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2020-03-04

或る清貧画家の苦悩の断簡 (日々のつぶやき まとめ)

 私はフェイスブックやツイッターで、時々ブツブツとつぶやいています。日々に感じた よしなし事を、制作の合間に、そこはかとなく書きなぐっています。日々忙しい制作の前後などの短時間に、多くは鬱積した思いを短く吐き出した内容で、私にとっては、ある種のカタルシスのようなものだと思います。ほぼ感情の赴くまま、あまり吟味もせずにつぶやいた言葉は、大抵、乱暴で がさつで洗練もされていません。美術・芸術に関しては、自分に対しても他人に対しても、常々厳しい姿勢を取ってしまい、時には意図せずに、つい否定的・差別的にとられる表現が出てしまう場合もありますが、それらは美術・芸術に対する私の強いこだわり・厳しい見方がなす仕業なので、個人・団体を根本的に差別・誹謗しようという思惑は全くないのです。そこは大らかに大目に見ていただけますよう、ご理解いただけますと有難いです。(事実、ある先輩画家の誤解を招いて、ややこしい事になりましたので・・・。)
 最後にも書いてありますが、私は「画家」であり、「文筆家」ではありません。本質的に、その文章には何の価値もなく、意味もないのです。私の本質を知りたい方は、ぜひ、日本画(印刷・ネット画像ではなく実物を)や絵本作品をご覧いただけましたら幸いです。”絵”に私の真実があります。ただ私の日本画や絵本作品と合わせて考察すると、その時々の感情の揺れや高まりが見て取れ、一人の珍奇な芸術家を理解する手助けとなるかも知れません・・・。
 とある美術団体の展覧会実行委員会委員長を務めた事などが原因で、再び多くの煩悶・疑問が増してきた、2019年4月頃より、内容が比較的面白そうな つぶやきをまとめてみましたら、全編ではけっこう長くなりました。問題発言も多いかと思いますが、あえて、ほぼ原文のまま掲載いたします。誠にたわいもないですが、一若輩芸術家の苦悩の断簡を、ご興味がある方はお読み下さい~。
  絵師(日本画家・絵本画家) 後藤 仁

           *

2019年4月23日

 『日本に着いた直後にニュースで見たのですが、私がコロンボを発った同じ頃、バングラデシュの空港で爆破テロ事件が起こったという事を知りました。現在の世の中は、全ての物象が徐々に物騒な状況に向かっています。バングラデシュと同じ南アジアに位置するスリランカでも、同じような危機情報が飛び交っているでしょうから、そう考えると、今回のスリランカの異様な警備体制も合点がいきます。今の世の中の現状を踏まえると、よく言われる事ですが、もしかしたら日本人の方が平和ボケしているのかも知れませんね。それと同時に、ますます「平和」というもの、「寛容性、融和精神」の大切さを改めて実感する事になります。
 今回の旅では、素晴らしいスリランカの文化に触れた大きな感動と共に、何かしら理解しがたい巨大な不安の影を感じました。思いやり・利他精神は、思いやり・利他精神につながり、不安・懐疑・恐怖は、不安・懐疑・恐怖を増幅します。そんな時、ゴータマ・ブッダが2500年も昔に唱えられた、言葉の重要性を知る事となるのです・・・・
 「実にこの世においては、怨みに報いるに怨みをもってしたならば、ついに怨みのやむことがない。怨みをすててこそやむ。これは永遠の真理である。」 (「ブッダの真理のことば 感興のことば」中村 元 訳/岩波文庫、より)』
(後藤 仁 公式ブログ「スリランカ写生旅行 その12(最終回)」より抜粋)

 私が2016年の「スリランカ写生旅行」の道中、肌で感じた大きな不安が、やはり現実のものになってしまいました・・・。とても悲しく残念な事ですが、これが今の困難な時代の現実なのです。海外の取材旅行も気軽な気持ちではいけません。まさに命懸けの旅路になるのです。
 ただ、世界のアジアの美しさを描き伝える事と、世界中の人と人とが手を取り合う事の大切さを失ってはいけません・・・。
(※スリランカの爆破テロ事件の報道を受けて。)


2019年5月4日

 随分久しぶりに、後藤純男先生と飲んだ・・・・・夢を見た。何かの学校の団体国内旅行の設定で、大きな旅館(ホテル)に泊まっていて、自分の部屋の場所に迷って、たまたま食堂に紛れ込んだら、そこに後藤純男先生が一人飲んでいて、私も一緒に焼酎をいただき、かなり酔っぱらう・・・という奇妙な話である。その時の先生はとても嬉しそうな様子であった・・・・。
 しかし、私の夢は大概とてもリアルであり、今回も特に後藤純男先生と出会う場面は誠にリアルであった。本当に、夢で天国の先生に会ったのかも知れないな・・・。
 
 私の師であり、3年程前にご病気で亡くなられた後藤純男先生は、日本を代表する十指に入る日本画家であり、東京藝術大学名誉教授・西安美術学院(大学)名誉教授・日本芸術院賞 恩賜賞受賞者の巨匠である。一般的にはネスカフェゴールドブレンド「違いがわかる男」のCMに出演した事でも有名である。
 10数年前までの先生がお元気な頃には、埼玉県や北海道・沖縄・那須のアトリエ兼別荘に度々おじゃまして(先生には私が知るだけでも、奈良にもう一つの計5か所のアトリエが自宅以外にあるらしい。私はその内の4か所は訪れている。)、多い時には週に2回位のペースで、お酒を飲み、絵の話を聞かせていただいたものである。今思うと、日本画がまだ昭和からの全盛期の最中(終盤であるが)でもあり、いい時代だったな~。先生のアトリエにはひっきりなしに、画商やら百貨店マンやら日本画家やら財界人やらが出入りしていた(政界人は晩年までは敬遠していたらしい)。私がお会いした人だけでも、西安美術学院の教授陣や、埼玉県警の警視正(埼玉県内に確か4人しかいないとか)夫妻だとか、複数の百貨店の美術部長だとか、様々なジャンルの大物がいた。デヴィ夫人がアトリエに来た時の、先生とのツーショット写真も置いてあった・・・。
 そんな巨人的なご活躍を見せた屈強な先生も、病に倒れた。人間的にはワガママで自由奔放なお人であったが、”絵” ”日本画”に関しては、誠に真面目で、とても素晴らしくて力強い作品を描かれた、まさに私の尊敬する師であった・・・・。
 
 夢の中でも、あの頃のまま、ゆったりと自由気ままに酒を楽しむ先生のいらっしゃる、仙境のような光景に、誠に暖かい気持ちになって目が覚めた~。


2019年5月8日

 一昨日は、加山又造先生が夢に現われました。先日の後藤純男先生に続き、日本画の超大御所が夢に出てきますね・・・。しかし、後藤純男先生はこれまでにも、度々、夢に現れる事があるのですが(実物より20倍位も巨大なアトリエが出てきたりします)、加山先生が現われたのは初めてかも知れません。

 夢の中で私が「個展」をやっていますと、「この絵は院展みたいだな~」と言っている声が聞こえるので近づいてみると、加山又造先生でした。多分、前の画廊宮坂での「個展」で中島千波先生に同様の事を実際に言われたのが、夢では加山先生の言葉として現れたようです。私は昔(30年以上前)の院展への憧れはあったのですが、今はそことは異なる領域・画法を模索してきたので、少し残念でもありましたが、画題や描き方には、やはり院展の影響がいまだにあるのでしょう・・・。
 加山又造先生には、東京藝術大学の日本画合同研究会で少し教わっただけですが、印象深い先生でした。時々校内で会ってご挨拶すると、「元気ですか~」と、か細い枯れた声で答えてくれました。

 私が東京藝術大学の受験時の面接では、平山郁夫先生、加山又造先生、後藤純男先生、福井爽人先生 他、10名程の先生方が正面に居並び、窓の逆光を後光のように受けて、光り輝いていました。さすがにこの時は緊張しましたね~。
 今思うと、あの頃が、明治時代から100年余り続く日本画黄金期の最後の時代でしたね・・・。明治以来、多少の盛り上がり下がりはありながらも、日本美術界の頂点を継続してきた日本画界。昔の人なら、横山大観、菱田春草、上村松園、小林古径、前田青邨、伊東深水 等といったら、ほとんどの人には通じましたが、今では東山魁夷、平山郁夫がギリギリでしょうね・・・。平山先生も加山先生も後藤純男先生も、日展の東山魁夷先生も高山辰雄先生も亡くなられた今、日本画界も東京藝術大学日本画教授陣も、昔ほどの偉大さはなくなりました。

 しかし、時代の変遷で、アート・美術文化の中心が、現代アートや、更にはマンガ・アニメ・ゲームに移った今日でも、まだまだ日本画の輝ける道はあると、私は信じています。
 今の所、日本画界の権威だけは、高さを何とか保っていますが、この先は分かりません・・・。しかし、黄金期の再来とまではいかなくても、シルバー期位は、この後の時代にも演出できるのではないかと信じています。
 個人的には、まだ日本画の勢いがあった頃に、巨人とも呼べる偉大な歴史的な日本画家に直接、お会いでき、学べた事は、何よりも私の宝なのです。
 私は、今後も、日本画の新しく輝ける方策を模索しながら、日々、画道に精進するしかないのです。


2019年5月8日

 私が思うには、優れた「リーダー像」というものは、高い理想を掲げて、それを実現しようと、人の先頭に立って奮闘する人の事である。その際に留意したいのは、下の立場の者が動きやすいように環境を整えてあげられる人である必要性がある。そして、良い内容なら下の者の考えを時には取り入れ、外部やさらに上からの不条理な圧力から下の者を守ってあげられる、懐の深い人でないといけない。
 下の立場の者に自分の意見のみを強要する者や、圧力をかける事を楽しんでいるかのような者は、人の上に立つ資格がない。それでは、ただの権力の濫用である。
 また、人は重要な”約束”は守らねばならない。それは人としての必然的な道理であり義理である。それができない者は、人の上に立つ資格はない・・・、と私は思うのだ。


2019年5月15日

 長年、日本画を描いてきた。そんな訳で、今までは比較的、ご年配の応援者ばかりがいらっしゃった。初の「絵本」を出版して6年ばかり経ち、最近ではお子さん・若い方のファンもボチボチ登場してきた~。
 絵画に造詣のあるご年配の方々に応援していただける事も、本当に大切である。また逆に、小さな子供たちは絵画の本質が分からなくても純粋に絵を楽しんでくれるので、実に嬉しくもあり、大切なものなのだ。
 
 今の時代は様々な問題が山積している・・・。次の時代を見据えたら、この時代の子供たちに、本当に優れた美術文化を伝えていく事の大切さを、ひしひしと感じる。真に良い作品を描ける作家というものは、実際のところ実に少ないものである。
 私はまさに命懸けで、本当の絵を求めつつ、伝えていかねばならないという、極めて強い気概を感じている。どんなに辛い事があろうと、苦難にあおうとも、一生、絵を描き続けなければならない。それが、私にできる唯一の天職なのだ。

 
2019年5月29日

 昨日の朝も変にリアルな夢を見た。実際に今、仕事をしている福音館書店「こどものとも」の編集長が夢に出てきて、絵本制作の打ち合わせをしていた。・・・と思ったら、実際には見た事もない、少し若い福音館書店の女性編集者らしき人にいつの間にか代わっていて、その人と具体的な制作の打ち合わせをしていた・・・。と思ったら、今度は仕事をした事もなく見た事もない、G社の編集者だという女性と打ち合わせをしていた・・・。と思ったら、いつの間にか宴会が始まっていて、大王グソクムシみたいな、大きくて妙な海老を腹側からかぶりついた所で、・・・朝6時過ぎ頃、目が覚めた。ちょうどその日は、朝から自動車免許証の更新に行く用があったので、早めに目が覚めて良かった。
 今日は、絵本制作「第12場面」を描き進めた(これは夢ではなく実際の話)。ここの所かなり気合が乗ってきたので、いよいよ「表紙」の下図を描き始めた。きっと良い絵が描けそうだ・・・、そんな気がするのだ。


2019年7月4日

 しかし、いつもながら、間違っても”絵描き”になど、なるものではないと、この歳になって、つくづく思う。よほどの資産家のご子息か、商売上手でなければ、止めておいた方がよいと、将来のある若い人には忠告したい。もしくは、それでも絵を描きたいと欲する、私のような格別な変人でもなければ、本当に純粋な”絵描き”になど、なれっこはない。運や時代性に翻弄される絵描き人生の中、ビジネス的に必要とされない絵描きは、人知れず、抹殺されていく。どんなにやる気があり、才能が高くても、関係ないのだ。運とビジネスセンスが悪ければ、私のように、一生、妙な苦労をするだけだ・・・。
 しかし私は、すべては、この路を選んだ自分のせいだと思う。他人のせいでもなく、時代だけのせいでもない、・・・仕方ない、運命のようなものだ。世間に翻弄され、必要とされず、死んでいくのだろうが、それでもよい。何も恥じることはない。物心ついた時から”絵”を愛し、19歳で単身上京し、苦学をしながら、精一杯、正々堂々と今まで描いてこれただけでも十分幸せだ。人一倍、努力したと、自信を持って、死んでいけばよい。そのように宿命付けられた一生だったら仕方がない。最期まで、とことん描き続けて、笑って逝こうではないか・・・・。

(追記: コメントを寄せていただいた方々に・・・)
 皆様、ありがとうございます。私のSNSはほとんど心の叫び(独り言)でしかないのですが・・・。
 しかし、バブル崩壊後の日本に放り出された絵描きの私は、一度も楽に生活できる時代を経験していません。ただ私は、贅沢をする気など最初から全くないので、それはいいのです。今まで”絵”を続けて来れただけでも、私達の世代はまだ恵まれています・・・。  
 絵はますます売れない時代になるのに、画材代はどんどん高くなるは、時代はつまらない IT・AI 時代になるは・・・。それでも取材は欠かせないので、今年も年に3~4回は海外の取材・展覧会を行わなくてはならないのです。これでは、生きていけません~。  
 私の周囲でも、学生時代に良い絵を描いていたのに、いつの間にか消えていった人が沢山います。逆になぜこの人が・・・と思う人が、要領がいいのか親の財力なのか、残っていたりします。  
 次の世代の絵描きは、多分もっと厳しい時代を迎えると思います。それでは日本の美術・文化が育たない・・・。日本の表現者を取り巻く環境は決して良いとは言えません。それは昔から絵描きはお金持ちの子供しかなれなかったのが、通常なのかもしれませんが、それでは幅の広い本当の芸術家が育ちません。多くの人が、もっと普通に”絵”を鑑賞し、”絵”を飾って楽しめる(安くても良い絵はあります)世の中が来てほしいと、無理は分かっていながら願っています。 
 

2019年7月24日

 人はどうしてこんなにも愚かなのだろうか(私も含め)~。今までにも、特に若い頃(中学・高校・大学時代)には幾多の差別や侮蔑を受けてきた。もう、とっくに慣れっこだ・・・。そのほとんどが、私の評価や実力への妬みや嫉みからくる、無視や、刃のような酷い言葉である。今まで酷い無視・言葉の暴力を受けた時は度々あるが、直接の暴力はまだないのかな・・・(最近のいじめを受ける子供たちよりはましだね。彼ら彼女らは本当に辛いだろうね・・・)。
 しかし、言葉の暴力というものも、時には人を深く傷つけるものだ・・・。(私も常々、歯に衣着せぬ率直な物言いをしてしまい、誤解を生みやすい性質なので注意せねばならないが、口調や文才は今さらなかなか変えられないものである。悪気は全くない場合が大半なのだがね・・・。)
 だが最近、この歳になってまで、同じ事が繰り返されることに驚くばかりだ。私の強すぎる個性も悪いのかも知れないが、人はどこまでも愚かだね~。幼いね~。ただ他人から攻撃を受けるのも慣れてしまって、今ではある種の快感でさえある・・・、やっぱり変態だね! 妬まれてなんぼ、ひがまれてなんぼ、の世界やな!
 一つ確かなことは、今までもそのような酷い差別をしてきた人物は、少なくとも「絵」の世界では大成していないという事実である。
 自分の"器"を見極め、その分にあった生き方をせねばならない。人は"平等"であるべきだというが、それは基本的人権においてである。「絵」という特殊な仕事に、はなから平等はあり得ない。天から与えられた才能と運のみで生きていくしかない、誠に厳しき茨の路である。その才能と運に見放された人間は、・・・世間の評価はさておいて・・・、一生、良い絵は描けないことは確かであろう。


2019年7月27日

 ”巨大津波”の夢を見た・・・。私の夢は概して、リアルな場合が多いが、今回はその中でも極めて明確な夢だった。まるでそこにいるかのような臨場感だった・・・・。

 場所は故郷の赤穂の海近くらしい。大津波が来たという情報が入ったが、今いる所は、海際の小山(海抜50~100m位の小山)から、1㎞程離れた、もう一つの同じ位の高さの小山の上である。「ここはさすがに大丈夫だろう」と家族と話していた。小山の上からの眺めは極めてリアルで、眼下には田んぼや所々に家々が見え、その先に海際の小山がある。
 ところが・・・、津波が山を越えた!。
 あの大きな障壁を、斜めに滑るように水が越えてくる光景は、あまりに現実的でおぞましい光景だった。多分、報道で見た、巨大堤防を越える津波の映像が頭に焼き付いていたのだろうが、それにしても津波が山を越えるという発想を私は考えた事もなかった。
 私は家族を連れ、「逃げろ!!」と叫んだ。ここは向こうの山とほぼ同じ海抜である。ここにも波は来る。少しでも高い崖を目指して、岩を這い上った。20m程は上に行けたが、もう時間がない。私は焦っていた。隣には私の家族以外に4名程の知らない人達(1人の男性と、家族らしき女性と子供2人位のグループ)も逃げてきていた。そこは山寺の境内らしく、「あの屋根の上に登ろう」と考えたが、もう、津波はそこまで迫っている気配である。「もう間に合わない・・・」と寺の裏を見ると、水がそこまで来ていた。しかし、そこで水は止まり、少しずつ引いていった・・・・。
 本当なら、まだ、第2波・第3波があるので油断ならないが、夢の中ではそこで完結したらしく、私達はホッとして、皆で安堵した・・・、「もし、さっきの所にいたら、きっと死んでいたね・・・」と数人で話し合った。

 ・・・・ところで目が覚めた。目が覚めると朝の4時頃だったが、外では雨が降っていた。子供の頃に怖い夢を見た時ほどドキドキはしていなかったが、あまりにリアルな画像と体感は、どこかの現実的異空間に入り込んだような感じだった。
 実に不吉である。前に、原爆が炸裂する、とてもリアルな夢を見た事があるが、それ以来の衝撃的な夢であった・・・。この夢は、何かの啓示であろうか。近い将来、何もない事を祈ろう・・・・。
(※この夢は、本当に いずれ来るであろう超巨大津波を指しているのか、はたまた、今、猛威を振るっている新型コロナウイルスを暗示していたのか・・・?。それとも、日本美術界・美術団体のありようを示唆しているのか?。)


2019年9月26日

 先日、NHK『クローズアップ現代』で「現代アート」についてやっていましたが、共感する部分が多くありました。

 日本は高度成長期・バブル期に経済的には膨れ上がりましたが、文化・美術方面ではアニメ・マンガ・ゲームの隆盛こそありましたが、「純粋美術」はほとんど成長しませんでした。いや、むしろ衰退しています・・・。日本の大多数の若手画家は食べていくだけで精一杯で、作品制作を続ける事が至難の業になっています。お金持ちのご子息か、よほど商売が上手いか、かなり幸運な人しか、作家として残れません。
 私も日本の最貧層の生活で、収入のほぼ全てを画材と取材旅行につぎこんで、何とか今まで、ギリギリ生きてきました。私は50歳まで描けたので、あとはどうなってもよいのです。ただ描けるだけ描きまくり死んでいくだけです・・・。ただ、次世代を担う、若き芸術家・画家の事を考えると、日本の現状に気が滅入ります。日本の芸術・美術・文化が滅んでいく・・・。もしくは、気概のある、優れた画家は海外に流出するしかありません。
 日本の文化・文明を滅ぼしてはいけません。「現代美術」とは、いわゆる「現代アート」だけではなく、伝統を継承した「日本画」等もまた、現代に生きる現代アートと言えるのです。

 この類の話をしだしたら尽きることがありませんので、ここでは短く書くだけにします。
 今後とも、日本の心ある、お一人お一人が、芸術・美術・絵画に関心を持ち、何かしらの形で参加・支援していただける事を、心より願っています。


2019年10月26日

 昨日の朝、また不思議なリアルな夢を見た・・・・。
 私の師である後藤純男先生が、再び夢に現れた。先生は、私に一つの硯を差し出し、「使ってくださいね・・・」という感じで、穏やかで優しい笑顔を浮かべられた。私は手に取ると、硯をよく眺めた。「端渓緑石硯」か「洮河緑石硯」であろうか、淡い緑色で彫刻の施された、10㎝×5㎝程の小さな硯である。手には重さを、確かに感じた・・・。
 その前後の脈絡はあまり覚えていないが、その場面だけは鮮明に記憶している。

 少し前に、日本画家の I さんが、自分の師のY先生を通して加山又造先生の硯をいただいたという逸話を話され、「私は後藤純男先生に画材をいただいた事は一度もないですね・・・」などと話したので、その時の記憶がこんな夢になったのだろうか・・・(先生から可愛い茶碗をプレゼントされた事はあり、今も大切に使っているが)。
 それとも、そんな話をしている私を、先生は浄土から眺められ、そうそう忘れていた・・・と、せめて夢の中でと託してくれたのだろうか・・・。
 いずれにしても、前に見た、先生と酒を酌み交わす夢と同じく、いい夢だったな~~。


2019年11月10日

 「無明」という言葉があるが、人はとかく身近な利害にとらわれて、本当の真実に気が付かないものである。それとも、一生、気が付かない人もいると言ってもよかろう・・・。若い人は仕方がないにしても、ある歳を越えてそれでは、世の中、上手くいかないはずである。それは「気のせい・考え過ぎ」ではなく、真実である。そこから目を背けているだけでは、何も解決しないレベルにまで来ている事は、世の中に多々ある。
 多くの人々が、もっと物事の本質について考えねばならないのだろう・・・。そして、苦しくても、身を犠牲にしてでも、そこに立ち向かわなければならない時が来る事を、覚悟せねばならない・・・・。
 

2019年11月20日

 私には、極めて頑固でかたくなな部分と、とても一途で純粋過ぎる部分と、常にごちゃ混ぜになって存在しているらしい・・・。そして、その真実の無垢さゆえに、いつも世間の真人間のふりをした、生きるのと口だけが上手い人々に翻弄されて、最後に一番、傷つくのは、常に私らしい・・・。
 しかし、世の中の人間は、意地の悪い人が多過ぎる・・・。そうであるのならば、たまにはこんな愚か者がいてもいいのだろう・・・。そうでないと世の中、無味乾燥でつまらない世の中になってしまうだろう。しかも、本当に良いもの(芸術・美術)は一切産み出せない世界になるだろうね・・・。
 ただ、いつも、とても疲れるね~~。いつまで生きていられるのやら~~~。
 〔或る天才画家の独白〕


2019年11月21日

 しかし、「派閥」を公然と否定する人に限って、案外、とりあえず今のところ短絡的に有利だろうと思える派閥・グループ・リーダーに、媚を売ったり肩入れしているものであるな~。
 「派閥」というものは、対立を生み出すやっかいなものである反面、集団生活をせざるを得ない猿族である人間には、上手く集団を機能させる良いシステムでもあるのだ。「派閥」が上手く機能し、上下・左右・男女・貧富 等が偏り過ぎずにバランス良く、それぞれが生かされる世の中が理想だ・・・。
 しかし、そのバランスが大きく崩れると危ない。その集団では、中央集権化が進み、必ず独裁が起こるのである。独裁による偏見・差別・虐げを生むくらいなら、やはり人は「派閥」をバランス良く機能させる生き方しかできないのだろう・・・。もしくは、できるだけ集団に関わらずに、一人で生きていく生き方を模索するのか・・・、私のように。


2019年12月10日

 1時間、間があけば、集中するのに2時間はかかる。1日、間があけば、2日かかる。1週間、雑事に追われると、次に高い集中脳に入れるのに、2週間はかかるのだ。1か月間、雑事が多ければ、次の2か月間は本当の精神集中領域には至れない。
 そうして私は、無駄に時間を費やし、図らずも、寡作家になってしまうのだ・・・。

 この5年ばかり、やけに雑事が忙しかった。展覧会(個展・グループ展)・取材旅は本職故、やむを得ないとしても、大学講師の仕事や、その他、団体等での多過ぎるイベント・雑務に翻弄された。
 今年は殊更、そんな雑事が多過ぎて、精神が疲弊し、辟易した。それ故、この年内の制作は、なかなか集中力が増さない~。だが、できるだけ腰を落ち着け、少しずつでも進めておこう。

 来年は、必要最低限度の展覧会・美術講師業を除いて、できる限り、作品制作のみに打ち込みたい。果たしてそうなれるだろうか・・・、否、必ずそうしなければならない。画家として・・・、芸術家として・・・、絵師として・・・。
 

2019年12月24日

 先日、NHKで鉛筆画家・木下 晋さんの特集をしていたが、現実をありのままに描く事も、「芸術」の真実である。表面的に美しいものも、そうでないものも、本質的には全てが”美”と言えるのだから・・・。
 絵本編集者の唐 亜明さんと絵本制作の打合せの途中、木下さんから唐さんにお電話がかかってきていた・・・。絵本の世界も、このような本当の画力と精神力がある美術作家が描くと、いいものだね~。唐さんの目の付け所に感服する・・・。(※ここは皮肉ではなく、本当にそう思っているのです。)

 ところで、私は「アジアの美人画」を画題に描く身である。美しいものを、本当に美しく描く事も、また至難の業である。しかし、それに一生をかけて、挑んでみたい。たとえそこが、一生、届く望みのない高みであったとしても、せいぜいあがきたい。
 ここ数年は雑事・雑念が多過ぎて、集中しきれずに苦慮したが、来年はそんな本当の画家としての、良い制作の年になれるのだろうか・・・。それとも滅びへの年になるのだろうか・・・・。微かな希望を抱いて、もう少しだけ・・、生きていこう。


2019年12月27日

 しかし不思議な事だ・・・、こんなにも世俗の雑事に心が乱され、多分、年とともに精神も穢れきっているというのに。何故に、こんなに美しい線が引けるのだろうか。私の右手には、画神が宿っているというのだろうか・・・。
 多分、結構、美しい人物が描けたと思う。良い表情だ、何とも美しいかな~~。頭で考える前に、自然と良い曲線を手が選んで、自ずから線が引かれていく。実に不思議だ、実に不可思議な事だ・・・。

 今日、中国向けの新作絵本制作の「扉」が完成した。次の「第一場面」は、およそ6割の完成だ。ようやくボチボチ気合が乗ってきたよ~。来年は、更に、もっともっと集中力を増して、命の限り、描きつくしたいね~。 ヽ(^o^)丿


2020年1月9日

 しかし常々思うのだが、現在のあり方では、今の芸術・美術の世界が良くならない訳である・・・。「人生は短く、芸術は長し」、・・・芸術の世界は深遠で、その本質を知る事は、誠に困難である。
 私は小中高校生の頃には、「絵の天才、堺に現る!!」とそれなりに話題ともなり、周囲から期待されたものだが・・・、結局、齢50を超えても、大した芸術家にはなれていない。
 近年はメディアやインターネットが発達した事もあり、誰もが公に主張できる時代になった。それはそれで埋もれた才能を開花させる、良い機会ともなったのであるが・・・。反面、自分を売り込み、派手に宣伝する事ばかりに長けた人が増え過ぎた。その名声に、実力が全く伴わないのが悲しい。

 私は15歳で日本画を始め、そこから苦節35年余り、試行錯誤を繰り返し、何度も高い壁を越え、少しは「日本画」を知れたかと思ったが、実際の所は、日本画の ”に” の字も分かっていないのではないかと、今になって感じる。
 芸術の道は深遠で探りがたく、容易に人をその懐に近づけない、恐ろしい魔物である。安易なパフォーマンスやビジネスや自己顕示欲だけでそこに近づくと、手痛いしっぺ返しを受けるかもしれないのである。
 ただ私は、滅却を承知で、この苦道を歩むしかない。そこだけにしか、自身が進むべき道がないのだから・・・。


2020年1月21日

 現在、NHKの100分 de 名著で「貞観政要」をやっていて、君主=リーダーのあるべき姿、組織・団体のあるべき姿を取り上げています。その番組で、大企業を動かしてきた優れた先達のお話を伺うと、やはり、私の考えるリーダーや組織のあり方は、間違っていなかったのだと再確認できました。上に立つものが、一旦、責任者・担当者を任命したら、たとえ多少納得できない進行であっても、その責任者・担当者を信用して、余程の事がない限り、任せるのが良いあり方だと・・・。また、下の者から諫言があると、上の者は耳を傾けるのが大切だと・・・。

 私は昨年まで、ある団体に属していましたが(私は、その部門の経験・知識が他者より格段に豊富なので、部署リーダー的な役割を担当していました)、そこでは些細な事までにも一々、トップ・他部署の確認・介入があり、自由に企画が遂行できませんでした。また、逆に下の立場の者に任務を任せても、適材適所の人が足りなくて、一々私が手を焼く事になり、上手くこなせない事が多かったのです。また時には、よく動いてくれる人がいるので、安心して任せていたら、自分がリーダーだと勘違いしたのか、勝手に任務以上のリーダーの役割までしだす始末、・・・これには、一人だけに多くを任せておいた私にも、責任はあるのでしょうがね・・・。人手が足りないので仕方ない。

 私は会社や組織での本格的な経験が無い、一匹狼の絵描きなので、団体行動は元々得意ジャンルではなく、組織とはそんなものだと言われれば、そうなのかな~と思っていましたが、やはりそれは、良い組織のあり方ではなかったのだと、確信しました。極めて独裁に近づいていく、又は、一部の人の利害だけで動く恐れのある運営形態だったのです。
 今後、その矛盾や弊害が表面化してくるでしょうから、とりあえず早いうちに離れたのは正解だったのかも知れません。


2020年1月24日

 私が人を、信頼に足る人物か否かを判断する最終的な基準は、その能力や実績のみならず、最も大切な事は、その時点での様々な面・意味での”弱者”に対する対応の仕方である。社会的弱者、民族的弱者、思想・信仰的弱者、身体的弱者、経済的弱者、その他、その時点でたまたま不利な立場に置かれている弱者 等、様々な弱者・被差別者が世の中には存在する。それが時には他者であったり、己であったりもする。
 それらの弱者に対して、その人がどのような対応をするのかを、私は常に冷静に観察してみる。最もいけないのは、弱者を軽んじ侮蔑して、強者にのみへつらう者である。・・・そして、その人物が本当に信頼に足る、そして、たとえ一時でも共に歩むにふさわしい人か否かを、じっくり考えるのである。


2020年2月4日

 しかし、今の時代、”絵(純粋美術)”だけで生きていく事が、いかに困難であるか~。齢50を越え、美術高校の時から35年以上、日本画を描いてきて、つくづく思う・・・。
 東京藝術大学 日本画専攻は当時、1学年、26名いたが、その中で今もまともに絵を続けているのは、多少、年度により増減はあろうが、平均的におよそ、5~6名といったところであろう。バブル期以降は特に厳しい。その5~6名の内、院展作家は1名いるかいないか、日展は藝大にはルートがないので数年に1名位、創画会は学生に人気がなくて数年に1名位、その他は無所属で頑張っている人となる。他美大は詳しく知らないが、多分、多摩美術大学・武蔵野美術大学・京都市立芸術大学・愛知県立芸術大学・女子美術大学・東京造形大学・・・等と、一般的な大学順位表の下位になるにつれ(あくまで一般的に一覧化されている全体評価なので、作家個人個人の能力・実力とは全く関係ないが)、どんどん残存割合は少なくなるのではないだろうか。ただ、藝大生はプライドが高過ぎて、活動レベルを下げたくなくて、つぶしが効かないので、絵をすぐやめてしまう、という説もある。
 日展は30年余り前から勢いがなくなり、画商離れが著しく、創画会は当初から前衛的で玄人受けはするが一般人の人気がなく、院展もこの15~20年、人気作家が次々に亡くなっていき、勢いも下降している。大きな団体に所属していても、絵だけでは到底、食べていけない時代になった。
 反面、無所属作家で特色のある人気作家がちらほら活躍する時代にもなった。良いか悪いかは分からないが、インターネットでデビューして人気を獲得している人も、数は少ないがボチボチ登場している。

 日本画を描くのには、かなりの時間・労力と、極めて高価な画材代がかかる。個展等で、その絵が一枚も売れなければ、収入は全く0である。たとえ売れても、その40~80%位は画商・画廊に持っていかれるのが、一般的な販売契約である。(画廊直売で、画料は良くて60%、百貨店販売で画商を通すと、悪くて画料20%という所もある。印刷物である書籍の印税がおよそ8~10%である事を考えると、原画が20%程度で取引されるという実態は、まさに画商の暴利と言えよう。)サラリーマンも大変であろうが、たとえその時期に大きな実績をあげられなくても、常に一定収入に守られるサラリーマンとは大きく違う、実力・実績・結果のみのシビアな世界である。今の時代、なかなか絵が売れる時代ではない。到底、ほとんど大多数の画家が、絵だけで食べてはいけない。
 このように画家は、”時代性”や”運”に大きく左右される。親が著名画家であったり、大医者や会社の社長・会長等で、よほど親の財力・人脈を活かせる人や、飛びぬけて運が良いか商才に長けた人でない限り、いくら芸術の才能があったり、絵が上手くても、”絵(純粋美術)”だけではやっていけないのが通常なのである。
 後藤純男先生や東山魁夷先生、平山郁夫先生、加山又造先生 等だけを見て、少し頑張れば、自分もああなれるのだと勘違いしてはいけない。あの方達は、高い画力・気力はもちろん、高度成長・バブルという時代の大きな後押しもあった上に、強運と様々な好要因によってあのような大家になりえた、実に極めて稀有な方々なのである。

 しかし生きていく事が極めて困難である事が分かっていても、私は一生この道を行くだろう。なぜなら、それしか私にはできないし、そこにしか価値を見い出せず、他の世界を知る気もないのであるから、仕方ないのである。一種の病気のようなものであろうか・・・。貧乏にさいなまれ、心も体もボロボロになりながら死んでいくのかも知れないが、それが絵に取りつかれた哀れな私の、ささやかな絵描き人生なのであろう。それでも良い、胸を張って、この黄金に輝く道を歩こうか~。


2020年2月24日

 今の世の中、何ごともビジネスとパフォーマンスに過ぎるのが嘆かわしい・・・。美術の世界もしかり。ただ、やりたくはないのだが、最低限そうしなければ、やっていけない時代であるのも事実であるが・・・、本当は全く重要ではない。
 芸術の世界は”内なる世界”に向かわなければ、何も本質をとらえられない深い世界である。外にばかり気を取られていては、本当に大切なものに気が付かない。すなわち自分のない、オリジナル性の無い、模倣・つけ刃的な作品になってしまう。その状態で、どんなに偉大な肩書を並べても、所詮は中身は空虚である・・・。
 美術・芸術は、複雑で独特で深遠な世界である。浅い了見でそこに足を踏み入れても、何も得られないし、間違った方向に進むだけであろう・・・・。


2020年2月25日

 私にとって「絵」とは何か・・・。私は主に” 人物画(美人画)”を描くからだろうか、自身の作品は自身の分身・・” 子ども ”・・、のように感じる。実際の子どもがいないからだろうか、なおさら、作品が愛おしく感じる。
 私は多分、いわゆる世間が規定する、本当のプロの画家ではないのだろう。作品、・・・特に気に入った人物画を手放すのは、常に寂しいのだ。さらに分身化した、印刷物である「絵本」なら、何とか割り切れるが・・・。

 そんな訳で、その作品を、もし他人に委ねるとしたら、本当に私の絵を心底、理解してくれ、好きになってくれる人でないと、信じられないし託す気にはなれない。自分の子どもを、知らない人に売るようなものであるから・・・。
 他者の言動・思考にはとやかく言いたくもないが、作品をただの商品(お金儲けや、自己顕示のための道具)として扱える作家の心が知れない・・・。そんな感性の人とは、私は絶対に付き合えない。もしかしたら、それが本当のプロでありビジネスである画家なのだとしたら、私は一生、プロの画家と見られなくてよい。ただ、幼き頃から絵が好きで、一生描き続け、絵と共に死んでいった、愚かな変人絵描きとして生きよう。そのせいで、食べていけなくて、飢えて死のうが、やむを得ない・・・。それが私の生き方なのだ・・・・。


2020年3月2日

 「実るほど頭をたれる稲穂かな」という言葉がありますが、絵描き(画家)も常にそうあらねばならないと思います。現時点において、少しどこそこで評価されたり、どこそこで立派な肩書が付いたりしても、それが真実、画家の最高の名誉でも、本当に歴史的に優れているという証でもないのです。そんな、かりそめの出来事で奢るようでは、必ず作品が進歩しなくなりますし、その奢りは作品に良くない情感として表出すると信じています。
 私などは、もし藝大時代に上の先生方に上手く合わせていれば、当時、先生方の評価も良かったので、そのまま団体でそれなりの立場にいた可能性も多々ありましたが(歴史に仮定はあり得ませんが)、そのような権威的な出世レールを嫌い、あえて自ら大学を2年間留年し、形式的出世の道を放擲しました。確かに若気の至りで、愚かな奴だと周囲からさげすまれました。その20代前半のたった2年間によって、少なくとも現在の私の社会的評価は20年以上遅れていますが、それで良いのだと、強がっています。(だいたい本質的には、大学などどうでもよいと考えており、どこに行こうが行くまいが、本人がその後、どのような芸術活動を繰り広げられるかが、全ての重要事です。)安易な道を選ぶより、困難な茨の道を行った方が、自身、身も心もボロボロになりながらも、”芸術”の真実にたどり着けるのだと、愚かにも信じているのです・・・・。画材代や取材旅行費が常に足りないのは(それどころか生活費も厳しいが)、実に苦しい所だがやむを得ません~。
 歴史的に残ってきた作家・作品には、やはり極めて優れた作家・作品があります。そんなものは大した事がないという現代作家に、時々出会いますが、大概、その人の作品は、その自信だけに、それなりに悪くはない場合もありますが、歴史的な作家をけなす程ではありません(とんでもないレベルの場合も多々あり)。”謙虚”に歴史に学び、吸収し、そして、新たな”独自性”のある世界を貪欲に模索しなければいけないと、私は考えています。古来の模倣だけでもいけません。自分だけにしか描けない、オリジナルの世界を探求していかないと、今の時代に絵を描いている意味がありません。昔の作品の焼き直しでは、どんなに上手く描けようと、昔の作品に勝る事はできません。その時代の作家は、その道(表現法)に最も長けています。
 そんなこんなで何とか今も絵を描いています。一生かかっても決してたどり着けぬ”芸術の高み”ですが、私自身、「実るほど頭をたれる稲穂かな」の精神を忘れぬように、謙虚に、そして貪欲に、自身の絵の路を右往左往、模索していきたいと願っています。


2020年3月3日

 それにしても人間社会では、それほどに”言葉”が大切なのだろうか・・・。「始めに言葉ありき」という通り、確かに言葉とは、動物と人とを分ける最大の特徴の一つだと言えよう。ただ、その言葉の使い方によって、他者から誤解を招いたり、諍いの元になったりするのは悲しい・・・。
 私などは生来、右脳人間(感性人間)らしく、言語能力(左脳・理性脳)に欠落があるようで、最初から言葉には期待していない。その為に、「絵」を最大の自己表現手法として生きてきたのだ。私の言葉など、大概、お遊びに過ぎず、大した意味を持っていないのだ。その為に、フェイスブック・ツイッター等でも、何のためらいもなく、ブツブツつぶやく事ができる~。
 ただ、「絵」は別である。本当の真実の自分が投影される。その為に、その制作は常に真剣勝負であり、その作品は、自身の子どもの如く、誠に大切に扱う事になるのだ・・・。
 本当の私は、言葉の中には無い。自身の「絵」の中だけに存在している。


(※たわいもない つぶやきは、これからも まだまだ続くのでしょうか、はたまた、言葉をもてあそんだ天罰を喰らって、いずれ私の命運が尽きるのでしょうか・・・・。)

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テーマ : 文明・文化&思想
ジャンル : 学問・文化・芸術

後藤 仁 プロフィール

後藤 仁(GOTO JIN/后藤 仁)

Author:後藤 仁(GOTO JIN/后藤 仁)
~後藤 仁 公式ブログ1~
日本画家・絵本画家 後藤 仁(GOTO JIN/后藤 仁)の日本画制作、絵本原画制作、写生旅行、展覧会などのご案内を日誌につづります。

 〔後藤 仁 略歴〕
1968年兵庫県赤穂市生まれ。15歳、大阪市立工芸高校 美術科で日本画を始める。東京藝術大学 絵画科日本画専攻 卒業、後藤純男先生(日本芸術院賞・恩賜賞受賞者)に師事。在学中より約12年間、旧岩崎邸、入船山記念館、孫文記念館(移情閣)等の金唐革紙(手製高級壁紙)の全復元を行う。卒業以降は日本画家として活動し、中国・インドをはじめ世界各地に取材した「アジアの美人画」をテーマとする作品を描き、国内外で展覧会を開催する。近年は絵本の原画制作に力を入れる。
○絵本作品に『ながいかみのむすめチャンファメイ』(福音館書店)、『犬になった王子 チベットの民話』(岩波書店)、『わかがえりのみず』(鈴木出版)、『金色の鹿』(子供教育出版)、挿絵作品に『おしゃかさま物語』(佼成出版社)。『犬になった王子 チベットの民話』は、Internationale Jugendbibliothek München ミュンヘン国際児童図書館(ドイツ)の「The White Ravens 2014/ザ・ホワイト・レイブンス 国際推薦児童図書目録2014」に選定される。NHK日曜美術館の取材協力他、テレビ・新聞・インターネットサイト等への出演・掲載も多い。
○東京藝術大学デザイン科 非常勤講師、元 東京造形大学 絵本講師。国選定保存技術 金唐革紙 製作技術保持者。日本美術家連盟 会員(ご推薦者:中島千波先生)、絵本学会 会員、日本中国文化交流協会 会員、この本だいすきの会 会員。千葉県松戸市在住。

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絵:後藤 仁 /文:君島 久子 /出版社:岩波書店絵本ナビ


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