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2021-09-14

インドネシア(ジャワ島・バリ島)写生旅行〈1995年〉その2、後藤 仁

 私の一番最初の海外旅行、『インドネシア(ジャワ島・バリ島)写生旅行』 (1995年3月13日~27日)の続き〈その2〉です。

                 *

 旅行4日目: 1995年3月16日(木)。この日も、バリのあんちゃんの運転で、バリ島見物。ウブド(ウブッ)のホテルを出発。ウブドはバリ絵画で有名な村です。バリ島の伝統的な風景・風俗を精緻に描いたバリ絵画は、一見の価値があります。私達もウブドで二泊(多分)している間に、ウブドの通りを散策して、画廊等でバリ絵画や民芸品を見て回りました。

 あんちゃんがデンパサール近郊の自分の家に招待してくれるというので、一緒に行く事になりました。旅先で気を許すと危険な目に合う事が多いのですが、この頃になると、お互いの信頼度も増していました。
 あんちゃんの質素な家に着くと、綺麗な奥さんも出迎えてくれました。庭の椅子に腰掛けると、あんちゃんが手製キウイジュースを作ってくれました。グラスに生のキウイを砕いて入れ、カキ氷のシロップをかけ、水を入れて出来上がり! ただ、これまでバリ島では、生水はお腹をこわすので厳禁という事で、必ずペットボトルで水を飲んでいました。レストランの水でさえ、注意して飲まないようにしています。ジュースを出されたのはいいのですが、中尾君と顔を見合わせて、「どうしようか・・・」「水道水を入れていたよね・・・」と小声をかわしました。あんちゃんが向こうを見ている隙に、中尾君がグラスのジュースを庭にパッと半分位捨てました。私も捨てようとすると、あんちゃんがこちらを振り向き、「何してんの?」といった顔をしました。私達はさすがに気まずいので、「仕方ない、せっかくの好意を無駄にできない」と心の中で覚悟を決め、グイっと飲み干しました。なかなか美味しかったです~。 ( ^^) _U
 この日の出来事を思い出すと、今でも笑いがこみ上げてきます。・・・ただし本来なら、この頃のインドネシアでは、睡眠薬強盗等が横行していたので(場所によっては、レストランでも、客と店がグルになった睡眠薬強盗が起こります)、安心できる店や相手でないと、出された飲み物は飲まない方がいいです。ただ、この時は、あんちゃんの人柄を信じていましたし(それが危ないのですがね・・・)、旅先での過度の警戒心は、せっかくの現地の人々との楽しい交流を台無しにしてしまいますので、程度ものなのです。海外の旅では、周囲の人物と治安状況をいかに的確に判断できるかの、眼力と経験が必要になってきます。

 次に、サヌールの砂浜で海を眺め、バリ島最南端にある「ウルワトゥ寺院」では、75mの断崖絶壁からインド洋を一望。その後、バリ島の有名な観光地、クタ・ビーチへ。ビーチへ入るなり、物売りの若者二人が指輪をしつこくすすめてきます。初めは断っていたのですが、中尾君が品物に興味を示し、仕方ないので、私も付き合う流れに・・・。まず、このような売人の商品は偽物なのですが、当時は私も若かったので(今では絶対に相手しませんが)、誰かへの軽いプレゼント用にでもしようかと、安めの指輪2つを購入(銀らしき輪はたぶん真鍮製で、宝石部分はガラスかプラスチックかも知れません)。クタ・ビーチは雑多で、治安が悪い感じで、好きになれませんでした。(ちなみに、この10年後の2005年、クタ・ビーチで日本人が巻き込まれるテロ事件が起こりました。現在、ますます世界中の治安が悪化する傾向にあり、アジアの国々でも、特に繁華街・駅前等では、最大限の注意が必要です。)
 夕方前、海岸に建つ「タナ・ロッ寺院」(入場料・寄付金合わせて2000ルピア)へ。海につき出た半島上に建つヒンズー教寺院は、とても幻想的で、美しいです。砂浜では、子ども達が元気に遊んでいました。子どもは、やはり、遊ぶ事が仕事ですね~。ところが私達を見ると、子ども達は熱心に絵ハガキを売ってきます。絵ハガキを幾つか購入したついでに、先程、クタ・ビーチで購入した指輪を、多分良い事ではなかったかも知れませんが、その中でも愛想の良い子どもにあげてしまいました。
 その他の場所でも、バリ島には子どもの物売りが多くて、あちこちで、手作りネックレス等の小物を買わされる羽目に・・・。経済的にまだまだ発展途上国であるアジアの国々ではよくある事ですが、子ども達が労働している姿は(基本的に楽しそうに、遊び感覚で物売り等をしていますが)、いつも、とても悲しげに思え、考えさせられます。
 この日の夕方は、旅の感傷にふけりながら、「タナ・ロッ寺院」の海に沈む夕日を、いつまでも眺めていました・・・。

 この夜は、デンパサールのホテル(名前は未記録、この時分は手帳の記録・資料の保存が適当でした)へ。ウブドのホテル(多分、「CHANDRA GARDEN ホテル」)は良かったのですが、確か、明後日の航空移動日に備えて、空港に近いデンパサールのホテルに移ったのだと思います。多分、二泊二人(ダブル部屋)で50000ルピア(一泊・ダブル部屋25000ルピア/1万円→約22万5000ルピア : 1ルピア≒約0.044円)だったと思いますが、最初にタクシーに連れていってもらったデンパサールのホテルより、ずっと快適なホテルでした。朝は、朝食の食パンとゆで卵とバリコーヒー(バリコピ)が付いてきます。バリコーヒーは、カップの底に細かいコーヒーかすを沈めて、上澄みを飲むというスタイルで、香り・こくは薄いですが、あっさりして独特の美味しさです。

インドネシア写生旅行
「タナ・ロッ寺院」の美しい夕景

 旅行5日目: 3月17日(金)。この日もバリ島見物。デンパサールのホテルから出発。バリ州政庁舎を見て、ウブド近郊の「ゴア・ガジャ」へ。ゴア・ガジャとは「象の洞窟」を意味し、奇妙な巨大石像の顔の口部分が洞窟になっています。6体の女性石像がある沐浴場も美しいです。ここでは、人の良さそうな おばあさんとお孫さんが、お供え物を手作りしていました。
 かなり車で走って、プヌロカンへ。ここから、バトゥール山(1717m)と巨大なカルデラ湖・バトゥール湖が望めます。次に、「ティルタ・エンプル寺院」(入場料550ルピア)へ。ティルタ・エンプルは「聖なる泉」を意味し、沐浴場では男達が沐浴をしています。このヒンズー教寺院では、ちょうど、「オダラン」というお祭りが開催されていました。「オダラン」はヒンズー教寺院の建立記念日を祝うお祭りですが、毎日のようにバリ島のどこかで行われているといいます。このお祭りはとても見応えがあり、美しい伝統衣装の善男善女が、頭にお供え物(ガボガン)を乗せて続々と寺へお参りする光景は、とても印象的で目に焼き付きました。後に私は、この「オダラン」をモチーフに、日本画作品を何度も描いています。
 この夜は、プリアタンのプリアタン宮殿「レゴン・クラトン(宮廷舞踊)」(7:30~9:00/一人5000ルピア)を鑑賞しました。舞踊の演目は、「インストゥルメンタル」「ウエルカム・ダンス(歓迎と祝福の踊り)」「クビャール・トロンポン」「レゴン・クラトン(レゴン・ラッサム)」「タルナ・ジャヤ」「バロン・ナンディニ」と続きます。バリ舞踊で最も有名な「ティルタ・サリ舞踊団(Tirta Sari)」の舞踊は、極めて高い技術であり、最高に幻想的で素晴らしいものでした。ガムラン(インドネシアの伝統的な民族音楽)の調べに合わせて、誠に優雅な踊りが繰り広げられていきます・・・。

 私が前に、拙ブログの「最も感動したランキング ベスト23 」インドネシア バリ島「バリ舞踊」第12位に挙げましたが、この日の「オダラン」と「レゴン・クラトン」は、まさにバリ島の旅のハイライトとして、決して一生忘れる事がないでしょう・・・。この後、私が「アジアの美人画」シリーズを描く大きなきっかけともなりました。

インドネシア写生旅行
デンパサールのホテルで、朝食中の中尾俊雄君 (ホテル名は、残念ながら記録していませんが、快適なホテルでした。ガイドブックの地図への記入から、デンパサールのディポネゴロ通りの警察署近くのホテルではないかと思います。)

インドネシア写生旅行
「ゴア・ガジャ」 中尾俊雄君と私

インドネシア写生旅行
「ティルタ・エンプル寺院」 バリ島のお祭り・オダラン

インドネシア写生旅行
プリアタン宮殿 「レゴン・クラトン」 ウエルカム・ダンス(歓迎と祝福の踊り)
インドネシア写生旅行
プリアタン宮殿 「レゴン・クラトン」 レゴン・クラトン(レゴン・ラッサム)
インドネシア写生旅行
プリアタン宮殿 「レゴン・クラトン」 バロン・ナンディニ


日本画「妙なる国の少女(バリ島)」後藤 仁
日本画「妙なる国の少女(バリ島)」(F50号/2002年制作) 後藤 仁


 明日は、バリ島からジャワ島・ジョグジャカルタへ、飛行機で飛びます。いよいよ、世界三大仏教遺跡・ユネスコ世界遺産「ボロブドゥール遺跡」とのご対面です。続きを、ご期待下さい~ 💖 。

 絵師(日本画家・絵本画家) 後藤 仁


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ジャンル : 学問・文化・芸術

2021-09-11

「絵師 日々の言霊」 後藤 仁 〈10〉

 私は日本画・絵本原画制作の合間合間に、日々思った事・見付けた事などを、Facebook・Twitterでつぶやきます。これは、その続編〈10〉になります。
 一絵師のたわいもない独白は、いい加減で無責任な言葉にしか過ぎません。しかしその行間に、芸術家の真実が垣間見えるかも知れません。荒削りで不器用な絵師の言葉の中から、”真実の言霊”を見出していただけましたら光栄です。

 今回は、「大垣祭り・中町 布袋軕」天井画 制作報告や既にまとめた長文を除く、中国向け新作絵本〈第3弾〉制作過程、新型コロナウイルスワクチン接種 等の記事をまとめています。
 「大垣祭り・天井画」と「新作絵本」も、ますます作画が進んでいます。この後も、乞うご期待~❣

 絵師(日本画家・絵本画家) 後藤 仁、 后藤 仁(中国語)

                  ★


2021年8月17日

 本日は、松戸市の「新型コロナウイルスワクチン」(1回目)を接種しました。接種は誠に順調に素早く進行し、注射時の痛みは全くなく、針を刺した事が分からない位でした。献血の針の方が、わずかな痛みを感じますね~。接種後6時間余りが経過し、ほんのわずかに注射部分周辺の張り感があり、体温は36.8度位まで上がったり、少し下がったりしていますが、今の所、全く問題はありません。
 50歳代の私にも、ようやくワクチン接種の番が回って来ましたが、若い人ほど接種が遅くなるという現状では、感染はまだまだ広がる懸念がありますね・・・。

 私は、比較的健康体で、あまり病気にもならないので、普段、インフルエンザの予防接種等は受けません。幼少期のワクチン接種以降、大人になってからは、大学3年生の時(1995年)の「インドネシア(ジャワ島・バリ島)写生旅行」の際に、当時、インドネシアでコレラが大流行りしていたので、その時に、コレラのワクチン接種をした経験の一度きりです。
 今回、病院嫌いである私がワクチン接種をする理由は、コロナが全国的・世界的に猛威を振るっている上、来年以降、海外取材・展覧会企画旅行等をする時の為の備えという、自己理由もあります。しかし、それ以上に、私は普段、多くのご年配の方々等に”絵(日本画)”を教えている立場上、他者に感染をさせる恐れを最小限に抑えたい、また、苦難に立ち向かわれている医療関係者や飲食店関係者等のご負担を、ワクチン接種により少しでも和らげられるなら・・・、という思いによる所が大きいです。
 今後、多くの若い人達もワクチン接種を受けられて、日本・世界の社会・経済・文化が好転する事を、ただただ祈っております。
 

8月18日

 本日、先月28日から描いていた、中国向け新作絵本〈第3弾〉「第3場面」”下図”を完成させ、念紙(ねんし/転写用の和紙)で本紙(雲肌麻紙)に転写しました。
 大作の大垣祭り「天井画」と並行して制作しているので、なかなか、はかどりませんが、確実に前進はしています。今回も、前作の新作絵本〈第2弾〉(出版はまだ先になる模様)に続き、この世の者とも思えぬ、絶世の美女を描いています。出来うるならば、前よりも更に、美的な表現を模索しつつ・・・。
 中国の国情も刻々と変化し、一筋縄ではいかない様相です。しかし、本当に良い物は、国境や人種・民族・信条を越え、必ず多くの皆様に喜んでいただけるものと信じて、創作の手だけは緩める事なく、ひたすら、この画道を歩み続けたいです。

           *

 松戸市「新型コロナウイルスワクチン」(1回目)接種後・経過報告の続きです。
 昨日の午前中に接種した後、8時間位経過すると、注射部分周辺が少しだけ痛くなり始めました。ハチに刺された痛みをずっと弱めたような感じで、その部分に物が当たると少し傷みます。
 今朝、目覚めると、少しだけ頭痛がありましたが、大したものではありません。注射部分周辺は、見た目は変化ありませんが、やはり少しの痛みがあります。弱めの筋肉痛のような感じで、手を上げると、少し傷みます。体温は36.1度位で普通でした。
 昼位になると、体温が37度位まで上がりましたが、倦怠感などは、ほぼありません。頭痛はおさまってきました。
 夕方の今も同じ感じで、体温は高めで、腕のわずかな痛みは残っていますが、それ以外は特に変化はありません。明日になると、ほぼ平常通りになりそうな状態です・・・。
 2回目接種後は副反応が重くなると言いますので、断言はできませんが、これで、新型コロナウイルスへの感染が抑制されるのなら、素晴らしい事ですね~💕


8月19日

 私の作画絵本『犬になった王子 チベットの民話』(岩波書店)”在庫僅少”になってしまっています・・・。アマゾン Amazonでは、新品や中古品が定価より高く設定されて売られていますよ~。 ( ;∀;)ノ 
 私の高学年向けの渋めな「絵本」など、元より、大した量は売れない定めなのです。そんな中でも有難い事に、読みたい方々が、せっかく大勢いらっしゃるのに、作品が行き渡らないのは、大問題です。岩波書店さん、早め早めの増刷を、お願いいたします。 <(_ _)>

○岩波書店公式サイト ─ 絵本『犬になった王子 チベットの民話』
https://www.iwanami.co.jp/book/b254895.html

○アマゾン Amazon ─ 絵本『犬になった王子 チベットの民話』
https://www.amazon.co.jp/%E7%8A%AC%E3%81%AB%E3%81%AA%E3%81%A3%E3%81%9F%E7%8E%8B%E5%AD%90%E2%80%95%E2%80%95%E3%83%81%E3%83%99%E3%83%83%E3%83%88%E3%81%AE%E6%B0%91%E8%A9%B1-%E5%90%9B%E5%B3%B6-%E4%B9%85%E5%AD%90/dp/4001112426/

絵本『犬になった王子(チベットの民話)』表紙 小
絵本『犬になった王子 チベットの民話』 (君島久子 文、後藤 仁 絵/岩波書店) 表紙


8月20日

 本日は、中国向け新作絵本〈第3弾〉「第3場面」”骨描き(こつがき/墨による最初の線描)”をして、胡粉(ごふん/貝殻から作られる、白色の絵の具)の地塗りをしています。この丁寧な下地作りが、日本画では重要な工程になるのです。私は通常、胡粉は、薄く二度塗りします。
 今、一度塗りの後、乾かしている所で、この後、二度塗り目をほどこそうと思います。
 だんだんと、美しい王朝絵巻が浮かび上がってきますよ~。😘


8月22日

 スタジオジブリ・アニメーション映画「もののけ姫」のテレビ再放送にからんで、このようなサイトでも、「シュナの旅」(宮崎 駿)や、チベット民話「犬になった王子」と拙作絵本『犬になった王子 チベットの民話』(岩波書店)について語られています。

○ジブリのせかい ─ 『もののけ姫』を宮崎駿監督が解説!
https://ghibli.jpn.org/report/qa-mononoke/

○ピクシブ百科事典 ─ ヤックル
https://dic.pixiv.net/a/%E3%83%A4%E3%83%83%E3%82%AF%E3%83%AB


8月23日

 本日は、中国向け新作絵本〈第3弾〉「第3場面」下地塗りとして、黄土色と青系の色の2色を塗り分けました。通常は基本色の黄土色で下地塗りをする場合が多いのですが、場面によっては例外もあります。


9月4日

 中国の、WeChat 微信/知乎 「高性价比的艺术留学(費用対効果の高いアート留学)」という記事には、世界中の代表的な芸術大学・美術大学がまとめられています。
 その中の、日本「东京艺术大学(東京藝術大学)」では、村上 隆さん(世界的 現代アーティスト)、小田部羊一さん(宮崎 駿さんの先輩アニメーター、スーパーマリオのキャラクターデザイン等を手掛ける)、李 叔同さん(中国の著名な詩人・禅僧・教育者)、坂本龙一さん(坂本龍一/日本を代表する音楽家)と共に、光栄な事に、私・后藤 仁(後藤 仁)も紹介されています。

https://mp.weixin.qq.com/s?__biz=Mzg2NzUxNTMwNA==&mid=2247494819&idx=1&sn=fb9c20174057b0ed61d21f3b2c265f4a&chksm=ceb8c264f9cf4b728316413053148b0d55bb79928341cc63acf330778ee737b8ddd2840b6851&scene=178&cur_album_id=1576042972037578755#rd

https://zhuanlan.zhihu.com/p/397244046


9月8日

 昨日の午前中、松戸市の「新型コロナウイルスワクチン」(2回目)を接種しました。これで多分、ある程度の抗体ができて、多くの人々に”絵”を教えたりする立場上も、少しは安心材料になります。
 昨日の注射時は、わずかにチクリとしましたが、痛いという程ではありませんでした。夕方~夜には、左手を挙げると、注射部分にわずかな痛みがある程度で、体温は36.9度位と少し高めな以外は、大きな体調変化はありませんでした。
 今日も、朝から37.0度と体温が少し高めで、腕の痛みが少しある以外は、さほど変化はありません。ただ、夜中の4時頃に一旦、目覚めた時に、異様な寒気を感じましたが、これが副反応かどうかは分かりません。昼過ぎ~現在も、体温が37.0~37.3度位と少し高めで、何となく一日中、眠たい気もしますが、副反応と言える程の著しい体調変化はありません。明日になると、日常と全く変わらなくなりそうですね~。
 今回は、頭痛(軽度)が無い分、1回目の接種後より、私は楽な気がします。人によって違いがあるのでしょうから、個人個人の体質・考え方次第ですが、これで日本の、世界の、コロナ禍のリスクを軽減できるのなら、とても良い事でしょう。

            *

 先日、千葉県柏市居酒屋「庄や」の前で、通行人に声を掛けながら、スタッフが弁当を一生懸命に売っていました。私も一つ、購入~🍙 ❣
 今の時代、画家稼業も誠に厳しい時代となりましたが、飲食店も、これまた、とても大変です・・・。私は東京藝術大学卒業後、「金唐革紙(国選定保存技術、手製高級壁紙)」の仕事を本格再開するまでの1年半位の間、茨城県取手市「庄や」でバイトをしていました。日中、絵(日本画)を制作し、週に3日・1日8時間位、居酒屋で夜間働いていました。親の財力・人脈でも無い限りは、”絵”(売り絵)だけで食べていくのは、昔も今も実に困難なのです。

 私は当時、体力があり、手が器用で素早いので、週末のパントリー(飲み物を作る所)を一人で任せられ、私よりパントリーをこなせる人がいないという事で、あまり嬉しくも無いのですが、「パントリスト」というニックネームを付けられました・・・。そんな経験もあり、今の飲食業界(特に居酒屋・酒屋 等)の大変さが少しは分かるのです・・・。また、バイトが無くなった地方出身の大学生等は、さぞ厳しい環境だろうと、とても心配しています。
 私は貧乏画家の宿命で、今まで、美術・絵画関係(日本画、絵本画、金唐革紙、大学講師・絵画教室講師 等)以外にも、全く絵とは関係ない、様々な種類の職業(30種類以上)を経験してきました。
 ただ、一見、”美術”とは直接結びつかない余計に思える経験なのですが、これらの多くの経験が、様々な社会的立場・地位の人々への理解を深める事に繋がり、「日本画」や「絵本」の創作に間接的に役立っているのではなかろうかと、今では、良くとらえています。また少なくとも、画家以前に、人間的な成長には影響しているのではないかとも思います。 

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2021-09-09

インドネシア(ジャワ島・バリ島)写生旅行〈1995年〉その1、後藤 仁

 私は現在までに、アジア圏を中心に、13か国・地域や、日本全国(全47都道府県)を写生旅行してきました。貧乏画家故に予算に限りがあり、数としては大した事はないのですが、いずれも誠に充実した写生旅行でした。
 私は”旅”を愛し、”旅での写生”を画家人生の生き甲斐にしてきました。ところが、現在のコロナ禍により、海外・国内旅行も制限され、来年以降もしばらくは難しそうです。そこで、この間に、まだブログに記していない、過去の「海外写生旅行」をぼちぼちとまとめておこうと思います。なにぶん昔の事ですので、記憶違いの事項やあいまいな箇所も多々あるかと思いますが、残された画像や資料を元に、感動の旅をできるだけ詳細に辿ってみたいと思います~。
 まずは、私の一番最初の海外旅行『インドネシア(ジャワ島・バリ島)写生旅行』 (1995年3月13日~27日)です。私は26歳、東京藝術大学3年生の終わりの春期休暇に、この旅を行いました。

 大学4年生を前に、私は卒業制作の題材を考察していました(当初は、「東大寺大仏殿」を描く予定でいました)。東京藝術大学 日本画専攻の同級生、中尾俊雄君がインドネシアの旅を一緒に行ってくれる人を探しているというので、前々からアジア文化に関心の高かった私は、この機会に彼と一緒に旅行する事にしました。私はそれまで、国内旅行にはよく出掛けていましたが、海外旅行は未経験でした。中尾君はヨーロッパの旅等を何回か経験しているといい、海外初旅行は経験者に同行する方が安全だろうと考えたのです。
 ジャワ島にある世界三大仏教遺跡・ボロブドゥール遺跡には、かねてから、ぜひとも訪れてみたかったのです。また、バリ舞踊にも関心がありました。そして、卒業制作の題材探しも、旅の大きな目的でした。
 それからパスポートを取り、その時分、インドネシアではコレラが流行しているというので、念のために品川東京検疫所と那覇検疫所でコレラワクチンを2回接種しました。2月27日~3月4日に、師である後藤純男先生に随行して「沖縄(本島)写生旅行」に行っていたので、2回目はやむなく沖縄で接種したのです。ちなみに私が初めて飛行機に乗ったのは、この沖縄旅行でした。私は結構苦学生でしたので、なかなか生活にゆとりを持てず、旅好きの割には飛行機デビュー・海外旅行デビューも、存外、遅かったのです・・・。
 新宿のH.I.Sで、インドネシア行の往復航空券(日本・成田 → インドネシア・バリ島 → インドネシア・ジャワ島 → 日本・成田/9万2000円)と海外旅行保険(7610円)も購入しました。

                 *

 旅行1日目: 1995年3月13日(月)11:00 日本・成田発 → 20:10 インドネシア・バリ島、デンパサール着
 ガルーダ・インドネシア航空の機内は落ち着いたブルー色で、食事や雰囲気も良かったです。赤道を越える頃に、かなり機体が揺れて、乗客の女性達からは悲鳴が起こったりしましたが、基本、快適な空旅でした。インドネシア上空で飛行機の窓から見下ろすと、田園や曲がりくねった川が、パッチワークのようで面白いです。インドネシア・ジャカルタのスカルノ・ハッタ国際空港を経由して、バリ島のグラ・ライ国際空港に到着しました。
 こうして、小さな不安と大きな期待を胸に、私の海外初の旅が始まりました~!!

インドネシア写生旅行
インドネシア・ジャカルタ 「スカルノ・ハッタ国際空港」 ガルーダ・インドネシア航空、マークのガルーダがカッコイイ~❣

 空港で両替をすると、1万円→22万5000ルピアでした(1ルピア≒約0.044円/ウブドの両替所では、1万円→24万ルピアの所もありましたが、その他はだいたいこのレートでした。当時のインドネシアの物価は、日本の6~7分の1くらいでした)。空港からタクシー(1万1000ルピア)でデンパサール市内へ。タクシー運転手の案内で安めの宿を探し、ダブル部屋で二人で1万6500ルピアのホテルに泊まりました。
 チェックイン時、宿に、私らより少し年上のあんちゃんが来て、車でバリ島を案内するといいます。バリ島は交通網が発達しておらず、どのみち右も左も分からぬ土地ですし、人相から悪い人ではなさそうだと中尾君と相談し、その人に運転・案内してもらう事にしました。一日(確か二人で)7万5000ルピアだといいます。インドネシアの物価からすると高めのような気もしましたが、後で分かったのですが、その人はレンタカーを借りて一日中、運転をしてくれるので、そのレンタカー代にかなり持っていかれるそうで、比較的良心的な価格だったようです。
 
 旅行2日目: 3月14日(火)。この日は、バリ島の有名なヒンズー(ヒンドゥー)教寺院・ブサキ寺院方面を巡ります。
 金銀細工の村・チュルク(チュルッ)の銀細工工房を見物し、バドゥブランで「バロンダンス」(入場料一人6000ルピア)を鑑賞しました。「バロンダンス」の、聖獣・バロンが登場する日本の獅子舞いのような演目や、女性達の優雅なバリ舞踊、勇猛な男達の剣の舞に、一気に魅了されました。その後、バンリのヒンズー教寺院「クヘン寺院」(入場料3000ルピア)を参拝。バリ島のヒンズー教寺院に入るには、伝統衣装のサロン(腰巻き)とサッシュ (腰帯) を着用しないといけないので、寺の前の出店で2万5000ルピアで購入。車での移動の途中、棚田が見える景色の良いレストランで昼食。
 午後は、聖なる山・アグン山(3142m)の麓に建つヒンズー教寺院「ブサキ寺院」へ。広大な寺院の境内へ入るとすぐに、若い兄さんが、私と中尾君にそれぞれ一人ずつ、つきまとってきました。寺院の高台までついてきて、勝手に解説をします。一通り見終えて寺院の出口に近づいた時、脇道の人気(ひとけ)の無い草地に私達は誘導されました。すると、突然どこからか3人程の兄さんが加わり、私と中尾君を5人程で取り巻いて、「ここは大きな寺院、ガイド代も高い・・・」等と英語で話しながら、にらみつけてきました。私と中尾君の一眼レフカメラをじろじろと見回して、いかにも欲しそうな顔つきです。仕方ないので、確か1000円程のルピアを渡しました。当時、私と中尾君は若くて、筋肉質で、顔もいかつい方だったので、それ以上は要求してこなかったのでしょうが、私達がもっと弱そうだったら、確実にカメラと高額をもぎ取られていた事でしょうね。それ以来、旅先で”勝手にガイド”が現れても、すぐに強く断るようにしています。今のインドネシアはどうか分かりませんが、有名な観光地では注意しましょう~。
 その後、クルンクンの「ププタン記念碑」や「クルタ・ゴサ宮廷」の天井画を見て、コウモリのいる洞穴「ゴア・ラワ」へ。
 デンパサールの宿は街外れにあり雰囲気も良くないので、この夜は、ウブド(ウブッ)の宿に移動。多分、「CHANDRA GARDEN ホテル」だったと思いますが、一泊二人(ダブル部屋)2万7500ルピアの、コテージ風の快適な宿でした。

インドネシア写生旅行
バドゥブラン 「バロンダンス」 バリ舞踊
インドネシア写生旅行
バドゥブラン 「バロンダンス」 聖獣・バロンと、男達の剣の舞

インドネシア写生旅行
バンリ 「クヘン寺院」 バリ島のサロン(腰巻き)、サッシュ (腰帯) をつけた私

インドネシア写生旅行
「ブサキ寺院」 中尾俊雄君と私

インドネシア写生旅行
ウブド 「CHANDRA GARDEN ホテル」


旅行3日目: 3月15日(水)。この日もあんちゃんに車を運転してもらい、バリ島観光。その日のおおよその行き先を指示すると、その方角の見所に車で連れていってくれるので、大助かりです。私達が寺院等を見物している間、運転手のあんちゃんは、いつも駐車場の車中でじっと待っていました。
 バリ彫刻で知られるマスを経て、「ブキッ・サリ寺院(サゲー寺院)」ではサル(猿)に遭遇。パチュンの棚田を見て、ブドゥグル(ブラタン湖)のウルン・ダヌ寺院を見物。今日はかなりの距離を車で走りましたが、サルに出会い、棚田やブラタン湖の爽快な景色も見れて、満足しました。

インドネシア写生旅行
「ブキッ・サリ寺院(サゲー寺院)」 サルと私。眼鏡をサルに取られないように、はずします。
インドネシア写生旅行
「ブキッ・サリ寺院(サゲー寺院)」 サルと私


 この頃は、私の手帳や写真資料の記述があいまいで、判別しにくい箇所もあるのですが(例えば、料金が、一人分なのか二人分なのかが分かりにくい部分があり)、おおよそこの内容で大きな間違いはないと思います。この続きは、バリ島観光の続編になります。お楽しみに~💖

 絵師(日本画家・絵本画家)後藤 仁

テーマ : art・芸術・美術
ジャンル : 学問・文化・芸術

2021-08-28

大垣祭り・中町 布袋軕 天井画(天井絵)制作〈その5〉、大下図完成!!

「大垣祭り〔ユネスコ無形文化遺産・国重要無形民俗文化財〕・中町 布袋軕(ほていやま)」(岐阜県大垣市) 
 天井画(天井絵)制作


 絵師(日本画家・絵本画家) 後藤 仁、GOTO JIN

  (※フェイスブック Facebook に記述した内容から、今回、大下図完成までの工程をまとめています。)

                 

2021年8月12日(木)。ここ数日かけ、「天井画」 ”大下図(おおしたず/原寸大の下図)” を描き進めました。
 今、の鱗を描き込んでいるのですが、龍の身体がうねっているので、背のトゲやお腹の大きな鱗とのつじつまを合わすのが困難です・・・。ようやく、どうにかこうにか整合性が取れてきたので、これでひとまず良しとしましょう。この後、更に数日をかけて、龍の細部を描き込んでいこうと思います。
 段々、龍の勇ましい御姿が現れてきました~❣ 🧐


大垣祭り、天井画制作・大下図
天井画「大下図」の作画中、後藤 仁

大垣祭り、天井画制作・大下図
天井画「大下図」の作画中、後藤 仁

大垣祭り、天井画制作・大下図
天井画「大下図」 制作過程⑧ (前回からの続き) 龍の鱗を描き進める。

大垣祭り、天井画制作・大下図
天井画「大下図」 制作過程⑨

大垣祭り、天井画制作・大下図
天井画「大下図」 制作過程⑩ 龍の手足の鱗を描く。

大垣祭り、天井画制作・大下図
天井画「大下図」 制作過程⑩ 〈アップ〉 まだまだ続きますよ~!


8月13日(金)。本日も、「天井画」”大下図(おおしたず/原寸大の下図)” を描き進めました。
 今日で、の身体部分がほぼ完成しました。鱗のつじつまを合わすのが予想以上に困難で、かなり頭を使いました。練り消しゴムで消しては描いて、消しては描いてで、紙がボロボロになってしまいましたが、ようやく良い感じに整いました~。 (@_@)ゞ
 次は、背景の雲と、周囲の踊り子と装飾を仕上げていきたいと思います。

大垣祭り、天井画制作・大下図
天井画「大下図」の作画中、後藤 仁

大垣祭り、天井画制作・大下図
天井画「大下図」の作画中、後藤 仁

大垣祭り、天井画制作・大下図
天井画「大下図」 制作過程⑪ 

大垣祭り、天井画制作・大下図
天井画「大下図」 制作過程⑫ 龍の鱗の調整完了。かなり困難でした~。 (@_@)ゞ

大垣祭り、天井画制作・大下図
天井画「大下図」 制作過程⑫ 〈アップ〉 まだまだ続きますよ~!!


8月23日(月)。本日は、中国向け新作絵本〈第3弾〉「第3場面」の下地塗りとして、黄土色と青系の色の2色を塗り分けました。通常は基本色の黄土色で下地塗りをする場合が多いのですが、場面によっては例外もあります。

 大垣祭り「天井画」大下図も描き進めました。の背景の”雲”を完成させ、周囲の”踊り子”の内、3人を描いた所で、今日は力尽きました~~。(@_@) 段々と、私らしい、龍図が出来て来ましたね~ ❣

大垣祭り、天井画制作・大下図
天井画「大下図」 制作過程⑬ 龍の背景の雲と、四隅の踊り子を描く。

大垣祭り、天井画制作・大下図
天井画「大下図」 制作過程⑬ 踊り子 〈アップ〉

大垣祭り、天井画制作・大下図
天井画「大下図」 制作過程⑭ 踊り子を描く。

大垣祭り、天井画制作・大下図
天井画「大下図」 制作過程⑭ 〈アップ〉

大垣祭り、天井画制作・大下図
天井画「大下図」 制作過程⑮ 踊り子を描く。

大垣祭り、天井画制作・大下図
天井画「大下図」 制作過程⑮ 〈アップ〉

大垣祭り、天井画制作・大下図
天井画「大下図」 制作過程⑯ 全体図。まだまだ続きますよ~!!!


8月24日(火)。本日も、大垣祭り「天井画」 ”大下図”を描き進めました。
 左上の踊り子の顔を、他の踊り子に合わせて少し小さく修正し、残りの一人の踊り子を完成させました。あどけない中にも、凛とした日本美が光る、「4人の踊り子の図」の下図が完成しました。
 その後、周囲の”装飾”に着手しました。上辺は、「日輪(太陽)と月輪(月)の図」です。右辺は、「鳶(トビ)と雀(スズメ)の図」です。その中心には、「宝相華文様」を描いています。この周囲の画像4種類は、この世に存在するありとあらゆる物、・・・”森羅万象”を象徴しているのです。
 今日の大下図制作は、ここまでにしました。

大垣祭り、天井画制作・大下図
天井画「大下図」 制作過程⑰ 「4人の踊り子の図」 顔を修正。

大垣祭り、天井画制作・大下図
天井画「大下図」 制作過程⑱ 「4人の踊り子の図」 最後の一人を描く。

大垣祭り、天井画制作・大下図
天井画「大下図」の作画中、後藤 仁

大垣祭り、天井画制作・大下図
天井画「大下図」の作画中、後藤 仁

大垣祭り、天井画制作・大下図
天井画「大下図」の作画中、後藤 仁

大垣祭り、天井画制作・大下図
天井画「大下図」 制作過程⑲ 周囲の装飾 「日輪(太陽)と月輪(月)の図」を描く。

大垣祭り、天井画制作・大下図
天井画「大下図」 制作過程⑳ 方向を変えて、周囲の装飾 「鳶(トビ)と雀(スズメ)の図」を描く。

大垣祭り、天井画制作・大下図
天井画「大下図」 制作過程㉑ 全体図。まだまだ続きますよ~!!!!


8月26日(木)。本日、8月3日(火)から描き始めた、大垣祭り「天井画」”大下図(鉛筆による原寸大の下図)” が、一応、完成しました。
 この後、数日間、じっくりと見直して、問題が無ければ、いよいよ、来月初めから”本画(杉板絵)”に入ろうと思います。丁度、芸術の秋にさしかかり、まだまだ残暑もコロナ禍も厳しい折ですが、良き時節での本画入りに、腕がビンビンと鳴っています!!

 【今日の作画解説】
 左下の「後ろ姿の踊り子」の顔を少し小さく修正して、他の踊り子とのバランスを合わせました。
 周囲の”装飾”の下辺は、「男の子と女の子と子猿の図」です。愛すべき、私の「絵本」の新キャラクターをここに描き込みました。これは、”人の両性”を表しており、全ての”人類”の象徴になっています。4人の踊り子と、男の子、女の子を合わせて、人間は6人になります。これには忌み数を避ける意味合いもあります(ちなみに西洋では、4は良いイメージらしいです。中国では、4には良い意味とそうでない意味の両方があるようで、6は縁起の良い数字とされているらしいです。子猿も数に入れたとしたら、西洋での7はラッキーセブン、日本でも7は吉数になります)。
 ”装飾”の左辺は、「松と梅の図」です。これは”植物”を象徴しており、縁起の良い”松竹梅”になっています。「竹はどこに・・・」、と思われるでしょうが、踊り子の一人が竹の柄の着物を着ており、それを合わせて”松竹梅”となるのです。ちなみに踊り子の衣装は、竹の他に、藤(私の名前でもあり、最も好きな花の一つです)・桜(日本の花の象徴)・蝶と蜻蛉(全ての虫類の象徴)の柄になっています。
 この4辺は、それぞれ、”天体・人類・動物・植物”を象徴しており、つまりは、この世の中の全て~”森羅万象”を象徴しているのです。更には、それぞれが”陰と陽”の対をなしており、陰陽道的世界観により、宇宙全体の調和を図っているのです。
 そして、その中央、天下太平を願う円相の中に、神獣・霊獣の最高位に君臨する、巨大な”黒龍”がうねっているのです。黒色は何物にも動じない・影響を受けない、心の強さを表しています。実に高貴で威厳に満ちあふれた、尊崇すべき吉祥画なのでしょうか~~。

 ・・・・何とも良く分からなくなってまいりましたが、つまりは、絵の中には、色々な意味合いが隠されており、また、人によって様々な別の解釈もできるように、巧妙に仕組まれているのですね~。
 続きが楽しみだ~ 💖  

大垣祭り、天井画制作・大下図
天井画「大下図」の作画中、後藤 仁

大垣祭り、天井画制作・大下図
天井画「大下図」の作画中、後藤 仁  近年は老眼が進み、眼鏡をはずさないと、近くが描けません~。 ( ;∀;)

大垣祭り、天井画制作・大下図
天井画「大下図」 制作過程㉒ 周囲の装飾 「男の子と女の子と子猿の図」 「松と梅の図」を描く。

大垣祭り、天井画制作・大下図
天井画「大下図」 制作過程㉓ 全体図。

大垣祭り、天井画制作・大下図
天井画「大下図」 制作過程㉓ 〈アップ〉 まだまだ続きますよ~!!!!!


8月27日(金)。本日、大垣祭り「天井画」”大下図(鉛筆による原寸大の下図)” に、少々、手直しをして、サインを入れて、フィキサチーフ(定着液)をかけて、完全完成としました。
 これから描く”本画(杉板絵)”は「大垣市・大垣祭り」にご奉納するので、私の手元に残るのは写真と、この”下図”だけになります。普段の日本画の”下図”は、特別に重要な物を除いて、保存はしていません。しかし、今回の作品は、将来的に、大垣市~日本の伝統文化財として永久保存・使用される、ユネスコ無形文化遺産・大垣祭り用の大変貴重な「天井画」ですので、この”下図”は大切に保存したいと思います。

 【今日の手直し箇所】
 この度の厳しいコロナ禍を受け、大垣市と日本中・世界中の人々の無病息災を祈念して、どうしても長寿の象徴「鶴と亀」を描きたかったのです。そこで、「踊り子」の帯の柄として、小さく描き込みました。

 今回の作品画題は、『黒龍と踊り子の図』(最終的に、多少の変更の可能性あり)として、”黒龍””4人の踊り子”と”4種の金碧装飾画”が花を添える、という図になります。
 私の美人画家としての真骨頂が垣間見れる、”踊り子の図”は、「踊り子・藤姫」「踊り子・桜姫」「踊り子・竹姫」「踊り子・蝶姫」の4人となります。私が、2017年5月に「大垣祭り」を現地取材した時の、スケッチ・画像を元に描きました。何とも美しく、麗しいね~ 😌。
 あまりに図像が煩雑になり過ぎるのも良くないので、この辺りで”大下図”は完全完成にしたいと思います。後は、本画を描く中で、多少の変更点・修正点が出るかも知れません・・・。
 この後の”本画(杉板絵)”制作を、乞うご期待~❣❣❣ 😘

 絵師(日本画家・絵本画家)後藤 仁

天井画制作 (73)
天井画「大下図」 制作過程㉔ 4人の踊り子の図 「踊り子・藤姫」 (帯に「鶴と亀の図」)

大垣祭り、天井画制作・大下図
天井画「大下図」 制作過程㉕ 4人の踊り子の図 「踊り子・桜姫」

大垣祭り、天井画制作・大下図
天井画「大下図」 制作過程㉖ 4人の踊り子の図 「踊り子・蝶姫」

大垣祭り、天井画制作・大下図
天井画「大下図」 制作過程㉗ 4人の踊り子の図 「踊り子・竹姫」

大垣祭り、天井画制作・大下図
天井画「大下図」 制作過程㉘ 大下図完成!! 『黒龍と踊り子の図』 大下図・小下図

大垣祭り、天井画制作・大下図
天井画「大下図」 制作過程㉘ 〈アップ〉

大垣祭り、天井画制作・大下図
『黒龍と踊り子の図』 大下図・小下図と、後藤 仁

大垣祭り、天井画制作・大下図
『黒龍と踊り子の図』 大下図・小下図と、後藤 仁

テーマ : art・芸術・美術
ジャンル : 学問・文化・芸術

2021-08-25

「ミャンマー(ビルマ)の現状を憂う」 絵師(日本画家・絵本画家)後藤 仁

 私は画家(日本画家・絵本画家)ですので、たとえ思う所があったとしても、”美術・芸術”に関しない事象については、常日頃、あえて、できるだけ触れないようにしています。専門外の事をとやかく言えるほどの、高い認識を有していないからです。しかし、近年の世界の動向を見ていると、深く心を傷め、悲しさを募らせざるを得ません・・・。
 コロナ禍の惨事もさる事ながら、世界の各地で絶え間なく起こる天災や人災、・・・暴動・暴力・迫害・戦乱の連鎖に、見て見ぬふりなどできません。私は画家として、直接、言葉や行動で訴える事はふさわしくないと考え、常々、作品を通して、物事の真実を緩やかに語ってきました。しかし、画家など、所詮、無力なものです・・・。

 私が「ミャンマー(ビルマ)写生旅行」を行ったのは、2014年10月の1か月間弱です。元々、ミャンマー(ビルマ)の文化・芸術には高い関心を持っていましたが、それまでの軍事政権下では、旅費に高い税金がかけられて政権に流れるという話を聞いて、敬遠してきました(外国人旅行者がミャンマー国内に入国する際、300USドル〔後、200~100USドル〕を強制的にFEC〔兌換チャット〕に両替させられる制度があり、政府が外貨獲得のために1993年に導入した。・・・FECは2013年7月に廃止された。〈ウィキペディアより〉 また、これは、かつての中国や、今でもミャンマーやアジア圏の国の一部に残っていますが、有名寺院や観光地には高い外国人価格が設定されていました)。2011年から、ようやく民主化が進み出したというので、旅を敢行したのです。
 26日間をかけて、ヤンゴン・インレー湖(ファウンドーウー祭)・カロー(トレッキング)・マンダレー・バガン(仏教遺跡めぐり)・ヤンゴンと回り、その素晴らしい文化・芸術に触れ、誠に感動の旅となりました。→〈詳しくは、拙ブログをご覧下さい http://gotojin.blog.fc2.com/blog-entry-69.html中でも、ミャンマーの田舎地方の多くの人々は、まだ旅行客・外国人慣れもしておらず、比較的シャイな人が多く、照れ笑いを浮かべるさまは、古き良き、かつての日本人のようでした。
 特に、観光客がまだまだ少ない、インレー湖カローのホテルスタッフ・村の人々には、人の良い方が多いのです。カロー「ゴールデン・カロー・イン」という安ホテルの、若い女性スタッフは、対応がすこぶる好ましいので、私が朝食の際にチップを渡そうとしたら、遠慮して受け取りませんでした。これは、経済的にまだまだ厳しい東南アジア圏では、実に珍しい事です。カローで1泊2日のトレッキングガイドを頼んだ、男性ガイドさんも、気配りが細やかで、料理の腕も確かで、大満足でした。他のアジア各国の旅も、いずれも素晴らしいものですが、ミャンマーの旅では、折に触れ、人々の優しさを感じる事ができて、深く記憶に刻まれているのです・・・。
 ただ、ヤンゴンマンダレー辺りでは、既にビジネス化の波が押し寄せ、比較的不愛想な人が増えている感じでした。マンダレーは優れた伝統文化の残る美しい古都ですが、街の中央部の旧王宮には軍隊の大部隊が駐留しています。旧王宮の周囲を警護する軍人に私が道をたずねたら、鼻で笑われて、「あっちへ行け」というジェスチャーをされました。その他にも、ブログにも書いたような、少々、危ない目にも遭い、マンダレーの治安の微妙さを肌で感じた私は、「ミャンマーは、まだ完全には民主化されていないな・・・」と、その時、既に、一抹の不安を感じていました。・・・・

 今、あの人の良かったホテルスタッフやトレッキングガイドや市井の人々はどうしているのだろうか? 元気でいるのだろうか? ほぼ一期一会であろう、はるか遠くに住む人々との触れ合いとは言え、深く思い出に刻まれた、善男善女たちの事を思うと、今のミャンマーの現状が悲しくて、悔しくて、仕方ないのです。彼ら彼女らは、無事なのだろうか・・・、笑顔でいるのだろうか・・・・。
 ミャンマーは敬虔な上座仏教国です。遥か2500年前に生きたブッダは、そんなに古い時代にこう言い残されました・・・。
 「実にこの世においては、およそ怨みに報いるに怨みを以てせば、ついに怨みの息むことがない。堪え忍ぶことによって、怨みは息む。これは永遠の真理である。」
 また、こうもおっしゃっています。
 「すべての者は暴力におびえ、すべての者は死をおそれる。己が身をひきくらべて、殺してはならぬ。殺さしめてはならぬ。」と・・・・。
 〈「ブッダの 真理のことば 感興のことば」(中村 元 訳/岩波文庫)〉

 (※蛇足になりますが、表面的な解釈による誤解があるといけないので補足説明。ここで私が引用した「ブッダの言葉」には、誰が誰に対して、という具体的な対象者はありません。この世の全ての人々に当てはまる事であり、人間における普遍的な”真理”とは何かを言いたいのであり、戦争や暴力に対する本能的嫌悪感を表現したのです。
 また、ミャンマーの一般民衆の多くは敬虔な仏教徒です。ミャンマーの一般民衆の日常をよく観察すると、日々の全ての行動に、上座仏教の思想が深く浸透している事が感じ取れます。そのミャンマーで、あのような惨事が起こる事が、なおさら悲しいのです・・・。)

 この事象は、ミャンマーのみならず、私が旅をした国・まだ旅をしていない国・・・、世界中のあちこちで噴出している大きな懸念なのです。また、平和利用とは言え、都会の空を戦闘機が飛び交うさまを、手放しで喜んでいる人々が不思議でなりません・・・。
 人間は傲慢です。他の生命体や資源を食い尽くしている、俗世に生きる私が言えた義理ではないのですが、良き文化や人々が、酷く虐げられる姿など、一切見たくはないのです。何故、人は仲良くできないのか、そこまで同種で傷めあうのか・・・、私の深い苦悶・懊悩は、一生、無くなる事はありません。
 ミャンマーや世界中の子ども達・若者達の将来が、安心できる世の中でありますように、”未来の瞳”が希望に満ちあふれますように、日本の政治・経済界の人々も、やれる事は全てやる必要があります。私も微力ながら、画家としてできる事を、この後も模索していきたいです。
 無力です・・・。実に、無力です・・・。しかし、もし、私の”絵”が少しでも人々の慰み・励みになるのなら、私は、与えられた命に感謝しながら、全身全霊、命をかけて創作に当たる事しかできないのでしょう・・・・。人の世はきれい事だけでは語れないのでしょうが、世の中の全ての差別や暴力が無くなる事を、祈って止みません。

 絵師(日本画家・絵本画家) 後藤 仁


ミャンマー(ビルマ)写生旅行
ミャンマー・ヤンゴン「シュエダゴォン・パヤー」 (2014.10.3)
 寺院にお参りする、ミャンマーの小学生達。

ミャンマー(ビルマ)写生旅行
ミャンマー・カロー、 ホテル「ゴールデン・カロー・イン」 (2014.10.11)
 この旅の中でも、とりわけ、スタッフの印象が良かった宿。

ミャンマー(ビルマ)写生旅行
ミャンマー・カロー「トレッキングにて」 (2014.10.12)
 1泊2日のトレッキングの途中、山岳少数民族の村々を通ります。村々では、素朴で美しい人々や子ども達に出会えます。

ミャンマー(ビルマ)写生旅行
ミャンマー・カロー「トレッキングにて」 (2014.10.12)
 山小屋にて1泊。ホテル「ゴールデン・カロー・イン」で紹介してもらった、トレッキングガイドの、Mr. Myo Zaw 。山道の案内の他、料理も作ります。とても美味しいですよ~。  (^・^) _U~~

ミャンマー(ビルマ)写生旅行
ミャンマー・カロー「トレッキングにて」 (2014.10.13)
 トレッキングの途中の、山の小さな小学校付近で出会った、元気な子ども達。弁当や教科書を見せてもらいました。

ミャンマー(ビルマ)写生旅行
ミャンマー・カロー「トレッキングにて」 (2014.10.13)
 トレッキングの最後の頃、カローに向かう途中の村で出会った、おしゃれな子ども達。

ミャンマー(ビルマ)写生旅行
ミャンマー・カロー「小学校」 (2014.10.14)
 カローの村にある小学校。窓からちょっと拝見すると、元気よく勉強していました。日本と違って、まだまだ、おおらかですね~。
 この子ども達の将来が、安心できる世の中でありますように、”未来の瞳”が希望に満ちあふれますように、日本の政治・経済界の人々も、やれる事は全てやる必要があります。私も微力ながら、画家としてできる事を、この後も模索していきたいです。

ミャンマー(ビルマ)写生旅行
ミャンマー・バガン仏教遺跡めぐり「タビィニュ寺院」 (2014.10.19)
 一緒に写真を撮ろうと寄ってきた、フレンドリーな一家。ところで、私が自ら肩を組んだのではなくて、父親が私の手を引っ張って置いたのです~。('◇')ゞ

ミャンマー(ビルマ)写生旅行
ミャンマー・ヤンゴン「学習塾」 (2014.10.27)
 旅の最終日。ヤンゴンの小さな寺院の脇にある、学習塾らしき施設の子ども達。私を見て、全員が出てきました。皆さん、人懐っこいね~。 (^・^)ノ

テーマ : 文明・文化&思想
ジャンル : 学問・文化・芸術

2021-08-17

宮崎駿 作品「シュナの旅」他と、私の作画絵本『犬になった王子 チベットの民話』(岩波書店)誕生秘話

【宮崎 駿 作品「シュナの旅」「もののけ姫」他と、私の作画絵本『犬になった王子 チベットの民話』(岩波書店) 誕生秘話: その1】

 私が絵本『犬になった王子 チベットの民話』(君島久子 文、後藤 仁 絵/岩波書店)を描いて以降、あちこちで広報・宣伝をしたせいもあり、宮崎 駿さんの絵物語「シュナの旅」(宮崎 駿 作/徳間文庫)の原話が、『犬になった王子』(君島久子 文/岩波書店)であるという事実が、かなり世間にも浸透してきたようです~。

 これは、『犬になった王子』の制作打合せ時に、私が直接、君島久子先生にお会いして聞いた裏話です。
 ・・・・当時、若かりし宮崎 駿さんは、チベット民話『犬になった王子』を読んで感動し、ぜひ作品化したいと思い、「シュナの旅」の原案を、君島久子先生に手紙で送ったそうです。
 君島先生は、当時を回想し、「その時は、全く、原案の意味が分からなかった・・・」と私に感想をもらされました。宮崎 駿さんの大胆な脚色に、原作者も理解できなかった事実は、面白いエピソードですね。・・・・

 私は、『犬になった王子』を絵本化するに当たって、スタジオジブリ広報部を通し、宮崎 駿さんあてに、絵本のあとがきで「シュナの旅」に触れる旨をお伝えしました。この事案には、本来、許諾は必要ありませんが、礼儀上、ご本人に連絡をしたのです。
 絵本の完成後、スタジオジブリにも拙作絵本をお贈りし、広報部によると、一応、宮崎 駿さんご自身もご覧になられたらしいです。
 ・・・・作者以外は誰も知り得ない、創作秘話でした~💖

 絵師(日本画家・絵本画家) 後藤 仁

               
  
●後藤仁公式サイト 「後藤 仁(GOTO JIN)のアトリエ」
https://gotojin.web.fc2.com/book02.html

 ※絵本『犬になった王子 チベットの民話』(岩波書店)をお求めの方は、お近くの書店でご注文いただくか、下記ネット書店 等にて、お願い申し上げます。

●アマゾン Amazon
https://www.amazon.co.jp/%E7%8A%AC%E3%81%AB%E3%81%AA%E3%81%A3%E3%81%9F%E7%8E%8B%E5%AD%90%E2%80%95%E2%80%95%E3%83%81%E3%83%99%E3%83%83%E3%83%88%E3%81%AE%E6%B0%91%E8%A9%B1-%E5%90%9B%E5%B3%B6-%E4%B9%85%E5%AD%90/dp/4001112426/

●絵本ナビ EhonNavi
https://www.ehonnavi.net/ehon/91533/%E7%8A%AC%E3%81%AB%E3%81%AA%E3%81%A3%E3%81%9F%E7%8E%8B%E5%AD%90%E3%83%81%E3%83%99%E3%83%83%E3%83%88%E3%81%AE%E6%B0%91%E8%A9%B1/


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【宮崎 駿 作品「シュナの旅」「もののけ姫」他と、私の作画絵本『犬になった王子 チベットの民話』(岩波書店) 誕生秘話: その2】

 「シュナの旅」(徳間文庫)は、1983年に初版が刊行された、宮崎 駿さんの文・絵による、マンガと絵本の中間的な文庫本です。”あとがき”には、『この物語は、チベットの民話「犬になった王子」(君島久子訳 岩波書店)が元になっています。・・・・〈抜粋〉と書かれています。
 「シュナの旅」は、2006年にスタジオジブリにより映画化された、アニメ映画「ゲド戦記」(宮崎吾朗 監督)の原案にもなりました。また、宮崎 駿 監督の名作アニメ映画「風の谷のナウシカ」「天空の城ラピュタ」「もののけ姫」等の原点になっているとも言われています。

 今回、再放送された「もののけ姫」を改めてよく観てみると、冒頭の、村(国)に災難が起こり、若くて勇敢な男(主人公・ヒーロー)が或る品物と言い伝えを元に、”ヤックル”という動物に乗って西へ西へと旅を始める・・・というストーリーは、まさに「シュナの旅」~『犬になった王子』の筋書きそのものでした。人間の言葉を話す犬が、一人の少女(副主人公・ヒロイン)と交流するという最も重要な設定は、互いの関係性は少し異なりますが、『犬になった王子』に酷似しています。また、主人公が旅の途中で、困難に遭遇したリ、怪しげな老人(『犬になった王子』では、老婆と神様の二人)に出会う件や、一人の少女との出会いと愛情によって主人公の心の持ち方が変わる件、少女の周囲には何かしらのたくらみを持った大人がいる件等、実に多くの「シュナの旅」~『犬になった王子』との共通点が随所に垣間見えます。息子さんの宮崎吾朗さんが映画化した「ゲド戦記」(冒頭部分に「シュナの旅」の設定を用いる)より、むしろ、宮崎 駿さん、ご本人の「もののけ姫」の方が、全体としては、「シュナの旅」~『犬になった王子』の大筋に近いですね。
 また、「風の谷のナウシカ」「天空の城ラピュタ」等の初期の宮崎 駿 監督 ジブリ映画作品にも、ヤックル等の登場動物や、多くの設定・イメージに「シュナの旅」~『犬になった王子』が垣間見えます。
 このようにして、古来からの多くの作家は、他の作品からヒントやイメージを受け取り、自分なりに解釈・換骨奪胎して、作品を創作する源としてきたのです。

 私は幼い頃から、「未来少年コナン」「母をたずねて三千里」「フランダースの犬」「アルプスの少女ハイジ」「あらいぐまラスカル」等の名作テレビアニメが大好きでしたが、後(高校生の頃)に、それらの制作に宮崎 駿さんが関わっていた事を知りました。私は、小学校高学年になると戦闘物等のテレビアニメは観なくなりましたが、宮崎 駿 アニメ作品だけは、その後も観続けました。
 中学校3年生の時に、アニメ映画「風の谷のナウシカ」に夢中になり、宮崎 駿さんを知りました。同じ頃、15歳で、絵物語「シュナの旅」にも出会いました。それ以降、「シュナの旅」は私の座右の書となり、最も大切な絵画作品の一つとして、その後の私の作品制作にも大きな影響を受けてきました。

「シュナの旅」宮崎 駿
私が座右の書にしている、「シュナの旅」(徳間文庫)

「シュナの旅」宮崎 駿
私の「シュナの旅」署名  昭和59年(1984年)、私が15歳の時に購入。残念ながら、初刷(1983年刊行)ではなく、既に、5刷です。


 その後、日本で一大、宮崎 駿ブームが起こり、私も、「天空の城ラピュタ」「となりのトトロ」「魔女の宅急便」「紅の豚」「名探偵ホームズ」「ルパン三世 カリオストロの城」等々・・・、と宮崎 駿・劇場アニメ映画を、欠かさず映画館やビデオで拝見してきました。高校卒業後、単身上京した時には、ビデオで「太陽の王子 ホルスの大冒険」「長靴をはいた猫」「パンダコパンダ」等の昔の劇場アニメも観ました。
 美術予備校(立川美術学院)の時に、当時の日本画科講師だった村上 隆さん(現代アーティスト)が、宮崎 駿さんの大ファンだと知り、意外なファン層がいるものだと感心しました。
 それから時間が経ち、「もののけ姫」「千と千尋の神隠し」「ハウルの動く城」の大ヒット等があり、私は東京藝術大学を卒業し、日本画家となりました。

 何にでも順位をつけたがるのは日本人の癖ですが、私の敬愛する宮崎 駿 作品(監督・演出・原画・原案・場面設定・作画 等、何らかの形で宮崎 駿さんが関わった作品)を、おおよその順で挙げてみたいと思います。これは、あくまでも、私の個人的な嗜好というだけで、作品の良し悪し・評価という意味ではないという点は、ご了承下さい。
 私の一番好きな宮崎 駿 作品は、私の座右の書である、絵物語「シュナの旅」(徳間文庫)です。
 テレビアニメでは、「未来少年コナン」「母をたずねて三千里」「フランダースの犬」「アルプスの少女ハイジ」「あらいぐまラスカル」「名探偵ホームズ」・・・と、おおよそこの順になります。
 劇場アニメ映画では、「天空の城ラピュタ」「風の谷のナウシカ」「千と千尋の神隠し」「太陽の王子 ホルスの大冒険」「もののけ姫」「となりのトトロ」「長靴をはいた猫」「パンダコパンダ」「魔女の宅急便」「ハウルの動く城」「名探偵ホームズ」「紅の豚」「ルパン三世 カリオストロの城」「風立ちぬ」「崖の上のポニョ」「ゲド戦記」・・・の順になりましょうか。
 その他ジャンルでは、漫画版「風の谷のナウシカ」も素晴らしいです。
 どうしても、多感な幼少期~少年期~青年期に観た作品に、思い入れが強くなりますね~。中でも特に、「シュナの旅」「未来少年コナン」は、今でも、私の永遠の憧れの世界になっているのです。

 2013年に私が、初絵本『ながいかみのむすめチャンファメイ』(君島久子 再話、後藤 仁 絵/福音館書店こどものとも)を作画・刊行したのをきっかけに、次回作を岩波書店から持ち掛けられ、君島久子先生の御作品を全て読み返しました。君島久子先生の中国民話集の中に、チベット民話の『犬になった王子』がありました。読んでいくうちに不思議な感覚にとらわれました~。君島久子先生の絵本作品は、「王さまと九人のきょうだい」(岩波書店)等を幼少期に読んで知っていましたが、この話は初めて読んだはずなのに、何故か懐かしさがこみ上げてくるのです。その物語自体に、万人に共通する懐古的風情が含有されているのでしょうが、それにしても、かつて読んだ事があるような親しみ感です。・・・ピン!ときた私は、座右の書として、田舎から持ってきていた「シュナの旅」を再度、読み返しました。子供の頃には、ほとんど気にかけていなかった”あとがき”を読むと、『チベットの民話「犬になった王子」(君島久子訳 岩波書店)が元になっています。』と書かれていました。
 感動しました。心が震えました・・・。「やはり、そうだったのか・・・」と。
 『犬になった王子』のストーリーは、「シュナの旅」を誠に彷彿とさせるものでした。それもその筈、「シュナの旅」こそ、『犬になった王子』を原話に創作されたものですから・・・。私は、この名作との誉れ高い民話が、何故だか今まで、日本で一切、絵本化されていなかった事実に、運命を感じました。「後藤 仁よ、宮崎 駿 作品が本当に好きなら、このゆかりの民話を絵本に描きなさい・・・」との天命を受けたかのように・・・。そこで私は、一切迷う事なく、岩波書店 編集者に『犬になった王子』をぜひとも絵本化したいと提案しました。
 そして、絵本『犬になった王子 チベットの民話』(君島久子 文、後藤 仁 絵/岩波書店)が誕生したのです。

 絵師(日本画家・絵本画家) 後藤 仁


絵本『ながいかみのむすめ チャンファメイ』表紙・表
絵本『ながいかみのむすめチャンファメイ』 (君島久子 再話、後藤 仁 絵/福音館書店こどものとも)

絵本『犬になった王子(チベットの民話)』 表紙
絵本『犬になった王子 チベットの民話』 (君島久子 文、後藤 仁 絵/岩波書店)


テーマ : 絵本・制作・イラスト
ジャンル : 学問・文化・芸術

2021-08-15

後藤 仁 講師/NHK・読売 日本テレビ・コープの日本画・デッサン教室(カルチャーセンター)ご案内

 私は自分が”絵(日本画)”を描く事が本業ですので、「絵画教室(カルチャーセンター)」について語る事はまれです。しかし、この度の1年半以上にも渡るコロナ禍により、私の受け持つ4つの絵画教室の受講者数も激減し、全体数では往時の3分の1程になっています。教室の中には受講者が10分の1近くまで減り、風前の灯火の箇所もあります・・・。 ( ;∀;) 
 私は、NHK文化センター(NHKカルチャー)系列、読売・日本テレビ文化センター(よみうりカルチャー)系列、コープみらいカルチャー系列で教えていますが、中でも、首都圏に教室が集中している、読売・日本テレビ系列の経営自体が厳しい様子なのです~。
 そこで今回、そんなカルチャーセンター界の窮状を世間に訴えるべく、自身の絵画教室を基に書いてみます。アマチュアからプロに至る「文化」の衰退は、文明の衰退・国の衰退・人類の衰退にもつながる、恐るべき負の連鎖となり得るのです。・・・・・


 私は、2006年に金唐革紙(きんからかわし/国選定保存技術の手製高級壁紙)の製作所を離れ、絵だけでは生活が安定しない事から、やむなく、2007年から2つの教室(よみうりカルチャー柏・金町)で教え出したのが初めです。カルチャーセンター・美術大学(東京藝術大学、東京造形大学など)・美術予備校(河合塾美術研究所/大学時代に講師をする)を合わせると、現在までに、500人以上の一般美術愛好者・美大生・美術予備校生に、私は絵を教えてきました。最初こそ仕方なく始めた絵画講師業でしたが、しかし、一般の人々に絵を教えてみると、色々な発見もあり、段々面白くなってきました・・・。それまでの私は、プロへの厳しき画道だけを歩んできたので、絵の厳しさ・困難さのみが脳裏に焼き付いていました。上手い下手、レベルの高低ばかりが強調されていました。シンプルに作画を楽しむという観念は、高校2年以降は忘れていたのです・・・。
 一般の方々に接してみると、絵の好きな人が意外と多い事に気が付きました。皆さん、とても一生懸命に取り組まれますし、結構、素敵な絵を描かれるのです~。職業・年齢層のバラバラなそれぞれの方々の思いに触れ、話し・交流する事は、私自身の画道や人生の肥やしにもなりました・・・。日本画道のみの狭い観念に生きるのではなく、幅広い一般人の思考を吸収できた事は、今になって考えると、「絵本」の創作にも役立ったり、専門バカになり過ぎずに(絵描き一筋人生で結構なのですが、豊かな人間性は忘れずにいたいものです)、良かったのではなかろうかと考えています。

 10数年前、絵を教えるにあたって、まず最初に私が考えた事は、そこを、純粋に「絵を楽しむ場」にしたかったという事です。・・・・私は、美術高校(大阪市立工芸高等学校)~美術予備校(立川美術学院)~美術大学(東京藝術大学)と、とにかく専門的に絵を学習してきて、多くの決まり事や制約、競争にさらされてきました。予備校では、絵が良くないと、容赦なく講師に手を入れられました。大学でも、あまり日本画家の模範から離れすぎた創作・言動は、認められないのです。日本画団体に至っては、院展風・日展風・創画風と各派閥ごとに明確な作風があり、そこから外れれば当然、受かりません。そこは、サラリーマン以上にサラリーマン的な、まるで政治家かお役人のような、厳格な階級・肩書世界でした。
 私が子供時代から絵の路を志したのは、その世界が”自由”な創造の場だと信じていたからです。自分の描きたいものを描きたいように描くという精神が、最も大切だと信じてきました。ところがプロの世界に近づくにつれ、ますます逆の方向になっていくのです。これには大いに疑問を感じ、当惑しました・・・。
 ある受講者に聞いたのですが、前に教わっていた日展系の講師は「初心者は花(特に桜)を描いてはいけない。それは高位者の特権である。」という趣旨の発言をしていたそうです。創画会では、「きれいな絵など描くものではない。それは芸術ではない。」という基本方針があるようです。院展では、ことさら派閥の縛りが厳しく、会派から離れた画風・活動は御法度なのです。

 そのような経緯もあり、私自身は、何物にも縛られにくい、”無所属”「日本画家」となりました。絵を教える立場になった時には、これまでの経験を反面教師として、まず、『創作における自由』をモットーとし、作画における”独自性・独創性”を一番大切にしたいと考えました。その人それぞれの”個性”を生かし、伸ばし、あまり必要以上の制約を設けないというのが基本姿勢です。
 基本、その人が描きたいモチーフ・テーマを”自由”に描きます(デッサン教室では、既定のモチーフを描きますが)。描き方も日本画・鉛筆デッサンの画材であれば自由です。場合によれば画材も、日本画・鉛筆デッサンから多少、外れても構いません。画家はとかく理屈を言いたがりますが、私はあまり各人に、とやかく言い過ぎないように心がけています。少しのアドバイスの他は、各人が自分の頭で考えて描いていただけるように促します。受講者の絵に手を入れる事も、基本しません。自分の力だけで、一から百まで完成させる事が、肝要なのです。ただ、聞かれれば、その都度、できるだけ丁寧に答えます。ほとんどないですが、もし、手を入れてほしい人がいれば、手も入れます。
 その他は、各受講者が自由に絵の創作を楽しまれる事が一番です。絵を趣味として純粋に味わったり、コンクールや絵画公募展に出したい人は自由にやっていただいても構いません。個展・グループ展を開くのも良いでしょう。もし、セミプロ・プロを目指す人がいれば、他の人より多少は厳しめに指導する事も可能です。ただ、基本、趣味・余暇として絵を楽しむ場ですので、あまり各人の競争心・ライバル心がむき出しにならないように、心掛けています。上手い下手、レベルの上下ではなくて、その人となりが絵に個性としてにじみ出れば、それが一番良いのです。
 ただ、日本画・デッサンの「基本技術と知識」については、実演をお見せしながら、後藤 仁・オリジナルテキストも使用しながら、多分どこよりも懇切丁寧に指導・説明します。絵における「基本技術と知識」は、今後、趣味でもプロでも、絵を続ける上で、とても大切になるのです。どこに出ても恥ずかしくないように、絵の伝統的基礎を、くまなくお伝えしたいのです。
 静物制作・人物(美人画)制作・風景制作(屋外の公園など)・動物制作(動物園)~大作制作まで、色々なテーマに挑みますが、最終的には基本、自由制作に向かいます。「ドーサ講義・念紙講義・もみ紙講義・箔講義・模写講義」などの、プロ級の専門講義も実演を交えながら行います。私のスケッチ・デッサン・水彩画・日本画・模写・絵本作品の実物をお見せする事もあります。まれには、希望者のみで「グループ展覧会」や「美術館鑑賞会」や「食事会」を開く事もあります。
 また、その他は、講座中に時折、私が絵の雑談をブツブツつぶやいています。聞いても聞き流されてもいいのですが、面白い内容があれば心に留めていただけると、それで良いのです。私は、美術大学・予備校や日本画界・美術界に造詣が深く、また、絵本・イラスト界にも通じている上、無所属作家のしがらみの薄さを生かし、かなり深くきわどい美術界の逸話までお話する事が可能です。他の市井の絵画教室ではなかなか聞く事ができない、超専門的な内容ばかりだと思いますよ~。

「藤の会絵画展」松戸市文化ホール
「藤の会絵画展(後藤  仁 講師・カルチャーセンター合同展覧会)」 2010.1.26~31 松戸市文化ホール
 開講初期には、私が講師を担当する教室をまとめて、時々このような合同展示会を開催しました。この時は出品者・有志20名余りで、約40点の日本画・水彩画を展示しました。画像は、私の日本画(アジアの美人画)作品3点。

「藤の会絵画展」松戸市文化ホール
「藤の会絵画展(後藤  仁 講師・カルチャーセンター合同展覧会)」 2010.1.26~31 松戸市文化ホール
 地元ケーブルテレビ・JCNコアラ葛飾(現、J:COM東葛・葛飾)や地元新聞の取材も入りました。 

「藤の会絵画展」松戸市文化ホール
「藤の会絵画展(後藤  仁 講師・カルチャーセンター合同展覧会)」 2010.1.26~31 松戸市文化ホール
 当時の受講者(出品者・有志のみ)の皆様と。現在はメンバーがほぼ入れ替わり、今も残っておられる方はほんのわずかです。最も受講者が多かった5年程前には、私が担当する全教室を合わせると、60名以上いました。在籍期間は、短い方で3か月間、長い方で13年以上、平均5年位は受講されます。何かしらの絵の経験者が3割位、全くの初心者が7割位の割合で、ご入会されます。ご年配者が大多数ですが、まれには、小学生・中学生・高校生~私より若い方も来られます。

「美人画・水彩画展」柏そごう
「美人画・水彩画展」 2008.9.9~15 柏そごう
 この時は、よみうりカルチャー系列の2つの教室の有志10名程で、約20点の日本画(美人画)と水彩画を展示しました。この時にも、地元ケーブルテレビ・J:COMチャンネル(現、J:COM東葛・葛飾)や地元新聞の取材が入りました。

「美人画・水彩画展」柏そごう
「美人画・水彩画展」 2008.9.9~15 柏そごう
 私の日本画(アジアの美人画)作品2点。


 私の教室を受講された方には、私の自筆サイン入りの絵本を1冊進呈しています。最初は、全員にお渡ししていたのですが、絵本『ながいかみのむすめチャンファメイ』(福音館書店)が品切れになった事や、長年、受講される方と3か月間だけの方が同じでは不公平だと考え、おおよそ半年以上、継続受講された方に渡す形になりました。近年は、気が向いた時(新絵本が出た時 等)に、数年に一度、一人1冊の絵本を、プレゼントする感じです。
 また、最初に10年間、継続受講された方には、私の特製版画(数万円相当)を特別プレゼントしました。その後は、10年以上継続された方が増えたので、その方々には、折を見て、ハードカバー絵本を1冊、進呈する計画です。

 さあ、皆さん、これから絵を始めたい方・更に追求したい方・プロを目指される方まで、お気軽に、私の絵画教室にお越し下さいね~ 💖  お問い合わせは、下記・各教室まで、お願いいたします。

 絵師(日本画家・絵本画家) 後藤 仁、GOTO JIN

                ★

○読売・日本テレビ文化センター(よみうりカルチャー)柏
「日本画 美人画から静物まで 講座」
  (2007年10月~)

https://www.ync.ne.jp/kashiwa/kouza/202107-03043014.htm

○NHK文化センター(NHKカルチャー)柏教室
「基礎から始める日本画 講座」
「鉛筆デッサン~初歩から上級まで~ 講座」
  (2009年4月~)

http://www.nhk-cul.co.jp/programs/program_491581.html
http://www.nhk-cul.co.jp/programs/program_518580.html

○コープみらいカルチャー(春日部教室)
「基本からの日本画 講座」
  (2011年7月~)   

https://mirai.coopnet.or.jp/event/culture/saitama/

テーマ : 絵画教室・制作日誌
ジャンル : 学問・文化・芸術

後藤 仁 プロフィール

後藤 仁(GOTO JIN/后藤 仁)

Author:後藤 仁(GOTO JIN/后藤 仁)
~後藤 仁 公式ブログ1~
日本画家・絵本画家 後藤 仁(GOTO JIN/后藤 仁)の日本画制作、絵本原画制作、写生旅行、展覧会などのご案内を日誌につづります。

 〔後藤 仁 略歴〕
1968年兵庫県赤穂市生まれ。15歳、大阪市立工芸高校 美術科で日本画を始める。東京藝術大学 絵画科日本画専攻 卒業、後藤純男先生(日本芸術院賞・恩賜賞受賞者)に師事。在学中より約12年間、旧岩崎邸、入船山記念館、孫文記念館(移情閣)等の金唐革紙(手製高級壁紙)の全復元を行う。
卒業以降は日本画家として活動し、中国・インドをはじめ世界各地に取材した「アジアの美人画」をテーマとする作品を描き、国内外で展覧会を開催する。近年は絵本の原画制作に力を入れる。
○絵本作品に『ながいかみのむすめチャンファメイ』(福音館書店)、『犬になった王子 チベットの民話』(岩波書店)、『わかがえりのみず』(鈴木出版)、『金色の鹿』(子供教育出版)、挿絵作品に『おしゃかさま物語』(佼成出版社)。
『犬になった王子 チベットの民話』は、Internationale Jugendbibliothek München ミュンヘン国際児童図書館(ドイツ)の「The White Ravens 2014/ザ・ホワイト・レイブンス 国際推薦児童図書目録2014」に選定される。また、宮崎 駿 氏の絵物語「シュナの旅」の原話になった事でも知られている。
○NHK日曜美術館の取材協力他、テレビ・新聞・専門誌・インターネットサイト等への出演・掲載も多い。
○東京藝術大学デザイン科 非常勤講師、元 東京造形大学 絵本講師。国選定保存技術 金唐革紙 製作技術保持者。日本美術家連盟 会員(ご推薦者:中島千波先生)、絵本学会 会員、日本中国文化交流協会 会員、この本だいすきの会 会員。千葉県松戸市在住。
★現在、ユネスコ無形文化遺産・大垣祭り 布袋軕「天井画」の制作中~❣ 中国向けの「絵本」も制作中~❣

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絵本ナビ「犬になった王子  チベットの民話」絵本ナビ「犬になった王子 チベットの民話」
絵:後藤 仁 /文:君島 久子 /出版社:岩波書店絵本ナビ


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