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2020-09-21

「或る清貧画家の覚醒への断簡」 後藤 仁


 私は制作の合間に時々、フェイスブックやツイッターでつぶやいています。今回はその”まとめ”の続編になります。
 今年(2020年)の1月頃には刊行される予定だった、中国(中華人民共和国)向けの新作絵本『青蛙緑馬』(中国原創絵本清品系列/浙江少年児童出版社, 伝世活字国際文化メディア・小活字/文 唐 亜明、画 後藤 仁)の発売は、新型コロナウイルスの影響で、残念ながら、まだ延期されたままです。しかし、続く新作絵本(題名等は、発売決定後に発表)の原画制作は、昨年末から着実に丁寧に進めています。その絵本は、史実に基づいた伝承民話を原話とした、一人の美しく高貴な女性をめぐる壮大な史劇絵本になります。原画の完成は11月末頃を予定しており、現在、表紙・後ろ扉と最終局面2場面の作画に、全身全霊、打ち込んでいるところです。
 覚醒・・・・!?。昨年までの雑務の多忙さ、災害の頻発・新型コロナウイルスの影響 等で気分も沈み気味でしたが、ここに来て、いよいよ気合が乗って参りました~。今後の日中の経済活動交流の再開状況次第ですが、中国での、2冊、ほぼ同時発売になるかも知れません。順調にいけば、その後、日本での翻訳出版も計画されています。いずれも、誠に素敵な絵本になりそうですよ~。乞うご期待!! ヽ(^o^)丿
 絵師(日本画家・絵本画家) 後藤 仁

絵本『青蛙緑馬』表紙絵本「青蛙緑馬」(浙江少年児童出版社, 伝世活字国際文化メディア・小活字)

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2020年8月14日

Real Sound|リアルサウンド
『風の谷のナウシカ』に表れる宮崎駿の“矛盾”とは? 『ミヤザキワールド』と『ナウシカ考』、2冊の書籍から考察
 〔『風の谷のナウシカ』の原型の1つと言われる絵物語『シュナの旅』は、チベット民話『犬になった王子』をベースにした作品だ。・・・(中略)・・・『犬になった王子』の原典には王子が旅をした方角は正確には記されていない・・・(後略)。〈ナウシカ考〉〕 

 とこの記事には記載されていますが、この件には私もかなり前に気が付いていて、私の個展『饗宴Ⅱ~後藤 仁 日本画と絵本原画の世界~』ギャラリートーク(2014年9月13日 ギャラリーアートサロン、千葉市)でも、その事に触れています。アニメーター・宮崎 駿さんの内面世界を垣間見れる、とても興味深い事案です。
 
○Real Sound|リアルサウンド
『風の谷のナウシカ』に表れる宮崎 駿の“矛盾”とは? 『ミヤザキワールド』と『ナウシカ考』、2冊の書籍から考察
https://realsound.jp/book/2020/03/post-518026.html

○YouTube
「饗宴Ⅱ 後藤 仁 ギャラリートーク01」(2014.9.13 ギャラリーアートサロン、千葉市)




絵本「犬になった王子 チベットの民話」絵本「犬になった王子 チベットの民話」(岩波書店)

★岩波書店 公式サイト ─ 絵本『犬になった王子 チベットの民話』
https://www.iwanami.co.jp/book/b254895.html


8月21日

 中国向けの新作絵本制作は、本日、「第13場面」の描き起こし・彩色を進め、およそ6~7割の進捗状況です。良い感じです。
 墨による描き起こしは、1mmの10分の1以下の極細の線で描くので、極めて疲れます~。目も疲労で、ぼやけてしまいます~~。 <(@_@)>
 「表紙」は昨日までに、彩色を1割位進めています。まだまだ、これからが本番です。
 私のアトリエにはエアコンがないので、となりの休憩室のエアコンから導くしかありません。それでも、とても暑くて、汗がダラダラでます。貧乏画家故、やむを得ませんが、古来、本当に優れた画家は、案外、生涯、貧困にあえいだ人が多いと言います。芸術と商売は、必ずしも一致するとは限らないのです。
 これもまた、仙境に遊ぶ自由画人の姿として、優雅なものではなかろうか~。
(しかし、仕事部屋とエアコンが一つあるだけでも、十分なのです。戦時中や貧困な国の子ども達を想うと、私など十二分に贅沢をしているのです。)


8月25日

 日本における絵本検索No.1サイト「絵本ナビ Ehon Navi」に、「著者詳細情報・後藤 仁」のページができました。是非ご覧ください。(^o^)丿
https://www.ehonnavi.net/author.asp?n=29317


8月27日

宫崎骏《修拉之旅》:王子寻找种子之旅
https://www.bilibili.com/read/cv589036/

 中国系サイトで、絵物語「シュナの旅」(宮崎 駿/徳間文庫)が掲載されていました(多分、掲載許諾は取っていないでしょうから、著作権的には問題があると思います)。
 中国でも「シュナの旅」の翻訳本が出版されたのでしょうかね? この翻訳版の”あとがき”には、「犬になった王子」が「阿初王子与青稞的故事」と訳されて、記載されています。
 チベット民話「犬になった王子」は、私の作画絵本『犬になった王子 チベットの民話』(岩波書店)の原話でもあります(文章は同じ、君島久子先生による)。
 このせいでしょうが、最近、中国系サイトに、「犬になった王子(青稞种子的来历 ─ 阿初王子)」に関する記載が、とみに増えています。
 私の作画絵本『犬になった王子 チベットの民話』(岩波書店)の、中国での翻訳出版の計画が進んでいますので、その日を楽しみにしております。

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 中国向けの新作絵本制作は、数日かけて、「第13場面」の描き起こし・彩色を進め、およそ7割強の進み具合です。
 昨日は集中しきれず、危うく彩色の一部分を失敗しそうになりましたが、今日で何とか回復。副主人公の男性を、ほぼ描き起こしました。主人公の美しい貴婦人の容姿も、だんだん見えてきました~。素晴らしい~~。  ヽ(@_@)丿
 墨線描きには極細の面相筆を使うのですが、2~3枚描くと、命毛がすり減り、一番の細部(顔・毛描き)を描く用途には使えなくなります。墨線描きでは、手がわずかでも震えたらお終いですので、極めて集中力を要し、大いに神経をすり減らします。目と胃が飛び出そうになります~。しかし、良い線が描けたら幸せです~~。  ヽ(^o^)丿


8月28日

 中国向けの新作絵本制作は、本日、「第13場面」の彩色を進め、およそ8割弱の完成度です。良い感じで進んでいます~。
 現在は編集責任者も、中国との往来ができないので、中国向け絵本の出版も遅れるばかりです。そこで、むやみに急いでも仕方ないので、完成予定を2カ月近く伸ばし、11月末に見定め、更にじっくりと丁寧に描く事にしました。ここからは「表紙」や結びの場面なので、ことさら集中力と時間を要すのです。
        ○
 しかしながら、未だにフェイスブック等のネット環境には慣れません(一生、慣れる気もないのですが・・・)。前に、フェイスブック グループで何かとうるさく細かく規則の忠告をする人がいるので、ほぼ全てのフェイスブック グループから退会しました。その後、勝手にグループに招待して入会させる人がいるので、仕方なしに、また稀に少し書き込んだら、また、規則をうるさく言う管理者なる人がいます。私はダイレクト メッセージ等もあまりマメに確認しないので、ずっと前に忠告を書き込まれて未読のままでいたりします。
 私はフェイスブック・ツイッター等のSNSを、本質的にはほとんど重要視していなくて、「ファン等で私の作品に関心がある人は、自由に読み流して下さい・・・」位の軽いツールなのです。そこで盛んにコミュニケーションを図ろうという意図もなく、実際にお会いして尊敬・信頼できる人にしか、まともに返事もしません。私の関心事は「芸術・美術」関係に限られるので、それ以外の内容は全く見る暇もないのです。
 かつて、気ままに書き連ねた内容に、メッセージで異論を唱える年長画家もいましたが、それは見当違いです。根本的に人権を差別・侮蔑する発言等は問題でしょうが、言論の自由内で思い・思考を自由に発言する権利を人は有しています。もし、余程、他人を傷つけている等の大きな問題があるのなら、実際にお会いした時にでも、直接、耳打ちして下されば良いのです。私は常人ではない絵描きバカなので、一般的な常識が分からないのです。
 ただ、時代の流れには逆らえず、否応なしに、SNSを使うしかない時代なのですよ。ただ何かと面倒なので、その内、頃合いを見て、公式サイト・ブログ以外は止めようとは思っています・・・。


8月29日

日本教育新聞 「子どもに読ませたい本・ながいかみのむすめチャンファメイ
https://www.kyoiku-press.com/post-173877/

 私の作画絵本『ながいかみのむすめチャンファメイ』(福音館書店こどものとも)が、おすすめ絵本として、ここでも紹介されています。
 多くのチャンファメイ ファンの方々から、再版・ハードカバー化のご要望をいただいています。このコロナ時代にも大切にしたい、とても素晴らしい物語です。早く日本から中国から世界中で、ハードカバー版が出版される事を願っています。

絵本「ながいかみのむすめチャンファメイ」絵本「ながいかみのむすめチャンファメイ」(福音館書店こどものとも)


8月30日

 公益財団法人 伊藤忠記念財団の公式サイトのトップページにて、私の作画絵本『犬になった王子 チベットの民話』(岩波書店)が、名作絵本「はらぺこあおむし」「だいくとおにろく」「こぐまちゃん」等と共に紹介されています(随時更新しているようなので、今しばらくだけかも知れません?)。スクロールして、絵本の紹介画面をご覧ください。

https://www.itc-zaidan.or.jp/
https://www.itc-zaidan.or.jp/summary/ebook/waiwai/detail/155


8月31日

JICA 独立行政法人 国際協力機構
 「世界を知るための絵本や図書のリスト」
https://www.jica.go.jp/tsukuba/library/
https://www.jica.go.jp/tsukuba/library/ku57pq000005itnk-att/document_05.pdf

 このリストでも、私の作画絵本『ながいかみのむすめチャンファメイ』(福音館書店こどものとも)が挙げられています。海外(異国)の文化を知る事は、日本の文化を知る事にもつながります。お子さん・お孫さんには、軽々しい流行物絵本を読ませるのではなく、本当に情操上の為になる、良い絵本を読ませてあげて下さい。

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 國立臺灣美術館など、海外の多くの図書館にも、私の作画絵本『ながいかみのむすめチャンファメイ』(福音館書店こどものとも)『犬になった王子 チベットの民話』(岩波書店)は所蔵されています。世界中の子ども達に読んでもらいたい、感動的物語絵本です~。

國立臺灣美術館─兒童繪本區107年11月新書單
https://www.ntmofa.gov.tw/information_1061_94357.html
國立臺灣美術館─兒童繪本區107年9月新書單
https://www.ntmofa.gov.tw/information_1061_88542.html


9月1日

 中国向けの新作絵本制作は、本日、「第13場面」の彩色を進め、9割程まで追い込みました。後半、墨線が流麗に伸び、神憑ってきました~。これこそ正に、画神降臨です~ !! 。
 玉の如く美しい貴婦人の姿態が、ここに現出しています。あと少し、描き起こして・彩色して、完成というところでしょう。
 「第1場面」の女性像に比べて、少し大人びた感じになりましたが、「第1場面」はやや幼い頃で、「第13場面」は妙齢に達した・・・という風に解釈していただけると幸いです。


9月2日

 中国向けの新作絵本制作は、本日、「第13場面」の細部を描きつめ、完成まであと一息 !!。あとは、金泥(きんでい/純金の粉末)を入れ、細部を調整すると完了というところです~。
 「第13場面」に合わせて、「第11場面」のヒロインの目の辺りの細部を、再度、描きつめました。更に、ぐっと良くなりました。 ヽ(^o^)丿
 描き始めは、なかなか良い線が出ないのですが、後半、調子が徐々に上がってきます。正に、画神降臨~~。
 美人画の最後のつめは、極めて神経を使うので、気がおかしくなりそうになります。しかし、天女、あるいは、観音菩薩かと見まごう、気品のある美人像が描けました。良かったね~!!!


9月4日

 中国向けの新作絵本制作は、本日、「第13場面」の金泥をさし、完成まで、もう一息です~。あと1~2日もあれば、できるかな~。('ω')ノ
 純金泥(純金の粉末)には、他の絵の具とは異なる特殊な取扱い方法があり、また、とても高価で(安い時でも、0.4gで5000円近くします)、絵本の原画に使用する画家はほぼいないと思います。コストパフォーマンス的には最悪です。本来は、高額で原画が取引される「日本画」だからこそ、使用可能なのです。
 しかし私は、これから長く、長く、生きる、子ども達に向けて描く「絵本」であるから、なおのこと、”本物の絵の具”で、より”本物の描写”を見せてやりたいのです。たとえ、印刷再現の限界があろうとも、いいのです。その違いが分かるか否かではなく、たとえ見極めができなくとも、”本物の絵”を見ていただきたいのです。
 そんな絵本で育った子ども達には、たとえ記憶になくとも、心の奥底には、豊かな”感性”とたくましい”信念”が宿るのだと、私は信じています。それが本当の絵描きの使命なのです。
 もっともっと芸術の高みを目指して、誠心誠意、粉骨砕身、良い絵を描かなければなりませんね・・・。


9月5日

 拙作絵本『犬になった王子 チベットの民話』(岩波書店)の売れ行きが、このコロナ禍にも関わらず、むしろ結構、好調なようです。重版出来~大増刷とはいきませんが、少増刷の知らせが岩波書店から来ました。
 本当に良い「絵本」が世の中に認知されるのには、意外と時間がかかるものなのです・・・。むしろ、いい加減にも見える描写技術の、流行的で軽々な絵本がやたらと売れる、変なご時世です  ( ;∀;) 。
 しかしながら、この絵本の印税たるや、私が「チベット・四川省 写生旅行」に赴いた予算までも届いていません(チベットは特殊な地域ゆえに、旅費がとても高くつくのです)。ビジネス的に見ると、完全な赤字です。
 それでも良い。・・・そうなのです、本当に良い作品を描く為には、コストパフォーマンス等を想定せず、ただひたすら良い作品を描く為だけに動くのが、後藤 仁たる所以なのです。そんな絵描きバカがいないと、世の中、軽薄な作品ばかりで埋め尽くされてしまいます。そして、一番かわいそうなのは、そんな似非美術で育つ子ども達なのですよ~。( ゚Д゚)丿 

★岩波書店 公式サイト ─ 絵本『犬になった王子 チベットの民話』
https://www.iwanami.co.jp/book/b254895.html

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 エキサイトニュースに、こんな「後藤 仁」ページがありました。芸術家の他にも、多くの人物を、よくまとめていますが、結構、古い情報に基づいているようですね・・・。

https://www.excite.co.jp/news/dictionary/person/UDAR10380245/


9月6日

豊橋創造大学短期大学部 研究紀要 37号
「保育系学生が読む昔話・民話・神話2」青嶋由美子
http://www.sozo.ac.jp/slic/kiyo/
http://www2.sozo.ac.jp/pdf/kiyou37/contents/37-1Aoshima.pdf

 この紀要には、私の作画絵本『犬になった王子 チベットの民話』(岩波書店)も紹介されています。定番の昔話・民話絵本に比べたら、まだまだ認知度は低いようですが、少しずつ教育機関等でも取り扱われる機会が増えています。

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★『絵本BOOKEND2019』(絵本学会/朔北社) 
 「作家の証言」後藤 仁 掲載、好評発売中!!


『絵本BOOKEND 2019』
  編集/絵本学会機関誌編集委員会
  発行/絵本学会 発売/朔北社
  B5判・並製・100頁 (本体1200円+税)
  ISBN978-4-86085-135-4 (2019.8)

 『絵本BOOKEND』の主要企画コーナー【作家の証言】第3回に、後藤 仁 特集「古里・赤穂の思い出、そして日本画家・絵本画家へと至る路」を掲載しています。
 「作家の証言」は、第1回:国際的絵本作家、スタシス・エイドリゲーヴィチュスさん、第2回:文化功労者でもある日本を代表する絵本作家、安野光雅さんに続いて、おこがましい事に力不足ながら、第3回:私(後藤 仁)が務めています。絵本制作以外にも美術(日本画・金唐革紙)の専門的な話まで詳細に記しています。
 続く、第4回は私が実際にお会いした絵本作家の中で、画力(デッサン力)と絵本理論の面で最も尊敬できる画家であり、東京藝術大学の大先輩でもある、いわむらかずお さん です。合わせて、ぜひお近くの書店で手に取ってご覧下さい。

『絵本BOOKEND2019』 後藤 仁
http://www.sakuhokusha.co.jp/book/bookend2019.html
https://ehongakkai.com/publish/16.html

『絵本BOOKEND2018』 安野光雅
http://www.sakuhokusha.co.jp/book/bookend2018.html
『絵本BOOKEND2020』 いわむらかずお
https://ehongakkai.com/publish/17.html


9月7日

 今朝、”戦争”の夢を見た。私の夢は概してリアルであるが、今回もまた、極めて真実味があった。まるで本当に戦場に迷い込んだかのようである・・・。
 最初は、子供の頃の思い出的な、無邪気に皆で野球をしているような曖昧な光景だったが、途中から戦場の場面になり、リアルさが増し、ストーリーのつじつまが合ってきた。
 大きな川の流れる峡谷を挟んで対峙する、二つの部隊があるようで、私は手前の岸辺の上部で、何故か戦場のビデオ撮影をしていた。私は戦争を見物する、学生的な設定らしい。峡谷の下の方では、アジア系と思われる兵士達が川を挟んで、大勢で戦っていた。どうやら、朝鮮人か中国人的な設定であろうか、日本人ではないらしい。私は元々、兵器などあまり詳しくはないが、結構リアルな兵器が用いられている。下の方では、流血し倒れている兵士もいる。旧式の戦闘機が頭上を飛び交い、私はそれらにビデオを向けて、ひたすら撮影する。
 現代の光景とも思えない、少し古い時代の描写であろう。朝鮮戦争辺りなのか・・・。下で大砲が放たれると、私のお腹にまで響く。それはそれはリアルな感覚である。今でも、その感覚が残っている。
 少し下の崖にいる、一人の兵士が振り向いて、後ろ上部にいる私に銃口を向けた。その真剣な眼差しと、目が合う。少しの間、そのままの状態が続いたが、兵士は、再び銃口を対岸に向けた。ホッとする・・・。
 その直後、目が覚めた私は、右手がやけにしびれていたが、すぐにまた眠りについた。その他にもリアルな描写が長く続いたのだが、今は詳しくは思い出せない・・・。しかし、時代と場所を違えて、実際の戦争に迷い込んだかのような、あまりに現実的な夢であった。最近、終戦75年という事で、NHKで戦争記録の番組を幾つか観たので、その影響であろうか。はたまた最近ハマって観ていた中国ドラマ「麗王別姫」の影響であろうか~。私は元来、戦争・いくさは嫌いで、嗜好してそれらを見る事はない。また、戦争ゲーム等もやった事すらない。それなのに、こんなにリアルな夢を見た。何か悪い出来事の啓示であろうか?。はたまた、実際に時空を超えて、昔の戦争に迷い込んだのであろうか?。
 それにしても、世の中が永久に、平和である事を祈りたい・・・。


9月8日

朝学習の読み聞かせ - かほく市立大海小学校CMSサイト
https://cms1.ishikawa-c.ed.jp/oomixe/blogs/blog_entries/view/74/02355bcbc3698e54b7ff292decbda2cf?frame_id=84 

 私の作画絵本『犬になった王子 チベットの民話』(岩波書店)を、学校の読み聞かせにて、ご活用いただき誠に有難うございます。今後とも拙作絵本をお楽しみ下さい。

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 中国向けの新作絵本制作は、本日、「第13場面」が完成しました。様々な作画がある中でも、美人像を本当に美人に描くのは最も大変な事です。今回もかなり苦心しましたが、とても美しい美人像が描けておおよそ満足です。
 今日から、「第14・15場面」の下図に取り掛かりました。いよいよ大詰めですが、この2場面も複雑で難しい描写が求められます。最後まで気が抜けませんね・・・。(@_@)
             
 絵描きは絵描きのやるべき事だけをせねばなりません。画商や催事企画者などの真似事をしている、時間的・精神的ゆとりは全くないのです。たとえその行動が、人としては良い行いであっても、画家がやるべき事と、そうでない余計事があるのです。そのような本業から外れた企画ばかりに気が向いている画家を、人としては奇特な人だと思えても、画家の行動としては認める事はできません。多分、そのような人は、本質的な画家なのではなくて、とにかく次々と企画を起こしては、自己アピールをしたいのでしょうか・・・?。
 一生、愚直に、自身の”絵”に向き合う画家が、本当の画家であると信じています。たとえ人として偏っていようと、極論を言えば(犯罪を決して肯定はしませんが)カラヴァッジオみたいに殺人を犯そうと、芸術家・画家としての高みがあれば、芸術家・画家としては信じられるのです。それは一般常識を超えた世界でしょうが、そんな倒錯世界でも、”絵”だけを追及できる人こそが、本当の絵描きと言えるのです。


9月13日

 珍しいですが、韓国の通販サイトに、私の作画絵本『犬になった王子 チベットの民話』(岩波書店)を見付けました。
 ネット社会は難しい面も多々あり、アナログ人間の私では完全には馴染めないのですが、国境・物理的距離を越えるという点では有用なツールです。
https://www.aladin.co.kr/shop/wproduct.aspx?itemid=33329443


9月15日

 中国向けの新作絵本制作は、この数日間、「第14・15場面」の下図を描き進めています。「第14場面」には、雄大な風景の中に、人物が100人以上、登場します。またまた、この場面の日本画での描写は、相当大変になる事でしょう。数を減らした方が、当然、早く描け楽なのですが、今回の歴史物語の壮大さを表現するには、やはり、大勢の人々・建造物 等を正確に丁寧に描くしかないのです。その労力を厭うならば、最高の作品など描けないのです。
 続く「第15場面」にも多くの人が登場します。この2枚は、「後ろ扉」を除いての最終場面になるので、最後の気力を振り絞り、2カ月余りかけて「表紙」と共に描きつくしたいと思います~。この2場面には、後藤 仁 絵本ファン(そんな人いるのかな?)が泣いて喜ぶと言う、懐かしのキャラクターが沢山隠れていますよ~~。('ω')ノ
 果たして、できるのでしょうか・・・、否、やらねばならないのです。拙作絵本を楽しみにしてくれている、中国~日本、そして世界中の子ども達・青年達・大人達のためにも、全身全霊を傾け、描き切らねばならないのです。それが、本当の絵描きがやるべき、唯一の大切な事なのですから・・・。


9月18日

 中国向けの新作絵本制作は、本日、「表紙」の彩色を進めると共に、「第15場面」の骨描き(こつがき)を仕上げ、「第14場面」と合わせて、胡粉と黄土の下地を2回ずつ塗りました。私の作品制作においては、この下地造りを、古式にのっとり丁寧に行います。現代の日本画家は胡粉塗り等をいい加減にして、厚塗りでごまかしたような作風が増えましたが、幾つかの理由で、この工程はとても重要なのです。
 「第15場面」には、チベットの空の下で出会った、懐かしの善男善女・生命たちが、多数描き込まれました。素敵すぎます~。 ヽ( ;∀;)/
 気合・気力も最高潮に乗ってきました~。誠に美しく麗しく、素敵な絵本になりそうですね。ヒャッホーー ヽ(^o^)丿~~


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テーマ : 文明・文化&思想
ジャンル : 学問・文化・芸術

2020-09-11

日本画から絵本へ、そして日本画(絵師)へ 後藤 仁

 私は物心がついた頃には、絵を描くのが好きでした。小学校~高校の頃には、運動の好きな わんぱく少年の反面、いつでも、鉛筆や水彩やアクリルで空想画を描いている、絵画少年でした。私が「日本画」に出会ったのは、15歳・美術高校(大阪市立工芸高等学校 美術科)1年生の時です。高校2年生からは日本画を専攻しました。大和絵・唐絵から続く1000年を超える日本画の歴史の素晴らしさと、日本画の画材の面白さ・多様性・多彩性に魅了されたからです。近親者には、日本画を描く者や深く知る者はいなかったので、日本画壇の現状を知る由もなかったのです。
 高校卒業後、単身上京し、美術予備校(立川美術学院 日本画科/村上 隆さんらにデッサン・着彩を教わる)に進みました。本来、私は、大学進学など全く関心がなかったのです(中学か高校卒業後、すぐに画家か美術系職人になりたいと考えていました)。ところが、東京藝術大学の卒業生には、私の憧れる日本画家が沢山いましたので、ここなら行く価値くらいはあるだろうと思ったのです。横山大観・菱田春草~東山魁夷・平山郁夫まで、そうそうたる日本画家達です。当時、NHK「シルクロード」等の影響もあり、中国伝統文化への傾倒を高めていたので、藝大の平山郁夫先生の教室でシルクロード美術を研究してみたいという、純粋な思いがありました。
 しかし実際に、東京藝術大学 美術学部絵画科 日本画専攻に入学してみると、期待していた雰囲気とは異なっていました。無類に絵の好きな者達が、日夜、画道のみに邁進する光景を予想していたのです。実際には、朝早くから絵を描いている人はほんの僅かで、あまり学校に来ない人もいて、「絵なんて子供の頃は好きではなかった・・・。」「芸祭が終わると、絵を描くだけでつまらない・・・。」などという話ばかりが聞こえ、「大学院に行くにはどうすればよいか、どの先生に付けば得策か、どうしたら将来、出世できるか・・・」などという噂話でもちきりでした。
 藝大日本画専攻のそのような低レベルな雰囲気に幻滅した私は、学校を辞めたいと思い、しかし新聞奨学生をしながら苦労して入学した藝大ですので踏ん切りも付かず、2年余り学校に行かずに自己研究をしながら日本国内を放浪していました。そんな青春期も過ぎゆき、常に勤労学生の貧乏書生でしたが、親からの仕送りもいただいていた私は、親不孝も甚だしいという事で、やむなく藝大に戻りました。そこで3年生から後藤純男先生の担任になり、後藤先生の”絵”に対する真摯で純粋な姿勢に感銘し、藝大の残り2年間を何とか在籍できました。その他の先生・先輩・同級生からは、残念ながら、本当に”絵”が好きだという情念はあまり感じ取れず、絵によって偉くなるとか、お金持ちになる事の重要性ばかりが目に付きました。
 あの時、後藤純男先生にお会いしていなかったら、心底、日本画壇が嫌になっていたでしょうね・・・。2年留年という汚名を着せられましたが、何とか学部卒業だけはしました。藝大生はいくら頑張っても良い絵を描いても、留年している人は大学院には行けません。平山郁夫先生の教室、又は、後藤純男先生の教室で学ぶという夢は潰えました。その学生時代のたった2年間の弊害で、私は未だに日本画界では、20年以上も出世からの遅れを取っています(私は名目的出世を良しとしません、野の草のように踏まれて踏まれて、厳しき画道を行く方が、画家にとって良いと思っているので、これでいいのです)。

後藤純男先生「後藤純男先生 東京藝大退官記念展」(東京藝術大学資料館) 1996年10月7日 日本画家・後藤純男先生と

 しかしながら、その後も、日本画壇への漠然とした不信感は続き、特に日本画三大団体(院展・日展・創画会)の近年の強固な権威性・保守性・閉鎖性・低質化・没個性化には辟易しており、私は院展同人理事の後藤純男先生門下ながら、大学卒業後には日本画団体とは一定の距離を置いてきました。
 バブル経済崩壊後、日本画壇も低迷が続き、昔ほどの輝きを失い、日展~創画会~院展の順で、著しく勢いが陰ってきました。生来の芸術家肌の作家が徐々に減り、各団体は派閥を大きくするために、アマチュア画家から引っ張ってくる傾向が強まり、総素人化の様相を呈しています。日展はバブル経済崩壊前から、いち早く、絵画的実力・中央での人気が廃れましたが、未だに日本の地方では一番高等だと信じられていますね・・・、フフフッ。いずれの団体も、本当に優れた画家がどんどん減り、権力・富ばかりを欲する似非画家が増えました。逆に無所属日本画家の中には、少ないながらも、優れた画家が微増傾向にあります。今は、「どこの団体に所属しているか」という時代ではなく、個々の作家の”ブランド力(作家の名前と作品自体)”が重要なのです。
 各団体は、そのような苦境にありながらも、それを見て見ぬふりをし、または気が付きもせず、改善する努力を怠り、師匠・先輩の絵を模倣し続け、そのような悪環境下で、過去の下田義寛先生の盗作事件や今回の宮廻正明先生の盗作事件という、あってはならない嘆かわしき事件まで起こす始末です・・・・。

 一部の財テク的絵画コレクターの為に売り絵を描かざるを得ない「日本画」のあり方にも、最初から疑問を持っていましたが、近年、更に、そのような日本画界の停滞ぶりをまざまざと見せつけられ、ますます疑問は増しました。また、私自身は比較的小品の「物語絵・絵巻物」に関心があれど、超大作・非情緒性を良しとする現代日本画壇では発表の機会・場所もなく、煮え切らない心持ちでいました。
 そんな折、2004年と2007年の「個展」の時、日本を代表する絵本出版社・福音館書店の編集者から声をかけていただきました。「絵本に関心はありますか? 描いてみる気はありませんか?」と。私は幼少期には絵本を好んで読みふけり、絵画への興味の萌芽を抱いた事を思い出しました。私は「絵本」という印刷媒体(出版美術)の是非よりも、「物語絵」を描きたいという一点において、大きな興味を持ちました。「ぐりとぐら」「モチモチの木」「おおきなかぶ」「王さまと九人のきょうだい」「ひさの星」等の古い名作絵本はよく知っていましたが、当初は、現代絵本界の知識はほぼありませんでした。そこで、日本画で丹念に描いた初絵本『ながいかみのむすめチャンファメイ』(福音館書店こどものとも)と、初ハードカバー絵本『犬になった王子 チベットの民話』(岩波書店)を出版したのを機に、絵本界をより知るために、2014年に、絵本作家・イラストレーターの集まり日本児童出版美術家連盟(童美連)に入会し(推薦者:黒井 健、浜田桂子)、絵本出版社・編集者 等との交流も始まりました。

絵本「犬になった王子 チベットの民話」絵本『犬になった王子 チベットの民話』(岩波書店/後藤 仁 絵、君島久子 文)

 人柄の良い絵本作家にも複数、出会えましたが、しばらくして絵本界をよく知るにつれ、現代絵本作家界においても日本画界同様、作家の質の低下が起こっている事に気が付きました。文章はともかく、私の本業の”絵”に関しては、納得いく作画レベルの絵本はほんの僅かでした。かつての、いわさきちひろ や 赤羽末吉、太田大八、佐藤忠良(本業は彫刻家)等のような優れた絵本画家が輩出された黄金時代は、既に終わっていたのです。今の絵本界は一見、テレビ等でも多く取り上げられ隆盛の様相に見えますが、その実は、軽薄なマンガ風イラストやヘタウマ(実はヘタ)絵本ばかりが増え、本当に芸術的画力のある作家が実に少ないのです。絵のアマチュアや芸能人 等もどんどん参入してくるので、日本画界同様、絵本界は総素人化しているのです。
 絵本作家界は他人の絵の事をとやかく言わない原則があるようですが、私は本来、純粋美術の人間なので必要とあらば明言するのですが、実際にお会いした絵本作家の中では、いわむらかずお さん がデッサン力・絵本的思想において特に優れていると感じました。また、浜田桂子さんや和歌山静子さん、小泉ルミ子さん、長野ヒデ子さんのような、絵の是非はともかく、メッセージ性の強い優れた絵本を描かれる作家もおられます。田畑精一さんや篠崎三朗さん、黒井 健さん、池田あきこ さん、藤本四郎さん、黒川みつひろ さん、あんびるやすこ さん 等にも大変お世話になりましたが、いずれも、ある種の高い職業的実力をお持ちの世代です。
 童美連には6年間在籍し、理事・展覧会実行委員会委員長・日本著作者団体協議会担当を経験しました。幾つかの学ぶべき点もありましたが、展覧会実行委員会委員長の職は多忙過ぎ、画道との両立は時間的・精神的にも厳しかったのです。また、絵の実力・絵本の実績もほとんどない人が何故か威張っていたりして、諸々面倒くさくなり、理事任期の途中で無理やり退会しました。最初から分かっていた事なのですが、やはり私は、団体・集団での活動には向いていないのです。

いわむらかずお さん「第35回子どもの本と文化の夏の集い」 2017年8月19日 絵本作家・いわむらかずお さん と

中島千波先生個展「後藤 仁 日本画・絵本原画展」(画廊宮坂) 2018年8月20~25日 日本画家・中島千波先生と

 この間、「日本画」から「絵本」の業界に大きく足を踏み入れ、そのウエイトが増していたのですが、やはり本業の「日本画」~純粋美術を大切にしなければという思いが募りました。絵本は「絵の本」なので、絵が最大級重要だと私は考えていましたが、業界では文と絵のバランスを重視する傾向が強く、どちらかと言うと、絵よりも文が高尚だという思考もあるようですね・・・。私は生来の画家~絵描きです。ただひたすらに、絵を描きたいのです。私は国語はかなり得意だったので、必要ならば絵本の文も書けますが、基本的には絵を十分に描ければ満足なのです。
 現代日本を代表する日本画家・中島千波先生にお会いし、推薦をいただけたので、2018年に日本美術家連盟(美連)に入会しました。絵本作画と並行しながらも、日本画家としての立場を中心軸に、絵を探究したいと思ったのです。そこでここ数年、やる気のありそうな日展系の日本画家達とグループ展・講演会等を開催したりもしました。面白いには面白くもありました。しかし、やはり画家はイラストレーターよりも更に我が強いもので、自分が一番目立ちたい、自分が一番偉い、という姿勢が全面に出るのです。また現在の日展の迷走・低調ぶりが現われたのか、日展準会員ともあろう者が、純粋な画道から逸れた雑多なイベント企画ばかりを立ち上げたり、素人の画商まがいの人を連れてきたりするので、私はだんだん呆れてきました。これでは画家~日本画家ではなく、ただの目立ちたがりのパフォーマー・イベンターです~。これも違うなと諦観した私は、やはり当面、一人で歩むしかないと覚悟しました。
 仏陀もこうおっしゃられました、「旅に出て、もしも自分よりもすぐれた者か、または自分にひとしい者に出会わなかったら、むしろきっぱりと独りで行け。愚かな者を道伴れにしてはならぬ。」(「ブッダの真理のことば」中村 元 訳/岩波文庫)
 厳しき画道を進むには、本当に同行するに相応しく、息の合った、優れた画家が現われない限りは、一人で求めるしかないのです。私もかなりの偏屈・変人ですので、私に合わせられるような奇特な画家の登場は理想でしかなく、実際にいるとは思えません・・・。
 ちなみに、「日本画家」という名称は、明治時代初期に作られた新名称であり、私にはどこか違和感を覚えるので、日本画壇への拘泥もない私は、日本における画家の古称である「絵師」という肩書きを10年位前に使用していたのを、最近再び、使い出したのです。職人性・芸術性の両方を合わせ持つ絵描きでありたいという意味を込めています。
 絵の発表形態としては、展覧会や出版物 等、時代と必然性に応じて、様々な表現手法を駆使する事でしょう。残りの作家人生、どの立ち位置にいようとも、日本画の画材を純粋に用いながら、一枚絵や、絵本等の物語絵を、全身全霊で描きつくし、美の求道を生きられたら幸いです。

  絵師(日本画家・絵本画家) 後藤 仁 

テーマ : 文明・文化&思想
ジャンル : 学問・文化・芸術

2020-08-23

「夏休み 蟲 日記」 絵師(日本画家・絵本画家)後藤 仁

 私はフェイスブック・ツイッターを日記代わりに、日々、思った事柄を、そこはかとなく書き連ねています。ほとんどが日本画・絵本等の作品制作・取材旅行等に関する事柄ですが、元々、誰に読んでいただくという意図もなく、しかしながら、関心のある人なら誰でも読めるような、画家の公開日記のようなものです。
 今年の春~夏は、新型コロナウイルスの影響で、ほとんど外には出ずに、アトリエで絵本の原画制作に打ち込んでいました。そんな私に会いたくなったのか、何故だか、例年よりも多く、アトリエに”虫”がやってきました。そんな些細な出来事でも、ここの所の巣篭りがちな日常の、少しの面白味になります。そこで今回、ブログにまとめてみました~。 🐝 🐞
  絵師(日本画家・絵本画家) 後藤 仁

                *

 フェイスブック:2020年7月26日

 昨日、アトリエの入り口付近に、カブトムシのオスがとまっていました。時に絵の資料としてスケッチする場合もありますが、弱ってしまいそうなので、今回は写真だけ撮って、放してあげる事にしました。~~
 数日前には、カブトムシのメスがとまっていました。両方とも、近所の鎮守の森のご神木まで、運んでやり、逃がしてあげました。このマンションのコンクリートの上で最期を過ごすのは、かわいそうですから・・・。
 その他、羽アリやカンブンやセミや蛾(オオミズアオ)やアブやスズメバチやオニヤンマなど、色々な昆虫がアトリエ付近にはやってきます。時には、小さなコウモリがとまっていた時もあります。カラスやハトやスズメなどの鳥もたまにきますが、まれには、チョウゲンボウがきた事もありましたね。
 こんな都会の自然の少ない環境ですが、何故か死期の迫った生き物たちが、ぞろぞろと集まってくるのです。このマンションが、まるで都会のコンクリートジャングルに屹立する、巨大な墓標であるかのように・・・・。

カブトムシカブトムシ(オス)


 7月27日

 不思議な事です!。今日も、カブトムシがアトリエにやってきました。先日、カブトムシを放してあげた鎮守の森は、アトリエからけっこう遠いので、今回のカブトムシは別の個体です。今年のカブトムシは、これで3匹目です。例年は、多くて2匹だったので、今年は特別ですね~。
 何故か、私のアトリエの前に来るのです。よほど生き物たちは私に会いたいのでしょうか? しかしながら、彼らの生命力の力強さには感動させられます。小さな生命は、ささやかながらも懸命に生きようと、もがいているのですね・・・。人もそうあらねばなりませんね・・・。
 これほどご挨拶に来るという事は、よほど私に描いてもらいたいのかしら~。今回のカブトムシは元気そうなので、軽くスケッチしてあげました(せっかくなので、特別に掲載します)。この後また、鎮守の森まで、放してあげに行きましょう~~。(^・^)

カブトムシカブトムシ(オス)

カブトムシ・スケッチカブトムシ スケッチ/後藤 仁


 8月16日

 昨日、またカブトムシがアトリエの入り口付近に来ました~。今度はメスでした。実は、前にオスのカブトムシが来た後日に、メスのカブトムシの残骸を見付けました。既に乾いて、分解されつつありました。
 今年は今の所、5匹のカブトムシがアトリエにやって来た事になります。例年に比べて、とても多いです。セミやカナブンの飛来もかなり多いです。何か理由があるのでしょうか・・・?。
 先の大戦から75年、東日本大震災から9年・・・、やはり、お盆に、人々の魂が虫になって、帰って来ているのでしょうかね。
 もしかしたら、およそ25年前、私が大学4年の年末、57歳という若さで事故によって亡くなった、私の父の魂も混じっているのかも知れません・・・・。私も後5年で、父の享年と同じ年齢になります。不思議なものです・・・。もっと画道に、精進せねばなりませんね~~。
 昨日は遅かったので、今日、鎮守の森にカブトムシを返そうかと思っていましたが、朝にはすっかり弱りきっていました。せめて、ビルの下の土に返してやりましょう・・・。

 8月18日

 今日、アトリエの階段で、オオミズアオという巨大な白緑(びゃくろく)の蛾を見付けました。数年に一度位、まれにアトリエにやってくるのですが、今回の個体はかなり弱っていて、可哀想に羽もボロボロです。
 やはりこのビルは、虫達の集う処です。いずれも大概、弱った頃にやってきます。エデンの園よろしく、まるで、ここが最期の地ででもあるかのように・・・・。

オオミズアオオオミズアオ 

テーマ : 博物学・自然・生き物
ジャンル : 学問・文化・芸術

2020-08-20

「日本画の将来を真剣に憂う」日本画家・絵本画家 後藤 仁

 これから書く内容は、かなりきわどい内容になるが、私が永年、奥義を求める「日本画」の世界が、そのような陳腐で低俗な物でない事を願って、それでさえバブル経済崩壊後の日本画等の純粋美術の低迷の中、このまま完全に滅びてしまわないように、反面教師、また、強い自戒の念を込めて、あえて、正面から触れておかなければならないのだ・・・。
 決して、作家個人や特定の団体の責任を追及するという趣旨ではなく、日本における日本画・美術界全体の将来を思って、ひ弱な一画家が述べるのである。日本画を愛する一変人画家の戯言と、許していただきたい。

 日本画に籍を置く人なら誰しもが知っている、悩ましい事件(知らない人は、多分、もぐりである)・・・、1979年、当時、飛ぶ鳥を落とす勢いだった院展の人気作家・下田義寛先生が、海外の写真家の作品をそっくり盗作したと言うのだ。当時、テレビニュース・新聞で報じられ、東京藝術大学の上司に当たる平山郁夫先生が陳謝し、当人は東京藝術大学教授の職を退くという事態に陥った。下田教室で学んだ或る先輩日本画家によると、当人は普段から他人の写真を、そのままシルクスクリーンに起こして、日本画の骨描きとして使用していたとか、していないとか・・・。
 ところが後年、私も中学・高校時代から尊敬していた、平山郁夫先生自身の作品への盗作疑惑が起こった。平山先生の先輩日本画家・岩橋英遠先生の赤トンボの絵に酷似していると言うのだ。さらに、この事案は、一般的にはほとんど知られてはいないが、私の知識によると、平山先生の代表的画題のラクダのモチーフは、そのシリーズが描かれるようになる1968年より前の1967年に岩橋先生が描いた、「神々とファラオ」という名作の下部に酷似している。しかし、これらのレベルは、オマージュの範囲に入るのではないかと私は考えてきた~。
 売れっ子を多数抱えてきた、その院展(日本美術院)は、ここ30年以上、師匠や先輩画家の作品に酷似した、真似したような作品ばかりが目立ち、何故だか、そのような酷似した作風の作品ばかりが、審査に受かるのだ。院展系作家の話によると、派閥ごとに下図・本画研究会があり、審査の事前にほとんど合否が決まっていると言う。若い作家は皆、YESマンとなり、先生への忠誠の証として、そっくりの絵を踏襲するのだろう。これでは良い絵が描けるはずもなく、当然、模倣が横行する事になる。
 先の例だけではなく、もっともっと事案は潜在していると思われる。かなり前、私の友人がたまたま見付けたのだが、日本画界の最大派閥・平山郁夫先生門下でもあり、東京藝術大学で教鞭も取っていた U先生の、春の院展出品作品が、日本の著名風景写真家・竹内敏信さんが山の旅の途上、偶然撮影できたという、「山の小道」の写真に、そのまま構図・内容とも酷似している。ただ、その中央に、後から子犬を描き加えただけである。風景写真家が偶然撮影できた人知れぬ光景を、画家が同場所でスケッチできたとは考えづらい。間違いなく、竹内さんの写真集の写真を、そのまま使ったのである。多分、著作権使用許諾は取っていないだろう(取っていても、作家の制作姿勢としてはいかがなものか・・・)。日本人作家は著作権侵害の訴えを、ほとんどしないので、今の所、裁判沙汰にならずに助かっているだけである~。
 その他にも、私が後藤純男先生の門下展「翔の会日本画展(銀座松坂屋)」をやっていた時、院展にも所属する女性作家であるが、彼女が沖縄を描いた絵の人物像が、その当時、流行っていた、NHK連続テレビ小説「ちゅらさん」に登場する国仲涼子さんに酷似しており、明らかに写真をそのまま模写したのが分かった。少し参考に使う位なら、あり得るだろうが、あからさまなので、困るのである。
 時間と暇がある人なら、その気になって探していけば、その他にも多々、見付かるだろう。院展・日展辺りの団体作家の中で、写実・リアルを謳う現代日本画家(洋画家も)の多数、また、写真的な作風の無所属作家でも、他者の写真作品等からの模倣・盗作が相当数、常態化しているのである・・・。

 それにしても下田義寛先生盗作事件で、院展の同人辺りは、さすがに懲りたのではないかと思っていたが、今回、平山郁夫先生の直弟子の中でも四天王(田淵俊夫先生、福井爽人先生、手塚雄二先生、宮廻正明先生)とも言われ、東京藝術大学名誉教授でもあり、テレビ等にも度々登場し、大きな権力・権勢をお持ちの宮廻正明先生が、あからさまな盗作をするとは・・・。情けない・・・。
 ソウル・フラワー・ユニオンという日本のロックバンドのCDジャケットの写真と、宮廻先生の春の院展出品作品とが、瓜二つだと言う。新聞やネットニュース等でも報じられ、大騒ぎらしい。本人曰く、「外国旅行の途中で、他人が持っていた写真を、その人の許可を得て、その場でスケッチしたものを、日本画に描いた・・・。」とは、虚しい言い訳である。ネット上では2作品を比べて、どれだけ似ているかが取り沙汰されている。似過ぎている。画像を左右反転させただけである。スケッチだけでは、こうも似ないだろうが、仮に言い訳が事実だとしても、その写真の持ち主の許可ではなく、その出所・著作権者の確認はしたのか?。他人のアイデアによる写真をまんまスケッチして、自己のオリジナルの絵が描けるのか?。・・・明らかに、芸術家としての認識の欠如も甚だしい。宮廻先生の絵は前々から、極めて写真的でもあり、また、自力だけでの取材ではなかろう事は予想していた。絶対、写真の素人では撮影できないであろう、船の上空からの光景等、著作権使用許諾の有無は知らないが、明らかに他者の写真を使用していると、私は感じていた。今回の事件で判明したのは、やはり、今までもそのような制作姿勢で、長年、絵を描いてきたのだろう。
 その延長であろうか、院展における、宮廻先生の多数の弟子筋の絵は、またこの上なく、先生の絵の技法・内容に類似している。類は友を呼ぶのか・・・。その他にも、院展・日展・創画会等の団体内には、派閥ごとに類型的・類似的な作品が実に多い。これが現在の団体展の現状である。
 もし、私の師である、後藤純男先生(日本美術院同人理事、東京藝術大学名誉教授、日本芸術院賞・恩賜賞受賞者)が生きておられたら、さぞ、今の院展の現状を嘆き、憤慨した事だろう。後藤先生は、日本画を描く上での鉄則として、何よりも、写生旅行と、写生を重んじておられたから・・・。

 かく言う私も、他者の写真集・図鑑等を、ごく部分的な参考資料に使う事はある。特に「絵本」の原画を描くようになってからは、多くの小物・衣装や建造物等の参考・時代考証には、資料画像は欠かせない。ただ、絵の中の主要ではない一部分だけに、しかも、必ず自分独自のアレンジをかなり加えるようにしている。また、絵全体のイメージやアイデアを、他者の作品から持ってくる事はあり得ない。必ず自身で現地取材に赴き、基本的には写生(スケッチ)し、時間がない時には自身で写真を撮る。海外写生旅行では、病気・怪我・トラブルが絶えず、過酷過ぎる取材旅になるケースも多い。まさに、命がけの一人旅なのである。人物を描く時には、高いモデル代を支払って描く場合もある。
 どうして、このような多大な苦心を払って制作するのか、何故なら、その作品の創造性・個性・独自性というものは、現代美術作品には欠かす事ができない、最重要要素だからだ。その人の作品を、その人のオリジナルとなせる物、それは、その”創造性・想像力”に他ならない。それを忘れた、又は、その苦労を厭う作品など、「芸術作品」であるとは、決して言えない。また、そのような作品創作で満足する画家など、所詮は「芸術家」とは言えない。
 私は強い自戒の念を込めて、今回のような日本画団体・日本画家には大きな怒りも感じるし、激しく残念でならない。こんなようでは、思ったよりも早くに、近い将来、明治以降に名付けられた、いわゆる「日本画」は必ず滅びるであろう・・・。
 私個人は、日本画画材の面白さ・多様性・多彩性に大きな未来・可能性を感じるし、大和絵・唐絵から1000年以上も続く、日本画の歴史と伝統も素晴らしいものであると、心から信じている。私の悪い予感が当たる事のないように、画家は常に、自己の創造性・感性をたくましくして、誠心誠意、画道に勤しまなければならないのである。

 絵師(日本画家・絵本画家) 後藤 仁

テーマ : 文明・文化&思想
ジャンル : 学問・文化・芸術

2020-08-15

「或る清貧画家の諦念の断簡(今の日本画を想う)」後藤 仁

 私は制作の合間に時々、フェイスブックやツイッターでつぶやいています。今回はその中でも、最近、主に「日本画・展覧会」について考察した部分の”まとめ”になります。

            *

2020年8月3日

 私の作画絵本『犬になった王子 チベットの民話』(岩波書店)が、ここの所、常に品薄状態が続いています~。
 スタジオジブリアニメ映画「ゲド戦記」の上映の影響なのか(映画「ゲド戦記」の原案の「シュナの旅」〈宮崎 駿/徳間文庫〉の原話は、チベット民話「犬になった王子」なのです)、新型コロナウイルスの巣ごもり需要・流通網停滞の影響なのか分かりませんが、ネット書店等で常時売り切れが続いています。
 誠にありがたい事ですが、もっと順調に、多くの人々の手に、本当に良い絵本が、届く事を願います。

○アマゾン Amazon 『犬になった王子 チベットの民話』(岩波書店)
https://www.amazon.co.jp/%E7%8A%AC%E3%81%AB%E3%81%AA%E3%81%A3%E3%81%9F%E7%8E%8B%E5%AD%90%E2%80%95%E2%80%95%E3%83%81%E3%83%99%E3%83%83%E3%83%88%E3%81%AE%E6%B0%91%E8%A9%B1-%E5%90%9B%E5%B3%B6-%E4%B9%85%E5%AD%90/dp/4001112426/
○絵本ナビ 『犬になった王子 チベットの民話』(岩波書店)
https://www.ehonnavi.net/ehon/91533/%E7%8A%AC%E3%81%AB%E3%81%AA%E3%81%A3%E3%81%9F%E7%8E%8B%E5%AD%90%E3%83%81%E3%83%99%E3%83%83%E3%83%88%E3%81%AE%E6%B0%91%E8%A9%B1/

○Real Sound|リアルサウンド/ジブリ劇場上映ラインナップにおける異色作?『ゲド戦記』にみる宮崎吾朗の役割
https://realsound.jp/movie/2020/07/post-579758.html
○TOHO THEATER LIST/一生に一度は、映画館でジブリを。『風の谷のナウシカ』『もののけ姫』『千と千尋の神隠し』『ゲド戦記』シアターリスト
https://theater.toho.co.jp/toho_theaterlist/ghibli2020.html


8月6日

 近年、珍しく”日本画”が世間の話題になると、またもや盗作という不祥事だったりします・・・。過去に大騒動になった S先生盗作事件もしかり。まだ表沙汰になっていない U先生の盗作疑惑といい、実に悲しい事です。その他にも、写実(リアル描写)をモットーとしている、近年の日本画団体展作家には、かなり大多数が潜在していると思います(もちろん無所属作家にもいるでしょうが)。
 ここ20年ばかり、日本の経済低迷・文化変遷に伴う、日本画・油絵等の純粋美術の不振程度は甚だしく、若手・中堅作家が絵を続けるのは厳しい限りです。しかし、日本画が本当に、こんな低い芸術世界だとしたら、その存続の不可は仕方がない事です。

 必ず自身でその場におもむき実物をスケッチ(写生)する、・・・たとえ描く時間がなくても自身で写真を撮る事は、絵の基本的な姿勢です。他者の写真(図鑑・写真集等)は、せいぜい絵の参考資料程度に部分的に活用する位に留めないといけません(その場合でも、そのまま画像を使用するのではなく、自分のセンスを大幅に入れなければいけないでしょう)。その写真自体が写真作家による芸術作品の場合は、参考にするのも避けておいた方がよいのです。
 これは著作権法 云々、以前の、芸術家の基本的な心得なのです。それを忘れた画壇は、将来的に滅びていくしかないと肝に銘じて、画家は厳しく精進せねばならないのです。


8月11日

 中国向けの新作絵本制作は、本日、「表紙」の骨描きを終え、胡粉の下地塗りをしました。今日はこの後、一度塗りが乾いた後に、二度塗りをしようと思います。私は大抵、胡粉下地は二度塗りをします。こうして丁寧に下地を作るのです。
 誠に美しく素敵な「表紙」になりそうですよ~。(^・^)👍

         *

 私は当然ながら、人は人権において皆平等だと分かっています。そこには、貧富・職種・能力・男女・民族・国籍等による上下・貴賤は一切ありません。
 しかし、”絵”という厳しき芸術の道においては、平等や公平性は一切無いのです。そこには何かしらの良し悪しや、本物・似非物があるのだと信じます。
 立場を越えて、皆で並んで、楽しく絵を飾るというのは、人の行為としては微笑ましく正しい事です。しかし、本物の芸術を追求せざるを得ない、厳しき”芸術の道”においては、必ずしも正しき事とは言い難いのです。絵を描く自己世界の中で大いに遊び、鑑賞者を楽しませる事までが作家の本分であるのですが、画家が大勢で集って愉悦的に展示を楽しむというのは、所詮は趣味の領域でしかない・・・。

「旅に出て、もしも自分よりもすぐれた者か、または自分にひとしい者に出会わなかったら、むしろきっぱりと独りで行け。愚かな者を道伴れにしてはならぬ。」(「ブッダの真理のことば」中村 元 訳/岩波文庫) 
 と仏陀もおっしゃられた・・・。人としてはいささか高慢で冷淡なように聞こえますが、修業の道においては、事実こうあらねばならぬのです・・・。それ故に、芸術とは、厳しき道なのです。孤独の中の孤独でしか、芸術の真実は微笑んでくれないのだ・・・。
 私は絵の道において、一度・二度までは人間的付き合いとして、道を交える場合もありますが、三度目ともなれば、本当に自身が認め・信頼できる位の、本当に崇高な理念・技術・能力・経験を持った人と判断できないと、同行はし難くなってきます(決して世間的肩書や名声・実績だけで判断するのではなく、その人の芸術的本質を吟味します)。それは画家同士の場合は最も厳しく真贋を見極めますが、画商や編集者等の場合は画家に比べれば柔らかいものの、それに準じた判断が求められるのです。
 私も大した画家ではありませんが、哀しいかな、生来の変わり者の私は、自分より優れているか、同じ位の芸術的素養を感じ取れる人で無いと、一緒に歩めないのです。これが愚かな芸術家の、悲しき性(さが)なのです・・・。


8月14日

『絵画展覧会 ─ 個展・グループ展 考』

 「個展」とは、その作家の世界観を丸ごと反映し、また、誰の助けも借りずに、その作家の実力そのものが試される場なので、一番、重要な作品発表の機会となる。私もこれを重要視している。

 「グループ展(二人展・三人展・多人数展 等)」もやはり大切なものであるが、様々な形態があるので、ケースバイケースである。美術団体に所属している場合の「団体展」、公募形式の「公募展」、所属派閥等による「研究発表展」、絵の販売が主要目的の画商・画廊等が主催する「展示販売展」、友人・知人等とで企画する「グループ展」、絵画教室等の講師と教え子による「教室発表展」等々、多種多様である。
 私はこれまで、特殊なケースを除いては、ほぼ「企画展(会場代は無料で、絵の販売時に販売手数料を支払う形式)」で個展・グループ展を開催してきた。基本的に「貸し画廊(会場代を支払って開催する。アマチュア画家はほぼこの形態)」を使わない。そんな条件もあり、バブル期以降の絵画低迷期に活動し、特別な売れっ子でもない私は、それほど多くの展覧会を開催出来てこなかったが、それでも「個展(日本画展/絵本原画展を含む)」は15回余り開催している。(「赤穂市立美術工芸館 田淵記念館」での展覧会は、伯父・後藤大秀とのコラボレーション企画であるが、私の個展に伯父の作品の賛助出品という形なので、「個展」に数えている。)ただし、いずれも小規模の展示ではなく、毎回、大作を含む、20~100点位は出品する大型企画だけを開催している。
 「日本画グループ展」は様々な形態で、100回以上は開催している。後藤純男先生の門下生による研究発表展「翔の会日本画展」(最初の1回のみ、オンワードギャラリー日本橋、のち、銀座松坂屋)は毎年続けて、計16回参加した。画商の企画による、百貨店・大型書店での展示販売展も、一時期、かなり多数行った。私が教える絵画教室の受講者との教室発表展も数回行った。画家仲間との、お友達グループ展も複数やっている。
 私が主に作品を製作し、時には展示準備に参加した「金唐革紙 展(きんからかわし/国重要文化財建造物 等に貼られた手製高級壁紙・国選定保存技術)」は30回程ある。
 私の繊細で個性的な絵はあまり公募展向きではないが、「各種絵画公募展」にも、若い時分・30歳代前半までに、20回余りは入選・受賞している。私の拘泥的性格は基本的に団体向きではなく、結局今まで、美術団体展には所属しなかったが、それらしき企画としては、一時期6年間ばかり参加していた日本児童出版美術家連盟による「童美連展」を、展覧会実行委員会委員長として企画・開催した。
 これら「個展」「グループ展」「絵画公募展」「金唐革紙展」等の全てを合わせると、合計200回程度の展覧会経験がある。プロの作家としては殊更多くもないが、経験不足というほど少なくもなかろう。ただ、何でもかんでもやれば良いというものではなく、その質が重要なのであるので、特別、売り絵展が多くもない私の場合は、これ位が妥当である。

第15回 翔の会日本画展「第15回 翔の会日本画展(後藤純男先生門下展)」最終回 (2010年8月11~17日 銀座松坂屋)


★YouTube 「第2回 翔の会日本画展(後藤純男先生門下展)」(1997年10月30日~11月4日 銀座松坂屋)
 【日本画家・後藤純男先生 講評会】
 今ではとても貴重となった、一番お元気な頃の後藤純男先生(東京藝術大学名誉教授)の講評会の映像です。私、後藤 仁が講評を聴いています。 
 日本画作品 『阿蘇猫岳(根子岳)』(F30号) 後藤 仁



 私はこれまで、「売り絵展(展示販売展)」にも何かしらの抵抗感を感じてきた。プロ画家としては避けて通れぬ、糊口をしのぐ術でもあるが、我が子の如く大切な作品を、見知らぬ人に販売する。しかも、心底気に入ってくれているなら良いのだが、投資目的の販売が主流であった日本の美術市場では、どうしても気が乗らなかったのだ。どちらにしても特別な売れっ子でもない私の場合は、展示機会も限られたのだが、この点では私はプロ画家とは言えないのかも知れないな・・・。そんな訳で、20~40歳代前半を中心に、かなり多数、展示販売展を開催したが、徹底的な商売人である画商ともあまり馬が合わず、今はその世界から離れつつある。
 「研究発表展」は大切であろう。絵画派閥や団体に所属している人は、自己研鑽の手段として、自己とレベルが拮抗する、又は自分以上かと思われる作家同士なら、その展示の意味合いは大きい。学生時代から卒業後15年間は、私も後藤純男先生門下として研究発表展「翔の会日本画展(銀座松坂屋)」に計16回出品したが、後半になるにつれ、後藤先生門下の多くの者は筆を折り、少数は他派閥に吸収され、2013年の銀座松坂屋の閉店に伴って、翔の会日本画展は完全消滅した。銀座松坂屋は三越、高島屋と並んで、美術展・日本画展の最高の牙城とされた百貨店であった。百貨店の弱体化は、そこを販売の主流としてきた日本絵画界のその後の衰退の大きな要因となり、それまでも漠然と感じてはいたが、私が日本画壇の先行きに暗いものを確実に感じ取ったのは、この時以降である。その後、私は特定の派閥には属さずに、純粋な研究発表展は開催していない。
 歴史的には、「団体展・公募展」も研鑽を積むには良い場であり続けた。しかし、団体展・公募展は大抵、審査員の趣向により受かる絵には大きく偏りが生じる。基本的に団体の意図に沿わない絵は受からない。一目でインパクトのある絵が受かりやすく、画面の隅から隅まで埋め尽くした絵が、真面目に描いていると判断されて受かりやすい。また、ほとんどの団体は、各派閥ごとの研究会を通して、最初からある程度合否が決まっているケースが多く、ほぼ出来レース化しており、決して公正な世界とは言い難い。そこで先輩・師匠にそっくりな絵を描いて受かろうとする傾向が、ここ30年以上、強くなるばかりである。アマチュア画家から、そこそこ描けるYESマンを引っ張ってきて、派閥を大きくしようとする、団体総素人化傾向も顕著に見られる。そんな悪傾向・低意識の中、先般の日本画最大派閥の代表的作家による、他人の写真からの盗作事件等も必然的に生じてくる訳である。
 私は学生時代こそ、東山魁夷先生(日展)、平山郁夫先生(院展)、後藤純男先生(院展)等への憧れから、団体展を目指した時期もある。しかし、団体展の近年の弊害を身近に感じるにつれ、いずれの団体も、数十年に渡る無変化・固定化の中で、その権威化・画一化・低質化・形骸化に苛まれている事を鑑みて、団体展への志向を失った。日展は30年余り前から、売れっ子・実力者不足等で人気は低落し、創画会は最初から一般人からの支持が薄く、最後の砦の院展もここ20年ばかりは著名作家が減って低迷の一途を辿っている。現在の、無所属作家中心の、現代アートからマンガ・アニメ・CG全盛時代において、絵画団体展はその役割を一旦終えつつあると感じ取って、結果的には、現在の日本画三大団体等への参加を私は敬遠した。
 「教室発表展」は絵画教室で教える立場の者としては、教室の受講生の為にも開催しても良いものだろう。絵を一般人に教える事で自分自身、改めて気が付く点も多々あり、やってみると楽しいものでもある。ただこれは、絵だけでは食べていけない、貧乏画家の哀しい側面でもある。しかし、一般人との触れ合いも大切であろうし、これも社会貢献の一つであろうか。

 近年、絵画仲間との「お友達展」みたいな企画に何度か参加した。研究発表展とはまた少し趣向が異なる、派閥を越えた絵画仲間との展示発表会である。それはそれで面白いものでもあるが、それも、本当に力の拮抗する、対峙するに値する絵描き仲間との展示なら、大きな意味があろう。私は先日話したように、自分より絵画的実力のあると思われる人物か、自分と同等程度の作家となら、ぜひ研鑽を積んでみたい。ただ、そのように感じ取れる人物は、ごく稀なのも事実である。日展であろうと院展であろうと、肩書が一見凄そうに見えても、よくよく吟味してみると、存外、開催目的が俗的・凡庸で、芸術的素養が甘かったりするケースが多々ある。何度かそんな展示を経験してみたが、どうにも完全にはしっくりこないので、当面は諦めて、本当に優れた同士が登場するのを気長に待とうか・・・。もし一生現われなくても、それでいいのである。
 そんな理由で、今後しばらくは、質の高い「個展(絵本原画展を含む)」に絞って活動していこうかと考えている。

 絵を一生の生業とするのは至難の業であり、誰もが容易に到達できる世界ではない。生涯をかけて永い永い道をひたすら、孤独に歩まねばならない・・・。
 ただ一時の自己顕示欲であったり、格好つけだったり、お金儲けの手段であったり(実際には、ほとんど大多数の人は食べてはいけないが)するのであれば、止めておいた方が良い。そのような人が、大した仕事を出来るはずはない。
 芸術を深く知ろうと探求し、苦悩し、時には死をも覚悟し、画技・画法を研鑽しながら、数十年もかけて到達を目指さねばならない、それはそれは厳しく永い試練の道となろう。

 絵師(日本画家・絵本画家) 後藤 仁

テーマ : 文明・文化&思想
ジャンル : 学問・文化・芸術

2020-08-09

〔ユネスコ無形文化遺産〕大垣祭り・布袋軕(岐阜県大垣市)天井画制作〈その1〉後藤 仁

「大垣祭り〔ユネスコ無形文化遺産・国重要無形民俗文化財〕・中町 布袋軕(ほていやま)(岐阜県大垣市)
  天井画(天井絵)制作 〈その1〉


 いよいよ、「大垣祭り・中町 布袋軕」再建事業が本格的にスタートしました!!。
 大垣祭は、2015年に国指定重要無形民俗文化財に、2016年にはユネスコ無形文化遺産に登録された、日本を代表する盛大なお祭りの一つです。大垣祭の山車(だし)である、相生軕・愛宕軕・浦嶋軕・布袋軕・菅原軕・榊軕・神楽軕(三輌軕)には、私の伯父で からくり人形師の後藤大秀(ごとう だいしゅう/作家名)さんが復元・修復した「からくり人形」が多数載せられ、毎年、大勢の人々の前でご披露されます。

大垣祭布袋軕「大垣祭り・布袋軕」(岐阜県大垣市)2017年5月14日、後藤大秀 作 からくり人形「采振り童子人形」「倒立唐子人形」「布袋人形」

大垣祭布袋軕「大垣祭り・布袋軕」(岐阜県大垣市)2017年5月14日

大垣祭布袋軕「大垣祭り・布袋軕」(岐阜県大垣市)2017年5月14日

 新型コロナウイルスの影響による事業縮小が心配でしたが、文化庁からの文化財保存事業費/国宝重要文化財等保存・活用事業費補助金が交付され、大垣市の文化振興/文化財の保護・活用/文化財保護整備事業予算も無事通ったそうで、大垣祭保存会の主導による大垣市・大垣市教育委員会を挙げての大型復元事業の始まりです。
 「中町 布袋軕」は今後、3年間をかけて、完全復元新調を目指す計画で、私はその中の、布袋軕の「天井画(天井絵)」を描く役割を、全て任されました。私にとっては金唐革紙(きんからかわし/国選定保存技術・手製高級壁紙)復元製作以来の貴重な伝統的文化財の復元制作となりますので、すこぶる気合が入ります。しかも、金唐革紙は副業的な仕事でしたが、今回は本業の日本画による制作なので思いは格別なのです。また、伯父・後藤大秀さんの「からくり人形」とのコラボレーション企画という事もあり、誠に嬉しい仕事なのです。

「中町 布袋軕」全体の再建事業は、こちらの大垣祭保存会・中町布袋会の公式ブログをご覧下さい。↓
○大垣まつり「布袋やま再建日記」
 http://hoteiyama.seesaa.net/

 大垣市には、父方の実家があり、幼少の頃より、夏休み等には度々帰省していました。私にとっては、生まれ故郷の兵庫県赤穂市が第一の古里だとしたら、小学校1年生から高校生までを過ごした大阪府堺市と並んで、大垣市は第二の古里とも言える、大切な土地なのです。大垣の家では、伯父の能面や からくり人形や様々な珍しい大工道具を見るのが何よりも楽しみでした。
 伯父は若い頃の堂宮建築(宮大工)の修業から始まり、私が小学生高学年頃には茶室の設計施工も請け負い、私が中学生頃には能面打ちの修業を経て、私が高校生頃からは からくり人形の復元制作を中心に手掛けるようになりました。表面的な表現方法は変遷しながらも、高度な木工技術は常に一貫した、素晴らしい職人・造形作家です。私が日本画を表現主体としながらも、その世界だけに胡坐をかく事なしに、金唐革紙や絵本といった様々な表現手法を縦横無尽に吸収していった由来も、伯父の影響が少なからずあるのかも知れません。
 私には今までの画家・作家人生の中で、実際に交流のあった人で、極めて強い影響を受けた作家が三人います。そのお一人は他ならぬ、物心がついた頃から作品を見続けてきた伯父・後藤大秀さんです。次には、美術予備校(立川美術学院)時代と東京藝術大学日本画専攻時代に講師・先輩としてお世話になった村上 隆さんです。今では、日本画界から羽ばたき、日本を代表する現代美術(現代アート)の旗手として世界的に活躍しています。そして、私の日本画の師として仰ぐ日本画界の重鎮・後藤純男(ごとう すみお)先生です。先生は、東京藝術大学名誉教授・西安美術学院名誉教授・日本美術院同人理事・日本芸術院賞 恩賜賞受賞者として、日本の美術史に燦然と輝く日本画の大家です。
 2018年には、私と伯父・後藤大秀とのコラボレーション展覧会「特別展 ~日本画画業35周年記念~ 後藤 仁 日本画・絵本原画/後藤大秀 からくり人形 ─ 赤穂出身の日本画家・絵本画家、初の里帰り展」(赤穂市立美術工芸館 田淵記念館)を開催しました。この展覧会や、2017年の「後藤大秀 岐阜県伝統文化継承功績者顕彰状授与式」での大垣市・大垣祭保存会とのご縁がきっかけで、誠に有難い事に、今回の天井画制作のお話を頂戴する名誉に預かりました。

赤穂市美術工芸館「特別展 ~日本画画業35周年記念~ 後藤 仁 日本画・絵本原画/後藤大秀 からくり人形 ─ 赤穂出身の日本画家・絵本画家、初の里帰り展」(赤穂市立美術工芸館 田淵記念館) 後藤大秀 夫妻、大垣祭保存会の皆様と

 これから天井画原案・下図の作成、天井画用の板の発注・輸送から始まり、およそ1年をかけて、少しずつ制作を進めていく予定です。獅子奮迅、全身全霊、制作に打ち込みたいと心しています。
 天井画制作の模様は、今後おいおい、拙ブログで、詳細にお知らせしていきたいと考えています。まずは、布袋軕の「実測図」(作成:株式会社 建築計画研究所)が届きましたので、ここにご掲載いたします。

大垣祭布袋軕実測図「大垣祭 布袋軕」実測図(作成:株式会社 建築計画研究所) 正面 立面図

大垣祭布袋軕実測図「大垣祭 布袋軕」実測図(作成:株式会社 建築計画研究所) 右側面 立面図


  絵師(日本画家・絵本画家) 後藤 仁

テーマ : art・芸術・美術
ジャンル : 学問・文化・芸術

2020-07-21

中国文化への憧憬、そして、絵本「青蛙緑馬」の出版へ

 私は小さい頃から、中国文化に対して、極めて高い関心と憧憬を抱いてきました。中国の政治経済とは関係なく、その長大深遠な文化・歴史そのものに関心が高いのです。近年の中国(中華人民共和国)の急激な経済発展を受け、にわかに中国経済に注目する人が激増し、最近も中国で活動しようとする経済人・文化人にも度々出くわしましたが、その多くは中国文化への本質的な関心・知識は乏しく、ただ時流に乗ろうとする、金儲け第一主義の人々が大半でした。私は、そのような付け焼き刃的な発想ではなく、長きに渡る中国文化への執心があるのです。
 もし私に前世というものがあるのならば、きっと、中国大陸のどこかに住んでいたのではないかと思うほどです。そうであるなら、中国中南部から西域・チベット辺りの少数民族の文化に関心が高く、強い郷愁を感じたりするので、きっと、その辺りに住んでいたのではなかろうかと・・・。ただ、中国やアジアの旅をする中で、私は度々、中国人に間違われるのですが、見た目は完全に漢民族に似ているようです・・・。

 
 私が中国に関心を持つようになった理由は、このような遺伝的特質が原点にあるように思えますが、実際の生い立ち上では、1980年(12歳・小学校6年生頃)に始まったテレビ番組、『NHK特集 シルクロード -絲綢之路(しちゅうのみち)-』に感化された事が大きいと思います。また当時、シルクロードをテーマとした、喜多郎のシンセサイザー音楽を好んで聴いていました。
 中学校2年生頃には、イラストレーター・画家を目指すようになり、日本画家・東山魁夷先生の唐招提寺御影堂障壁画や平山郁夫先生のシルクロードシリーズにも大いに影響を受けました。私が私淑する、宮崎 駿さんのアニメ作品では、「太陽の王子ホルスの大冒険」「アルプスの少女ハイジ」「母をたずねて三千里」「未来少年コナン」「風の谷のナウシカ」「天空の城ラピュタ」等、多くの作品から多大な影響を受けましたが、それらには、あまり東洋的な作品はありません。しかし、1984年(15歳・高校1年生の初め)に読んだ、「シュナの旅」(徳間文庫)には、西域シルクロードの雰囲気が色濃く漂っています。「シュナの旅」はこれ以降、私の座右の書の一つとして最も好きな宮崎作品となりましたが、この作品の原話は、私が後に絵本化したチベット民話「犬になった王子」なのです。(ちなみに「シュナの旅」は後に、ジブリアニメ「ゲド戦記」の原案となっています。芸術家・作家同士が互いに他作品からの影響を受けるという、複雑で不思議な相関関係にあるのです。)
 ただ、振り返ってみると、さらに昔、1978年(10歳・小学校4年生頃)に放送された、テレビドラマ「西遊記」を見て、潜在的に、中国文化への興味を持っていたようです。奇想天外なストーリーを単純に面白がる半面、子供ながらも、夏目雅子さんの清廉な美しさに魅了されていました。近年、再放送されたのを見て、そのあまりに中国風な作りこみを再認識したのです。
 私は元々、小学生の頃から、日本の歴史文化に興味を持っており、小学校の卒業アルバムには、「将来、考古学者になりたい」等と書いてあります。特に奈良・平安時代と桃山・江戸時代の和風文化の爛熟期に関心を持っていました。日本文化は、中国、さらには、インドからの文化的影響が強いので、私の中国文化への関心の高まりも、日本伝統文化への興味の延長として、ごく自然な流れなのでした。

 決定的だったのは、中学校2年生頃から好んで聴きだした歌手、さだまさし さんが音楽を担当するテレビ番組、「NHK ニイハオ!中国」(1983年 15歳・中学校3年生頃)を拝見した事でしょう。この頃から、実際に中国を訪れたいという気持ちが強くなってきました。
 こう書いてくると、何やらテレビやアニメや音楽にばかり影響を受けているように見えますが、実際はそうではなく、幼少期には「孫悟空」等の中国童話を読み、中学・高校生頃には、「聊斎志異」「唐詩」等の中国文学や中国関係の書物・図鑑等を多く拝読して、知識を深めていました。
 高校生(大阪市立工芸高等学校 美術科)の頃には、牧谿、徽宗皇帝、仇英 等が描いた中国絵画への造詣も深まり、大学に入ったら、真っ先に中国へ旅しようと、心に決めていました。ところが私が上京し、美術予備校(立川美術学院)に通っていた21歳頃に、とある事件が中国で起こり、その後しばらく、中国に行く事を諦めていました。
 1990年 21歳で、東京藝術大学 美術学部絵画科日本画専攻に入学し、3~4年生には後藤純男先生(西安美術学院〈大学〉名誉教授、日本芸術院賞・恩賜賞受賞者)の担当を受け、先生の御作品は高校の頃から知っていましたが、改めて、先生の中国を描いた作品からも大いに触発されました。

 中国の国情も安定してきたので、いよいよ中国への旅を希求していたところ、丁度、クラスの友人が中国への旅を計画していると言うので、一緒に行く事にしました。まだ当時は、海外一人旅をした事がなく経験不足でもあり、誰か同伴者が必要だったのです。その初めての中国の旅は、1995年(27歳・大学4年生)、「中国写生旅行 15日間(北京・西安)」です(年代が合わないようですが、私は当時、藝大や日本画界の体質への失望感等が理由で、2年間学校を離れ、留年したのです)。
 この時には、本当は敦煌まで足を伸ばしたかったのですが、中国内で飛行機の便が取れずに、西安行きまでに留まりました。初めて中国の本当の文化に触れ、大感動でした。西安辺りでは、まだ人民服を着た老人がたくさん見られ、昼間から中国将棋(シャンチー/象棋)をしている のどかな光景に、誠に古き良き中国を見ました。故宮博物院・天壇・万里の長城・秦の始皇帝陵・華清池・乾陵・永泰公主墓・大雁塔・小雁塔・興慶宮公園 等の見所が沢山ありましたが、話し出すときりがないので、今回はこれ位に留めておきます。

中国(北京・西安)の旅「中国(北京・西安)の旅」 〈1995年8月20日~9月3日〉 西安・興慶宮公園にて、玄宗皇帝と楊貴妃の悲話で有名!

中国(北京・西安)の旅「中国(北京・西安)の旅」 北京・故宮博物院 25年前ともなれば、中国人のファッションも今とは違う~

中国(北京・西安)の旅「中国(北京・西安)の旅」 西安・宿の近くの夜市にて、毎日通い仲良くなった 夜市で働く青年たち。今は元気でいるのだろうか・・・。


 その後、2008年 39歳 「中国写生旅行 18日間」─貴州省(上海、貴陽、凱裏-ミャオ族・トン族村-桂林、北京/絵本『ながいかみのむすめチャンファメイ』取材)、2012年 43歳 「中国写生旅行 19日間」─チベット・四川省(西寧、ラサ、ギャンツェ、シガツェ、ツェタン、成都-四姑娘山/絵本『犬になった王子 チベットの民話』取材)、2018年 49歳 「台湾写生旅行 22日間」(台北、台中、日月潭、嘉義、台南、高雄、霧台、台東、花蓮、平溪線、九份、烏来)、2018年 50歳 「中国写生旅行 8日間」(上海、西塘)─日中平和条約40周年記念 日中藝術展 - 一衣帯水-(雲間美術館,中国上海)日本画ワークショップ(在上海日本国総領事館)、2019年 50歳 「煙台職業学院書画芸術研究院 成立大会、研討・展覧会」(中国山東省煙台市) 3日間 、2019年 51歳 「中国写生旅行 12日間」(南京〔絵本シンポジウム〕、揚州、西寧、敦煌莫高窟、上海/絵本『青蛙緑馬』他、絵本・日本画取材を兼ねる)と、旅や展覧会・シンポジウム等を重ねてきました。地域で言うと、北京、上海、陝西省(西安)、貴州省、広西チワン族自治区、チベット自治区、青海省(西寧)、四川省、浙江省(西塘)、山東省、江蘇省(南京・揚州)、甘粛省(敦煌莫高窟)、台湾、とかなり広範囲の中華文化圏に渡ります。
 中国地域以外の海外では、インド、ネパール、タイ王国、インドネシア、ベトナム、カンボジア、ラオス、ミャンマー、スリランカ、イタリア、バチカン市国の計13か国・地域を写生旅行しています。ちなみに日本国内では、47都道府県の全てを回っています。しかし、まだまだ大した経験数とは言えず、本当はもっと多くの旅をしたいところですが、時間はあっても貧乏画家故、金銭的な問題が一番理由で限界があるのです・・・。

絵本「ながいかみのむすめチャンファメイ」絵本『ながいかみのむすめチャンファメイ』 (福音館書店こどものとも)

●福音館書店 公式サイト 「ながいかみのむすめチャンファメイ」
 https://www.fukuinkan.co.jp/book/?id=2519

○Amazon 「ながいかみのむすめチャンファメイ」
 https://www.amazon.co.jp/%E3%81%93%E3%81%A9%E3%82%82%E3%81%AE%E3%81%A8%E3%82%82-2013%E5%B9%B4-03%E6%9C%88%E5%8F%B7-%E9%9B%91%E8%AA%8C/dp/B00BD52ZKO/

絵本『犬になった王子(チベットの民話)』 表紙絵本『犬になった王子 チベットの民話』 (岩波書店)

●岩波書店 公式サイト 「犬になった王子 チベットの民話」
 https://www.iwanami.co.jp/book/b254895.html

○Amazon 「犬になった王子 チベットの民話」
 https://www.amazon.co.jp/%E7%8A%AC%E3%81%AB%E3%81%AA%E3%81%A3%E3%81%9F%E7%8E%8B%E5%AD%90%E2%80%95%E2%80%95%E3%83%81%E3%83%99%E3%83%83%E3%83%88%E3%81%AE%E6%B0%91%E8%A9%B1-%E5%90%9B%E5%B3%B6-%E4%B9%85%E5%AD%90/dp/4001112426/


 そのような熱き想いを抱きながら、この10数年、中国をテーマとした絵本・日本画の制作や、中国での「グループ展・シンポジウム」の開催を経る内に、元福音館書店編集長で、現在、中国の児童書出版社編集長を務めている絵本編集者・文筆家の唐 亜明(タン ヤミン)さんと出会いました。唐さんは、日本を代表する絵本出版社の福音館書店で、優れた中国民話絵本 等を多数手掛けておられ、加古里子さんの文章による「万里の長城」等の絵本の編集にもたずさわられたと記憶しています。
 唐さんといつか良い仕事をしてみたいなという思いは、初絵本を手掛けた頃からありました。もう少し早くにお会いしていたら、唐さんの編集で、福音館書店から何冊か絵本を出せていたのかも知れませんが、物事は時と運次第とも言いますので、やむを得ません。私は、今現在、精一杯に絵が描けられさえすれば、本望なのです。
 数年前、その唐さんから、中国での絵本出版の話が舞い込みました。原話は、唐さんが永年、絵本化したかったという、チベットの素晴らしく面白い民話です。私は喜んで、この仕事を受ける事にして、2018~19年の1年位をかけて日本画で丹念に原画を作画しました。
 本来なら、2020年1月には出版予定でしたが、この度の新型コロナウイルスの影響を受け、出版は半年以上も遅れ続けています。しかし、中国の経済が通常の流れを取り戻した頃には、満を持して発売されるものと期待しております。また、順調にいけば、日本での翻訳出版もぼんやりと予定されていますので、気が早いですが、お楽しみにしていて下さい。発売時には、またおいおい、ご案内いたします。 
 一冊目がなかなか発売に至らないですが、さらには、中国向け絵本の”第二弾”も現在、作画中です。こちらの壮大な史劇絵本も乞うご期待、来年頃には刊行予定!?
 さらにさらに、絵本”第三弾”も構想中!!! まっこと厳しき御時世ですが、絵を描きたいという情熱だけは、どこまでも前向きです~~ (^・^)ノ。

もうじき中国にて発売予定!!
 絵本『青蛙緑馬』
 〖中国原創絵本清品系列/浙江少年児童出版社,伝世活字国際文化メディア・小活字、中国〗
  文 唐 亜明/画 後藤 仁

絵本『青蛙緑馬』表紙

 『青蛙緑馬』は、カエルと馬が躍動し、主人公の美男と美女が活躍する、面白くも哀しい、壮大な愛の物語です。
 困難の多い昨今、子供から大人まで、人の”愛”や”生と死”を深く考え・見つめ直す良い機会にもなる、素晴らしい絵本だと思います。中国の少数民族・チベット族の民話。



 日本と中国とは歴史上では、何度となく衝突・対立と和解・協調を繰り返してきました。しかし、それは政治的な側面であって、文化的・経済的には古代より連綿とつながり、お互いに良い作用を与え合ってきました。民族的に考察しても、日本人は元々、中国大陸からの渡来人が大多数だと思います。すなわちアジア、ひいては世界中の人々は、皆、同朋なのです。
 今後も厳しい世界情勢が続く事が予想されますが、どんな時代においても、文化・芸術・美術は国境を越えて一帯であり、将来的にも各国間での良き関係性を築き続けなければいけないのです。それには私達、創作にたずさわる者達の不断の努力というものも不可欠なのです。そして、その芸術・美術を楽しみ愛好する一般大衆の関心・応援無くしては、成し得ない事なのです。
 今後の、日本と中国の文化交流のさらなる発展と、日本文化の真の興隆を、心より願っています。

 絵師(日本画家・絵本画家) 後藤 仁

テーマ : 絵本・制作・イラスト
ジャンル : 学問・文化・芸術

後藤 仁 プロフィール

後藤 仁(GOTO JIN/后藤 仁)

Author:後藤 仁(GOTO JIN/后藤 仁)
~後藤 仁 公式ブログ1~
日本画家・絵本画家 後藤 仁(GOTO JIN/后藤 仁)の日本画制作、絵本原画制作、写生旅行、展覧会などのご案内を日誌につづります。

 〔後藤 仁 略歴〕
1968年兵庫県赤穂市生まれ。15歳、大阪市立工芸高校 美術科で日本画を始める。東京藝術大学 絵画科日本画専攻 卒業、後藤純男先生(日本芸術院賞・恩賜賞受賞者)に師事。在学中より約12年間、旧岩崎邸、入船山記念館、孫文記念館(移情閣)等の金唐革紙(手製高級壁紙)の全復元を行う。卒業以降は日本画家として活動し、中国・インドをはじめ世界各地に取材した「アジアの美人画」をテーマとする作品を描き、国内外で展覧会を開催する。近年は絵本の原画制作に力を入れる。
○絵本作品に『ながいかみのむすめチャンファメイ』(福音館書店)、『犬になった王子 チベットの民話』(岩波書店)、『わかがえりのみず』(鈴木出版)、『金色の鹿』(子供教育出版)、挿絵作品に『おしゃかさま物語』(佼成出版社)。『犬になった王子 チベットの民話』は、Internationale Jugendbibliothek München ミュンヘン国際児童図書館(ドイツ)の「The White Ravens 2014/ザ・ホワイト・レイブンス 国際推薦児童図書目録2014」に選定される。NHK日曜美術館の取材協力他、テレビ・新聞・インターネットサイト等への出演・掲載も多い。
○東京藝術大学デザイン科 非常勤講師、元 東京造形大学 絵本講師。国選定保存技術 金唐革紙 製作技術保持者。日本美術家連盟 会員(ご推薦者:中島千波先生)、絵本学会 会員、日本中国文化交流協会 会員、この本だいすきの会 会員。千葉県松戸市在住。

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絵本ナビ「犬になった王子  チベットの民話」絵本ナビ「犬になった王子 チベットの民話」
絵:後藤 仁 /文:君島 久子 /出版社:岩波書店絵本ナビ


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