2013-05-25

絵本『ながいかみのむすめ チャンファメイ』出版までの永き道のり その8

絵本『ながいかみのむすめ チャンファメイ』本画制作

 2011年5月31日より、絵本の表紙の「本画」制作に入ったのですが、その前の「ラフスケッチ」の話に少し戻ります。
 絵本の表紙は作品のイメージを決定する大切な一枚ですので、ラフスケッチでもかなり練り直しました。中国・肇興で見たトン族の琵琶歌が印象に強くあり、物語の後日談のイメージでチャンファメイが琵琶歌を歌っている場面を想定しました。しかし、福音館書店編集部の意見では、絵本の中に出てこない場面は読者の混乱を招くし、チャンファメイの晴れ着が豪華すぎるので寒村にふさわしくないと言いますので、なる程そうかもしれないと考察し直しました。
 また、絵本の第一場面に描く予定だった「鼓楼」も、寒村にふさわしくないという意見で変更しました。
 しかし、実際のトン族にとって「鼓楼」というのは何よりも大切なもので、村を造成する時自分たちの家屋を建設するより前に、まず「鼓楼」を建設すると言います。どんな小さな部落にも、その規模に見合った大小の「鼓楼」が必ずあるのです。また、晴れ着も少数民族のアイデンティティを示すとても大切なもので、祖母から母、母から娘へと先祖代々受け継ぎ増やして来た立派な衣装が、どんな貧しい家庭にも必ずあります。この辺りが、日本人一般の価値観(服や家が立派なのは、金銭的に豊かな証拠であると考える事。)と少し異なる点で説明が必要なのですが、今回は編集部の一般論を飲む事にしました。
 表紙のラフスケッチを描き直し、ガジュマルの木陰で休むチャンファメイの姿にしました。途中でポーズを正面位置から、少し愁いのある美しい横顔に描き直し決定としました。確かに絵本の内容とも合致しており、良い風情の表紙案になり、私もこのチャンファメイがとても気に入りました。

絵本ラフスケッチ1絵本ラフスケッチ 第4案(チャンファメイが琵琶歌を歌う場面)

絵本ラフスケッチ2絵本ラフスケッチ 第5案(チャンファメイがガジュマルの木の下で休む場面)

絵本ラフスケッチ3絵本ラフスケッチ 第6案(チャンファメイのポーズを変更)

絵本旧下図表紙・扉の旧下図(ラフスケッチ 第4案の後に描いていた表紙・扉の旧下図。座ったチャンファメイが琵琶歌を歌っている場面)


 絵本の「本画」制作は、純粋な「日本画」で描く事は決めていました。「日本画」は1000年以上前から伝わる日本の伝統的な画法です。しかし、現在の日本では、マンガ・アニメ・ゲームといったサブカルチャーのみがクローズアップされて、伝統的な純粋美術がほとんど若い世代に受け継がれていないという悲しい状況です。中年位の人でも「日本画」を全く知らない人も多く見かけます。
 文明というものは経済・科学だけが発達するのでは深度を増しません、美術等の文化や思想も充実していかないと、つまらない世の中になってしまうでしょう。ただ、これには私達作家側にも責任はあります。美術団体内外での派閥争い・権威争いという内輪の理論にばかりに執心して、類型的・没個性な作品ばかりを提示し、本当に大衆が望む新鮮で質の高い作品を創作してこなかったから、時代に遅れ人心と乖離してしまったのです。ただの大衆迎合だけでもいけないのですが、多くの一般人の心をつかまないと美術作品もやはり意味がありません。時代の変遷でやむを得ない部分もありますが、私は最期まで手造りの良さに拘泥しながら、個性的な鮮度の高い真の芸術作品を創り続けて行きたいと考えています。
 今回、私は「絵本」という気軽に子供が触れる事の出来る媒体で、多くの人々に本格的な「日本画」を知ってもらいたいという、強い願いもありました。

 「日本画」は作風にもよりますが、ざっと見て制作期間は水彩画の約10倍、制作費用は約20倍はかかります。一見とても効率の悪い画材ですが、その分完成した作品は他の絵の具では絶対に出せない落ち着いた美しい色彩や、墨線のしなやかさ、マチエール(絵肌)の複雑さ等を表現出来ます。他の画材の追随を許さない、その格調の高さは「日本画」の魅力です。ただ、上手く描きこなさないと、色が鈍くなったり剥落したりと思う様に描けません。人にもよりますが、ほぼ毎日描いたとしても最低10年以上は描かないと、完全な絵になってこないでしょう。私は15歳から日本画を始め、30年間に何百枚という日本画を描いていますが、何とか思うイメージに近い作品が描ける様になったのは、ここ5~6年の事です。それまでは失敗の連続で、もちろん今でもまだまだ理想の作品には程遠いのが現状です。ただ、一度「日本画」の画材の魅力に取り付かれた人は、他の画材では全く物足りなく感じる事は、間違い無いでしょう。

 「日本画」はまず「下図(したず。下絵とも言う)」を描きます。小下図・中下図・大下図と大きさの違う下図を何枚も描く作家もいますが、私はだいたいの場合「エスキース(簡単な下図原案)」をとった後、本画原寸大の大下図だけを描きます。今回の絵本では表紙等は新たに下図を描き、場面によってはラフスケッチの絵を転写して用いました。
 『ながいかみのむすめ チャンファメイ』のイメージは頭の中で熟成されていたのですが、やはり描いてみて初めて完全なイメージが完成します。初めての絵本原画制作でもあり、どの方向に進んで行くのか自分でも定かでは無く、まさに筆任せでした。
 最初は表紙画から描き始めました。表紙はP10号という今回の原画中で一番大きな画面に、絵本サイズより拡大して描いています。

絵本表紙骨描き絵本表紙 部分(骨描き・胡粉塗り・地塗りを終えた所)


 2011年5月31日から「本画」制作の開始です。下図を念紙(ねんし。転写用の紙)で本紙(今回は主に「雲肌麻紙(くもはだまし)」という和紙を使用しました。)に転写します。その薄い線の上を、墨線で描き起こします。この最初の墨線の事を「骨描き(こつがき)」といい、最後まで絵の出来に作用する重要な工程です。骨描きには大抵「墨入れ(墨で濃い部分を塗る)」をします。この骨描きで、初めてチャンファメイのイメージが完全に見えて来ました。とても美しく愁いのある表情が現われました。
 日本画は、岩絵具(いわえのぐ)、水干絵具(すいひえのぐ)、胡粉(ごふん)といった鉱物・宝石や貝殻等を砕いて粉にした絵の具に、膠(にかわ。動物の軟骨・皮等から作るコラーゲン物質)と水を混ぜて描きます。この接着剤の役割をする膠の加減が日本画の命の一つで、永年の経験と勘が必要です。
 「骨描き」の次は「胡粉塗り」です。近年、厚塗りが主流となりこの工程を省く作家が多くなっていますが、本来は絵の具の発色を良くする大切な工程です。また、和紙の保存の観点からも意味がある様です。
 胡粉を塗っては自然乾燥させ、塗っては自然乾燥させ、丁寧に2~3度塗り重ねます。その後、絵のイメージ色となる主調色の「地塗り」をします。だいたい黄土色を塗る場合が多いですが、今回の表紙画も黄土色を2度程重ねました。
 それから「彩色(さいしき)」に入ります。岩絵具・水干絵具を効果的に塗り重ねます。日本画は透明水彩等と同じく、混色では無く主に重色(じゅうしょく。色を重ねて色彩を作る描法)で色を作り出します。古来は2~4度程重色したのですが、私の場合5~20回程は重色しますので、多分かなり多く重ねる方だと思います。それによって私独特の透明感のある色合いが生み出されますが、膠の分量や色の選択がより厳密となり、経験と勘がものを言います。ただ、絵本の印刷ではこの透明感があまり伝わりませんので、機会があればぜひ原画を見て下さい。
 チャンファメイの「題名」は別に描いて印刷で合成しましたので、表紙の原画は純粋な絵のみです。近景のガジュマルの下で髪をとかす安らいだチャンファメイと、遠景の透き通ったトウカオ山の対比を描きたかったのです。古来描かれてきた「樹下美人図」も踏まえた構想です。近景は日本画の代表的な色の緑青(ろくしょう)でまとめ、遠景は薄い群青(ぐんじょう)と胡粉の白で描きました。近景と遠景のはるかな距離感を演出しましたが、この距離感は実際の絵本の場面設定を無視しており、あくまで水の出た山を憧憬するチャンファメイの心象風景を描いたものです。
 日本画はむらなく色を塗るだけでも非常に難しく、むらを無くす為には作画工程に工夫が要ります。また、必然的に表れる独特のむら・にじみ等を、効果的に生かす表現の工夫も必要です。色を何度も塗り重ね、墨で描き起こし、また色を塗り重ね、描き起こしを繰り返します。チャンファメイの目鼻は当然かなりの集中力でもって描きますが、今回はテーマとなる髪の毛の描写に相当こだわりました。私は彩色には主に天然則妙(てんねんそくみょう)や連筆(れんぴつ)という筆を多用し、細い線の描写にはコリンスキーという極細の筆を用います。このコリンスキーの毛先の命毛が2~3枚描くと効かなくなり、新しい筆に取り替えます。
 制作中は一人アトリエにこもって集中するのですが、描いている最中を他人から見たら多分尋常では無い雰囲気で、常軌を逸している事でしょう。作品には作家の苦労が現われずに、純粋に美しく心奪われる作風を良しと私は考えますが、その裏には結構過酷な創作の世界があるのです。
 
 この後も何度か手直しを加えるのですが、こうして20日程かけて一旦表紙画が完成しました。今回、子供達に私の出来る限り最上の作品を見せてやりたいという強い思いを込め、普段の日本画制作以上に力を入れ、細部まで一切の妥協をせずに描き込みました。
 これで絵本『チャンファメイ』の全体のイメージが完全に捉えられましたので、次々と扉、場面と描き進めて行きました。

 この話はまた次回としましょう。
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2013-05-19

絵本『ながいかみのむすめ チャンファメイ』出版までの永き道のり その7

 絵本『ながいかみのむすめ チャンファメイ』 ラフスケッチ制作

 写生旅行を終えた私は日本に戻り、多くのスケッチ・写真・映像・原話・資料類からイメージをふくらませ、絵本の原案を練っていきました。絵本の「コマ割り(場面割り)」も基本的に私が行いました。『こどものとも』は表紙・見返し・扉・第1~第15場面・後ろ扉の19枚と決まっていますので、それに合わせて作画します。
 2008年5月頃には、君島久子先生の絵本用の文章の第一案も届きましたので、その文章からさらに原案を練り直します。その原案を元に「ラフスケッチ」の第一案を描きました。「ラフスケッチ」とは、絵画で言えば「下図」や「エスキース」、アニメで言えば「絵コンテ」にあたるもので、束見本(つかみほん。絵本の完成形に束ねられた白い冊子)に描いた「ラフスケッチ」を何度か改変していきながら、絵本の「本画」のイメージを確定していきます。
 「ラフスケッチ」の第一案は、2008年6月12日に完成しました。まだ、鉛筆と色鉛筆だけで簡単に描いたものですが、これが絵本の全ての元になる重要な原点です。
 早速、福音館書店の担当編集者にコピーを送りました。第一案では、日本画家の特長を活かそうと考えて、絵巻物形式の描き出しにしたり、異時同図法(一場面に、時間の異なる同一人物を複数描く絵画技法)を取り入れたりしていたのですが、子供には分かりにくいという編集部の意見を取り入れて変更したり、他にも人の動きの描き直し等をして、6月25日に「ラフスケッチ」第二案を描き上げました。

 その後、福音館書店側の都合によって少し間が空きましたので、その間にブタのスケッチや、資料の再調査等をしていました。ブタは上千葉砂原公園や市川市動植物園に何度も通ってスケッチしましたが、ブタの面白い動きや餌の食べ方等を良く観察しました。現在中国で飼われているブタは西洋種の白ブタがほとんどですが、昔は野生種に近い黒ブタが飼われていました。 
 福音館書店編集部との何度かの打ち合わせを経て、「ラフスケッチ」第三案が9月30日、第四案が11月14日に完成しました。しかし、編集部からはなかなかOKが出ませんでした。
 この後また、福音館書店編集部の都合でかなりの期間待たされましたので、その間に主人公のチャンファメイのイメージ作品を日本画で描いたり、2010年から2011年にかけて何度か人物モデルのスケッチをして、絵本の登場人物の姿勢・動きを確定していきました。

トン族琵琶歌~チャンファメイチャンファメイのイメージ日本画作品「トン族琵琶歌~チャンファメイ」(P25号・2008年制作)後藤 仁


 これまでの「日本画」の制作では、基本的に写生から本画制作まで全て独力で行います。場合によっては、画商がこんな感じに描いてくれと注文してきたり、美術団体に所属している人の場合は師匠の意見を取り入れたりする場合もありますが、作家の個性を重要視する観点から考えると、本来は独力で描き上げるのが最も良い絵画制作の態度と言えます。
 しかし、「絵本」の場合は絵描きと文筆家と編集者の三位一体の共同作業が重要で、そこが今までの「日本画」制作と大きく異なる点でした。絵画等の純粋芸術と絵本・イラスト・漫画・デザイン等の商業美術との違いですが、極めて質の高い商業美術は当然、純粋芸術に匹敵する高い芸術的価値を有すると私は信じています。
 日本画制作の孤独との戦いの妙とはまた一味違って、それぞれの立場の人が意見を出し合い一つの良い作品を創っていく「絵本」の共同制作の世界も、また面白いものだと私には感じられました。

 「ラフスケッチ」第一案から第四案を経て、編集部からはなかなか手厳しい意見が出ました。私の担当編集者は実際私の日本画作品を見ていますし、私の絵画に対する尋常でない意気込みを感じていたでしょうが、他の編集者や上層部の人は、初めて絵本を手掛ける私の力量を把握していません。編集会議の中で、私のラフスケッチの人物の動きが硬いとかロボットっぽいとかマンガ的だとか、色々な意見が出た様です。
 元々私は「下図」は比較的簡単に描く方で、その分「本画」制作に力を入れるタイプの絵描きです。作家によっては下図を完璧に仕上げる人もいますが、私の場合主に頭の中で空想を広げ、印象のみ下図に描きとめ、本画でさらにイメージを完成させる余白を残しておきたいのです。

                  *

 かなり期間が空いたのですが、ようやく2012年度の福音館書店「こどものとも」で紹介される事が決定し、「ラフスケッチ」制作が再開されました。
 今度はマンガ的だ等という陳腐な意見が出ないように、(パターン化したありふれたマンガはつまらないですが、手塚治虫・水木しげる氏・松本零士氏・矢口高雄氏やアニメの宮崎 駿氏の様に優れたマンガ・アニメ作品は、純粋美術に匹敵する高い価値があると私自身は考えています。)墨と水彩絵具を用いて、少ししっかりとした「ラフスケッチ」第五案を描き上げました。2010年10月28日から12月6日の一か月あまりをかけて多少しっかり描いた熱意が伝わったのか、今回の編集部の反応は好感触でした。しかし、その後もいくつかの改変を加え、2011年2月14日完成「ラフスケッチ」第六案、2011年4月16日完成の「ラフスケッチ」第七案にしてようやく、編集部から本画制作に入りましょうというOKが出ました。
 この「ラフスケッチ」制作に、何度かの中断をはさみながらも、実に3年近くを費やした事になります。普通の絵本画家は、絶対これ程の労力を費やしていないだろうな・・・と思いつつ。

絵本ラフスケッチ1「絵本ラフスケッチ」第一案~第七案(第六案の下描きを含む)

絵本ラフスケッチ2「絵本ラフスケッチ」第一案・第二案の第1場面

絵本ラフスケッチ3「絵本ラフスケッチ」第四案・第五案・第六案の第11場面


 「ラフスケッチ」制作では、すぐにイメージが固まった場面もあるのですが、何度も練り直した場面もあります。第一場面は最初、中国の肇興・増衝村を参考に描いていたのですが、もっと寒村の感じが良いという編集部の意見を取り入れました。ガジュマルの木を話の冒頭辺りに差し込むという案も編集部から出ました。
 第七場面もなかなか良い案が出ずに苦心したのですが、ある時担当編集者が、「ミケランジェロのピエタの様なイメージで・・・。」と言われましたので、その後すぐにイメージが固まりました。私はミケランジェロが好きで、特にピエタの像はバチカン市国で求めた写真をアトリエに飾って崇敬している程です。
 第11場面は私が最も思い入れを持って描いた場面でしょう。何度も部屋の中の視点や母娘の姿勢を検討し直しました。編集者は最後まで、画面の背景に緑で一杯になった村の情景を入れ込む事を提案されましたが、私はこの場面は暗い室内風景のみにしぼり込み、その後の場面の明るい緑の光景との対比を明確にしたいと提案しました。また、子ブタが絵本にとって重要な要素であると私は考えていましたので、どうしてもこの場面に登場させたいと言い切りました。それによって子供達にはより一層悲しみが感じられると思うのです。
 チャンファメイの動きも、全画面を通して当初はもっと大胆に劇的に描いていたのですが、編集部の意見でかなり抑え気味に表現し直しました。

 君島先生のご意見も多く取り入れていきました。ブタの餌は飼い葉桶に入れるのではないかというご指摘や、チャンファメイの原話では「田」と記載されているが、中国では田は普通「水田」と記載され「田」のみだと畑をさす場合も多い点、等の主に文学的知識の面から多くのご指摘を受け、「ラフスケッチ」を改変していきました。

 
 いくつかのどうしても譲れない場面は、自分の意見を貫きましたが、より良い意見、面白い提案はどんどん取り入れました。それによって私の絵画的な個性は少々弱まった感はありますが、福音館書店の絵本らしい、バランスの取れた上品な佳品になったのではないかと思っています。絵本の第一作目としては、多少無難なこれ位の汎用性のある作風の方が良いのでしょう。
 私は日本にも優れた絵本作品が多くある事を認識していますが、100年前のイギリス絵本黄金時代のアーサー・ラッカム等の作品を見てしまうと、どうしてもそれに匹敵する絵本黄金時代が日本には無いのではないかという疑念がかねてからありました。また、多くの古今東西の芸術作品を見て育った私にとっては、現在の日本の絵本に物足りないものを感じざるを得ません。
 日本の絵本の草創期には、いわさきちひろや赤羽末吉といった実力者が活躍したのですが、その後、高度成長・バブル期を経て、より商業化・効率化の進んだ絵本業界に進行していった様です。作家が本当に全力を尽くし、芸術の域にまで高められた「絵本」といったものを、久しく見ていない気がします。
 それならば、せっかくこの様な「絵本」制作の機会を与えられたのであるなら、純粋芸術の日本画家の意地もありますし、今までの日本の「絵本界」になかった、採算も効率も度外視した、ただ作家の”良心”のみを傾注し時間と手間をかけた上質な芸術絵本を描いてみようではないか、という私の意気込みでした・・・。

 
 こうして、ようやく2011年5月31日から、絵本の「本画」制作に取り掛かりました。

この続きは、また次回です。 GOTO JIN 

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2013-05-05

絵本『ながいかみのむすめ チャンファメイ』出版までの永き道のり その6

地坪風雨橋地坪風雨橋

程陽風雨橋程陽風雨橋

広西チワン族自治区トン族程陽トン族 舞踊

広西チワン族自治区程陽トン族村にて 後藤 仁


 2008年4月26日、「肇興(ちょうこう)」での有意義な時もあっと言う間に終わり、車で谷間を越えて「地坪(ちつぼ)」に向かいました。ここには有名な「地坪風雨橋」があります。近年の大雨で古くからの橋は流されてしまいましたが、再建された新しい橋もとても立派で、トン族の建築技術の確かさを物語ります。
 この先、貴州省から広西チワン族自治区に入り、「程陽(ていよう)」に着きました。ここでは最も有名な風雨橋である「程陽風雨橋」を見ました。かなり巨大な木造橋で、非常に複雑な構造をしています。周囲の田園には大きな水車がいくつも回っていて良い風情です。観光客も多い様で、橋の中ではおばあさん達が土産物を売っていました。
 程陽風雨橋の近くのトン族村に団体客が来ていたので、トン族舞踊公演をしていました。そこで、私もまぎれて見物しました。貴州省のトン族とは随分衣装の雰囲気が異なり、チワン族の影響を受けている様です。チワン族の衣装は、ミャオ族・トン族に比べてシンプルなデザインです。
 この日は橋の裏手にある、山小屋風の味のある宿泊施設に泊まりました。お腹の調子はほぼ完治していましたが、初日の夜から実に10日あまりも具合が悪かった事になります。
 
 絵本『ながいかみのむすめ チャンファメイ』の原話採集地は広西チワン族自治区のトン族村という事ですが、自治区内のトン族は北部のこの辺りにしか居住していないので、きっとこの近辺が話の舞台だと思われます。


 27日は、三江(さんこう)を通り、「桂林」に到着しました。ここでドライバーの黄(ホワン)さんともお別れなので、最後に昼食でもと思っていたのですが、「これから時間をかけて、凱裏まで戻らなければいけない。」といった様子で、すぐに車で去ってしまいました。この辺りはさすがにビジネス的で、結構人情家の私は少し寂しいものを感じました。
 桂林では象山公園の象鼻山(本当に象の形をしています)に登ったり、公園内のオウムショーを見物しました。解説は中国語で全く分からないのですが、オウムはローラースケートやブランコに乗ったりして、とても良く訓練されています。 
 シーズンオフの時期の桂林の旅館は大きく値引き出来ますので、安い旅館を見つけられました。手配旅行の分が高くついたので助かります。翌日は「灕江(りこう)下り」をしたかったのですが、日程が一日しか無く、終点の陽朔(ようさく)からの帰路の交通の便の悪さ等を考えると、やはり一日ツアーに参加した方が良いと分かりましたので、旅館で中国人専用の安いツアーを申し込みました。

桂林桂林 灕江下り


 28日は、朝からバスでピックアップされて船着場に向かい、そこから「灕江下り」の始まりです。大きな観光船で川を下りながら桂林の景色を楽しみます。最初は甲板で見物していた観光客もしばらくすると皆船室に戻り、食事をしている様でした。私は最初から最後まで甲板に出て、桂林の山々の移り変わりをスケッチしたり写真に撮ったりしていました。私を見かねた中国人がお弁当を持って来てくれましたが、それを頬張りながらも、「この美しい景色を見逃してなるものか。」と、スケッチを続けました。桂林は水墨画の故郷として有名ですが、その山水の幻想的な光景が、古来多くの文人墨客をとりこにして来た理由が理解出来ました。
 「陽朔」からはバスで途中の大きな鍾乳洞や、巨大ガジュマル公園に寄ったりしながら旅館に帰りました。中国人専用のツアーは格安で助かったのですが、ガイドは中国語のみで私には聞き取れません。最初、バスの中で同席したアメリカ人らしき一人の老婆に(外国人らしき人は私とこの老婆だけで、後は全て中国人です。)、英語の堪能な中国人の2人の若者がしきりと話しかけていたのですが、船を降りて集合した時には、若者と共に老婆もいなくなっていました。どこか変な所に連れていかれていなければ良いのにな、と思うばかりでした。逆に確か最初はいなかった様な人が途中から増えていたり(途中で自由に出入りが出来る仕組みなのかも知れませんが?)、結構人数確認等もアバウトな様子ですので、格安なのは良いのですが、日本人には注意が必要でしょう。私も途中言葉が分からないので、はぐれそうになった時もありました。

 29日は桂林から北京に飛行機で移動です。近年はリコンファーム(予約再確認)もいらなくなり、Eチケットなる便利なシステムも出来て、一人旅も楽になりました。英語の苦手な私は、いつもそれらの手続きで手間取っていましたから。
 「北京」では日本からFAXで予約していた安宿に泊まりました。北京の中心地(王府井まで歩いて5分)で素泊まり一泊80元(約1000円)は格安です。ただ、部屋は全て地下にありました。無機的な白い廊下と狭くて窓の無いベッドだけの部屋で、トイレ・シャワーは共同です。エレベーターの前にカナリアが飼ってあり一見愛玩用に見えますが、おそらくは有毒ガスの探知用でしょう。しかし、アジアの旅ではいつも一泊150~600円位のゲストハウスに宿泊していますので、私には安いだけで充分でした。
 
 30日は故宮博物院で豪華な建物や美術品を鑑賞し、5月1日は景山公園で故宮の全景や牡丹の花をスケッチしたり、北海公園をそぞろ歩きました。ようやく胃の調子も良くなったので、夜は王府井の夜市で色々つまみ食いをしました。

 5月2日、手配旅行が高くついた分全体の日程を少し抑えたので、少々旅行期間の物足りなさを感じつつ、北京から成田への帰国便に乗りました。海外取材旅行ではいつも何らかのトラブルに見舞われるのですが、今回の旅では、ひどい胃もたれでした。

                     *
 
 さあ、日本に帰り、絵本『ながいかみのむすめ チャンファメイ』の、「ラフスケッチ」制作の始まりです。今回の取材旅行は、いつもの自由旅行の倍以上の予算がかかってしまいましたが、その分、かなり詳細な取材が出来たのではないかと思います。
 
 この続きは、また次回としましょう。

 

  (次回からのカテゴリは、「写生旅行(海外)」から「ながいかみのむすめチャンファメイ 制作」に戻ります。)

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2013-05-02

絵本『ながいかみのむすめ チャンファメイ』出版までの永き道のり その5

 2008年4月24日、中国貴州省・増衝(ぞうしょう)村の民家での心地良い眠りの後、朝早く目覚めた私は、朝食の前に村を小一時間散策しました。朝の村はまた格別です。朝もやの立ちこめる空をツバメが行き交っています。あちこちの民家の瓦屋根からは朝げの煙が上っています。ニワトリの鳴き声だけが遠くから聞こえます。私はこの美しい光景を目に焼き付けようと、その静かな時を過ごしました。村の家々では人々が機を織ったり糸を繰ったりして、朝早くから働いていました。
 トン族の民家の1階は土間になっており、ここで食事を取ります。ミャオ族の民家も似た様な造りです。2階が居住スペースになっており、部屋が3~5つ位ある様です。2階が1階より張り出した、トン族の家屋の構造を「吊脚楼(つりあしろう・ちょうきゃくろう)」というそうです。一応高床式住居の類に入る様ですが、現在は1階にも壁があり高床式には見えません。中国では「麻欄(マラン)」とか「閣欄(グーラン)」と称する建築様式だそうです。風呂やシャワーは無い様で、私も昨日は入っていません。村の人は水浴びで済ましていると思われます。風呂やトイレや交通事情を考えると、快適贅沢旅行をしたい人には、ここの旅は難しいでしょう。
 もっと永く滞在したい気持ちを抑え、手配旅行の日程に合わせて出発する事になりました。後ろ髪を引かれながら、村を後にしました。黄(ホワン)さんは車中で一晩過ごしたので、あまり寝られなかった様で、寝不足気味の様子でした。運転席と助手席の間に大きな鎌が置いてあるので、「これは何か。」と身振りで質問すると、黄さんは、「車強盗が来たら、これで首をかき切るんだ。」と身振りで答えました。「この辺りでも、そんなに物騒なものなのかな・・・。」と思いました。日本人の普段の感覚ではアジアの旅は出来ません。

増衝村から肇興への道増衝村から停洞・肇興への道 私達の車

 ぬかるんだ悪路をひた走りました。行きとは別の道ですが、こちらの崖も相当なもので、今度は左側が谷底です。2~3時間走ってようやく民家が見えて来ました。停洞(ていどう)という村で牛市を見て、巨洞(きょどう)を通り、従江(じゅうこう)でトン族村で最大という従江鼓楼を仰ぎ、龍図(りゅうず)では味のある小さな鼓楼を見物しました。
 そして、今回の旅の2番目に重要な村、「肇興(ちょうこう)」に入りました。小団体の観光客も来る有名な村ですが、この村はトン族文化の標準地と考えられている村ですので、取材は欠かせません。村ごとに少しずつ異なるトン族衣装の中で、絵本『ながいかみのむすめ チャンファメイ』では、この村の衣装を最も参考にしました。
 
肇興祭肇興のトン族の祭り

肇興肇興の全景

 肇興は比較的大きな村で、鼓楼が5つもあり風雨橋もいくつか見られます。私の訪れた4月24日は、ちょうど大きな祭りをやっていました。少々観光用の雰囲気でしたが、とても素晴らしい見ごたえのある祭りです。きらびやかなトン族衣装に身を包んだ女性や精悍な若者達が、トン族の楽器・トン琵琶を奏で踊ります。村の中央では餅つきをやっており、餅をつき終るや否や子供達が餅に群がります。とても楽しく元気の良い人達です。
 ずっと見ていたかったのですが、そこは手配旅行のかなしさで、黄さんのすすめで夕食を取りました。胃腸の調子は上向きで、もう少しで元に戻る感じでした。夕食後、急いで村へ出ると、もう祭りは終わっていました。本当は取材旅行は個人旅行が最適なのですが、今回の様な交通の便が悪い場所では仕方ありません。

 25日は一日中肇興を取材しました。高台にある肇興中学校から村の全景をスケッチしていましたら、後ろで生徒の体操が始まった様でした。それが終わると中学校の先生が寄って来て、私のスケッチをずっと見ていました。スケッチが終わると、「ちょっと来てみないか。」といった身振りなのでついていくと、学校の先生の部屋には生徒の絵が飾ってありました。どれも皆、なかなか上手いものです。

肇興舞踊肇興のトン族舞踊劇

 夕方からは、日本で前もって予約していたトン族舞踊劇の公演です。予算は私が出しているのですが、村の中央の鼓楼の前で公演するので、私以外の人も見放題です。今は観光用になっている舞踊ですが、元々はトン族の祭りで披露されて来た伝統的な舞踊劇です。トン琵琶を奏でながら、男女がストーリー性のある舞踊劇を演じます。滑稽味あり、生活描写あり、歌あり踊りありのとても面白いものです。
 今回は誰が客なのかと地元の人に聞かれた黄さんは、「リーベンレン・・・イー・・・(この日本人一人だ)。」といった様な事を言いますと、その地元の人は驚いた様子でした。通常は団体客が注文をするもので、一人で申し込む好事家はまずいません。私が主賓ですので、立ったり座ったりしながら色んな方向から写真を撮ったりしていますと、隣で勝手に見ていた欧米人のおばあさんから、「じゃまだわ。見えないのよ!」といったすごい剣幕で注意されました。地元の人は、「主賓にあんな事言ってらあ。」という感じで失笑していました。広場で公演していますので、無料の公演サービスだと思うのも無理はないでしょう。私も勢いに押され、「SORRY・・・」と謝っていました。
 舞踊劇の最後には私も引き出されて、皆で輪になって踊りました。絵描きの取材旅行は、いつも孤独な傍観者・異邦人でしかありません。観光客への演出である事は分かっているのですが、輪になって踊るうちに少しだけトン族の一員になれた気がして、不思議と涙があふれて来ました。旅先では感性がことさら鋭敏になります。多分誰にも気付かれずに流したその涙の理由は、同じ様な経験をした事のある旅人にしか分からないでしょう。ちなみに、あまりの欣喜雀躍に時代を超越して「絵本」の中に登場してしまい、トン族の人と踊っている旅人の私がいますので、探してみて下さい。かたわらにはリュックと写生用具とカメラが置いてあります。
 この様にして、永く濃密な一日は過ぎていきました。その日はトン族様式の木造旅館に泊まりました。

肇興朝肇興の朝 風雨橋とツバメ

肇興朝2肇興の朝

 26日は、朝食前の早朝から山に登り、肇興の村の全景を眺めました。肇興中学校のある山とは逆方向の山です。朝の肇興は霧がかかりツバメが飛び交い、水墨画の様に美しく幻想的な情景でした。多分一生この眺めは忘れない事でしょう。朝食後、もっとここに居たい気持ちにかかわらず、出発の時間が迫って来ました。
 この後、「絵本」の原話採集地の広西チワン族自治区に抜け、桂林で黄さんと別れて一人旅に戻ります。


 その話は、また次回としましょう。   GOTO JIN

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プロフィール

後藤 仁(GOTO JIN)

Author:後藤 仁(GOTO JIN)
 ~後藤 仁 公式ブログ1~
日本画家・絵本画家 後藤 仁(GOTO JIN)の日本画制作、絵本原画制作、写生旅行、展覧会などのご案内を日誌につづります。

  〔後藤 仁 略歴〕
1968年兵庫県赤穂市生まれ。15歳、大阪市立工芸高校美術科で日本画を始める。東京藝術大学絵画科日本画専攻卒業、後藤純男先生(恩賜賞受賞者)に師事。在学中より約12年間、旧岩崎邸、入船山記念館、孫文記念館(移情閣)等の金唐革紙(手製高級壁紙)の全復元を行う。卒業以降は日本画家として活動し、中国・インドをはじめ世界各地に取材した「アジアの美人画」をテーマとする作品を描き、国内外で展覧会を開催する。近年は絵本の原画制作に力を入れる。絵本作品に『ながいかみのむすめチャンファメイ』(福音館書店)、『犬になった王子 チベットの民話』(岩波書店)、挿絵作品に『おしゃかさま物語』(佼成出版社)。『犬になった王子 チベットの民話』は、Internationale Jugendbibliothek München ミュンヘン国際児童図書館(ドイツ)の「The White Ravens 2014/ザ・ホワイト・レイブンス 国際推薦児童図書目録2014」に選定される。NHK日曜美術館の取材協力他、テレビ・新聞等への出演・掲載も多い。金唐革紙保存会 主宰。日本児童出版美術家連盟(童美連)(太田大八先生、赤羽末吉先生、いわさきちひろ先生らが創設)会員。絵本学会(太田大八先生らが創設、現会長:松本 猛先生)会員。日本中国文化交流協会(井上 靖先生らが創設)会員。この本だいすきの会(代表:小松崎 進先生)会員。2017年度より東京造形大学、絵本講師に就任。千葉県松戸市在住。

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絵:後藤 仁 /文:君島 久子 /出版社:岩波書店絵本ナビ


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