治末頃の物でしょう。) © GOTO JIN

 最初はI君もいなくて私一人でした。自宅アトリエに合紙した和紙を持ち帰り「箔押し」をしました。「旧岩崎邸」は箔の有る製品約75枚、箔無しが約75枚の合計約150枚の復元製作です。この「旧岩崎邸」の「箔押し」は完全に私一人で行いました。
 版木棒の内、箔無しの製品用は明治時代末頃の旧来品で、箔有りの製品用は現在の復元品でした。旧来の版木棒は彫りは浅いのですが極めて精緻に彫刻されており打ち出した時に最高の仕上がりに文様が浮き出ます。現代の彫刻家に依頼した版木棒は彫りが深すぎて打ち込みの時に紙が破れ易かったりしますし、文様彫刻も大雑把です。明治時代の職人の腕の確かさを見た私は、現代の美術家・職人も頑張らなければ到底追いつかないなと感じました。
 昔の版木棒は虫食いでかなり傷んでいましたので、版木修復は全て私が行いました。私の祖父は指物大工で伯父はからくり人形師という大工職人の家系でしたので、彫刻は得意です。しかし、木を継いでの本格的な修復は出来ませんので、エポキシ樹脂を使用した修理です。本当は樹脂を使うのは良くないのですが、木工の専門技術が無いので仕方ありません。
 昔の「金唐革紙」の質はやはり相当高いものです。私が自分で実際製作して感じたのは、まだまだ明治の技術には遠く及ばず、良くて70%の完成度でした。しかも現在、版木のオリジナルは全く作られておらず、研究所製品は全て明治・大正時代の版木(もしくはその復元品)による復元作品のみなので、オリジナル作品とは呼べません。私の製作した金唐革紙はあくまで「昔の製品の復元作品」であり、私達は金唐革紙の製作に関しては「金唐革紙の修理・復元作家」にしか過ぎないのです。

         *

 「箔押し」が終わると、2000年末位から「打ち込み」開始です。ここからI君が加わり、ほとんど2人だけで「打ち込み」をしました。一か月に2~3日位、時間の取れたN君が手伝いました。
 一年弱かけて約150枚の「打ち込み」が完了しました。ほぼ2人での打ち込みなので手の方も随分酷使しました。ある日、手を見ていておかしな事に気付きました。右手の親指が少しねじれています。どうやら使い過ぎて指の骨・関節が変形してきている様です。時々、自分で手や腕のマッサージをしながら何とか最後までやり抜きました。「移情閣」「旧岩崎邸」の仕事の後は半年位、指・手首・ひじの違和感が取れず、物の角を持った時などに痛みが再発しました。
 
旧岩崎邸彩色1
 旧岩崎邸 シルクスクリーン彩色(2001年7月)後藤 仁 (撮影の為はずしていたが、後ろの壁に掛かっているのが簡易ガスマスク。) © GOTO JIN

 2001年7月から「彩色」に入りました。箔有りの製品は、「ワニス塗り」を私とI君の2人でやった後、彩色専門の女性に渡しました。約75枚のほぼ全てを一人で塗り上げた様で、大したものです。
 箔無しの製品は、私とI君でアクリル絵具による地塗り手彩色の後、「シルクスクリーン彩色」で緑色を付けました。本来、明治期にはアクリル絵具やカシューは無かったでしょうから、多分油絵具や高級品は漆で彩色していたと思われますが効率・採算を考えると仕方無いのです。

 「シルクスクリーン彩色」も私とI君の2人でほとんど行い、まれにN君や風邪を引いたI君の代理にYさんが数日だけ加わりました。この年の夏はことさら猛暑となり、簡易ガスマスクをつけてマンション屋上の作業場で行う作業は過酷な物となりました・・・・

  この続きは、次回にしましょう。    後藤 仁
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後藤 仁(GOTO JIN)

Author:後藤 仁(GOTO JIN)
 ~後藤 仁 公式ブログ1~
日本画家・絵本画家 後藤 仁(GOTO JIN)の日本画制作、絵本原画制作、写生旅行、展覧会などのご案内を日誌につづります。

  〔後藤 仁 略歴〕
1968年兵庫県赤穂市生まれ。15歳、大阪市立工芸高校美術科で日本画を始める。東京藝術大学絵画科日本画専攻卒業、後藤純男先生(恩賜賞受賞者)に師事。在学中より約12年間、旧岩崎邸、入船山記念館、孫文記念館(移情閣)等の金唐革紙(手製高級壁紙)の全復元を行う。卒業以降は日本画家として活動し、中国・インドをはじめ世界各地に取材した「アジアの美人画」をテーマとする作品を描き、国内外で展覧会を開催する。近年は絵本の原画制作に力を入れる。絵本作品に『ながいかみのむすめチャンファメイ』(福音館書店)、『犬になった王子 チベットの民話』(岩波書店)、挿絵作品に『おしゃかさま物語』(佼成出版社)。『犬になった王子 チベットの民話』は、Internationale Jugendbibliothek München ミュンヘン国際児童図書館(ドイツ)の「The White Ravens 2014/ザ・ホワイト・レイブンス 国際推薦児童図書目録2014」に選定される。NHK日曜美術館の取材協力他、テレビ・新聞等への出演・掲載も多い。東京造形大学・絵本講師。金唐革紙保存会 主宰。日本児童出版美術家連盟(童美連)(太田大八先生、赤羽末吉先生、いわさきちひろ先生らが創設)会員・理事。絵本学会(太田大八先生らが創設、現会長:松本 猛先生)会員。日本中国文化交流協会(井上 靖先生らが創設)会員。この本だいすきの会(代表:小松崎 進先生)会員。千葉県松戸市在住。

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