2013-04-04

絵本『ながいかみのむすめ チャンファメイ』出版までの永き道のり その3

「中国 貴州省・広西チワン族自治区 写生旅行」
  (今回のカテゴリは「ながいかみのむすめチャンファメイ 制作」ではなく、「写生旅行(海外)」になります。)   
      
 いよいよ「絵本」の取材旅行の日が来ました。
 2008年4月15日~5月2日の日程です。「ミャオ族・トン族の村めぐり」のみ現地旅行会社に個人手配しておき、後は自由旅行です。
 
 
 4月15日、成田空港から上海に入りました。上海では「上海博物館」や「豫園(よえん)」などを見物して、中国文化の勉強です。
 私はそれまでに、何度も海外一人旅をしてきたので、少々油断していました。初日の夜、久しぶりの海外旅行に張り切り過ぎたようで、夕食を食べ過ぎました。元々、私は料理を残す事がもったいなくて出来ない性格なので、無理して食べてしまうのです。ただ、中国の料理の量は半端ではありません。(中国では、お客が食事を残す位に振舞うのが礼儀とされているそうです。)特に脂っこい酢豚が良くなかった様です。その夜、消化不良の状態になり気分が悪くなりました。夜中に目が覚めて吐きそうになり、この先が思いやられました。私は食べ物の好き嫌いが全く無く、海外でも何でも食べれるのが自慢でしたので、これは大失敗でした。  
 次の日、朝食を食べずに活動するうちに、何とかましになりました。

 4月17日、飛行機で貴州省の貴陽に入りました。貴陽では「黔霊山公園(けんれいさんこうえん)」などを散策しました。

 4月19日、バスで凱裏(がいり)に移動しました。「州民族博物館」でミャオ族・トン族などの文化を勉強しました。

 4月20日より、凱裏の現地旅行会社と落ち合い、チャーター車での本格的な取材の始まりです。日本語・英語が使えるドライバーは割増料金になるので、中国語しか話せない人です。黄(ホワン)さんと言います。ガイドも付けませんので、黄さんとの二人旅です。正直なところ、日本からはFAXでやり取りして行程・料金などを決めただけでしたので、本当に信頼出来るのかさえ不明でした。ただ「地球の歩き方」の情報を信じるのみです!
 2時間ばかり車で走り、施洞(せどう)、老屯(ろうとん)のミャオ族の村に入りました。4月20日は老屯でミャオ族の祭「姉妹飯(ジイメイファン)」を取材しました。スケッチをして写真を撮り、今回は舞踊などの動きを押さえたかったのでビデオも撮りました。きらびやかな銀細工と刺繍が美しいミャオ族の民族衣装で、子供や女性が舞います。シャランシャランと響く銀の鈴の音が耳に心地良く、夢想の世界へといざなわれました。

中国貴州省の旅\老屯姉妹飯
 老屯「姉妹飯節」施洞ミャオ族 ©GOTO JIN
中国貴州省の旅\施洞ミャオ族
 老屯「姉妹飯節」施洞ミャオ族 ©GOTO JIN

 その夜、ミャオ族の民家に宿泊した私は気分も上々で、お腹の調子が完全に直っていないのを忘れ、ミャオ族の食事を楽しみました。強い濁り酒をすすめられるのですが、ドライバーの黄さんはめっぽう酒に強いのです。ミャオ族の食事は、豚肉の塩漬け(ミャオ族は特に脂身を好みます。)や山菜の油いためが中心で味はおいしいのですが、やはり日本人にとっては脂っこ過ぎました。食事と酒でお腹一杯になった私は、初日の悪夢がよみがえりました・・・。
 心配は的中し、次の日の朝、またお腹の具合が悪くなりました。完全な消化不良で、胃も腸もやられていました。持参した胃腸薬を飲みましたが全くききません。朝から食事が全く喉を通らず、微熱もあるようです。これほどひどい消化不良は今までもその後も経験した事がありません。(これは、中国の食べ物が悪いのではなくて、慣れない環境で最初から暴食をした私が悪いのです。)
 それでも取材しないわけにはいかないので、無理をおして施洞の「姉妹飯」を取材しました。お腹を下していましたので、前もってトイレの場所を確認していました。ちなみに、この辺りのトイレは、大きな木のおけに板を渡しただけの物で、家の裏の物陰にあります。
 施洞の「姉妹飯」は河原で行うので開放感があり、とても壮大な祭でした。競馬などもやっており野趣満点です。体力の限界まで取材した私は、へろへろになりながら車に乗り、また2時間かけて凱裏に戻りました。その日は夜まで水以外何も喉を通りませんでした。

中国貴州省の旅\施洞姉妹飯
 施洞「姉妹飯節」施洞ミャオ族 ©GOTO JIN

 
 4月22日、車で2時間位移動して郎徳へ向かいました。郎徳では丁度団体客が来ていたので、郎徳ミャオ族の舞踊を披露している所でした。施洞のミャオ族とはまた異なる民族衣装で、裾のひらひらが特長です。芦簫(ろしょう)という楽器の音色も心地よく、古(いにしえ)の世界にいざなわれました。

中国貴州省の旅\郎徳ミャオ族
 郎徳ミャオ族 ©GOTO JIN

 その後、3時間位かけて車江(しゃこう)、榕江(ようこう)に移動し旅館に泊まりました。車江からは、いよいよ『チャンファメイ』の舞台、トン族の村です。
 ただ、お腹の調子は相変わらず良くないままでした・・・ 


 この続きは、また次回です。   GOTO JIN


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こんばんは、後藤仁様(^0^)ノ

ミャオ族。猫好きの私にとって聞き捨てなりません(^_^)

衣装がとてもかわいいです

おなか大変でしたね。どうかご無事に取材が出来ますように(祈)

わくわく(^_^)/~

返礼

 実際、中国人は猫の鳴き声を「苗(ミャオ)」と書いたはずです。「ミャオ族(苗族)」の名称も、猫にちなんだものだった様に覚えています。正確には、もう一度資料を確認する必要がありますので、くわしい人(中国人など)に聞いた方が確実です・・・。  GOTO JIN

No title

後藤仁さま
ブログへの書き込み、ありがとありました。
作者直々のメールに吃驚しました。嬉しかったです。
自宅で開いている日記広場でも、子どもたちに読みました。
食い入るように絵を見ます。
絵の力を感じます。
小学校でも読みたいと思っています。
『犬になった王子』も民話ですか?
楽しみにしています。

返礼

やまもも様。
 「犬になった王子」は、チベットの民話です。実際、私は現地に取材に行きました。詳しい制作エピソードはまた、後々書きます。
 とても壮大な冒物語ですので、楽しみにしていて下さい。
 今後ともよろしくお願い申し上げます。 GOTO JIN
プロフィール

後藤 仁(GOTO JIN)

Author:後藤 仁(GOTO JIN)
 ~後藤 仁 公式ブログ1~
日本画家・絵本画家 後藤 仁(GOTO JIN)の日本画制作、絵本原画制作、写生旅行、展覧会などのご案内を日誌につづります。

  〔後藤 仁 略歴〕
1968年兵庫県赤穂市生まれ。15歳、大阪市立工芸高校美術科で日本画を始める。東京藝術大学絵画科日本画専攻卒業、後藤純男先生(恩賜賞受賞者)に師事。在学中より約12年間、旧岩崎邸、入船山記念館、孫文記念館(移情閣)等の金唐革紙(手製高級壁紙)の全復元を行う。卒業以降は日本画家として活動し、中国・インドをはじめ世界各地に取材した「アジアの美人画」をテーマとする作品を描き、国内外で展覧会を開催する。近年は絵本の原画制作に力を入れる。
○絵本作品に『ながいかみのむすめチャンファメイ』(福音館書店)、『犬になった王子 チベットの民話』(岩波書店)、『わかがえりのみず』(鈴木出版)、挿絵作品に『おしゃかさま物語』(佼成出版社)。『犬になった王子 チベットの民話』は、Internationale Jugendbibliothek München ミュンヘン国際児童図書館(ドイツ)の「The White Ravens 2014/ザ・ホワイト・レイブンス 国際推薦児童図書目録2014」に選定される。NHK日曜美術館の取材協力他、テレビ・新聞等への出演・掲載も多い。
○東京藝術大学・デザイン科非常勤講師。東京造形大学・絵本講師。金唐革紙保存会 主宰。日本児童出版美術家連盟(童美連)(太田大八先生、赤羽末吉先生、いわさきちひろ先生らが創設)会員・理事。絵本学会(太田大八先生らが創設、現会長:松本 猛先生)会員。日本中国文化交流協会(井上 靖先生らが創設)会員。この本だいすきの会(代表:小松崎 進先生)会員。千葉県松戸市在住。

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