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2019-05-12

「夢二夜」~東京藝術大学、後藤純男先生と加山又造先生の思い出 後藤 仁

 私は時に、正夢に近い、予兆を伴う現実感の高い夢を見る時がある。本当の芸術家とは、人並み外れた優れた直感力を持つともいうので、画家の直感も、あながち侮れないものである。

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 2019年(令和元年)5月4日(土)。この日、随分久しぶりに、後藤純男先生と飲んだ・・・・・夢を見た。
 何かの学校の団体国内旅行の設定で、大きな旅館(ホテル)に泊まっていた。自分の部屋の場所に迷って、狭い通路をたどると、たまたま庶民的な小さな食堂に紛れ込んだ。すると、そこで後藤純男先生が、食堂のおばさんに酒をついでもらいながら、一人で飲んでいた。後藤純男先生は、「ああ、仁さんですか~」といった感じで、私を席に招き、私は先生に焼酎をついでもらい、いただいた。最後は、かなり酔っぱらった、・・・・・という奇妙な話である。その時の先生はとても嬉しそうな様子であった。
 しかし、私の夢は大概とてもリアルであり、今回も特に後藤純男先生と出会う場面は誠にリアルであった。本当に、夢で天国の先生に会ったのかも知れないな・・・。
 
 私の師であり、3年程前にご病気で亡くなられた後藤純男先生は、日本を代表する十指に入る現代日本画家(昭和後期~平成時代)であり、東京藝術大学名誉教授、西安美術学院(大学)名誉教授、日本美術院(院展)同人理事・監事、日本芸術院賞・恩賜賞受賞者の巨匠である。一般的には、昔、ネスカフェゴールドブレンド「違いがわかる男」のCMに出演された事でも有名である。
 10数年前までの先生がお元気な頃には、埼玉県や北海道・沖縄・那須のアトリエ兼別荘に度々おじゃまして、多い時には週に2回位のペースで、お酒を飲み、絵や旅の話等を聞かせていただいたものである。先生には私が知るだけでも、奈良にもう一つの計5か所の別荘アトリエが、千葉県の本宅以外にあるらしい。ただ、先生は通常、埼玉のアトリエに常駐していて、本宅には家族しか住んでいなかった。私は本宅と、奈良以外の別荘の5か所は訪れている。
 今思うと、日本画がまだ昭和からの全盛期の最中(終盤であるが)でもあり、いい時代だったな~。先生のアトリエにはひっきりなしに、画商やら百貨店マンやら日本画家やら財界人やらが出入りしていた。何故か、政治的世俗を嫌う感のある先生は(政治的権力の強かった平山郁夫先生辺りに対する対抗心なのかも知れない)、政界人だけは晩年近くまでは敬遠していたようだが、晩年は多少の交流を持ち、旭日小授章の受章等につながったのだと思う。(後藤先生は名実共に文化功労者になる資格は十分にあったにも関わらず、結局、最期まで受けられなかったのは、政治との関わりを避けてきた事の影響が大きいと見ている。)
 私が先生のアトリエに伺った時、たまたまお会いした人だけでも、西安美術学院の教授陣や、埼玉県警の警視正(当時、埼玉県内に確か4人しかいないとか)夫妻だとか、複数の百貨店(そごう、西武、東武 等)の美術部長だとか、様々なジャンルの大物がいた。警視正も先生の前では頭をペコペコ下げて、私にまでも愛想をふりまかれていた。デヴィ夫人がアトリエに来た時の、先生とのツーショット写真も置いてあった。銚子電鉄の社長とも親しく、かつて銚子電鉄 犬吠駅舎内に後藤純男美術館もあった。上富良野町とのご縁で、上富良野には巨大な後藤純男美術館が建ち、評価額20億円以上とされる作品群が上富良野町に寄贈された。また、読売巨人軍の長嶋茂雄氏は、後藤純男先生の作品の大ファンであるという。先生は、極めて広く深い人脈を持っていた。
 そんな巨人的・超人的なご活躍を見せた屈強な先生も、病に倒れた。人間的にはワガママで自由奔放なお人であったが、事、”絵” ・ ”日本画”に関しては、誠に真面目で、とても素晴らしくて力強い作品を描かれた、まさに私の尊敬する師であった・・・・。
 
 夢の中でも、あの頃のまま、ゆったりと自由気ままに酒を楽しむ先生のいらっしゃる、仙境のような光景に、誠に暖かい気持ちになって目が覚めた~。


後藤純男先生と私「後藤純男先生 退官記念展」(1996年10月7日、東京藝術大学資料館) 後藤純男先生と私

後藤純男先生と私「後藤純男 画伯を囲む会」(2004年1月4日、野田 東武ホテル) 後藤純男先生、井崎義治 流山市長と私。他にも、野田市長や関宿町長等も来られていました。

東北写生旅行 後藤純男先生「東北(田沢湖・角館)写生旅行」(1996年11月20日) 駒ヶ岳、後藤純男先生スケッチ中。先生は視点が変わるからと言う理由で、常に立ってスケッチをされます。先生の絵に対する真面目さは恐るべきものがあります。 

 5月6日(月)。今度は、加山又造先生が夢に現われた。先日の後藤純男先生に続き、日本画の超大御所が夢に出てくる・・・。しかし、後藤純男先生はこれまでにも、度々、夢に現れる事があったが(実物より20倍位も巨大なアトリエが出てきたりする)、加山先生が現われたのは初めてかも知れない。
 夢の中で私は、大規模な日本画の「個展」を開催していた。すると、「この絵は院展みたいだな~」と言っている声が聞こえるので近づいてみると、加山又造先生だった。多分、前の画廊宮坂での「個展」で中島千波先生に似たような事を実際に言われたのが、夢では加山先生の言葉として現れたようだ。私はかつて、古い時代(30年以上前)の院展への憧れは持っていたのだが、今は長らく、そことは異なる領域・画法を模索してきたので、少し残念でもあったが、画題や描き方には、やはり院展の影響がいまだにあるのだろう・・・。

 加山又造先生には、東京藝術大学の日本画合同研究会で少し教わっただけだが、実に印象深い先生だった。時々校内で会ってご挨拶すると、「元気ですか~」と、か細い枯れた声で答えてくれた。加山先生が東京藝術大学を退官された時の「加山又造 退官記念展」(東京藝術大学資料館)では、直筆サイン入りの図録をいただき、今でも大切に置いてある。

           *

 私が東京藝術大学の受験時の面接では、平山郁夫先生、加山又造先生、後藤純男先生、福井爽人先生 他、10名余りの先生方が正面に居並び、窓の逆光を後光のように受けて、光り輝いていた。さすがにこの時は緊張したね~。
 今思うと、あの頃が、明治時代から100年余り続く日本画黄金期の最後の時代であった・・・。明治以来、多少の盛り上がり下がりはありながらも、日本美術・芸術界の頂点を維持してきた日本画界。昔の人なら、横山大観、菱田春草、竹内栖鳳、上村松園、鏑木清方、小林古径、前田青邨、伊東深水 等といったら、ほとんどの人には通じたが、今の若い人では東山魁夷、平山郁夫までがギリギリであろう・・・。院展の平山郁夫先生も後藤純男先生も、創画会の加山又造先生も、日展の東山魁夷先生も高山辰雄先生も亡くなられた今、日本画界も東京藝術大学日本画教授陣も、昔ほどの偉大さはなくなった・・・。

 しかし、時代の変遷で、アート・美術文化の中心が、現代アートや、更にはマンガ・アニメ・ゲームに移った今日でも、まだまだ日本画の輝ける道はあると、私は信じている。今の所、日本画界の権威だけは、高さを何とか保っているが、この先は分からない・・・。しかし、黄金期の再来とまではいかなくても、シルバー期位は、この後の時代にも演出できるのではないかと信じている。
 個人的には、まだ日本画の勢いがあった頃に、巨人とも呼べる偉大な歴史的な日本画家に直接、お会いでき、学べた事は、何よりも私の宝なのである。
 令和時代の始まりに、このような不思議なお二人の夢を見たというのも、何かの啓示なのかも知れない。私は、今後も、日本画の新しく輝ける方策を模索しながら、日々、画道に精進するしかないのである。

  絵師(日本画家・絵本画家)  後藤 仁

 
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テーマ : 文明・文化&思想
ジャンル : 学問・文化・芸術

2019-05-06

「上野の森親子ブックフェスタ2019」 日本児童出版美術家連盟ブース 開催!!

上野の森 親子ブックフェスタ 2019
  2019年5月5日(日)  10:00~17:00
 上野恩賜公園 中央噴水池広場
  (東京都台東区、JR上野駅 公園口 徒歩5分)
(※当フェスタは、毎年 5月3日~5日に開催されますが、私が参加する「日本児童出版美術家連盟(童美連)ブース」は今年は5日のみ開催しました。)

上野の森親子ブックフェスタ2019「上野の森親子ブックフェスタ2019」

上野の森親子ブックフェスタ2019「上野の森親子ブックフェスタ2019」 開催前から長い行列が・・・ (@_@) 

上野の森親子ブックフェスタ2019日本児童出版美術家連盟(童美連)ブース「みんなでお絵描き&ぬりえコーナー」にて。みんなで楽しく描いたよ~。どの子も絵がうまいね~ (^_-)-☆

上野の森親子ブックフェスタ2019いつも来てくれるTちゃんと記念撮影だよ!!(※個人のプライバシー保護のために、申し訳ないのですが、お子さん顔画像は載せていません。)

上野の森親子ブックフェスタ2019日本児童出版美術家連盟(童美連)の皆さんと記念撮影。人気絵本作家さんもたくさんいるよ~ 💛

上野の森親子ブックフェスタ2019日本児童出版美術家連盟(童美連)の皆さんと記念撮影。人気絵本作家さんもたくさんいるので、会いにきてね~!! 💛

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【子どもブックフェスティバル】
 各出版社のブースでは、絵本や児童書をはじめ、約5万冊の書籍を読者感謝価格で販売いたします。
 ただし、岩波書店のブースはないので、残念ながら私(後藤 仁)の絵本は会場には置いていません。

 5月5日の日本児童出版美術家連盟(童美連)ブースでは、
「絵本・児童書画家があなたの絵(肖像画)を描きますコーナー」 (子供のみ対象/有料:1000円 税込)
「みんなでお絵描き&ぬりえコーナー」 (無料/後藤 仁 参加) を開催しました~。

 来年もぜひ、お子さん、お孫さんとご一緒に、皆様でお越し下さい。私も顔を出す予定です~ (^.^)/~~~

  絵師(日本画家・絵本画家)  後藤 仁

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一般社団法人 日本児童出版美術家連盟(童美連)公式サイト 「上野の森親子ブックフェスタ2019」
 http://dobiren2.main.jp/event/uenofesuta2019.html

一般財団法人 出版文化産業振興財団(JPIC)公式サイト 「上野の森親子ブックフェスタ2019」
 http://www.jpic.or.jp/event/ueno/


〈主催〉
子どもの読書推進会議、日本児童図書出版協会、一般財団法人出版文化産業振興財団(JPIC)
〈後援〉
国立国会図書館、経済産業省、厚生労働省、文部科学省、東京都教育委員会、台東区、公益社団法人全国学校図書館協議会、 公益社団法人読書推進運動協議会、一般社団法人日本国際児童図書評議会、 一般社団法人日本雑誌協会、一般財団法人日本児童教育振興財団、 一般社団法人日本児童出版美術家連盟、一般社団法人日本児童文学者協会、 一般社団法人日本児童文芸家協会、一般社団法人日本出版取次協会、 一般社団法人日本書籍出版協会、日本書店商業組合連合会、 公益社団法人日本図書館協会、日本図書普及株式会社、文化産業信用組合、 公益財団法人文字・活字文化推進機構、ヤングアダルト出版会、読売新聞社 他
〈協力〉
上野の山文化ゾーン連絡協議会
〈協賛〉
ALSOK、花王株式会社、株式会社あんふぁに、図書印刷株式会社、日本コロムビア株式会社、プレミアムウォーター株式会社 他
   (以上、予定)

テーマ : 展示会、イベントの情報
ジャンル : 学問・文化・芸術

2019-04-21

絵画芸術シンポジウム 「煙台職業学院 中日国際書画学術セミナー」(後編)

絵画芸術シンポジウム 
「中日国際書画学術研討会/煙台市社区教育指導服務中心書画院、煙台職業学院 書画芸術研究院 掲牌儀式、中日書画交流・展覧会」

 2019年4月13日(土)  8:30~

烟台职业学院(煙台職業学院) 公式サイト - 首页
 http://www.ytvc.com.cn/web/18501/index
烟台职业学院(煙台職業学院) - 百度百科
 https://baike.baidu.com/item/烟台职业学院


 煙台職業学院〔大学〕(中華人民共和国 山東省煙台市)での絵画芸術シンポジウム「中日国際書画学術研討会/煙台市社区教育指導服務中心書画院、煙台職業学院 書画芸術研究院 掲牌儀式、中日書画交流・展覧会」にご招待いただいたので、私もはるばる中国へ赴き参加しました。

           *

 (前編からの続き)・・・・2019年4月13日(土)、盛大なオープニングセレモニーと展覧会・筆会が終わると、一通りのシンポジウム・セミナーは終了したようです。その後、煙台職業学院責任者・関係者の主催による豪勢な昼食会に、他の招待作家とともによばれました。円卓を囲んで、煙台職業学院の責任者のお話等を聞きながら、山東省の海の幸・山の幸に舌鼓を打ちました。
 宿泊施設は煙台職業学院にお任せしてありましたが、煙台市で一番上等そうな五つ星ホテルの「金海湾酒店」という高級ホテルでした。老舗ホテルらしく外観やロビーはとても立派です。昨日からほぼ寝ていないので、とても眠たかったのですが、部屋で30分ばかり寝ころんだだけで、寝る時間はありません。この後、夕食会にもよばれていたのです。
 夕方6時頃、ロビーに10名程集合して、車で移動して、煙台市繁華街の豪華な中華レストランに着きました。カラオケ付きの部屋を貸切って、またまた豪勢な山海の幸をいただきました。食事はどれも美味しくて、煙台市は中国屈指のブランデーとワインの産地という事で、かなりきついブランデーをチビチビいただきました。中国の方はモンゴルやチベットの雄大な歌を上手く歌われるので、私も日本の歌を数曲歌いました。私は普段、実に質素な生活をしている清貧画家なので、あまり贅沢をすると罰が当たりそうですね・・・。ただ、今日ははるばる日本からの賓客としてもてなされているので、喜んでお受けいたします。
 
 夜9時過ぎにホテルに戻り、日展所属書家・吉澤大淳先生や中国の作家達と別れると、日本画家の伊東正次さんと私の部屋で2人、絵画・日本画談義を続けました。私はほろ酔いの中で、宮崎 駿さんのアニメ「未来少年コナン」と絵物語「シュナの旅」がいかにすごいかを得得と語っていたかと思います~。しかし、伊東正次さんとは近年、グループ展等でお世話になる事が度々あるのですが、なかなか面白くて行動力・画力のある日本画家で、このような方とも久しぶりにお会いしましたね~。夜もふけ12時になったので、伊東さんも部屋に帰り、普段はアルコールが入ると寝られなくなりがちな私でしたが、さすがに睡眠不足もあり、シャワーを浴び、ベッドに入ると、すぐに眠りに落ちていきました・・・・。

2019年4月14日(日)
 本当は少なくとも1週間位は山東省(泰山や孔子廟でも有名です)に滞在してスケッチをしたいのですが、明日は日本画講座の講師の仕事があるので、残念ながら日本に帰らなくてはなりません。
 朝食はホテルのビュッフェですが、今まで中国で食べた朝食ビュッフェの中では一番豪勢で美味しい料理でした。チェックアウトを済ますと、時間がありませんがホテルの外へ出てみました。黄海に臨む海岸線には洋館が建ち並び、日本の横浜の海岸を10倍位にスケールを大きくしたような感じで、おしゃれで素敵です。時間さえあれば、散策してスケッチしてみたかったです。
 車に乗り込み、煙台蓬莱国際空港まで送ってもらいました。伊東さん他、まだ明日まで残る人は、ここで別れて、蓬莱を観光するそうです。私も行きたかったな~。

煙台職業学院煙台市内の豪華な中華レストランで、煙台職業学院関係者・日中作家と夕食&カラオケ会  山東省の海の幸はどれも美味~ ( ^^) _U

煙台職業学院煙台屈指の五つ星ホテル「金海湾酒店」の豪華な部屋  部屋からも少しだけ黄海が臨めます。

煙台職業学院「金海湾酒店」 朝食ビュッフェ  どれも美味しいな~ (^_-)-☆ 

煙台職業学院「金海湾酒店」 外観

煙台職業学院ホテル近くにて、黄海の海岸線  どこかヨーロッパの海岸のようで、中国でないみたい・・・。


 煙台蓬莱国際空港 11:15発 (CA 1546) → 北京首都国際空港 12:35着

 北京首都国際空港 15:40発 (CA 421) → 羽田空港 20:00着 

  ほぼ定刻通りの快適なフライトでした。

 中国煙台市の絵画芸術シンポジウム参加は、とんぼ返りのせわしない旅でしたが、とても有意義で面白い旅になりました。また、改めて中国の経済力のめざましい発展と、文化・芸術に対する資金の投下と力の入れようをまざまざと感じる旅となりました。日本も、伝統文化芸術を振興する政治経済界の手立てをもっともっと考えていただかないといけない事や、私達、若手中堅作家のさらなる踏ん張りも必要だなと再認識しました。
 このような世界各国との文化美術交流を通して、世界中の人と人との平和な関わりがますます進展する事を願っております。また、来年も煙台市に行けるといいですね~~。

  絵師(日本画家・絵本画家) 後藤 仁



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2019-04-16

絵画芸術シンポジウム 「煙台職業学院 中日国際書画学術セミナー」(前編)

絵画芸術シンポジウム 
「中日国際書画学術研討会/煙台市社区教育指導服務中心書画院、煙台職業学院 書画芸術研究院 掲牌儀式、中日書画交流・展覧会」

 2019年4月13日(土)  8:30~

烟台职业学院(煙台職業学院) 公式サイト - 首页
 http://www.ytvc.com.cn/web/18501/index
烟台职业学院(煙台職業学院) - 百度百科
 https://baike.baidu.com/item/烟台职业学院


 煙台職業学院〔大学〕(中華人民共和国 山東省煙台市)での絵画芸術シンポジウム「中日国際書画学術研討会/煙台市社区教育指導服務中心書画院、煙台職業学院 書画芸術研究院 掲牌儀式、中日書画交流・展覧会」にご招待いただいたので、私もはるばる中国へ赴き参加しました。

           *

 2019年4月12日(金)、この日の午後は日本児童出版美術家連盟(童美連)展覧会実行委員会会合があり、私は展覧会実行委員会委員長なので当然休むわけにはいかずに、中心として会合を進めました。童美連展の時期もだんだん迫って来たので、童美連の新理事長・あんびるやすこ さん も参加して、3時間程、議論しました。
 夕方5時、会合が何とかまとまると、一切間をあけずに、私はそのまま羽田空港に向かいました。

 羽田空港 21:10発 (CA 422) → 北京首都国際空港 00:05着 
 出発時間が1時間程遅れたので、実際の到着は午前1時頃(現地時間)でした。入国手続きを済まして、一旦チェックインカウンターに出てから、再び国内線に乗り継ぎます。国内線ゲートがまだ開いていませんし、とても眠たいので、空港内で1時間程ごろ寝しようとしたのですが、ここで眠ると熟睡しそうなので、仮眠もできません。2時間程するとようやくゲートが開いたので、出発ロビーに向かいセキュリティーチェックを受け、飛行機へ。中国国内線のセキュリティーチェックは日本の国際線より厳しいです。
 北京首都国際空港 06:15発 (CA 1585) → 煙台蓬莱国際空港 07:40着
 機内で30分程、ウトウトしましたが、非常に眠たいです~。空港には、煙台職業学院の関係者の方が車で迎えに来てくれていました。車で1時間余りで、煙台職業学院に到着。広い敷地の立派な大学です。日本画作品2点を持参したので、関係者に預けて、展示室に展示していただきました。
 シンポジウムは8時30分頃から始まっていたようで、私が着くと、建物から大勢の人がぞろぞろ出てきました。オープニングセレモニーが終わり、これから記念撮影を始めるようです。今回、私と一緒に日本人画家として招待されている日展所属日本画家の伊東正次さんがいたのでご挨拶。私も加わり、50人余りの関係者で記念撮影。

煙台職業学院煙台職業学院

煙台職業学院煙台職業学院 「中日国際書画学術研討会/煙台市社区教育指導服務中心書画院、煙台職業学院 書画芸術研究院 掲牌儀式、中日書画交流・展覧会」

煙台職業学院煙台職業学院 「中日国際書画学術研討会/煙台市社区教育指導服務中心書画院、煙台職業学院 書画芸術研究院 掲牌儀式、中日書画交流・展覧会」

 シンポジウムには、煙台市関係者、煙台職業学院関係者、中日美術関係者など、約100名が出席(ほとんどは中国の方で、日本人は、日展所属書家・吉澤大淳先生と、日展所属日本画家・伊東正次さんと、私だけだったと思います)。
 人がぞろぞろ進む方向に向かうと、広い展示室がありました。参加者一同で50点余りの中国水墨画・油彩画、日本画作品を鑑賞します。私は、日本画作品2点「連獅子〔ユネスコ無形文化遺産 大垣祭・玉の井軕〕」(F15号)、「傘をもつ娘〔ユネスコ無形文化遺産 大垣祭・玉の井軕〕」(P10号)を出品。ただ、私は当日の朝に着いたので、作品展示スペースがなくて、窓の所になってしまいました~。案外上手い具合に窓枠にはまっていましたが、逆光で見えにくい~(-_-;)。前もって出品作品のサイズと数を伝えていたのですが、日中間の連絡には間違いがつきものですから、やむを得ませんね。

煙台職業学院日本画作品2点「連獅子〔ユネスコ無形文化遺産 大垣祭・玉の井軕〕」(F15号)、「傘をもつ娘〔ユネスコ無形文化遺産 大垣祭・玉の井軕〕」(P10号)

煙台職業学院日本画作品2点「連獅子〔ユネスコ無形文化遺産 大垣祭・玉の井軕〕」(F15号)、「傘をもつ娘〔ユネスコ無形文化遺産 大垣祭・玉の井軕〕」(P10号)

煙台職業学院日本画作品2点「連獅子〔ユネスコ無形文化遺産 大垣祭・玉の井軕〕」(F15号)、「傘をもつ娘〔ユネスコ無形文化遺産 大垣祭・玉の井軕〕」(P10号) 日本画家・伊東正次さんと

煙台職業学院日本画作品2点「連獅子〔ユネスコ無形文化遺産 大垣祭・玉の井軕〕」(F15号)、「傘をもつ娘〔ユネスコ無形文化遺産 大垣祭・玉の井軕〕」(P10号) 日本画家・伊東正次さん、中国人画家らと

煙台職業学院日展所属書家・吉澤大淳先生の御作品と吉澤大淳先生、日本画家・伊東正次さんらと

 その後の「筆会」では、多くの画家が即興で水墨画を描くのですが、普段、水墨の速描などした事もない私は、何だか変な絵になってしまいました~~ (-_-;) 。水墨画 「紅梅と少女」と題しましたが、今思うと、「日中友好・・・、文化交流・・・」等の文章を絵に添えれば良かったかなと思います。中国の水墨画家は即興的な絵が巧みで、私もまだまだ勉強不足で、様々な画法を学ばねばならないと実感しました。
 その他、拙絵本『犬になった王子 チベットの民話』(岩波書店)と図録「赤穂市立美術工芸館 後藤 仁・後藤大秀 展」の贈呈式も開催しました。

煙台職業学院筆会にて、後藤 仁

煙台職業学院筆会にて

煙台職業学院筆会にて

煙台職業学院水墨画 「紅梅と少女」 後藤 仁

煙台職業学院水墨画 「紅梅と少女」 後藤 仁  悲しいかな、即興水墨画は、あまり上手くは描けませんな~。 ( ;∀;)

煙台職業学院煙台職業学院院長への、絵本『犬になった王子 チベットの民話』(岩波書店)と図録「赤穂市立美術工芸館 後藤 仁・後藤大秀 展」贈呈式

煙台職業学院煙台職業学院院長からの返礼(院長の書)をいただきました。 謝謝!!

 この後、豪勢な昼食会があるのですが、ここからの模様は、また次回といたしましょう。

  絵師(日本画家・絵本画家) 後藤 仁
 

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2019-04-03

「童美連 総会・懇親パーティー」「東京藝術大学デザイン科 卒業・修了謝恩会」等

「選ばれてあることの 恍惚と不安と 二つ我にあり」
 本当の芸術家には常に懊悩がつきものである。それが無い者は、趣味で生きているのであろう。考えに考えながら、苦しみ悶えながら、最も美しい玉を生み出すのである。その路は計り知れないほど深奥で長大であり、常人には到底、数歩も理解し得ないものである。私はこの過酷な路を行かねばならない。そう定められた天命であるから・・・・。


            *

 2019年3月18日(月)は毎年恒例の、日本児童出版美術家連盟(童美連)「総会・懇親パーティー」(中野サンプラザ)がありました。私は展覧会実行委員会委員長として今年の10月下旬に開催予定の童美連展覧会計画の発表をし、理事選では理事にも再選されました。
 その後の懇親パーティーでは、童美連会員と児童書出版社・絵本関係者、およそ200名程で盛大に交流が持たれました。私はその日の朝からNHK文化センター柏での日本画講座講師の仕事もあり、その他、昨年後半からの多忙で心身共に疲れていたので、今年の二次会には参加しませんでした。

 3月25日(月)は東京藝術大学デザイン科「卒業・修了 謝恩会」(上野精養軒)があり、私はただの非常勤講師(東京藝術大学デザイン科、アート&デザイン)なのですが、ご招待を受けたので参加しました。その前に谷中霊園を抜け、上野の日本画画材店に寄って和紙を買い、藝大の正門前から上野公園を通りました。人も随分多いですが、桜が7分咲き位でとてもきれいでした。

 ~(回想)~私が大学生の時の日本画専攻の卒業謝恩会では、その3か月前に父を不慮の事故で亡くしたばかりで憔悴していた事もあり、また若気の至りにて藝大や日本画界に対する諸々の不満もあり、卒業式だけ出て謝恩会には参加しませんでした。お世話になった後藤純男先生への感謝の念や、一部の仲のよい友人はいたのですが、その当時の心境は、どうしても、「おめでとう」と祝う気になれなかったのです・・・・。私は聞いていなかったのですが、どうも私が応援団の余興をやる計画があったらしく(私は高校の体育祭で美術科の応援団長をやった経験があり、大学でも時折、余興で応援を披露していたのです。)、その後、謝恩会をすっぽかしたのをクラスの気の強い女性2~3名から非難されました。当時は私の父が急死した事を知る人は大学に3~4名しかおらず(私を非難した首謀者もその一人)、その死の真相(警察の判断では、自死によるビルからの転落死という。私は父の死に顔が穏やかだったのが唯一の慰めでした。)を知る人は全くいなかったので、私の非常なる傷心を知らなかったのは仕方ないとしても、他者の心を理解できない人達だと感じました・・・。現在、その人達は多分、もう絵を描いていないでしょう。そんな人に他者の心を打つ絵など描けるはずもありません。~

 昨年は、絵本講義の非常勤講師を勤めていた東京造形大学の卒業謝恩会にも出てみたのですが、年を経て多少は丸くなった私は、そんな訳で一度、藝大の謝恩会を見てみたいものだと思っていたので、今回、デザイン科ですが参加してみたのです。100名弱の学生と先生方がお祝いしました。デザイン科准教授の押元さん以外は知らない人ばかりです。学生は、比較的まじめで、常識的で、おとなしめの人が多いようで、実に行儀良い謝恩会でした。多分、日本画専攻の場合は、表面的にはもう少し、先生に礼を尽くす堅い感じの雰囲気になるでしょうかね・・・(ただ本当は日本画には、ぶっ飛んだ感じの、非常識傾向の人が多いのですが)。
 二十何年越しに東京藝術大学の謝恩会も経験し、人生とは、不思議なものですね・・・。

東京藝術大学デザイン科謝恩会東京藝術大学 音楽学部

東京藝術大学デザイン科謝恩会東京藝術大学 音楽学部 正門 「卒業式」

東京藝術大学デザイン科謝恩会上野恩賜公園  桜がきれいです。学生時代には、日本画専攻のクラスメイトと、ここで花見をしましたね~。

東京藝術大学デザイン科謝恩会上野精養軒

東京藝術大学デザイン科謝恩会「東京藝術大学デザイン科 卒業・修了 謝恩会」(上野精養軒)

東京藝術大学デザイン科謝恩会「東京藝術大学デザイン科 卒業・修了 謝恩会」(上野精養軒) この日参加した先生と学生全員で記念撮影(多分これは大学院生のみ、この他にも、学部生が同じ位います)。

 3月27日(水)には童美連から派遣されて、日本著作者団体協議会(著団協)の研究会に参加し、31日(日)には中国人画家・張 嵩平先生の水彩画展を拝見し、懇親会に参加しました。
 昨年後半の尋常ならぬ多忙と、大型展覧会の大仕事を終えた安堵感と、東京造形大学・絵本講義の終了等の環境の変化で、昨年末から数か月間の鬱期が続いていましたが(そうでなくても私は、父の命日である12月下旬から東日本大震災があった3月初め頃は気が滅入りやすいのです)、ようやくここのところ気分も晴れてきました。中国向けの新作絵本制作もいよいよ佳境に入り、今後ともまだまだ忙しい日々が続きますよ~。

  絵師(日本画家・絵本画家) 後藤 仁

テーマ : 展示会、イベントの情報
ジャンル : 学問・文化・芸術

2019-03-07

J:COM「千葉東葛人図鑑」インタビュアー:北翔海莉、ゲスト:日本画家 後藤 仁、web配信中!!

ただ今、web配信中です!! 

 2019年1月9日(水)は、地元テレビ局の番組収録という事で、朝からスタジオで撮影してきました。上手く しゃべれたか不明ですが、私の画歴や日本画・絵本の事を手短に話しました。日本画作品や、絵本作品『犬になった王子 チベットの民話』(岩波書店)『ながいかみのむすめチャンファメイ』(福音館書店こどものとも)も絵本と原画をお持ちしてご紹介しました。
 私も時々、新聞やテレビの取材・撮影等を受けるのですが、このカメラ・ビデオ撮影には未だになかなか慣れませんね~。かなり地域限定の番組ですが、テレビ放映後に現在web配信中で、どなたでもご覧いただけます。インタビュアーは宝塚歌劇団の星組男役トップスターだった北翔海莉さんです。堂々としたオーラのある、とても美しい方でしたよ~。
 
J:COM 「千葉 東葛人図鑑」
 
 インタビュアー: 北翔海莉
 ゲスト: 日本画家 後藤 仁

 テレビ放送:2月11日(月)~20日(水) 期間中、1日数回放送
 【放送エリア】J:COMチャンネル(地デジ11ch) 千葉県 松戸市、流山市、野田市
 ※放送後は、Webサイトや、地域情報アプリ「ど・ろーかる」でも配信。


●J:COM公式サイト「千葉 東葛人図鑑」
 https://jinzukan.myjcom.jp/tokatsu/

●J:COM公式サイト「千葉 東葛人図鑑」 ─ 後藤 仁さん 日本画家
 https://jinzukan.myjcom.jp/tokatsu/post/422





 ところで、何故だか、私がこだわったり、関わったりした後、世間で話題に上る事柄が多々あります。北翔海莉さんも、今回は良い内容とは言えませんが、少し話題になりました。
 気のせいだとは思いますが、良くも悪くも、私が関わった後に、話題になる事象が多々あります。
 日本画家である私が「絵本」を描くと、最近、「日本画家が描いた絵本」等と急に世間が言い出し、つい最近では美術館等でも、やけに多く企画されるようになりました。かつては日本画家の巨匠が絵本を片手間に描くか(秋野不矩先生、堀 文子先生、東山魁夷先生、稗田一穂先生 等)、日本画家(アマチュア・独学も含めて)から完全に絵本作家に転向するパターン(赤羽末吉さん、初山 滋さん、朝倉 摂さん 等)のみで、私のように日本画家でありながら、物語絵の表現として本格的に「絵本」を描く著名作家は皆無でした(私はさほど著名ではないですが)。そんな絵本を描かれた日本画家を代表する、堀 文子先生が、つい最近亡くなられましたのは、誠に残念です。
 時代の偶然の一致かも知れませんが、『ながいかみのむすめチャンファメイ』は2013年の発行ですので、時期的に考えると、私の活動を模倣しているとしか思えないケースも多いのです。福音館書店「こどものとも」では完成に何年(5~6年位)もかかりますが、小さい出版社なら、早ければ半年以内に企画から出版に至りますからね・・・。ただ、模倣・追随される位に私の絵本作画活動が世間にインパクトを与えているとしたら、それは時代をとらえる先見性の賜物でもあり、新しい美術のあり方の先駆者として、良い事なのだととらえておきましょう。
 混沌とした今の美術業界、今後、ますますジャンルや国を越えた動きが加速する事は必至でしょうし、それについていけない作家は淘汰されていくのでしょうね。

 ついでに余談を。最近、拙作絵本・日本画作品を無許諾でネットに掲載したり、読み聞かせ等で拙作絵本が使われる事案が多いのですが、その度ごとに、自動的に印税がかかるシステムでも、誰か作ってくれないかしら~。こんなに資本主義が進んだ世の中なのに、未だに絵描きは、ただで絵を描いてくれる、動いてくれると考えている人が多過ぎますね。
 時間と労力と予算をかけて、良い絵を描けば描くほど、私は貧乏になっていきます。大学卒業以来、ずっと、人一倍頑張っているはずなのに、ずっと貧乏画家のまま・・・、これは苦し過ぎる・・・、本当にいつまで生きていられるやら・・・・。私は根っからの絵描きなので、商売センスがないので仕方ないのだろうか。世の中、正しくない所にばかり、お金が余っているのに、おかしな話ですね。これでは真に優れた作家・文化が日本では育たないはずだ・・・。頑張っている絵描きにも、経済界のご支援の輪をお願い申し上げます。

  絵師(日本画家・絵本画家) 後藤 仁

テーマ : お知らせ
ジャンル : 学問・文化・芸術

2019-02-24

後藤仁 台湾写生旅行 その12(最終回)

2018年2月22日~3月15日までの22日間の「台湾写生旅行」 その12 〈最終回〉
 昨年、訪れた台湾の旅ですが、昨年後半は大きな展覧会等が続き、多忙でなかなかアップできずに、丸一年経ってしまいました。今回でようやく完結します。最後までお楽しみ下さい。

 3月14日(水) 旅行21日目(前回からのつづき)。烏來(ウ―ライ)「酋長文化村」での舞踊公演が始まります。民族音楽にのせて数人のダンサーが軽やかに踊ります。なかなか高いレベルです。観光用に現代的にアレンジされていますが、台湾少数民族・タイヤル族の伝統を継承した舞踊は見応えがあり満足しました。今回の旅では、先進国にありがちなのですが、台湾の人はあまり絵描きに関心を示さず、スケッチ中も集まって来る人が少なく、肝心の人物を描く事があまりできませんでした。それがF4号スケッチブックを全ページ完了できなかった原因にもなっています。その部分では少々心残りがありますが、国によっても雰囲気が変わるので仕方ありません。この舞踊公演を観覧できた事で、ようやく台湾取材旅行での「アジアの美人画家」としての取材が完結したような気がしました。
 歩いて烏來老街に戻り、昼食は魯肉飯(ルーロウファン/台湾名物、豚の脂身丼)、野菜炒め(計110元)をいただく。昼過ぎ、バスとMRT(台湾式地下鉄)を乗り継ぎ、台北に帰って来ました。台北では、「松山文創園区」という総合文化施設で展示物や図書館を見物。台北の街をぶらつき、ジュンク堂書店、誠品書店等の台湾の大きな書店や画廊を回って、絵本文化や絵画文化の充実度をリサーチ。夕食はパンで簡単に済ませました。

 今夜の宿は、前もって予約しておいた「ホーミーホステル」ですが、この日は混んでいてシングルルームがなかったのでツインルーム(トイレ・シャワー共同、朝食付き、ツインルーム1300元)に一人で泊まります。台北の宿はゲストハウスクラス(トイレ・シャワー共同、ベットしかない狭い部屋)でも1000元位はしますので、烏來から2時間弱で移動できる事、MRTの運行が安定している事を考えると、30分間のバス移動のみ少しの不安は残るものの、台湾旅の最終日は烏來に泊まって、朝早くに台北に戻って空港(夕方~夜の便)に向かうという選択肢もありだなと思いました。通常は間違いなく日本に帰る為に、最終日は必ず空港に一番アクセスの良い大都市に泊まるのですが、烏來→台北位の短距離移動なら不安も少ないです。宿の価格と設備充実度を考慮すると、次回からはそうしようと思うのでした。
 
 3月15日(木) 旅行22日目。この日は台湾旅行の最終日です。朝食は宿のブレックファーストをいただき、朝から台北街巡り。帰国便まで時間の限りリサーチしておこうと思います。「国立台湾博物館」(入館料30元)を鑑賞。館内は広くて、恐竜の化石や動物の標本等、見所はたくさんです。「国立国家図書館」「台北市立図書館」を見学。どちらも広くて、「台北市立図書館」の児童書コーナーはかなり充実しています。帰国の時間がどんどん迫るので、後半は駆け足での移動になりました。
 最終日に友人・知人用の土産を買っておこうと考えていましたが、色々な人に配るとなると、いつも100個以上は買わないといけないのです。台湾は物価が高め(物価平均は日本の7割位)で、その土地ならではの面白い土産もなかなか見つからなく、いよいよ帰国便の時間が迫って来ました。今回の土産はあきらめです~。
 13:30に台北車駅からMRT桃園機場線で、14:10機場第二航廈駅着(160元)。遅めの昼食は空港のレストランで、豚の角煮麺を食べました。

台湾写生旅行烏來(ウ―ライ) 「酋長文化村」 ダンサーの皆さんと

台湾写生旅行「国立台湾博物館」 外の広場で野生のタイワンリスを見つけました。カワイイけど猫くらいに大きいよ~ (@_@)


 16:20 台北、台湾桃園国際空港 第2ターミナル 発 〈CI106〉 → 20:20 日本、成田空港 着 


 こうして22日間に渡る「台湾写生旅行」は終了しました。特にこの旅で印象に残ったのは、日月潭(リーユエタン)、霧台(ウータイ)、烏來(ウ―ライ)の3か所でした。いずれも素晴らしい土地でしたね・・・。
 今回の旅は、初期の謎の歯痛とカメラの調子が最後まで悪かった事を除けば、ほぼノートラブルの快適な旅になりました。あまりに平穏すぎて、旅の過酷さを知る私としては、少し物足りない位の、日本に近い感覚の旅でした。治安・衛生環境もかなり良くて、交通機関・宿泊・食堂・売店等も日本並みに発達しており、主な施設ではほぼ英語が通じ、日本人なら台湾漢字の繫体字もだいたい読めるので、旅に不自由はありません。海外旅行初心者の方には、台湾は一番おすすめと言えますね。
           *

 今回の取材旅行の「旅行費用」をざっと記しておきましょう。

「台湾一周 写生取材旅行 (22日間)」 
 航空券(ビザ不要)・旅行保険代金等  約6万円
 現地滞在費(宿泊、食費、交通費 等) 約16万5000円
               総計  約22万5000円

 今回も極力安い費用で、最大限充実した取材旅が出来ました。お金持ちならば、費用をかければ、快適で充実した旅が出来るのは当たり前です。しかし贅沢旅では、かえって本来の人々の生活や物事の真実が見えないものです。私のような貧乏絵描きは、いかに工夫して、安くても素晴らしい取材旅をするのかが重要なのです。お金ではなく、頭と足を使うのです。

 旅の成果は、スケッチブック2冊で、計38枚(F4号15枚、SM号23枚)のスケッチ。写真撮影 2550枚。

 私はプロの画家なので、スケッチや原画をネット上であまり公開しないのですが、拙ブログ来訪者に感謝して、特別に2枚だけご披露いたします。

台湾写生旅行「九份」 (2018.3.12) F4号 後藤 仁

台湾写生旅行「嘉義にて、少女」 (2018.2.28) SM号 後藤 仁

           *

 前回の「スリランカ旅行」でも記した内容に追記します。
 台湾は、アジア圏ではトップクラスの経済発展を遂げており、治安も良い国と言われています。私の実感で「旅の快適度・難易度(治安、利便性、雰囲気の良さ等から総合的に判断)」を独断と偏見で比較したら、今回の台湾は、ラオス・ルアンパバーンや日本の地方地域と同じレベルでしょう。台湾の都心部だけを取り上げてみても、日本の都心部より治安が良いのではないかと感じた程です。(ただし、わずか22日間の滞在なので、確たる判断はできませんが。)
 私が今までに旅をした国々の「旅の快適度・難易度」をざっと表にしてみると、以下のようになりました。ちなみに、最近の中国都心部(北京・上海)、中でも上海の利便性・治安の向上には著しいものがあります。

台湾(全域の平均)、ラオス(ルアンパバーン)、ベトナム(サパ・バックハー)、ミャンマー(インレー湖・カロー)、日本(地方)
○日本(都心部)
○中国(北京・上海)、タイ王国(チェンマイ・チェンラーイほか)、イタリア・バチカン市国、ミャンマー(全域の平均)、スリランカ
○中国(貴州省・四川省ほか地方地域)、タイ王国(バンコク)、ミャンマー(ヤンゴン・バガン)
○ベトナム(ハノイほか)、カンボジア(シェムリアップ)、ミャンマー(マンダレー)
  (この間には開きがあり、これ以下は旅の難易度が増します。)  
●中国(チベット)、ネパール(カトマンズほか)、インドネシア(ジャワ島・バリ島)
  (この間には開きがあり、これ以下はさらに旅の難易度が増します。)  
●インド(全域)
●インド(バナーラス)

  (※上方ほど快適度が高い、下方ほど難易度が高い。)

 といった順ですが、これはその国・地域の「良し悪し、素晴らしさ」という判断ではなく、あくまで治安を中心とした「快適度・難易度」です。また、私の訪問年代にもよりますし、たまたま時の状況が悪かったという場合も考えられるでしょうから、私個人の主観としてご参照下さい。
 インド、ネパール、インドネシアなどは、とても優れた遺跡や文化が残っている素晴らしい国です。ただ、これらの国は一人旅をするのは結構難しい地域で、身に危険を感じる場面が何度か起こる可能性があり、特に女性の一人旅はよほど旅慣れた人でないとお勧めできません。また、ツアー旅行の場合でも、注意が必要になってくるでしょう。
 外務省ホームページの危険情報によると、インド辺りは黄色(十分注意)から部分的に薄いオレンジ色(渡航の是非検討)位の危険の程度です。中東やアフリカの紛争地帯では、濃いオレンジ色(渡航延期勧告)から大部分は赤色(退避勧告)ですので、いかにそれらの地域に旅をするのが危険なのかが推察されます。

           *   

 ちなみに、私が今までの海外旅行で、「最も感動したランキング ベスト10」を挙げるとざっと以下のようになります。(それぞれが個々に素晴らしくて、感動要素も異なるので、一概に比較するのは難しいのですが、私の主観による感動度のみでランキングしてみます。)

第1位 ☆インド アジャンター石窟「蓮華手菩薩像」
第2位 ☆ネパール カトマンズ「インドラジャトラ祭・クマリとの遭遇」
第3位 ☆中国 チベット「ポタラ宮」
第4位 ☆インド バナーラス「ガンガーでの沐浴」
第5位 ☆インドネシア ジャワ島「ボロブドゥール遺跡」
第6位 ☆中国 貴州省「トン族村」
第7位 ☆イタリア・バチカン市国「システィーナ礼拝堂 ミケランジェロのピエタ像」
第8位 ☆カンボジア「アンコール遺跡群」
第9位 ☆ベトナム サパ・バックハー「モン族村」
第10位☆インドネシア バリ島「バリ舞踊」
     

 アジャンター石窟やガンガーの沐浴、ポタラ宮では、感動のあまり感涙を起こす位ですし、インドラジャトラ祭ではほぼ放心状態でした。つまりは、より近付く事が困難であるから、より感動が増加するとも言えますので、「旅の快適度・難易度」がそのまま「旅の良し悪し」ではないという事なのです。
 また、お金を払えば誰でも行ける簡単な「ツアー旅行」では、私と同程度の感動は多分、得られないのではないかと思います。現地の文化・美術への造詣と知識を十分に得た上で、長期間の自由旅行で精神を解き放ち、不便を乗り越えながらようやくたどり着いた中での感動なのです。
 不安定な国際状況の中、今後の海外取材旅行でも多くの困難を伴うかも知れませんが、こらからも機会があるごとに私は写生旅行に出かける事でしょう。そこに感動があり、絵画創作へのインスピレーションの源泉がある限り、私は一生、旅を続ける事になりそうです。

 いつもは読者サービス的に、取材旅行を無償でブログ公開していますが、いつか機会がありましたら、文章や写真だけではなく、旅でのスケッチやそれを元にした日本画作品等を掲載した、「旅の絵本」のような紀行書・絵日記と絵本が合わさったような本を書いて、出版できないものかと考えています。今の日本の出版状況を考えると、なかなか難しいのですが、今までの旅の面白い逸話・スケッチ・日本画作品は膨大にあります。もし、ご関心のある出版社の方等おられましたらご連絡下さい。

  絵師(日本画家・絵本画家)  後藤 仁  GOTO JIN


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プロフィール

後藤 仁(GOTO JIN)

Author:後藤 仁(GOTO JIN)
 ~後藤 仁 公式ブログ1~
日本画家・絵本画家 後藤 仁(GOTO JIN)の日本画制作、絵本原画制作、写生旅行、展覧会などのご案内を日誌につづります。

  〔後藤 仁 略歴〕
1968年兵庫県赤穂市生まれ。15歳、大阪市立工芸高校美術科で日本画を始める。東京藝術大学絵画科日本画専攻卒業、後藤純男先生(恩賜賞受賞者)に師事。在学中より約12年間、旧岩崎邸、入船山記念館、孫文記念館(移情閣)等の金唐革紙(手製高級壁紙)の全復元を行う。卒業以降は日本画家として活動し、中国・インドをはじめ世界各地に取材した「アジアの美人画」をテーマとする作品を描き、国内外で展覧会を開催する。近年は絵本の原画制作に力を入れる。
○絵本作品に『ながいかみのむすめチャンファメイ』(福音館書店)、『犬になった王子 チベットの民話』(岩波書店)、『わかがえりのみず』(鈴木出版)、『金色の鹿』(子供教育出版)、挿絵作品に『おしゃかさま物語』(佼成出版社)。『犬になった王子 チベットの民話』は、Internationale Jugendbibliothek München ミュンヘン国際児童図書館(ドイツ)の「The White Ravens 2014/ザ・ホワイト・レイブンス 国際推薦児童図書目録2014」に選定される。NHK日曜美術館の取材協力他、テレビ・新聞等への出演・掲載も多い。
○東京藝術大学・デザイン科非常勤講師。東京造形大学・絵本講師。金唐革紙保存会 主宰。日本美術家連盟(常任理事:中島千波先生 他)会員。日本児童出版美術家連盟(童美連)(太田大八先生、赤羽末吉先生、いわさきちひろ先生らが創設)会員・理事。絵本学会(太田大八先生らが創設、現会長:松本 猛先生)会員。日本中国文化交流協会(井上 靖先生らが創設)会員。この本だいすきの会(代表:小松崎 進先生)会員。千葉県松戸市在住。

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絵:後藤 仁 /文:君島 久子 /出版社:岩波書店絵本ナビ


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