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2021-08-28

大垣祭り・中町 布袋軕 天井画(天井絵)制作〈その5〉、大下図完成!!

「大垣祭り〔ユネスコ無形文化遺産・国重要無形民俗文化財〕・中町 布袋軕(ほていやま)」(岐阜県大垣市) 
 天井画(天井絵)制作


 絵師(日本画家・絵本画家) 後藤 仁、GOTO JIN

  (※フェイスブック Facebook に記述した内容から、今回、大下図完成までの工程をまとめています。)

                 

2021年8月12日(木)。ここ数日かけ、「天井画」 ”大下図(おおしたず/原寸大の下図)” を描き進めました。
 今、の鱗を描き込んでいるのですが、龍の身体がうねっているので、背のトゲやお腹の大きな鱗とのつじつまを合わすのが困難です・・・。ようやく、どうにかこうにか整合性が取れてきたので、これでひとまず良しとしましょう。この後、更に数日をかけて、龍の細部を描き込んでいこうと思います。
 段々、龍の勇ましい御姿が現れてきました~❣ 🧐


大垣祭り、天井画制作・大下図
天井画「大下図」の作画中、後藤 仁

大垣祭り、天井画制作・大下図
天井画「大下図」の作画中、後藤 仁

大垣祭り、天井画制作・大下図
天井画「大下図」 制作過程⑧ (前回からの続き) 龍の鱗を描き進める。

大垣祭り、天井画制作・大下図
天井画「大下図」 制作過程⑨

大垣祭り、天井画制作・大下図
天井画「大下図」 制作過程⑩ 龍の手足の鱗を描く。

大垣祭り、天井画制作・大下図
天井画「大下図」 制作過程⑩ 〈アップ〉 まだまだ続きますよ~!


8月13日(金)。本日も、「天井画」”大下図(おおしたず/原寸大の下図)” を描き進めました。
 今日で、の身体部分がほぼ完成しました。鱗のつじつまを合わすのが予想以上に困難で、かなり頭を使いました。練り消しゴムで消しては描いて、消しては描いてで、紙がボロボロになってしまいましたが、ようやく良い感じに整いました~。 (@_@)ゞ
 次は、背景の雲と、周囲の踊り子と装飾を仕上げていきたいと思います。

大垣祭り、天井画制作・大下図
天井画「大下図」の作画中、後藤 仁

大垣祭り、天井画制作・大下図
天井画「大下図」の作画中、後藤 仁

大垣祭り、天井画制作・大下図
天井画「大下図」 制作過程⑪ 

大垣祭り、天井画制作・大下図
天井画「大下図」 制作過程⑫ 龍の鱗の調整完了。かなり困難でした~。 (@_@)ゞ

大垣祭り、天井画制作・大下図
天井画「大下図」 制作過程⑫ 〈アップ〉 まだまだ続きますよ~!!


8月23日(月)。本日は、中国向け新作絵本〈第3弾〉「第3場面」の下地塗りとして、黄土色と青系の色の2色を塗り分けました。通常は基本色の黄土色で下地塗りをする場合が多いのですが、場面によっては例外もあります。

 大垣祭り「天井画」大下図も描き進めました。の背景の”雲”を完成させ、周囲の”踊り子”の内、3人を描いた所で、今日は力尽きました~~。(@_@) 段々と、私らしい、龍図が出来て来ましたね~ ❣

大垣祭り、天井画制作・大下図
天井画「大下図」 制作過程⑬ 龍の背景の雲と、四隅の踊り子を描く。

大垣祭り、天井画制作・大下図
天井画「大下図」 制作過程⑬ 踊り子 〈アップ〉

大垣祭り、天井画制作・大下図
天井画「大下図」 制作過程⑭ 踊り子を描く。

大垣祭り、天井画制作・大下図
天井画「大下図」 制作過程⑭ 〈アップ〉

大垣祭り、天井画制作・大下図
天井画「大下図」 制作過程⑮ 踊り子を描く。

大垣祭り、天井画制作・大下図
天井画「大下図」 制作過程⑮ 〈アップ〉

大垣祭り、天井画制作・大下図
天井画「大下図」 制作過程⑯ 全体図。まだまだ続きますよ~!!!


8月24日(火)。本日も、大垣祭り「天井画」 ”大下図”を描き進めました。
 左上の踊り子の顔を、他の踊り子に合わせて少し小さく修正し、残りの一人の踊り子を完成させました。あどけない中にも、凛とした日本美が光る、「4人の踊り子の図」の下図が完成しました。
 その後、周囲の”装飾”に着手しました。上辺は、「日輪(太陽)と月輪(月)の図」です。右辺は、「鳶(トビ)と雀(スズメ)の図」です。その中心には、「宝相華文様」を描いています。この周囲の画像4種類は、この世に存在するありとあらゆる物、・・・”森羅万象”を象徴しているのです。
 今日の大下図制作は、ここまでにしました。

大垣祭り、天井画制作・大下図
天井画「大下図」 制作過程⑰ 「4人の踊り子の図」 顔を修正。

大垣祭り、天井画制作・大下図
天井画「大下図」 制作過程⑱ 「4人の踊り子の図」 最後の一人を描く。

大垣祭り、天井画制作・大下図
天井画「大下図」の作画中、後藤 仁

大垣祭り、天井画制作・大下図
天井画「大下図」の作画中、後藤 仁

大垣祭り、天井画制作・大下図
天井画「大下図」の作画中、後藤 仁

大垣祭り、天井画制作・大下図
天井画「大下図」 制作過程⑲ 周囲の装飾 「日輪(太陽)と月輪(月)の図」を描く。

大垣祭り、天井画制作・大下図
天井画「大下図」 制作過程⑳ 方向を変えて、周囲の装飾 「鳶(トビ)と雀(スズメ)の図」を描く。

大垣祭り、天井画制作・大下図
天井画「大下図」 制作過程㉑ 全体図。まだまだ続きますよ~!!!!


8月26日(木)。本日、8月3日(火)から描き始めた、大垣祭り「天井画」”大下図(鉛筆による原寸大の下図)” が、一応、完成しました。
 この後、数日間、じっくりと見直して、問題が無ければ、いよいよ、来月初めから”本画(杉板絵)”に入ろうと思います。丁度、芸術の秋にさしかかり、まだまだ残暑もコロナ禍も厳しい折ですが、良き時節での本画入りに、腕がビンビンと鳴っています!!

 【今日の作画解説】
 左下の「後ろ姿の踊り子」の顔を少し小さく修正して、他の踊り子とのバランスを合わせました。
 周囲の”装飾”の下辺は、「男の子と女の子と子猿の図」です。愛すべき、私の「絵本」の新キャラクターをここに描き込みました。これは、”人の両性”を表しており、全ての”人類”の象徴になっています。4人の踊り子と、男の子、女の子を合わせて、人間は6人になります。これには忌み数を避ける意味合いもあります(ちなみに西洋では、4は良いイメージらしいです。中国では、4には良い意味とそうでない意味の両方があるようで、6は縁起の良い数字とされているらしいです。子猿も数に入れたとしたら、西洋での7はラッキーセブン、日本でも7は吉数になります)。
 ”装飾”の左辺は、「松と梅の図」です。これは”植物”を象徴しており、縁起の良い”松竹梅”になっています。「竹はどこに・・・」、と思われるでしょうが、踊り子の一人が竹の柄の着物を着ており、それを合わせて”松竹梅”となるのです。ちなみに踊り子の衣装は、竹の他に、藤(私の名前でもあり、最も好きな花の一つです)・桜(日本の花の象徴)・蝶と蜻蛉(全ての虫類の象徴)の柄になっています。
 この4辺は、それぞれ、”天体・人類・動物・植物”を象徴しており、つまりは、この世の中の全て~”森羅万象”を象徴しているのです。更には、それぞれが”陰と陽”の対をなしており、陰陽道的世界観により、宇宙全体の調和を図っているのです。
 そして、その中央、天下太平を願う円相の中に、神獣・霊獣の最高位に君臨する、巨大な”黒龍”がうねっているのです。黒色は何物にも動じない・影響を受けない、心の強さを表しています。実に高貴で威厳に満ちあふれた、尊崇すべき吉祥画なのでしょうか~~。

 ・・・・何とも良く分からなくなってまいりましたが、つまりは、絵の中には、色々な意味合いが隠されており、また、人によって様々な別の解釈もできるように、巧妙に仕組まれているのですね~。
 続きが楽しみだ~ 💖  

大垣祭り、天井画制作・大下図
天井画「大下図」の作画中、後藤 仁

大垣祭り、天井画制作・大下図
天井画「大下図」の作画中、後藤 仁  近年は老眼が進み、眼鏡をはずさないと、近くが描けません~。 ( ;∀;)

大垣祭り、天井画制作・大下図
天井画「大下図」 制作過程㉒ 周囲の装飾 「男の子と女の子と子猿の図」 「松と梅の図」を描く。

大垣祭り、天井画制作・大下図
天井画「大下図」 制作過程㉓ 全体図。

大垣祭り、天井画制作・大下図
天井画「大下図」 制作過程㉓ 〈アップ〉 まだまだ続きますよ~!!!!!


8月27日(金)。本日、大垣祭り「天井画」”大下図(鉛筆による原寸大の下図)” に、少々、手直しをして、サインを入れて、フィキサチーフ(定着液)をかけて、完全完成としました。
 これから描く”本画(杉板絵)”は「大垣市・大垣祭り」にご奉納するので、私の手元に残るのは写真と、この”下図”だけになります。普段の日本画の”下図”は、特別に重要な物を除いて、保存はしていません。しかし、今回の作品は、将来的に、大垣市~日本の伝統文化財として永久保存・使用される、ユネスコ無形文化遺産・大垣祭り用の大変貴重な「天井画」ですので、この”下図”は大切に保存したいと思います。

 【今日の手直し箇所】
 この度の厳しいコロナ禍を受け、大垣市と日本中・世界中の人々の無病息災を祈念して、どうしても長寿の象徴「鶴と亀」を描きたかったのです。そこで、「踊り子」の帯の柄として、小さく描き込みました。

 今回の作品画題は、『黒龍と踊り子の図』(最終的に、多少の変更の可能性あり)として、”黒龍””4人の踊り子”と”4種の金碧装飾画”が花を添える、という図になります。
 私の美人画家としての真骨頂が垣間見れる、”踊り子の図”は、「踊り子・藤姫」「踊り子・桜姫」「踊り子・竹姫」「踊り子・蝶姫」の4人となります。私が、2017年5月に「大垣祭り」を現地取材した時の、スケッチ・画像を元に描きました。何とも美しく、麗しいね~ 😌。
 あまりに図像が煩雑になり過ぎるのも良くないので、この辺りで”大下図”は完全完成にしたいと思います。後は、本画を描く中で、多少の変更点・修正点が出るかも知れません・・・。
 この後の”本画(杉板絵)”制作を、乞うご期待~❣❣❣ 😘

 絵師(日本画家・絵本画家)後藤 仁

天井画制作 (73)
天井画「大下図」 制作過程㉔ 4人の踊り子の図 「踊り子・藤姫」 (帯に「鶴と亀の図」)

大垣祭り、天井画制作・大下図
天井画「大下図」 制作過程㉕ 4人の踊り子の図 「踊り子・桜姫」

大垣祭り、天井画制作・大下図
天井画「大下図」 制作過程㉖ 4人の踊り子の図 「踊り子・蝶姫」

大垣祭り、天井画制作・大下図
天井画「大下図」 制作過程㉗ 4人の踊り子の図 「踊り子・竹姫」

大垣祭り、天井画制作・大下図
天井画「大下図」 制作過程㉘ 大下図完成!! 『黒龍と踊り子の図』 大下図・小下図

大垣祭り、天井画制作・大下図
天井画「大下図」 制作過程㉘ 〈アップ〉

大垣祭り、天井画制作・大下図
『黒龍と踊り子の図』 大下図・小下図と、後藤 仁

大垣祭り、天井画制作・大下図
『黒龍と踊り子の図』 大下図・小下図と、後藤 仁

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2021-08-08

大垣祭り・中町 布袋軕 天井画(天井絵)制作〈その4〉、小下図/大下図

「大垣祭り〔ユネスコ無形文化遺産・国重要無形民俗文化財〕・中町 布袋軕(ほていやま)」(岐阜県大垣市) 
 天井画(天井絵)制作


 絵師(日本画家・絵本画家) 後藤 仁、GOTO JIN
  (※フェイスブック Facebook に記述した内容から、今回、小下図大下図・途中経過の工程をまとめています。)

                 *

2021年7月26日(月)、本日から「天井画」『龍図』”小下図(こしたず)制作” に取り掛かりました。
 縮小サイズの紙面で、イメージを固めていきます。とても勇ましくて、かっこいい龍になりそうですよ~❣❣


7月27日(火)、本日、「天井画」”小下図(こしたず)” が完成しました。ここの所、集中力が増してきたので、イメージが新鮮なうちに、2日間で一気に仕上げました。
 私の場合、「小下図」は、大抵、鉛筆だけか、鉛筆色鉛筆で描きます。これで、おおよその完成像が把握できるのです。
 画題をひとまず、『黒龍・踊り子図』としました(最終的に変更の可能性あり)。黒龍の力強さと、踊り子の優美さが融合した、伝統と革新~日本様式と中国様式を合わせ持つ、私らしくてオリジナリティあふれる龍図になるかと思います。
 この後、1か月間以内を目途に、原寸大の「大下図(おおしたず)」を作画していきます。ますます気合が乗ってきています〰 ❣❣

大垣祭り、天井画制作・小下図
大垣祭り、天井画「小下図」 後藤 仁

                 *

8月3日(火)、本日、「天井画」”大下図(おおしたず/原寸大の下図)” に取り掛かりました。私の場合、「大下図」は、新鳥の子紙(和紙風の洋紙)に鉛筆で輪郭線のみを描きます。
 まずは、定規とコンパスで補助線を引きます。大きなコンパスがアトリエに無いので、段ボールで巨大コンパスを即席手作り。絵画の場合は、これくらいアバウトな方が、適度な自然の”揺らぎ”を醸し出すので、かえって良いのです。
 今日は拙ブログの文章作成に時間が取られてしまい、あまり制作が進みませんでしたが、明日以降も、どんどん作画してまいります~❣

大垣祭り、天井画制作・大下図
定規で補助線を引く。

大垣祭り、天井画制作・大下図
手製の巨大コンパスで円を描く。

大垣祭り、天井画制作・大下図
手製の巨大コンパスで円を描く。

大垣祭り、天井画制作・大下図
補助線、完成!!



8月4日(水)、本日、「天井画」”大下図(おおしたず/原寸大の下図)” を描き進めました。
 小下図やスケッチ・資料画像を基に、鉛筆で、おおよその当たりを付けていき、メインの部分(今回は龍の顔)から徐々に描き起こしていきます。絵画の場合は、端から部分的に描くのではなくて(最近、超リアル画 等と称して、写真を元に端から部分描写をしていくような、絵描き動画をよく観ますが・・・)、霧の中から像が浮かび出てくるように、画面全体のバランスを取りながら全体的に描き進めるのが、良いデッサンとされていますよ~。('ω')ノ
 本日は、の顔のイメージがおおよそ完成してきました。明日以降、更に各部分をつめていきたいと思います~❣

大垣祭り、天井画制作・大下図
天井画「大下図」の作画中、後藤 仁

大垣祭り、天井画制作・大下図
天井画「大下図」の作画中、後藤 仁

大垣祭り、天井画制作・大下図
天井画「大下図」 制作過程① 龍を描き進める。

大垣祭り、天井画制作・大下図
天井画「大下図」 制作過程②

大垣祭り、天井画制作・大下図
天井画「大下図」 制作過程③

大垣祭り、天井画制作・大下図
天井画「大下図」 制作過程④

大垣祭り、天井画制作・大下図
天井画「大下図」 制作過程⑤ 周囲の「踊り子」の当たりを取る。

大垣祭り、天井画制作・大下図
天井画「大下図」 制作過程⑤ 〈アップ〉 龍の顔の辺りを中心に描き進める。この後も、まだまだ、続きます!!



8月6日(金)、本日も、「天井画」”大下図(おおしたず/原寸大の下図)” を描き進めました。
 の鱗の構造が複雑で、描くのがとても難しく、今日はここで力尽きました~。 (@_@)
 明日以降、鱗を仕上げて、全体的に、更に描き込んでいきます。乞うご期待~❣

大垣祭り、天井画制作・大下図
天井画「大下図」の作画中、後藤 仁

大垣祭り、天井画制作・大下図
天井画「大下図」の作画中、後藤 仁

大垣祭り、天井画制作・大下図
天井画「大下図」 制作過程⑥ 龍の各部を描き進める。

大垣祭り、天井画制作・大下図
天井画「大下図」 制作過程⑦ 龍の鱗を描き進める。次回へ、まだまだ続きますよ~!!


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2021-07-25

大垣祭り・中町 布袋軕 天井画(天井絵)制作〈その3〉、エスキース/ドーサ引き

「大垣祭り〔ユネスコ無形文化遺産・国重要無形民俗文化財〕・中町 布袋軕(ほていやま)」(岐阜県大垣市) 
 天井画(天井絵)制作


 絵師(日本画家・絵本画家) 後藤 仁、GOTO JIN
  (※フェイスブック Facebook に記述した内容から、今回、エスキースドーサ引きの工程をまとめています。)


2021年7月12日(月)
 実際に杉板が届くまでは画面の状態を把握できないので、これまでは、ぼちぼちと絵のイメージ作りをしてきました。先日、いよいよ杉板が届きましたので、イメージも一気に固まってきました。
 今日から「小下図(縮小サイズの下図)」の制作に入り、1~2週間ほどかけて、じっくりと練り込んでいこうと思います。近年は絵本原画の小さな画面に向かう事が多いので、久しぶりの大きめの画面に、腕が鳴りますね~!! 良い案がどんどん浮かんでおりますよ~。 !(^^)!

                 *

 7月12日(月)~13日(火)の2日間で、「天井画」の原案を元に、簡単な「エスキース(簡易的な下図)」を2枚描いてみました。最初に話をいただいてから、かなりの時間があったので、その間に、絵のイメージを頭に思い浮かべ、資料等をそろえてきました。そんな訳で、今回のエスキースはすぐに描けるのです~。エスキースの前に、龍作画の補強の為に、動物園に蛇やワニのスケッチに行きたかったのですが、今はコロナ禍で難しいので、本画を描く前までに行けたらと思います。
 「天井画」の原案は何パターンかありましたが、最終的にこの方向で固まりそうです。大垣祭り軕(やま)の、からくり人形や調度品には、中国や朝鮮の影響が如実に見て取れます。そこで、「天井画」も、日本と中国の伝統的な龍図の折衷案でいきたいと考えました。そこに私独自の特長・持ち味として、画面の四隅に「大垣祭りの踊り子」を描き込み、花を添えようという構想です。

 私が、この最初の工程からリアルタイムで創作過程を公開する事は、今まで一度もやった事がありません。創作上の企業秘密も多々あるのです。しかし、今回は公的なご依頼でもありますし、今後の若い画家達への参考に少しでもなればという思いで、拙い創作過程ではありますが、綴っていこうと考えました・・・。
 私の場合、このような過程を経て、手を動かしながら、徐々に絵の構想を固めていくのです。この後、もう少し時間をかけて考察しながら、2週間ほどで、正式な「小下図」を完成させようと計画しています。乞うご期待~ ❣

大垣祭り、天井画制作/エスキース
大垣祭り・中町 布袋軕「天井画」 エスキース1、2

大垣祭り、天井画制作/エスキース
大垣祭り・中町 布袋軕「天井画」 エスキース2

                 *

 7月23日(金)、本日は「天井画」杉板に ”ドーサ液(にじみ止めの液。膠とミョウバンで作る)” を塗る工程のうち、”捨て膠” を引きました。板は和紙と違い、厚くて、水をよく吸うので、”捨て膠” を施す必要があるのです。

 私も本格的な杉板への描画は初めてなので、何事も手探りなのですが、今までの37年余りの日本画の経験と勘を元に、絵の具用の膠(にかわ/絵の具を接着させる、ゼラチン状の物質。動物の革・軟骨等から抽出する)を4倍ほどに薄めた膠液を今回は使いました。通常のドーサ液の2倍強ほどの濃さです。これは捨て膠なので、ミョウバンは入っていません。
 作業は、まあまあ上手くいったと思いますが、板と板の継ぎ目に接着剤のような物がはみ出ていたのか、その部分だけ、膠が光ったまま乾いています。今後の描画への影響が、少し心配です・・・。

 今日一日、十分に乾かして、明日、ドーサ液を引こうと思います。続きをお楽しみに~💛

大垣祭り、天井画制作
膠(にかわ)/日本画の絵の具を接着させる、ゼラチン状の物質。動物(主に牛)の革や軟骨等を煮込んで抽出したもの。強い接着力を有する。
 現在は、使用が簡単な、アクリル系の「新膠」を使用する日本画家も増えたが、私は古来からの「膠」にこだわって使用しています(新膠は、膠抜きができない・洗えない、極長期的な絵の具への悪影響が未知数である、等の問題点がある)。
 左から、「墨を作る時用の膠」(本来、日本画用ではないが、三千本膠が市場から消えた時期に、代用品として出回った。荒めの大作等には使用できる)。 「三千本膠」(さんぜんぼんにかわ/これは昔から日本画で最も使用されてきた三千本膠。十数年前、三千本膠を作る最後一軒の製作所が後継者不足で廃業し、市場から三千本膠が消滅した出来事があった。その前に買っておいた、残りわずかな三千本膠)。 「三千本膠・飛鳥」(近年、新たな製作所が古来の製法を復活させて作製した三千本膠。今はこの三千本膠しか出回っていない。)

大垣祭り、天井画制作
その他の「膠」等。
 左上から、「粒膠」(つぶにかわ/パール膠とも言う。洋膠から製造する。湯に溶けやすいという利点があるが、ひび割れしやすい傾向があり、私は滅多に使いません。) 「ミョウバン」(これは膠ではなく、染色の色止め等に使用する結晶状の物質。日本画では、「ドーサ液」を作る時に用いる。) 「乾燥鹿膠」〈中身と箱〉(かんそう しかにかわ/大正時代から使われている膠。三千本膠より接着力が強い。防腐剤が入っているので、今回のドーサ液には使いません。) 「軟靭鹿膠」〈袋〉(なんじん しかにかわ/乾燥鹿膠に湿潤剤を多く添加したもの。冬場や大作等のひび割れしやすい作品に用いる。) 「黄明練膠」(きめねりにかわ/現代、新しく製造された膠。ひび割れしにくい等の利点がある。その他、同様の効果を持つ膠が何種類かある。アクリル系の「新膠」とは別物。)

大垣祭り、天井画制作
「膠鍋」と「膠」。
 左は、三千本膠を水につけて、一日、冷蔵庫でふやかしたもの。右は、現在、「絵本」等の小品制作に用いている、溶かした三千本膠・乾燥鹿膠。

大垣祭り、天井画制作
湯煎にかけて、膠を溶かす。直火にかけると、高温で膠が分解されるので、必ず湯煎にします。

大垣祭り、天井画制作
溶けた「三千本膠」と、「ドーサ刷毛」(ドーサ塗りに用いる、専用の刷毛)。
 絵の具用とドーサ用の刷毛は、分けておいた方が良いです。

大垣祭り、天井画制作
水で薄めた「三千本膠」と、「ドーサ刷毛」。
 絵の具用の濃さの膠を、4倍程度、薄めています(通常のドーサ液の、2倍強の濃度)。

大垣祭り、天井画制作
今回特別に、宮大工の方にしつらえていただいた、「天井画」用の高級杉板。

大垣祭り、天井画制作
これから、杉板に「捨て膠」を引きます~~。(^。^)y

大垣祭り、天井画制作
私・後藤 仁の創作風景!!。捨て膠を引いています。
 私の創作の場は、通常、ほぼ非公開ですが、そんなに美しいものでもありませんね~。('◇')ゞ

大垣祭り、天井画制作
捨て膠を引いています。

大垣祭り、天井画制作
捨て膠を引いています。

大垣祭り、天井画制作
捨て膠を引き終った杉板。きれいだね~。 (^o^)丿
 
                 *

 7月24日(土)、世間はオリンピック開会式で盛り上がっていますが、私は、アトリエにて一人、「ひとり技能オリンピック」に興じています。
 本日は「天井画」杉板に ”ドーサ液(にじみ止めの液。膠とミョウバンで作る)” を塗る、いわゆる「ドーサ引き」を施しました。本来は、乾燥期の冬場に「ドーサ引き」をする方が効きが良いとされますが、時期が合わないので、梅雨明けを待って、この夏場に行います。ドーサ液の濃さや塗り加減は、季節や紙の状態等によって差異が生じるので、長年の経験が必要となり、なかなか難しいです。ドーサが効き過ぎて和紙がバキバキになったり、効かない時はドーサ・膠が抜けたりします。未だに失敗する時もあり、試行錯誤の連続です。
 今回の杉板は分厚いですし、ガッチリと絵の具を喰いつかせたいので、いつもの和紙用のドーサ液の1.5倍位の濃さの膠液にしました。ミョウバンの量は通常よりわずかに多めで、今回の大皿には小さじ半分程入れました。結晶状のミョウバンを、乳鉢で微粒子にすり下ろしておいて、膠液をぬるま湯位の温度にしてから、ミョウバンを入れます。私の場合、基本的に膠・ドーサ等の分量を計測器で量る事は無く、色や粘度を見て加減を判断するという、全て経験と勘の世界なのです。

 前日の「捨て膠」で板の接着部分周辺の一部にテカリが生じていたので(多分、接着剤が少しはみ出ていたのでしょう)、その部分を中心に耐水ペーパー(600番、1000番)を丁寧にかけました。画面全体にも軽くペーパーをかけ、板面の状態を平均化しました。せっかく宮大工さんが綺麗に鉋(かんな)をかけてくれていたのですが、やむを得ません。
 1回目の「ドーサ引き」を終え、乾いた状態を見ると、前日のテカリ部分も随分抑えられ、とても良い感じです。

 この後、完全に乾かして、昼過ぎ頃に2回目の「ドーサ引き」をして完了としたいと思います。(ドーサ引きは、和紙の場合は、紙の厚さ等に応じて、1~3度引きします。3度引きの場合、表2回・裏1回 等)
 この後、1週間程かけて「天井画」の”小下図(こしたず)”を描いていこうという計画です。気分はますます乗ってきました。乞うご期待~ ❣❣

大垣祭り、天井画制作
板面に耐水ペーパー(600番と1000番)を丁寧にかけて、接着剤とおぼしきテカリを取る。

大垣祭り、天井画制作
板の接着部分(4枚の板を貼り合わせているので、3筋ある)を中心に、全体的に耐水ペーパーをかけた状態。
 左のパネルは、今、描きかけの「新作絵本」の原画。その上には、我がアトリエの番人~「シルエットねこ」が写っていますね~🐈 (段ボールのはがれた跡の事ですよ)

大垣祭り、天井画制作
一度目の「ドーサ引き」を施す私。慎重・丁寧に、薄く均一に、ゆっくりと塗るのがコツです。
 こんな作業の連続が、腰に来るのですな~ (;''∀'')

大垣祭り、天井画制作
一度目の「ドーサ引き」を施す私。

大垣祭り、天井画制作
今回、使用した「ドーサ液」。
 通常の和紙用のドーサ液より1.5倍程の濃さの膠液に、和紙用より やや多めの小さじ半分程のミョウバンを入れました。膠液をぬるま湯程度の温度にしてからミョウバンを入れないと、うまく融けませんよ。

大垣祭り、天井画制作
一度目の「ドーサ引き」を終えた杉板。
 なかなか良い感じです~ ♡

大垣祭り、天井画制作
今回使用した「ドーサ液」と「ドーサ刷毛」。
 ドーサ液使用後の刷毛は、熱めの湯でよく洗い(膠はぬるま湯で落とせるのですが、ドーサは乾くと二度と取れなくなるので、熱めの湯でしっかり洗います)、この様に毛並みをきれいに整えて、水気をよく切っておきます(刷毛は中心に毛が寄りやすいので、少し外向きに整える)。道具を大切に長く使用する心掛けは、職人さん同様、画家(芸術家)にも大切な心構えなのです。

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2021-07-11

大垣祭り・中町 布袋軕 天井画(天井絵)制作〈その2〉、杉板届く!!

「大垣祭り〔ユネスコ無形文化遺産・国重要無形民俗文化財〕・中町 布袋軕(ほていやま)」(岐阜県大垣市) 
 天井画(天井絵) 制作


 2021年7月10日(土)昼前、大垣祭り・中町 布袋軕 天井画(天井絵)用の杉板が、我がアトリエに届きました~。 ヽ(^o^)丿
 大垣辺りの宮大工の方に新調していただいた板で(最初は、宮大工の経験もある、からくり人形師・能面打ち師の伯父・後藤大秀に板の相談をしていたのですが、昨年の伯父ご逝去を受けて、別の宮大工の方にお願いする事になったのです)、サイズは100.5cm四方(S40号に近い)で、厚さ15㎜(5分厚)の秋田杉の赤柾目を使用しているそうで、吉野杉より茶褐色の強い寒冷地特有の目の詰まった最高級の杉板だと言います。裏は反り防止の蟻桟(ありざん)加工を2箇所に施してあります。このような、とても高品質の画面をご提供いただき、誠に有り難く存じます。
 これまでにも小さな板材に日本画を描いた事や、寺院の「天井画」を和紙に描いた経験はありますが、このような大きな杉板の「天井画」を描くのは、私にとっても初めての経験です。何事も挑戦あるのみ! 芸術家は、常に新たな境地に挑み続ける事に、大きな意義があるのです。
 大垣祭保存会からのご要望による画題は、ずばり「龍」です。私の主たる絵のテーマは「アジアの美人画」であり、通常、女性人物像を描く機会が多いのです。しかし、かつて後藤純男先生のご実家の寺院「八幡山宝蔵院」(埼玉県)の「天井画」には龍と鳳凰を描きましたし、人物の背景に龍を描き込んだり、今後の絵本作品の中には龍が登場する民話も計画されています。龍は古来より、日本や中国で畏敬・神聖視されてきた最も高貴な霊獣であり、私も描きたい画題の一つなのです。

 杉板の梱包を開けると、杉の良い香りが漂いました。子供の頃から、大垣の からくり人形師・能面打ち師の伯父・後藤大秀の画室で嗅いだ、あの懐かしい香りです。創作への気合が、俄然みなぎってきました~。
 大垣は、伯父や父達の生まれ育った地であり、私も幼少の頃から何度となく訪れた、私の第二の古里とも言える大切な場所です。今回の天井画制作は自分の為のみならず、例祭を執り行う大垣八幡神社や、毎年「大垣まつり」を楽しみにしている大垣市民~子供からご老人まで、それを支える大垣祭保存会・大垣市役所の皆様から、日本全国のお祭り好き達までの為に、・・・そして、今は亡き、伯父・後藤大秀と父に捧げます。

 「天井画」制作には、この後、およそ1年間をかける予定で、絵の原案(小下図)を完成させ、大下図を描き、板への本画へと移っていきます。通常、私の絵の創作工程は完全非公開ですが、今回は公的な創作依頼(税金も投入されています)でもあり、全国の大垣祭りファン・日本画ファン・天井画ファン・後藤 仁 ファン(そんな人いるのかな?)の為にも、創作過程を特別に、随時、拙ブログに綴っていきたいと考えております。乞うご期待~~!!

 絵師(日本画家・絵本画家) 後藤 仁



大垣祭り天井画・杉板我がアトリエに届いた、大きな荷物とは?

大垣祭り天井画・杉板大垣祭り「天井画」用の、誠に美しい杉板でした~。 (@_@)丿 これから、この無垢の板に、「龍」を描いていくのです。

大垣祭り天井画・杉板板の裏は、こんな感じで、とても丈夫に造られています。

                  *

 大垣祭りは、2015年に国指定重要無形民俗文化財に、2016年にはユネスコ無形文化遺産に登録された、日本を代表する盛大なお祭りの一つです。
 布袋軕再建は、文化庁からの文化財保存事業費/国宝重要文化財等保存・活用事業費補助金の交付を受けての、大垣市の文化振興・文化財保護整備事業として、大垣祭保存会の主導による大垣市・大垣市教育委員会を挙げての大型復元事業となります。
 布袋軕は2020年から3年間をかけて、完全復元新調を目指す計画で、私・後藤 仁 は、その締めくくりとなる、布袋軕「天井画(天井絵)」を描く役割を、全て任されているのです。


テーマ : art・芸術・美術
ジャンル : 学問・文化・芸術

2021-01-29

特別番組 【からくり人形師 後藤大秀 100年先へ残す「最後の仕事」 】放送!!

特別番組 【からくり人形師 後藤大秀 100年先へ残す「最後の仕事」 】

 私の伯父で、からくり人形師の後藤大秀さんの追悼特別番組が、大垣ケーブルテレビで放送されます!!
 現代日本を代表する、からくり人形師 ・ 後藤大秀さんの最後の姿となります。ご視聴できる地域の方は、ぜひ、ご覧いただきますよう、お願い申し上げます。
  絵師(日本画家・絵本画家) 後藤 仁

 放送日 : 2021年2月1日(月) 午後7時10分から、
        大垣ケーブルテレビ「チャンネルOCT」


 ○大垣ケーブルテレビ 公式サイト https://www.ogaki-tv.co.jp/choct/sp/

 ○大垣ケーブルテレビ 公式ツイッター




               *

 昨年から3か年をかけて、「大垣祭り〔ユネスコ無形文化遺産・国重要無形民俗文化財〕・中町 布袋軕(ほていやま)」(岐阜県大垣市)の完全復元事業が行われています。その最後を飾る、天井画(天井絵)制作を、私が受け持つ事になりました。本年辺りから、本格的な下図制作に入る予定です。
 大垣祭りは、2015年に国指定重要無形民俗文化財に、2016年にはユネスコ無形文化遺産に登録された、日本を代表する盛大なお祭りです。伯父・後藤大秀さんの からくり人形は、この大垣祭りの軕(やま)に乗せられて、毎年5月にご披露されます。
 布袋軕再建は、文化庁からの文化財保存事業費/国宝重要文化財等保存・活用事業費補助金の交付を受けての、大垣市の文化振興・文化財保護整備事業として、大垣祭保存会の主導による大垣市・大垣市教育委員会を挙げての大型復元事業です。また、この布袋軕再建は、伯父・後藤大秀と甥・後藤 仁の二世代の作家による、壮大なコラボレーション作品とも言える、歴史的 大創作事業になるのです。
 私は、この制作を通し、私自身の芸術への意気込みや、伯父への思慕のみならず、大垣市民から岐阜県民・日本国民の祭り好きの皆様のご期待に応えるべく、また、阪神大震災・東日本大震災への鎮魂や、また今回のコロナ禍を受けて、病気・疫病平癒への深い祈りを込めた、誠にかけがえのない大切な創作になると思っています。全身全霊、精魂を傾けて創作に望みたいと、気合を入れています。

               ☆


【からくり人形師・後藤大秀 略歴】

 後藤大秀(ごとう だいしゅう、1929年~2020年、本名は後藤秀美 )は、岐阜県・愛知県を中心に活躍した著名な「からくり人形師」であり、後藤 仁の伯父(父の兄)でもある。

〔概要〕
 現在、日本で本格的な「からくり人形師」として活動しているのは数名しかおらず、後藤大秀は日本を代表するからくり人形師の一人である。全国的にも有名な大垣祭、大津祭といった祭りの、「山車からくり(だしからくり)」の完全復元や修復を多く手がけた。(この場合の復元とは、昔の人形を基に全く同じ姿形の人形を新しく制作する事。修復とは、昔の人形の破損した箇所だけを作り直す事。)
 なかでも、大垣祭の相生軕「神主友成」復元制作では、昔の人形は過去に紛失していた為、古い写真一枚と古老の証言のみを基に制作をしたので、この場合はほぼ完全創作と言える。

 「からくり人形」は頭・首・手・足・胴・胴串等から出来ており、頭・首・手・足には木曽檜、胴には桜、軸は樫、ピンは竹、滑車類はツゲといった木材を、バネには鯨のヒゲを使用する。昔と変わらぬ道具や材料を使用して、人形一体を制作するのに一年はかかる。
 後藤大秀の作品は、「能面打ち」修行でつちかった髪や目の繊細な線描きと、深い色合いの彩色や、「宮大工」時代につちかった高度な木工技術による、複雑なからくり仕掛けが特長である。


〔略歴〕
1929年 愛知県一宮市に生まれる。〔本名、秀美(ひでみ)。父は指物大工である。甥は日本画家の後藤 仁。〕その後、岐阜県大垣市に移る。
1948年 工匠の小寺浅之助に堂宮建築(宮大工)を学び(「金蝶園総本家 本店(大垣市景観遺産指定)」等の建築に参加)、のち数寄屋建築(茶室)を手がける。
1950年 大垣祭の大黒軕(三輌軕)「保管箱(厨子)」制作。
1980年 能面打ち師の東 安春(堀 安右衞門の弟子)に師事し、能面打ち修行をする。(つまり後藤大秀は、能面打ちでは、堀 安右衞門の孫弟子にあたる。)
1984年より、「からくり人形」復元制作を始める。名古屋市 戸田まつりの四之割「宙吊り小唐子」「肩車大唐子」「采振り童子(ざいふりどうじ/采振り人形)」復元制作。
1988年 「大垣市市展賞」受賞。
1991年より、名古屋市筒井町 天王祭の神皇車(じんこうしゃ)「神功皇后(じんぐうこうごう)」「武内宿禰(たけのうちのすくね)」「面かぶり巫女」「采振り童子」復元制作。
1992年 大垣市東地区センター能面の会 講師。
1994年より、大垣祭の相生軕「神主友成」「住吉明神」「尉」「姥」復元制作。
1994年 豊田佐吉記念「トヨタ産業技術記念館」(名古屋市)に唐子人形を制作納入。
1996年 大垣祭の相生軕「神主友成」「住吉明神」完成。
1998年 「大垣市教育功労賞」受賞。
1999年 大垣祭の相生軕「尉」「姥」完成。大垣祭の愛宕軕「武内宿禰」「神官人形(狂言師人形)」復元制作。大垣市美術家協会 理事。「第14回国民文化祭」(岐阜県高山市)で、からくり人形の制作実演。
2000年 大垣市市展 審査員。
2001年 大津祭の龍門滝軕「鯉」復元制作。大垣祭の浦嶋軕・布袋軕「采振り童子」復元制作。
2003年より、名古屋市 広井神明社祭の二福神車(にふくじんしゃ)「恵比寿人形」「大黒人形」「采振り童子」復元制作。
2005年 岐阜県神戸町町展 審査員。
2007年 「大垣祭り出軕運営委員会 功労賞」受賞。「後藤大秀 からくり人形・能面展」(名古屋市博物館)開催。
2009年 「全国山・鉾・屋台保存連合会 人形関係修理技術者」認定(当時は全国で3名のみ、現在は4名のみ認定)。大垣祭の布袋軕「倒立唐子人形」「布袋人形」復元制作。
2013年 「全国新作能面公募展」秀作受賞。
2014年 常滑市大野橋詰町 尾張大野祭の紅葉車(こうようしゃ)「逆立ち唐子」「采振り童子」復元制作。
2015年 大垣祭が「国重要無形民俗文化財」指定。「全国新作能面公募展」能楽の里賞受賞。
2016年 大垣祭、亀崎潮干祭が「ユネスコ無形文化遺産」登録決定。
2017年 「岐阜県伝統文化継承功績者顕彰状」授与。「全国新作能面公募展」審査員特別賞受賞。津島市 津島秋祭・七切祭(ななきりさい)の麩屋町車「湯取神子」「笛吹人形」「鼓打人形」、池町車「逆立ち唐子(唐子遊)」復元制作。
2018年 「大垣市功労章」授与。「後藤 仁 日本画・絵本原画/後藤大秀 からくり人形 展」(赤穂市立美術工芸館 田淵記念館)開催。
2020年9月 91歳にて逝去。


〔その他〕
後藤大秀が修復した「からくり人形」が使用されている山車。
   大垣祭の菅原軕、榊軕、愛宕軕、神楽軕(三輌軕)
   大津祭の郭巨軕
   名古屋市 戸田まつりの一之割、三之割、五之割
   羽島市 竹鼻まつりの福江町・上町の山車
   大垣市 綾野祭の猩々軕
   半田市 亀崎潮干祭の東組宮本車
   津島市 津島秋祭の麩屋町車、池町車     他
「名古屋まつり」には、筒井町 天王祭の神皇車と広井神明社祭の二福神車が登場する。
「はんだ山車まつり」(愛知県半田市)には、半田市 亀崎潮干祭の東組宮本車が登場する。
後藤大秀の「からくり人形作品」は、名古屋市博物館、神皇車保存会、トヨタ産業技術記念館(名古屋市)等に収蔵されている。

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ジャンル : 学問・文化・芸術

2020-10-13

哀悼~からくり人形師、伯父・後藤大秀さんへ

「愛しく気に入っているすべての人々とも、やがては、生別し、死別し、異にするに至る。」
「もろもろの事象は過ぎ去るものである。怠けることなく修業を完成なさい。」
 〈 「ブッダ最後の旅 大パリニッバーナ経」(中村 元 訳/岩波文庫) 〉


 ここのところ半年余り続いた大きな憂鬱の原因の一つは、この予兆だったのであろうか・・・。からくり人形師・能面打ち師であり、私の芸術の心の師である、伯父・後藤大秀さんが、先月9日、亡くなられたという。
 親類に心配・迷惑をかけたくない等という思いからなのか、私達には直接の連絡はなく、大垣祭保存会のSNS・ブログで伯父の逝去を知る事になるとは、今は何とも奇妙な時代である。実にリアルな”戦争”の夢・・・恐ろしさの中にどこか懐かしさが入り混じった奇妙なその夢を見た9月7日の、二日後である。あの夢はこの暗示であったのか、はたまた、伯父の夢中に通じたのか・・・・。
 約25年前に57歳で亡くなった父には、東京藝大の卒業作品を見せる事が叶わず、今回、伯父には大垣祭り「天井画(天井絵)」を見せる事ができなかった事が、誠に残念である。ただ、2018年に「後藤 仁、後藤大秀展」(赤穂市立美術工芸館 田淵記念館)を開催できた事は大いなる果報である。

後藤大秀 能面展「後藤大秀 からくり人形・能面展」(名古屋市博物館/2007年8月) 伯父・後藤大秀さんと私

赤穂市立美術工芸館特別展「日本画画業35周年記念 後藤 仁 日本画・絵本原画、後藤大秀 からくり人形~赤穂出身の日本画家・絵本画家、初の里帰り展~」(赤穂市立美術工芸館 田淵記念館、兵庫県赤穂市/2018年10月20日) 後藤大秀夫妻、大垣祭保存会の皆様と私

 伯父は齢90を越え、職人としての創作に一生を捧げ、きっと満足して、遠き異界へ旅立たれたと思う。世話の焼ける甥には、少しばかり、心残りがあったであろうか・・・。伯父は50歳代半ば以降、名古屋・大垣周辺の からくり人形復元を一手に担い、専門書籍・新聞・雑誌・テレビ等にも度々取り上げられた。晩年は「岐阜県伝統文化継承功績者顕彰状」「大垣市功労章」等を授与され、特に岐阜県・愛知県周辺では、よく知られた存在であった。ただ、根っからの職人気質の伯父は派手なパフォーマンスを嫌い、業界では「当代随一の からくり名人」の誉れがあるにもかかわらず、本当は実力が劣るといわれる著名からくり人形師家系当主ほどはメディアに持ち上げられる機会はなかった。伯父は、その名声以上に実力・気概のある、本物の職人・芸術家であったと確信している。その作品は、多くの大垣市民・岐阜県民・日本国民に愛され、これからも子々孫々、受け継がれ、語り継がれていく事だろう。

 私はこの後、3年計画で進められる、〔ユネスコ無形文化遺産・国重要無形民俗文化財〕大垣祭り・中町 布袋軕(ほていやま)(岐阜県大垣市)復元事業のトリを飾る、「天井画(天井絵)」制作に一人で臨む事になる。
 子供の頃、大垣の伯父の家(父の実家)には、夏休み・冬休みの度に訪れた。伯父の、からくり人形・能面作品を見る事が何よりも楽しみだった。大垣は私にとって、第二の故郷ともいうべき思い出深い土地だ。
 伯父と最後に話したのは、確か今年の5月末頃、「仁の天井画が完成するまで、後3年は生きにゃあならんわい・・・。」と電話口で飄々と語る伯父の声は、決して忘れる事は無い。伯父の訃報を受け、改めてこの度は、とても貴重な創作の機会を賜ったと感じる。この制作依頼は伯父の遺言だとも、天命だとも信じて、大垣市民その他、祭り愛好者の期待に応えるべく、全身全霊で創作に打ち込みたいと思う。
 父や伯父に大した恩返しも出来なかった分も、次世代の子ども達・若者達の為にも、伯父の御意志を継いで、未熟な私ではあるが、きっと一生を創作に捧げたいと誓っている。

 絵師(日本画家・絵本画家) 後藤 仁


【YouTube】特別展「後藤仁日本画・絵本原画/後藤大秀からくり人形~赤穂出身の日本画家・絵本画家、初の里帰り展~」(赤穂市立美術工芸館 田淵記念館/2018年10月~12月) 


図録 『後藤 仁 日本画・絵本原画/後藤大秀 からくり人形~赤穂出身の日本画家・絵本画家、初の里帰り展~』(赤穂市文化とみどり財団/赤穂市立美術工芸館 田淵記念館)
http://www.ako-bmz.jp/single-goods/%E5%B9%B3%E6%88%90%ef%bc%93%ef%bc%90%E5%B9%B4%E5%BA%A6%E7%89%B9%E5%88%A5%E5%B1%95%e3%80%80%E5%BE%8C%E8%97%A4%e3%80%80%E4%BB%81%e3%80%80%E6%97%A5%E6%9C%AC%E7%94%BB%E3%83%BB%E7%B5%B5%E6%9C%AC%E5%8E%9F/


【後藤大秀 概要・略歴】
 後藤大秀(ごとう だいしゅう、1929年~2020年、本名は後藤秀美 )は、岐阜県・愛知県を中心に活躍した著名な「からくり人形師」であり、後藤 仁の伯父(父の兄)でもある。

 現在、日本で本格的な「からくり人形師」として活動しているのは数名しかおらず、後藤大秀は日本を代表するからくり人形師の一人である。全国的にも有名な大垣祭、大津祭といった祭りの、「山車からくり(だしからくり)」の完全復元や修復を多く手がけた。(この場合の復元とは、昔の人形を基に全く同じ姿形の人形を新しく制作する事。修復とは、昔の人形の破損した箇所だけを作り直す事。)
 なかでも、大垣祭の相生軕「神主友成」復元制作では、昔の人形は過去に紛失していた為、古い写真一枚と古老の証言のみを基に制作をしたので、この場合はほぼ完全創作と言える。

 「からくり人形」は頭・首・手・足・胴・胴串等から出来ており、頭・首・手・足には木曽檜、胴には桜、軸は樫、ピンは竹、滑車類はツゲといった木材を、バネには鯨のヒゲを使用する。昔と変わらぬ道具や材料を使用して、人形一体を制作するのに一年はかかる。
 後藤大秀の作品は、「能面打ち」修行でつちかった髪や目の繊細な線描きと、深い色合いの彩色や、「宮大工」時代につちかった高度な木工技術による、複雑なからくり仕掛けが特長である。

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○1929年 愛知県一宮市に生まれる。〔本名、秀美(ひでみ)。父は指物大工である。甥は日本画家の後藤 仁。〕その後、岐阜県大垣市に移る。
○1948年 工匠の小寺浅之助に堂宮建築(宮大工)を学び(「金蝶園総本家 本店(大垣市景観遺産指定)」等の建築に参加)、のち数寄屋建築(茶室)を手がける。
○1950年 大垣祭の大黒軕(三輌軕)「保管箱(厨子)」制作。
○1980年 能面打ち師の東 安春(堀 安右衞門の弟子)に師事し、能面打ち修行をする。(つまり後藤大秀は、能面打ちでは、堀 安右衞門の孫弟子にあたる。)
○1984年より、「からくり人形」復元制作を始める。名古屋市 戸田まつりの四之割「宙吊り小唐子」「肩車大唐子」「采振り童子(ざいふりどうじ/采振り人形)」復元制作。
○1988年 「大垣市市展賞」受賞。
○1991年より、名古屋市筒井町 天王祭の神皇車(じんこうしゃ)「神功皇后(じんぐうこうごう)」「武内宿禰(たけのうちのすくね)」「面かぶり巫女」「采振り童子」復元制作。
○1992年 大垣市東地区センター能面の会 講師。
○1994年より、大垣祭の相生軕「神主友成」「住吉明神」「尉」「姥」復元制作。
○1994年 豊田佐吉記念「トヨタ産業技術記念館」(名古屋市)に唐子人形を制作納入。
○1996年 大垣祭の相生軕「神主友成」「住吉明神」完成。
○1998年 「大垣市教育功労賞」受賞。
○1999年 大垣祭の相生軕「尉」「姥」完成。大垣祭の愛宕軕「武内宿禰」「神官人形(狂言師人形)」復元制作。大垣市美術家協会 理事。「第14回国民文化祭」(岐阜県高山市)で、からくり人形の制作実演。
○2000年 大垣市市展 審査員。
○2001年 大津祭の龍門滝軕「鯉」復元制作。大垣祭の浦嶋軕・布袋軕「采振り童子」復元制作。
○2003年より、名古屋市 広井神明社祭の二福神車(にふくじんしゃ)「恵比寿人形」「大黒人形」「采振り童子」復元制作。
○2005年 岐阜県神戸町町展 審査員。
○2007年 「大垣祭り出軕運営委員会 功労賞」受賞。「後藤大秀 からくり人形・能面展」(名古屋市博物館)開催。
○2009年 「全国山・鉾・屋台保存連合会 人形関係修理技術者」認定(当時は全国で3名のみ、現在は4名のみ認定)。大垣祭の布袋軕「倒立唐子人形」「布袋人形」復元制作。
○2013年 「全国新作能面公募展」秀作受賞。
○2014年 常滑市大野橋詰町 尾張大野祭の紅葉車(こうようしゃ)「逆立ち唐子」「采振り童子」復元制作。
○2015年 大垣祭が「国重要無形民俗文化財」指定。「全国新作能面公募展」能楽の里賞受賞。
○2016年 大垣祭、亀崎潮干祭が「ユネスコ無形文化遺産」登録決定。
○2017年 「岐阜県伝統文化継承功績者顕彰状」授与。「全国新作能面公募展」審査員特別賞受賞。津島市 津島秋祭・七切祭(ななきりさい)の麩屋町車「湯取神子」「笛吹人形」「鼓打人形」、池町車「逆立ち唐子(唐子遊)」復元制作。
○2018年 「大垣市功労章」授与。「後藤 仁 日本画・絵本原画/後藤大秀 からくり人形 展」(赤穂市立美術工芸館 田淵記念館)開催。
○2020年9月 91歳にて逝去。


テーマ : art・芸術・美術
ジャンル : 学問・文化・芸術

2020-08-09

〔ユネスコ無形文化遺産〕大垣祭り・布袋軕(岐阜県大垣市)天井画制作〈その1〉後藤 仁

「大垣祭り〔ユネスコ無形文化遺産・国重要無形民俗文化財〕・中町 布袋軕(ほていやま)(岐阜県大垣市)
  天井画(天井絵)制作 〈その1〉


 いよいよ、「大垣祭り・中町 布袋軕」再建事業が本格的にスタートしました!!。
 大垣祭は、2015年に国指定重要無形民俗文化財に、2016年にはユネスコ無形文化遺産に登録された、日本を代表する盛大なお祭りの一つです。大垣祭の山車(だし)である、相生軕・愛宕軕・浦嶋軕・布袋軕・菅原軕・榊軕・神楽軕(三輌軕)には、私の伯父で からくり人形師の後藤大秀(ごとう だいしゅう/作家名)さんが復元・修復した「からくり人形」が多数載せられ、毎年、大勢の人々の前でご披露されます。

大垣祭布袋軕「大垣祭り・布袋軕」(岐阜県大垣市)2017年5月14日、後藤大秀 作 からくり人形「采振り童子人形」「倒立唐子人形」「布袋人形」

大垣祭布袋軕「大垣祭り・布袋軕」(岐阜県大垣市)2017年5月14日

大垣祭布袋軕「大垣祭り・布袋軕」(岐阜県大垣市)2017年5月14日

 新型コロナウイルスの影響による事業縮小が心配でしたが、文化庁からの文化財保存事業費/国宝重要文化財等保存・活用事業費補助金が交付され、大垣市の文化振興/文化財の保護・活用/文化財保護整備事業予算も無事通ったそうで、大垣祭保存会の主導による大垣市・大垣市教育委員会を挙げての大型復元事業の始まりです。
 「中町 布袋軕」は今後、3年間をかけて、完全復元新調を目指す計画で、私はその中の、布袋軕の「天井画(天井絵)」を描く役割を、全て任されました。私にとっては金唐革紙(きんからかわし/国選定保存技術・手製高級壁紙)復元製作以来の貴重な伝統的文化財の復元制作となりますので、すこぶる気合が入ります。しかも、金唐革紙は副業的な仕事でしたが、今回は本業の日本画による制作なので思いは格別なのです。また、伯父・後藤大秀さんの「からくり人形」とのコラボレーション企画という事もあり、誠に嬉しい仕事なのです。

「中町 布袋軕」全体の再建事業は、こちらの大垣祭保存会・中町布袋会の公式ブログをご覧下さい。↓
○大垣まつり「布袋やま再建日記」
 http://hoteiyama.seesaa.net/

 大垣市には、父方の実家があり、幼少の頃より、夏休み等には度々帰省していました。私にとっては、生まれ故郷の兵庫県赤穂市が第一の古里だとしたら、小学校1年生から高校生までを過ごした大阪府堺市と並んで、大垣市は第二の古里とも言える、大切な土地なのです。大垣の家では、伯父の能面や からくり人形や様々な珍しい大工道具を見るのが何よりも楽しみでした。
 伯父は若い頃の堂宮建築(宮大工)の修業から始まり、私が小学生高学年頃には茶室の設計施工も請け負い、私が中学生頃には能面打ちの修業を経て、私が高校生頃からは からくり人形の復元制作を中心に手掛けるようになりました。表面的な表現方法は変遷しながらも、高度な木工技術は常に一貫した、素晴らしい職人・造形作家です。私が日本画を表現主体としながらも、その世界だけに胡坐をかく事なしに、金唐革紙や絵本といった様々な表現手法を縦横無尽に吸収していった由来も、伯父の影響が少なからずあるのかも知れません。
 私には今までの画家・作家人生の中で、実際に交流のあった人で、極めて強い影響を受けた作家が三人います。そのお一人は他ならぬ、物心がついた頃から作品を見続けてきた伯父・後藤大秀さんです。次には、美術予備校(立川美術学院)時代と東京藝術大学日本画専攻時代に講師・先輩としてお世話になった村上 隆さんです。今では、日本画界から羽ばたき、日本を代表する現代美術(現代アート)の旗手として世界的に活躍しています。そして、私の日本画の師として仰ぐ日本画界の重鎮・後藤純男(ごとう すみお)先生です。先生は、東京藝術大学名誉教授・西安美術学院名誉教授・日本美術院同人理事・日本芸術院賞 恩賜賞受賞者として、日本の美術史に燦然と輝く日本画の大家です。
 2018年には、私と伯父・後藤大秀とのコラボレーション展覧会「特別展 ~日本画画業35周年記念~ 後藤 仁 日本画・絵本原画/後藤大秀 からくり人形 ─ 赤穂出身の日本画家・絵本画家、初の里帰り展」(赤穂市立美術工芸館 田淵記念館)を開催しました。この展覧会や、2017年の「後藤大秀 岐阜県伝統文化継承功績者顕彰状授与式」での大垣市・大垣祭保存会とのご縁がきっかけで、誠に有難い事に、今回の天井画制作のお話を頂戴する名誉に預かりました。

赤穂市美術工芸館「特別展 ~日本画画業35周年記念~ 後藤 仁 日本画・絵本原画/後藤大秀 からくり人形 ─ 赤穂出身の日本画家・絵本画家、初の里帰り展」(赤穂市立美術工芸館 田淵記念館) 後藤大秀 夫妻、大垣祭保存会の皆様と

 これから天井画原案・下図の作成、天井画用の板の発注・輸送から始まり、およそ1年をかけて、少しずつ制作を進めていく予定です。獅子奮迅、全身全霊、制作に打ち込みたいと心しています。
 天井画制作の模様は、今後おいおい、拙ブログで、詳細にお知らせしていきたいと考えています。まずは、布袋軕の「実測図」(作成:株式会社 建築計画研究所)が届きましたので、ここにご掲載いたします。

大垣祭布袋軕実測図「大垣祭 布袋軕」実測図(作成:株式会社 建築計画研究所) 正面 立面図

大垣祭布袋軕実測図「大垣祭 布袋軕」実測図(作成:株式会社 建築計画研究所) 右側面 立面図


  絵師(日本画家・絵本画家) 後藤 仁

テーマ : art・芸術・美術
ジャンル : 学問・文化・芸術

後藤 仁 プロフィール

後藤 仁(GOTO JIN/后藤 仁)

Author:後藤 仁(GOTO JIN/后藤 仁)
~後藤 仁 公式ブログ1~
日本画家・絵本画家 後藤 仁(GOTO JIN/后藤 仁)の日本画制作、絵本原画制作、写生旅行、展覧会などのご案内を日誌につづります。

 〔後藤 仁 略歴〕
1968年兵庫県赤穂市生まれ。15歳、大阪市立工芸高校 美術科で日本画を始める。東京藝術大学 絵画科日本画専攻 卒業、後藤純男先生(日本芸術院賞・恩賜賞受賞者)に師事。在学中より約12年間、旧岩崎邸、入船山記念館、孫文記念館(移情閣)等の金唐革紙(手製高級壁紙)の全復元を行う。
卒業以降は日本画家として活動し、中国・インドをはじめ世界各地に取材した「アジアの美人画」をテーマとする作品を描き、国内外で展覧会を開催する。近年は絵本の原画制作に力を入れる。
○絵本作品に『ながいかみのむすめチャンファメイ』(福音館書店)、『犬になった王子 チベットの民話』(岩波書店)、『わかがえりのみず』(鈴木出版)、『金色の鹿』(子供教育出版)、挿絵作品に『おしゃかさま物語』(佼成出版社)。
『犬になった王子 チベットの民話』は、Internationale Jugendbibliothek München ミュンヘン国際児童図書館(ドイツ)の「The White Ravens 2014/ザ・ホワイト・レイブンス 国際推薦児童図書目録2014」に選定される。また、宮崎 駿 氏の絵物語「シュナの旅」の原話になった事でも知られている。
○NHK日曜美術館の取材協力他、テレビ・新聞・専門誌・インターネットサイト等への出演・掲載も多い。
○東京藝術大学デザイン科 非常勤講師、元 東京造形大学 絵本講師。国選定保存技術 金唐革紙 製作技術保持者。日本美術家連盟 会員(ご推薦者:中島千波先生)、絵本学会 会員、日本中国文化交流協会 会員、この本だいすきの会 会員。千葉県松戸市在住。
★現在、ユネスコ無形文化遺産・大垣祭り 布袋軕「天井画」の制作中~❣ 中国向けの「絵本」も制作中~❣

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絵本ナビ「犬になった王子  チベットの民話」絵本ナビ「犬になった王子 チベットの民話」
絵:後藤 仁 /文:君島 久子 /出版社:岩波書店絵本ナビ


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