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2020-08-15

「或る清貧画家の諦念の断簡(今の日本画を想う)」後藤 仁

 私は制作の合間に時々、フェイスブックやツイッターでつぶやいています。今回はその中でも、最近、主に「日本画・展覧会」について考察した部分の”まとめ”になります。

            *

2020年8月3日

 私の作画絵本『犬になった王子 チベットの民話』(岩波書店)が、ここの所、常に品薄状態が続いています~。
 スタジオジブリアニメ映画「ゲド戦記」の上映の影響なのか(映画「ゲド戦記」の原案の「シュナの旅」〈宮崎 駿/徳間文庫〉の原話は、チベット民話「犬になった王子」なのです)、新型コロナウイルスの巣ごもり需要・流通網停滞の影響なのか分かりませんが、ネット書店等で常時売り切れが続いています。
 誠にありがたい事ですが、もっと順調に、多くの人々の手に、本当に良い絵本が、届く事を願います。

○アマゾン Amazon 『犬になった王子 チベットの民話』(岩波書店)
https://www.amazon.co.jp/%E7%8A%AC%E3%81%AB%E3%81%AA%E3%81%A3%E3%81%9F%E7%8E%8B%E5%AD%90%E2%80%95%E2%80%95%E3%83%81%E3%83%99%E3%83%83%E3%83%88%E3%81%AE%E6%B0%91%E8%A9%B1-%E5%90%9B%E5%B3%B6-%E4%B9%85%E5%AD%90/dp/4001112426/
○絵本ナビ 『犬になった王子 チベットの民話』(岩波書店)
https://www.ehonnavi.net/ehon/91533/%E7%8A%AC%E3%81%AB%E3%81%AA%E3%81%A3%E3%81%9F%E7%8E%8B%E5%AD%90%E3%83%81%E3%83%99%E3%83%83%E3%83%88%E3%81%AE%E6%B0%91%E8%A9%B1/

○Real Sound|リアルサウンド/ジブリ劇場上映ラインナップにおける異色作?『ゲド戦記』にみる宮崎吾朗の役割
https://realsound.jp/movie/2020/07/post-579758.html
○TOHO THEATER LIST/一生に一度は、映画館でジブリを。『風の谷のナウシカ』『もののけ姫』『千と千尋の神隠し』『ゲド戦記』シアターリスト
https://theater.toho.co.jp/toho_theaterlist/ghibli2020.html


8月6日

 近年、珍しく”日本画”が世間の話題になると、またもや不祥事だったりします・・・。過去に大騒動になった S先生盗作事件もしかり。まだ表沙汰になっていない U先生の盗作疑惑といい、実に悲しい事です。その他にも、写実(リアル描写)をモットーとしている、近年の日本画団体展作家には、かなり大多数が潜在していると思います(もちろん無所属作家にもいるでしょうが)。
 ここ20年ばかり、日本の経済低迷・文化変遷に伴う、日本画・油絵等の純粋美術の不振程度は甚だしく、若手・中堅作家が絵を続けるのは厳しい限りです。しかし、日本画が本当に、こんな低い芸術世界だとしたら、その存続の不可は仕方がない事です。

 必ず自身でその場におもむき実物をスケッチ(写生)する、・・・たとえ描く時間がなくても自身で写真を撮る事は、絵の基本的な姿勢です。他者の写真(図鑑・写真集等)は、せいぜい絵の参考資料程度に部分的に活用する位に留めないといけません(その場合でも、そのまま画像を使用するのではなく、自分のセンスを大幅に入れなければいけないでしょう)。その写真自体が写真作家による芸術作品の場合は、参考にするのも避けておいた方がよいのです。
 これは著作権法 云々、以前の、芸術家の基本的な心得なのです。それを忘れた画壇は、将来的に滅びていくしかないと肝に銘じて、画家は厳しく精進せねばならないのです。


8月11日

 中国向けの新作絵本制作は、本日、「表紙」の骨描きを終え、胡粉の下地塗りをしました。今日はこの後、一度塗りが乾いた後に、二度塗りをしようと思います。私は大抵、胡粉下地は二度塗りをします。こうして丁寧に下地を作るのです。
 誠に美しく素敵な「表紙」になりそうですよ~。(^・^)👍

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 私は当然ながら、人は人権において皆平等だと分かっています。そこには、貧富・職種・能力・男女・民族・国籍等による上下・貴賤は一切ありません。
 しかし、”絵”という厳しき芸術の道においては、平等や公平性は一切無いのです。そこには何かしらの良し悪しや、本物・似非物があるのだと信じます。
 立場を越えて、皆で並んで、楽しく絵を飾るというのは、人の行為としては微笑ましく正しい事です。しかし、本物の芸術を追求せざるを得ない、厳しき”芸術の道”においては、必ずしも正しき事とは言い難いのです。絵を描く自己世界の中で大いに遊び、鑑賞者を楽しませる事までが作家の本分であるのですが、画家が大勢で集って愉悦的に展示を楽しむというのは、所詮は趣味の領域でしかない・・・。

「旅に出て、もしも自分よりもすぐれた者か、または自分にひとしい者に出会わなかったら、むしろきっぱりと独りで行け。愚かな者を道伴れにしてはならぬ。」(「ブッダの真理のことば」中村 元 訳/岩波文庫) 
 と仏陀もおっしゃられた・・・。人としてはいささか高慢で冷淡なように聞こえますが、修業の道においては、事実こうあらねばならぬのです・・・。それ故に、芸術とは、厳しき道なのです。孤独の中の孤独でしか、芸術の真実は微笑んでくれないのだ・・・。
 私は絵の道において、一度・二度までは人間的付き合いとして、道を交える場合もありますが、三度目ともなれば、本当に自身が認め・信頼できる位の、本当に崇高な理念・技術・能力・経験を持った人と判断できないと、同行はし難くなってきます(決して世間的肩書や名声・実績だけで判断するのではなく、その人の芸術的本質を吟味します)。それは画家同士の場合は最も厳しく真贋を見極めますが、画商や編集者等の場合は画家に比べれば柔らかいものの、それに準じた判断が求められるのです。
 私も大した画家ではありませんが、哀しいかな、生来の変わり者の私は、自分より優れているか、同じ位の芸術的素養を感じ取れる人で無いと、一緒に歩めないのです。これが愚かな芸術家の、悲しき性(さが)なのです・・・。


8月14日

『絵画展覧会 ─ 個展・グループ展 考』

 「個展」とは、その作家の世界観を丸ごと反映し、また、誰の助けも借りずに、その作家の実力そのものが試される場なので、一番、重要な作品発表の機会となる。私もこれを重要視している。

 「グループ展(二人展・三人展・多人数展 等)」もやはり大切なものであるが、様々な形態があるので、ケースバイケースである。美術団体に所属している場合の「団体展」、公募形式の「公募展」、所属派閥等による「研究発表展」、絵の販売が主要目的の画商・画廊等が主催する「展示販売展」、友人・知人等とで企画する「グループ展」、絵画教室等の講師と教え子による「教室発表展」等々、多種多様である。
 私はこれまで、特殊なケースを除いては、ほぼ「企画展(会場代は無料で、絵の販売時に販売手数料を支払う形式)」で個展・グループ展を開催してきた。基本的に「貸し画廊(会場代を支払って開催する。アマチュア画家はほぼこの形態)」を使わない。そんな条件もあり、バブル期以降の絵画低迷期に活動し、特別な売れっ子でもない私は、それほど多くの展覧会を開催出来てこなかったが、それでも「個展(日本画展/絵本原画展を含む)」は15回余り開催している。(「赤穂市立美術工芸館 田淵記念館」での展覧会は、伯父・後藤大秀とのコラボレーション企画であるが、私の個展に伯父の作品の賛助出品という形なので、「個展」に数えている。)ただし、いずれも小規模の展示ではなく、毎回、大作を含む、20~100点位は出品する大型企画だけを開催している。
 「グループ展」は様々な形態で、200回以上は開催している。後藤純男先生の門下生による研究発表展「翔の会日本画展」(最初の1回のみ、オンワードギャラリー日本橋、のち、銀座松坂屋)は毎年続けて、計16回参加した。画商の企画による、百貨店・大型書店での展示販売展も、一時期、かなり多数行った。私が教える絵画教室の受講者との教室発表展も数回行った。画家仲間との、お友達グループ展も複数やっている。
 私が主に作品を製作し、時には展示準備に参加した「金唐革紙展(きんからかわし/国重要文化財建造物 等に貼られた手製高級壁紙・国選定保存技術)」は30回近くある。
 私の繊細で個性的な絵はあまり公募展向きではないが、「各種絵画公募展」にも、若い時分・30歳代前半までに、20回余りは入選・受賞している。私の拘泥的性格は基本的に団体向きではなく、結局今まで、美術団体展には所属しなかったが、それらしき企画としては、一時期6年間ばかり参加していた日本児童出版美術家連盟による「童美連展」を、展覧会実行委員会委員長として企画・開催した。
 これら「個展」「グループ展」「絵画公募展」「金唐革紙展」等の全てを合わせると、合計300回弱の展覧会経験がある。プロの作家としては殊更多くもないが、経験不足というほど少なくもなかろう。ただ、何でもかんでもやれば良いというものではなく、その質が重要なのであるので、特別、売り絵展が多くもない私の場合は、これ位が妥当である。

第15回 翔の会日本画展「第15回 翔の会日本画展(後藤純男先生門下展)」最終回 (2010年8月11~17日 銀座松坂屋)


★YouTube 「第2回 翔の会日本画展(後藤純男先生門下展)」(1997年10月30日~11月4日 銀座松坂屋)
 【日本画家・後藤純男先生 講評会】
 今ではとても貴重となった、一番お元気な頃の後藤純男先生(東京藝術大学名誉教授)の講評会の映像です。私、後藤 仁が講評を聴いています。 
 日本画作品 『阿蘇猫岳(根子岳)』(F30号) 後藤 仁



 私はこれまで、「売り絵展(展示販売展)」にも何かしらの抵抗感を感じてきた。プロ画家としては避けて通れぬ、糊口をしのぐ術でもあるが、我が子の如く大切な作品を、見知らぬ人に販売する。しかも、心底気に入ってくれているなら良いのだが、投資目的の販売が主流であった日本の美術市場では、どうしても気が乗らなかったのだ。どちらにしても特別な売れっ子でもない私の場合は、展示機会も限られたのだが、この点では私はプロ画家とは言えないのかも知れないな・・・。そんな訳で、20~40歳代前半を中心に、かなり多数、展示販売展を開催したが、徹底的な商売人である画商ともあまり馬が合わず、今はその世界から離れつつある。
 「研究発表展」は大切であろう。絵画派閥や団体に所属している人は、自己研鑽の手段として、自己とレベルが拮抗する、又は自分以上かと思われる作家同士なら、その展示の意味合いは大きい。学生時代から卒業後15年間は、私も後藤純男先生門下として研究発表展「翔の会日本画展(銀座松坂屋)」に計16回出品したが、後半になるにつれ、後藤先生門下の多くの者は筆を折り、少数は他派閥に吸収され、2013年の銀座松坂屋の閉店に伴って、翔の会日本画展は完全消滅した。銀座松坂屋は三越、高島屋と並んで、美術展・日本画展の最高の牙城とされた百貨店であった。百貨店の弱体化は、そこを販売の主流としてきた日本絵画界のその後の衰退の大きな要因となり、それまでも漠然と感じてはいたが、私が日本画壇の先行きに暗いものを確実に感じ取ったのは、この時以降である。その後、私は特定の派閥には属さずに、純粋な研究発表展は開催していない。
 歴史的には、「団体展・公募展」も研鑽を積むには良い場であり続けた。しかし、団体展・公募展は大抵、審査員の趣向により受かる絵には大きく偏りが生じる。基本的に団体の意図に沿わない絵は受からない。一目でインパクトのある絵が受かりやすく、画面の隅から隅まで埋め尽くした絵が、真面目に描いていると判断されて受かりやすい。また、ほとんどの団体は、各派閥ごとの研究会を通して、最初からある程度合否が決まっているケースが多く、ほぼ出来レース化しており、決して公正な世界とは言い難い。そこで先輩・師匠にそっくりな絵を描いて受かろうとする傾向が、ここ30年以上、強くなるばかりである。アマチュア画家から、そこそこ描けるYESマンを引っ張ってきて、派閥を大きくしようとする、団体総素人化傾向も顕著に見られる。そんな悪傾向・低意識の中、先般の日本画最大派閥・著名作家による他人の写真からの盗作事件等も必然的に生じてくる訳である。
 私は学生時代こそ、東山魁夷先生(日展)、平山郁夫先生(院展)、後藤純男先生(院展)等への憧れから、団体展を目指した時期もある。しかし、団体展の近年の弊害を身近に感じるにつれ、いずれの団体も、数十年に渡る無変化・固定化の中で、その権威化・画一化・低質化・形骸化に苛まれている事を鑑みて、団体展への志向を失った。日展は30年余り前から、売れっ子・実力者不足等で人気は低落し、創画会は最初から一般人からの支持が薄く、最後の砦の院展もここ20年ばかりは著名作家が減って低迷の一途を辿っている。現在の、無所属作家中心の、現代アートからマンガ・アニメ・CG全盛時代において、絵画団体展はその役割を一旦終えつつあると感じ取って、結果的には、現在の日本画三大団体等への参加を私は敬遠した。
 「教室発表展」は絵画教室で教える立場の者としては、教室の受講生の為にも開催しても良いものだろう。絵を一般人に教える事で自分自身、改めて気が付く点も多々あり、やってみると楽しいものでもある。ただこれは、絵だけでは食べていけない、貧乏画家の哀しい側面でもある。しかし、一般人との触れ合いも大切であろうし、これも社会貢献の一つであろうか。

 近年、絵画仲間との「お友達展」みたいな企画に何度か参加した。研究発表展とはまた少し趣向が異なる、派閥を越えた絵画仲間との展示発表会である。それはそれで面白いものでもあるが、それも、本当に力の拮抗する、対峙するに値する絵描き仲間との展示なら、大きな意味があろう。私は先日話したように、自分より絵画的実力のあると思われる人物か、自分と同等程度の作家となら、ぜひ研鑽を積んでみたい。ただ、そのように感じ取れる人物は、ごく稀なのも事実である。日展であろうと院展であろうと、肩書が一見凄そうに見えても、よくよく吟味してみると、存外、開催目的が俗的・凡庸で、芸術的素養が甘かったりするケースが多々ある。何度かそんな展示を経験してみたが、どうにも完全にはしっくりこないので、当面は諦めて、本当に優れた同士が登場するのを気長に待とうか・・・。もし一生現われなくても、それでいいのである。
 そんな理由で、今後しばらくは、質の高い「個展(絵本原画展を含む)」に絞って活動していこうかと考えている。

 絵を一生の生業とするのは至難の業であり、誰もが容易に到達できる世界ではない。生涯をかけて永い永い道をひたすら、孤独に歩まねばならない・・・。
 ただ一時の自己顕示欲であったり、格好つけだったり、お金儲けの手段であったり(実際には、ほとんど大多数の人は食べてはいけないが)するのであれば、止めておいた方が良い。そのような人が、大した仕事を出来るはずはない。
 芸術を深く知ろうと探求し、苦悩し、時には死をも覚悟し、画技・画法を研鑽しながら、数十年もかけて到達を目指さねばならない、それはそれは厳しく永い試練の道となろう。

 絵師(日本画家・絵本画家) 後藤 仁

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テーマ : 文明・文化&思想
ジャンル : 学問・文化・芸術

2020-07-11

或る清貧画家の祈りの断簡3(未来の瞳の為に描く)

 私は制作の合間に時々、フェイスブックやツイッターでつぶやいています。今回は、その主要部分の”まとめ”の続編になります。
 中国向けの新作絵本『青蛙緑馬』(チベット民話/唐 亜明 文、後藤 仁 画/浙江少年児童出版社、伝世活字国際文化メディア・小活字 〈中国〉 )は、残念ながら、新型コロナウイルスの影響で、発売が半年ほども延期されたままです・・・・(絵本の発売準備は整っており、中国の経済状況の回復を待って、発売時期を検討中です)。この物語は、最後こそ悲話の幕引きとなりますが、勇気や希望や愉悦や情愛を感じていただける、・・・人の”生”と”死”を考えさせてくれる、とても良いお話です。まさに今、困難に直面している、中国や日本や世界中の幾多の子ども達に、ぜひ読んでいただきたい、誠に素敵な絵本になると信じています。
 そんな苦しき現状にもかかわらず、中国向け新作絵本制作第二弾は、すでに描き途中です。もう全場面の半分以上は描き進めています・・・。どのような困難な状況に見舞われようと、厳しい時代に突き当たろうと、制作の手をゆるめる事は決してできません。それが将来を担う多くの子ども達・・・、”未来の瞳”を輝かせるものであるのならば、なおさら、私は描かずにはおられないのです。それが、生来の絵描きというものなのです。

 絵師(日本画家・絵本画家) 後藤 仁

絵本『青蛙緑馬』表紙絵本『青蛙緑馬』(チベット民話/唐 亜明 文、後藤 仁 画/浙江少年児童出版社、伝世活字国際文化メディア・小活字 〈中国〉 )


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 2020年5月11日

 今年の「大垣祭り」(ユネスコ無形文化遺産・国重要無形民俗文化財/岐阜県大垣市)は、新型コロナウイルスの影響で、残念ながら中止になりました。
 私の伯父・後藤大秀の「からくり人形」ご披露も、今年はおあずけです・・・。  ( ;∀;)

 これからいよいよ、「大垣祭・布袋軕」天井画(天井絵)制作が、本格始動いたします。来年は無事に、祭りが開催されます事を、心からお祈り致します。

 https://www.city.ogaki.lg.jp/0000002628.html
 https://www.ogakikanko.jp/event/ogakimaturi/


 5月18日

 中国向けの新作絵本制作は、この数日をかけて、「第8場面」の彩色を進めると共に、「第12場面」の下図完成~骨描き~下地塗り~彩色と、2枚を同時進行しています。

 この絵本は史実に基づいた創作物語なので、家具や道具等の多くの小物が出てきます。これらの細部を描くのも大変なのですが、創意工夫のしがいもあり、完成しましたら、絵本の見所の一つともなるでしょう。

 どんなに困難な時代・時節でも、創作の手は決して緩めない。常に、焦らず、弛まず、奢らず(驕らず)・・・の精神で、画道に精進したいと考えています・・・。


 5月27日 

 【ライブドアニュース】宮崎駿監督「シュナの旅」の原話、チベット民話「犬になった王子」の絵本版が出版―日本
 2013年11月1日、チベット民話を題材にした絵本「犬になった王子」(岩波書店)が11月15日に出版される。「犬になった王子」は宮崎駿監督が出版した「シュナの旅」の基となった民話であり、「シュナの旅」は後の映画「ゲド戦記」の原案となっている。・・・・
 古いニュースですが、まだ掲載されていますね~。こんな困難な時代だからこそ、親子で・お孫さんと一緒に読んでいただきたい、壮大な冒険物語絵本です。

 https://news.livedoor.com/article/detail/8217084/


 6月3日

 中国向けの新作絵本制作は、数日をかけて「第9場面」の下図を完成させ、転写~骨描き~胡粉・黄土の下地塗りまで進めました。この場面には、人物が40人以上も登場するので、描くのは実に大変です。「第12場面」もぼちぼち進んでいます。

 この絵本の原話は、中国の古代史話に基づいた創作歴史物語ですので、今までの私の絵本作画よりも、衣装や小道具の描写に凝っています。それだけに、下調べや描くのも一苦労です。しかし、その分、描きがいがあります~。(^o^)

 J:COMで「麗王別姫」~花散る永遠の愛~という壮大・豪勢な中国ドラマをやっており、もちろんCGも多用していますが、衣装や建造物・小道具等の細部まで素敵ですね~。中国の映画やドラマのレベルは、この20年ばかりで、驚くほど飛躍的に向上しました。このドラマの印象は、今回の私の作画絵本にも通じる世界観ですね・・・。景甜(ジン・ティエン)のような、美しい女性像が描けるといいのですが~~♡


 6月9日

 絵本作家・田畑精一さんの訃報が伝えられました・・・。

 2016年4月6日(水)に、童美連で開催された「絵本サロン2016」田畑精一さん、杉浦範茂さんの対談。この時には、とても為になるお話が聴けました。
 私が持参した、絵本『おしいれのぼうけん』を手に・・・。この絵本には、後でサインを入れていただきました。

 その後、私の絵本『ながいかみのむすめチャンファメイ』(福音館書店こどものとも)、『犬になった王子 チベットの民話』(岩波書店)をお見せした機会には、わざわざご丁寧なお電話をいただき、「髪の毛の描写は大変だったでしょう・・・。」との有難いお言葉をいただきました。
 日本の絵本全盛期の優れた作家が、またお一人去って逝かれます。日本画の世界も絵本の世界も、本当に実力と勢いのあった世代の作家が、どんどん少なくなって寂しい限りです・・・・。
 心よりご冥福をお祈り申し上げます。

童美連 絵本サロン「絵本サロン2016」 田畑精一さん(左)、杉浦範茂さん(右)


 6月17日

 私も齢五十を越え、半世紀の時を想う事も度々である・・・。インドの思想では、五十を越えると「林住期(りんじゅうき)」となる。

 私は遅く27歳で藝大を卒業したが、それは、ほぼ「学生期(がくしょうき)」に当たる。その後、「家住期(かじゅうき)」には、家庭人としては役をなさなかったが、画家としての社会的役割は最低限は果たせたであろうか?

 今の世の中は難問が山積みであるが、そんな時代だから、なおさらに深く想う・・・。画家としても全くと言っていいほど、何も成果は上げられなかったが、それでも何とか画道を続けて来れたのは幸いである。

 これからの「林住期」・・・、儒教で言えば、「知命(天命を知る)」であるが、できるだけ俗世間から離れ、短絡的私利私欲や刹那的損得に惑わされずに、ただ絵師として、超越した世界を生きる事ができるのだろうか・・・。そうありたいものである。

 (追伸: ただ、この「林住期」は、絵描きにとっては最も重要な時期になる。俗世とは少し距離を置きながらも、ひたすら創作に明け暮れる日々にしたいものである・・・・。)


 6月19日

 東宝映画情報「スタジオジブリ」4作品 劇場上映が決定しました!!。

 ジブリアニメ映画「ゲド戦記」の原案の「シュナの旅」(宮崎 駿/徳間文庫)の原話は、チベット民話「犬になった王子」です。私の作画絵本『犬になった王子 チベットの民話』(岩波書店)も合わせて、ぜひご覧下さい。

絵本『犬になった王子(チベットの民話)』表紙 小絵本『犬になった王子 チベットの民話』(岩波書店)

 https://theater.toho.co.jp/toho_theaterlist/ghibli2020.html

 https://www.amazon.co.jp/%E7%8A%AC%E3%81%AB%E3%81%AA%E3%81%A3%E3%81%9F%E7%8E%8B%E5%AD%90%E2%80%95%E2%80%95%E3%83%81%E3%83%99%E3%83%83%E3%83%88%E3%81%AE%E6%B0%91%E8%A9%B1-%E5%90%9B%E5%B3%B6-%E4%B9%85%E5%AD%90/dp/4001112426/


 6月23日

 中国向けの新作絵本制作は、数日をかけて、「第12場面」を完成させました。この場面は、一見、地味目な人物風景なのですが、想像以上に描くのは大変でした。日本画では、同じ人物を何度も描く事すら難しいのですが、様々な文房四宝の描写も思った以上に困難でした。しかし、静謐な満足感がかもし出された、起承転結の内の”転”の締めくくり場面になりました。
 今日はもう少し、「第9場面」を墨線で描き起こそうかと思います。墨線の仕事は、実に疲れます。・・・・

 新型コロナウイルスの影響で、絵画講師の仕事が3ヶ月近く無くなり、当面、絵の販売の計画も無く、中国向けの絵本の発売も半年近くも遅れています・・・。元々微々たる収入は、この3ヶ月近く全くの”0”になりました。きつ過ぎる~。
 日本画はとても画材代が高く、気が遠くなりそうに神経を使う仕事が連綿と続きます~。日本画も絵本も、基本、完成後の後払い方式なので、前回・今回の絵本の制作も、ほぼ2年位、完全タダ働き状態です~~。😭
 ほんの一部の商売上手で調子のいい人を除いて、真面目な絵描きとは、基本、辛過ぎるお仕事なのです。これからの若い人には、到底、お薦めできません。
 ただ、2013年に発売された拙作絵本『ながいかみのむすめチャンファメイ』(福音館書店こどものとも)を、ツイッター等で、「子供の頃好きだった絵本」に挙げていただいているのを見付けたりすると(その人は幼稚園の頃に読んだらしいので、まだせいぜい中学生位の人でしょうが・・・)、もう既に私の作品は、誰かしら多くの若い人々の感性に影響を与え、その人の心に深く刻まれていっているのですね・・・。
 そう考えると、たとえ貧困で飢え死にしようと、作品は生きている訳で、画家冥利に尽きるというものです。ただそれだけで良いのです、何もいらない、ただ描ければそれで良いのです・・・。

絵本『ながいかみのむすめ チャンファメイ』表紙・表絵本『ながいかみのむすめチャンファメイ』(福音館書店こどものとも)


 7月3日

 ★私の作画絵本『犬になった王子 チベットの民話』(岩波書店)が、Internationale Jugendbibliothek Munchen ミュンヘン国際児童図書館【The White Ravens 2014 国際推薦児童図書目録2014】に選定された時の、2015年 巡回展覧会パンフレット「Wanderausstellungsflyer IJB 2015」(19ページ)に、絵本『犬になった王子 チベットの民話』(岩波書店)も掲載されていたようです。今頃、気が付きましたね~。

○「Wanderausstellungsflyer IJB 2015」展覧会カタログ 〈PDFデータ〉
 https://www.ijb.de/fileadmin/Daten/Pdfs/Wanderausstellungsflyer_IJB_2015.pdf

 https://www.ijb.de/de/ausstellungen/single/article/the-white-ravens/48.html


 7月5日

 Internationale Jugendbibliothek Munchen ミュンヘン国際児童図書館【The White Ravens 2014 国際推薦児童図書目録2014】
 私の作画絵本『犬になった王子 チベットの民話』(岩波書店) Inu ni natta ōji. Chibetto no minwa (The prince who became a dog. A Tibetan folk legend) のページがあります。

 https://whiteravens.ijb.de/book/1286


 7月6日

 スタジオジブリアニメ映画「ゲド戦記」、宮崎 駿の絵物語「シュナの旅」の原案・原作は、チベット民話「犬になった王子」であると、ここでも触れられています。
 私の作画絵本『犬になった王子 チベットの民話』(岩波書店)も、この機会に合わせて、ぜひご覧下さい。

 https://realsound.jp/movie/2020/07/post-579758.html

 https://www.iwanami.co.jp/book/b254895.html


 7月8日

 中国向けの新作絵本制作は、数日間をかけ、「第9場面」を完成させました。この場面には、30名余りの美人と10名余りの男達が登場しますので、描くのに骨が折れました。この「第9場面」は「第4場面」に対応しているので、背景はほぼ同じに描いてあります。日本画では、全く同じように描く事自体、かなり難しく、デジタルでコピーペーストするようにはいかず、その点でも今回は至難の業でした。
 また、「第10・11場面」の下図にも、着手しました。~

 この絵本作品には、総勢、数百名は人が登場します。私が今まで描いた絵本の中では、最多です。その上、けっこう緻密な描写手法で描いています。そんな意味でも、この作品は私にとって、新たな試みだと言えるのです。
 保守的マンネリズムに陥るのではなく、常に新たな境地を求め続ける・・・、それが、芸術家にとって最も大切な姿勢なのです。言うは易く行うは難し・・・、一生、この困難な道を歩もう・・・、今、厳しい現状にある、多くの子ども達〈未来の瞳〉の為にも、命をかけて描き続けよう・・・・。遥かなる高みを目指して、この道を、ただ歩もう・・・・。


 7月10日

 私はアイドルの事はよく知りませんが、元モーニング娘の飯窪春菜さんのインスタグラムにて、「シュナの旅」(宮崎 駿/徳間文庫)とともに、チベットの民話「犬になった王子」(君島久子/岩波書店)も紹介されています。
 私の作画絵本『犬になった王子 チベットの民話』(君島久子・後藤 仁/岩波書店)も合わせて、是非ご覧下さい。

 https://www.instagram.com/p/CAKuIiyAyMJ/?igshid=14kl1hqy59o2o

テーマ : 文明・文化&思想
ジャンル : 学問・文化・芸術

2020-05-26

或る清貧画家の祈りの断簡2(自然との共生、未来への希望)

 私は制作の合間に時々、フェイスブックやツイッターでつぶやいています。日々感じた よしなし事を、そこはかとなく書き連ねています。前にそれらを、「或る清貧画家の苦悩の断簡」「或る清貧画家の祈りの断簡」としてブログにまとめましたが、今回はその続編になります。
 ようやく新型コロナウイルスの猛威も少しは落ち着いてきたかに見えます。しかし将来的には、人類の根本的な生き方・考え方を変容させていかないと、本質的な物事の解決には至らないでしょう。よく言われているような、社会の IT・インターネット化が全てを解決するという考え方もいかがなものかと、私は大いに懐疑しています。その流れを決して無視はできませんが、全てがコンピューターに呑み込まれた世の中は、人が生命体としての生き方を放擲した世界に他なりません。人が・・・生き物が・・・自然に則り、自然と共生し、地に足を付け、汗水を垂らして生きていく、・・・・そのような本来在るべき生命の姿というものを、真剣に模索していかねばならないのではないかと思うのです・・・・。
 本当に人間にとって大切な生存的価値観とは何なのか・・・、本当に重要な文化的価値観とはどのようなものなのか・・・、といった物事の本質を見通す目~審美眼~を、高度に養っていける世に中になる事を、私は希求しています。
  絵師(日本画家・絵本画家) 後藤 仁

            *

2020年4月9日

Z-SQUARE | Z会
親と子の本棚 変身の大冒険
『犬になった王子 チベットの民話』
 君島久子 文、後藤 仁 絵、岩波書店

 Z会のおすすめ絵本でも、私の作画絵本『犬になった王子 チベットの民話』(岩波書店)が紹介されています。
 家にこもりがちな不安多きこの時節~、親子・家族で、お子さん・お孫さんに、本当に良い絵本を読んでやって下さい。きっと、未来への希望・勇気・元気を感じられる事と信じています。

●Z-SQUARE | Z会、親と子の本棚 変身の大冒険
https://www.zkai.co.jp/saponavi/el/series/29885/

○絵本『犬になった王子 チベットの民話』(岩波書店) 販売ネット書店

アマゾン(Amazon)公式サイト 
https://www.amazon.co.jp/gp/product/4001112426/
 
絵本ナビ 公式サイト 
https://www.ehonnavi.net/ehon/91533/%E7%8A%AC%E3%81%AB%E3%81%AA%E3%81%A3%E3%81%9F%E7%8E%8B%E5%AD%90%E3%83%81%E3%83%99%E3%83%83%E3%83%88%E3%81%AE%E6%B0%91%E8%A9%B1/

紀伊國屋書店 公式サイト
https://www.kinokuniya.co.jp/f/dsg-01-9784001112429?fbclid=IwAR0Vjux9oXdYU9VxcpkkXPJruL6xMf_OAwqlrY1iSPH4wUM5nevjFsABurw


4月10日

【ライブドアニュース「中国少数民族を描いた心温まる絵本」】
 2013年2月13日、中国の少数民族・トン族の民話を描いた絵本「ながいかみのむすめ チャンファメイ」が今月1日に出版された。優しく勇気ある少女が村人の心を動かし、自然の厳しさを乗り越えていくという、心あたたまる物語だ。絵本は君島久子氏が再話し、日本画家の後藤仁氏が作画を担当。後藤氏は、「この絵本が日中の文化交流、相互理解の一助になればうれしい」と話している。・・・・・・

 ライブドアニュース、ヤフーニュース 他、各種ニュースサイトでも、私の作画絵本『ながいかみのむすめチャンファメイ』(福音館書店こどものとも)『犬になった王子 チベットの民話』(岩波書店)の出版が紹介されました。
 家にこもりがちで不安多きこの時節~、親子・家族で、お子さん・お孫さんに、本当に良い絵本を読んでやって下さい。私の作画絵本では、一人の少女や王子の勇気ある行動が、民衆を希望へと導きます。絵本からは、きっと、未来への希望・勇気・元気を感じられる事と信じています。

●ライブドアニュース: 中国少数民族を描いた心温まる絵本、「ながいかみのむすめ チャンファメイ」
https://news.livedoor.com/article/detail/7410936/

●ライブドアニュース: 宮崎駿監督「シュナの旅」の原話、チベット民話「犬になった王子」の絵本版が出版―日本
https://news.livedoor.com/article/detail/8217084/


4月19日

国民・都民の皆様へのお願い
「現在、不要不急の外出は、新型コロナウイルスへの感染の恐れがあります。ぜひ、ご家庭にて、誠に ”仁”(仁愛・思いやりの心)のある良い絵本を、お子様・お孫様に読んであげて、静かな時間を楽しみながら、心豊かにお過ごし下さい。」

 ・・・・・等という宣言は当然出されません。しかしながら、古代から連綿と人々に伝えられてきた昔話・民話には、人類が今まで生きてきた英知・知恵が詰まっています。
 家に閉じこもりがちな現在、ぜひ、本当に良き「絵本」を親子・家族で読んでみて下さい。きっと、生きる勇気・元気・希望が感じられる事と信じています・・・。
 これは決してフェイクではありません~。

 東京あこうのつどい〈第4回 東京あこうのつどい 2017年8月4日(※現在ではありません)/東京都知事・小池百合子氏と、私の作画絵本『わかがえりのみず』(鈴木出版こどものくに ひまわり版)
 
○絵本『ながいかみのむすめチャンファメイ』(福音館書店こどものとも)

福音館書店 公式サイト
https://www.fukuinkan.co.jp/book/?id=2519

アマゾン(Amazon)公式サイト
https://www.amazon.co.jp/gp/product/B00BD52ZKO/

絵本ナビ 公式サイト
https://www.ehonnavi.net/ehon/102870/%E3%81%AA%E3%81%8C%E3%81%84%E3%81%8B%E3%81%BF%E3%81%AE%E3%82%80%E3%81%99%E3%82%81%E3%83%81%E3%83%A3%E3%83%B3%E3%83%95%E3%82%A1%E3%83%A1%E3%82%A4/


4月23日

 先日も、NHK「クローズアップ現代+」等でやっていましたが、本当に日本の文化・芸術・美術は、今、危機に瀕しています。そうでなくてもバブル経済崩壊後は、日本画等の純粋美術市場が著しく低迷し、バブル期以前に活躍した、ほんの一部の売れっ子著名画家以外は、誠に厳しい状況が続いていました・・・。
 この新型コロナウイルスの影響を受け、この後、多分、60歳代以下の大多数の画家が生活に困窮し、仕事を続けられなくなると懸念されます。このまま半年~1年以上、この状況が続くとしたら、確実に日本の美術芸術文化は一旦滅びる事になります。ご年配の実力派著名画家は数年~十数年でほぼ引退を迎えるので、それ以降は、お金持ちのご子息や商売だけが上手い画家モドキしか生き残れません。そんな世相では、良い文化など、決して創造し得ません。
 日本は戦後、文化施策はあまりに脆弱で、一般人の純粋美術への関心も薄れていました。世の中には、過去の優れた美術工芸品があふれており、それを普段、当然のように見ていますが、実はそれらの裏には、汗水を流して一生をかけて懸命に創作に生きた作り手が必ずいるのです。平和な時には、人はそれを当然のように思い、その作者に思いをはせる事はまれです。しかし、文化芸術美術が一切無くなった、ビジネスと衣食住だけの世の中を想像してみて下さい。実に味気なく、無意味な世の中です・・・。

 今回の新型コロナウイルスを受けて、ヨーロッパ各国では「アーティスト助成金」なるものが、一般のフリーランスや個人事業主とは別に、特別に設けられていると言います。アーティストが仕事を続けられなくなり、普通の仕事(サラリーマン等)に移らざるを得なくなる事の”文化的損害”が多大だという理由だそうです。今回の新型コロナウイルス以前から、ヨーロッパ先進国ではアーティストへの補助・援助が盛んなので、貧乏ながらもどうにかこうにか画家稼業を続けられると言います。残念ながら、日本は全くそうなっていません・・・。
 この状況が半年~1年以上続くと、確実に日本の文化芸術美術は著しく衰退し、実質的な崩壊状態に入るでしょうね・・・。それは空虚で恐ろしい世の中です。
 私一人だけなら、ここで押しつぶされても構いません。もちろん、もう少し描きたい思いは強いのですが、常に滅びの覚悟はできた上で、今まで何とか描き続けてきました。・・・このままでは、これからの若き画家が、まともで正直な画家として生きていく事は、不可能な世界になりそうです。
 どうか最も最悪のシナリオを回避する為にも、医療・生命維持の仕組みが整いましたら、文化芸術美術を担う者達への、何らかの支援というものも、政治家・経済界一丸となって、真剣に考察していってほしいと、切に願うばかりです・・・・。


4月26日

 ここの所、私が講師を務める絵画講座は全て閉鎖されているので、1か月近く、ほぼアトリエでの制作三昧で、最低限の買い物と散歩以外は外に出ていません。昨日は久しぶりに、市川市の広い公園に自転車で行ってみました。ちらほらと人はいましたが、人との距離をあけながら園内を散歩しました。
 ツツジ・サツキ・藤・ボタン桜・ハルジオン・タンポポなどの花々が、時期を合わせたかのように、一斉に美しく咲き誇っていました。冬よりは減りましたが、鴨も数羽いました。鯉も優雅に泳いでいます。私は、ツツジを小さなスケッチブックに写生しました。久しぶりに心が和みました。人間が苦境にあえいでいるこの瞬間も、自然万物はあまりにも美しく、変わらず、そこに在ります。~~
 今、人間活動の低下によって、空気はいくぶん浄化され、都会を動物たちが闊歩したりしています。自然界はむしろこの状況を歓迎しているようです。
 歴史の中で、人類は自然を凌駕し過ぎてきました。自然と人間の共存・・・、もっともっと模索していかなければいけないのでしょう。これは日本画家・絵本画家という芸術家である、私も決して無縁ではありません。


4月29日

知乎 〈任天堂御用画师,参与马力欧及塞尔达等人物插画制作,毕业于这所大学!(可预约东京艺术大学专场直播)〉

〈任天堂の御用画家、スーパーマリオとゼルダの伝説の人物イラスト制作に参加、同大学卒業! (東京藝術大学・・・云々)〉とおおよそ訳せますか・・・。この題は、アニメーター:小田部羊一さんを指しているようです。

 中国系のサイト「知乎」に、前にもいくつかの中国系サイトに掲載されていた内容が、再構成されて掲載されています。著名な現代アーティスト:村上 隆さん、アニメーター:小田部羊一さんと共に、私:後藤 仁(后藤 仁、GOTO JIN)と私の作画絵本『犬になった王子 チベットの民話』(岩波書店)『ながいかみのむすめチャンファメイ』(福音館書店こどものとも)も掲載されています。
 中国には、このような類似的転載サイトが多数見られます。事実とは大きく異なっていないので、良しとしましょう。

●知乎 〈任天堂御用画师,参与马力欧及塞尔达等人物插画制作,毕业于这所大学!(可预约东京艺术大学专场直播)〉
https://zhuanlan.zhihu.com/p/131619046?fbclid=IwAR1jVY2Vl5YvnsoJSc2iUUzgt2cWEDZNltYyK5KjDni2cHPO5huqu3Dingk


5月4日

 私が小学校~高等学校位までの若い時分に、絵画創作において最も影響を受けたとも言える、映画監督・アニメーターの宮崎 駿さんの演出作品「未来少年コナン」がNHKで再放送されています。千葉テレビ等での再放送の場合は、始めと終わりの歌がカットされたりするので、オリジナルそのままのNHKでの再放送は嬉しいですね~。
 テレビアニメ「未来少年コナン」は、絵物語「シュナの旅」〈徳間文庫/私の作画絵本『犬になった王子 チベットの民話』(岩波書店)の民話が原話になっています。〉と共に、宮崎 駿さんの最高傑作だと私は思っています。「未来少年コナン」の世界観は、「シュナの旅」にも引き継がれ、後の宮崎さんの長編アニメ映画「風の谷のナウシカ」等につながっています。
 新型コロナウイルスで外出が難しい昨今です。「未来少年コナン」等の優れた宮崎アニメに影響を受けて育った、後の世代の作家である私が作画した絵本『犬になった王子 チベットの民話』(岩波書店)を、宮崎アニメ・マンガと合わせて、その影響の要素を見比べつつ、ご覧いただけますと光栄です。今の厳しい時代を生きる子供たちには、特に見て感じてほしい冒険物語絵本です。

NHK 公式サイト
https://www6.nhk.or.jp/anime/program/detail.html?i=conan


テーマ : 文明・文化&思想
ジャンル : 学問・文化・芸術

2020-04-05

或る清貧画家の祈りの断簡(新型コロナウイルスの発生を受けて、未来への願い)

 私は時々、フェイスブックやツイッターでつぶやいています。日々感じた よしなし事を、制作の合間に、そこはかとなく書き連ねています。それらを、「或る清貧画家の苦悩の断簡」として、2020年3月にブログにまとめましたが、その後、日本で世界で新型コロナウイルスが急速に猛威を振るう現状です。昨年後半から続いていた私の中での漠然とした強い不安感が、図らずも現実のものとなりました・・・。
 現代社会・文明・文化に対する疑念点は多々あるのですが、一度に全ては言い切れませんし、私の本質は日本画・絵本作品から感じ取っていただくしかないのですが、私の絵画作品と合わせて文章を考察すると、その時々の感情の揺れや高まりが見て取れ、一人の珍奇な芸術家を理解する手助けとなるかも知れません・・・。
 この1か月間、新型コロナウイルスの発生に至った現代文明への懐疑より始まり、現状への諦念、未来への希望など、様々な意識が走馬灯のように交錯しました・・・。専門家がおっしゃられるように、今はとにかく日本の医療体制の立て直しが急務なのですが、その次は食料・必要最低限の生活物資の確保、政治による生活資金の援助が必要となり、それらがようやく収まってくると、その後は日本の経済と共に教育・文化の再構築が不可欠となります。こうして、とりあえず文化は後回しでよいのですが、人間が生きる希望・意味は本当はそこに集約されています。そして、文化を創る担い手・・・作家・画家など・・・が滅びると、一つの文化文明は消滅します。
 東日本大震災で日本の多くの人々は、家族や友人などとの絆の大切さを再認識しました。その9年後に再び発生した更に強大な国難を迎え、それを乗り越えた暁には、近年の付け焼き刃的・即物的・大量生産儲け主義的な文化論では無く、短く貴重な人生の中で、本当に質の高く深い文化・芸術・美術を味わう風潮が一層進む事を願ってやみません。そうした時代でこそ、ようやく私のこの地味な作品群は、大いなる価値観・輝きを放つ事になるでしょう・・・・。
 もし、脆弱な一貧乏画家が、幸いにもこの災いを無事乗り越えられましたら、全ての生きとし生ける物象への深い”感謝”の意を込めて、更なる作品制作に誠心誠意、没入していく所存です。経済的に可能ならば、日本~世界の被災地の子供達・社会的弱者への「絵本寄贈プロジェクト」も再開できれば嬉しいのですが・・・・・。そんな佳日の到来を祈っています。

  絵師(日本画家・絵本画家) 後藤 仁

           *


2020年3月10日

 私は元々、現代科学物質文明には否定的な人間でもあり、漠然とした厭世観というものも、かなり小さい頃から持っている。だが不思議と、反面、美術・芸術を通してのみ、人類に対する大いなる希望も抱いている。
 私などはおおよそ凡人であるが、本当に優れた芸術家は人並外れた観察力・洞察力に基づく、先見性や直感力を持っていると言う。
 私は来し方、日本の田舎や東アジア~東南アジア~南アジアといった国々を巡る度に、人間はもっと自然に近づいた、原始の生き方に戻らねばいけないのではないかと考えてきた。もっと質素で素朴で、土に足を付けた生き方~。その思いは、常々、作品に表現してきた。物質至上主義・IT社会が本当の幸せを人類にもたらすとは思えない・・・。しかし、私自身、図らずも、まともに都会の物質文明の中に生きており、何も文句を言えない。

 人類の歴史を振り返ると、争いや災害や疫病等の連続であるが、今の世の中、また厳しい時代にさしかかっている。きっと人間文明の将来もそう長くはないのだろう・・・。私は芸術的世界観の未来を信じてはいるが、それでさえも、大いなる自然の前では実に無力である。
 私は、既に人生の半ばを過ぎ、今まで絵と共に細々と歩んでこれたので幸せな方であろう。しかし、これからの時代を生きる若者たちは、とても大変だな・・・。もっともっと厳しい時代を生きる事になろうとも、最後まで希望を失ってはいけない。そのためにも、苦しい創作の泥の中から咲かせた、美しい花一輪を、ささやかながら、少しでも伝えられたら嬉しい・・・・。

2020年3月11日

 これも私見でしかないが、画家は、一生を通して、制作(写生旅行を含む)7割 : 展覧会・イベント等開催 3割、を越えない範囲で、制作主体で活動せねばならないと考えている(理想的には、制作10割で、あとは周囲の信頼おける関係者に展示等を全てお任せできるのがベストではあるが、なかなかそのような環境は整わない)。ある期間にまとめて描いたから、この数年は描かなくてよいというものではない。川の水が常に流れるように、自己の変化する感性・感情を、常々、絵に留めなくてはならない。
 現代アーティストはパフォーマンス自体を芸術とする人も多いが、私個人的には、その方向性は理解し得ない。古い思考なのかもしれないが、私は純粋に”絵”を描く事を楽しみ、苦しみ、味わいたいのだ。その作品内の空想世界が、己の内面的真実の世界なのである。そこにしか本質的な価値観を感じないし、自己の存在意義を持てない・・・。
 子供の頃は、いつも本当に純粋に絵を描いていた。そこには楽しさしかなかった。・・・高校生になり、プロを目指した頃から、制作には様々な苦痛も伴うようになった。しかし、絵を生業としたからには、やむを得ない代償である。いつか、子供の頃に描いたように、自由奔放に無我に描ける境地に入れたら理想であるが・・・。
 命が続く限り、誠心誠意、絵を描く。そこにしか本当の画家の目指す道はないと信じている。

2020年3月12日

 ヒンドゥー教では、シヴァ神が世界の破壊と再生を司るという。私が描いた、ネパールの生きた女神「クマリ」は、密教女神ヴァジラ・デーヴィーの化身とされるが、シヴァの神妃であるパールヴァティーと同一視される女神ドゥルガーの化身ともされている。
 キリスト教では「バベルの塔」の逸話もある。~~

 今の世の中は、自然を凌駕した気になり、贅沢に浸り、奢りきった先進国の人々に対する、自然界からの鉄槌にほかならないのであろう・・・。もう遅きに過ぎるが、人は物質・経済至上で生きるべきではなく、精神・心を大切にし、自然と共に生きる・・・、それは古来の日本人が大切にしてきた思想・生き方であるが・・・、そんなあり方を本気で模索せねば、もっともっと恐ろしい時代が来るであろう事は、想像に難くない。
 シヴァが破壊し、再生する・・・。これから様々な原因により、少しずつ人間文明は破壊されていく事だろうが、果たして未来には、良き再生はできるのであろうか・・・・。私が描いたクマリは、冷静に世の中を見つめている。

「クマリ -The Living Goddess-(ネパール)」F50号 後藤仁
日本画作品「クマリ -The Living Goddess-(ネパール)」(F50号・部分) 後藤 仁 ★

2020年3月13日

 ようやく、中国向けの新作絵本『青蛙緑馬(チベットの民話)』(唐 亜明 文、後藤 仁 画/浙江少年児童出版社、伝世活字国際文化メディア・小活字)の表紙デザイン案が届きました。誠に清新で素敵なデザインです(発売まで未公開)。とても良い絵本になりそうだ~♡
 絵本の原画を中国に送る時に、中国税関で3週間ばかりも留め置かれ、出版社は罰金と保管料を払わされたといい、その後は、衆人ご存知の通り、新型コロナウイルスが発生し、中国の出版社も未だ在宅ワークの状態だといいます。そんなこんなで、絵本の発売は、現時点でも既に2カ月は遅れています・・・( ;∀;) 。

 人生とは山あり谷あり・・・私の場合はほとんど谷にある感じですが・・・、産みの苦しみ、多くの困難を克服し、多くの他者の助けを借りながら、今まで何とか絵を描き続けて来れました・・・。
 来し方行く末、ただひたすら、中国や日本や世界中の子ども達に、良き絵本・良き絵画作品を届けるべく、日々、画道に精進して参りたいと思います。人生の半ば以上を生き、昔なら初老と言われた古参絵描きから、未来を担う子ども達へのささやかな贈り物です。未来の瞳に、地球の未来への希望を託したい・・・。せめてもの、切なる願いです。

絵本『青蛙緑馬』表紙
絵本『青蛙緑馬(チベットの民話)』(唐 亜明 文、後藤 仁 画/浙江少年児童出版社、伝世活字国際文化メディア・小活字) 表紙原画 ★

2020年3月17日

 本日、新作絵本制作は、「第4場面」の彩色を進め、「第5場面」に黄土の下地を塗りました。私は古式に則り、基本的には下地に黄土を塗る場合が多いです。
 日本画は1色につき皿1枚を使うので、多彩な色を塗る時には、絵皿が増えて大変です。今日は、多くの人々の服を塗り分けたので、また色数が増えました。現在、アトリエは、100枚以上の絵皿で埋め尽くされています。

 いつもながら、本画を描く時には、大変な神経を使うので、極めて疲労するのですが、それでも”絵”が描けるという事は、私にとって何よりの幸福なのです~。
 日本画の画材にはこだわりがありますが、芸術的に高度な表現が可能ならば、絵のジャンル(画壇)などは私にとって、本来、何でも良いのです(日本画だろうと、絵本画だろうと)。・・・と言っても、現代アート的パフォーマンスなどをしたいのではありません。世間で目立ったり、バカ売れしたいのでもありません。贅沢品・贅沢暮らしにも全く興味はありません。描く事への誇りは大切でしょうが、社会的名誉・理念の為に描くのでもありません。
 ただ、自己の内面世界を具現化した”絵”を描く事が、生来好きなのです。描く行為そのものが、祈りであり・願いであり・希望であり、・・・更には、歩く事・息をする事と同じ、生きる事の全てなのです。ただそれだけを一生貫ければ良い、それだけの人生です。

2020年3月19日

 本日、新作絵本制作は、「第4場面」「第5場面」の彩色をボチボチと進めました。描く気力はだんだん充実してきましたが、何故だか身体が重たいです。世間の諸状況が思わしくないからでしょうか・・・?

 私は、昔から仕事と割り切った”売り絵”には大きな抵抗感があり、右から左へと次々とパターンで描くような大量生産的な売り絵を、今まで一切してきませんでした。なるべく画一的・ワンパターンにならないように、一枚一枚を丁寧慎重に創意工夫しながら、変化を模索しながら、心を込めながら描いてきました。
 その為、美術高校時代から今までの35年余りでも、日本画の本画は大小合わせて、絵本の原画を合わせても、500枚位しか描けていません。(デッサン・水彩や100冊以上のスケッチブックを入れると、3000枚以上は描いているかと思いますが・・・、絵画講師や金唐革紙やその他の仕事をしながらの制作でしたので限界があります・・・。手製高級壁紙・金唐革紙は800枚以上を制作しています。)
 一説には横山大観は生涯に日本画・水墨画を1万点描いたと言い、超売れっ子でもあった後藤純男先生は確か日本画3000点位を目標にしていたかと記憶しています。
 芸術作品は量だけが重要なのではなく、もちろん質の高さが最も大切なのですが、おおよそ私は寡作家と言えるでしょう。絵の講師等をしながら描いていく今のペースでしたら、この後、仮に老人になるまで描けたとしても、せいぜい日本画で500枚足らず、絵本でしたら、質の高い作画を保つなら、年に1冊制作として15~20冊が限界です。(仮に70歳過ぎまで描けたとしての最大推量ですので、現実的にはこの半分がいい所でしょう・・・。)
 幸運にも、この後、気力・体力がもつ限り描き続けれたとしても、一生かけても、たいして描けないのです。そう考えると、一枚一枚がなおさら大切で愛おしくなります。当然ながら、余計な事に時間を割いている暇はないですし、より精魂を込めた制作をせねばならず、どんな絵をどの場で誰の為に描くのかは、誠に重要になります。
 自分ではよくは分かりませんが、私は芸術家的な直感力はどうやら尋常でないらしく、その人と少し話し行動を観察すると、美術芸術に関しては、その人がどれ位その道に通じ、何を考え、どれ位本気で取り組んでいるのかは、おおよそ読み取れます。(相手が画家の場合は、本人に会わなくても、作品を見れば大抵見当は付きます。)
 実に短く儚い人生です。本当に共に歩むにふさわしい人と絵の道を歩まないと、本当の芸術を完成させる時間など、刹那しかないのです・・・。

2020年3月26日

 ★もうじき、新作絵本「青蛙緑馬(チベット民話)」(唐 亜明 文、後藤 仁 画/浙江少年児童出版社、伝世活字国際文化メディア・小活字)が、中国の最大手児童書出版社・浙江少年児童出版社から、中国向けに出版される予定。現在、色校正中です!!
 2020年春頃刊行予定、その後、日本でも翻訳出版の計画があります。カエルと馬が躍動し美男美女が活躍する、チベットの民話を描いた、面白くも哀しい壮大な愛の物語。中国名「青蛙绿马」(中国原创绘本精品系列/唐 亚明 文、后藤 仁 絵/浙江少年儿童出版社、传世活字国际文化传媒有限公司・小活字)
 現在の混迷する世界情勢の中、このような昔から語り継がれてきた民話の中に、未来への希望が託されているように私は感じます。ぜひ、今の日本や中国や世界中の子供達・大人達に、この絵本を見ていただき、勇気・元気を出していただきたいと切に願っています。
 
2020年3月26日

 本日、新作絵本制作は、「第4場面」の彩色を進め、8割強完成といったところです。この場面は、色数が多いので大変です。
 中国向けの新作絵本『青蛙緑馬』はどうにかこうにか、色校正に至りました。とても良い絵本になりそうで、完成が誠に楽しみです~。

 しかしながら、新型コロナウイルスの影響は、画家にとっても甚大です。軒並み絵画講座が閉鎖され、フリーで活動している私のような作家は、息も絶え絶えです・・・。有給休暇も失業保険もなく、今月・来月の収入が途絶えれば、その先は食べてもいけません~。 ( ;∀;)
 しかし、描けば描くほど、画材が足りなくなるので、どうしても買わざるを得ません。金泥も雲肌麻紙も実に高い・・・。収入は微々たるものなのに、支出は大きい、・・・この矛盾は如何ともしがたき。とにかく取材旅行以外の贅沢を一切慎み、何とか6年ばかり続けてきた、被災地や海外の子ども達への地道な「絵本寄贈プロジェクト」も、今となっては不可能であるばかりではなく、このご時世では自身の首を絞める結果に・・・。実に悲しい事です。ビジネスに疎い清貧画家は、誠に厳しいのです~。

 ほとんど外に出ない分、制作ははかどり、発想はどんどん浮かぶのです。描きたい気持ち、描きたい題材は、山ほどあります。精神は極めて充実しているのに、現実生活が伴いません。世の中、案外、低俗な作品が評価され売れているというのに、妙なものです。良い絵を描けば描くほど、時間と精魂を込めれば込めるほど、貧乏は増し、生きていくのは厳しくなるばかりです。この画家の矛盾を、どなたか解決できないものでしょうか~。(;''∀'')
 もうやけくそです。ただひたすら、描きに描きながら、笑って逝きましょう~。 ヽ(^o^)丿 ワ~ィ

2020年3月29日

 中国の有名なポータルサイト・捜狐では、東京藝術大学が日本の美術大学の中で絶対的な高みにあると書かれています。東京藝術大学は、中国においても、日本の美術大学中では格別に知名度が高いのです。
 その東京藝術大学の著名卒業生として、かの有名な坂本龍一さん(音楽家)、村上 隆さん(現代アーティスト)、小田部羊一さん(宮崎 駿さんの同僚として「アルプスの少女ハイジ」「母をたずねて三千里」や、「スーパーマリオ」のキャラクターデザインを担当したアニメーター)と並んで、何故か私・後藤 仁(后藤 仁)が紹介されています。('ω')ノ

捜狐「这所学校学术地位在艺术类大学中处于绝对高度」
https://www.sohu.com/a/230594572_100053981
捜狐「纯干货 | 走进东京艺术大学,探秘日本艺术家的摇篮」
https://www.sohu.com/a/142080221_383564


2020年3月31日

 「北京青年報」という中国(中華人民共和国)の四大新聞とされる有力新聞(発行部数60万部以上という)で、私の作画絵本『犬になった王子 チベットの民話』(君島久子 文、後藤 仁 絵/岩波書店)が、日本を代表する名作絵本『王さまと九人のきょうだい』(君島久子 文、赤羽末吉 絵/岩波書店)とともに紹介されました。〈2015年3月27日号。その後、中国のニュースサイト各社に転載される。〉
 インターネットは情報が早くて便利なのですが、紙の記事と異なり、時間が過ぎると削除されるという難点があります。しかし、過去のネットデータを大量に保存するアーカイブサイトがある事を知りました。以下は「北京青年報」のアーカイブです。 

https://web.archive.org/web/20160913124139/http://epaper.ynet.com/html/2015-03/27/content_124071.htm?div=0 〈北京青年報/アーカイブ〉
https://web.archive.org/web/20160913124231/http://epaper.ynet.com/images/2015-03/27/B04/bjqnb20150327B04.pdf 〈北京青年報・PDFデータ/アーカイブ〉
http://news.ifeng.com/a/20150327/43425949_0.shtml 〈現在、北京青年報では配信終了、これは鳳凰网(鳳凰網)に転載された記事〉


2020年3月31日

【画家からの緊急提言】
 現在の日本・世界の経済状況は極めて深刻です。経済活動に支えられた文化・芸術・美術は、人の心を癒す最高の娯楽です。このままでは日本の世界の文化が衰退してしまうでしょう・・・。食料が大切なのは人は分かっていますが、つい文化・芸術・美術の大切さは日頃忘れがちです。しかし、人の生き方を彩り、豊かなものにしてきたのは、文化・芸術・美術に他ならないのです。
 それでなくても低迷していた日本の美術業界です。このままでは多くの画廊・画材店・書店 等がさらに倒産・閉鎖し、日本の文化・芸術・美術は急速に廃れるでしょう・・・。若い画家(私達、バブル期以降の中年画家も含む)ほど、絵が描けなく、食べていけなく、廃業する事になるでしょう・・・・。その中には、命を失う者もいる事でしょう・・・・。今は誰しも厳しい環境なのでしょうが、フリーランスで活動している画家もまた、実に厳しき現状なのです。

 ~食料はお腹を満たします。美術は頭と心を満たします。~ 

 幸い現在はネット通販も進歩しています。本当は原画を見ていただきたいところですが、当面、外出を控えないといけないのなら、今の所、ネットで買い物は可能です。本当に良い「絵本」は、子供から大人まで、自宅で楽しめる、身近にある最高の芸術・美術と言えます。
 できましたら皆様で、日本の芸術家・美術家を応援して下さい。実際に、本当に良い・深い内容の「絵本」を手に取って、人生の意味・・・、生きるとは何なのか・・・を、今一度、親子で、家族で、噛みしめていただけると幸いです。ぜひ、自宅にこもりがちなこの際に、私の「絵本」も手に取って、じっくりとご覧下さい。きっと何かしらの、心の恩恵・勇気・希望が感じられる事でしょう・・・。一絵描きからの切なるお願いです。

★ 後藤 仁 作画絵本『犬になった王子 チベットの民話』(岩波書店) ★
絵本『犬になった王子(チベットの民話)』表紙 小


岩波書店 公式サイト(児童書編集部)  
https://www.iwanami.co.jp/book/b254895.html

アマゾン(Amazon)公式サイト  
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2020年3月31日

 世相が悪すぎて、なかなか集中力が増さない中、何とか本日、新作絵本制作は、「第4場面」の20人ほどの人物を、ほぼ完成させました。しかし、あと15匹ほどの動物を描き起こさねばなりません・・・。もう一息なのですが、予定の今月中の「第4場面」完成は無理でした~。なれど焦らずに、できるだけ丁寧に描き上げようか~。
 私が絵を描く事は、生きる事・息をする事そのものでもあり、また祈りに近い感覚でもあります。しかし、まだまだ修行不足ゆえに、雑念が多くて、死ぬるまで描き続ける境地(即身成仏のような)には、なかなか至りません・・・。このコロナショックを何とか無事に乗り越えれた時には、感謝の意も込めて、もっともっと切磋琢磨して、命がけで画道に打ち込まねばなりませんね・・・。

2020年4月1日

 私は「日本画」の世界にて、かつては田淵俊夫先生や千住 博先生などの著名日本画家の原画・版画を扱う画商や、水木しげるさん・矢口高雄さん・中島 潔さんなどの著名マンガ家・イラストレーターの原画・版画を扱う画商など、複数の画商ともお付き合いし、百貨店などで活発に日本画展を開催した時期もあるが、いずれも理念薄き商売魂であり、右から左へと大量生産する売り絵の業態に完全には馴染めず、いずれも比較的短い付き合いであった・・・。

 明治時代、日本画の草創期には、優れた画商が若き日本画家を見込み育てた良き時代があると言う。その業界が発展期~爛熟期を迎えると、とかく利潤追求だけに走りがちな商人が増え、それに乗っかる模倣的・形骸的な作家が増え、その業界は停滞期~低迷期~衰退期を迎えると言う。
 日本画・油彩画等の純粋美術の停滞期の隙間を突いて、一気にマンガ・アニメが現代日本の美術文化の華となった。文化の草創期~爛熟期には特に優れた作家が輩出される。マンガの手塚治虫や水木しげる、アニメの宮崎 駿さんは周知の事実であろう。しかし、宮崎 駿さんも述べられているように、一つの文化の最高爛熟期はおよそ50年を越えないと言う。日本画は明治期以降、変遷を遂げながら、150年近く幾度となく頂点を迎えたのであるから、相当に長く生きた芸術であったと言える。しかし、バブル期以降、今はかなり厳しい時代に入った。時はCG・IT時代に突入し、もう既に日本画は衰退期に入っていると考えて間違いない・・・。
 日本の「絵本」の世界は、マンガ文化と相まって、戦後に急拡大した。今は爛熟期であろう。絵本の草創期には赤羽末吉さんや いわさきちひろ さん のような優れた作家が多く輩出された。しかし現在、爛熟期を迎え、模倣的・即物的な画家がとみに増え、下手なのか上手いのかよく分からない画家が増えた。理念なき商魂たくましき作家も増えている。

 仕事・・・プロであるからには、売らなければいけなくて、理念・理想だけでも良いとは言えないだろう。しかし商売だけでもダメであろう。その両立がなければ、本当に優れた仕事にはなり得ない。ただ私は、芸術思想を最優先させたい。
 時代の要求や運不運によって、優れた作品でも、時に売れたり売れなかったりするものである。私は「日本画」の世界では、運悪く、本当に共感できる画商に、今までついぞ会う事ができなかった。それ故、永年、貧乏画家に甘んじてきた。それで良いのだ・・・。
 画商は「絵本」の世界では、編集者、兼、出版社経営者に当たる。絵本の世界にて今の時点では、少ないは少ないが、数名は特に優れた編集者にお会いできている。日本の絵本界は現在、多分、停滞期に入っているが、まだ可能性が全く無いとは言えない。中国は高度経済成長は収まりつつあるが、絵本文化の高度発展はまだまだこれからであろう。(今回のコロナショックの影響がどう出るかは、まだ誰にも分からない。)
 上手くいくか否かは、時代と運次第であるが、自身が納得できる協力者と、精一杯の最善を尽くしたのなら、上手くいこうがいくまいが、何も悔いはなかろう・・・。大手を振って、笑いながら、この大道を行けば良い~。

2020年4月4日

「想像力と活力の糧に」 (後藤 仁 絵本寄贈プロジェクト/毎日新聞 掲載記事)
 今回の新型コロナウイルスや、地震・津波・火災などの自然災害が多発している今日。古代から連綿と人々に伝えられてきている昔話・民話には、人類の生きる英知・希望が込められています。家に閉じこもりがちな昨今、ぜひ、本当に良き「絵本」を親子・家族で読んでみて下さい。きっと、生きる勇気・元気・希望が感じられる事と信じています・・・。

https://mainichi.jp/articles/20180208/ddl/k07/040/082000c


テーマ : 文明・文化&思想
ジャンル : 学問・文化・芸術

2020-03-08

或る清貧画家の苦悩の断簡 (日々のつぶやき まとめ)補遺

 これは画家の屁理屈であり、あくまで私の個人的な解釈でしかないのだが、人には言論の自由・思想の自由があるので、色々と思う所を言っておこう。

 人は誰でも生まれながらにして平等であり、貧富・行いの善悪の個人差こそあれ、人権上は貴賤・上下の階級差は一切ないと、一般論でも私もそう考えている。それが前提である。~~
 ただそれが「芸術・美術」になると、完全にそうとも言えないのである。スポーツ記録の上下があるのと同じである。私は中学時代には足が速く、校内マラソン大会にて、男子、約600名余りの内、1年生では学年1位(全学年総合3位)、2年生では総合1位になった。(3年生の時は運動不足で途中で競争をあきらめ惨敗だったが・・・。)しかし、市や府の陸上競技大会に出ると、私よりはるかに早い人が沢山いて、私はこの世界では全く歯が立たないと悟った。上には上がいくらでもいて、どうあがいても私の実力では太刀打ちできないのだ。
 「芸術・美術」もしかり。その世界は決して平等ではない。ただスポーツには客観的な記録がある。美術には完全な物差しはなく、そこには技術面以外に”思想・思考”や”個性”という、さらに重要な価値観が加わってくるので、その良し悪しの判断は、相当に難しい。ただ、それでも何かしらの良し悪し、上下の差があるのは確かだ。
 美術大学は比較的簡単である。日本画の場合はデッサン・着彩の技術力・描写力がその時点で高ければ受かる。芸術的に優れているか否かは、その時点では判断しようがない。それ故、そのレベルには明確な上下があり、一般的に客観的に競争率でランク分けされ、東京藝術大学は S だの、多摩美術大学・武蔵野美術大学は A⁺ だの、京都市立芸術大学は A だのと規定されている。しかし、そうであるからと言って、それが将来、作家(芸術家)としての上下であるとは全く言えない。ただ、大学受験での技術的な差でしかないし、その試験内容への向き不向きもある。
 私などは元来変人でもあるから、学生時代には進学への志向・価値観は全くなく、中学卒業後、すぐに画家か美術系職人になりたいと考えていた。ところが大阪市立工芸高等学校という美術高校がある事を知って、ここなら絵が描けるかなと思い、それだけで進学した。その後、大学など本来どうでもよかったが、東京藝術大学の卒業生には私が憧れる画家が沢山いるので興味を持ち、ここなら行ってみたいと、東京藝術大学一本で2浪して入学した。他の美大には全く興味がなかった・・・というか、大学という肩書には価値観がなかったのだ。ただ、よりレベルの高い環境で、絵を描きたかっただけである。しかし、いざ入ってみると、私が理想に描いたような絵を真剣に切磋琢磨する雰囲気も弱く、将来の上手い出世の仕方ばかりを模索する周囲の現状に失望して、藝大を2年間離れたのだ・・・・。

 絵の判断は実に難しい。しかし、漠然としたレベルの上下は必ずある。そうでないと、例えば、ミケランジェロや伊藤若冲のように、後世の人々までもうならせる絵を、容易に描けるとは到底思えない。簡単にあきらめる訳ではないが、私がどんなにあがいても、ミケランジェロや伊藤若冲にはなれない。現時点では芸術的レベルが格段に違うのだ。その事実を現代画家も受け入れて、謙虚に学びつつ、描き続けるしかない。
 現時点において絵の価格が高いから(絵本ならよく売れているから)、芸術的に優れているとも言えない。画商やコレクターや美術評論家などの思惑で、時代の流行・作家の社会的肩書などをふまえながら、価格は人為的に付けられているに過ぎない。時代と共にその価値観も大きく変動する。現時点で商売ベースに上手く乗りやすい作品が、高く取引されているに過ぎないのだ。
 美術団体展・公募展で賞を取ったから役員になったから、優れている作品であるとも一概には言えない。美術団体にはそれぞれの作品傾向があり、その審査員の好みや思考に合致しないと、評価されない。その一時代の審査員の感性が芸術・美術の完全形ではなく、多様な価値観の芸術品を一律に評価できる完全な物差しはない。例えば院展の場合、藝大を学部で卒業してもほとんど先生には付けなく、大学院を出て初めて先生に弟子入りが許され、院展での出世階段が登れるようになる。大学時代に既に将来のコースがほぼ決まってしまうのであるが、本当は、それが芸術的に完全に優れているという訳でもない。その形式化した出世構図により、師や先輩を模倣した個性のない作風が30年以上も変わらず続いているという弊害が現在大きく表面化している。
 つまり団体展に言える特徴は、まずは大作に向く作風、一目で気を引く強めの作風、全面的に間を空けずに描きこまれた作風、そして何を言っても審査員に気に入られやすい作風でないと受からないという事になる。(作品で判断しているのならまだ良いが、ほとんど人脈だけで合否が決っていく団体も多いだろう。)そんな訳で、私のような物語絵風で比較的繊細な作風、独特で個性的な感性の作風は、現在では評価されにくい。私は元々、現在の美術団体展には不向きであり、期待もしていないのだ。

 芸術・美術の評価とは、このようにして誠に難しい。ただ、趣味の範囲で描く分には、一切、上下も良し悪しもなく、好きで描くのが一番良いと常々私は言ってきている。しかし、プロというか、人生を芸術に捧げた者に関しては、必ずそこには良し悪し、上下があり、世間の評価もつきまとう。
 ただ一つはっきり言える事は、本当の良い作品は、必ず人に何かしらの大きな”感動”を与えるのではないかと思う。他者の心を揺さぶり、動かすのだ。それがなければいくら技術的に上手かろうが、評価されようが、肩書が凄かろうが、本質的に良い作品とは言えない。プロ画家には、そこそこ上手くても、感動がない絵が結構多い。いわゆる上手下手(ウマヘタ)である。逆に、純粋美術にも絵本美術にも、下手上手(ヘタウマ)っぽい絵も案外多いが、その中で本当に優れた作品は、実際はごく少ない。一番優れているのは、上手上手(ウマウマ)であるが、それは例えば、先程言ったようなミケランジェロや伊藤若冲など、歴史的なごく一部の作家にしか当てはまらない、極めて高いレベルの作品を指す。
 つまり作家は、現世においての人の評価など、気にしても仕方がないという事なのだ~。それにより画家人生が大きく左右されるが、それもまた時の運。画家人生を一生かけて、誠心誠意、切磋琢磨して描き続ける事しか私にはできない。それが現世、評価されようがされまいが、死後、評価されようがされまいが、一絵描きにはあずかり知らぬ事。ただ、今、心を込めて描く事に集中できれば、それで良いのだろう・・・・。

 絵師(日本画家・絵本画家) 後藤 仁

テーマ : 文明・文化&思想
ジャンル : 学問・文化・芸術

2020-03-04

或る清貧画家の苦悩の断簡 (日々のつぶやき まとめ)

 私はフェイスブックやツイッターで、時々ブツブツとつぶやいています。日々に感じた よしなし事を、制作の合間に、そこはかとなく書きなぐっています。日々忙しい制作の前後などの短時間に、多くは鬱積した思いを短く吐き出した内容で、私にとっては、ある種のカタルシスのようなものだと思います。ほぼ感情の赴くまま、あまり吟味もせずにつぶやいた言葉は、大抵、乱暴で がさつで洗練もされていません。美術・芸術に関しては、自分に対しても他人に対しても、常々厳しい姿勢を取ってしまい、時には意図せずに、つい否定的・差別的にとられる表現が出てしまう場合もありますが、それらは美術・芸術に対する私の強いこだわり・厳しい見方がなす仕業なので、個人・団体を根本的に差別・誹謗しようという思惑は全くないのです。そこは大らかに大目に見ていただけますよう、ご理解いただけますと有難いです。(事実、ある先輩画家の誤解を招いて、ややこしい事になりましたので・・・。)
 最後にも書いてありますが、私は「画家」であり、「文筆家」ではありません。本質的に、その文章には何の価値もなく、意味もないのです。私の本質を知りたい方は、ぜひ、日本画(印刷・ネット画像ではなく実物を)や絵本作品をご覧いただけましたら幸いです。”絵”に私の真実があります。ただ私の日本画や絵本作品と合わせて考察すると、その時々の感情の揺れや高まりが見て取れ、一人の珍奇な芸術家を理解する手助けとなるかも知れません・・・。
 とある美術団体の展覧会実行委員会委員長を務めた事などが原因で、再び多くの煩悶・疑問が増してきた、2019年4月頃より、内容が比較的面白そうな つぶやきをまとめてみましたら、全編ではけっこう長くなりました。問題発言も多いかと思いますが、あえて、ほぼ原文のまま掲載いたします。誠にたわいもないですが、一若輩芸術家の苦悩の断簡を、ご興味がある方はお読み下さい~。
  絵師(日本画家・絵本画家) 後藤 仁

           *

2019年4月23日

 『日本に着いた直後にニュースで見たのですが、私がコロンボを発った同じ頃、バングラデシュの空港で爆破テロ事件が起こったという事を知りました。現在の世の中は、全ての物象が徐々に物騒な状況に向かっています。バングラデシュと同じ南アジアに位置するスリランカでも、同じような危機情報が飛び交っているでしょうから、そう考えると、今回のスリランカの異様な警備体制も合点がいきます。今の世の中の現状を踏まえると、よく言われる事ですが、もしかしたら日本人の方が平和ボケしているのかも知れませんね。それと同時に、ますます「平和」というもの、「寛容性、融和精神」の大切さを改めて実感する事になります。
 今回の旅では、素晴らしいスリランカの文化に触れた大きな感動と共に、何かしら理解しがたい巨大な不安の影を感じました。思いやり・利他精神は、思いやり・利他精神につながり、不安・懐疑・恐怖は、不安・懐疑・恐怖を増幅します。そんな時、ゴータマ・ブッダが2500年も昔に唱えられた、言葉の重要性を知る事となるのです・・・・
 「実にこの世においては、怨みに報いるに怨みをもってしたならば、ついに怨みのやむことがない。怨みをすててこそやむ。これは永遠の真理である。」 (「ブッダの真理のことば 感興のことば」中村 元 訳/岩波文庫、より)』
(後藤 仁 公式ブログ「スリランカ写生旅行 その12(最終回)」より抜粋)

 私が2016年の「スリランカ写生旅行」の道中、肌で感じた大きな不安が、やはり現実のものになってしまいました・・・。とても悲しく残念な事ですが、これが今の困難な時代の現実なのです。海外の取材旅行も気軽な気持ちではいけません。まさに命懸けの旅路になるのです。
 ただ、世界のアジアの美しさを描き伝える事と、世界中の人と人とが手を取り合う事の大切さを失ってはいけません・・・。
(※スリランカの爆破テロ事件の報道を受けて。)


2019年5月4日

 随分久しぶりに、後藤純男先生と飲んだ・・・・・夢を見た。何かの学校の団体国内旅行の設定で、大きな旅館(ホテル)に泊まっていて、自分の部屋の場所に迷って、たまたま食堂に紛れ込んだら、そこに後藤純男先生が一人飲んでいて、私も一緒に焼酎をいただき、かなり酔っぱらう・・・という奇妙な話である。その時の先生はとても嬉しそうな様子であった・・・・。
 しかし、私の夢は大概とてもリアルであり、今回も特に後藤純男先生と出会う場面は誠にリアルであった。本当に、夢で天国の先生に会ったのかも知れないな・・・。
 
 私の師であり、3年程前にご病気で亡くなられた後藤純男先生は、日本を代表する十指に入る日本画家であり、東京藝術大学名誉教授・西安美術学院(大学)名誉教授・日本芸術院賞 恩賜賞受賞者の巨匠である。一般的にはネスカフェゴールドブレンド「違いがわかる男」のCMに出演した事でも有名である。
 10数年前までの先生がお元気な頃には、埼玉県や北海道・沖縄・那須のアトリエ兼別荘に度々おじゃまして(先生には私が知るだけでも、奈良にもう一つの計5か所のアトリエが自宅以外にあるらしい。私はその内の4か所は訪れている。)、多い時には週に2回位のペースで、お酒を飲み、絵の話を聞かせていただいたものである。今思うと、日本画がまだ昭和からの全盛期の最中(終盤であるが)でもあり、いい時代だったな~。先生のアトリエにはひっきりなしに、画商やら百貨店マンやら日本画家やら財界人やらが出入りしていた(政界人は晩年までは敬遠していたらしい)。私がお会いした人だけでも、西安美術学院の教授陣や、埼玉県警の警視正(埼玉県内に確か4人しかいないとか)夫妻だとか、複数の百貨店の美術部長だとか、様々なジャンルの大物がいた。デヴィ夫人がアトリエに来た時の、先生とのツーショット写真も置いてあった・・・。
 そんな巨人的なご活躍を見せた屈強な先生も、病に倒れた。人間的にはワガママで自由奔放なお人であったが、”絵” ”日本画”に関しては、誠に真面目で、とても素晴らしくて力強い作品を描かれた、まさに私の尊敬する師であった・・・・。
 
 夢の中でも、あの頃のまま、ゆったりと自由気ままに酒を楽しむ先生のいらっしゃる、仙境のような光景に、誠に暖かい気持ちになって目が覚めた~。


2019年5月8日

 一昨日は、加山又造先生が夢に現われました。先日の後藤純男先生に続き、日本画の超大御所が夢に出てきますね・・・。しかし、後藤純男先生はこれまでにも、度々、夢に現れる事があるのですが(実物より20倍位も巨大なアトリエが出てきたりします)、加山先生が現われたのは初めてかも知れません。

 夢の中で私が「個展」をやっていますと、「この絵は院展みたいだな~」と言っている声が聞こえるので近づいてみると、加山又造先生でした。多分、前の画廊宮坂での「個展」で中島千波先生に同様の事を実際に言われたのが、夢では加山先生の言葉として現れたようです。私は昔(30年以上前)の院展への憧れはあったのですが、今はそことは異なる領域・画法を模索してきたので、少し残念でもありましたが、画題や描き方には、やはり院展の影響がいまだにあるのでしょう・・・。
 加山又造先生には、東京藝術大学の日本画合同研究会で少し教わっただけですが、印象深い先生でした。時々校内で会ってご挨拶すると、「元気ですか~」と、か細い枯れた声で答えてくれました。

 私が東京藝術大学の受験時の面接では、平山郁夫先生、加山又造先生、後藤純男先生、福井爽人先生 他、10名程の先生方が正面に居並び、窓の逆光を後光のように受けて、光り輝いていました。さすがにこの時は緊張しましたね~。
 今思うと、あの頃が、明治時代から100年余り続く日本画黄金期の最後の時代でしたね・・・。明治以来、多少の盛り上がり下がりはありながらも、日本美術界の頂点を継続してきた日本画界。昔の人なら、横山大観、菱田春草、上村松園、小林古径、前田青邨、伊東深水 等といったら、ほとんどの人には通じましたが、今では東山魁夷、平山郁夫がギリギリでしょうね・・・。平山先生も加山先生も後藤純男先生も、日展の東山魁夷先生も高山辰雄先生も亡くなられた今、日本画界も東京藝術大学日本画教授陣も、昔ほどの偉大さはなくなりました。

 しかし、時代の変遷で、アート・美術文化の中心が、現代アートや、更にはマンガ・アニメ・ゲームに移った今日でも、まだまだ日本画の輝ける道はあると、私は信じています。
 今の所、日本画界の権威だけは、高さを何とか保っていますが、この先は分かりません・・・。しかし、黄金期の再来とまではいかなくても、シルバー期位は、この後の時代にも演出できるのではないかと信じています。
 個人的には、まだ日本画の勢いがあった頃に、巨人とも呼べる偉大な歴史的な日本画家に直接、お会いでき、学べた事は、何よりも私の宝なのです。
 私は、今後も、日本画の新しく輝ける方策を模索しながら、日々、画道に精進するしかないのです。


2019年5月8日

 私が思うには、優れた「リーダー像」というものは、高い理想を掲げて、それを実現しようと、人の先頭に立って奮闘する人の事である。その際に留意したいのは、下の立場の者が動きやすいように環境を整えてあげられる人である必要性がある。そして、良い内容なら下の者の考えを時には取り入れ、外部やさらに上からの不条理な圧力から下の者を守ってあげられる、懐の深い人でないといけない。
 下の立場の者に自分の意見のみを強要する者や、圧力をかける事を楽しんでいるかのような者は、人の上に立つ資格がない。それでは、ただの権力の濫用である。
 また、人は重要な”約束”は守らねばならない。それは人としての必然的な道理であり義理である。それができない者は、人の上に立つ資格はない・・・、と私は思うのだ。


2019年5月15日

 長年、日本画を描いてきた。そんな訳で、今までは比較的、ご年配の応援者ばかりがいらっしゃった。初の「絵本」を出版して6年ばかり経ち、最近ではお子さん・若い方のファンもボチボチ登場してきた~。
 絵画に造詣のあるご年配の方々に応援していただける事も、本当に大切である。また逆に、小さな子供たちは絵画の本質が分からなくても純粋に絵を楽しんでくれるので、実に嬉しくもあり、大切なものなのだ。
 
 今の時代は様々な問題が山積している・・・。次の時代を見据えたら、この時代の子供たちに、本当に優れた美術文化を伝えていく事の大切さを、ひしひしと感じる。真に良い作品を描ける作家というものは、実際のところ実に少ないものである。
 私はまさに命懸けで、本当の絵を求めつつ、伝えていかねばならないという、極めて強い気概を感じている。どんなに辛い事があろうと、苦難にあおうとも、一生、絵を描き続けなければならない。それが、私にできる唯一の天職なのだ。

 
2019年5月29日

 昨日の朝も変にリアルな夢を見た。実際に今、仕事をしている福音館書店「こどものとも」の編集長が夢に出てきて、絵本制作の打ち合わせをしていた。・・・と思ったら、実際には見た事もない、少し若い福音館書店の女性編集者らしき人にいつの間にか代わっていて、その人と具体的な制作の打ち合わせをしていた・・・。と思ったら、今度は仕事をした事もなく見た事もない、G社の編集者だという女性と打ち合わせをしていた・・・。と思ったら、いつの間にか宴会が始まっていて、大王グソクムシみたいな、大きくて妙な海老を腹側からかぶりついた所で、・・・朝6時過ぎ頃、目が覚めた。ちょうどその日は、朝から自動車免許証の更新に行く用があったので、早めに目が覚めて良かった。
 今日は、絵本制作「第12場面」を描き進めた(これは夢ではなく実際の話)。ここの所かなり気合が乗ってきたので、いよいよ「表紙」の下図を描き始めた。きっと良い絵が描けそうだ・・・、そんな気がするのだ。


2019年7月4日

 しかし、いつもながら、間違っても”絵描き”になど、なるものではないと、この歳になって、つくづく思う。よほどの資産家のご子息か、商売上手でなければ、止めておいた方がよいと、将来のある若い人には忠告したい。もしくは、それでも絵を描きたいと欲する、私のような格別な変人でもなければ、本当に純粋な”絵描き”になど、なれっこはない。運や時代性に翻弄される絵描き人生の中、ビジネス的に必要とされない絵描きは、人知れず、抹殺されていく。どんなにやる気があり、才能が高くても、関係ないのだ。運とビジネスセンスが悪ければ、私のように、一生、妙な苦労をするだけだ・・・。
 しかし私は、すべては、この路を選んだ自分のせいだと思う。他人のせいでもなく、時代だけのせいでもない、・・・仕方ない、運命のようなものだ。世間に翻弄され、必要とされず、死んでいくのだろうが、それでもよい。何も恥じることはない。物心ついた時から”絵”を愛し、19歳で単身上京し、苦学をしながら、精一杯、正々堂々と今まで描いてこれただけでも十分幸せだ。人一倍、努力したと、自信を持って、死んでいけばよい。そのように宿命付けられた一生だったら仕方がない。最期まで、とことん描き続けて、笑って逝こうではないか・・・・。

(追記: コメントを寄せていただいた方々に・・・)
 皆様、ありがとうございます。私のSNSはほとんど心の叫び(独り言)でしかないのですが・・・。
 しかし、バブル崩壊後の日本に放り出された絵描きの私は、一度も楽に生活できる時代を経験していません。ただ私は、贅沢をする気など最初から全くないので、それはいいのです。今まで”絵”を続けて来れただけでも、私達の世代はまだ恵まれています・・・。  
 絵はますます売れない時代になるのに、画材代はどんどん高くなるは、時代はつまらない IT・AI 時代になるは・・・。それでも取材は欠かせないので、今年も年に3~4回は海外の取材・展覧会を行わなくてはならないのです。これでは、生きていけません~。  
 私の周囲でも、学生時代に良い絵を描いていたのに、いつの間にか消えていった人が沢山います。逆になぜこの人が・・・と思う人が、要領がいいのか親の財力なのか、残っていたりします。  
 次の世代の絵描きは、多分もっと厳しい時代を迎えると思います。それでは日本の美術・文化が育たない・・・。日本の表現者を取り巻く環境は決して良いとは言えません。それは昔から絵描きはお金持ちの子供しかなれなかったのが、通常なのかもしれませんが、それでは幅の広い本当の芸術家が育ちません。多くの人が、もっと普通に”絵”を鑑賞し、”絵”を飾って楽しめる(安くても良い絵はあります)世の中が来てほしいと、無理は分かっていながら願っています。 
 

2019年7月24日

 人はどうしてこんなにも愚かなのだろうか(私も含め)~。今までにも、特に若い頃(中学・高校・大学時代)には幾多の差別や侮蔑を受けてきた。もう、とっくに慣れっこだ・・・。そのほとんどが、私の評価や実力への妬みや嫉みからくる、無視や、刃のような酷い言葉である。今まで酷い無視・言葉の暴力を受けた時は度々あるが、直接の暴力はまだないのかな・・・(最近のいじめを受ける子供たちよりはましだね。彼ら彼女らは本当に辛いだろうね・・・)。
 しかし、言葉の暴力というものも、時には人を深く傷つけるものだ・・・。(私も常々、歯に衣着せぬ率直な物言いをしてしまい、誤解を生みやすい性質なので注意せねばならないが、口調や文才は今さらなかなか変えられないものである。悪気は全くない場合が大半なのだがね・・・。)
 だが最近、この歳になってまで、同じ事が繰り返されることに驚くばかりだ。私の強すぎる個性も悪いのかも知れないが、人はどこまでも愚かだね~。幼いね~。ただ他人から攻撃を受けるのも慣れてしまって、今ではある種の快感でさえある・・・、やっぱり変態だね! 妬まれてなんぼ、ひがまれてなんぼ、の世界やな!
 一つ確かなことは、今までもそのような酷い差別をしてきた人物は、少なくとも「絵」の世界では大成していないという事実である。
 自分の"器"を見極め、その分にあった生き方をせねばならない。人は"平等"であるべきだというが、それは基本的人権においてである。「絵」という特殊な仕事に、はなから平等はあり得ない。天から与えられた才能と運のみで生きていくしかない、誠に厳しき茨の路である。その才能と運に見放された人間は、・・・世間の評価はさておいて・・・、一生、良い絵は描けないことは確かであろう。


2019年7月27日

 ”巨大津波”の夢を見た・・・。私の夢は概して、リアルな場合が多いが、今回はその中でも極めて明確な夢だった。まるでそこにいるかのような臨場感だった・・・・。

 場所は故郷の赤穂の海近くらしい。大津波が来たという情報が入ったが、今いる所は、海際の小山(海抜50~100m位の小山)から、1㎞程離れた、もう一つの同じ位の高さの小山の上である。「ここはさすがに大丈夫だろう」と家族と話していた。小山の上からの眺めは極めてリアルで、眼下には田んぼや所々に家々が見え、その先に海際の小山がある。
 ところが・・・、津波が山を越えた!。
 あの大きな障壁を、斜めに滑るように水が越えてくる光景は、あまりに現実的でおぞましい光景だった。多分、報道で見た、巨大堤防を越える津波の映像が頭に焼き付いていたのだろうが、それにしても津波が山を越えるという発想を私は考えた事もなかった。
 私は家族を連れ、「逃げろ!!」と叫んだ。ここは向こうの山とほぼ同じ海抜である。ここにも波は来る。少しでも高い崖を目指して、岩を這い上った。20m程は上に行けたが、もう時間がない。私は焦っていた。隣には私の家族以外に4名程の知らない人達(1人の男性と、家族らしき女性と子供2人位のグループ)も逃げてきていた。そこは山寺の境内らしく、「あの屋根の上に登ろう」と考えたが、もう、津波はそこまで迫っている気配である。「もう間に合わない・・・」と寺の裏を見ると、水がそこまで来ていた。しかし、そこで水は止まり、少しずつ引いていった・・・・。
 本当なら、まだ、第2波・第3波があるので油断ならないが、夢の中ではそこで完結したらしく、私達はホッとして、皆で安堵した・・・、「もし、さっきの所にいたら、きっと死んでいたね・・・」と数人で話し合った。

 ・・・・ところで目が覚めた。目が覚めると朝の4時頃だったが、外では雨が降っていた。子供の頃に怖い夢を見た時ほどドキドキはしていなかったが、あまりにリアルな画像と体感は、どこかの現実的異空間に入り込んだような感じだった。
 実に不吉である。前に、原爆が炸裂する、とてもリアルな夢を見た事があるが、それ以来の衝撃的な夢であった・・・。この夢は、何かの啓示であろうか。近い将来、何もない事を祈ろう・・・・。
(※この夢は、本当に いずれ来るであろう超巨大津波を指しているのか、はたまた、今、猛威を振るっている新型コロナウイルスを暗示していたのか・・・?。それとも、日本美術界・美術団体のありようを示唆しているのか?。)


2019年9月26日

 先日、NHK『クローズアップ現代』で「現代アート」についてやっていましたが、共感する部分が多くありました。

 日本は高度成長期・バブル期に経済的には膨れ上がりましたが、文化・美術方面ではアニメ・マンガ・ゲームの隆盛こそありましたが、「純粋美術」はほとんど成長しませんでした。いや、むしろ衰退しています・・・。日本の大多数の若手画家は食べていくだけで精一杯で、作品制作を続ける事が至難の業になっています。お金持ちのご子息か、よほど商売が上手いか、かなり幸運な人しか、作家として残れません。
 私も日本の最貧層の生活で、収入のほぼ全てを画材と取材旅行につぎこんで、何とか今まで、ギリギリ生きてきました。私は50歳まで描けたので、あとはどうなってもよいのです。ただ描けるだけ描きまくり死んでいくだけです・・・。ただ、次世代を担う、若き芸術家・画家の事を考えると、日本の現状に気が滅入ります。日本の芸術・美術・文化が滅んでいく・・・。もしくは、気概のある、優れた画家は海外に流出するしかありません。
 日本の文化・文明を滅ぼしてはいけません。「現代美術」とは、いわゆる「現代アート」だけではなく、伝統を継承した「日本画」等もまた、現代に生きる現代アートと言えるのです。

 この類の話をしだしたら尽きることがありませんので、ここでは短く書くだけにします。
 今後とも、日本の心ある、お一人お一人が、芸術・美術・絵画に関心を持ち、何かしらの形で参加・支援していただける事を、心より願っています。


2019年10月26日

 昨日の朝、また不思議なリアルな夢を見た・・・・。
 私の師である後藤純男先生が、再び夢に現れた。先生は、私に一つの硯を差し出し、「使ってくださいね・・・」という感じで、穏やかで優しい笑顔を浮かべられた。私は手に取ると、硯をよく眺めた。「端渓緑石硯」か「洮河緑石硯」であろうか、淡い緑色で彫刻の施された、10㎝×5㎝程の小さな硯である。手には重さを、確かに感じた・・・。
 その前後の脈絡はあまり覚えていないが、その場面だけは鮮明に記憶している。

 少し前に、日本画家の I さんが、自分の師のY先生を通して加山又造先生の硯をいただいたという逸話を話され、「私は後藤純男先生に画材をいただいた事は一度もないですね・・・」などと話したので、その時の記憶がこんな夢になったのだろうか・・・(先生から可愛い茶碗をプレゼントされた事はあり、今も大切に使っているが)。
 それとも、そんな話をしている私を、先生は浄土から眺められ、そうそう忘れていた・・・と、せめて夢の中でと託してくれたのだろうか・・・。
 いずれにしても、前に見た、先生と酒を酌み交わす夢と同じく、いい夢だったな~~。


2019年11月10日

 「無明」という言葉があるが、人はとかく身近な利害にとらわれて、本当の真実に気が付かないものである。それとも、一生、気が付かない人もいると言ってもよかろう・・・。若い人は仕方がないにしても、ある歳を越えてそれでは、世の中、上手くいかないはずである。それは「気のせい・考え過ぎ」ではなく、真実である。そこから目を背けているだけでは、何も解決しないレベルにまで来ている事は、世の中に多々ある。
 多くの人々が、もっと物事の本質について考えねばならないのだろう・・・。そして、苦しくても、身を犠牲にしてでも、そこに立ち向かわなければならない時が来る事を、覚悟せねばならない・・・・。
 

2019年11月20日

 私には、極めて頑固でかたくなな部分と、とても一途で純粋過ぎる部分と、常にごちゃ混ぜになって存在しているらしい・・・。そして、その真実の無垢さゆえに、いつも世間の真人間のふりをした、生きるのと口だけが上手い人々に翻弄されて、最後に一番、傷つくのは、常に私らしい・・・。
 しかし、世の中の人間は、意地の悪い人が多過ぎる・・・。そうであるのならば、たまにはこんな愚か者がいてもいいのだろう・・・。そうでないと世の中、無味乾燥でつまらない世の中になってしまうだろう。しかも、本当に良いもの(芸術・美術)は一切産み出せない世界になるだろうね・・・。
 ただ、いつも、とても疲れるね~~。いつまで生きていられるのやら~~~。
 〔或る天才画家の独白〕


2019年11月21日

 しかし、「派閥」を公然と否定する人に限って、案外、とりあえず今のところ短絡的に有利だろうと思える派閥・グループ・リーダーに、媚を売ったり肩入れしているものであるな~。
 「派閥」というものは、対立を生み出すやっかいなものである反面、集団生活をせざるを得ない猿族である人間には、上手く集団を機能させる良いシステムでもあるのだ。「派閥」が上手く機能し、上下・左右・男女・貧富 等が偏り過ぎずにバランス良く、それぞれが生かされる世の中が理想だ・・・。
 しかし、そのバランスが大きく崩れると危ない。その集団では、中央集権化が進み、必ず独裁が起こるのである。独裁による偏見・差別・虐げを生むくらいなら、やはり人は「派閥」をバランス良く機能させる生き方しかできないのだろう・・・。もしくは、できるだけ集団に関わらずに、一人で生きていく生き方を模索するのか・・・、私のように。


2019年12月10日

 1時間、間があけば、集中するのに2時間はかかる。1日、間があけば、2日かかる。1週間、雑事に追われると、次に高い集中脳に入れるのに、2週間はかかるのだ。1か月間、雑事が多ければ、次の2か月間は本当の精神集中領域には至れない。
 そうして私は、無駄に時間を費やし、図らずも、寡作家になってしまうのだ・・・。

 この5年ばかり、やけに雑事が忙しかった。展覧会(個展・グループ展)・取材旅は本職故、やむを得ないとしても、大学講師の仕事や、その他、団体等での多過ぎるイベント・雑務に翻弄された。
 今年は殊更、そんな雑事が多過ぎて、精神が疲弊し、辟易した。それ故、この年内の制作は、なかなか集中力が増さない~。だが、できるだけ腰を落ち着け、少しずつでも進めておこう。

 来年は、必要最低限度の展覧会・美術講師業を除いて、できる限り、作品制作のみに打ち込みたい。果たしてそうなれるだろうか・・・、否、必ずそうしなければならない。画家として・・・、芸術家として・・・、絵師として・・・。
 

2019年12月24日

 先日、NHKで鉛筆画家・木下 晋さんの特集をしていたが、現実をありのままに描く事も、「芸術」の真実である。表面的に美しいものも、そうでないものも、本質的には全てが”美”と言えるのだから・・・。
 絵本編集者の唐 亜明さんと絵本制作の打合せの途中、木下さんから唐さんにお電話がかかってきていた・・・。絵本の世界も、このような本当の画力と精神力がある美術作家が描くと、いいものだね~。唐さんの目の付け所に感服する・・・。(※ここは皮肉ではなく、本当にそう思っているのです。)

 ところで、私は「アジアの美人画」を画題に描く身である。美しいものを、本当に美しく描く事も、また至難の業である。しかし、それに一生をかけて、挑んでみたい。たとえそこが、一生、届く望みのない高みであったとしても、せいぜいあがきたい。
 ここ数年は雑事・雑念が多過ぎて、集中しきれずに苦慮したが、来年はそんな本当の画家としての、良い制作の年になれるのだろうか・・・。それとも滅びへの年になるのだろうか・・・・。微かな希望を抱いて、もう少しだけ・・、生きていこう。


2019年12月27日

 しかし不思議な事だ・・・、こんなにも世俗の雑事に心が乱され、多分、年とともに精神も穢れきっているというのに。何故に、こんなに美しい線が引けるのだろうか。私の右手には、画神が宿っているというのだろうか・・・。
 多分、結構、美しい人物が描けたと思う。良い表情だ、何とも美しいかな~~。頭で考える前に、自然と良い曲線を手が選んで、自ずから線が引かれていく。実に不思議だ、実に不可思議な事だ・・・。

 今日、中国向けの新作絵本制作の「扉」が完成した。次の「第一場面」は、およそ6割の完成だ。ようやくボチボチ気合が乗ってきたよ~。来年は、更に、もっともっと集中力を増して、命の限り、描きつくしたいね~。 ヽ(^o^)丿


2020年1月9日

 しかし常々思うのだが、現在のあり方では、今の芸術・美術の世界が良くならない訳である・・・。「人生は短く、芸術は長し」、・・・芸術の世界は深遠で、その本質を知る事は、誠に困難である。
 私は小中高校生の頃には、「絵の天才、堺に現る!!」とそれなりに話題ともなり、周囲から期待されたものだが・・・、結局、齢50を超えても、大した芸術家にはなれていない。
 近年はメディアやインターネットが発達した事もあり、誰もが公に主張できる時代になった。それはそれで埋もれた才能を開花させる、良い機会ともなったのであるが・・・。反面、自分を売り込み、派手に宣伝する事ばかりに長けた人が増え過ぎた。その名声に、実力が全く伴わないのが悲しい。

 私は15歳で日本画を始め、そこから苦節35年余り、試行錯誤を繰り返し、何度も高い壁を越え、少しは「日本画」を知れたかと思ったが、実際の所は、日本画の ”に” の字も分かっていないのではないかと、今になって感じる。
 芸術の道は深遠で探りがたく、容易に人をその懐に近づけない、恐ろしい魔物である。安易なパフォーマンスやビジネスや自己顕示欲だけでそこに近づくと、手痛いしっぺ返しを受けるかもしれないのである。
 ただ私は、滅却を承知で、この苦道を歩むしかない。そこだけにしか、自身が進むべき道がないのだから・・・。


2020年1月21日

 現在、NHKの100分 de 名著で「貞観政要」をやっていて、君主=リーダーのあるべき姿、組織・団体のあるべき姿を取り上げています。その番組で、大企業を動かしてきた優れた先達のお話を伺うと、やはり、私の考えるリーダーや組織のあり方は、間違っていなかったのだと再確認できました。上に立つものが、一旦、責任者・担当者を任命したら、たとえ多少納得できない進行であっても、その責任者・担当者を信用して、余程の事がない限り、任せるのが良いあり方だと・・・。また、下の者から諫言があると、上の者は耳を傾けるのが大切だと・・・。

 私は昨年まで、ある団体に属していましたが(私は、その部門の経験・知識が他者より格段に豊富なので、部署リーダー的な役割を担当していました)、そこでは些細な事までにも一々、トップ・他部署の確認・介入があり、自由に企画が遂行できませんでした。また、逆に下の立場の者に任務を任せても、適材適所の人が足りなくて、一々私が手を焼く事になり、上手くこなせない事が多かったのです。また時には、よく動いてくれる人がいるので、安心して任せていたら、自分がリーダーだと勘違いしたのか、勝手に任務以上のリーダーの役割までしだす始末、・・・これには、一人だけに多くを任せておいた私にも、責任はあるのでしょうがね・・・。人手が足りないので仕方ない。

 私は会社や組織での本格的な経験が無い、一匹狼の絵描きなので、団体行動は元々得意ジャンルではなく、組織とはそんなものだと言われれば、そうなのかな~と思っていましたが、やはりそれは、良い組織のあり方ではなかったのだと、確信しました。極めて独裁に近づいていく、又は、一部の人の利害だけで動く恐れのある運営形態だったのです。
 今後、その矛盾や弊害が表面化してくるでしょうから、とりあえず早いうちに離れたのは正解だったのかも知れません。


2020年1月24日

 私が人を、信頼に足る人物か否かを判断する最終的な基準は、その能力や実績のみならず、最も大切な事は、その時点での様々な面・意味での”弱者”に対する対応の仕方である。社会的弱者、民族的弱者、思想・信仰的弱者、身体的弱者、経済的弱者、その他、その時点でたまたま不利な立場に置かれている弱者 等、様々な弱者・被差別者が世の中には存在する。それが時には他者であったり、己であったりもする。
 それらの弱者に対して、その人がどのような対応をするのかを、私は常に冷静に観察してみる。最もいけないのは、弱者を軽んじ侮蔑して、強者にのみへつらう者である。・・・そして、その人物が本当に信頼に足る、そして、たとえ一時でも共に歩むにふさわしい人か否かを、じっくり考えるのである。


2020年2月4日

 しかし、今の時代、”絵(純粋美術)”だけで生きていく事が、いかに困難であるか~。齢50を越え、美術高校の時から35年以上、日本画を描いてきて、つくづく思う・・・。
 東京藝術大学 日本画専攻は当時、1学年、26名いたが、その中で今もまともに絵を続けているのは、多少、年度により増減はあろうが、平均的におよそ、5~6名といったところであろう。バブル期以降は特に厳しい。その5~6名の内、院展作家は1名いるかいないか、日展は藝大にはルートがないので数年に1名位、創画会は学生に人気がなくて数年に1名位、その他は無所属で頑張っている人となる。他美大は詳しく知らないが、多分、多摩美術大学・武蔵野美術大学・京都市立芸術大学・愛知県立芸術大学・女子美術大学・東京造形大学・・・等と、一般的な大学順位表の下位になるにつれ(あくまで一般的に一覧化されている全体評価なので、作家個人個人の能力・実力とは全く関係ないが)、どんどん残存割合は少なくなるのではないだろうか。ただ、藝大生はプライドが高過ぎて、活動レベルを下げたくなくて、つぶしが効かないので、絵をすぐやめてしまう、という説もある。
 日展は30年余り前から勢いがなくなり、画商離れが著しく、創画会は当初から前衛的で玄人受けはするが一般人の人気がなく、院展もこの15~20年、人気作家が次々に亡くなっていき、勢いも下降している。大きな団体に所属していても、絵だけでは到底、食べていけない時代になった。
 反面、無所属作家で特色のある人気作家がちらほら活躍する時代にもなった。良いか悪いかは分からないが、インターネットでデビューして人気を獲得している人も、数は少ないがボチボチ登場している。

 日本画を描くのには、かなりの時間・労力と、極めて高価な画材代がかかる。個展等で、その絵が一枚も売れなければ、収入は全く0である。たとえ売れても、その40~80%位は画商・画廊に持っていかれるのが、一般的な販売契約である。(画廊直売で、画料は良くて60%、百貨店販売で画商を通すと、悪くて画料20%という所もある。印刷物である書籍の印税がおよそ8~10%である事を考えると、原画が20%程度で取引されるという実態は、まさに画商の暴利と言えよう。)サラリーマンも大変であろうが、たとえその時期に大きな実績をあげられなくても、常に一定収入に守られるサラリーマンとは大きく違う、実力・実績・結果のみのシビアな世界である。今の時代、なかなか絵が売れる時代ではない。到底、ほとんど大多数の画家が、絵だけで食べてはいけない。
 このように画家は、”時代性”や”運”に大きく左右される。親が著名画家であったり、大医者や会社の社長・会長等で、よほど親の財力・人脈を活かせる人や、飛びぬけて運が良いか商才に長けた人でない限り、いくら芸術の才能があったり、絵が上手くても、”絵(純粋美術)”だけではやっていけないのが通常なのである。
 後藤純男先生や東山魁夷先生、平山郁夫先生、加山又造先生 等だけを見て、少し頑張れば、自分もああなれるのだと勘違いしてはいけない。あの方達は、高い画力・気力はもちろん、高度成長・バブルという時代の大きな後押しもあった上に、強運と様々な好要因によってあのような大家になりえた、実に極めて稀有な方々なのである。

 しかし生きていく事が極めて困難である事が分かっていても、私は一生この道を行くだろう。なぜなら、それしか私にはできないし、そこにしか価値を見い出せず、他の世界を知る気もないのであるから、仕方ないのである。一種の病気のようなものであろうか・・・。貧乏にさいなまれ、心も体もボロボロになりながら死んでいくのかも知れないが、それが絵に取りつかれた哀れな私の、ささやかな絵描き人生なのであろう。それでも良い、胸を張って、この黄金に輝く道を歩こうか~。


2020年2月24日

 今の世の中、何ごともビジネスとパフォーマンスに過ぎるのが嘆かわしい・・・。美術の世界もしかり。ただ、やりたくはないのだが、最低限そうしなければ、やっていけない時代であるのも事実であるが・・・、本当は全く重要ではない。
 芸術の世界は”内なる世界”に向かわなければ、何も本質をとらえられない深い世界である。外にばかり気を取られていては、本当に大切なものに気が付かない。すなわち自分のない、オリジナル性の無い、模倣・つけ刃的な作品になってしまう。その状態で、どんなに偉大な肩書を並べても、所詮は中身は空虚である・・・。
 美術・芸術は、複雑で独特で深遠な世界である。浅い了見でそこに足を踏み入れても、何も得られないし、間違った方向に進むだけであろう・・・・。


2020年2月25日

 私にとって「絵」とは何か・・・。私は主に” 人物画(美人画)”を描くからだろうか、自身の作品は自身の分身・・” 子ども ”・・、のように感じる。実際の子どもがいないからだろうか、なおさら、作品が愛おしく感じる。
 私は多分、いわゆる世間が規定する、本当のプロの画家ではないのだろう。作品、・・・特に気に入った人物画を手放すのは、常に寂しいのだ。さらに分身化した、印刷物である「絵本」なら、何とか割り切れるが・・・。

 そんな訳で、その作品を、もし他人に委ねるとしたら、本当に私の絵を心底、理解してくれ、好きになってくれる人でないと、信じられないし託す気にはなれない。自分の子どもを、知らない人に売るようなものであるから・・・。
 他者の言動・思考にはとやかく言いたくもないが、作品をただの商品(お金儲けや、自己顕示のための道具)として扱える作家の心が知れない・・・。そんな感性の人とは、私は絶対に付き合えない。もしかしたら、それが本当のプロでありビジネスである画家なのだとしたら、私は一生、プロの画家と見られなくてよい。ただ、幼き頃から絵が好きで、一生描き続け、絵と共に死んでいった、愚かな変人絵描きとして生きよう。そのせいで、食べていけなくて、飢えて死のうが、やむを得ない・・・。それが私の生き方なのだ・・・・。


2020年3月2日

 「実るほど頭をたれる稲穂かな」という言葉がありますが、絵描き(画家)も常にそうあらねばならないと思います。現時点において、少しどこそこで評価されたり、どこそこで立派な肩書が付いたりしても、それが真実、画家の最高の名誉でも、本当に歴史的に優れているという証でもないのです。そんな、かりそめの出来事で奢るようでは、必ず作品が進歩しなくなりますし、その奢りは作品に良くない情感として表出すると信じています。
 私などは、もし藝大時代に上の先生方に上手く合わせていれば、当時、先生方の評価も良かったので、そのまま団体でそれなりの立場にいた可能性も多々ありましたが(歴史に仮定はあり得ませんが)、そのような権威的な出世レールを嫌い、あえて自ら大学を2年間留年し、形式的出世の道を放擲しました。確かに若気の至りで、愚かな奴だと周囲からさげすまれました。その20代前半のたった2年間によって、少なくとも現在の私の社会的評価は20年以上遅れていますが、それで良いのだと、強がっています。(だいたい本質的には、大学などどうでもよいと考えており、どこに行こうが行くまいが、本人がその後、どのような芸術活動を繰り広げられるかが、全ての重要事です。)安易な道を選ぶより、困難な茨の道を行った方が、自身、身も心もボロボロになりながらも、”芸術”の真実にたどり着けるのだと、愚かにも信じているのです・・・・。画材代や取材旅行費が常に足りないのは(それどころか生活費も厳しいが)、実に苦しい所だがやむを得ません~。
 歴史的に残ってきた作家・作品には、やはり極めて優れた作家・作品があります。そんなものは大した事がないという現代作家に、時々出会いますが、大概、その人の作品は、その自信だけに、それなりに悪くはない場合もありますが、歴史的な作家をけなす程ではありません(とんでもないレベルの場合も多々あり)。”謙虚”に歴史に学び、吸収し、そして、新たな”独自性”のある世界を貪欲に模索しなければいけないと、私は考えています。古来の模倣だけでもいけません。自分だけにしか描けない、オリジナルの世界を探求していかないと、今の時代に絵を描いている意味がありません。昔の作品の焼き直しでは、どんなに上手く描けようと、昔の作品に勝る事はできません。その時代の作家は、その道(表現法)に最も長けています。
 そんなこんなで何とか今も絵を描いています。一生かかっても決してたどり着けぬ”芸術の高み”ですが、私自身、「実るほど頭をたれる稲穂かな」の精神を忘れぬように、謙虚に、そして貪欲に、自身の絵の路を右往左往、模索していきたいと願っています。


2020年3月3日

 それにしても人間社会では、それほどに”言葉”が大切なのだろうか・・・。「始めに言葉ありき」という通り、確かに言葉とは、動物と人とを分ける最大の特徴の一つだと言えよう。ただ、その言葉の使い方によって、他者から誤解を招いたり、諍いの元になったりするのは悲しい・・・。
 私などは生来、右脳人間(感性人間)らしく、言語能力(左脳・理性脳)に欠落があるようで、最初から言葉には期待していない。その為に、「絵」を最大の自己表現手法として生きてきたのだ。私の言葉など、大概、お遊びに過ぎず、大した意味を持っていないのだ。その為に、フェイスブック・ツイッター等でも、何のためらいもなく、ブツブツつぶやく事ができる~。
 ただ、「絵」は別である。本当の真実の自分が投影される。その為に、その制作は常に真剣勝負であり、その作品は、自身の子どもの如く、誠に大切に扱う事になるのだ・・・。
 本当の私は、言葉の中には無い。自身の「絵」の中だけに存在している。


(※たわいもない つぶやきは、これからも まだまだ続くのでしょうか、はたまた、言葉をもてあそんだ天罰を喰らって、いずれ私の命運が尽きるのでしょうか・・・・。)

テーマ : 文明・文化&思想
ジャンル : 学問・文化・芸術

2019-05-12

「夢二夜」~東京藝術大学、後藤純男先生と加山又造先生の思い出 後藤 仁

 私は時に、正夢に近い、予兆を伴う現実感の高い夢を見る時がある。本当の芸術家とは、人並み外れた優れた直感力を持つともいうので、画家の直感も、あながち侮れないものである。

           *

 2019年(令和元年)5月4日(土)。この日、随分久しぶりに、後藤純男先生と飲んだ・・・・・夢を見た。
 何かの学校の団体国内旅行の設定で、大きな旅館(ホテル)に泊まっていた。自分の部屋の場所に迷って、狭い通路をたどると、たまたま庶民的な小さな食堂に紛れ込んだ。すると、そこで後藤純男先生が、食堂のおばさんに酒をついでもらいながら、一人で飲んでいた。後藤純男先生は、「ああ、仁さんですか~」といった感じで、私を席に招き、私は先生に焼酎をついでもらい、いただいた。最後は、かなり酔っぱらった、・・・・・という奇妙な話である。その時の先生はとても嬉しそうな様子であった。
 しかし、私の夢は大概とてもリアルであり、今回も特に後藤純男先生と出会う場面は誠にリアルであった。本当に、夢で天国の先生に会ったのかも知れないな・・・。
 
 私の師であり、3年程前にご病気で亡くなられた後藤純男先生は、日本を代表する十指に入る現代日本画家(昭和後期~平成時代)であり、東京藝術大学名誉教授、西安美術学院(大学)名誉教授、日本美術院(院展)同人理事・監事、日本芸術院賞・恩賜賞受賞者の巨匠である。一般的には、昔、ネスカフェゴールドブレンド「違いがわかる男」のCMに出演された事でも有名である。
 10数年前までの先生がお元気な頃には、埼玉県や北海道・沖縄・那須のアトリエ兼別荘に度々おじゃまして、多い時には週に2回位のペースで、お酒を飲み、絵や旅の話等を聞かせていただいたものである。先生には私が知るだけでも、奈良にもう一つの計5か所の別荘アトリエが、千葉県の本宅以外にあるらしい。ただ、先生は通常、埼玉のアトリエに常駐していて、本宅には家族しか住んでいなかった。私は本宅と、奈良以外の別荘の5か所は訪れている。
 今思うと、日本画がまだ昭和からの全盛期の最中(終盤であるが)でもあり、いい時代だったな~。先生のアトリエにはひっきりなしに、画商やら百貨店マンやら日本画家やら財界人やらが出入りしていた。何故か、政治的世俗を嫌う感のある先生は(政治的権力の強かった平山郁夫先生辺りに対する対抗心なのかも知れない)、政界人だけは晩年近くまでは敬遠していたようだが、晩年は多少の交流を持ち、旭日小授章の受章等につながったのだと思う。(後藤先生は名実共に文化功労者になる資格は十分にあったにも関わらず、結局、最期まで受けられなかったのは、政治との関わりを避けてきた事の影響が大きいと見ている。)
 私が先生のアトリエに伺った時、たまたまお会いした人だけでも、西安美術学院の教授陣や、埼玉県警の警視正(当時、埼玉県内に確か4人しかいないとか)夫妻だとか、複数の百貨店(そごう、西武、東武 等)の美術部長だとか、様々なジャンルの大物がいた。警視正も先生の前では頭をペコペコ下げて、私にまでも愛想をふりまかれていた。デヴィ夫人がアトリエに来た時の、先生とのツーショット写真も置いてあった。銚子電鉄の社長とも親しく、かつて銚子電鉄 犬吠駅舎内に後藤純男美術館もあった。上富良野町とのご縁で、上富良野には巨大な後藤純男美術館が建ち、評価額20億円以上とされる作品群が上富良野町に寄贈された。また、読売巨人軍の長嶋茂雄氏は、後藤純男先生の作品の大ファンであるという。先生は、極めて広く深い人脈を持っていた。
 そんな巨人的・超人的なご活躍を見せた屈強な先生も、病に倒れた。人間的にはワガママで自由奔放なお人であったが、事、”絵” ・ ”日本画”に関しては、誠に真面目で、とても素晴らしくて力強い作品を描かれた、まさに私の尊敬する師であった・・・・。
 
 夢の中でも、あの頃のまま、ゆったりと自由気ままに酒を楽しむ先生のいらっしゃる、仙境のような光景に、誠に暖かい気持ちになって目が覚めた~。


後藤純男先生と私「後藤純男先生 退官記念展」(1996年10月7日、東京藝術大学資料館) 後藤純男先生と私

後藤純男先生と私「後藤純男 画伯を囲む会」(2004年1月4日、野田 東武ホテル) 後藤純男先生、井崎義治 流山市長と私。他にも、野田市長や関宿町長等も来られていました。

東北写生旅行 後藤純男先生「東北(田沢湖・角館)写生旅行」(1996年11月20日) 駒ヶ岳、後藤純男先生スケッチ中。先生は視点が変わるからと言う理由で、常に立ってスケッチをされます。先生の絵に対する真面目さは恐るべきものがあります。 

 5月6日(月)。今度は、加山又造先生が夢に現われた。先日の後藤純男先生に続き、日本画の超大御所が夢に出てくる・・・。しかし、後藤純男先生はこれまでにも、度々、夢に現れる事があったが(実物より20倍位も巨大なアトリエが出てきたりする)、加山先生が現われたのは初めてかも知れない。
 夢の中で私は、大規模な日本画の「個展」を開催していた。すると、「この絵は院展みたいだな~」と言っている声が聞こえるので近づいてみると、加山又造先生だった。多分、前の画廊宮坂での「個展」で中島千波先生に似たような事を実際に言われたのが、夢では加山先生の言葉として現れたようだ。私はかつて、古い時代(30年以上前)の院展への憧れは持っていたのだが、今は長らく、そことは異なる領域・画法を模索してきたので、少し残念でもあったが、画題や描き方には、やはり院展の影響がいまだにあるのだろう・・・。

 加山又造先生には、東京藝術大学の日本画合同研究会で少し教わっただけだが、実に印象深い先生だった。時々校内で会ってご挨拶すると、「元気ですか~」と、か細い枯れた声で答えてくれた。加山先生が東京藝術大学を退官された時の「加山又造 退官記念展」(東京藝術大学資料館)では、直筆サイン入りの図録をいただき、今でも大切に置いてある。

           *

 私が東京藝術大学の受験時の面接では、平山郁夫先生、加山又造先生、後藤純男先生、福井爽人先生 他、10名余りの先生方が正面に居並び、窓の逆光を後光のように受けて、光り輝いていた。さすがにこの時は緊張したね~。
 今思うと、あの頃が、明治時代から100年余り続く日本画黄金期の最後の時代であった・・・。明治以来、多少の盛り上がり下がりはありながらも、日本美術・芸術界の頂点を維持してきた日本画界。昔の人なら、横山大観、菱田春草、竹内栖鳳、上村松園、鏑木清方、小林古径、前田青邨、伊東深水 等といったら、ほとんどの人には通じたが、今の若い人では東山魁夷、平山郁夫までがギリギリであろう・・・。院展の平山郁夫先生も後藤純男先生も、創画会の加山又造先生も、日展の東山魁夷先生も高山辰雄先生も亡くなられた今、日本画界も東京藝術大学日本画教授陣も、昔ほどの偉大さはなくなった・・・。

 しかし、時代の変遷で、アート・美術文化の中心が、現代アートや、更にはマンガ・アニメ・ゲームに移った今日でも、まだまだ日本画の輝ける道はあると、私は信じている。今の所、日本画界の権威だけは、高さを何とか保っているが、この先は分からない・・・。しかし、黄金期の再来とまではいかなくても、シルバー期位は、この後の時代にも演出できるのではないかと信じている。
 個人的には、まだ日本画の勢いがあった頃に、巨人とも呼べる偉大な歴史的な日本画家に直接、お会いでき、学べた事は、何よりも私の宝なのである。
 令和時代の始まりに、このような不思議なお二人の夢を見たというのも、何かの啓示なのかも知れない。私は、今後も、日本画の新しく輝ける方策を模索しながら、日々、画道に精進するしかないのである。

  絵師(日本画家・絵本画家)  後藤 仁

 

テーマ : 文明・文化&思想
ジャンル : 学問・文化・芸術

後藤 仁 プロフィール

後藤 仁(GOTO JIN/后藤 仁)

Author:後藤 仁(GOTO JIN/后藤 仁)
~後藤 仁 公式ブログ1~
日本画家・絵本画家 後藤 仁(GOTO JIN/后藤 仁)の日本画制作、絵本原画制作、写生旅行、展覧会などのご案内を日誌につづります。

 〔後藤 仁 略歴〕
1968年兵庫県赤穂市生まれ。15歳、大阪市立工芸高校 美術科で日本画を始める。東京藝術大学 絵画科日本画専攻 卒業、後藤純男先生(日本芸術院賞・恩賜賞受賞者)に師事。在学中より約12年間、旧岩崎邸、入船山記念館、孫文記念館(移情閣)等の金唐革紙(手製高級壁紙)の全復元を行う。卒業以降は日本画家として活動し、中国・インドをはじめ世界各地に取材した「アジアの美人画」をテーマとする作品を描き、国内外で展覧会を開催する。近年は絵本の原画制作に力を入れる。
○絵本作品に『ながいかみのむすめチャンファメイ』(福音館書店)、『犬になった王子 チベットの民話』(岩波書店)、『わかがえりのみず』(鈴木出版)、『金色の鹿』(子供教育出版)、挿絵作品に『おしゃかさま物語』(佼成出版社)。『犬になった王子 チベットの民話』は、Internationale Jugendbibliothek München ミュンヘン国際児童図書館(ドイツ)の「The White Ravens 2014/ザ・ホワイト・レイブンス 国際推薦児童図書目録2014」に選定される。NHK日曜美術館の取材協力他、テレビ・新聞・インターネットサイト等への出演・掲載も多い。
○東京藝術大学デザイン科 非常勤講師、元 東京造形大学 絵本講師。国選定保存技術 金唐革紙 製作技術保持者。日本美術家連盟 会員(ご推薦者:中島千波先生)、絵本学会 会員、日本中国文化交流協会 会員、この本だいすきの会 会員。千葉県松戸市在住。

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絵:後藤 仁 /文:君島 久子 /出版社:岩波書店絵本ナビ


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