FC2ブログ

2021-08-28

大垣祭り・中町 布袋軕 天井画(天井絵)制作〈その5〉、大下図完成!!

「大垣祭り〔ユネスコ無形文化遺産・国重要無形民俗文化財〕・中町 布袋軕(ほていやま)」(岐阜県大垣市) 
 天井画(天井絵)制作


 絵師(日本画家・絵本画家) 後藤 仁、GOTO JIN

  (※フェイスブック Facebook に記述した内容から、今回、大下図完成までの工程をまとめています。)

                 

2021年8月12日(木)。ここ数日かけ、「天井画」 ”大下図(おおしたず/原寸大の下図)” を描き進めました。
 今、の鱗を描き込んでいるのですが、龍の身体がうねっているので、背のトゲやお腹の大きな鱗とのつじつまを合わすのが困難です・・・。ようやく、どうにかこうにか整合性が取れてきたので、これでひとまず良しとしましょう。この後、更に数日をかけて、龍の細部を描き込んでいこうと思います。
 段々、龍の勇ましい御姿が現れてきました~❣ 🧐


大垣祭り、天井画制作・大下図
天井画「大下図」の作画中、後藤 仁

大垣祭り、天井画制作・大下図
天井画「大下図」の作画中、後藤 仁

大垣祭り、天井画制作・大下図
天井画「大下図」 制作過程⑧ (前回からの続き) 龍の鱗を描き進める。

大垣祭り、天井画制作・大下図
天井画「大下図」 制作過程⑨

大垣祭り、天井画制作・大下図
天井画「大下図」 制作過程⑩ 龍の手足の鱗を描く。

大垣祭り、天井画制作・大下図
天井画「大下図」 制作過程⑩ 〈アップ〉 まだまだ続きますよ~!


8月13日(金)。本日も、「天井画」”大下図(おおしたず/原寸大の下図)” を描き進めました。
 今日で、の身体部分がほぼ完成しました。鱗のつじつまを合わすのが予想以上に困難で、かなり頭を使いました。練り消しゴムで消しては描いて、消しては描いてで、紙がボロボロになってしまいましたが、ようやく良い感じに整いました~。 (@_@)ゞ
 次は、背景の雲と、周囲の踊り子と装飾を仕上げていきたいと思います。

大垣祭り、天井画制作・大下図
天井画「大下図」の作画中、後藤 仁

大垣祭り、天井画制作・大下図
天井画「大下図」の作画中、後藤 仁

大垣祭り、天井画制作・大下図
天井画「大下図」 制作過程⑪ 

大垣祭り、天井画制作・大下図
天井画「大下図」 制作過程⑫ 龍の鱗の調整完了。かなり困難でした~。 (@_@)ゞ

大垣祭り、天井画制作・大下図
天井画「大下図」 制作過程⑫ 〈アップ〉 まだまだ続きますよ~!!


8月23日(月)。本日は、中国向け新作絵本〈第3弾〉「第3場面」の下地塗りとして、黄土色と青系の色の2色を塗り分けました。通常は基本色の黄土色で下地塗りをする場合が多いのですが、場面によっては例外もあります。

 大垣祭り「天井画」大下図も描き進めました。の背景の”雲”を完成させ、周囲の”踊り子”の内、3人を描いた所で、今日は力尽きました~~。(@_@) 段々と、私らしい、龍図が出来て来ましたね~ ❣

大垣祭り、天井画制作・大下図
天井画「大下図」 制作過程⑬ 龍の背景の雲と、四隅の踊り子を描く。

大垣祭り、天井画制作・大下図
天井画「大下図」 制作過程⑬ 踊り子 〈アップ〉

大垣祭り、天井画制作・大下図
天井画「大下図」 制作過程⑭ 踊り子を描く。

大垣祭り、天井画制作・大下図
天井画「大下図」 制作過程⑭ 〈アップ〉

大垣祭り、天井画制作・大下図
天井画「大下図」 制作過程⑮ 踊り子を描く。

大垣祭り、天井画制作・大下図
天井画「大下図」 制作過程⑮ 〈アップ〉

大垣祭り、天井画制作・大下図
天井画「大下図」 制作過程⑯ 全体図。まだまだ続きますよ~!!!


8月24日(火)。本日も、大垣祭り「天井画」 ”大下図”を描き進めました。
 左上の踊り子の顔を、他の踊り子に合わせて少し小さく修正し、残りの一人の踊り子を完成させました。あどけない中にも、凛とした日本美が光る、「4人の踊り子の図」の下図が完成しました。
 その後、周囲の”装飾”に着手しました。上辺は、「日輪(太陽)と月輪(月)の図」です。右辺は、「鳶(トビ)と雀(スズメ)の図」です。その中心には、「宝相華文様」を描いています。この周囲の画像4種類は、この世に存在するありとあらゆる物、・・・”森羅万象”を象徴しているのです。
 今日の大下図制作は、ここまでにしました。

大垣祭り、天井画制作・大下図
天井画「大下図」 制作過程⑰ 「4人の踊り子の図」 顔を修正。

大垣祭り、天井画制作・大下図
天井画「大下図」 制作過程⑱ 「4人の踊り子の図」 最後の一人を描く。

大垣祭り、天井画制作・大下図
天井画「大下図」の作画中、後藤 仁

大垣祭り、天井画制作・大下図
天井画「大下図」の作画中、後藤 仁

大垣祭り、天井画制作・大下図
天井画「大下図」の作画中、後藤 仁

大垣祭り、天井画制作・大下図
天井画「大下図」 制作過程⑲ 周囲の装飾 「日輪(太陽)と月輪(月)の図」を描く。

大垣祭り、天井画制作・大下図
天井画「大下図」 制作過程⑳ 方向を変えて、周囲の装飾 「鳶(トビ)と雀(スズメ)の図」を描く。

大垣祭り、天井画制作・大下図
天井画「大下図」 制作過程㉑ 全体図。まだまだ続きますよ~!!!!


8月26日(木)。本日、8月3日(火)から描き始めた、大垣祭り「天井画」”大下図(鉛筆による原寸大の下図)” が、一応、完成しました。
 この後、数日間、じっくりと見直して、問題が無ければ、いよいよ、来月初めから”本画(杉板絵)”に入ろうと思います。丁度、芸術の秋にさしかかり、まだまだ残暑もコロナ禍も厳しい折ですが、良き時節での本画入りに、腕がビンビンと鳴っています!!

 【今日の作画解説】
 左下の「後ろ姿の踊り子」の顔を少し小さく修正して、他の踊り子とのバランスを合わせました。
 周囲の”装飾”の下辺は、「男の子と女の子と子猿の図」です。愛すべき、私の「絵本」の新キャラクターをここに描き込みました。これは、”人の両性”を表しており、全ての”人類”の象徴になっています。4人の踊り子と、男の子、女の子を合わせて、人間は6人になります。これには忌み数を避ける意味合いもあります(ちなみに西洋では、4は良いイメージらしいです。中国では、4には良い意味とそうでない意味の両方があるようで、6は縁起の良い数字とされているらしいです。子猿も数に入れたとしたら、西洋での7はラッキーセブン、日本でも7は吉数になります)。
 ”装飾”の左辺は、「松と梅の図」です。これは”植物”を象徴しており、縁起の良い”松竹梅”になっています。「竹はどこに・・・」、と思われるでしょうが、踊り子の一人が竹の柄の着物を着ており、それを合わせて”松竹梅”となるのです。ちなみに踊り子の衣装は、竹の他に、藤(私の名前でもあり、最も好きな花の一つです)・桜(日本の花の象徴)・蝶と蜻蛉(全ての虫類の象徴)の柄になっています。
 この4辺は、それぞれ、”天体・人類・動物・植物”を象徴しており、つまりは、この世の中の全て~”森羅万象”を象徴しているのです。更には、それぞれが”陰と陽”の対をなしており、陰陽道的世界観により、宇宙全体の調和を図っているのです。
 そして、その中央、天下太平を願う円相の中に、神獣・霊獣の最高位に君臨する、巨大な”黒龍”がうねっているのです。黒色は何物にも動じない・影響を受けない、心の強さを表しています。実に高貴で威厳に満ちあふれた、尊崇すべき吉祥画なのでしょうか~~。

 ・・・・何とも良く分からなくなってまいりましたが、つまりは、絵の中には、色々な意味合いが隠されており、また、人によって様々な別の解釈もできるように、巧妙に仕組まれているのですね~。
 続きが楽しみだ~ 💖  

大垣祭り、天井画制作・大下図
天井画「大下図」の作画中、後藤 仁

大垣祭り、天井画制作・大下図
天井画「大下図」の作画中、後藤 仁  近年は老眼が進み、眼鏡をはずさないと、近くが描けません~。 ( ;∀;)

大垣祭り、天井画制作・大下図
天井画「大下図」 制作過程㉒ 周囲の装飾 「男の子と女の子と子猿の図」 「松と梅の図」を描く。

大垣祭り、天井画制作・大下図
天井画「大下図」 制作過程㉓ 全体図。

大垣祭り、天井画制作・大下図
天井画「大下図」 制作過程㉓ 〈アップ〉 まだまだ続きますよ~!!!!!


8月27日(金)。本日、大垣祭り「天井画」”大下図(鉛筆による原寸大の下図)” に、少々、手直しをして、サインを入れて、フィキサチーフ(定着液)をかけて、完全完成としました。
 これから描く”本画(杉板絵)”は「大垣市・大垣祭り」にご奉納するので、私の手元に残るのは写真と、この”下図”だけになります。普段の日本画の”下図”は、特別に重要な物を除いて、保存はしていません。しかし、今回の作品は、将来的に、大垣市~日本の伝統文化財として永久保存・使用される、ユネスコ無形文化遺産・大垣祭り用の大変貴重な「天井画」ですので、この”下図”は大切に保存したいと思います。

 【今日の手直し箇所】
 この度の厳しいコロナ禍を受け、大垣市と日本中・世界中の人々の無病息災を祈念して、どうしても長寿の象徴「鶴と亀」を描きたかったのです。そこで、「踊り子」の帯の柄として、小さく描き込みました。

 今回の作品画題は、『黒龍と踊り子の図』(最終的に、多少の変更の可能性あり)として、”黒龍””4人の踊り子”と”4種の金碧装飾画”が花を添える、という図になります。
 私の美人画家としての真骨頂が垣間見れる、”踊り子の図”は、「踊り子・藤姫」「踊り子・桜姫」「踊り子・竹姫」「踊り子・蝶姫」の4人となります。私が、2017年5月に「大垣祭り」を現地取材した時の、スケッチ・画像を元に描きました。何とも美しく、麗しいね~ 😌。
 あまりに図像が煩雑になり過ぎるのも良くないので、この辺りで”大下図”は完全完成にしたいと思います。後は、本画を描く中で、多少の変更点・修正点が出るかも知れません・・・。
 この後の”本画(杉板絵)”制作を、乞うご期待~❣❣❣ 😘

 絵師(日本画家・絵本画家)後藤 仁

天井画制作 (73)
天井画「大下図」 制作過程㉔ 4人の踊り子の図 「踊り子・藤姫」 (帯に「鶴と亀の図」)

大垣祭り、天井画制作・大下図
天井画「大下図」 制作過程㉕ 4人の踊り子の図 「踊り子・桜姫」

大垣祭り、天井画制作・大下図
天井画「大下図」 制作過程㉖ 4人の踊り子の図 「踊り子・蝶姫」

大垣祭り、天井画制作・大下図
天井画「大下図」 制作過程㉗ 4人の踊り子の図 「踊り子・竹姫」

大垣祭り、天井画制作・大下図
天井画「大下図」 制作過程㉘ 大下図完成!! 『黒龍と踊り子の図』 大下図・小下図

大垣祭り、天井画制作・大下図
天井画「大下図」 制作過程㉘ 〈アップ〉

大垣祭り、天井画制作・大下図
『黒龍と踊り子の図』 大下図・小下図と、後藤 仁

大垣祭り、天井画制作・大下図
『黒龍と踊り子の図』 大下図・小下図と、後藤 仁

スポンサーサイト



テーマ : art・芸術・美術
ジャンル : 学問・文化・芸術

2021-08-25

「ミャンマー(ビルマ)の現状を憂う」 絵師(日本画家・絵本画家)後藤 仁

 私は画家(日本画家・絵本画家)ですので、たとえ思う所があったとしても、”美術・芸術”に関しない事象については、常日頃、あえて、できるだけ触れないようにしています。専門外の事をとやかく言えるほどの、高い認識を有していないからです。しかし、近年の世界の動向を見ていると、深く心を傷め、悲しさを募らせざるを得ません・・・。
 コロナ禍の惨事もさる事ながら、世界の各地で絶え間なく起こる天災や人災、・・・暴動・暴力・迫害・戦乱の連鎖に、見て見ぬふりなどできません。私は画家として、直接、言葉や行動で訴える事はふさわしくないと考え、常々、作品を通して、物事の真実を緩やかに語ってきました。しかし、画家など、所詮、無力なものです・・・。

 私が「ミャンマー(ビルマ)写生旅行」を行ったのは、2014年10月の1か月間弱です。元々、ミャンマー(ビルマ)の文化・芸術には高い関心を持っていましたが、それまでの軍事政権下では、旅費に高い税金がかけられて政権に流れるという話を聞いて、敬遠してきました(外国人旅行者がミャンマー国内に入国する際、300USドル〔後、200~100USドル〕を強制的にFEC〔兌換チャット〕に両替させられる制度があり、政府が外貨獲得のために1993年に導入した。・・・FECは2013年7月に廃止された。〈ウィキペディアより〉 また、これは、かつての中国や、今でもミャンマーやアジア圏の国の一部に残っていますが、有名寺院や観光地には高い外国人価格が設定されていました)。2011年から、ようやく民主化が進み出したというので、旅を敢行したのです。
 26日間をかけて、ヤンゴン・インレー湖(ファウンドーウー祭)・カロー(トレッキング)・マンダレー・バガン(仏教遺跡めぐり)・ヤンゴンと回り、その素晴らしい文化・芸術に触れ、誠に感動の旅となりました。→〈詳しくは、拙ブログをご覧下さい http://gotojin.blog.fc2.com/blog-entry-69.html中でも、ミャンマーの田舎地方の多くの人々は、まだ旅行客・外国人慣れもしておらず、比較的シャイな人が多く、照れ笑いを浮かべるさまは、古き良き、かつての日本人のようでした。
 特に、観光客がまだまだ少ない、インレー湖カローのホテルスタッフ・村の人々には、人の良い方が多いのです。カロー「ゴールデン・カロー・イン」という安ホテルの、若い女性スタッフは、対応がすこぶる好ましいので、私が朝食の際にチップを渡そうとしたら、遠慮して受け取りませんでした。これは、経済的にまだまだ厳しい東南アジア圏では、実に珍しい事です。カローで1泊2日のトレッキングガイドを頼んだ、男性ガイドさんも、気配りが細やかで、料理の腕も確かで、大満足でした。他のアジア各国の旅も、いずれも素晴らしいものですが、ミャンマーの旅では、折に触れ、人々の優しさを感じる事ができて、深く記憶に刻まれているのです・・・。
 ただ、ヤンゴンマンダレー辺りでは、既にビジネス化の波が押し寄せ、比較的不愛想な人が増えている感じでした。マンダレーは優れた伝統文化の残る美しい古都ですが、街の中央部の旧王宮には軍隊の大部隊が駐留しています。旧王宮の周囲を警護する軍人に私が道をたずねたら、鼻で笑われて、「あっちへ行け」というジェスチャーをされました。その他にも、ブログにも書いたような、少々、危ない目にも遭い、マンダレーの治安の微妙さを肌で感じた私は、「ミャンマーは、まだ完全には民主化されていないな・・・」と、その時、既に、一抹の不安を感じていました。・・・・

 今、あの人の良かったホテルスタッフやトレッキングガイドや市井の人々はどうしているのだろうか? 元気でいるのだろうか? ほぼ一期一会であろう、はるか遠くに住む人々との触れ合いとは言え、深く思い出に刻まれた、善男善女たちの事を思うと、今のミャンマーの現状が悲しくて、悔しくて、仕方ないのです。彼ら彼女らは、無事なのだろうか・・・、笑顔でいるのだろうか・・・・。
 ミャンマーは敬虔な上座仏教国です。遥か2500年前に生きたブッダは、そんなに古い時代にこう言い残されました・・・。
 「実にこの世においては、およそ怨みに報いるに怨みを以てせば、ついに怨みの息むことがない。堪え忍ぶことによって、怨みは息む。これは永遠の真理である。」
 また、こうもおっしゃっています。
 「すべての者は暴力におびえ、すべての者は死をおそれる。己が身をひきくらべて、殺してはならぬ。殺さしめてはならぬ。」と・・・・。
 〈「ブッダの 真理のことば 感興のことば」(中村 元 訳/岩波文庫)〉

 (※蛇足になりますが、表面的な解釈による誤解があるといけないので補足説明。ここで私が引用した「ブッダの言葉」には、誰が誰に対して、という具体的な対象者はありません。この世の全ての人々に当てはまる事であり、人間における普遍的な”真理”とは何かを言いたいのであり、戦争や暴力に対する本能的嫌悪感を表現したのです。
 また、ミャンマーの一般民衆の多くは敬虔な仏教徒です。ミャンマーの一般民衆の日常をよく観察すると、日々の全ての行動に、上座仏教の思想が深く浸透している事が感じ取れます。そのミャンマーで、あのような惨事が起こる事が、なおさら悲しいのです・・・。)

 この事象は、ミャンマーのみならず、私が旅をした国・まだ旅をしていない国・・・、世界中のあちこちで噴出している大きな懸念なのです。また、平和利用とは言え、都会の空を戦闘機が飛び交うさまを、手放しで喜んでいる人々が不思議でなりません・・・。
 人間は傲慢です。他の生命体や資源を食い尽くしている、俗世に生きる私が言えた義理ではないのですが、良き文化や人々が、酷く虐げられる姿など、一切見たくはないのです。何故、人は仲良くできないのか、そこまで同種で傷めあうのか・・・、私の深い苦悶・懊悩は、一生、無くなる事はありません。
 ミャンマーや世界中の子ども達・若者達の将来が、安心できる世の中でありますように、”未来の瞳”が希望に満ちあふれますように、日本の政治・経済界の人々も、やれる事は全てやる必要があります。私も微力ながら、画家としてできる事を、この後も模索していきたいです。
 無力です・・・。実に、無力です・・・。しかし、もし、私の”絵”が少しでも人々の慰み・励みになるのなら、私は、与えられた命に感謝しながら、全身全霊、命をかけて創作に当たる事しかできないのでしょう・・・・。人の世はきれい事だけでは語れないのでしょうが、世の中の全ての差別や暴力が無くなる事を、祈って止みません。

 絵師(日本画家・絵本画家) 後藤 仁


ミャンマー(ビルマ)写生旅行
ミャンマー・ヤンゴン「シュエダゴォン・パヤー」 (2014.10.3)
 寺院にお参りする、ミャンマーの小学生達。

ミャンマー(ビルマ)写生旅行
ミャンマー・カロー、 ホテル「ゴールデン・カロー・イン」 (2014.10.11)
 この旅の中でも、とりわけ、スタッフの印象が良かった宿。

ミャンマー(ビルマ)写生旅行
ミャンマー・カロー「トレッキングにて」 (2014.10.12)
 1泊2日のトレッキングの途中、山岳少数民族の村々を通ります。村々では、素朴で美しい人々や子ども達に出会えます。

ミャンマー(ビルマ)写生旅行
ミャンマー・カロー「トレッキングにて」 (2014.10.12)
 山小屋にて1泊。ホテル「ゴールデン・カロー・イン」で紹介してもらった、トレッキングガイドの、Mr. Myo Zaw 。山道の案内の他、料理も作ります。とても美味しいですよ~。  (^・^) _U~~

ミャンマー(ビルマ)写生旅行
ミャンマー・カロー「トレッキングにて」 (2014.10.13)
 トレッキングの途中の、山の小さな小学校付近で出会った、元気な子ども達。弁当や教科書を見せてもらいました。

ミャンマー(ビルマ)写生旅行
ミャンマー・カロー「トレッキングにて」 (2014.10.13)
 トレッキングの最後の頃、カローに向かう途中の村で出会った、おしゃれな子ども達。

ミャンマー(ビルマ)写生旅行
ミャンマー・カロー「小学校」 (2014.10.14)
 カローの村にある小学校。窓からちょっと拝見すると、元気よく勉強していました。日本と違って、まだまだ、おおらかですね~。
 この子ども達の将来が、安心できる世の中でありますように、”未来の瞳”が希望に満ちあふれますように、日本の政治・経済界の人々も、やれる事は全てやる必要があります。私も微力ながら、画家としてできる事を、この後も模索していきたいです。

ミャンマー(ビルマ)写生旅行
ミャンマー・バガン仏教遺跡めぐり「タビィニュ寺院」 (2014.10.19)
 一緒に写真を撮ろうと寄ってきた、フレンドリーな一家。ところで、私が自ら肩を組んだのではなくて、父親が私の手を引っ張って置いたのです~。('◇')ゞ

ミャンマー(ビルマ)写生旅行
ミャンマー・ヤンゴン「学習塾」 (2014.10.27)
 旅の最終日。ヤンゴンの小さな寺院の脇にある、学習塾らしき施設の子ども達。私を見て、全員が出てきました。皆さん、人懐っこいね~。 (^・^)ノ

テーマ : 文明・文化&思想
ジャンル : 学問・文化・芸術

2021-08-17

宮崎駿 作品「シュナの旅」他と、私の作画絵本『犬になった王子 チベットの民話』(岩波書店)誕生秘話

【宮崎 駿 作品「シュナの旅」「もののけ姫」他と、私の作画絵本『犬になった王子 チベットの民話』(岩波書店) 誕生秘話: その1】

 私が絵本『犬になった王子 チベットの民話』(君島久子 文、後藤 仁 絵/岩波書店)を描いて以降、あちこちで広報・宣伝をしたせいもあり、宮崎 駿さんの絵物語「シュナの旅」(宮崎 駿 作/徳間文庫)の原話が、『犬になった王子』(君島久子 文/岩波書店)であるという事実が、かなり世間にも浸透してきたようです~。

 これは、『犬になった王子』の制作打合せ時に、私が直接、君島久子先生にお会いして聞いた裏話です。
 ・・・・当時、若かりし宮崎 駿さんは、チベット民話『犬になった王子』を読んで感動し、ぜひ作品化したいと思い、「シュナの旅」の原案を、君島久子先生に手紙で送ったそうです。
 君島先生は、当時を回想し、「その時は、全く、原案の意味が分からなかった・・・」と私に感想をもらされました。宮崎 駿さんの大胆な脚色に、原作者も理解できなかった事実は、面白いエピソードですね。・・・・

 私は、『犬になった王子』を絵本化するに当たって、スタジオジブリ広報部を通し、宮崎 駿さんあてに、絵本のあとがきで「シュナの旅」に触れる旨をお伝えしました。この事案には、本来、許諾は必要ありませんが、礼儀上、ご本人に連絡をしたのです。
 絵本の完成後、スタジオジブリにも拙作絵本をお贈りし、広報部によると、一応、宮崎 駿さんご自身もご覧になられたらしいです。
 ・・・・作者以外は誰も知り得ない、創作秘話でした~💖

 絵師(日本画家・絵本画家) 後藤 仁

               
  
●後藤仁公式サイト 「後藤 仁(GOTO JIN)のアトリエ」
https://gotojin.web.fc2.com/book02.html

 ※絵本『犬になった王子 チベットの民話』(岩波書店)をお求めの方は、お近くの書店でご注文いただくか、下記ネット書店 等にて、お願い申し上げます。

●アマゾン Amazon
https://www.amazon.co.jp/%E7%8A%AC%E3%81%AB%E3%81%AA%E3%81%A3%E3%81%9F%E7%8E%8B%E5%AD%90%E2%80%95%E2%80%95%E3%83%81%E3%83%99%E3%83%83%E3%83%88%E3%81%AE%E6%B0%91%E8%A9%B1-%E5%90%9B%E5%B3%B6-%E4%B9%85%E5%AD%90/dp/4001112426/

●絵本ナビ EhonNavi
https://www.ehonnavi.net/ehon/91533/%E7%8A%AC%E3%81%AB%E3%81%AA%E3%81%A3%E3%81%9F%E7%8E%8B%E5%AD%90%E3%83%81%E3%83%99%E3%83%83%E3%83%88%E3%81%AE%E6%B0%91%E8%A9%B1/


                ★
                       

【宮崎 駿 作品「シュナの旅」「もののけ姫」他と、私の作画絵本『犬になった王子 チベットの民話』(岩波書店) 誕生秘話: その2】

 「シュナの旅」(徳間文庫)は、1983年に初版が刊行された、宮崎 駿さんの文・絵による、マンガと絵本の中間的な文庫本です。”あとがき”には、『この物語は、チベットの民話「犬になった王子」(君島久子訳 岩波書店)が元になっています。・・・・〈抜粋〉と書かれています。
 「シュナの旅」は、2006年にスタジオジブリにより映画化された、アニメ映画「ゲド戦記」(宮崎吾朗 監督)の原案にもなりました。また、宮崎 駿 監督の名作アニメ映画「風の谷のナウシカ」「天空の城ラピュタ」「もののけ姫」等の原点になっているとも言われています。

 今回、再放送された「もののけ姫」を改めてよく観てみると、冒頭の、村(国)に災難が起こり、若くて勇敢な男(主人公・ヒーロー)が或る品物と言い伝えを元に、”ヤックル”という動物に乗って西へ西へと旅を始める・・・というストーリーは、まさに「シュナの旅」~『犬になった王子』の筋書きそのものでした。人間の言葉を話す犬が、一人の少女(副主人公・ヒロイン)と交流するという最も重要な設定は、互いの関係性は少し異なりますが、『犬になった王子』に酷似しています。また、主人公が旅の途中で、困難に遭遇したリ、怪しげな老人(『犬になった王子』では、老婆と神様の二人)に出会う件や、一人の少女との出会いと愛情によって主人公の心の持ち方が変わる件、少女の周囲には何かしらのたくらみを持った大人がいる件等、実に多くの「シュナの旅」~『犬になった王子』との共通点が随所に垣間見えます。息子さんの宮崎吾朗さんが映画化した「ゲド戦記」(冒頭部分に「シュナの旅」の設定を用いる)より、むしろ、宮崎 駿さん、ご本人の「もののけ姫」の方が、全体としては、「シュナの旅」~『犬になった王子』の大筋に近いですね。
 また、「風の谷のナウシカ」「天空の城ラピュタ」等の初期の宮崎 駿 監督 ジブリ映画作品にも、ヤックル等の登場動物や、多くの設定・イメージに「シュナの旅」~『犬になった王子』が垣間見えます。
 このようにして、古来からの多くの作家は、他の作品からヒントやイメージを受け取り、自分なりに解釈・換骨奪胎して、作品を創作する源としてきたのです。

 私は幼い頃から、「未来少年コナン」「母をたずねて三千里」「フランダースの犬」「アルプスの少女ハイジ」「あらいぐまラスカル」等の名作テレビアニメが大好きでしたが、後(高校生の頃)に、それらの制作に宮崎 駿さんが関わっていた事を知りました。私は、小学校高学年になると戦闘物等のテレビアニメは観なくなりましたが、宮崎 駿 アニメ作品だけは、その後も観続けました。
 中学校3年生の時に、アニメ映画「風の谷のナウシカ」に夢中になり、宮崎 駿さんを知りました。同じ頃、15歳で、絵物語「シュナの旅」にも出会いました。それ以降、「シュナの旅」は私の座右の書となり、最も大切な絵画作品の一つとして、その後の私の作品制作にも大きな影響を受けてきました。

「シュナの旅」宮崎 駿
私が座右の書にしている、「シュナの旅」(徳間文庫)

「シュナの旅」宮崎 駿
私の「シュナの旅」署名  昭和59年(1984年)、私が15歳の時に購入。残念ながら、初刷(1983年刊行)ではなく、既に、5刷です。


 その後、日本で一大、宮崎 駿ブームが起こり、私も、「天空の城ラピュタ」「となりのトトロ」「魔女の宅急便」「紅の豚」「名探偵ホームズ」「ルパン三世 カリオストロの城」等々・・・、と宮崎 駿・劇場アニメ映画を、欠かさず映画館やビデオで拝見してきました。高校卒業後、単身上京した時には、ビデオで「太陽の王子 ホルスの大冒険」「長靴をはいた猫」「パンダコパンダ」等の昔の劇場アニメも観ました。
 美術予備校(立川美術学院)の時に、当時の日本画科講師だった村上 隆さん(現代アーティスト)が、宮崎 駿さんの大ファンだと知り、意外なファン層がいるものだと感心しました。
 それから時間が経ち、「もののけ姫」「千と千尋の神隠し」「ハウルの動く城」の大ヒット等があり、私は東京藝術大学を卒業し、日本画家となりました。

 何にでも順位をつけたがるのは日本人の癖ですが、私の敬愛する宮崎 駿 作品(監督・演出・原画・原案・場面設定・作画 等、何らかの形で宮崎 駿さんが関わった作品)を、おおよその順で挙げてみたいと思います。これは、あくまでも、私の個人的な嗜好というだけで、作品の良し悪し・評価という意味ではないという点は、ご了承下さい。
 私の一番好きな宮崎 駿 作品は、私の座右の書である、絵物語「シュナの旅」(徳間文庫)です。
 テレビアニメでは、「未来少年コナン」「母をたずねて三千里」「フランダースの犬」「アルプスの少女ハイジ」「あらいぐまラスカル」「名探偵ホームズ」・・・と、おおよそこの順になります。
 劇場アニメ映画では、「天空の城ラピュタ」「風の谷のナウシカ」「千と千尋の神隠し」「太陽の王子 ホルスの大冒険」「もののけ姫」「となりのトトロ」「長靴をはいた猫」「パンダコパンダ」「魔女の宅急便」「ハウルの動く城」「名探偵ホームズ」「紅の豚」「ルパン三世 カリオストロの城」「風立ちぬ」「崖の上のポニョ」「ゲド戦記」・・・の順になりましょうか。
 その他ジャンルでは、漫画版「風の谷のナウシカ」も素晴らしいです。
 どうしても、多感な幼少期~少年期~青年期に観た作品に、思い入れが強くなりますね~。中でも特に、「シュナの旅」「未来少年コナン」は、今でも、私の永遠の憧れの世界になっているのです。

 2013年に私が、初絵本『ながいかみのむすめチャンファメイ』(君島久子 再話、後藤 仁 絵/福音館書店こどものとも)を作画・刊行したのをきっかけに、次回作を岩波書店から持ち掛けられ、君島久子先生の御作品を全て読み返しました。君島久子先生の中国民話集の中に、チベット民話の『犬になった王子』がありました。読んでいくうちに不思議な感覚にとらわれました~。君島久子先生の絵本作品は、「王さまと九人のきょうだい」(岩波書店)等を幼少期に読んで知っていましたが、この話は初めて読んだはずなのに、何故か懐かしさがこみ上げてくるのです。その物語自体に、万人に共通する懐古的風情が含有されているのでしょうが、それにしても、かつて読んだ事があるような親しみ感です。・・・ピン!ときた私は、座右の書として、田舎から持ってきていた「シュナの旅」を再度、読み返しました。子供の頃には、ほとんど気にかけていなかった”あとがき”を読むと、『チベットの民話「犬になった王子」(君島久子訳 岩波書店)が元になっています。』と書かれていました。
 感動しました。心が震えました・・・。「やはり、そうだったのか・・・」と。
 『犬になった王子』のストーリーは、「シュナの旅」を誠に彷彿とさせるものでした。それもその筈、「シュナの旅」こそ、『犬になった王子』を原話に創作されたものですから・・・。私は、この名作との誉れ高い民話が、何故だか今まで、日本で一切、絵本化されていなかった事実に、運命を感じました。「後藤 仁よ、宮崎 駿 作品が本当に好きなら、このゆかりの民話を絵本に描きなさい・・・」との天命を受けたかのように・・・。そこで私は、一切迷う事なく、岩波書店 編集者に『犬になった王子』をぜひとも絵本化したいと提案しました。
 そして、絵本『犬になった王子 チベットの民話』(君島久子 文、後藤 仁 絵/岩波書店)が誕生したのです。

 絵師(日本画家・絵本画家) 後藤 仁


絵本『ながいかみのむすめ チャンファメイ』表紙・表
絵本『ながいかみのむすめチャンファメイ』 (君島久子 再話、後藤 仁 絵/福音館書店こどものとも)

絵本『犬になった王子(チベットの民話)』 表紙
絵本『犬になった王子 チベットの民話』 (君島久子 文、後藤 仁 絵/岩波書店)


テーマ : 絵本・制作・イラスト
ジャンル : 学問・文化・芸術

2021-08-15

後藤 仁 講師/NHK・読売 日本テレビ・コープの日本画・デッサン教室(カルチャーセンター)ご案内

 私は自分が”絵(日本画)”を描く事が本業ですので、「絵画教室(カルチャーセンター)」について語る事はまれです。しかし、この度の1年半以上にも渡るコロナ禍により、私の受け持つ4つの絵画教室の受講者数も激減し、全体数では往時の3分の1程になっています。教室の中には受講者が10分の1近くまで減り、風前の灯火の箇所もあります・・・。 ( ;∀;) 
 私は、NHK文化センター(NHKカルチャー)系列、読売・日本テレビ文化センター(よみうりカルチャー)系列、コープみらいカルチャー系列で教えていますが、中でも、首都圏に教室が集中している、読売・日本テレビ系列の経営自体が厳しい様子なのです~。
 そこで今回、そんなカルチャーセンター界の窮状を世間に訴えるべく、自身の絵画教室を基に書いてみます。アマチュアからプロに至る「文化」の衰退は、文明の衰退・国の衰退・人類の衰退にもつながる、恐るべき負の連鎖となり得るのです。・・・・・


 私は、2006年に金唐革紙(きんからかわし/国選定保存技術の手製高級壁紙)の製作所を離れ、絵だけでは生活が安定しない事から、やむなく、2007年から2つの教室(よみうりカルチャー柏・金町)で教え出したのが初めです。カルチャーセンター・美術大学(東京藝術大学、東京造形大学など)・美術予備校(河合塾美術研究所/大学時代に講師をする)を合わせると、現在までに、500人以上の一般美術愛好者・美大生・美術予備校生に、私は絵を教えてきました。最初こそ仕方なく始めた絵画講師業でしたが、しかし、一般の人々に絵を教えてみると、色々な発見もあり、段々面白くなってきました・・・。それまでの私は、プロへの厳しき画道だけを歩んできたので、絵の厳しさ・困難さのみが脳裏に焼き付いていました。上手い下手、レベルの高低ばかりが強調されていました。シンプルに作画を楽しむという観念は、高校2年以降は忘れていたのです・・・。
 一般の方々に接してみると、絵の好きな人が意外と多い事に気が付きました。皆さん、とても一生懸命に取り組まれますし、結構、素敵な絵を描かれるのです~。職業・年齢層のバラバラなそれぞれの方々の思いに触れ、話し・交流する事は、私自身の画道や人生の肥やしにもなりました・・・。日本画道のみの狭い観念に生きるのではなく、幅広い一般人の思考を吸収できた事は、今になって考えると、「絵本」の創作にも役立ったり、専門バカになり過ぎずに(絵描き一筋人生で結構なのですが、豊かな人間性は忘れずにいたいものです)、良かったのではなかろうかと考えています。

 10数年前、絵を教えるにあたって、まず最初に私が考えた事は、そこを、純粋に「絵を楽しむ場」にしたかったという事です。・・・・私は、美術高校(大阪市立工芸高等学校)~美術予備校(立川美術学院)~美術大学(東京藝術大学)と、とにかく専門的に絵を学習してきて、多くの決まり事や制約、競争にさらされてきました。予備校では、絵が良くないと、容赦なく講師に手を入れられました。大学でも、あまり日本画家の模範から離れすぎた創作・言動は、認められないのです。日本画団体に至っては、院展風・日展風・創画風と各派閥ごとに明確な作風があり、そこから外れれば当然、受かりません。そこは、サラリーマン以上にサラリーマン的な、まるで政治家かお役人のような、厳格な階級・肩書世界でした。
 私が子供時代から絵の路を志したのは、その世界が”自由”な創造の場だと信じていたからです。自分の描きたいものを描きたいように描くという精神が、最も大切だと信じてきました。ところがプロの世界に近づくにつれ、ますます逆の方向になっていくのです。これには大いに疑問を感じ、当惑しました・・・。
 ある受講者に聞いたのですが、前に教わっていた日展系の講師は「初心者は花(特に桜)を描いてはいけない。それは高位者の特権である。」という趣旨の発言をしていたそうです。創画会では、「きれいな絵など描くものではない。それは芸術ではない。」という基本方針があるようです。院展では、ことさら派閥の縛りが厳しく、会派から離れた画風・活動は御法度なのです。

 そのような経緯もあり、私自身は、何物にも縛られにくい、”無所属”「日本画家」となりました。絵を教える立場になった時には、これまでの経験を反面教師として、まず、『創作における自由』をモットーとし、作画における”独自性・独創性”を一番大切にしたいと考えました。その人それぞれの”個性”を生かし、伸ばし、あまり必要以上の制約を設けないというのが基本姿勢です。
 基本、その人が描きたいモチーフ・テーマを”自由”に描きます(デッサン教室では、既定のモチーフを描きますが)。描き方も日本画・鉛筆デッサンの画材であれば自由です。場合によれば画材も、日本画・鉛筆デッサンから多少、外れても構いません。画家はとかく理屈を言いたがりますが、私はあまり各人に、とやかく言い過ぎないように心がけています。少しのアドバイスの他は、各人が自分の頭で考えて描いていただけるように促します。受講者の絵に手を入れる事も、基本しません。自分の力だけで、一から百まで完成させる事が、肝要なのです。ただ、聞かれれば、その都度、できるだけ丁寧に答えます。ほとんどないですが、もし、手を入れてほしい人がいれば、手も入れます。
 その他は、各受講者が自由に絵の創作を楽しまれる事が一番です。絵を趣味として純粋に味わったり、コンクールや絵画公募展に出したい人は自由にやっていただいても構いません。個展・グループ展を開くのも良いでしょう。もし、セミプロ・プロを目指す人がいれば、他の人より多少は厳しめに指導する事も可能です。ただ、基本、趣味・余暇として絵を楽しむ場ですので、あまり各人の競争心・ライバル心がむき出しにならないように、心掛けています。上手い下手、レベルの上下ではなくて、その人となりが絵に個性としてにじみ出れば、それが一番良いのです。
 ただ、日本画・デッサンの「基本技術と知識」については、実演をお見せしながら、後藤 仁・オリジナルテキストも使用しながら、多分どこよりも懇切丁寧に指導・説明します。絵における「基本技術と知識」は、今後、趣味でもプロでも、絵を続ける上で、とても大切になるのです。どこに出ても恥ずかしくないように、絵の伝統的基礎を、くまなくお伝えしたいのです。
 静物制作・人物(美人画)制作・風景制作(屋外の公園など)・動物制作(動物園)~大作制作まで、色々なテーマに挑みますが、最終的には基本、自由制作に向かいます。「ドーサ講義・念紙講義・もみ紙講義・箔講義・模写講義」などの、プロ級の専門講義も実演を交えながら行います。私のスケッチ・デッサン・水彩画・日本画・模写・絵本作品の実物をお見せする事もあります。まれには、希望者のみで「グループ展覧会」や「美術館鑑賞会」や「食事会」を開く事もあります。
 また、その他は、講座中に時折、私が絵の雑談をブツブツつぶやいています。聞いても聞き流されてもいいのですが、面白い内容があれば心に留めていただけると、それで良いのです。私は、美術大学・予備校や日本画界・美術界に造詣が深く、また、絵本・イラスト界にも通じている上、無所属作家のしがらみの薄さを生かし、かなり深くきわどい美術界の逸話までお話する事が可能です。他の市井の絵画教室ではなかなか聞く事ができない、超専門的な内容ばかりだと思いますよ~。

「藤の会絵画展」松戸市文化ホール
「藤の会絵画展(後藤  仁 講師・カルチャーセンター合同展覧会)」 2010.1.26~31 松戸市文化ホール
 開講初期には、私が講師を担当する教室をまとめて、時々このような合同展示会を開催しました。この時は出品者・有志20名余りで、約40点の日本画・水彩画を展示しました。画像は、私の日本画(アジアの美人画)作品3点。

「藤の会絵画展」松戸市文化ホール
「藤の会絵画展(後藤  仁 講師・カルチャーセンター合同展覧会)」 2010.1.26~31 松戸市文化ホール
 地元ケーブルテレビ・JCNコアラ葛飾(現、J:COM東葛・葛飾)や地元新聞の取材も入りました。 

「藤の会絵画展」松戸市文化ホール
「藤の会絵画展(後藤  仁 講師・カルチャーセンター合同展覧会)」 2010.1.26~31 松戸市文化ホール
 当時の受講者(出品者・有志のみ)の皆様と。現在はメンバーがほぼ入れ替わり、今も残っておられる方はほんのわずかです。最も受講者が多かった5年程前には、私が担当する全教室を合わせると、60名以上いました。在籍期間は、短い方で3か月間、長い方で13年以上、平均5年位は受講されます。何かしらの絵の経験者が3割位、全くの初心者が7割位の割合で、ご入会されます。ご年配者が大多数ですが、まれには、小学生・中学生・高校生~私より若い方も来られます。

「美人画・水彩画展」柏そごう
「美人画・水彩画展」 2008.9.9~15 柏そごう
 この時は、よみうりカルチャー系列の2つの教室の有志10名程で、約20点の日本画(美人画)と水彩画を展示しました。この時にも、地元ケーブルテレビ・J:COMチャンネル(現、J:COM東葛・葛飾)や地元新聞の取材が入りました。

「美人画・水彩画展」柏そごう
「美人画・水彩画展」 2008.9.9~15 柏そごう
 私の日本画(アジアの美人画)作品2点。


 私の教室を受講された方には、私の自筆サイン入りの絵本を1冊進呈しています。最初は、全員にお渡ししていたのですが、絵本『ながいかみのむすめチャンファメイ』(福音館書店)が品切れになった事や、長年、受講される方と3か月間だけの方が同じでは不公平だと考え、おおよそ半年以上、継続受講された方に渡す形になりました。近年は、気が向いた時(新絵本が出た時 等)に、数年に一度、一人1冊の絵本を、プレゼントする感じです。
 また、最初に10年間、継続受講された方には、私の特製版画(数万円相当)を特別プレゼントしました。その後は、10年以上継続された方が増えたので、その方々には、折を見て、ハードカバー絵本を1冊、進呈する計画です。

 さあ、皆さん、これから絵を始めたい方・更に追求したい方・プロを目指される方まで、お気軽に、私の絵画教室にお越し下さいね~ 💖  お問い合わせは、下記・各教室まで、お願いいたします。

 絵師(日本画家・絵本画家) 後藤 仁、GOTO JIN

                ★

○読売・日本テレビ文化センター(よみうりカルチャー)柏
「日本画 美人画から静物まで 講座」
  (2007年10月~)

https://www.ync.ne.jp/kashiwa/kouza/202107-03043014.htm

○NHK文化センター(NHKカルチャー)柏教室
「基礎から始める日本画 講座」
「鉛筆デッサン~初歩から上級まで~ 講座」
  (2009年4月~)

http://www.nhk-cul.co.jp/programs/program_491581.html
http://www.nhk-cul.co.jp/programs/program_518580.html

○コープみらいカルチャー(春日部教室)
「基本からの日本画 講座」
  (2011年7月~)   

https://mirai.coopnet.or.jp/event/culture/saitama/

テーマ : 絵画教室・制作日誌
ジャンル : 学問・文化・芸術

2021-08-11

「絵師 日々の言霊」 後藤 仁 ⑨

 私は日本画・絵本原画制作の合間合間に、日々思った事・見付けた事などを、Facebook・Twitterでつぶやきます。これは、その続編になります。
 一絵師のたわいもない独白は、いい加減で無責任な言葉にしか過ぎません。しかしその行間に、芸術家の真実が垣間見えるかも知れません。荒削りで不器用な絵師の言葉の中から、”真実の言霊”を見出していただけましたら光栄です。

 今回は、中国向け新作絵本〈第3弾〉制作過程、日頃の出来事、スタジオジブリ・長編アニメーション映画「もののけ姫」放送、までをまとめました。(大垣祭り・中町 布袋軕「天井画」制作過程と、既にまとめた長文を除いています。)
 「大垣祭り・天井画」と「新作絵本」制作も、いよいよ、気持ちが乗って参りました。この後も、乞うご期待~❣

 絵師(日本画家・絵本画家) 後藤 仁、后藤 仁

                  ★


2021年7月19日

 本当に危なかった! 
 今日、柏駅周辺のエスカレーター(上り)で、私の直前に乗っていたお年寄りがよろめき、後ろに倒れかけたので、私が後ろから全身で支えて、事なきを得ました・・・。もし私がいなければ、お年寄りは命に関わる大怪我をされた事は確実でした。後から考えても、ゾッとします〰。
 私は日頃、常に周囲に気を配っているので、お年寄りの足元がよろめき始めた兆候を即座に察知し、すぐに体で支えました。これがもし、”ながらスマホ”でもして(私は携帯電話を持っていませんが)、ボーッとしていたら、お年寄りはもちろん、私自身も巻き添えとなりエスカレーターから転落していた事でしょう。改めて、いつも生活している身近な所に、大きな危険が潜んでいる事に気づかされました。今回は運良く私が背後にいたので、大事に至る事もなくて良かったのですが、あの覚束ない足取りのご老人の、今後のご運を祈らずにはいられません・・・。

 何時いかなる時も、お年寄りや、小さなお子さんが、路上等で危険な目や困難にあっていたら、若い人々は手を貸してあげなければならないのです。情けは人の為ならず・・・。いつ自分が他人に助けられるやも知れません。近年、近所で挨拶をしても、全く無反応な若者から年配者までが増えました。人の世は助け合いの世です。人は一人では生きていけない動物なのです。周囲の人々にも、最低限の気遣いができる、心のゆとりを忘れたくないものです~。
 私は画家という職業上、常々、周りの様子を観察する事が習慣になっているのですが、そうでなくても、周囲の状況を把握して身を守るという行動は、動物的にも大切な事なのです。近年、”ながらスマホ”の事故が多発していますが、人が動物的本能を忘れてしまわないよう、注意しないといけませんね~。


7月20日

 現在、中国向け新作絵本〈第3弾〉「第1場面」”彩色”の最終段階に入っています。かなり細部の描写を進め、あと一息で「第1場面」右側も完成となります。 (^・^)y
 私には珍しく、現代の風景を描いています。主人公達が実に楽しそうに躍動しています。適度なリアルさと、日本画的・絵本的省略画法が融合して、丁度良い感じです。
 いよいよ作画が楽しくなってきました~💛 この調子で、「大垣祭り・布袋軕 天井画」と合わせて、果敢に描き進めましょう。


7月21日

 本日、中国向け新作絵本〈第3弾〉「第1場面」”彩色”が、完成しました。新しい試みが満載なので、なかなか手こずりましたが、良い感じに描けました。場面の状況が、良く読者に伝わると思います。
 最終的に、全場面を合わせて、少しの手直しをするかも知れませんが、まずは、これで「第1場面」は完了です~。
 次は、描きかけの「第2場面」。そして続く「第3場面」を描き始めましょう~。 ('ω')ノ


7月28日

 本日、中国向け新作絵本〈第3弾〉の、「第3場面」”下図”に取り掛かりました。
 ここから、この物語は、一気に、大きく進展します!! 美しく幻想的な時代絵巻が、次々と展開されていくのです~。いよいよ面白くなってきましたよ〰。とっても、楽しみだね~~~💛 (^。^)y


7月31日

 先ほど、Facebookに「前澤友作 Yusaku Maezawa」を名のる人物から友達申請が来たので、一度、友達承認したら、メッセージに、100万円がもらえる等という文面とURLが貼り付けられて来ました。とても怪しいので、友達承認を取り消し、メッセージを削除しました。
 FacebookやTwitterで同様の詐欺が横行しているらしいので、注意が必要ですよ~。働きもせず、努力や苦労もせずに、お金だけを得たいという安直な考え・・・、100万円という巨額を安易にもてあそぶ情報・・・、この内容が本当でも嘘でも、いずれにしても、なんとも情けない、ご時世ですね~~。( ;∀;)

                *

「タイ王国 北部・ラオス北部 写生旅行」(2011年4月~5月)での、タイ・チェンマイ・トレッキングの前日、古いトレッキングシューズの片方のゴム底がはがれました。タイには靴修理の露天商がおり、はがれたゴム底を糸でぬって直してもらいました。しかし、次の日から3日間のトレッキングの途中で、もう片方の靴底がはがれてしまいました。そこで仕方なく、トレッキング終了後、タイの小さな百貨店で、安い運動靴を購入しました。
 ・・・・その靴を10年ばかり、現在まで大切に使用してきましたが、とうとう今日、散歩の途中で、靴底が崩壊しました~。( ;∀;) 誠に汚い物ですが、私にとっては大切な思い出の品なので、記念に撮影~!! 
 私は貧乏性なのか(実際に貧乏画家ですが)、物を大切にする性分なのか、物持ちが非常に良いのです。中学・高校・大学時代の画材や小物、父・兄のお下がりの服 等を、未だに使っているケースがあります。かつては、「せこい」「みみっちい」等と否定されがちでしたが、今の時代、「もったいない精神」が尊ばれるので、ようやく私の精神も、時代に合って来ましたね~。 (^。^)y

タイの靴
 とうとう、お釈迦になった、タイの思い出の運動靴

タイの靴
 とうとう、お釈迦になった、タイの思い出の運動靴


8月11日

スタジオジブリ・長編アニメーション映画 「もののけ姫」 
 2021年8月13日 夜9時~11時44分、日本テレビ・金曜ロードショーにて放送!!


 「もののけ姫」の世界観や、ヤックル等の登場人物・動物の原点であると言われている、宮崎 駿さんの絵物語「シュナの旅」(徳間書店)。
 その「シュナの旅」の更に原話となったのは、私の作画絵本『犬になった王子 チベットの民話』(岩波書店)に描かれた、チベット民話「犬になった王子」なのです。('ω')ノ

(※「もののけ姫」の他にも、スタジオジブリ長編アニメーション映画 「風の谷のナウシカ」 「天空の城ラピュタ」の壮大な世界観や、登場する人物・動物(ヤックル等)描写は、「シュナの旅」~「犬になった王子」が原点になっていると言われています。また、ジブリアニメ「ゲド戦記」の原案は、まさに「シュナの旅」なのです。)


●金曜ロードシネマクラブ 「もののけ姫」
https://kinro.ntv.co.jp/lineup/20210813

○後藤仁公式サイト 「後藤 仁(GOTO JIN)のアトリエ」 ─ 絵本『犬になった王子 チベットの民話』
https://gotojin.web.fc2.com/book02.html
○Amazon アマゾン ─ 絵本 『犬になった王子 チベットの民話』
https://www.amazon.co.jp/%E7%8A%AC%E3%81%AB%E3%81%AA%E3%81%A3%E3%81%9F%E7%8E%8B%E5%AD%90%E2%80%95%E2%80%95%E3%83%81%E3%83%99%E3%83%83%E3%83%88%E3%81%AE%E6%B0%91%E8%A9%B1-%E5%90%9B%E5%B3%B6-%E4%B9%85%E5%AD%90/dp/4001112426/

絵本『犬になった王子 チベットの民話』表紙 小
 絵本『犬になった王子 チベットの民話』 (岩波書店) 表紙


テーマ : 文明・文化&思想
ジャンル : 学問・文化・芸術

2021-08-08

大垣祭り・中町 布袋軕 天井画(天井絵)制作〈その4〉、小下図/大下図

「大垣祭り〔ユネスコ無形文化遺産・国重要無形民俗文化財〕・中町 布袋軕(ほていやま)」(岐阜県大垣市) 
 天井画(天井絵)制作


 絵師(日本画家・絵本画家) 後藤 仁、GOTO JIN
  (※フェイスブック Facebook に記述した内容から、今回、小下図大下図・途中経過の工程をまとめています。)

                 *

2021年7月26日(月)、本日から「天井画」『龍図』”小下図(こしたず)制作” に取り掛かりました。
 縮小サイズの紙面で、イメージを固めていきます。とても勇ましくて、かっこいい龍になりそうですよ~❣❣


7月27日(火)、本日、「天井画」”小下図(こしたず)” が完成しました。ここの所、集中力が増してきたので、イメージが新鮮なうちに、2日間で一気に仕上げました。
 私の場合、「小下図」は、大抵、鉛筆だけか、鉛筆色鉛筆で描きます。これで、おおよその完成像が把握できるのです。
 画題をひとまず、『黒龍・踊り子図』としました(最終的に変更の可能性あり)。黒龍の力強さと、踊り子の優美さが融合した、伝統と革新~日本様式と中国様式を合わせ持つ、私らしくてオリジナリティあふれる龍図になるかと思います。
 この後、1か月間以内を目途に、原寸大の「大下図(おおしたず)」を作画していきます。ますます気合が乗ってきています〰 ❣❣

大垣祭り、天井画制作・小下図
大垣祭り、天井画「小下図」 後藤 仁

                 *

8月3日(火)、本日、「天井画」”大下図(おおしたず/原寸大の下図)” に取り掛かりました。私の場合、「大下図」は、新鳥の子紙(和紙風の洋紙)に鉛筆で輪郭線のみを描きます。
 まずは、定規とコンパスで補助線を引きます。大きなコンパスがアトリエに無いので、段ボールで巨大コンパスを即席手作り。絵画の場合は、これくらいアバウトな方が、適度な自然の”揺らぎ”を醸し出すので、かえって良いのです。
 今日は拙ブログの文章作成に時間が取られてしまい、あまり制作が進みませんでしたが、明日以降も、どんどん作画してまいります~❣

大垣祭り、天井画制作・大下図
定規で補助線を引く。

大垣祭り、天井画制作・大下図
手製の巨大コンパスで円を描く。

大垣祭り、天井画制作・大下図
手製の巨大コンパスで円を描く。

大垣祭り、天井画制作・大下図
補助線、完成!!



8月4日(水)、本日、「天井画」”大下図(おおしたず/原寸大の下図)” を描き進めました。
 小下図やスケッチ・資料画像を基に、鉛筆で、おおよその当たりを付けていき、メインの部分(今回は龍の顔)から徐々に描き起こしていきます。絵画の場合は、端から部分的に描くのではなくて(最近、超リアル画 等と称して、写真を元に端から部分描写をしていくような、絵描き動画をよく観ますが・・・)、霧の中から像が浮かび出てくるように、画面全体のバランスを取りながら全体的に描き進めるのが、良いデッサンとされていますよ~。('ω')ノ
 本日は、の顔のイメージがおおよそ完成してきました。明日以降、更に各部分をつめていきたいと思います~❣

大垣祭り、天井画制作・大下図
天井画「大下図」の作画中、後藤 仁

大垣祭り、天井画制作・大下図
天井画「大下図」の作画中、後藤 仁

大垣祭り、天井画制作・大下図
天井画「大下図」 制作過程① 龍を描き進める。

大垣祭り、天井画制作・大下図
天井画「大下図」 制作過程②

大垣祭り、天井画制作・大下図
天井画「大下図」 制作過程③

大垣祭り、天井画制作・大下図
天井画「大下図」 制作過程④

大垣祭り、天井画制作・大下図
天井画「大下図」 制作過程⑤ 周囲の「踊り子」の当たりを取る。

大垣祭り、天井画制作・大下図
天井画「大下図」 制作過程⑤ 〈アップ〉 龍の顔の辺りを中心に描き進める。この後も、まだまだ、続きます!!



8月6日(金)、本日も、「天井画」”大下図(おおしたず/原寸大の下図)” を描き進めました。
 の鱗の構造が複雑で、描くのがとても難しく、今日はここで力尽きました~。 (@_@)
 明日以降、鱗を仕上げて、全体的に、更に描き込んでいきます。乞うご期待~❣

大垣祭り、天井画制作・大下図
天井画「大下図」の作画中、後藤 仁

大垣祭り、天井画制作・大下図
天井画「大下図」の作画中、後藤 仁

大垣祭り、天井画制作・大下図
天井画「大下図」 制作過程⑥ 龍の各部を描き進める。

大垣祭り、天井画制作・大下図
天井画「大下図」 制作過程⑦ 龍の鱗を描き進める。次回へ、まだまだ続きますよ~!!


テーマ : art・芸術・美術
ジャンル : 学問・文化・芸術

2021-08-03

オリ・パラ差別問題/芸術・美術・絵画・日本画~人生全般への考察、後藤 仁

 最近また、想う所が多くあり、フェイスブックの書き込みを何度か改正する毎に、思いのほか長文になりましたので、ここに2編をまとめました。いつもの繰り返しになる話も多いですが、芸術・美術・絵画・日本画~人生全般に対する幅広い考察等を、私の経歴・画歴を通して語っています。
 
 絵師(日本画家・絵本画家) 後藤 仁


               *

2021年7月21日

 最近また、オリンピック・パラリンピックに関連して、クリエイター(音楽家・画家 等)の差別意識・行動・発言が問題となっています。
 例えば、洋画家のカラバッジョは殺人まで犯した強烈な個性を持った画家ですが、その芸術作品の素晴らしさは、その作家の善悪によって変わる事はありません。・・・ただ、より公的な意味合いの創作時や、子ども達に向けた作品(絵本 等)の創作家等は、より一層、”差別”や”偏見”には留意せねばなりません。そのような強いマイナス思想を持った人物による作品には、やはり何かしら良く無い要素が表出される可能性があるのです。また、そのような、ある種の造形センス・技量に疑問が残る作家を、世の中の人々が手放しに歓迎し、売れっ子にしてしまっている現在の社会傾向にも、私は大きな疑問を持っています。
 ある程度は深く研ぎ澄まされた”思想・感性”を元に、長年の苦心の末に鍛錬された”技術”によって創作された、本当に良い作品を、人々が愛でる事を願います。もちろん、技量や思考が偏狭な作家でも創作する資格自体はあるのですが、世の中の多くの人々が、本質を見ずに、メディア・専門家等の表面的な評価だけで、特定の作家を持ち上げ過ぎる事には注意しないといけないと思うのです。そのような作家の本が、たとえ何十万部売れようとも、決して世の中や文化界が良くなるとは思えません。~~~

 私の子供時代(幼稚園~小学生頃)は、かなりの、わんぱく小僧でした。小学校1年生の或る日、あまり深く考えもしないで、その場の流れにまかせて、10人位で、或る一人の子を、言葉と軽い暴力で攻撃した経験があります。私は単刀直入な性格だったので、それ以上に陰湿な行為等はしていませんが・・・。その後、その事が発覚し、担任の先生に厳しく𠮟られ、廊下に立たされました(今では、これも体罰になりますね。難しい・・・)。そして、その行為がいけない事だと、ようやく気が付きました。その時、私を𠮟ってくれた、厳しくて怖かった女性教師には、今、感謝しています。その後も小学校4年生位までの間、私のわんぱく行動は続きましたが、人を傷つけない類の、たわいもない無茶な遊びばかりで(忍者ごっこと称して、山野や溜池や巨大な雨水管内を探検したり、ビルの高層階の塀の外にぶらさがったり、といった肝試し的な)、その小学校1年生の時以上に、他者を攻撃した記憶はありません(中学生の頃には、家庭内での反抗期はありましたが・・・)。どちらかと言うと、弱きを助け強きを挫く、地域の小グループのガキ大将的な存在でした。
 中学・高校生の頃になると、私は画業・運動他、行動面においては すこぶる活動的でしたが、対人面だけは比較的、内向的な性格になりました。私は当時から、基本的に協調性に欠け(今でも、その要素は濃厚です)、足が速過ぎたり、勉強が出来過ぎたり、絵が上手過ぎたりしたので、他人から何度となく、差別的に扱われたり、完全無視という”いじめ”を受けたりする機会が増えました。その時分に思い出したのは、かつて自分も小さい頃に、何の非も無い一人の子をいじめた苦い経験です。私は未だにその時の事を思い出すと、幼いとは言え、何てバカな事をしてしまったのだろうかと深く後悔し、一生その人に会う機会はなかろうが、あの時の自分の行為を、心底、謝りたい気持ちでいるのです。
 そんな訳で今でも、組織内で何かしらの いざこざが起こっても、私はやり返す事等はせずに、ぐっとこらえて、自ら身を引いて事を納める術を覚えたのです。また、強い立場・権力者には意見・抗議をすれど、社会的弱者にはなるべく強くは言わないように心掛けています(私は聖人君子では無いので、今でも、いつでも間違い事ばかり起こしていますが)。

 因果応報~~。人は一度行ってしまった行為は、一生、十字架のように背負い続けねばならなくなるのです。相手の立場に立って、他者の気持ちを思いやる~仁愛・慈悲心というものを、人は常に忘れてはいけないのです。それ故、できうる限り、悪い行動は慎み、他者に、より寛容に、優しく接する努力をし続けなければならないのです・・・。私は小学1年の時に犯した過ちを一生詫び続けながらも、逆に中学・高校・大学・大人で受けた差別・偏見は極力許していきたいと考えています。そして、その経験や思いを元に、より良い作品を通して、後世の・次世代の人々に語り継いでいきたいと願っているのです。


               *

8月1日

 私は”美術”に関しては、とても早熟であった。幼少期には、いつも、広告の裏等に自由気ままに絵を描いていた。幼稚園のお絵描きの時間には、誰よりも好んで絵を描いた。小学生の頃には、「マンガ」と称して、オリジナルのマンガらしきものを、たくさん描いた。特に「忍者マンガ」をよく描いた。学校の休み時間はほとんど、この作画に費やされた。
 また小学校~中学校では、学校から選抜されて、何度も「絵画コンクール」に絵(水彩画)を出品していただいた。中学校3年生~高校1年生(私は留年により、高校1年生を2回経験している)には、自ら「絵画・イラスト公募展」を探してきて、家で描いた絵(水彩画・アクリル画)を出品した。この小中高校の子供時代に、岡本太郎が審査委員長をつとめる絵画コンクールで佳作受賞する他、大阪府知事賞・最優秀賞・銀賞の受賞 等、各種絵画公募展での入選・受賞は14回に及んだ。
 話は前後するが、中学校2年生の頃には、将来、画家イラストレーターになりたいと思うようになった。中学校3年生になると、東山魁夷先生・平山郁夫先生・前田常作先生 等の日本画家や洋画家を知るようになり、将来は、イラストレーターよりも、より深みのある”画家”になる事を目指すようになった。そこで、美術高校の大阪市立工芸高等学校・美術科に進学した。工芸高校では、油絵・デザイン・彫刻・製図・デッサン・総合芸術 等と共に、日本画を学び、高校2年生で”日本画”を専攻した。それ以降、美術予備校(立川美術学院・日本画科/村上 隆 氏らに教わる)・美術大学(東京藝術大学・美術学部 絵画科 日本画専攻/後藤純男先生に師事)・その後、日本画家へと、”日本画”の道を歩む事となった。私の画家としての歩みは、常に早熟であった・・・。

小学生の頃のマンガ帳
「マンガ帳」 小学生~中学生
小学校中学年位から中学校1年生頃にかけて、このようなオリジナル・マンガを膨大に描いており、これは、その中のほんの一部です。

水彩画ポスター「緑を守る一人一人の心と手」中学3年生1983年
水彩画ポスター 「緑を守る一人一人の心と手」 中学3年生 1983年 
「第1回 全国都市緑化フェア 図画・ポスターコンクール」 大阪府知事賞(最高賞)

アクリル画「大自然・・・私の夢」高校1年生1984年
アクリル画 「大自然・・・私の夢」 高校1年生 1984年
「旺文社主催 第28回 全国学芸科学コンクール」 銀賞(旺文社賞)

日本画「枯木孔雀図(マクジャク)」高校2年生1986年
日本画(学校課題) 「枯木孔雀図(マクジャク)」 高校2年生 1986年


 中学校3年生~高校1年生までの3年間程、自ら進んで、「絵画・イラスト公募展」に絵を出品していたが、段々、違和感を感じるケースが増えた。イラストコンクールでは、自身の絵が絵画的過ぎ、逆に、絵画コンクールでは、自身の絵がイラスト的過ぎるのだ~。私は幼少期から、好きで絵を描いてきたので、独自にマンガやイラストや絵画・工芸を吸収して、自分オリジナルの世界を創り上げてきた。自分だけの世界、・・・そこに醍醐味を感じていた。その結果、どこの絵画範疇・領域にも的確には収まらない、絵になっていたのだ。
 留年後の2回目の高校1年生の途中、そんな違和感に少々悩んだ結果、今はとりあえず、美術高校の既定の課題に絞り込んで学習しようと決めた。それ以降、当面、自ら絵画・イラスト公募展には出品しなくなった。学校では既定の描き方におおよそ倣って、渋めの日本画や油絵を描いた。美術科での成績は、飛び抜けて高く評価された。その当時の私の絵は、大阪の高校生のレベルでは、群を抜いて上手かったらしい。それでも、私の中での違和感は続いた・・・。
 大阪・京都周辺(関西画壇)の美術大学レベルに満足できなくなった私は、東京に単身上京し、美術予備校(立川美術学院・日本画科)を経て、東京藝術大学・日本画専攻に入学した。周囲の学生達の多くは、当時の日本画界の流行に倣い、院展風・創画風の絵を描いたり、その頃、流行り出した現代アートに傾倒し、前衛的な絵やインスタレーションを試みる者も少数いた。私はいずれの傾向にも違和感を感じ、多少は現代日本画の要素を取り入れつつも、相変わらず、自分独自の絵画描法を続けた。私は絵の具で絵を描く事自体が好きなので、とりわけ、現代アート的なパフォーマンスやインスタレーション等には全く関心がなかった。
 長年、追求し続けた、私独自の絵画表現は、多分、オリジナル過ぎて、どこの絵画範疇・領域にも当てはまらないものになっていたのだろう。子供時代にはそれでも、飛び抜けて高い描写能力故か、絵画・イラストコンクールでの入選・受賞が相次いだが、ようやく学習期の終盤に差し掛かり、大学の卒業近くから、再び絵画公募展に出品してみると、なかなか評価されにくい状況である事に気付いた。大人の「絵画公募展・団体展」には、それぞれに如実に作画傾向・作風の限定化があり、人脈・派閥・肩書 等の色眼鏡があり、子供の時のように、天真爛漫に型にはまらずに描いても、なかなか高評価されにくいのだ。
 そんな訳で大学以降は、日本画公募展で何度か入選したり、中小規模の展覧会・グループ展で何度か賞をいただいた位で、私の絵が全国的に大きな評価を得る事は少なくなった。それでも不思議と、中島千波先生が審査員を務める全国規模の日本画公募展では、度々、入選を果たした。多分、中島千波先生は、ご自身も院展内で、「作風が院展らしくない」と、上層部から不評だったらしいので、他人の作風にも型をはめずに、比較的純粋に良し悪しで観ているのではないかと、私は思った。

 私の絵を日本画家・洋画家が見ると、「イラスト的だ」と思い、絵本作家・イラストレーターが見ると、「絵画的だ」と思うらしい。絵画評論家・画家の中には、「純粋芸術ではなくて、職人技的だ」と否定的に言う人もいる。多分、職人に聞くと、「これは、どの様式にも適合していないから、芸術なんだろう」と言うであろう。「アニメーション・マンガの影響を受けている」との感想をもらす人も多い。つまりは、独自に深化した私の絵は、いつしか、どこのジャンルにも当てはまらない、独自の絵画表現に達していたようだ。
 私の絵は、一見、奇をてらっている訳でもなく、普通の絵のようでありながら、実は、どこにもぴったり当てはまらない、オリジナル性の高い絵なのである。それ故、どこのジャンルでも完全には理解されず、高評価もされにくい。大学卒業後5年目位以降は、日本画公募展への出品もやめた。公募展・団体展への興味が完全に失せた。ただ、自身の絵が、なかなか他者に理解・評価されにくい事に関しては、大学卒業以降、10年以上は苦しめられ、深く悩みもした・・・。
 そのような経緯で、私は団体展作家ではなく、個展・グループ展で作品発表をするという、独立独歩で歩む画家の道を模索した。今から十数年前に福音館書店のお誘いで、絵本原画を手掛け始めたのをきっかけに、絵画的視野が広がり、少しは、この懊悩から解放されつつあった・・・。
 ところで妙な事に、日本画金唐革紙(手製高級壁紙/大学3年生以降、12年程、製作にたずさわる)~絵本と、日本画を基軸にしつつも、幾つかの表現媒体を探究したおかげか、新聞・雑誌・専門誌・テレビ・ネット等のメディア関係にも度々取り上げられ、現代日本画家の中では、私の全国的な知名度だけは高位置にあるようだ~? 今、少しずつ衰退しつつある、旧態依然とした日本画壇に固執する事なく、苦心しながらも新たな境地を模索し続ける私の創造的姿勢は、決して間違いではなかったのだろう。ようやく時代が、わずかながら、私に追い付いてきたようだ・・・。

「デオ・マイジュ〔小さな女神〕(ネパール)」F12号
日本画 「デオ・マイジュ〔小さな女神〕(ネパール)」(F12号) 2010年

絵本『ながいかみのむすめ チャンファメイ』表紙・表
絵本 『ながいかみのむすめ チャンファメイ』 (福音館書店こどものとも) 2013年


 そして、ここ5年余りは、その”個性・独自性・独創性”こそ、絵画芸術にとって最も大切な要素ではないかと思い直すようになった。もちろんプロであるからには、超高度な技術力と思想・知識の裏付けは必須である。しかし、それ以上に、他者の評価等を当てにはせず、自分が描きたい絵を描きたいように描くという、子供の頃のような自由な創作姿勢が最も重要なのだと悟った。その”個性・独自性・独創性”こそ、芸術における最も不可欠な命脈であり、真実なのだと・・・。
 たとえ世間・専門家に評価されずとも、バカ売れしなくとも、少数でも、たとえ一人でも、心底、私の絵を好いてくれる人がいるのなら、それで良い。一人の人が、生きていて良かったと感じてもらえる絵を描けるのなら、それで良い。私は生涯、誠心誠意、心を込めて、絵を描き続けよう~。


テーマ : 文明・文化&思想
ジャンル : 学問・文化・芸術

後藤 仁 プロフィール

後藤 仁(GOTO JIN/后藤 仁)

Author:後藤 仁(GOTO JIN/后藤 仁)
~後藤 仁 公式ブログ1~
日本画家・絵本画家 後藤 仁(GOTO JIN/后藤 仁)の日本画制作、絵本原画制作、写生旅行、展覧会などのご案内を日誌につづります。

 〔後藤 仁 略歴〕
1968年兵庫県赤穂市生まれ。15歳、大阪市立工芸高校 美術科で日本画を始める。東京藝術大学 絵画科日本画専攻 卒業、後藤純男先生(日本芸術院賞・恩賜賞受賞者)に師事。在学中より約12年間、旧岩崎邸、入船山記念館、孫文記念館(移情閣)等の金唐革紙(手製高級壁紙)の全復元を行う。
卒業以降は日本画家として活動し、中国・インドをはじめ世界各地に取材した「アジアの美人画」をテーマとする作品を描き、国内外で展覧会を開催する。近年は絵本の原画制作に力を入れる。
○絵本作品に『ながいかみのむすめチャンファメイ』(福音館書店)、『犬になった王子 チベットの民話』(岩波書店)、『わかがえりのみず』(鈴木出版)、『金色の鹿』(子供教育出版)、挿絵作品に『おしゃかさま物語』(佼成出版社)。
『犬になった王子 チベットの民話』は、Internationale Jugendbibliothek München ミュンヘン国際児童図書館(ドイツ)の「The White Ravens 2014/ザ・ホワイト・レイブンス 国際推薦児童図書目録2014」に選定される。また、宮崎 駿 氏の絵物語「シュナの旅」の原話になった事でも知られている。
○NHK日曜美術館の取材協力他、テレビ・新聞・専門誌・インターネットサイト等への出演・掲載も多い。
○東京藝術大学デザイン科 非常勤講師、元 東京造形大学 絵本講師。国選定保存技術 金唐革紙 製作技術保持者。日本美術家連盟 会員(ご推薦者:中島千波先生)、絵本学会 会員、日本中国文化交流協会 会員、この本だいすきの会 会員。千葉県松戸市在住。
★現在、ユネスコ無形文化遺産・大垣祭り 布袋軕「天井画」の制作中~❣ 中国向けの「絵本」も制作中~❣

最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
カウンター
後藤 仁 アルバム
後藤 仁のアルバムを掲載いたします。
フリーエリア
フェイスブック 後藤 仁 Jin Goto


フェイスブックページ「日本画家・絵本画家 後藤 仁」 | 


フェイスブックページ「ながいかみのむすめチャンファメイ」 | 


フェイスブックページ「犬になった王子 チベットの民話」 | 







ブクログ「後藤 仁の本棚」ブクログ

絵本ナビ「犬になった王子  チベットの民話」絵本ナビ「犬になった王子 チベットの民話」
絵:後藤 仁 /文:君島 久子 /出版社:岩波書店絵本ナビ


検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QR