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2019-11-27

後藤 仁「中国(南京・揚州・西寧・敦煌・上海)写生・絵本研究旅行」 その7〈最終回〉

 2019年9月10日(火)~21日(土) 「中国(南京・揚州・西寧・敦煌・上海) 写生・絵本研究旅行」(12日間) その7 〈最終回〉です。

 11日目、9月20日(金)。朝6時前に起床。甘粛省・敦煌の豪華ホテル「敦煌維景酒店」には朝食が付いていないので、この日も多分、部屋でお菓子とフルーツを食べたと思います。7時頃からは恒例の早朝のお一人散歩です。ようやく薄明るくなってきましたので、敦煌の街を流れる川・党河に出て、橋の上からSM号スケッチブックに30分近くスケッチ。対岸の東屋はコンクリート製ですが、風情があるので描いてみました。敦煌 莫高窟で1枚も描けなかったので、どこか敦煌市内を描きたかったのです(これがこの旅での最後の一枚となりました)。鉛筆で描き、色鉛筆で色を付けます。人がちらほら行き交います。結構、寒いです~。
 描き終えてブルっと震えると、先日見付けた、党河沿いにある「敦煌画派 美術研究院」に行ってみました(鳴山路の「敦煌書画院」とは別の施設)。2日前は朝早過ぎて閉まっていたのです。ビルを上がると入り口は開いていました。入ってみると敦煌壁画の模写 等がたくさん展示してあります。なかなかしっかり描いています。一室が工房らしく画材が置いてあるので入ってみました。部屋内を見ていると作家のお一人が来ました。最初は空き巣じゃないかといった感じで怪訝な表情でしたが、私が日本の画家だと名乗ると、一応、安心したらしく、それなりに対応してくれました。ビルの窓から党河を眺めると、いい景色でした。とうとうと流れる党河の向こうに禿山の山脈が横たわり、少し地味目なその風景は、古の敦煌を彷彿とさせました。その後、対岸の東屋まで歩き、そこで体操をしました。およそ1時間余りの朝のお散歩です。

 朝9時20分に「敦煌維景酒店」をチェックアウト。午前中は「敦煌画院」という美術館 附属 絵画模写研究所に行く事になりました。先程の「敦煌画派」や「敦煌書画院」と何らかの関係があるのかと思いましたが、全く別の組織でした。とても広くて立派な建物です。ここでは古代の壁画同様、土壁を塗り上げて、その上に模写をするといい、かなりレベルの高い敦煌壁画の模写・展示が行われています。画廊(ギャラリー)も併設されており、この日は現代若手女流画家の抽象的な絵が展示されていました。模写作品・画材を拝見し、解説ビデオを鑑賞し、院長のお話を聞きました。
 ここで昼食もいただける事になりました。豆腐・野菜を主体とした、油少なめのさっぱりした精進料理が出され、これまで脂っこくて濃い味ばかりだったので、食べやすくてとても美味しかったです。この研究所には研修者用の宿泊施設も完備されており、食事もできるのです。何とも至れり尽くせりです。日本でもあまり聞いた事が無い、このような民間の文化複合施設が充実した現在の中国は、文化興隆を進める上でうらやましい環境を有しています。中国では数年前からの国家的な文化振興施策以降、美術館建設に多額の補助金が出るようで、公共・私設の美術館建設が盛んに進められているのです。

中国写生旅行2019「敦煌画院」 院長・スタッフと、出版社編集者と、絵本作家の皆さんと

 敦煌の空港でチェックイン。北京と南京行きの中国の出版社の皆様とは、名残惜しいですが、ここでお別れです。この内容の濃い旅を計画・遂行して下さった出版社の方々に、心から感謝申し上げます。誠にありがとうございました。
 イラストレーター・絵本作家の方は、取材であまりスケッチをしないようで、旅の道中、私一人だけがせっせと描いていました。夏目義一さんはカメラに凝っていて、2台の高級一眼レフカメラをフル活用されていました。齋藤隆夫さんは小さなカメラを使うだけのようでした。大島英太郎さんは写真は全く撮らずに、常に単眼鏡・双眼鏡で野鳥を観察されていました。四者四様のスタイルで、各々良い取材ができたようです。
 私と夏目さんは海外旅に慣れているのですが、齋藤さん、大島さんは慣れていないようで、後半、かなり疲れられたご様子でした。私の場合は、いつもの海外旅では1週間近く経って、ようやくその土地に身体が順応してきて、調子が良くなってきます。今回も後半、やっと調子が出てきて、絶好調になった頃に終了となってしまいました~。大島さんは旅の最初から風邪を引かれ、最後まで咳をしていたので、時々、私の風邪薬やビタミン剤をあげました。他の人達も、終盤、風邪を引いた人が何人かおりました。ハードスケジュールによる疲れもあるのでしょう・・・。「旅は道連れ世は情け・・・」、旅の道中は、慣れた者が慣れない者をサポートする必要性があり、助け合いの精神が肝要なのです。そうでないとスケジュールの全てがガタガタになってしまいます。海外旅のヒントとしては、外国の薬は強過ぎたりして不安があるので、普段使い慣れている日本製の常備薬(風邪薬・胃腸薬・鎮痛薬・絆創膏 他)を、数日分は持参しておいた方が良いです。その他、最小限の裁縫道具を持っておく等の多くの旅のノウハウがあるのですが、詳しく知りたい方は、機会がありましたら個人的にお尋ね下さい。
 
 15:20 敦煌空港(敦煌机场) 発 〈東方航空2216便〉 → 17:30 西安咸陽国際空港(西安咸阳国际机场) 着 
 19:30 西安咸陽国際空港 発 〈東方航空2216便〉 → 21:45 上海虹橋国際空港(上海虹桥国际机场) 着 
  

 上海には2つの空港があり、今回は上海虹橋国際空港から日本・羽田空港に向かうのですが、大島さんは旅の最初に手違いがあったようで、お一人、上海虹橋国際空港からタクシーで上海浦東国際空港(成田空港行き)に行かねばならなくなりました。旅慣れない大島さんが無事に日本に着けるのか、気が気でなかったです・・・。私が代わってあげたいけど~。
 もう既に外は真っ暗です。空港のすぐ近くの「美居酒店」というビジネスホテルに予約してありました。日本と中国の往復航空券代、中国国内の航空券代と、中国の出版社と別れた後の上海での一泊のみ、自分で支払う約束でした。「美居酒店」はシングルルーム一泊(食事なし)で約6300円(日本円換算)、上海にしては比較的安めで、空港に近いので便利なホテルです。内装備品もきれいで充実しています。
 夕食は近くのコンビニで即席ラーメンを買い、ホテルの部屋で一人いただきました。いつもの一人旅の感じで、むしろ落ち着きます。豪華な贅沢旅は、私には似合いませんね・・・。
 
 
 12日目、9月21日(土)。とうとう最終日です、・・・と言っても後は日本に帰るだけですが・・・。朝食は部屋でお菓子の残りを平らげました。
 ホテルから歩いて数分、空港にチェックイン。空港内で土産の小物(52元)を購入。

 8:40 上海虹橋国際空港(上海虹桥国际机场) 発 → 〈東方航空815便〉 → 12:30 日本・羽田空港 着


             *

 私の海外旅は、必要が生じれば現地会社のツアー等に途中合流する事はたまにあっても、通常は基本的に日本からの一人自由旅なのです。今回の中国取材旅行は、完全な集団手配旅行なので、私の旅としてはかなり特殊です。でも近年、4月の中国・煙台「中日国際書画学術研討会」での招待旅行のような、展覧会 等の目的を兼ねた、特別な手配形態の旅行が少し増えています。
 今回の取材旅行の「旅行費用」を、海外旅行の参考までに、ざっと記しておきます。

「中国(南京・揚州・西寧・敦煌・上海) 写生・絵本研究旅行」(12日間) 

  日中往復航空券・中国国内航空券代(ビザ不要) 15万円
  旅行保険料(成田空港にて)  5000円
  上海一泊代金     6300円
  書籍・土産物等 購入費   約900元(約14000円)

                  総計  約17万5000円

 
 今回は中国・南京の出版社のご厚意で、航空券以外の全ての現地滞在・移動費を出していただきました。しかし、これはただの遊びではなく、今後、中国の出版社とより良き仕事を継続していく上での、お互いの信頼関係構築に他ならないのです。
 結果的には、私のいつものアジア貧乏一人旅~1カ月間とほぼ同じ位の金額になりましたが、これだけ充実した内容の豪華旅で、現地滞在・移動費はこれ以上はかかっているものと思われますので、中国側のご厚意による格安旅と言えましょう。

 旅の成果は、スケッチブック2冊で、計17枚(F4号1枚、SM号16枚)のスケッチ。写真撮影 2499枚。
 今回は集団行動でしたので、12日間であまり多く描けなかったのは残念でしたが、敦煌辺りには、またいずれ一人旅で訪れ、描きたいものです。

 私は原画販売・展示だけではなく、出版物(版権・印税制)の仕事も請け負うプロの日本画家なので、スケッチや原画をネット上であまり公開しないのですが、拙ブログ来訪者に感謝して、特別に2枚だけご披露いたします。

中国写生旅行2019「中国・揚州、早朝の東関街・東門城楼」(F4号、約1時間) 後藤 仁

中国写生旅行2019「中国・西寧、チベット族の少女」(SM号、約10分) 後藤 仁


           *

 前回の「台湾写生旅行」でも記した内容に追記します。
 中華人民共和国は、今や世界第2位の経済発展を遂げ、地方地域のインフラ整備も著しく進展しています。中国の治安は都市部ほど良好で、地方に行くほど悪くなると言われていますが、これは通常の国際事情とは真逆なのです。しかし、今回の旅で感じる限りでは、一部の地区・地域を除いて、地方でもかなり治安が安定している様子でした。敦煌でも、夜遅くまで女性や子ども達が楽しそうに遊んでいる様子は、平穏を感じました。
 私の実感で「旅の快適度・難易度(治安、利便性、雰囲気の良さ等から総合的に判断)」を独断と偏見で比較してみました。私が今までに旅をした国々の「旅の快適度・難易度」をざっと表にしてみると、以下のようになります。

◎日本(地方)、台湾(全域の平均)、ラオス(ルアンパバーン)、ベトナム(サパ、バックハー)、ミャンマー(インレー湖、カロー)
○日本(都心部)、中国(北京、上海ほか都市部)
○中国(青海省・西寧甘粛省・敦煌ほか地方地域)、タイ王国(チェンマイ、チェンラーイほか)、イタリア・バチカン市国、ミャンマー(全域の平均)、スリランカ
○タイ王国(バンコク)、ミャンマー(ヤンゴン、バガン)
○ベトナム(ハノイほか)、カンボジア(シェムリアップ)、ミャンマー(マンダレー)
  (この間には開きがあり、これ以下は旅の難易度が増します。)  
●中国(チベット)、ネパール(カトマンズほか)、インドネシア(ジャワ島、バリ島)
  (この間には開きがあり、これ以下はさらに旅の難易度が増します。)  
●インド(全域)
●インド(バナーラス)

 (※上方ほど快適度が高い、下方ほど難易度が高い。)

 
 といった順ですが、これはその国・地域の「良し悪し、素晴らしさ」という判断ではなく、あくまで治安を中心とした「快適度・難易度」です。また、私の訪問年代にもよりますし、たまたまその時の状況が悪かったという場合も考えられるでしょうから、私個人の主観としてご参照下さい。
 インド、ネパール、インドネシアなどは、とても優れた遺跡や文化が残っている素晴らしい国です。ただ、これらの国は一人旅をするのは結構難しい地域で、身に危険を感じる場面が何度か起こる可能性があり、特に女性の一人旅はよほど旅慣れた人でないとお勧めできません。また、ツアー旅行の場合でも、注意が必要になってくるでしょう。
 外務省ホームページの危険情報によると、インド辺りは黄色(十分注意)から部分的に薄いオレンジ色(渡航の是非検討)位の危険の程度です。中東やアフリカの紛争地帯では、濃いオレンジ色(渡航延期勧告)から大部分は赤色(退避勧告)ですので、いかにそれらの地域に旅をするのが危険なのかが推察されます。

           *   

 ちなみに、私が今までの海外旅行で、「最も感動したランキング ベスト23 」を挙げるとざっと以下のようになります。
(それぞれが個々に素晴らしくて、感動要素も異なるので、一概に比較するのは難しいのですが、私の主観による芸術的感動度のみでランキングしています。また、これが完璧なランキングという訳でもなく、その差は僅差であり、特に下位については気分・時節によって順位が変動します。この他にも良かった体験は多々ありますが、今、思いつく場所のみを上げています。)

第1位  インド アジャンター石窟「蓮華手菩薩像」
第2位  ネパール カトマンズ「インドラジャトラ祭 クマリとの遭遇」
第3位  中国 チベット「ポタラ宮」
第4位  インド バナーラス「ガンガーでの沐浴」
第5位  ◎インドネシア ジャワ島「ボロブドゥール遺跡」
第6位  ◎中国 貴州省「トン族村滞在」
第7位  ◎中国 甘粛省「敦煌莫高窟」
第8位  ◎カンボジア「アンコール遺跡群」
第9位  ◎ベトナム サパ、バックハー「モン族村滞在」
第10位 ◎イタリア・バチカン市国「システィーナ礼拝堂 ミケランジェロのピエタ像」
第11位 ◎中国 貴州省「ミャオ族 姉妹飯節」
第12位 ◎インドネシア バリ島「バリ舞踊」
第13位 ○カンボジア「アプサラ・ダンス(カンボジア舞踊)」
第14位 ○ネパール バクタプル、パタン
第15位 ○ミャンマー インレー湖(ファウンドーウー祭)、カロー(トレッキング)
第16位 ○タイ王国 チェンマイ、チェンラーイ(トレッキング)
第17位 ○インド エローラ石窟、カジュラホー
第18位 ○スリランカ シーギリヤ・ロック「シーギリヤ・レディ」
第19位 ○中国 青海省「チベット族の一家との交流」
第20位 ○中国 四川省「四姑娘山」
第21位 ○ラオス ルアンパバーン
第22位 ○中国 西安
第23位 ○台湾 日月潭、霧台、烏来


 アジャンター石窟、ガンガーの沐浴、ポタラ宮では、感動のあまり感涙を起こす位ですし、インドラジャトラ祭ではほぼ放心状態でした。つまりは、近寄る事が困難である程、より感動が増加するとも言えますので、「旅の快適度・難易度」がそのまま「旅の良し悪し」ではないという事なのです。
 また、お金を払えば誰でも行ける簡単な「ツアー旅行」では、私と同程度の感動は多分、得られないのではないかと思います。現地の文化・美術への造詣と知識を十分に得た上で、長期間の自由旅行で精神を解き放ち、不便を乗り越えながらようやくたどり着いた中での感動なのです。

 今回の中国旅は集団移動旅行という性格上、あまり感動を味わっている余裕がありませんでした。今回の旅の主催者の絵本編集者・唐 亜明さんもおっしゃられていましたが、「今回の旅は少し予定を詰め込み過ぎたかな~」という感じです。唐さんには旅の途上、大いにお世話になりましたが、その分、最後はかなりご疲労の様子でした。誠に感謝申し上げます。
 この旅行記にも書いた通り、現在の中国のあまりの観光客の多さに辟易する場面も多々ありました。それでもなお、やはり敦煌 莫高窟の素晴らしさ・偉大さは白眉と言えるのです。旅の途中は、鑑賞形態の不自由さ・人の多さがやけに鼻につき、感動の遡上を遮蔽するかの感がありましたが、こうして帰国後、改めて旅を回想すると、やはり敦煌の美はこの上なく神々しいの一言です。もし20年以上前に敦煌を一人旅で訪れていたら、その感動度は間違いなく、アジャンター石窟と肩を並べた事でしょう・・・。
 また、純粋に感動したという点だけで考えると、今回の青海省「チベット族の一家との交流」はかなり高いものでした。この一幕がなければ、この旅は観光地を回るだけの、凡庸で味気ないものになっていたかも知れません。世界ウルルン滞在記でもあるまいし、たった数時間過ごしただけの家族との別れ際、不思議にも思わず涙しました・・・。突然訪れた見も知らぬ外国人を温かくもてなしてくれた事への感謝の念や、素朴で純粋な少女達の行く末の平安を願う心だけではなく、多分、私が心を込めて描いた絵本『犬になった王子 チベットの民話』(岩波書店)の情景とイメージが重なった事もあるのだろうと、今では思います。
 これまでに旅先で、極めて深い感動により明確に落涙したのは、アジャンター石窟「蓮華手菩薩」を拝観した時、チベット「ポタラ宮」の入口に至った時、バナーラス「ガンガーでの沐浴」で亡き父を想った時くらいで、その他、旅行中にお世話になった人との別れ際や、旅の最終日の機内で、かすかに感傷的になる事はありましたが、それ以来の出来事でした。歳のせいか、近ごろ涙もろくなりましたね~。ただ感性・感情が人並外れて豊かでないと絵描きは務まりませんので、良しとしましょう。

 不安定な国際状況の中、今後の海外取材旅行でも多くの困難を伴うかも知れませんが、こらからも機会があるごとに私は写生旅行に出かける事でしょう。そこに感動があり、絵画創作へのインスピレーションの源泉がある限り、私は一生、旅を続ける事になりそうです。
 いつも読者サービス的に、取材旅行を無償でブログ公開していますが、いつか機会がありましたら、文章や写真だけではなく、旅でのスケッチやそれを元にした日本画作品等を掲載した、「旅の絵本」のような旅行記・絵日記と絵本が合わさったような本を描いて、出版できないものかと考えています。今の日本の出版状況を考えると、なかなか難しいのですが、今までの旅の面白い逸話・スケッチ・日本画作品は膨大にあります。もし、ご関心のある出版社の方等おられましたらご連絡下さい。

  絵師(日本画家・絵本画家)  後藤 仁  GOTO JIN

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2019-11-23

後藤 仁「中国(南京・揚州・西寧・敦煌・上海)写生・絵本研究旅行」 その6

 2019年9月10日(火)~21日(土) 「中国(南京・揚州・西寧・敦煌・上海) 写生・絵本研究旅行」(12日間) その6です。

 10日目、9月19日(木)。いよいよ本日は、私が日本画家としても人としても最も憧れの地である「敦煌 莫高窟」を訪れます。10歳の頃にテレビドラマ「西遊記」を観て、夏目雅子が演じる三蔵法師の美しさと堺 正章が演じる孫悟空の面白さにはまり、中学生の頃にNHK 「シルクロード」を観て本格的に中国文化に憧れ、大学3年生の「中国(北京・西安)の旅」では敦煌行きの航空券が満席で取れずに敦煌行きを逃し・・・、その後も、行きたい行かねばと焦がれつつ、何の縁か訪れる機会が遅れ続けた敦煌。その敦煌 莫高窟に向かいます。期待と興奮が最高潮に達していました・・・。
 朝5時には目が覚め、今日は出発が早いので朝食は部屋で、あちこちでもらったお菓子類を食べました。部屋には初日からウエルカムフルーツが置いてあったので、それもいただきました。6時50分にホテルのロビーに集合して、車で出発!!
 
 敦煌市内から莫高窟までは車ですぐです。到着すると、朝早いというのに人が結構いました。チケットをいただき、参ります~。チケット代は結構高いようですが、今回の旅では全て中国の出版社が持ってくれて大助かりです。感謝~。
 莫高窟を管理研究する「敦煌研究院」の初代院長のご子息の常 嘉煌さんもここで合流。今回は常さんのはからいで、現在はあまり一般公開をしていないという、特別窟中の超特別窟が見れるというので、期待も一層高まります。現在の敦煌 莫高窟は、自由参観が一切許されておらず、ガイドを付けた完全予約管理参観のみになっています。最初に敦煌の歴史を描いた映像2本を、大きなホールで鑑賞。なかなかよくできた映像です。そうしてようやく石窟に入れます・・・。
 石窟群は綺麗に整備され、観光客が朝からわんさかいます。私達はその人混みから外れ、第45窟〔盛唐〕に入ります。ここには私も幼少期から写真で何度も見て憧れてきた、あの素晴らしい7体の立像群が佇立していました。特に右側の菩薩立像の美しさには目を見張ります。この均整のとれた完璧なる美はいかなるものか・・・。どうしたら、このような完全なる造形を人が成し得るのか・・・。感動に身が震えます。左の南壁に描かれた「法華経変図」の観音菩薩も極めて美しく優れています。
(窟内は写真撮影禁止です。現場ではガイドと私の手持ちの懐中電灯だけの薄暗い中で鑑賞します。鑑賞時間もとても短く、完全には見きれません。私は、2008年にNHKで放送された「敦煌莫高窟 美の全貌」を録画していたので、旅の後、その映像や莫高窟の書籍を見直して、じっくり検証しました。)
 次に、第57窟〔初唐〕を鑑賞。この窟です、私が最も拝観したかった美の権化、南壁「樹下説法図」があるのです。現在は公開される事が少ないというこの窟に入れたのは、この上ない幸福でした。7世紀・唐時代の美意識の崇高さがうかがえます。全ての壁画が極めて高いレベルに達していますが、中でも、中央の菩薩像のこの世のものとは思えない美しさには、心底陶酔します。瓔珞の金の盛り上げの華麗さもさる事ながら、ほの白きかんばせの清らかさ・たおやかさは、心をとらえて離しません。画工の筆さばきの流麗さは、神妙なる領域に達しています。・・・・2004年にインド・アジャンター石窟寺院の「蓮華手菩薩」を拝観した時以来の感動的な菩薩でした。ただ、アジャンターでは当時、自由拝観ができ、ざっくりとした時間制限はありましたが、何とかねばって居座って、菩薩像を軽く鉛筆で模写できました。その時は一人旅でもあり、ゆっくり時間も取れ、たった一人で広い窟内を独占できる時間もあり、涙するほどの感動を味わう事ができたのです。2016年のスリランカ旅行でも、シーギリヤ・ロックやダンブッラ石窟寺院の壁画を自由参観・写生できました。・・・・ところが今回は、集団行動での短時間の拝観なので、どこか事務的でゆとりがありません。ただ、「虻蜂取らず」「足るを知る」とも称しますので、仕方ないです・・・。
 ここまでの2窟は「特別窟」といって、追加料金を払わないと拝観できないのですが、その窟の選択はガイドに任されているといい、今回入窟できた第45窟・第57窟の拝観は通常の観光旅行ではなかなかできないかも知れません。

 この後は通常窟ですが、ここにも名窟がたくさんあります。ただ観光客が多過ぎて、しっかり見れないのが難点です。第323(324・325)窟〔初唐〕、この窟は3窟がつながっています。ここには「張騫(ちょうけん)西域出使図」が描かれています。張騫は、西域の交流ルートを開拓したという前漢時代の外交使節です。
 第16・17窟「三層楼」〔晩唐〕、この窟は第16窟の脇に、20世紀初頭、新たに小さな第17窟が発見された事で有名です。今では「蔵経堂」と呼ばれますが、たくさんの敦煌文書が詰まっていたのです。
 第257窟〔北魏〕には、「九色鹿本生図」があります。この話は釈迦の前世譚(ジャータカ)ですが、私も絵本で描いた「金色の鹿」(バングラデシュ民話/子供教育出版)等のアジア各国の民話にも影響を与えています。
 第249窟〔西魏〕、この窟には立派な大壁画が残されています。阿修羅・風神・雷神・雨師(うし)・霹電(へきでん)・羽人(うじん)・迦楼羅・摩尼(まに)・開明(かいめい)・伎楽天・黄羊(こうよう)・獅子・猿・牛・猪 等が所狭しと乱舞しています。自由で伸びやかな筆致は素晴らしく心地良いのです。色彩も見事で、緑色の緑青(孔雀石)もきれいですが、青色顔料・ラピスラズリの軽快・鮮烈な美しさは絶品です。日本画では古来より、青色の代表として群青(藍銅鉱)が用いられてきました。原料調達の都合もあるのでしょうが、その深く濃厚な青色が日本人の抑制的で渋さを好む精神、祈りの心に合ったのです。それに比して中国・西域の人々には、この軽妙で開放的な、明るい青色のラピスラズリが合ったのでしょう。
 そして、第244窟〔隋〕(隋末~唐初にかけての優れた菩薩像がある)、第237窟〔中唐〕(南壁・観無量寿経変図に反弾琵琶の舞が、東壁・維摩詰経変図にはチベット等の少数民族の王達が描かれている)を見て、最後に莫高窟のシンボル、第96窟「九層楼」〔初唐〕を鑑賞。高さ34.5mの「北大仏(弥勒大仏)」の巨大さに驚きます。

 極めて高いレベルの作品群に圧倒・感動しながらも、多い日は一日6000人も訪れるという観光客の多さに辟易しました。日本人は意外に目立たず、ほとんどが中国人観光客でした。今、中国は空前の観光ブームです。本当なら、じっくりと遺跡周辺をスケッチしたかったのですが、今回は集団旅行なので不可能です。九層楼前で記念撮影をして、遺跡内の土産物屋で敦煌石窟の本(250元/現在、1元=約15円)を購入して、後ろ髪を引かれながらも、莫高窟を後にしました。

中国写生旅行2019「敦煌 莫高窟」 日本甘粛同郷会・常 嘉煌さん、北京の児童書出版社編集長・唐 亜明さん、北京・南京の児童書出版社の方々、絵本作家の皆さんと。

中国写生旅行2019「敦煌 莫高窟」 第96窟「九層楼」前にて。

 この後、車で少し移動して、「敦煌研究院」に立ち寄る事ができました。敦煌研究院と東京藝術大学 日本画専攻(主に平山郁夫先生の研究室)とは長く深い交流の歴史があるので、これは良い機会でした。「敦煌研究院」の貴重な書庫で敦煌関係の書籍を拝見。
 かつて留学生として東京藝術大学に来ていた時に私との交流があった、当時、敦煌研究院の研究生だった高 山(こう ざん)さんの事を、ここの研究者の方に聞いてみると、知っていました。当時、高さんのアパートで手作りの豆腐餃子をご馳走してもらったりと、親しくさせていただいたのです。高さんが中国に戻られてから、NHK 「新シルクロード」に出演しているのを見ました。その後、敦煌研究院を離れ、画家として活動しているという話は聞いていましたが、今でも中国で大変活躍されているそうです。学生時代の良き思い出の高さんが、今も第一線で頑張っておられるとの事で嬉しかったです。

中国写生旅行2019「敦煌研究院」 敦煌研究院 研究者と

 遅めの昼食を、敦煌の食堂で取りました。あまりよくは覚えていませんが、写真を見直すと、ロバ肉入りの汁無し麺をいただいています。
 その後、敦煌の名所、「鳴沙山・月牙泉」を観光。ここはシルクロードのオアシス、夢想の別天地です・・・。ところが今は、観光客の人の山。子供の頃から夢にまで見た辺境の地・鳴沙山には、300頭を超えるかと思われるラクダがつながれ、観光客がひっきりなしに列をなして、ラクダに乗って山を登ります。かつて命がけで隊商がラクダで往来した敦煌も、今では商売人のかっこうの観光収入の源泉です。出版社のご厚意で、私達もラクダで鳴沙山を登りました。ラクダの背中はとても揺れます。ラクダの背中の剛毛で擦れて、ズボンから出た足首が痛い~。タイ王国とラオスでインド象には乗った事がありますが、象と同様、ラクダも決して乗りやすい乗り物ではないようです。面白いには面白かったですが、これではまるでテーマパークですね~。
 次に月牙泉に向かいます。月牙泉を俯瞰した平山郁夫先生の有名な日本画がありますが、その真似ではないのですが、私も一度、月牙泉の俯瞰図を描いてみたいと思っていたのです。・・・ここも人の山です。私は頭の中だけでも、古のオアシスの、人一人いない静謐なる寺院と泉面をイメージしてみました。月牙泉の裏山に登る時間が無いという事で、この地を後にしました。最後に観光用電動自動車の後部に座り、鳴沙山・月牙泉を見送りながら、私は複雑な心境でいました・・・。

 私が何十年も憧れ続けて、ようやく夢が叶ったこの日。たしかに極めて優れた壁画・彫像の数々、間違いなく素晴らし過ぎる美術品に出会いました。しかし、かつてはここにたどり着く事すら困難な祈りの地・美術の地であった敦煌に、今ではいかにも容易に興味本位や物見遊山であまりにも多くの人々が押しかけています。人は皆平等なので、私がとやかく言う権利など一切ないのは分かっています。ただ、果たしてこの中のどれ位の人々が、本当に敬虔な祈りの心や真実の造詣・審美眼を持って、この素晴らしい文物を心から愛でているのかなという疑問にとらわれていました・・・。不思議な心持ちでしたが、少し虚しい想いで、私はこの地を見送りました。きっとまた、一人で来て、せめて在りし日の光景を思い浮かべながら描こう・・・、とは願っていました。

中国写生旅行2019「鳴沙山」 ラクダは続くよ~、どこまでも~~🎵 ラクダの列が延々と続く光景、かつての隊商の旅もこうだったのかな・・・⁉。

中国写生旅行2019「月牙泉」 静かなオアシスをイメージしていたのだが、ここにも人がいっぱい~ (@_@) 。

中国写生旅行2019「月牙泉」 敦煌の日差しはとてもきついので、しっかりとした日除けがかかせないのです。

 この日の夕食は、いつもご馳走されてばかりでは良くないというので、敦煌での最後の夜に、私達日本人作家と唐さんとで中国の出版社の人をもてなそうという事になりました。唐さんがネットで調べたという、敦煌市内の日本風鉄板焼きの店に行きました。食べてみると純中国風の濃いい味付けで、少なくとも日本の鉄板焼きではなかったです。やはり「郷に入れば郷に従え」という言葉通り、地元の味が一番なのですね。

 外は既に真っ暗です。夕食からの帰りは各々バラバラになり、それぞれ気になる店に寄ったりしながらホテルに帰りました。敦煌夜市の大通り(商業一条街)があったので入ってみました。いつしか中国人編集者達とは徐々に離れ、唐さん、絵本作家・齋藤隆夫さんと3人で一緒に歩いていました。唐さんがどこかに寄ると言うので、最後は齋藤さんと2人で夜市を見て歩きました。唐さんは「ホテルに2人だけで帰れますか」と心配されていましたが、私は党河の流れる方角だけ確認したら、「大丈夫です」と答えました。私はこの数日の間に、朝夕、ホテルの周囲を歩いて、頭の中に完全な敦煌市の地図を描いていたのです。こうして私はいつも、海外一人旅をこなしてきたのです。
 商業一条街を過ぎ、暗く静かな通りをしばらく歩くと、莫高書城という小さな書店を見付けました。中国での絵本・児童書市場の現状を視察・研究するというのも、今回の旅の目的でもあるので、この店に入りました。こんな西域の地の小さな本屋でも絵本・児童書が結構置いてあり、中でも「100万回生きたねこ」の翻訳本が置いてあるのが目立ちました。
 ホテルに近づいてきたので、党河の河畔に出てみました。河岸はイルミネーションできらびやかに飾られています。上海でもあるまいし、かつての辺境の地が、今ではこんなに派手に変貌した事に驚きます。川をぼんやりと眺めながら、齋藤さんに静かに話しかけました・・・、「正直言って、今回の敦煌にはがっかりしました・・・。せっかくご招待いただいた中国の出版社の方には到底言えませんが、やはり20年前までに敦煌に行っておけば良かった。もう少し静かな環境で敦煌の美をしっかりと味わいたかったのです。今の中国の虚栄的繁栄はいつまで続くのでしょうかね・・・。」私の心の中では、「日本もまたしかり」とささやいていましたが・・・。齋藤さんはわずかに驚かれたような様子で、「そうでしたか・・・。日本の60年代後半のヒッピーの時代を思い出しますね~。さあ、たぶん続かないでしょう・・・。」とつぶやかれました。

中国写生旅行2019敦煌夜市を何も買わずにぶらつく~。夜市の雰囲気はいいね!

 少年・青年時代からシルクロード・敦煌に憧れ続けた私は、いつしか頭の中に崇高な理想郷を描いていただけなのかも知れません・・・。空想は膨らみ、現実を越えて私の中の真実となり、作品制作の原動力にもなりました。その幻影世界と現実世界とのギャップに、今回、困惑を感じただけなのかも知れませんね。この文を書いている今でも実に妙な心境なのですが、この私の中の桃源郷は、この後も、パラレルワールドとしてきっと存続し続ける事でしょう。


 感動と興奮と・・・失望と諦念と・・・、複雑な心境のリフレインに、どう答えを出したらよいものか戸惑いながら、この日は眠りにつきました。
 旅も残すところ、泣いても笑っても後2日となりました。明日は上海に向かいます。この模様はまた次回といたしましょう・・・。

  絵師(日本画家・絵本画家) 後藤 仁
 

テーマ :
ジャンル : 学問・文化・芸術

2019-11-19

東京藝術大学デザイン科アート&デザイン「金唐革紙特別講義」開催、後藤 仁

 11月13日(水)は、東京藝術大学デザイン科「アート&デザイン」(押元一敏 先生)の授業に呼ばれて、毎年恒例となった、「金唐革紙 特別講義」を開催いたしました。
 金唐革紙(きんからかわし/国選定保存技術の手製高級壁紙)を実際製作した経験を持ち、その製法を詳しく知る人物は、現在ほんの数名(3名程)しかいません。その中でも私は、学生時代から約12年間、日本画制作のかたわら、金唐革紙製作にも打ち込み、現代作家の中で最も多くの実質的製作にたずさわったのです。今では、日本画家・絵本画家としての顔以外に、「国選定保存技術 金唐革紙 製作技術保持者」としても国内外に知られています。

 この日は、東京藝術大学デザイン科で1時間程、「金唐革紙の歴史とデザインの変遷」の講義をしました。国重要文化財の入船山記念館(呉市)、移情閣・孫文記念館(神戸市)、旧岩崎邸(台東区)等の金唐革紙を製作中の貴重な画像をお見せし、最後には何種類もの金唐革紙の実物を手に取って見てもらいました。
 その後、上野の不忍池にほど近い「旧岩崎邸庭園(国重要文化財)」に歩いて移動。文化庁のご依頼で、2002年に1年がかりで私を中心に復元製作された金唐革紙がある実際の現場を、学生の皆さんと鑑賞しました。旧岩崎邸の洋館2階に、2種類の金唐革紙(箔有り・箔無し)が貼られています。
 次に旧岩崎邸の和館も拝見。和館には、近代日本画の創始者、橋本雅邦の障壁画が貼られていますが、私の師の後藤純男先生(日本芸術院賞・恩賜賞受賞者)、その師の山本丘人先生(文化勲章受章者)、その師の松岡映丘の師が、橋本雅邦となります。日本画はさらに、江戸時代以前の狩野派・琳派・円山四条派・土佐派 等にさかのぼっていけるのです。こうして日本画の伝統と技法は、日本の歴史の中に脈々と受け継がれているのです・・・。

 今の学生は、授業中では物静かな人が多いようですが、この現場にて、何人かは幾つかの質問をしてくれましたね。実物の作品を目の前にして、多少は何か感じてもらえたでしょうか~。
 撞球室(ビリヤード室)前で一旦解散し、建築家・隈 研吾さん等が関わり旧岩崎邸庭園内に最近建設された「文化庁 国立近現代建築資料館」を、押元先生 他、数名で見学。けっこう立派な建物で、建築に興味のある人は必見ですが、この日の見学者は少なかったです・・・。
 こうして、今年の「金唐革紙 特別講義」も無事終了いたしました。次世代を担うであろう若き創造者達に、何か一つでもプラスになるものがあればいいのですが・・・。

 絵師(日本画家・絵本画家、金唐革紙 製作技術保持者)後藤 仁

東京藝術大学 金唐革紙講義東京藝術大学 美術学部

東京藝術大学 金唐革紙講義講義の前に、懐かしの大浦食堂で腹ごしらえ。今回は麻婆豆腐丼をいただき~。安くて美味しいね~。 ( ^^) _U~~

東京藝術大学 金唐革紙講義東京藝術大学 美術学部 総合工房棟。この中にデザイン科があります。 しかし、なぜ校庭にビニールプールがあるんだ ⁉

東京藝術大学 金唐革紙講義東京藝術大学デザイン科 アート&デザイン「金唐革紙 特別講義」 後藤 仁。 今年は受講者が少なめだったが、25名程はいたのかな。

東京藝術大学 金唐革紙講義東京藝術大学デザイン科 アート&デザイン「金唐革紙 特別講義」 後藤 仁。 最後は金唐革紙の実物をお見せしました。超貴重だよ~。 ('ω')ノ

東京藝術大学 金唐革紙講義「国重要文化財 旧岩崎邸庭園」 この時はあいにく、洋館外壁の工事中でした。

東京藝術大学 金唐革紙講義「旧岩崎邸」洋館2階。 これが私が製作した「金唐革紙(箔無しバージョン)」です。

東京藝術大学 金唐革紙講義「旧岩崎邸」洋館2階。 これが私が製作した「金唐革紙(箔有りバージョン)」です。

東京藝術大学 金唐革紙講義「旧岩崎邸」洋館2階。 こんな昔のトイレもありますよ(ちなみに使用不可です)。('ω')ノ

東京藝術大学 金唐革紙講義「旧岩崎邸庭園」撞球室(ビリヤード室)前で、皆さんで記念撮影。


テーマ : アート・デザイン
ジャンル : 学問・文化・芸術

2019-11-17

『童美連 創立55周年記念 こどもの本の画家たち展』「東京あこうのつどい」ご報告、後藤 仁

『童美連 創立55周年記念 こどもの本の画家たち展』 
  (ブックハウスカフェ、神保町) ご報告 ('ω')ノ


 一般社団法人 日本児童出版美術家連盟(童美連)主催の大型団体展覧会『童美連創立55周年記念 こどもの本の画家たち展』(ブックハウスカフェ、神保町)がご好評のうちに終了しました。(私・後藤 仁 は、この展覧会を企画運営する童美連・展覧会実行委員会委員長として、この展覧会を取りまとめました。)
 童美連現会員270名余りの中の有志、156名の原画・版画・立体作品が一堂に並びました。著名・人気絵本作家・画家から新人絵本作家・イラストレーターまで、実に多彩な顔ぶれです。
 今回、私は、絵本『ながいかみのむすめチャンファメイ』(福音館書店こどものとも) 後ろ扉・原画を出品いたしました。東京近郊で、この原画を公開するのは久しぶりでした。
 絵本・児童書閲覧コーナーには、私の作画絵本『犬になった王子 チベットの民話』(岩波書店)も展示しました。

こどもの本の画家たち展10月24日(木) 搬入・展示。 ブックハウスカフェ スタッフ、日本児童出版美術家連盟会員の皆さんと。

こどもの本の画家たち展ブックハウスカフェ、神保町

こどもの本の画家たち展「こどもの本の画家たち展」(ブックハウスカフェ) 会場入り口

こどもの本の画家たち展「こどもの本の画家たち展」(ブックハウスカフェ) 会場。 絵本『ながいかみのむすめチャンファメイ』(福音館書店こどものとも) 後ろ扉・原画 〔上段・中央〕

こどもの本の画家たち展「こどもの本の画家たち展」(ブックハウスカフェ) 会場。 絵本『ながいかみのむすめチャンファメイ』(福音館書店こどものとも) 後ろ扉・原画 〔上段・中央〕

こどもの本の画家たち展「こどもの本の画家たち展」(ブックハウスカフェ) 会場。 絵本『犬になった王子 チベットの民話』(岩波書店) 〔下段・中央〕

 2019年10月25日(金)「オープニングパーティ」開催!!。今回は、会場の広さ等を考慮して、童美連会員だけのオープニングパーティとしました。雨が降る中、50名を超える童美連会員の方々にお集まりいただきました。展覧会実行委員会委員長の私も一言ご挨拶し、パーティが始まりました~。🥂 🍻   
 ブックハウスカフェでご用意いただいた、食べ物・飲み物は美味しくて安くて、とても good! 楽しいひと時となりました~。

 27日(日)は、講演会「童美連55年の歩み ~こどもの本の画家たちの仕事と誇り」(講師:浜田桂子)がありました。
 浜田桂子さんは、童美連の歴史にも詳しく、絵本の歴史にも精通しておられ、著作権についても理解が深いので、このテーマに最もふさわしい方だと、今回、ご講演をお願いいたしました。
 この日、会場いっぱいの多くの方が聴講に来られました。浜田さんは、福音館書店「こどものとも」の初期の名作絵本や、太田大八さんの絵本等を示されながら、丁寧に分かりやすく、ご解説いただきました。
 最後に私も、展覧会実行委員会委員長として、少しご挨拶して閉会となりました。

こどもの本の画家たち展講演会「童美連55年の歩み ~こどもの本の画家たちの仕事と誇り」(講師:浜田桂子) 後藤 仁 ご挨拶

こどもの本の画家たち展講演会「童美連55年の歩み ~こどもの本の画家たちの仕事と誇り」(講師:浜田桂子) 後藤 仁 ご挨拶

 11月3日(日)は、「絵本読み聞かせリレー」を1Fカフェスペースで行いました。複数の絵本作家が自作絵本を朗読していくという企画で、第1部・第2部とも会場をあふれる程のお客様でにぎわいました。ご年配の方も多かったですが、お子さん方も楽しんでくれました~。 ヽ(^o^)丿

 4日(月・祝)は、講演会「絵本作家としての歩み」(講師:和歌山静子)を開催。和歌山静子さんは中国にも造詣が深く、力強く個性的な絵を描かれます。会場は満員で大変盛況でした~。和歌山さんの人間味あふれるお人柄がにじみ出た、とても面白いお話でした。
 私も最後に少しだけご挨拶。そこで一番やりたかったのは、展覧会実行委員会のメンバー紹介です。一人一人が独立した絵本作家・イラストレーターながら、今回、裏方として時間と労力をさいて頑張っていただけたメンバーを、せめて名前だけでもご紹介したかったのです。

こどもの本の画家たち展講演会「絵本作家としての歩み」(講師:和歌山静子)

 『こどもの本の画家たち展』は、こうして約2週間の会期を終え、大盛況のうちに無事閉幕いたしました。
 会期中は1600名を超える多くの子どもたち・絵本愛好家・児童書関係者の皆様に展示会場にお越しいただき、誠にありがとうございました。講演会・読み聞かせリレーも、合計 約200名以上の方々にご参加いただき盛り上がりました。また、童美連会員・展覧会実行委員会のお手伝いいただいた皆様に感謝申し上げます。
 今回の展覧会においては、私の絵画界での永年の経験を存分に活かし、ただ絵本の原画であるというだけではない、生の絵画作品自体を純粋に鑑賞し、その筆致や息づかい等を堪能できる展覧会を目指し、それについてはある程度、実現できたのです。ただし、これだけでは私の目標の半分も叶えられませんでした。絵本原画の販売コーナーや、いわさきちひろ・赤羽末吉・太田大八・滝平二郎・瀬川康男 等の物故会員作品展を企画提案したのですが、童美連の資金・人員不足や総会・理事会での理解が得られずに断念しました。

 11月6日(水)の搬出時は男手が足りず、私自身は先日からの軽度の腰痛もあり、力仕事はけっこう大変でしたが、その後、「第6回 東京あこうのつどい」(都市センターホテル、千代田区)があったので、そのまま現地に直行しました~。
 一昨年には小池百合子都知事もご出席された、赤穂市・兵庫県関係者100名程が集う会ですが、文化人は私や音楽家・映画人等、数名で、ほとんどは国会議員や赤穂市長・市議会議長等の国政・市政関係者と、大手ゼネコン等のビジネス関係者です。なかなか絵描きの私と興味が重なる人も少ないのですが、時には異業種の人と話す事も、また必要な事でしょう。それに、この時くらいしか会えない、貴重な方々もおられますし・・・。

こどもの本の画家たち展11月6日(水) 搬出。 日本児童出版美術家連盟会員の皆さんと。お忙しい中、黒井 健さん・篠崎三朗さん等も直接搬出に来ていただき、ありがとうございました。

東京あこうのつどい「第6回 東京あこうのつどい」 (都市センターホテル、千代田区) 赤穂市・兵庫県にゆかりのある、国会議員、赤穂市長・市議会議長、経済・文化人 等が集まる会です。

             *

 私は日本児童出版美術家連盟(童美連)には、黒井 健さん、浜田桂子さんのご推薦で2014年初めに入会し、約5年余り在籍し、後半の3年間は理事と展覧会実行委員会委員長・日本著作者団体協議会担当 等の重要役職を務めました。童美連では何人かの素敵な絵本作家の先輩方にも出会えましたし、まだまだ知らない絵本界を勉強する良い機会にもなりました。
 ただ、5年の間、童美連の中枢を知るにつれ、日本画界・純粋美術界と同じく、様々な問題点がある事が見えてきました・・・。60歳代過ぎの絵本作家の方々の中には、とても優れた造形性や人間性を備え、絵本界での名声と実績を示す人も幾人かいますが、若い作家になるにつれ、名実が備わった作家が少なくなります。また、日本画界では縦社会・派閥社会の閉塞感・弊害は多々ありますが、公然と派閥を標榜している潔さがありましたが、童美連では「公平・平等」を公に掲げながら、実際には密かな派閥・グループ間の軋轢が見え隠れし、様々な不公平性が生じていました。童美連も創立50年を超え、世に言う「権力は腐敗する」「一つの文化ジャンルの最盛期は50年を越えない」という言葉通り、ここでは詳しくは語りませんが、その他にも様々な疑問点・脆弱性を内包している今の童美連の現状を垣間見ました。現在は辛うじて、尊敬できる優れたご年配の絵本作家は残っておられますが、もう今は既に、私が憧れた絵本作家、いわさきちひろ や赤羽末吉さん達がご活躍された頃の、最も輝ける童美連ではないのです・・・・。このまま何も改革せずに今の体制で進むと、きっと10年~20年後には解体、又は、実質的な機能を失う危機に直面するでしょうね・・・。
 童美連では「著作権」の勉強会も行われますが、それは1年もあれば、ほぼ全容を解釈できました。童美連で吸収できる知識・利点のほぼ全てを、5年間もあれば、私は成しえました。その後は、時間的・体力的・金銭的浪費ばかりが気になり出すだけです・・・。とにかく”制作”の時間が相当削られるのだけは、我慢できません。私にとって「絵」は人生の全てなのですから~。私は童美連よりずっと大きな作家団体の日本美術家連盟会員でもあるので、「作家の権利の保護・擁護」という観点からも、童美連と重なる部分も多く、両団体に入る必然性もないのです。

 ブッダも「真理のことば」の中で、こうおっしゃられています。・・・・「旅に出て、もしも自分よりすぐれた者か、または自分にひとしい者に出会わなかったら、むしろきっぱりと独りで行け。愚かな者を道伴れにしてはならぬ。」(「ブッダの真理のことば 感興のことば」中村 元訳/岩波文庫)・・・・と。

 そんな訳で、特にお世話になった童美連の複数名の先輩方々には大変申し訳ない思いもあるのですが、その他にも諸々を考慮した結果、童美連での活動はこの「展覧会」という形一つの完了をもって、完全に離れる決意を固めました。
 本来の日本画家としての創作活動を一番大切にしていきたいのです。しかし、感受性の豊かな子どもたちに直接訴えかける「絵本の世界」もとても重要と考えており、福音館書店・岩波書店 等の優れた大手絵本出版社や、福音館書店編集長であった唐 亜明さん達と、本当にしっかりした絵本だけを、今後も制作継続していく所存です。
 また、何人かの信頼できる良き絵本作家の先輩方・同輩達とは、童美連を離れた後も、きっと良きお付き合いが続くだろうと信じています。今後ともよろしくお願いいたします。
 
 絵師(日本画家・絵本画家)、日本児童出版美術家連盟 会員・理事〔展覧会実行委員会委員長〕  後藤 仁

テーマ : 展示会、イベントの情報
ジャンル : 学問・文化・芸術

2019-10-22

後藤 仁「中国(南京・揚州・西寧・敦煌・上海)写生・絵本研究旅行」 その5

 2019年9月10日(火)~21日(土) 「中国(南京・揚州・西寧・敦煌・上海) 写生・絵本研究旅行」(12日間) その5です。

 9日目、9月18日(水)。中学生の頃にNHK 「シルクロード」を観て中国に憧れてより40年近く、大学3年の時に航空券が取れずに敦煌行きを逃してより約25年・・・、いよいよ私が一番訪れたかった処、甘粛省「敦煌」を巡ります。気が昂り、今日も朝5時前に目が覚めました(だいたい旅先では、いつも朝5時頃には目が覚めるのですが)。朝食前に敦煌の街を散歩。「党河」という大きな川の畔を歩きます。中国では北京に標準時を合わせているので、この地域だと2時間位は日の出が遅くなります。朝5時は真っ暗です。党河の橋を渡り対岸で東屋を見付けたので、そこで体操をしました。日の出時間の光景を見たかったのですが、30分位経っても暗いままなので、ホテルに戻りました。
 このホテル「敦煌維景酒店」では宿泊代に朝食が付いていないので、7時20分にロビーに皆で集合し、近くの食堂で朝食を取りました。この地域は包子(パオズ/肉まん類)等の小麦粉を用いた小吃(シャオチー/軽食)が美味しいです。

 8:00に車に乗りこみ、「西千仏洞」を目指します。道中では荒涼とした敦煌の砂漠地帯を通りますが、別の星に来たような不思議な光景です。巨大な電線鉄塔群が、まるで現代アートのようなシュールな景観をかもし出しています。
 「西千仏洞」に到着。ここはまだ観光客が少ないです。石窟の鑑賞には必ずガイドが付きます。北魏・唐時代の素朴な壁画で、保存状態は良いとは言えませんが、十分に堪能できました。近くの党河に出てみると、とても気持ちよく、絵本編集者の唐 亜明さんが漢詩のような詩歌を川に向かってうなりますと、・・・皆、笑顔になりました。
 ここから少し進むと、小さな土造りの小屋が見えてきました。中に入ると可愛いキツネが飼われていました・・・。ここでは現代版の新しい石窟を造営しているらしく、地下に伸びる迷路のような長い石窟内では、何名かの中国人の画家が、壁画を描いていました。係の人に壁画の説明を受けていると、ここの主催者の常 嘉煌さんが来られました。常さんは敦煌遺跡を研究・保存する「敦煌研究院」の初代院長のご子息という事で、私財を投じて、この大きな石窟を永年造営していると言います。このような立派なご活動をされている、奇特な方もいるものだと感心しました。今後、私も、画家として何かしら力になれる事でもあればと思いました。
 昼食は、ブドウの生垣に囲まれた、雰囲気のいい敦煌料理の食堂でいただきました。ここの名物は、ロバの干し肉です。黒っぽいその身は、素朴な馬肉といった感じです。ナツメの実に餅を詰めて揚げた料理も美味しいです。

中国写生旅行2019甘粛省・敦煌「西千仏洞」 絵本編集者・絵本文筆家の唐 亜明さんと

中国写生旅行2019甘粛省・敦煌「西千仏洞」近くの新石窟にて、党河を背景に。 常 嘉煌さん、唐 亜明さん、絵本作家・編集者の皆さんと

 次に「陽関」に向かいます。遺跡はきれいに整備され、建物が復元されています。資料館には、シルクロードを開拓した前漢時代の外交使節・張騫(ちょうけん)の解説や様々な展示物があり、とても勉強になります。ロバの馬車に乗って、陽関の遺跡を見物。馬車に揺られながら、SM号スケッチブックに陽関の崩れかかった「烽火台(ほうかだい)」をクロッキー。昔のシルクロード跡である「陽関大道」を見物。広大無辺の大地を、鷹に追われたのか、一匹の野ウサギが猛烈に走り去りました。
 車で移動して、次に「玉門関」へ。古代中国風の衣装を着た、解説係の女性の話を聞きながら資料館を見学。専用のバスに乗り、遺跡巡り。河倉城や漢時代の万里の長城跡を見物。玉門関の城門跡と河倉城を、SM号スケッチブックに軽くクロッキー。時間が無い・・・。この辺りは、もう少しじっくり描きたかったのですが、今回は集団移動ゆえ、仕方がありません。またいつか、ここに一人旅で来れる事を祈ります・・・。
 専用バスを降り、最後に城門跡を歩く。ここからは遥か西域や北方が望めます。古、この先はもう異国の地です。北方民族が、この万里の長城や川や湿地帯を越えて攻めてくる妄想を、私は頭で描いていました・・・。夕刻になり雰囲気が増します。北京の絵本出版社の女性が、スマホで古琴(こきん/または、琴〈きん〉と言い、中国固有の楽器で、日本の箏〈こと〉とは異なる)の音色を奏でます。旅の少しの気だるさも相まって、じんわりと郷愁が沸き上がります。

中国写生旅行2019甘粛省・敦煌「陽関」にて

中国写生旅行2019甘粛省・敦煌「陽関」にて。 ロバの馬車で遺跡に向かう

中国写生旅行2019甘粛省・敦煌「陽関」にて。 古代、この先はもう異国の地だった・・・

中国写生旅行2019甘粛省・敦煌「陽関」にて

中国写生旅行2019甘粛省・敦煌「玉門関」 漢時代の万里の長城跡にて

中国写生旅行2019甘粛省・敦煌「陽関」「玉門関」からの帰路、車内より撮影。 
 夕刻、ラクダの隊商が・・・!!日本画家・平山郁夫先生さながらの光景ですが、実は、これは作り物のラクダの彫像群なのです。


 車で数時間、敦煌の街に戻ります。道中、夕日が大地に沈み行きます。車を停めて、皆で眺めました。心に印象深く刻まれました・・・。
 夕食は敦煌市内の食堂でいただいたと思いますが、記憶はあいまいです。夕食後に、昨日訪れた乾物屋「水果特産超市」で、唐さん達とお買い物。干しアンズ、菊花茶を追加購入(計88元/現在、1元は約15円)。日本に帰ってから、乾物類をちょびちょびいただきましたが、元々私の好物でもある干しアンズが特に美味しかったです。日本で買うものより質が断然良く、値段は半分~三分の一以下です。敦煌の地は、私の大好きな果物乾物の宝庫でもあるのです。嬉しい~。もし人に前世があるとしたら、多分、私は、チベットから甘粛省・四川省辺りの少数民族だったのではないかとさえ思えます・・・。その風景にも文化にも食べ物にも、異様に郷愁を感じます。ただ高山病になるので、標高はさほど高くない土地だったのではないでしょうかね~~。
 

 明日はいよいよ「敦煌莫高窟」を訪れます。敦煌辺りの内容は、まさに日本画家である私の専門分野でもあり、記述内容も増えてきましたので、続きは次回といたしましょう・・・・。

  絵師(日本画家・絵本画家) 後藤 仁



テーマ :
ジャンル : 学問・文化・芸術

2019-10-18

日本児童出版美術家連盟主催『童美連創立55周年記念 こどもの本の画家たち展』開催ご案内

『童美連 創立55周年記念 こどもの本の画家たち展』
 2019年(令和元年)10月25日(金)~11月6日(水)
 11:00~18:00 (最終日 15:00まで)

 ※講演会のある日、10月27日、11月4日は、観覧時間が 16:00 までです。

神保町 ブックハウスカフェ 2Fギャラリーひふみ座
 〒101-0051 千代田区神田神保町2-5 北沢ビル2F
 電話 03-6261-6177

 https://www.bookhousecafe.jp/

 〈交通〉 神保町駅(半蔵門線/都営三田線・新宿線) A1出口 徒歩1分以内


 ※1F 販売コーナーで出品作家の絵本・児童書を販売予定です。ただし、全ての作家の作品がある訳ではありませんので、ご了承ください。
 2Fには、一部の作家の「絵本・児童書 自由閲覧コーナー」もありますので、ご自由に絵本・児童書を読んで、おくつろぎください。1Fには、カフェスペースも設けられています。

【絵本イベント】
○ 10月27日(日)17:00~18:00 2Fギャラリーひふみ座ホールA
 講演会「童美連55年の歩み ~子どもの本の画家たちの仕事と誇り~」 
  講師 : 浜田桂子
 ※参加費無料 要予約 先着50名様 (詳細はブックハウスカフェにお問い合わせください。まだ、残席はあります。)

○ 11月4日(月・祝)17:00~18:40 2Fギャラリーひふみ座ホールA
 講演会「絵本作家としての歩み」 
  講師 : 和歌山静子
 ※参加費無料 要予約 先着50名様 (詳細はブックハウスカフェにお問い合わせください。まだ、残席はあります。)

○ 11月3日(日) 第1部13:00~14:00、第2部15:00~16:00 1F中央カフェスペース
 絵本読み聞かせリレー ~絵本作家・画家が自作絵本の読み聞かせをします~
 ※参加費無料 自由参加


主催 : 一般社団法人 日本児童出版美術家連盟(童美連)
後援 : 千代田区、朝日新聞社、毎日新聞社、東京新聞、神保町ブックフェスティバル実行委員会、本の街・神保町を元気にする会、日本児童図書出版協会、公益財団法人 文字・活字文化推進機構、一般社団法人 日本児童文学者協会、一般社団法人 日本児童文芸家協会

こどもの本の画家たち展「こどもの本の画家たち展」 チラシ表

こどもの本の画家たち展「こどもの本の画家たち展」 チラシ裏
 
 一般社団法人 日本児童出版美術家連盟(童美連)主催の大型団体展覧会『童美連創立55周年記念 こどもの本の画家たち展』(神保町ブックハウスカフェ)を開催いたします。(私・後藤 仁 は、この展覧会を企画運営する童美連・展覧会実行委員会 委員長をしています。)
 童美連会員の有志、157名の原画・版画・立体作品が一堂に並びます。著名・人気絵本作家・画家から新人絵本作家・イラストレーターまで、実に多彩な顔ぶれです。
 今回、私は、絵本『ながいかみのむすめチャンファメイ』(福音館書店こどものとも) 後ろ扉・原画を出品いたします。東京近郊で、この原画を公開するのは久しぶりです。

絵本『ながいかみのむすめ チャンファメイ』表紙・表絵本『ながいかみのむすめチャンファメイ』(福音館書店こどものとも) 表紙

 会期中、10月25日(金)、10月27日(日)、11月1日(金)、11月3日(日)、11月4日(月・祝)は、私はほぼ1日中会場にいる予定です。
 私は諸々の事情を考慮し、年内で童美連を完全に離れる事を決めましたので、この展覧会が、私の童美連会員・理事としての最後の仕事になります・・・。ぜひ、お子様・お孫様とご一緒に、皆さまで展覧会にお越しください。心からお待ちしております。 ヽ(^o^)丿 ワ~~ィ !!!

  絵師(日本画家・絵本画家)、日本児童出版美術家連盟 会員・理事〔展覧会実行委員会 委員長〕 後藤 仁


テーマ : 展示会、イベントの情報
ジャンル : 学問・文化・芸術

2019-10-14

後藤 仁「中国(南京・揚州・西寧・敦煌・上海)写生・絵本研究旅行」 その4

 2019年9月10日(火)~21日(土) 「中国(南京・揚州・西寧・敦煌・上海) 写生・絵本研究旅行」(12日間) その4です。

 7日目、9月16日(月)。朝食は、ホテルのビュッフェを軽くいただきました。食欲は戻ってきていますが、まだ無理は禁物です。高山病は1日余りで完全に克服できたようです。
 今日は、青海省・西寧の市街に戻ります。車で1時間程移動し、横道にそれ、祁連大草原のチベット族の民家を訪ねました。アポなしの訪問らしく、チベット語が話せる運転手が交渉しています。OKが出たようです。
 チベット族の一家が出迎えてくれました。チベット族やモンゴル族の住む地域は広大な草原地帯なので、昔は旅人が行き倒れになる事も多く、また旅人は遠方の情報をもたらしてくれるという事で、チベット族・モンゴル族には、古来よりとても丁重に来訪者をもてなす風習があると聞いています。この一家も、見も知らぬ日本人・中国人の突然の訪問にも関わらず、誠に丁重にもてなしてくれました。
 チベットでは、カターというシルク様の布を肩にかけて歓迎の意を示します。その後、ヤク牛から絞ったばかりの乳でバター茶(湯に茶と牛乳・バター・塩を入れたチベット族特有のお茶)を入れてくれました。日本人・漢民族は慣れていないだろうという事で、塩は入れていないそうです(私は塩入りでも良いのですが)。前にチベットで飲んだものより、あっさりとしていますが、身体がポカポカ温まります。9月でも、この地域の朝夜は、気温10度以下と、とても寒いのです。(先日買ったパシュミナの肩掛けが役立ちます。)
 父母と祖母と娘2人がいましたが、息子さんはかつて日本に留学した経験があると言い、今は西寧の街に住んでいるそうです。ひとしきり話が終わると、広大な庭を散策し、チベット馬をSM号スケッチブックに軽く2枚スケッチしました。父親も娘さんも、のぞき込むようにして熱心にスケッチを見ています。カメラ・ビデオには慣れた昨今の中国ですが、逆に絵を描く人は珍しいようです。そこで、娘さんを描くことにしました。SM号スケッチブックに長女・次女を、それぞれ10分位かけて描きました。しっかりした眼差しの素朴で可愛らしい娘さん達です。庭にはチベタン・マスティフというチベットの大型犬がいます。家畜を狙う狼除けだと言います。かつて、絵本『犬になった王子 チベットの民話』(岩波書店)でチベット犬を描いたので、私はことさらチベット犬に関心が高いのです。
 家に戻ると、昼食が用意されていました。高価な幻の金色(黄色)のキノコを炒めた料理や、羊肉の腸詰め等、いずれも珍しくて美味しいです。お腹の調子が戻っていて本当に良かった ヽ(^o^)丿。久々にお腹一杯食べれました。(食事代は先方は断ったそうですが、気持ちとして少しお渡ししたそうです。)祖母と母親がチベットの民族衣装を着てくれました。感動です~。描く時間がないので、やむなく写真だけにおさめました。絵本編集者・唐 亜明さんが、今年12月頃に中国で発売予定の私の作画による新作絵本(題名は後日発表!!)の原画を、スマホで親子に見せています。特に娘2人は、極めて興味深げにのぞき込んでいます。「この話、知ってる~」と言っていたそうです。絵本が完成したら、スマホではなく、本物の絵本で見せてあげたいなと思いました。
 最後、お別れの時に、親子が駆けよって来てくれました。2人の娘さんの素朴で力強い目を見ると、このような素朴で純粋な子供たちが、今の超絶に発展する中国の中でも歪むことなく、すくすくと育って欲しいと願い、~何故だか突然、涙が目頭に浮かびました・・・。私はこの時、非常に強く感動していました・・・。結局、ここでの経験が、今回の旅の中で、一番思い出深い出来事として、強く心に刻まれています。

 車で3時間程かけて、西寧の街に戻ってきました。先程まで大草原のただ中だったのが嘘のような、高層ビルの立ち並ぶ都会です。今の中国は内陸部の辺境でも、想像以上に発展しているのです。この日の宿は、前に西寧で泊まった時と同じ、「和頤至格酒店」という超高級ホテルです。夕食は近くの百貨店内の食堂でいただきました。今日の出来事・・・、チベット族の一家と西寧の都会の不可思議なアンバランスを考えながらも、心地良い眠りにつきました。

中国写生旅行2019青海省・茶卡塩湖近くのホテル 「高原紅驿站」

中国写生旅行2019青海省・チベット族の家にて、カターで歓迎を受ける。
〈※今までも今後も同じですが、私が写った写真は、私のカメラを他人に渡して撮影していただいています。私が写っていない写真は、全て私自身による撮影です。〉


中国写生旅行2019青海省・チベット族の家にて、ヤク牛乳のバター茶を入れていただく。とても美味しいよ~ ( ^^) _U~~

中国写生旅行2019青海省・チベット族の一家と、記念撮影。

中国写生旅行2019青海省・チベット族の一家と、記念撮影。

 8日目、9月17日(火)。早朝6時前に目を覚ますと、体調はすこぶる良いです。私はいつも海外の旅先では、だいたい1週間近くたった頃に、環境に慣れてきて調子が整うのです。7時になると一番乗りでホテルのビュッフェをいただきます。今日はたくさん食べれて嬉しい~。朝食後、近所の散策。ホテル近くの小川沿いを歩きます。太極拳をしている老人達や横笛を奏でるおじさんに出会います。川にヤツガシラという鳥がいました。最初にヤツガシラを見たのは、2004年、初めての海外一人旅のインド一周旅で、タージマハルの庭の排水溝の穴に無理やり入り込むヤツガシラを目撃した時です。美しくもひょうきんなその姿に、いっぺんに魅了されました。その後、中国の旅等で、まれに出会う事があります。私にとって、このヤツガシラは、とっておきの吉鳥なのです。
 
 この日は、いよいよ私の最も憧れの地の筆頭と言える、敦煌に向かいます。武者震いがします~。1995年、大学3年の時、2度目の海外二人旅で中国を訪れた際、北京で「敦煌行き」の航空券を購入しようとしたが、満席で2週間後の帰国時までに調達できず断念して以来、幾度となく訪問を計画しながら、何故か上手くタイミングが合わず、断念してきました。個人的にも興味は極めて高いのですが、日本画家の私としても、日本画の源流のある「敦煌」には、どうしても一度は訪れないといけない地なのです。
 西寧でチベット・青海省関係の本を買いたかったのですが時間がなかったので、西寧曹家堡空港の書店で「秘境青海」(48元/現在、1元は約15円)を購入。昼食は機内食で済ましたかと思いますが、よく覚えていません(一人旅と違い集団移動なので、記憶があいまいな部分があります)。

 13:20西寧 発 → 〈四川航空8373〉 → 15:00敦煌 着

 甘粛省・敦煌の宿にチェックイン。敦煌は中国有数の観光地なので、辺境の地のイメージとは異なり、想像以上に立派なホテルが多いようです。今回泊まる「敦煌維景酒店」は、その中でも豪華なホテルです。ロビーも必要以上に立派ですが、その部屋は私が今まで泊まったどのホテルより広くて豪華でした。2008年に絵本『ながいかみのむすめチャンファメイ』(福音館書店こどものとも)の取材で訪れた「中国(貴州省・広西チワン族自治区)の旅」で、現地の旅行社に手配してもらった、貴州省・凱裏(がいり)のホテルが今までで一番広かったのですが、ここはそれより3分の4位の広さです。
 部屋が広過ぎて落ち着かないので、すぐにホテルを出て周囲を探検します。しばらく歩くと、「党河」という大きな川がありました。道を戻りホテルを過ぎそのまま逆方向にしばらく行くと、大きな通り・鳴山路に「敦煌書画院」という建物がありました。入ってみると、敦煌壁画の模写を描いて売る工房らしく、広い店内では数名の人が絵を描いています。模写を見て歩き、筆や紙を売っているので拝見。紙は薄い宣紙類しかないので、日本画では使えません。係の人に岩絵の具がないか聞いてみましたが、顔彩のようなチューブ式の絵の具しかありません。筆は前に北京・上海の画材店でも何度も見ていますが、中国の筆は日本画の筆より造りが粗くて、繊細緻密な作画には向いていません。しかし、何かしら使い道があるので、筆を各種6本(計120元)購入。日本の筆と比べると驚くほど安い。そこを出ると、ちょうど隣の乾物屋「水果特産超市」で、唐さんと音楽家の郭 敏(グォ ミン)さんが買い物をしていました。私もナツメ、干しブドウ、クコの実(計42元)を購入。敦煌は果物の乾物の名産地です。
 その後、皆さんでホテル近くの食堂で夕食を取り、夜は20:00から、「敦煌に出会う(又見敦煌)」という最近敦煌で話題という大型劇を観劇するといいます。車で敦煌遺跡近くの劇場に向かうと、観客が一杯です。数百人はいるでしょうか~。観劇料は6000円位するそうですが、その値段にも関わらず、驚くほどの人出です。今の中国は空前の観光ブームなのです。劇場は広大で、中を歩いて移動しながら劇を観ます。最後は広いホールの席に着き観劇。中国語なので内容ははっきりとは分かりませんが、敦煌の歴史・伝承を劇に仕立ててあるようです。古代中国の衣装をまとった100人以上の役者と、大掛かりな機械仕掛けのステージは、どれ位の費用をかけて作ったのか・・・。凝った演出に度肝を抜かれる感じで、存分に堪能できましたが、何か私がイメージしていた辺境敦煌とはかけ離れた現在の状況に、少し戸惑いを感じたのは確かです・・・。

中国写生旅行2019青海省・西寧 「和頤至格酒店」の朝食ビュッフェ、 やっと昨日から食欲が戻って朝から絶好調! ヽ(^o^)丿

中国写生旅行2019甘粛省・敦煌 「敦煌維景酒店」の有り余るほど広い部屋。

 明日からはいよいよ旅のメインイベントの「敦煌遺跡群」を鑑賞します。極めて楽しみなのですが、今日の人混み光景を目の当たりにし、少しの不安もあります・・・。10人は泊まれそうな、一人には広過ぎるホテルの部屋ですが、さすがに心地良く眠れました。
 この続きはまた次回といたしましょう。

  絵師(日本画家・絵本画家) 後藤 仁 

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後藤 仁 プロフィール

後藤 仁(GOTO JIN/后藤 仁)

Author:後藤 仁(GOTO JIN/后藤 仁)
~後藤 仁 公式ブログ1~
日本画家・絵本画家 後藤 仁(GOTO JIN/后藤 仁)の日本画制作、絵本原画制作、写生旅行、展覧会などのご案内を日誌につづります。

 〔後藤 仁 略歴〕
1968年兵庫県赤穂市生まれ。15歳、大阪市立工芸高校 美術科で日本画を始める。東京藝術大学 絵画科日本画専攻 卒業、後藤純男先生(日本芸術院賞・恩賜賞受賞者)に師事。在学中より約12年間、旧岩崎邸、入船山記念館、孫文記念館(移情閣)等の金唐革紙(手製高級壁紙)の全復元を行う。卒業以降は日本画家として活動し、中国・インドをはじめ世界各地に取材した「アジアの美人画」をテーマとする作品を描き、国内外で展覧会を開催する。近年は絵本の原画制作に力を入れる。
○絵本作品に『ながいかみのむすめチャンファメイ』(福音館書店)、『犬になった王子 チベットの民話』(岩波書店)、『わかがえりのみず』(鈴木出版)、『金色の鹿』(子供教育出版)、挿絵作品に『おしゃかさま物語』(佼成出版社)。『犬になった王子 チベットの民話』は、Internationale Jugendbibliothek München ミュンヘン国際児童図書館(ドイツ)の「The White Ravens 2014/ザ・ホワイト・レイブンス 国際推薦児童図書目録2014」に選定される。NHK日曜美術館の取材協力他、テレビ・新聞・インターネットサイト等への出演・掲載も多い。
○東京藝術大学デザイン科 非常勤講師、元 東京造形大学 絵本講師。国選定保存技術 金唐革紙 製作技術保持者。日本美術家連盟 会員(ご推薦者:中島千波先生)、日本児童出版美術家連盟(童美連)会員・理事、絵本学会 会員、日本中国文化交流協会 会員、この本だいすきの会 会員。千葉県松戸市在住。

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絵:後藤 仁 /文:君島 久子 /出版社:岩波書店絵本ナビ


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