2017-02-05

スリランカ写生旅行 その12(最終回)

 「スリランカ写生旅行」20日目、2016年6月25日(土)。昨日は中級ホテル「ホテル・シャリニ」の快適な部屋でゆっくり休めたようで、今朝は体調も見違えるように回復していました。朝食は500Rsで用意してもらったホテルのブレックファーストを、心地良い2階のテラス風食堂でいただきました。ホテルの前庭を眺めていると、ホテルの従業員がスリーウィーラー(三輪タクシー)に乗って現れました。朝食を終え、部屋にチップ60Rsを残してチェックアウトしましたが、先程の従業員がスリーウィーラーで駅まで送ると言います。サービスかとも思いましたが、値段を聞くと有料です。私はホテルに送迎を頼んでいないので少し不愉快になり、一度断って歩いて行こうと思いましたが、距離が遠くて大変なので、やはりスリーウィーラーに乗りました。南・東南アジア圏ではよくある事ですが、頼んでもいないのに勝手に有料の企画を仕込まれそうになったりします。ただ今回はかえって助かったので、良かったです。従業員は饒舌な人で、運転しながら、またこのホテルに寄ってくれとしきりに言っていました。商魂たくましいですが、仕事熱心で悪い人ではありません。ホテルの人は、昨日から「ミヒンタレー」が良いとしきりに勧めて来ました。今回は体調が優れず日程がギリギリだったので不可能でしたが、いずれ機会があればミヒンタレーという仏教聖地にも足を運べれたらと思います。
 アヌラーダプラ駅に着くと、9:15発の列車を待ちます。遅れて9:50頃、列車がやって来ました。インドの列車に似た、鉄の塊のような重厚な車体です。アヌラーダプラ発~コロンボ着、「インターシティ・エクスプレス」2等車(450Rs)。外国での鉄道の旅は実に良いものです。昼食は車内でパンをかじり、ガタガタとゆられながら、午後2:30頃、コロンボ・フォート駅に到着。
 宿は最初と同じ、ホテル「ザ・セントラルY.M.C.A.」にしましたが、宿泊代は時期のせいなのか一泊室料(食事なし、トイレ・シャワー共同)1800Rsと、最初より安くなっていました。夕食は軽くパンで済ませたと思います。

スリランカ旅行「ホテル・シャリニ」 ブレックファースト(500Rs)

スリランカ旅行「インターシティ・エクスプレス」 アヌラーダプラ駅

 「スリランカ写生旅行」21日目、6月26日(日)。この日がスリランカでの最終日です。早朝起きると、パンと飲むヨーグルトとピーナッツを食べて、外に出ました。体調はほぼ通常通りに戻っていました。スリーウィーラーをつかまえて、「ヴィハーラ・マハー・デーウィ公園」に向かいました。スリーウィーラーのおっちゃんはやはり少し高めに値をふっかけて来ましたが、値切り交渉して安くしてもらいました。この頃になるとスリランカの物価もほぼ把握しており、旅の全てに余裕があります。車内で、「スリランカのタクシーは正直でいいね。通常値段の数割増ししか、値をふっかけて来ない。インドでは数倍ふっかけて来る事もしばしばあるからね~。」と嫌味まじりに冗談話をしてやりました。
 この公園はコロンボで最も大きな公園です。私は海外旅行の最終日には、旅の主要取材目的は全て終えているので、無理をせず、大きな公園等で旅の余韻にひたりながら、まったりと時間を過ごします。珍しい鳥がいるので写真を撮ろうとしていると、公園内の警備をしていた警察がスッと寄って来て、公園内は撮影禁止だと言います。公園内が撮影禁止などという規則はどんな国でも聞いた事がありません。しかも、地元の親子は、平気でスマホで撮影していました。ここは官公庁や主要施設がある首都なので、外国人に対して警戒心が特別強いのかも知れません。キャンディやポロンナルワでの警察・警備員の異様な警戒といい、日本人の私には理解しがたいほどの状況ですが、この意味は日本に帰るまで解明できませんでした・・・。
 公園にいた馬をF4号のスケッチブックに軽くクロッキ―しました。F4号、SM号スケッチブック共に、残り1枚ずつを残して写生を終えました。2冊全部を描き終えるのが目標でしたが、旅行終盤、体調が優れない中、ほぼ2冊を描き終えれたので満足です。

 公園の端にある「コロンボ公共図書館(Colombo Public Library)」に立ち寄りました。スリランカ一大きな図書館のようです。児童書のコーナーに行ってみると、思ったより多くの児童書・絵本が置いてありました。ただ、スリランカの出版社の簡素な本や、ヨーロッパのものと思われる本ばかりで、日本の絵本等は見当たりません。また、在庫された本はかなり昔に仕入れた感じで、かなり傷んでいます。子供用の可愛らしい机と椅子が置かれているものの、部屋全体が薄暗くて、たまたまこの日だけなのか、来館者もほとんどいなくて、立派な図書館が完全に活用できていない感が強いです。私は自身の「絵本」の寄贈を、司書の方に約束して、図書館を後にしました。
 時間がまだあるので、公園からしばらく歩いて、「ラクサラ」という高級民芸品店に寄って、土産を探しました。ゆとりを持って両替していたので、スリランカ・ルピーが意外と余っていたのです。自分用のシャツや友人・知人用の象の置物等をまとめて買いました。ここで、7590Rsを使用したのでスリランカ旅行一の大奮発です。店内ではずっと店員や警備員が付いてまわるので、客への丁寧な対応のつもりなのかも知れませんが、汚い身なりの異邦人を警戒しているようにも感じられ、少し不愉快になって来たので、警備員と店員に一言、「スリランカでは、警察や警備員の警戒が異様に厳しくて、困ったものだ~。」と軽い嫌味を言ってやりました。旅も終盤になると、旅の満足感と伴い、周囲からの外圧ストレスも、結構たまっているものです。
 そこから歩いて、「アーケード・インディペンデンス・スクエア」という、しゃれたショッピングモールに寄りました。まだ、予算が余っているので、昼食はショッピングモール内の「キャーマ・スートラ」という少し高そうなスリランカ料理店で、骨なしヤギ肉カレー、キングココナッツ・ジュース(計2375Rs)を食べました。観光客向けの準高級料理店だけに、さすがに見事に美味しかったです。旅行の最後だけは、普通の日本人観光客の様相になってしまいましたね。ただし身なりは、リュックを背負った汚い服装の怪しいアジア人です。

スリランカ旅行「コロンボ公共図書館(Colombo Public Library)」 児童書コーナー。奥に並んでいるのが絵本類、左側の棚には読み物がたくさんあります。机と椅子は可愛いです♡ 

スリランカ旅行「アーケード・インディペンデンス・スクエア/キャーマ・スートラ」 骨なしヤギ肉カレー、キングココナッツ・ジュース(計2375Rs)。量は少し物足りないが、スパイスの深い味わいがとても美味しいです。

 いよいよ帰りの時間が近付いて来ました。スリーウィーラーでセントラル・バスターミナルに向かい、空港行きのバスを探します。エアポートバスに乗りたかったのですが、乗り場がよく分からないので周囲の人に聞くと、187番のバスに乗れと言うので、午後2:30頃そのバスに乗り込みました(空港まで100Rs)。ただ、そのバスはエアポートバスではなくて、通常のローカルバスでした。途中途中で停車しながら、ゆっくり進みます。旅の経験で、飛行機の出発時間までには、かなりの余裕時間を計算してあるので助かりましたが、ゆとりがなければ危ない所でした。最初に乗ったエアポートバスの倍の2時間位かかって、4:30頃に「バンダーラナーヤカ(カトゥナーヤカ)国際空港」に到着しました。しかも、少し離れた街中にバスが着くので、500m程歩かないと空港入口には到達しません。最後まで、旅はハプニング続きです。
 スリランカ航空 UL454、19時15分 スリランカ・コロンボ 発 ~ 27日7時35分 日本・成田 着旅の最後に来て体調を崩し、無理のある自由一人旅もこの年齢になると少々こたえて来たなと思いつつも、今回も誠に充実した取材旅行が出来たと、満足感に包まれながら日本へ向かいました。

 日本に着いた直後にニュースで見たのですが、私がコロンボを発った同じ頃、バングラデシュの空港で爆破テロ事件が起こったという事を知りました。現在の世の中は、全ての物象が徐々に物騒な状況に向かっています。バングラデシュと同じ南アジアに位置するスリランカでも、同じような危機情報が飛び交っているでしょうから、そう考えると、今回のスリランカの異様な警備体制も合点がいきます。今の世の中の現状を踏まえると、よく言われる事ですが、もしかしたら日本人の方が平和ボケしているのかも知れませんね。それと同時に、ますます「平和」というもの、「寛容性、融和精神」の大切さを改めて実感する事になります。
 今回の旅では、素晴らしいスリランカの文化に触れた大きな感動と共に、何かしら理解しがたい巨大な不安の影を感じました。思いやり・利他精神は、思いやり・利他精神につながり、不安・懐疑・恐怖は、不安・懐疑・恐怖を増幅します。そんな時、ゴータマ・ブッダが2500年も昔に唱えられた、言葉の重要性を知る事となるのです・・・・
 「実にこの世においては、怨みに報いるに怨みをもってしたならば、ついに怨みのやむことがない。怨みをすててこそやむ。これは永遠の真理である。」 (「ブッダの真理のことば 感興のことば」中村 元 訳/岩波文庫、より)

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 今回の取材旅行の「旅行費用」をざっと記しておきましょう。

「スリランカ周遊 写生取材旅行 22日間」
 航空券・ビザ・旅行保険代金     約13万円
 現地滞在費(宿泊、食費、交通費 等) 約8万円
               総計  約21万円
  

 今回も極力安い費用で、最大限充実した取材旅が出来ました♡。お金持ちならば、費用をかければ、快適で充実した旅が出来るのは当たり前です。しかし贅沢旅では、かえって最も重要な真実が見えないものです。私のような貧乏絵描きは、いかに工夫して、安くても素晴らしい取材旅をするのかが重要なのですね。お金ではなく、頭と足を使うのです。

 旅の成果は、スケッチブック2冊で、計42枚(F4号19枚、SM号23枚)のスケッチ。
 写真撮影 3414枚。(今回、デジタルカメラの保存容量を増やして、撮影分全てを画像データ保存し、必要に応じてプリントする事にしました。)
 私はプロの画家なので、スケッチや原画をネット上で滅多には公開しないのですが、拙ブログ来訪者に感謝して、特別に2枚だけお見せいたします。

  スリランカ写生「ポロンナルワの少女」(SM号)スリランカ写生(2016年6月19日) 「ポロンナルワの少女」(SM号) 後藤 仁

  スリランカ写生「シーギリヤ・レディ」スリランカ写生(2016年6月14日) 「シーギリヤ・レディ(フレスコ画)模写」(SM号) 後藤 仁


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 前回の「ミャンマー旅行」でも記した内容に付記します。
 スリランカは、南アジア圏では比較的治安の良い国と言われています。私の実感で「旅の快適度・難易度(治安、利便性、雰囲気の良さ等から総合的に判断)」を独断と偏見で比較したら、今回のスリランカは、タイ王国北部(チェンマイ・チェンラーイ)と同じ位のレベルでしょう。
 私が今までに旅をした国々の「旅の快適度・難易度」をざっと表にしてみると、以下のようになりました。(上方ほど快適度が高い、下方ほど難易度が高い。)

◎ラオス(ルアンパバーン)、ベトナム(サパ・バックハー)、ミャンマー(インレー湖・カロー)、日本(地方)
日本(都心部)
○タイ王国(チェンマイ・チェンラーイほか)、イタリア・バチカン市国、ミャンマー(総合平均)、スリランカ
○中国(北京・上海・貴州省・四川省ほか)、タイ王国(バンコク)、ミャンマー(ヤンゴン・バガン)
○ベトナム(ハノイほか)、カンボジア(シェムリアップ)、ミャンマー(マンダレー)
  (この間には開きがあり、これ以下は旅の難易度が増します。)  
●中国(チベット)、ネパール(カトマンズほか)、インドネシア(ジャワ島・バリ島)
  (この間には開きがあり、これ以下はさらに旅の難易度が増します。)  
●インド(全域)
●インド(バナーラス)

 といった順ですが、これはその場の「良し悪し、素晴らしさ」という判断ではなく、あくまで治安を中心とした「快適度・難易度」です。また、私の訪問年代にもよりますし、たまたま運が悪かったという場合も考えられるでしょうから、私個人の主観としてご参照下さい。
 インド、ネパール、インドネシアなどは、とても優れた遺跡や文化が残っている素晴らしい国です。ただ、これらの国は一人旅をするのは結構難しい地域で、身に危険を感じる場面が何度か起こる可能性があり、特に女性の一人旅はよほど旅慣れた人でないとおすすめできません。また、ツアー旅行の場合でも、注意が必要になって来るでしょう。
 外務省ホームページの危険情報によると、インド辺りは黄色(十分注意)から部分的に薄いオレンジ色(渡航の是非検討)位の危険の程度です。中東やアフリカの紛争地帯では、濃いオレンジ色(渡航延期勧告)から大部分は赤色(退避勧告)ですので、いかにそれらの地域に旅をするのが危険なのかが推察されます。

                     *

 ちなみに、私が今までの海外旅行で、「最も感動したランキング ベスト10」を挙げるとざっと以下のようになります。(それぞれが個々に素晴らしくて、感動要素も異なるので、一概に比較するのは難しいのですが、私の主観による感動度のみでランキングしてみます。)

第1位 ☆インド アジャンター石窟「蓮華手菩薩像」
第2位 ☆ネパール カトマンズ「インドラジャトラ祭・クマリとの遭遇」
第3位 ☆中国 チベット「ポタラ宮」
第4位 ☆インド バナーラス「ガンガーでの沐浴」
第5位 ☆インドネシア ジャワ島「ボロブドゥール遺跡」
第6位 ☆中国 貴州省「トン族村」
第7位 ☆イタリア・バチカン市国「システィーナ礼拝堂 ミケランジェロのピエタ像」
第8位 ☆カンボジア「アンコール遺跡群」
第9位 ☆ベトナム サパ・バックハー「モン族村」
第10位☆インドネシア バリ島「バリ舞踊」
     

 アジャンター石窟やガンガーの沐浴、ポタラ宮では、感動のあまり感涙を起こすくらいですし、インドラジャトラ祭ではほぼ放心状態でした。つまりは、より近付く事が困難であるから、より感動が増加するとも言えますので、「旅の快適度・難易度」がそのまま「旅の良し悪し」ではないという事なのです。
 私の教える絵画教室(カルチャースクール)の受講者中の何人かは、私の旅の面白話の影響を受けられたのか、私と同じ旅行先に実際、ご旅行された方もいるようです。私の話をよく参考にされているのは、誠にうれしい事です。ただ、お金を払えば誰でも行ける簡単な「ツアー旅行」では、私と同程度の感動は多分、得られないのではないかと思います。現地の文化・美術への造詣と知識を十分に得た上で、長期間の自由旅行で精神を解き放ち、不便を乗り越えながらようやくたどり着いた中での感動なのです。
 不安定な国際状況の中、今後の海外取材旅行でも多くの困難を伴うかも知れませんが、こらからも機会があるごとに私は写生旅行に出かける事でしょう。そこに感動があり、絵画創作へのインスピレーションの源泉がある限り、私は一生旅を続ける事になりそうです。

  日本画家・絵本画家 後藤 仁  GOTO JIN
 
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2017-01-08

スリランカ写生旅行 その11

 ・・・・スリランカの旅も残り少なくなりましたが、一旦、ポロンナルワの最終日の朝に戻ります。新年そうそう、黒虫の話もどうかと思い今回に回しましたが、ポロンナルワの宿では、その後も連夜、黒虫との格闘が続いていたのです。18日の朝に見た超巨大な黒虫は、その後も朝になる度に現れましたが、毎回取り逃がしていました。「あれはこの宿のボス虫に違いない。」と確信し、最終日までに決着をつけようと決めていました。
 21日、ポロンナルワでの最後の朝、前日の「ペラヘラ祭」の帰りにアイスクリームのような物を踏み付けたと見え、靴の底に甘い香りの物体がこびり付いていました。シャワー室で靴底を洗っていると、その甘い香りに引き付けられたようで、早速、あの巨漢黒虫が出現しました。ずんぐりと立体的で、体長は日本の物より少し長い位ですが、胴回りが4倍位は太いのです。反射的に、洗っていた靴で黒虫をパチンとやりました。直後に、ボスの敵討ちに現れた中型の黒虫も、続けざまにパチンと返り討ちしました。
 この宿は安くてオーナーも良い方でしたが、この虫達の多さだけには閉口しました。しかし日中は、不殺生をとなえたブッダの遺跡を殊勝そうな顔で拝見しながら、都合に応じて殺生を行う私達人間とは、いかに自分勝手で残酷な生き物なのだろうかとつくづく思うのでした。・・・・・


 「スリランカ写生旅行」18日目、2016年6月23日(木)。アヌラーダプラ遺跡巡りの2日目です。ここでは連夜、猛暑と爆音に悩まされていたのですが、今朝起きると、何故か全く汗をかいていません。スリランカでは毎朝、汗だくになっていたので、逆に不吉なものを感じました。案の定、体はかなりだるくて、完全にお腹をこわしていました。前日の昼食のチキンカレーが悪かったのか、熱中症の症状なのか、理由ははっきりしませんが、かなり酷い体調です。強めの下痢・だるさの他に、軽い頭痛と微熱もあります。それでも葛根湯の錠剤を飲んで、朝食の菓子とバナナを軽く食べて、7:00頃自転車で出発しました。
 まずは遺跡群の南方に向かい、「イスルムニヤ精舎」(入場料・別料金200Rs)を見学します。アヌラーダプラの他の寺院とは雰囲気が異なり、境内中央に涅槃像が安置された本堂があって日本の寺院に近い造りです。本堂裏の巨石に登ると、アヌラーダプラの町が見渡せます。宝物殿には優れた彫像が多数置かれています。美しい寺院なので、どこかスケッチをしたかったのですが、体がだるくて力が出ませんので、この日は写真を撮るだけにしました。スケッチにはかなりの集中力と体力を必要とするのです。
 自転車で北上し、図書館で3550Rsの遺跡入場券を購入し、更に北上し、計4km近く走りました。体調が良くないのでフラフラです。遺跡群の北端、「アバヤギリ大塔」に到着。高さ75mという巨大なダーガバ(仏塔)で、かつてはスリランカの大乗仏教の総本山だったそうです(現在のスリランカには上座部仏教しかありません)。次に「ラトゥナ・プラサーダ」という、スリランカで一番美しいとされるガードストーン(宮殿や寺院の入口左右にある彫像)が残る宮殿跡を見物。次に、スリランカ一美しいというムーンストーン(半円形の石板)が残る「クイーンズ・パビリオン(王妃の建物)」を見物。ムーンストーン全体で宇宙の真理を表しているといい、ゾウ(誕生の象徴)、ウマ(老齢の象徴)、ライオン(病の象徴)、牡牛(死の象徴)が彫られていて、この4種の動物で輪廻を意味するのだそうです。まさに、ブッダのおっしゃられた「四苦」、つまり、「生老病死」の事ですが、・・・このブッダ(仏陀、お釈迦様)の伝記を知りたい方は、私が挿絵を描いた『おしゃかさま物語』 (本間正樹 文、後藤 仁 絵/佼成出版社) 直販のみ: 佼成出版社・佼成ショップ https://www.koseishop.com/product.jsp?id=25208  を読むとよく分かりますよ。(ちなみに、時代が下るポロンナルワのムーンストーンでは、ヒンドゥー教の影響があり、神である牛が死を象徴するのは良くないとの理由で牛が描かれていないそうです。)
 次に「サマーディ仏像」という大きな仏像を拝見し、「クッタム・ポクナ(ツイン・ポンズ)」という僧の沐浴場跡を見物。最後に「アバヤギリ博物館」を急ぎ足で見学したところで11:00頃、体力の限界が来ました。しかし今日で、アヌラーダプラの主要遺跡は全て見終わりました。朝から体調が優れない上に、何時間も動き回ったので、お腹はグルグルいっていますし頭はボーッとしています。何とか4kmの道のりを宿までたどり着き、シャワーを浴びて、昼食はバナナとヨーグルトを軽く食べるだけで済ませました。(行きに約2km、北上に約4km、帰りに約4km、この日だけで合計 約10kmも自転車で走っています。体調が悪いというのに、随分無茶をしています。)
 午後はくたばったように部屋で寝ていたのですが、気分が悪くて全く食欲が出ないので、夕食時には塩分を取るために塩気のあるピーナッツを数粒食べて水を飲むのが精一杯でした。夕方から夜にかけて体調は悪くなる一方です。しかし、こんな時にも旅の経験がものを言います。これ位までなら、よく休憩して塩と水分を取ってさえいれば、自力で回復できるという自信がありました。
 この日は特に早めに夕方8時頃には睡眠に入りましたが、外の音楽はこの夜も容易に寝かしてくれませんでした。

 「スリランカ写生旅行」19日目、6月24日(金)。朝6時過ぎに起きると、体調はわずかながら回復して来ていました。食欲は無いのですが、何とか朝食のバナナ、菓子、牛乳を飲み込むと、7:00には自転車で遺跡巡りに出発しました。
 昨日、体調不良で、「イスルムニヤ精舎」(入場料・別料金200Rs)をしっかり見れなかったので、再び精舎を訪れました。最後の力を振り絞って、境内の巨石に彫られたゾウの家族の彫像を、F4号スケッチブックに30分余りかけて写生。宝物殿の「恋人の像 The Lovers」と名の付いた、サーリヤ王子と恋人マーラとされる5世紀に作られた優れた彫像を、F4号に30分余り写生。警備をしていた警察が傍らでその様子を見ていましたが、ポロンナルワ等の他の地域の警察と違って、何故かアヌラーダプラの警察は優しい感じの人が多いのです。ここの方が田舎なので、人の性格ものどかなのかも知れません。最初に「スケッチしていいか」と聞くと、「いいよ」と快い返事を返してくれました。描き終わると、「その絵をもらえないか」と言うので、「現物は無理だが写真を撮るのはいいよ」と答えると、喜んでスマホで撮影していました。
 「イスルムニヤ精舎」の手前に大きな池があり、きれいな蓮の花が咲いています。小鳥もさえずり楽園のようです。この蓮をSM号スケッチブックに20分程スケッチ。その途中、野良犬が私に近寄って来ました。すると、つがいらしき2羽の小鳥が鋭い声で犬に襲いかかります。その鳥は前に、キャンディ近郊のペーラーデニヤ植物園でスケッチした、Red Wattled Lapwing という鳥でした。犬はしばらく粘っていましたが、最後は鳥の剣幕に負けて退散しました。スケッチを終えて、犬がいなくなった後にその付近を見てみると、地面に鳥の巣があり、2cm程のかわいい卵が3個ありました。私が巣に近付いても、鳥は遠巻きに見ているだけで、威嚇はして来ません。巣の周りに丁度良い大きさで木組みがしてあるのですが、これは巣が出来た後に、人が巣を守る為に作ったものに違いありません。鳥は、ここの人間が自分達の卵に危害を加えない事をよく知っているのでしょう。スリランカの人々の優しく思いやりのある心根が伝わりました・・・。
 美しい蓮の花と小鳥達のミニドラマを見て気分良くなった私は、今日はこの一か所だけにして、まだ調子の戻らない体を引きずって12:00頃、宿に戻りました。帰路、露店がたくさん集まった通りに立ち寄って、私が講師を務める絵画教室の受講者の方や、日本児童出版美術家連盟(童美連)の絵描き仲間や、親類・友人・知人にお渡しする土産を探しました。金属製のスリランカの腕輪(ブレスレット)が面白いので、インド等に比べて案外物価は安くはないのですが、96個買い入れました。(前は70個位で足りたのですが、最近お世話になる方が増える一方なので、帰国後手渡しするのですが、96個でも足りない位でした。)後は自分用の安いシャツ(500Rs)を購入。
 昼食は軽く、パン、バナナ、ヨーグルトを食べました。お腹の具合はまだまだ良くないですし、だるさも続いています。

 この後、「サルガド・ホテル&ベーカリー」にチップ50Rsを残して、「ホテル・シャリニ」(一泊部屋代3500Rs、朝食500Rs、エアコン・ホットシャワー・トイレ付)に移動しました。「サルガド・ホテル」は便利な立地にあるのですが、メイン通りに面しているので毎晩響き渡る騒音が難点でした。連泊する人には少々、きついかも知れません。「ホテル・シャリニ」の人が言うには、あの謎の騒音はパブの音楽だそうです。今後、スリランカの近代化を進める上では、騒音規制が必要になって来るでしょう。
 さすがに中級ホテル、「ホテル・シャリニ」の部屋はきれいで快適です。シャワーは上からだけではなく、前面からも湯が出て来る高機能型です。普段私は、現代文明・科学万能説に反論を唱えがちですが、今回の旅では改めてエアコンという文明の利器のすごさを実感しました。所詮私も、現代文明・コンピュータ社会に毒された軟弱な都会人でしかないのですね・・・。
 午後は前後を忘れて爆睡し、夕食に軽くバナナ、ヨーグルトを食べると(体調がどんなに悪くても何か食べないと、衰弱・脱水症状を起こして更に病状が悪化します)、エアコンの効いた快適な部屋で夕方6時頃から再び眠り続けました。このホテルはメイン通りから離れているので、騒音もほとんど聞こえず静かな環境です。ここに来て中級ホテルを予約しておいたというのは、まさに私の豊富な旅の”経験”と”勘”が冴えたと言っても過言ではないでしょう。
 次の日はコロンボへの移動日でしたが、完全でないまでも、体調は劇的に回復しました。(元々私は、ほとんど風邪等の病気にかからないので、免疫力はかなり高いようです。そうは言っても、近年50歳に近づき、若き頃には周囲から超人とまでもてはやされた私の体力も、どんどん落ちる傾向にあります。)


スリランカ旅行「イスルムニヤ精舎」 (入場料200Rs) アヌラーダプラは全体的に観光客が少なめでしたが、この日は修学旅行のような学校の団体参拝客でにぎわっていました。

スリランカ旅行「ホテル・シャリニ」 (一泊部屋代3500Rs、朝食500Rs、エアコン・ホットシャワー・トイレ付)



 明日のアヌラーダプラからコロンボへの列車の旅のお話は、また次回にいたしましょう・・・。

  日本画家・絵本画家 後藤 仁



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ジャンル : 学問・文化・芸術

2017-01-04

スリランカ写生旅行 その10

 明けましておめでとうございます。本年もよろしくお願い申し上げます。ブログに記すのに時間がかかっていますが、「スリランカの旅」も残り一週間になりました。

 「スリランカ写生旅行」16日目、2016年6月21日(火)。この日はポロンナルワからアヌラーダプラに移動します。ポロンナルワのバスターミナルは町の中心地から離れているので、スリーウィーラー(三輪タクシー/メーターがない場合の値段は交渉制)をつかまえてバスターミナルまで250Rs(スリランカ・ルピー/Rs.1≒0.75円)で向かいます。ポロンナルワ 8:00発のバス(150Rs)でアヌラーダプラに11:30頃到着しました。
 アヌラーダプラの宿は、「サルガド・ホテル&ベーカリー」(一泊1000Rs、ファン・トイレ・ホットシャワー付)に3泊する事に決めて、明日から300Rs(一日)のレンタルサイクル(貸自転車)を3日間分借りました。この宿のオーナーにもスケッチブックをお見せしてお話しましたが、親切そうな方です。
 宿の一階がベーカリーになっていて、パンの他にも本格的な食事もできるので、昼食はそこで、パン、コーラ、ヨーグルト(計435Rs)を食べました。その後、宿の近くの大きなスーパー「Food City」で買い物をしました。アヌラーダプラには蚊がたくさんいるので、蚊取り線香も購入。
 夕食は、同じベーカリーでブリヤーニ(約350Rs)、ジュースを食べて、部屋に戻り、スーパーで買った本格的なカード(水牛ヨーグルト/220Rs)にハニー(トリックル・ヤシ蜜/一瓶 280Rs)をかけていただきました。カードは素焼きの器に入っていて、かなりボリュームがあるので2回に分けて食べました。とても濃厚で美味しいヨーグルトですが、多分、日本ではなかなか手に入らないでしょうから残念です。今まで食べた中では、ネパールのバクタプル名物・ズーズーダウというヨーグルトに次ぐ、至高の美味です。日本で食べるヨーグルトとは比較にならない美味しさです。
 この日も明日のアヌラーダプラ散策に備えて早く寝ようとしましたが、夕方から宿の外で謎の音楽(スリランカの民謡のような)が大音量で鳴り出し、夜遅くまで爆音を響かせていたので、なかなか寝付けませんでした。スリランカの中部地域はコロンボ辺りよりも気温が高めなのですが、ここアヌラーダプラはなおさら暑さが厳しいので、ファンを切ってしまうと(ファンを付けて寝ると風邪をひきます)猛烈な暑さとの闘いになります(夜中でも30度を下回りません)。小さな蚊帳にくるまると、更に蒸し暑く感じます。

スリランカ旅行「サルガド・ホテル&ベーカリー」 ブリヤーニ(約350Rs)、ジュース

スリランカ旅行カード(水牛ヨーグルト/220Rs)にハニー(トリックル・ヤシ蜜/一瓶 280Rs)をたっぷりかけていただくと、超美味なのです。 ( ^^) _U~~ (カードが入っている素焼きの器は、内径が13cm位あるので、蚊取り線香立てに丁度ピッタリでした。)


 「スリランカ写生旅行」17日目、6月22日(水)。朝、目覚めると、首から肩の辺りが汗でびっしょり濡れていました。昨夜の音楽もあり、眠りはかなり浅かった上に、今までの旅の疲れもたまって来ているようで、少しボ~ッとしています。(今思うと、軽い熱中症だったのかも知れません。)それでも、朝食のパンとバナナを食べると、7:00過ぎには自転車でアヌラーダプラの遺跡に向かいました。途中でアヌラーダプラ駅に寄って、25日のコロンボ行きの列車の予約をしました。アヌラーダプラからコロンボまでの「インターシティ・エクスプレス」2等車(450Rs)です。
 まずは「スリー・マハー菩提樹」から見物。この菩提樹は、紀元前3世紀にインドのブッダガヤの菩提樹の分け木を植樹したものと言われており、スリランカ人が最も崇めている菩提樹です。思った程は巨大ではないのですが、早朝から大勢の参拝者に囲まれて、厳かな雰囲気が漂っています。私はかつてインドのブッダガヤで拝見した菩提樹を思い出していました・・・。ここでF4号スケッチブックに1時間余り写生しました。次に、図書館にミニ博物館が併設された施設で、アヌラーダプラ遺跡入場券(一日3550Rs)を購入し、館内を見学。
 アヌラーダプラ遺跡地区は南北5㎞、東西2㎞という広い地域に広がっているので、自転車で移動するにも時々道に迷ったりして大変です。「ジェータワナ・ラーマヤ」というダーガバ(仏塔)を見物。高さ約70mの巨大な仏塔です。次に、アヌラーダプラのシンボル「ルワンウェリ・サーヤ大塔」を拝見。真っ白に塗られた高さ55mの巨大で美しいダーガバです。塔の土台の周囲にはゾウの彫像がずらっと並んでいて、壮観です。この大塔の所で、スリランカ人の親子に話しかけられ、「あなたは先程、スリー・マハー菩提樹を描いていたが、完成したのなら見せてほしい。」と言われて、スケッチブックを見せてあげました。親子はしきりに感心していました。スリランカの人は気さくで良い人が多いです。
 自転車で移動して、「民俗博物館」(別料金300Rs)を見学。小さな博物館ですが、民俗学に関心の高い私には、なかなか興味深い展示内容でした。近くの考古学博物館は休館のようです。ガイドブック「地球の歩き方」では、この博物館内にチケットオフィスがあると書いてあり、先程の図書館(ミニ博物館)は地図にかろうじて「図書館」と記載してあるだけなので、ややこしいです。最初、図書館がこの考古学博物館だと思い込んでいたので、地図の位置感覚が分からずに、余計に道に迷ってしまったようです。次に、「トゥーパーラーマ・ダーガバ」を見ました。高さ19mの白いダーガバです。アヌラーダプラはポロンナルワとは違って、観光客がほとんどいないので、ゆっくり見物できます。
 時刻は2:30頃、そろそろ疲れて来たので今日はここまでにしました。帰りに、「ホテル・シャリニ」という中級ホテルに立ち寄ってアヌラーダプラの最終日の一泊を予約。通常、一地域では一つの宿に滞在を定めて観光するのが最善ですが、アヌラーダプラの最終日だけでも、少しだけ贅沢をしたいと考えました。安いホテルは設備や周辺環境に不備がある場合が多く、一泊1000円以内のゲストハウスに長期宿泊する旅は、後半、かなり疲労困憊になるものです。プチ贅沢といっても、「ホテル・シャリニ」は朝食込みで一泊4000Rs(部屋代3500Rs、朝食500Rs)と安いものですよ。
 遅めの昼食は、宿のベーカリーで、チキンカレー(340Rs)、ジュース2本を食べました。このベーカリーは安くてなかなか美味しいです。

スリランカ旅行「スリー・マハー菩提樹」

スリランカ旅行「ルワンウェリ・サーヤ大塔」

 今まで、もっと過酷な旅を幾多と経験して来た私ですが、さすがに年なのか、今回の旅では、終盤、少々バテ気味になって来ました。昨夜の騒音と暑さが追い打ちをかけたのでしょうか・・・。
 夕食は菓子とバナナで軽く済ませて、この日も早めに眠りについたのですが、浅い睡眠の中、夜の7時過ぎから明け方まで音楽の騒音が聞こえていました。更に夜には猛暑が襲って来ますし、蚊取り線香をもくもくとたいていても、明け方には蚊が数匹刺して来ます・・・。
 私の”旅の直感”なのか、アヌラーダプラの最終日に中級ホテルを予約しておいたのは、後ほど功を奏する事になります。

 では、アヌラーダプラ遺跡巡り2日目は次回に続きます。

  日本画家・絵本画家 後藤 仁

テーマ : 旅と絵
ジャンル : 学問・文化・芸術

2016-11-24

スリランカ写生旅行 その9

 「スリランカ写生旅行」15日目、2016年6月20日(月)。朝食は昨日の残りのドドル(スリランカ版ういろう)を食べて、7時頃に宿を出発。「ポロンナルワ博物館」でチケット(遺跡入場券 3550Rs)を買います。毎日来ているので、開館時間の7時30分の15分前位には入れてもらえるようになりました。昨日と同じ受付スタッフでしたが、昨日、私がおつりの過払い分を正直に返した事がうれしかったのか、「今日の夜8時から、ポロンナルワでペラヘラ祭がある・・・。」と熱心に説明してくれます。そう言えば、昨日の夜も宿の外が夜遅くまでうるさかったのですが、その前夜祭のような事をしていたのかも知れません。
 「ペラヘラ祭」はキャンディでエサラ月(7~8月)に開催されるものが世界的に有名で、仏歯入りの舎利容器を乗せたゾウと多くのダンサー・音楽隊が町を練り歩くという大規模な祭りです。今回のスリランカ訪問でもペラヘラ祭をぜひとも見たかったのですが、この期間は世界中から観光客が押し寄せて、キャンディの宿代も高くなり予約するのが大変だと言うので、今回は残念ながらあえて静かに取材できそうな観光シーズンぎりぎりの季節(コロンボの雨季の終盤)を選んだのです。キャンディ以外でも主要都市でペラヘラ祭があるとはガイドブック(地球の歩き方)に書いてありましたが、キャンディ以外は詳しく記載されておらず、ポロンナルワのペラヘラ祭は全く未チェックでした。「情けは人の為ならず」とも言いますが、正直な心がこのような、ペラヘラ祭との遭遇という奇跡をもたらしてくれたのです。当初、この日も早めに眠りにつく予定でしたから・・・。また、ダンブッラからアヌラーダプラに行かずに、ポロンナルワに行き先を変更したのも実にラッキーでした。やはり私は、旅先での直感力と強運を持っているのでしょうね。
 夜のペラヘラ祭を楽しみに、今日もポロンナルワの遺跡巡り(3日目)です。まずは、「ガル・ヴィハーラ」に行き巨大な座仏像(高さ4.6m)を1時間30分ばかりF4号スケッチブックに写生します。描いていると今日も周囲に人だかりができました。座仏像を描き終えると、一人のスリランカの女の子がきれいな蓮の献花を持っているので、10分位かけてSM号に描かせてもらいました。
 次に「ランカティラカ」という巨大仏像が残る遺跡周辺を散策し、「ランコトゥ・ヴィハーラ」の高さ55m・直径55mというポロンナルワ最大のダーガバ(仏塔)を拝見しました。この12世紀に建てられたという巨大なダーガバを、F4号に1時間30分程描いていると、ここでも時々人が見に来ます。描き終えて、先程から熱心に見ていた親子にスケッチブックを見せてやりますと、「うちの子も描いてくれ」と言うので、ポップな洋服の女の子をSM号に10分程描きました。Danuji という名の7歳の女の子だそうです。スリランカの田舎地方の一般庶民の方々は、お隣の国インド人とだいたい性格が似ていて、人懐っこくて、おおらかな性格の方が大部分です。ただインド人より幾分シャイな人が多いようです。
 その後、町の反対側(南)の地域にレンタル自転車で移動し、「石立像」 「ポトグル・ヴィハーラ」を見物して遺跡巡りを終えました。これでポロンナルワの主要遺跡は全て拝見した事になります。大回りして広大な田んぼを見ながら宿に戻る途中、用水路で泳ぎながら水浴びしている多くの男女が手を振ってくれました。美しくおおらかな南国の情景です。
 2時頃に遅めの昼食で、「Dineth レストラン」のカレー、ジュース、ヨーグルト(計330Rs)をいただきました。

 一旦宿に帰り、シャワーを浴びて、夜のペラヘラ祭に備えてしばしお休みです。夕食は6時頃に軽くパンとバナナを食べました。

スリランカ旅行ポロンナルワ 「ランコトゥ・ヴィハーラ」の巨大ダーガバ(仏塔)


  夜8時前、いよいよポロンナルワの「ペラヘラ祭」見物に出かけます。行列は「クワドラングル」から始まって、町の中心部を練り歩くと言いますので、まずは「クワドラングル」に向かいます。道の両サイドはスリランカ人で一杯です。外国の観光客は欧米人が数人いる位で日本人・東アジア人等は全くいません。
 「クワドラングル」に到着。「ワタダーゲ」の中で何かやっているので、階段を上がろうとすると、白い服を着た催事関係者らしき人に呼び止められました。カメラがどうのこうのと言っているので、「カメラを預けろ」と言っているのかと思って渡そうとすると、違うようだ。どうやら「カメラが本物かどうか確かめるために自分を撮影してみろ・・・」と言っているらしい。カメラに爆弾でも仕込む輩がいるようなそぶりである。その男を撮影して液晶画面を見せてやると納得したようで、カメラに「Security check」と書いたシールを貼られました。中での写真撮影は問題無いと言っているようです。「何て警戒だ・・・」と思いながら「ワタダーゲ」に登ると、電飾を付けられたゾウがいて、古代王族衣装を着た男性と僧侶達が儀式らしきものを行っていました。厳かな雰囲気の儀式を大勢の人々が見守っています。今夜はポーヤ・デー(満月の祝日)の翌日、月が誠に美しいので、遺跡と儀式越しの月を撮影したら素敵だろうと思って、少し人混みから離れて静かに2~3枚撮影(フラッシュ無し)していました。すると、一人の白い服を着た係の男がスーッと寄って来て、トランシーバーで話しています。「やばいな・・・」と思った時には遅かったのです。別の上役らしき白服の男が現れ、「Get out. (出て行け)」と言われました。スリランカで2度目の「Get out」です。私はただ静かに写真を撮っていただけなのに何て殺生なのだろうと思いましたが、仕方ありません。この儀式はスリランカ人にとって、極めて重要な祭祀なのでしょうから・・・。上がって来た階段とは逆の暗闇の方向を指差され「あっちから失せろ」と言います。「そっちの階段から・・・」と言おうとすると、「あっちから行け」と打ち消されました。白服は目も合わせず完全に私を不審者扱いです。
 2004年の「インド旅行」の際は、私の個展に来ていただいた駐日インド大使から、『後藤 仁さんはインドをテーマに多くの作品を描いている日本画家です。友人である彼に、旅の途中で何かあった時には良くしてやって欲しい・・・。』と英文で書かれた大使公印入りの文章をいただいていたので、何かのトラブルの時に見せたら効果的だったのですが、今回はそのような滞在国の権威者の証明書もありません。「この暗闇はどこに続くんや・・・」と思いながら、仕方なしに数10m先の暗い林に向かって歩いて行きました。意外にも林の中では2~3頭のゾウに電飾衣装を着せている最中で、人もチラホラおりました。人の流れをたどって行くと、フェンスの切れ間から外に出れる場所がありましたので、そこから公園の外に出ると、また外周を回って「ワタダーゲ」に向かいました。ただし、さすがに私と言えど2度目は「ワタダーゲ」の中には入らずに、その手前で行進が始まるのを待ちました。

 1時間程待っているとようやく行進が始まりました。露払いのムチの鋭い音がピシーピシーと鳴らされ、古代衣装を着たダンサーや音楽隊や旗・灯明を持った幾多の人々が行進します。ダンス(伝統舞踊)には様々な種類があり見飽きません。私は無数の見物客の最前線でひたすら撮影していました。本当なら目に焼き付けてスケッチをしたい所ですが、行進はどんどん進むので、そのようなゆとりもありません。カメラ撮影が精一杯です。鳴らされる伝統楽器の音と、踊り手の熱気と、灯明の炎のゆらめきが幻想的で、古代にタイムスリップしたかのような錯覚に陥ります。人々の行進に混ざってゾウも時々行進して来るのですが、2時間近くたった頃、メインのゾウ3頭が横に並んで歩いて来ました。中央のゾウの背中には舎利容器が乗せられていて、ここポロンナルワでは確か仏歯ならぬ仏髪が納められていると言います。敬虔なスリランカの老若男女が手を合わせます。私も合掌します。
 長大な行進に酔いしれている内に時間がどんどん過ぎて行き、気が付くとすでに夜中の12時近くです。ようやくペラヘラ祭の行進も終わりのようです。行列の最後尾辺りに付いて行くと宿の方向に向かいます。町の中まで道の両側は見物客で一杯です。しかし、私がいた公園内が一番明るくて撮影にも最適でした。人をかき分けて前に進もうとするのですが、警察が移動を阻止していてなかなか進めません。人が一時期に移動する危険を防いでいるようなのですが、スリランカの一般人の胸を思い切り突き返し怒号を発する様子を見ると、「日本ではありえないな~」と思いました。ここスリランカでは日本以上に、警察権力が絶大のようです。
 人混みの中、時間をかけてようやく宿にたどり着くとちょうど夜中の12時でしたが、宿のオーナーは入口を開けて待っていてくれました。いいオーナーです。

スリランカ旅行ポロンナルワ 「ペラヘラ祭」 美しく情熱的なダンサー達

スリランカ旅行ポロンナルワ 「ペラヘラ祭」 仏髪を入れた舎利容器を乗せたゾウ


 今日は些少のトラブルもありましたが、それをはるかに上回る素晴らし過ぎる、夢の古代王朝絵巻を拝見できて誠に幸せでした。このような偉大な伝統文化と信仰が現代に生きているスリランカに、尊崇の念を抱かずにはおられません。そして、このペラヘラ祭を日本画で「絵巻物」か「絵本」に仕立てると、さぞ良い作品になるだろうと思いました。
 頭の中で古代音楽と舞踊が交錯し、興奮冷めやらぬ中、少しずつ良い眠りに落ちて行きました・・・・。
 
 明日は、ポロンナルワ、シーギリヤと並んで有名なスリランカの世界遺産・アヌラーダプラに移動します。その様子はまた次回といたしましょう。

 日本画家・絵本画家 後藤 仁

 

テーマ : 旅と絵
ジャンル : 学問・文化・芸術

2016-10-23

スリランカ写生旅行 その8

 「スリランカ写生旅行」14日目、2016年6月19日(日)。今日はポーヤ・デー(満月の祝日)、特に6月はポソン月のポーヤ・デーと言って仏教伝来を記念した重要な祝日なのです。朝食はパンとバナナで済ませて、さっさと宿を出ます。7時過ぎに「ポロンナルワ博物館」に着くと、開館まで周囲の公園を歩きます。博物館で遺跡入場券(3550Rs)を買って外へ出ると、おつりが500Rs多いような気がします。戻って係員の男性に告げると、「何を言っているんだ、俺は間違っていないさ・・・。見てろよ。」といった様子で面倒くさそうに電卓を取り出すと計算し始めました。すると、やはり500Rs多かったのです。係員は少々ばつが悪そうに、お金を受け取りました。スリランカの人はどうなのか分かりませんが、多くのアジア圏では、多過ぎるおつりを返金するようなバカ正直者は少ないでしょうから、係員は日本人の正直さを少しは好意的に受け止めてくれたかも知れません。
 この日は人が少ない早朝に、ポロンナルワ遺跡群の一番北端に位置する「ティワンカ・ピリマゲ寺院(北院)」の壁画を見る予定です。途中、「シヴァ・デーワ―ラヤNo.2」(ヒンズー教寺院)や「パバル・ヴィハーラ」という小さなダーガバ(仏塔)に寄りながら、「ティワンカ・ピリマゲ寺院(北院)」に到着。結構大きな寺院建造物の内部に入ると、素晴らしい仏教壁画に覆われていました。壁画は13世紀のもので、インドの仏像表現に多く見られるトリバンガ(三屈法・三曲法)という身体を3つに折り曲げる表現が使用されています。明らかにインドのアジャンター壁画等の影響が見られますが、インド壁画の濃密でシリアスな描き方に対して、かなり素朴な味わいのある雰囲気に変化しています。内部は撮影禁止と書いてあるので、SM号のスケッチブックに天人デワターを写生しました。大きなミツバチが近寄って来たり、トクモンキー(サル)が荷物を盗みに来るのが少し気にはなりましたが、レベルの高い壁画の模写に集中しました。15分程描いていると、監視員の男性が近寄って来て絵をのぞき込み「いいね~」というジェスチャーをして、去って行きました。スケッチ後もしばらく壁画をよく観察し、納得いったところで遺跡を離れました。朝から素晴らしい壁画に出会えて気分が良いです。
 次に、「ハスの池」という蓮の花の形をした僧の沐浴場跡を見物。中国西安・華清池で昔見た楊貴妃の沐浴場に少し似ています。池の脇で地元の絵描きが絵を描いて売っていました。H.A.PRIYANTHAさんという絵描きらしく、私のスケッチブックを見せてやって「私も日本の絵描きです。」と言うと、チョウチョウを描いた小さな絵をプレゼントしてくれました。「本当にいいのですか。」と問うと、「いいのさ。」という仕草です。”絵”には、国境を越えて共感できるという大きな魅力があります。しかし、人のあまり来ない遺跡のはずれで観光客に絵を販売しても、そう簡単には売れないでしょうから、日本も海外でも絵描きは大変ですね・・・。
 遺跡中心部に戻る途中で「デマラ・マハー・サーヤ」という崩れかけた遺跡を拝見し、その上の小山に登って見ると、ポロンナルワの遺跡群がよく見渡せました。次に目指すは「クワドラングル」と並ぶポロンナルワの見どころ「ガル・ヴィハーラ」です。

 時刻も10時過ぎとなりポーヤ・デーという事もあり、「ガル・ヴィハーラ」辺りはかなりの人出です。多くの露店も出て大きな祭りの様相です。外国人ツアー観光客はこの日を避けているのか逆に全くいないのですが、スリランカ人の参拝客・観光客が目白押しです。真っ白のおそろいの服は、参拝用の正装でしょう。重要な遺跡群の入口では警察にチケットを確認されますが、スリランカ人は無料のようです。中国等のアジア各国の多くで廃止される傾向にある外国人価格という習慣が、ここスリランカでは残っていました。
 私も一通り参拝を済ませると、巨岩に登り、「ガル・ヴィハーラ」の巨大な仏像2体をF4号にスケッチしました。涅槃仏は全長14mもあります。その横の7mの立像は、ブッダともアーナンダとも言われているそうです。1時間余り描いていると、人が10数人集まって来て、私の周りを取り巻いてワイワイ言っています。描き終えると、最後まで見ていた熱心な親子に、「どう、あなたも描いてみましょうか。」と声をかけます。現地の人に突然「描かせて下さい。」と言っても大抵は警戒されるか、恥ずかしがって断られるだけです。良いタイミングを見計らって声をかけるというのが、私が旅で身に付けた人を描くテクニックです。
 数人の親は先を争って我が子を描いて欲しいと申し出ました。ここでは3人の可愛らしい女の子をそれぞれSM号に10分ずつ描きました。子供は長時間のポーズに飽きてしまいますから、素早く特徴をとらえます。描き終えると、お礼にあめ玉を一つ二つあげます。インド、インドネシア、カンボジア等のかなり経済的に貧しい地域では、よくチップ(現金)を要求されますが、現在のスリランカは順調に経済発展も進んでいるようで、私が回った範囲では著しく貧困な子供達には出会いませんでしたので、この旅行中にスケッチ代を求められる事はなかったです。10数年前のインド旅行までは、子供達の生活の足しになればと、スケッチしたら少額の現金を渡していたのですが、インドで現地の大人に「子供に現金を渡したら、タバコを買ったりと悪い事に使うので、できたら親や老人に渡して欲しい。」と言われた経験があり、土地土地の事情も考えて行動しないといけないのだと思うようになりました。
 遺跡内では靴を脱いでいるので、巨岩を降りる時に思いっきり岩の出っ張りを踏んでしまい、少しかかとを痛めてしまいました。その後、4~5日間程痛みがありましたので、はだしは注意しないといけませんね。
 次に、「キリ・ヴィハーラ」という大きくて真っ白なダーガバ(仏塔)、巨大な仏像がそびえ立つ「ランカティラカ」を見て、午後2時頃、取材を終えました。
 昼食は昨日と同じ「Dineth レストラン」で、カレーとジュース2本(計350Rs)を食べました。

スリランカ旅行ポロンナルワ 「ティワンカ・ピリマゲ寺院(北院)」

スリランカ旅行ポロンナルワ 「ガル・ヴィハーラ」

 シャワーを浴びて休憩して、夕食はパンと露店で買った大きなドドル(ココナッツミルク、米粉、黒蜜で作った、スリランカのスパイス入り ういろう)を食べました。ドドルはとても甘くてねっとりとしています。
 食料に虫(アリや黒虫)が付かないように、常々部屋の中では、ビニール袋に入れてつるしているのですが、パンを食べた後の袋をよく見てみると、小さな穴が2つあいていました。どうやら黒虫がかじった跡のようです。あの虫は空中につるしている食べ物でも感知するのです。これは防ぎようがないな・・・と思いつつも、ビニール袋を二重にして、なるべく早めに食べ終えるか、リュックサックの中にしまい込む位しか方法はありません。この日の夜も2匹程の中型黒虫と奮戦しました。この宿は安くてオーナーも比較的親切で良いのですが、この黒虫だけは辟易します。お願いですオーナー、大規模な害虫駆除をして下さい。ただ、害虫だと決めつけているのも、人間のエゴなのですが・・・。

 今日は、美しい天人像やスリランカの女の子もスケッチできて美人画家として満足しましたので、明日に備えて早めに眠りにつきました。明日は予期せず「ポロンナルワのペラヘラ祭」に遭遇する事になります。その模様は、また次回といたしましょう。

  日本画家・絵本画家 後藤 仁

テーマ : 旅と絵
ジャンル : 学問・文化・芸術

2016-10-10

スリランカ写生旅行 その7

 「スリランカ写生旅行」12日目、2016年6月17日(金)。スリランカの旅も半ばを過ぎました。早朝、パンとマンゴーを食べると、少々のチップを宿に残し、30分ほど歩いてバス停へ向かい6時30分発のバスに乗り込みました。ポロンナルワには8時30分頃到着(バス代 90Rs)。ガイドブック「地球の歩き方」を参考に、ここでの宿は「サムドラ・ゲストハウス」(一泊素泊まり1000Rs、4泊したので計4000Rs。ホットシャワー・トイレ・ファン付エアコンなし)にしました。この宿はレストランも併設しているので、昼食は宿に頼みました。食堂は小さな中庭に面しており、ゆったりと休める雰囲気です。チキンフライライス(400Rs)を食べました。
 今日はポロンナルワのメイン通りをぶらつこうと思います。メイン通りと言っても、小さな商店や露店が100mほど並んでいるだけの小さな町です。少し大きなスーパーがあったので、自分用の土産を探しました。ゾウの模様のサロン(腰巻き)が面白いので500Rsで購入。日本でサロンをはいて出歩くのは少し勇気がいりそうですが、家の中では使えるでしょう。
 ここで両替の為に銀行に入ろうとすると、入口を警護した警察が「目的は何だ」と言いますので、「マネー・イクスチェンジだ」と言うと中に入れました。銀行内ではライフル銃のような大きな鉄砲を持った警察2人が、ずっと私に目を光らせています。私は入口付近のカウンターで両替をしろと言われて手続きをしていたのですが(奥にある通常のカウンターには入れたくないようです)、その間中、2m先の正面に銃を持った警察が立っていて私を警戒していました。もし私が冗談でも変な行動をとったら、この銃で心臓を射貫かれるのかと想像したらゾッとしました。スリランカの治安は比較的良いように感じるのですが、よほど外国人を不安視しているのか、その警戒ぶりは日本人の私からすると異常に思えるほどでした。この先もおいおい後述しますが、何度も警察・警備員の警告を受ける事になるのですが、日本に帰る時まで、その意図は理解できませんでした・・・。
 そんな事がありながらも、のんびりとした町の様子を楽しみながら、宿に戻りました。夕食は宿に「カレー」と「カード(水牛ヨーグルト)」を頼みました(550Rs)。予約した時間より1時間以上遅れて用意ができましたが、なかなか立派で美味しい料理でした。ただ、時間が遅れると後の取材に支障が出る場合があるので、次からは外のレストランで食べる事にしました。明日は朝から本格的にポロンナルワの遺跡を取材せねばならず、今から気合が入っているのです。
 夜になり部屋で休んでいると、あの私の嫌いな黒く光る虫が出ました。「初日から出て来たな~」と嫌な予感がしましたが、この後もこの宿での黒虫との格闘が続く事になるのでした・・・。

スリランカ旅行「サムドラ・ゲストハウス」 カレー、カード(水牛ヨーグルト)(計550Rs) スリランカ・カレーは美味しくて、中庭の緑が心地良いです。

 「スリランカ写生旅行」13日目、2016年6月18日(土)。(ちなみに、6月18日は私の48歳の誕生日ですが、スリランカで誕生日を迎えるとは不思議な感じです。)今日から3日間、ポロンナルワの世界遺産巡りです。宿の一日200Rsのレンタルサイクル(貸自転車)を3日間借りました。
 宿で朝食のパンとバナナを食べていると、日本で見た事もないような巨大で肥えた黒虫(日本にはいない種類)が出現し、追いかけましたが逃げられました。7時前に宿を出発して、公園を散策し野良ウシを見ながら「ポロンナルワ博物館」のチケット売場が開くのを待ちます。もっと早朝から取材したいのですが、チケット売場が7時30分からしか開かないので仕方ありません。チケット(遺跡入場券)は一日3550Rsでしたが、その時のレートで多少変動します(25米ドルは固定価格)。
 まずは「宮殿跡」を拝見。石造りの巨大な宮殿の残骸が立っています。ここを縄張りとする犬がしきりに吠えて来るのは厄介でした。次に最も中心的な遺跡群「クワドラングル」に向かいます。ここには、「ワタダーゲ」「ハタダーゲ」「アタダーゲ」「トゥーパーラーマ」等の11もの重要な建造物が集まっています。中でも「ワタダーゲ」が最も魅力的な形態をしているので、ここに標的を定めるとF4号のスケッチブックに写生しました。この日も極めて暑い日でしたが、曲線の美しさをとらえるのに時間を要しながら2時間30分位描きました。今回の旅では一番時間がかかりました。スケッチをしているとスリランカの人々が集まって来て、絵を見ながらワイワイと言い合っています。私はこんな状態にも慣れており、どんなに人が集まって来ても平気です。次に、「ワタダーゲ」のムーンストーン(寺院入口の半円形の石板、ポロンナルワではゾウ・ウマ・トリの3種類の動物が彫られている)を、SM号に30分位スケッチしました。
 スリランカにおいては、寺院(寺院遺跡)内では帽子をとり靴を脱がないといけません(タイ王国等の東南アジア圏の上座部仏教寺院ではよくある規則です)。ブッダを崇める敬虔な心から発せられた大切な決まり事なのですが、熱中症対策の決め手である帽子が全く役に立たないのは絵描きにはきつい所です。寺院付近では帽子を被れないので、酷暑の中、自転車の移動時以外、ほぼ一日中帽子を脱いだままです。
 「ハタダーゲ(仏歯寺跡)」の内部で写真を撮っていると、派手な衣装をしたチャラチャラした若者がしきりに私に何か言いながら絡んで来ます。ややこしい若者だなと思っていたのですが、後で思い返すとどうやら「ハタダーゲ」は遺跡とはいえスリランカ人が最も崇める仏歯寺の跡地なので、内部は撮影禁止のようなのです。どこにもそんな注意書きは見当たらなかったので気付かなかったのですが、現地人には当然の事なのでしょう。あのチャラい若者も実は敬虔な仏教徒なのでしょうね。
 「クワドラングル」内を計5時間位観察した後、「シヴァ・デーワ―ラヤNo.1(ヒンズー教寺院)」「集会場・閣議場」「沐浴場」を巡ります。「沐浴場」の向こうの小川では、現代のスリランカ人が本当に水浴びしているのが面白いです。今でもアジア圏では、川でお風呂を済ませる人も多いのです。「沐浴場」でコブラの見世物をしている大道芸人がいるので写真を撮ったらチップを要求されましたが、これも彼らの立派な仕事なので快く渡しましょう。その後、「ポロンナルワ博物館」を見学し、博物館裏の「Island Park」の遺跡を回りました。

スリランカ旅行ポロンナルワ クワドラングル「ワタダーゲ」

スリランカ旅行「ワタダーゲ」のムーンストーン

 午後3時頃になり、かなり疲労し、お腹もすいて来ましたので、この辺りで今日の取材は終わりにしました。メイン通りの大衆食堂「Dineth レストラン」でカレー、ジュース、ヨーグルト(330Rs)を食べました。ここのカレーは安いですが、なかなか美味しいです。パン類も売っているので購入し、宿で一休み。夕食はさっきの食堂で買った、エラワル・ロティ(カレー風味の野菜をクレープ状のゴーダンバ・ロティで包んだ軽食)とパンとバナナで済ませました。明日はポーヤ・デーという満月を祝うスリランカの祝日なので人出も多そうです。この日の夜も中型の黒虫数匹と格闘し、暑さにうなされながらも早めに眠りにつきました。

スリランカ旅行「Dineth レストラン」 カレー、ジュース、ヨーグルト(330Rs) 安いですがとても美味しい大衆食堂です。

 この後、2日間はポロンナルワ遺跡探訪の続きですが、その様子は次回といたしましょう・・・。

  日本画家・絵本画家 後藤 仁
 
 

テーマ : 旅と絵
ジャンル : 学問・文化・芸術

2016-09-22

スリランカ写生旅行 その6

 「スリランカ写生旅行」の10日目、2016年6月15日(水)。朝起きて朝食のパンを軽く食べると、少々のチップを置いて、宿を出ました。この小さなホテル「フラワー・イン」のおかみさんは親切で、部屋も素敵で、良い宿でした。
 遠くに見える朝焼けのシーギリヤ・ロックに別れを告げていると、野犬が足にからみついて来ます。シーギリヤ村へ向かう途中でバスがやって来ました。7時20分頃乗り込み、8時10分頃、ダンブッラに到着しました(バス代 40Rs)。
 ダンブッラのバスターミナルから歩いて行くと、巨大な野菜マーケットがあります。朝の市場は活気付いています。なじみの野菜や珍しい南国の果物等がトラックに積まれて行きます。更に500m程進むと、今日の宿「ヒーリー・ツーリスト・イン」に着きました。1泊2000Rsでしたが、2泊すると3600Rsにまけてくれました。部屋はホットシャワー・トイレ・ファン付で申し分ないです。
 宿で一息つくと、歩いて800m程の所にあるダンブッラ石窟寺院に向かいます。日本ではまだほとんど知られていませんが、ここには素晴らしい壁画があるというので、楽しみにしていました。寺院の入口に超巨大な金色の大仏(ゴールデン・ブッダ)が鎮座しています。最新のガイドブック「地球の歩き方」では遺跡入場料1500Rsと書いてありましたが、現在は無料になっていましたので、そのまま石窟寺院まで階段を登ります。階段の途中に、たくさんのトクモンキー(頭がカッパのようなサル)の親子が群れていました。
 ユネスコの世界文化遺産にも登録されている石窟寺院は、私の想像以上に大規模で素晴らしい壁画群に覆われていました。第1窟から第5窟まであり、時代と規模がそれぞれ異なっているので、窟ごとに少しずつ違った雰囲気を味わえます。内部には多数の仏像が安置され、壁面にはびっしりと仏画が描かれています。ジャータカ物語(釈迦前世譚)やスリランカの歴史譚が主なテーマのようです。私が今まで見たアジアの壁画の中では、2004年のインド取材旅行でアジャンター石窟寺院に訪れましたが、その完璧なる美の極致「蓮華手菩薩像」等の崇高な壁画群に次ぐ規模と品質です。(私は残念ながら、いまだに中国の敦煌莫高窟を見れていません。近い将来必ず訪れようと考えています。)インドの壁画の影響を濃厚に受けているようで、かなりの類似点が認められますが、スリランカの仏像表現はずっと素朴で柔和な表情をしています。
 あまりに素晴らしい壁画群に目を奪われて、息も継がずに何時間も見とれていました。この日はとりあえず、目でよく観察して写真だけ撮って、明日本格的にスケッチする事にしました。
 
 遅めの昼食は、「SUNRAY INN RESTAURANT」のカレービュッフェ(600Rs)とトニックジュース(100Rs)を取りました。スリランカカレーはとても美味しいので、何度もおかわりしました。
 シャワーを浴びて、夕食は軽く、野菜マーケットの近くの出店で買ったグァバとパンをいただきました。食べる前に、グァバとマンゴーをSM号スケッチブックに軽くスケッチ。宿の廊下が賑やかなので部屋を出てみると、宿の子供が親と遊んでいました。シビル・ウェッタシンハさんの絵本を何冊か見せてやると喜んでいます。そこで、その5歳位の男の子、ONEL君をモデルにSM号に一枚描きました。
 夜、腕を見ると両ひじの内側10㎝四方 位に、気持ち悪い発疹ができていました。多分、石窟寺院内のコウモリの糞尿か何かのウイルス辺りが原因ではないかと思うのですが、ごく小さい多数のブツブツができて、そのブツブツのてっぺんが全て黒色になっています。日本でこんな発疹が出た事は一度もないのです。海外旅行では謎の病変が出る事がしばしばあるのですが、この症状は初めてです。多少痛かゆいのですが、それ以外は何ともないので、オロナイン軟膏を付けて様子を見ました。その後もなかなか治らず、日本に帰ってからもしばらく跡が残っていました(全治、約3週間)。

スリランカ旅行ダンブッラ石窟寺院 第2窟「マハー・ラージャ・ヴィハーラ」

スリランカ旅行「SUNRAY INN RESTAURANT」 カレービュッフェ(600Rs)、トニックジュース(100Rs)。 ビュッフェスタイルなのでカレーのおかわり自由です。美味しいので、何度もおかわりしました。

 旅行11日目、2016年6月16日(木)。早朝、パンとマンゴーを食べると、6時前にダンブッラ石窟寺院に向かいました。6時には寺院は開いていました。早朝は観光客もいませんので、壁画を改めて丹念に観察します。まずは、ダンブッラ石窟寺院 第3窟「マハー・アルト・ヴィハーラ」の9mの寝仏を、F4号に1時間30分余り写生しました。次に、第2窟「マハー・ラージャ・ヴィハーラ」で、仏塔・仏像・壁画群をF4号に2時間程描きました。最後に、第1窟「デーワ・ラージャ・ヴィハーラ」で14mの巨大寝仏を、SM号に1時間程描きました。スリランカのブッダの足の裏は真っ赤に塗られていて独特です。
 石窟寺院を出ると、入口のゴールデン・ブッダ(黄金大仏)に併設された大仏博物館(200Rs)を見学。結構な疲労を感じて、午後1時頃には宿に戻り、宿の近くの「SUNRAY HOTEL&EXECUTIVES PUB」で昼食を取りました。チキンフライライス(400Rs)、カード(水牛ヨーグルト)(200Rs)、クリームソーダ(100Rs)にサービス料を足して計770Rsです。カードとハニー(Treacle トリックルというヤシ蜜)がなかったようで、わざわざ外まで調達に行ってくれたようです。この辺り、スリランカ人は商売熱心でもあり、親切でもあります。
 素晴らしい壁画を拝見しスケッチでき大満足の私は、夕食のパンを頬張ると、明日の移動に備えて早めに眠りにつきました。

スリランカ旅行ダンブッラ石窟寺院 第1窟「デーワ・ラージャ・ヴィハーラ」 14mの巨大寝仏

 明日は、ポロンナルワに移動します。当初はダンブッラからアヌラーダプラに向かい、その後、ポロンナルワに行く計画を立てていました。しかし、ダンブッラでガイドブックを丁寧に見直していると、最初にポロンナルワを回ってからアヌラーダプラに行った方が、ポロンナルワでの駅までの遠さやコロンボまでの電車本数・移動時間を考えると断然便利な事が判明したのです。この突然の計画変更は、後日、ポロンナルワでの「ペラヘラ祭」との遭遇という奇跡を演出する事となり、私の旅先での強運を示す事になりました。一人での自由旅行には、このように自由にルート・日程変更ができるという利点もあります。
 この続きはまた次回といたしましょう・・・。

  日本画家・絵本画家 後藤 仁

テーマ : 旅と絵
ジャンル : 学問・文化・芸術

プロフィール

後藤 仁(GOTO JIN)

Author:後藤 仁(GOTO JIN)
 ~後藤 仁 公式ブログ1~
日本画家・絵本画家 後藤 仁(GOTO JIN)の日本画制作、絵本原画制作、写生旅行、展覧会などのご案内を日誌につづります。

  〔後藤 仁 略歴〕
1968年兵庫県赤穂市生まれ。15歳、大阪市立工芸高校美術科で日本画を始める。東京藝術大学絵画科日本画専攻卒業、後藤純男先生(恩賜賞受賞者)に師事。在学中より約12年間、旧岩崎邸、入船山記念館、孫文記念館(移情閣)等の金唐革紙(手製高級壁紙)の全復元を行う。卒業以降は日本画家として活動し、中国・インドをはじめ世界各地に取材した「アジアの美人画」をテーマとする作品を描き、国内外で展覧会を開催する。近年は絵本の原画制作に力を入れる。絵本作品に『ながいかみのむすめチャンファメイ』(福音館書店)、『犬になった王子 チベットの民話』(岩波書店)、挿絵作品に『おしゃかさま物語』(佼成出版社)。『犬になった王子 チベットの民話』は、Internationale Jugendbibliothek München ミュンヘン国際児童図書館(ドイツ)の「The White Ravens 2014/ザ・ホワイト・レイブンス 国際推薦児童図書目録2014」に選定される。NHK日曜美術館の取材協力他、テレビ・新聞等への出演・掲載も多い。金唐革紙保存会 主宰。日本児童出版美術家連盟(童美連)(太田大八先生、赤羽末吉先生、いわさきちひろ先生らが創設)会員。絵本学会(太田大八先生らが創設、現会長:松本 猛先生)会員。日本中国文化交流協会(井上 靖先生らが創設)会員。この本だいすきの会(代表:小松崎 進先生)会員。2017年度より東京造形大学、絵本講師に就任。千葉県松戸市在住。

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絵:後藤 仁 /文:君島 久子 /出版社:岩波書店絵本ナビ


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